余は、リンと名乗る少女の後を歩いていた。
キヴォトス──この世界はそう呼ばれているらしい。高層建築が無機質にそびえ立ち、空には光る無数の輪が浮かんでいる。
見渡す限り、奇妙な建築物ばかりが並んでいる。
見たことのない素材で作られた巨大な建造物。
魔界の城とは全く異なる、機能美を追求したような都市景観。
そして、なぜか空にはいくつもの浮遊する輪のようなものが光を放っていた。
(……魔界の城とも、人間界とも異なる。まるで機械仕掛けの神々が創り上げた世界のようだ)
少なくとも、かつて人間界で見た景色とはまるで異なる。
「こちらが連邦生徒会の本部になります。」
バーンがリンの案内でたどり着いたのは、巨大な白亜の建物──連邦生徒会本部だった。
「ふむ……この中にいる『生徒会』とやらが、ここを統べる存在なのか?」
「正確には、キヴォトスには複数の生徒会が存在しています。しかし、連邦生徒会はそれらを統括する立場にあります」
「なるほど」
つまり、ここはこの世界の中心ということか。
「では、その連邦生徒会とやらの長はここにいるのか?」
「……それが……」
リンは少し言いにくそうに口をつぐんだ。
「……連邦生徒会長は、ある事件をきっかけに行方不明となっており、現在、生徒会は代理体制で運営されています」
「ほう」
この世界も一枚岩ではないということか。
「では、余はその『代理』の下へ案内されるのか?」
「いえ、その前に……まずは教師としての役目を理解してもらうために、基礎的な説明をしようと思います」
「ふむ……ここで教師とは、何をするのだ?」
「簡単に言えば、生徒たちを導き、育てる役目です」
生徒を導き、育てる──
(……大魔王たる余が、育てる立場になるとはな)
思わず苦笑が漏れる。
「先生、何か?」
「いや……」
この状況の奇妙さを考えていたのだが、言うても仕方あるまいて。
「そうですか?では中へ、連邦生徒会室で現状についての詳しいご説明をさせて頂きます。」
扉が開かれると、そこにはすでに多くの少女たちが集まっていた。
「お待たせしました。現在の状況について説明を──」
リンが話し始める前に、一人の少女が鋭い声を発した。
「リン、遅い!」
黒いストレートの髪を持つ少女が腕を組み、険しい表情でこちらを見ていた。
その隣には、金髪の少女、活発そうな茶髪の少女、そして無表情な銀髪の少女が並んでいる。
「フム、これらは……?」
バーンが尋ねると、リンがため息交じりに説明する。
「彼女たちは各学園の代表です。ゲヘナ学園のユウカ、トリニティ学園のハスミ、アビドス学園のスズミ、ミレニアム学園のチナツ。それぞれの学園を代表して、この混乱の説明を求めて来ています」
「ふむ……」
バーンは腕を組み、じろりと彼女たちを見渡す。いずれも若いが、目つきは鋭く、相応の実力を持っていることがうかがえた。
ユウカが一歩前に出る。
「それで? そちらの……おじいちゃんは誰?」
「……」
一瞬の沈黙の後、バーンは片眉を上げた。
「……おじいちゃん?」
「いや、どう見てもおじいちゃんでしょう。まさか新しい先生って──」
「ほう、小娘、なかなか言うではないか。余は大魔王バーン。そして、このリンとやらによれば、どうやらこの世界で“先生”とやらをやることになったらしい」
ユウカが絶句する。
「大魔王……?」
「ただの先生じゃなくて、連邦生徒会直属の教師です。つまり──」
リンが言葉を続ける。
「彼は連邦生徒会長が特別に指名した人物、そしてシャーレの顧問です」
「シャーレの……顧問?」
ハスミの眉がわずかに動く。
チナツは興味深げにバーンを見つめ、スズミは「ふーん」と軽く鼻を鳴らす。
「つまり、このバーンって先生が、今後の混乱を収めるために動くってこと?」
「そういうことです」
リンが淡々と答えた。
しかし、ユウカは納得できない様子だった。
「でも、連邦生徒会長が行方不明になってから、行政システムも混乱してる。誰が彼を指名したの? それに、先生って言っても、見たところただの……おじいちゃん……」
「ふむ。どうやら、教育が必要なようだな」
バーンが片手を上げると、周囲の空気が一変した。
「な、何?」
「なにこれ、圧が……!?」
ユウカたちの身体が一瞬だけ硬直する。バーンがわずかに魔力を放出しただけで、室内の温度が変わったかのようだった。
「た、ただの教師……じゃないのか?」
スズミが冷や汗をかきながらつぶやく。
「当然だ。余は大魔王。生徒に教育を施すのならば、まずは礼節から叩き込んでやらねばならん」
「……っ!」
ユウカは驚いたように息を飲んだが、すぐに口を引き結んだ。
リンが小さく咳払いをし、話を戻した。
「……ともかく、先生にはシャーレの顧問として動いてもらいます。そして、キヴォトスの行政制御権を取り戻すために、『ある場所』へ行って頂くことになります」
「フム、その場所とは?」
バーンが尋ねると、リンは小さく頷いた。
「外郭地区にあるシャーレの部室、その地下です。」
「シャーレか……」
バーンはリンの言葉を反芻する。
「聞いた限りでは、なかなか面白い組織のようだな」
