超絶ド変態シスコン残念イケメンの偽装彼女   作:結城彼方

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中編 私と縦ロール

 

 

「ねえ、あなたさ、純真君とどういう関係なの?」

 

 はいきましたお決まりの台詞。

 もうね、この台詞も何十回聞いたか分からない。いやもしかしたら百回超えてるかもね。

 

 私がこのウザったい台詞を、校舎裏でそんなに多い回数聞いているのには理由がある。

 

「知らないの? 私、あいつの彼女なんだけど」

 

 3年前、私はとある男の偽装彼女になった。

 その男はイケメンだけど重度のシスコンという残念な奴で、それなのに外面に騙されただけの女子達は非常に多い。あまりに多くてファンクラブが結成されるくらいだ。ちなみに私はファンクラブの会員からも当然目の敵にされている。

 

 残念イケメン、八橋(やつはし)純真(じゅんま)に寄ってくる女子が少しでも減ればいい。そんなことを考えて偽装彼女になった。……なった当時は違う目的だったけど女子関係はわりと死活問題だった。

 

 なぜなら近付いてくる女子達全員が私に敵意を向けてくるからだ。何なら殺意を向けてくる奴すらいる。鬱陶しくて鬱陶しくてストレスが溜まるわ。

 八橋と仲良くするだけでこの世界の女性全員を敵に回したと思っていい。

 

「は? 知ってるけど、それってあれでしょ。勝手な好意の押しつけでしょ? どうせ脅したりしてるんじゃないの?」

 

「端的に言ってありえなくない? 妄想と現実の区別ついてる? 自分が馬鹿って自覚してくれないかなあ。純真君はアンタなんかのこと興味ないから」

 

「せめて顔面偏差値を5倍にしてから言いなよ」

 

 そして私も女性に対して殺意を向けるようになった。

 今もこいつらを血祭りにあげたいくらいに……そうだな、2番目に口を開いたお前から血祭りにあげてやろうか。

 

「ははっ、稔森さんってさあ、絶対脳ミソ小さいよね。猿とかと同レベルなんじゃない?」

 

 よし、喧嘩を売っているんだな。買ってやる。お前が少しでも攻撃の素振りを見せたら、そのお綺麗な顔面にコークスクリューをぶちこんでやる。

 はあ……結局、偽装彼女を続けていても女子からの対応は変わらない。別にもう意味ない気がするんだよね。止めたところで私達の関係はたぶん変わらないと思うし。

 

「あ、いたいた。稔森、何してるの?」

 

 件の残念イケメンが校舎裏に登場、これで勝てる。

 

「別に、この人達に絡まれ――」

 

「ちょっと待って! 私達、稔森さんに脅されていたんです! お金を出せって、何回も……断ったら暴力まで振るおうとして」

 

 こいつ、永遠の2番手の癖に頭が少しキレるっぽいな。八橋に見つかった時の言い訳も考えていたわけだ。危ない危ない、あと少しで暴力だけ真実になるところだった。

 

「……行こう、稔森」

 

「え、うん。まあ行くけど」

 

 気にした様子もなく八橋は私の手を掴み、引っ張るようにして歩いていく。

 

「ちょっと待って純真君! 私の言うこと信じてくれないの!? その女は麻薬中毒者でヘビースモーカーでヤバい奴なの!」

 

 お前そこまで言ってなかっただろ。

 その言い訳がヤバいわ、どんだけ悪人にしたいんだよ。

 

「俺の彼女はさ、そんな酷いことしないよ。誰かを陥れる暇があるなら自分を磨いた方がいい。覚えといてね」

 

 ソウダネー、ワタシソンナコトシナイヨネー。

 まあ……何だかんだで良い奴だ。偽装彼女は今も好きで続けている。

 八橋純真との関係は友達といったところか。いつかこの関係が終わる時が来るのかもしれないけど、私は今のまま変わらないことを望んでいる。

 

 ……望んでいる、はずだ。

 この胸のモヤモヤはきっと何でもない。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 高校一年生になってからもう2ヶ月弱。

 今、私の視界には河川敷で華麗なポーズをとる八橋と、そんな彼を撮影するカメラマンなどがいる。知らない人から見れば何かと思うだろうけど、実はここ最近、八橋はモデルにスカウトされたのである。

 

