**シャーレ外郭地区**
キヴォトス郊外、シャーレの部室がある区域は、完全に戦場と化していた。
廃ビルの影から銃を構える暴徒たち。
瓦礫の上を進む戦闘用ドローン。
遥か彼方からこちらを狙うスナイパー。
そして――
「ハハハ! 聞けよお前ら! 連邦生徒会は終わったんだ!」
「これからは俺たちが支配する! 巡航戦車、突撃開始だ!」
重厚なエンジン音が轟く。
戦場の中央を突き進むのは、一台の巨大な巡航戦車。
「う、嘘でしょ……!? あんなの、どこから持ってきたのよ!」
「戦車が……まさか、本当に戦場じゃない!」
「どうするのリンさん!? いくらなんでも、あんなの相手に……」
ユウカたちが焦る中――
ただ一人、微動だにせず戦場を見つめる者がいた。
そう、バーンである。
彼は、戦車を見ても、銃撃戦を見ても、眉一つ動かさなかった。
そして、ゆっくりと歩き出す。
「……先生?」
リンが問いかけるが、バーンは答えない。
ただ、一歩、また一歩と戦場へ足を踏み入れる。
「ハハハ! 何だあのジジイ!? 戦場で悠々と歩きやがって!」
「面白ぇ、主砲でぶち抜いてやれ!」
次の瞬間、戦車の砲塔がバーンに向けて旋回し、轟音と共に砲弾が放たれる。
「せ、先生!!」
ユウカたちが叫ぶ。
――が。
バーンは、行ったのは右手を軽く前にかざしただけ。
そして。
「メラ」
砲弾がバーンに直撃――するはずだった。
しかし、砲弾はバーンに触れることさえ許されず、右手の前に産み出された小さな炎に触れると一瞬にして燃え尽きた。
「な、何だと……!?」
戦車の砲手が目を疑う。
だが、恐怖が本当の意味で広がるのは、次の瞬間だった。
バーンの掌から放たれた「メラ」は、ただの炎ではなかった。
小さな炎が空気を裂きながら一直線に飛び、戦車の装甲に触れた刹那――
ドゴォォォォォンッッ!!!!
凄まじい爆音と共に、巡航戦車が爆発四散する。
燃え盛る鉄塊の破片が周囲に飛び散り、暴徒たちは慌てて地面に伏せた。
彼らの間に戦慄が走る。
「な、何だよ……いまの……!?」
「あのじいさん杖しか持ってねぇよな?あんな小さな火が、戦車を……?」
戦車の残骸を見つめ、誰もが言葉を失う。
そして――
「ひ、ひぃぃぃぃっ!!!」
先ほどまで威勢を張っていた暴徒の一人が、突如として武器を放り出し、叫びながら逃げ出した。
それが合図だった。
「に、逃げろおおおお!!!」
「化け物だ!! あんなの相手にできるか!!!」
戦車の周囲にいた不良生徒たちは、搭乗員をなんとか助け出すと、蜘蛛の子を散らすように暴徒たちは撤退を始める。
戦闘用ドローンも、爆発によって発生した衝撃波によってコントロールを失い墜落した。
戦場に響くのは、火の粉が舞う音だけ。
バーンは、燃え残る戦車の残骸を一瞥し、呟いた。
「ふむ……この程度か」
――まるで、退屈そうに。
その姿を見ていたユウカ、リン、他の生徒たちも、しばし言葉を失っていた。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙の後。
「……センセ……何者なんですか?」
ユウカが、震える声で尋ねる。
だが、バーンは涼しい顔で、ただ一言。
「ただの新米教師だ。」
それ以上、何を語ることもなく、まるで何事もなかったかのように、彼はシャーレの部室へと歩きはじめた。
――バーンは歩きながら思考していた。
(しかし、いくら手加減したとはいえ、余のメラを受けて生きているとは。やはりキヴォトスの者どもは並の人間ではないな)
彼らの戦闘能力は確かに高い。しかし、それを“どう使うか”という自覚がまるでない。
(……ならば、何ゆえにこやつらは暴徒などという浅ましき振る舞いをする?)