「はい。シャーレは、全学園の生徒を受け入れ可能とする特別組織であり、いざという時には戦闘行動すら可能な独立機関です」
「ふむ。戦闘が許されるとは、実に興味深い」
バーンが微かに笑みを浮かべる。
「……?」
ハスミとチナツが視線を交わした。
「しかし、なぜその端末が重要なのだ?」
「キヴォトスの行政制御権は、その端末を通じて行われていた可能性があります。それが機能すれば、連邦生徒会の統治が再び可能になるかもしれません」
「なるほど……ならば、すぐに向かうとしよう」
バーンがそう言い、リンも頷いた。
「シャーレの部室まではヘリで向かいます」
云うや否や、リンは手元の端末を操作し何処かへと連絡を入れる。すると数度のコール音の後に、菓子を片手に抱えた少女のホログラムが現れた。
「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリを手配して」
『シャーレ? ああ、外郭地区の……あそこ今、大騒ぎになっているけれど』
「大騒ぎ? どういう事ですか」
『矯正局を脱出した停学中の生徒が暴れているの、もう戦場だよ、戦場』
「……は?」
『連邦生徒会に恨みを抱いている地域の不良を先頭に、周り一面を焼け野原にしているらしいわ。嘘かホントか知らないけれど巡航戦車まで手に入れているみたい。』
「何て、タイミングの悪い……」
『まるで連邦生徒会所有のシャーレ部室を占拠しようとしているみたいなんだけど――あ、頼んでたピザが来たから、また連絡するね先輩!』
「………」
ブツ、と通信が切れる音が響いた。訪れる沈黙とともに、リンが手に持った端末がみしりと軋みを上げる。
「……大丈夫です、少々問題が発生しましたが大したことでは」
眼鏡を押し上げ、僅かに震えた声で告げるリン。それから彼女は目前に立つ四人を見つめる。
「……な、なによ?」
悪寒が走ったのだろう、ユウカは身を捩りながら訝し気な表情を浮かべる。反しリンは満面の笑みを浮かべ、まるで何でもないかのように云った。
「いえ、丁度此処に各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいらっしゃったので、心強いなと思いまして」
「――え?」
「さて、キヴォトスの正常化の為に働きましょうか、皆さん」
「え、ちょ、ちょっと待って!? どこ行くのよ!?」
「それは勿論」
笑みを浮かべたまま、彼女はいっそ爽やかな口調で告げた。
「シャーレ戦場です」
リンの爽やかな声が響いた瞬間、レセプションルームは静寂に包まれた。
チナツが眼鏡を押し上げ、ユウカが呆然とし、ハスミは唖然とし、スズミは気配を消そうとしている。
「……聞き間違い、かしら?」
「いいえ、正しく聞こえていましたわ」
「いやいや、ちょっと待ってくださいリンさん!? どうして私たちがそんな危険な場所に!?」
「ええ、私たちは生徒会長に抗議しに来たのであって、戦場に行くために来たのでは……」
「ご安心を」
リンは涼しい顔で、眼鏡をクイッと持ち上げた。
「我々には先生がいますから」
「……え?」
「え?」
全員の視線が、一斉に先生――大魔王バーンに向けられた。
バーンは椅子に座ったまま、腕を組んで目を閉じていたが、ゆっくりと目を開けると、不敵な笑みを浮かべた。
「ほう……余を頼るか」
リンは微笑みを崩さぬまま頷く。
「はい。先生は、連邦生徒会長が直々に任命した特別顧問。超法規的機関であるシャーレの顧問という立場上、キヴォトス全土において特別な権限を持ちます。そして、その力を活用するのに、これ以上の機会はありません」
バーンは顎に手を当てながら、「なるほどな」と呟く。
「……言うまでもないが、戦場は危険だぞ?」
そう問いかけると、ユウカたちは一瞬黙り込んだ。
戦場の恐ろしさは、彼女たちもよく理解している。
巡航戦車、武装した脱走生徒、暴徒化したギャング……
だが、その恐怖を凌駕するものがあった。
「……でも、この状況で放っておけるわけがないわ」
ユウカが、ぐっと拳を握る。
「トリニティの生徒が襲われているなら、私が行くのが当然です」
ハスミも頷いた。
「風紀委員として、見過ごせるわけにはいきません」
チナツはため息をつきながらも、「どうせ巻き込まれるなら、最初から参加した方が得策でしょうね」と呟く。
スズミは……「あの、私は……」と言いかけたが、リンの鋭い視線を受けて、「……頑張ります」と小さく答えた。
「ふむ……」
バーンは、彼女たちの覚悟を確認すると、ゆっくりと立ち上がる。
「よかろう。では行くぞ」
堂々と宣言するバーン。
リンは満足げに微笑み、通信端末を操作した。
「ヘリを手配しました。シャーレへ向かいます」
「じゃあ、行きましょうか」
「やるからには、徹底的にやりましょう」
「戦場か……想像するだけで胃が痛くなりそう」
だが、誰も気づいていなかった。
彼女たちが想像する「戦場」と、これから目の当たりにする「戦場」は――まるで別物であることを。
*なぜなら、そこには大魔王がいるのだから。**