「いいよー八橋くーん。次は仁王立ちのポーズしてみようか」

 

 モデルになったことに驚きはない。

 顔はイケメンだし、体も程よく鍛えている男だ。水泳の授業で割れた腹筋を見た女子達は騒いでいたしね。どこぞの人気アイドルだと言われても納得出来るくらい八橋はカッコいい……見た目だけは。

 

「いいねー、じゃあ次は大仏のポーズいこうか」

 

 どんなポーズやらせてんの監督。

 なに、シンプルに女性向けのやつじゃないの? 明らかに必要ないだろそんなポーズのページ。それでお前も何で乗り気なんだよ、断っていいもいいと思うんだけど。

 

「次は悟空ね悟空」

 

「ゴムゴムの~」

 

 少年向けか? でもやっぱり大仏はいらんだろ。

 あと八橋、それは戦闘民族じゃなくて海賊の方な。

 

「いやそれは違うねえ」

 

「スペシャルファイティングポーズ!」

 

「はいオッケー! 撮影終了お疲れ様!」

 

 オッケーなの!? 確かに同じ漫画のキャラだけど知ってる人あんまりいなくない!? しかも本来5人でやるやつだろそれ!

 ……まあいい、今日の撮影は終わったんだし。毎度毎度雑誌のコンセプトが行方不明だけど監督の責任だし。

 

「お待たせ稔森」

 

 軽く手を振りながら八橋と監督が歩み寄って来る。監督フレンドリーだな。

 

「いやー悪いね木葉ちゃん、彼氏君を長いこと借りちゃって」

 

「別に大丈夫です」

 

「それじゃ八橋君、給金は口座に振り込んでおくから。またよろしくねー」

 

「はーい」

 

 軽い感じの監督は颯爽とカメラマンの元へ向かう。いったい八橋は何円貰っているんだろう、私知らないんだよなあ。八橋なら将来モデルとかで食っていけるんだろうか。

 

「純真様、少しよろしいでしょうか」

 

 背後から声が聞こえてきたので私達は振り返る。

 そこにはなんと驚くことに、今時あまりいない髪型をしている少女がいた。ゴスロリ衣装、そして見事な縦ロールが私の前にある。

 

 モデルをやり始めてからこうして女性が声を掛けてくることも増えてきた。

 

 学校では私という彼女……まあ偽装だがそういった存在がいるのは周知の事実。しかし無関係の校外ではさすがに知られておらず、私はマネージャーか何かに思われているらしい。

 モデルに恋人がいたら読者も冷める可能性があるし、自分から説明することはないけど寄ってくるのは鬱陶しい。

 

「君は……」

 

 蜜に誘われた蝶々には残念だろうけど、八橋は家族以外の顔はほぼ同じに見えて見分けがつかないらしい。私の顔はどうしてか分かるみたい、そこは嬉しい。とにかく何が言いたいかというと、こうして話に来ても次の日には憶えてないんだよね。

 

「雅野さん、見ててくれたの?」

 

「はい。相も変わらず格好いいお姿でしたわ」

 

 ……あれちょっと待てよ。

 この子、名乗ってないよね? なのに名前を知ってるってことは今日より前に名乗られた、しかもそれを憶えていたってこと?

 

「ちょっ、ちょいちょい! 誰さこの子!」

 

 私はこの縦ロールの女子を知らない。

 同年代くらいに見えるけど、学校でこんな目立ちそうな子がいたら絶対に把握しているはず。モデル活動の時はずっといるわけじゃなかったし……たぶん私がいない間に話をしたんだ。

 

「ああ、稔森はまだ会ったことなかったよね」

 

「私は雅野(みやびの)知世(ともよ)と申します。あなたは?」

 

稔森(みのもり)木葉(このは)。ちょっと八橋、仲良くなった子がいるならちゃんと教えてよ」

 

 私のいない間にこんな綺麗な子と仲良くなるなんて許せない……許せない? どうしてそうなる? 別に八橋が誰と仲良くしていても私には関係ないはずでしょ。

 

「ごめんごめん。彼女は髪で判断出来るから友達になれそうでさ」

 

 だからって報告くらいしてくれても……いやだから何でそうなる。てかこいつ判断してるの髪って言ったよね。あれか、縦ロールなんて珍しい髪型だから憶えてられるのか。

 