力はあるのに、未熟。まるで戦争ごっこをしている子供たち。
(フン……これは思った以上に“教育”が必要な世界かもしれんな。しかし、余は"教師"として何をすべきなのか……)
ユウカの問いに、自らを「教師」と答えたバーンだったが、頭の中では自らの在り方について考えていた。
確かに、敵を蹂躙することは容易い。
しかし、生徒たちにとって、これは教育だったのか?
本来ならば、ユウカたちに戦わせ、成長の機会を与えるべきだったのではないか?
彼らはまだ未熟だ。 だが、未熟だからこそ、戦いを通じて学ぶこともある。
("育てる"とは、力を見せつけることではない……か)
バーンは静かに目を閉じ、深く息を吐くと、目の前に迫った目的地を眺めた。
見上げれば、鬼眼城ほどではないにせよ、なかなか大きな建造物が聳え立っている。
屋上には、生徒たちのヘイローと似た水色の光が浮かび、建物を囲うように輝いていた。
「フム、この世界は随分と建造技術が発達しているようだ。このような規模の建物が数多くあるとは」
バーンがしばしその構造を観察していると──。
後方から慌ただしい足音が響いた。
「先生、待ってください!」
振り返ると、ユウカ、スズミ、ヒフミの三人が小走りで駆け寄ってくる。
「フム、何用だ?」
眉をひそめるバーンに、ユウカが息を整えながら言った。
「先生、一人で先に行くのは危ないですよ! もしまだ敵が残っていたら──」
「愚か者め」
ユウカの言葉を遮り、バーンは呆れたように鼻を鳴らした。
「貴様らは何を見ていた? この余に敵など存在せぬ」
「そ、それは……そうですけど……」
ユウカは一瞬言葉に詰まりながらも、なおも食い下がる。
「でも、さっきの戦いで逃げた生徒が先生のことを狙っているかもしれませんし、施設の内部がどうなっているかも分からないんです。念のため、私たちも一緒に──」
「フム……」
バーンは考える素振りを見せた後、ゆっくりと言った。
「だが余の攻撃が直撃すれば、この建物すら崩れ去るやもしれん。その場所に貴様らが共にいる方が、むしろ危険ではないか?」
「…………」
ユウカは沈黙した。
「たしかに……」
スズミが小さく呟く。
「先生の"火力"を考えると、巻き込まれる可能性の方が高いですね……」
「えっ、じゃあ、じゃあ……」
ヒフミが困惑しながらおどおどとユウカを見る。
「わ、私たちはどうすれば……?」
そんな三人の様子を見たバーンは、静かに言った。
「フン、貴様らは勘違いしているな」
「えっ?」
「余が独りで進むのは、ただ合理的だからに過ぎん。貴様らが無力だと言っているわけではない」
「そ、そう……なんですか?」
「当然だ。たとえば、周囲には、まだ暴徒どもが隠れているかもしれん。あるいは、余の戦いを見ていた者どもが外から建物を破壊して余を倒そうとするやもしれん」
三人はハッとした表情を浮かべた。
「そうか……そうですよね。まだ周囲の安全が確認できたわけじゃない……」
「そういうことだ。だからこそ、貴様らにはやるべきことがある」
バーンはゆっくりと彼女たちを見渡しながら言葉を続ける。
「ユウカ、お前は全体の指揮を執れ。残存する敵がいないか、周囲を警戒しつつ、味方を統率せよ」
「……はい!」
「スズミ、お前は情報収集だ。戦いの影響で通信網がどうなっているか、負傷者はいないかなどできる限り情報を集めよ」
「分かりました」
「ヒフミ、お前は負傷者の確認と支援に回れ。動ける者と共に周囲を見てこい」
「えっ、わ、私が……!? で、でも……」
「お前のような者こそ、こういう場面では貴重だ。おどおどしている場合ではない」
「……や、やってみます!」
バーンは満足げに頷くと、静かに言った。
「貴様らの力を示せ。余が戦場を制圧したのなら、貴様らはこの場を守り、整えろ」
三人は顔を見合わせ、そして力強く頷いた。
「……分かりました。私たちはこの建物の警備と後処理を行います!」
「頑張ります!」
「うん……!」
「フン、それでよい」
バーンは満足げに頷き、そのまま建物の中へと消えていった。