「稔森様は純真様とどういったご関係なのですか? 随分遠慮のない間柄とお見受けしたのですが」

 

 私と八橋の関係、そんなの決まって……。

 学校と同じで彼女だって言おうとした。でもどうしてか、唇が震えるだけで言葉は発せない。ここって学校じゃないし、果たして偽装を続ける必要があるのだろうか。恋人じゃないなら私達の関係は何だ……いや、何を悩む必要があるんだ。……ただの友達だろうに。

 

「……友達、かな」

 

「あら、てっきり恋人であられるのかと。そこのところどうなのですか純真様」

 

「うーん、稔森がそう言うならそうなんでしょ」

 

 私に全てを委ねるな。

 でもそうか、こいつ今まで友達いなかったもんなあ。判断に困るのも仕方ないか。うん、悲しいことに私も今や八橋一人しか親しい人はいないけどね。

 

「稔森様はどうです? 恋愛感情はないのですか?」

 

「ないない! あったとしても、やっぱり釣り合ってないっていうかさ。私なんかじゃ八橋の恋人なんて無理だって」

 

 勢いに任せたとはいえ少しは冷静だったのか。口から出た言葉は本音に近い。

 この前も顔面偏差値がどうとか言われたけど全く気にならなかった。怒りなど湧いてこない、むしろ納得してしまう。

 

 何においても顔というのは大事なもの。特に恋愛においては相手のタイプみたいなものがある。私の顔はどう足掻いても中の中、良くもなければ悪くもない凡庸な顔面である。対して八橋は上の上。アイドルと言われても信じられるくらいカッコいい。

 

 不釣り合いだと思うよ。正直平凡なだけマシなので両親には感謝している。でもやっぱり八橋相手だと気にしちゃうし、その度にどうしてもっと私は可愛くないんだろうと思ってしまう。友達同士なら顔なんか関係ないはずなのに。

 

「……そうですか。敵にはなりえませんね」

 

「雅野さんはその……八橋のことが好きなの?」

 

「ええ、もちろん。私は純真様のことを愛しています」

 

 この雅野知世という子はどうだろう。会ったばかりだし性格は知らないけど、少なくとも顔は釣り合いがとれていると思う。

 家柄もお嬢様っぽいし完璧だ。くっ、髪型以外が羨ましい。

 

「はっはっは。ごめんね雅野さん、俺、好きな人がいるからさ」

 

 妹な、分かってる。

 

「妹様ですね、分かっています」

 

 縦ロールにも分かられてた。

 

「その通り! 妹も大好きさ、愛してる!」

 

 自重しろシスコン。

 

「はぁ、とりあえず帰らない? 仕事終わったんだし」

 

 いつまでも河川敷にいるわけにはいかない。だってここにいたら急増した女性ファンもその場に留まっているし、殺気も飛んで来るし。

 

「そうですわね。ここにいると殺気が鬱陶しいですし」

 

 アンタも分かるんかい。

 

「うん、帰ろうか」

 

「ええ、行きましょう」

 

 着いてくるんだ……。別にいいけどさ。

 八橋の家に向かう道中、縦ロールこと雅野さんと話をしてかなり仲を深められた。八橋が相当なシスコンだと分かっていながら好意を向けるなど、どれくらい残念な性格かと思えばいい子だった。

 

 外見の通りお嬢様らしい。お金持ちってのも憧れるね。小遣い何円貰ってるのか訊いたら30000円なんて答えが返ってきた。すごく羨ましい。

 

 八橋の家まで同行し、彼が家に入ると2人きり。

 勝手に仲良くなれそうだと思っていると、雅野さんが急に「稔森様」と言って立ち止まる。どうでもいいけどその「様」ってのは慣れないね。

 

「私は純真様を愛しています」

 

「はいはい、さっき聞いたって」

 

「さっきもお訊きしましたが、稔森様はどうなのですか?」

 

「さっき訊いたんだから答えは同じでしょ」

 

 短時間で人の気持ちが変わるわけない。

 真っ直ぐで大きな目を向けても無駄だ。私の気持ちは変わらない。

 

「本当に、ただの友達でよろしいのですか?」

 

「……まるで友達じゃダメみたいじゃん。あのね、確かに八橋はイケメンだけど、誰でも惚れるわけじゃないんだからね」

 

「承知しております。しかし……いえ、あなたがそれでよろしいのなら私が口を出すことではありませんね」

 

 何なんだ……その言い方、引っかかるな。

 今の雅野さんはちょっと苦手だ。全部見通しているかのような雰囲気。これもお嬢様だからなのか、それとも雅野知世という女性だからなのか気になるところだね。

 

「知り合ったのも何かの縁。ラインの友達登録、お願い出来ますか?」

 

「おおいいね。友達少ないから嬉しいよ」

 

 こうして私のラインに栄えある5人目、縦ロールが追加された。

 他は両親、八橋、漫画アプリの公式アカウントだ。……てかアカウントの名前が縦ロールって、もしかして結構トレードマーク的な感じに思ってるのかな。

 ピンポンって感じの音がして早速文章が送られてくる。

 

【雅野知世でーす、よろしくね! イエーイ!】

 

 私は返信もせず、黙って彼女の顔を見つめる。

 何も言わないし返信もしない私に困惑している顔をする縦ロール。うん、でも困惑してるのはこっちだから。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「……混乱するわ」

 

 頼むから言葉遣いどっちかに統一してください。なんて、会ったばかりの私には言えなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 あの八橋純真が学校を休んだ。

 私が知る限りこれまでに数えるほどしかない。アイツが休んだ日の学校は活気がなくて困る。……いや私がじゃなく他の女子がだけど。

 女子のほとんどが俯き、死んだ魚のような目をして沈黙している。別に死んだわけじゃないんだけど、中には盗撮した写真を写真立てに入れて机に置いている奴までいた。八橋は死んでないぞ。

 

 ピンポンという音がした。ラインか。

 おっと、八橋と雅野さんから同時に届いている。2人からくるなんてついに私もリア充に片足突っ込んだんだな。

 まずは雅野さんから確認。

 

【そっちの学校にいる友達から聞いたんだけど、純真様が休んでるってホント!? どんよりオーラ出ちゃーう!】

 

 うん、何ていうか色々言いたいことはあるけど、何で違う学校に通っている人に伝える必要があるんですかね。関係ないでしょ雅野さんは。

 八橋がいないからどんよりオーラが出るならさ、雅野さんって毎日そんな状態だよね? だってそっちの学校に八橋いないじゃん。

 

 

 さて、次は八橋のやつを読もう。妹語りじゃないといいけど。

 

【風邪引いた。妹に看病してもらえる、やったぜ!】

 

 やったぜ、じゃないんだわ。何喜んでんだお前。

 しかし風邪か。程度にもよるけど高熱出ると辛いよなあ。妹に看病してもらえるとは言ってるけど、一応お見舞いくらい行ってあげるか。

 

【風邪引いたこと喜ぶなって言われた、解せぬ】

 

 正論を理解出来ないって本当に酷い思考してるわ。妹としては風邪引いてほしくないだろうし、喜んだらそりゃ怒られるだろ。

 とりあえず今日はお見舞いに行くってことで。

 

 この後、女性教師が八橋のいないショックで授業を休んだ。黒板には自習とだけ書き殴られている。まさか生徒一人いないだけで授業もやらないとは……八橋、明日には元気になってくれ。

 

 

 * * *

 

 

 さて、私こと稔森木葉はとある家の前に立っている。目前にあるのはクラスのイケメン八橋純真の家だ。

 目的は風邪を引いて休んだアイツのお見舞い。ちゃんと道中でバナナ買ってきたから準備万端。……嘘、実は心の準備が出来ていなかったりする。

 

 そこそこ長い付き合いだけど家には入ったことがない。学校帰りや休日に遊ぶ時は大抵が外だし、私も自分から行こうとはしなかった。でもついにお邪魔する日が来たんだ。

 いざ入ろうとすると胸が高鳴る。

 ドキドキするっていうのかなあ、男子の家に行く機会なんてなかったしそりゃあ緊張するでしょ。何てことない普通の一軒家なのに秘境に見えてくるよ。

 くぅ~インターホン鳴らそうとする手が震えるう。

 

「あら、稔森様?」

 

「ふぁいっ!?」

 

 しまった! 驚いた勢いで押してしまった!

 まだ心の準備終わってないのに……誰だ、なんて確認しなくても分かる。私なんかを様付けで呼ぶ人なんて一人しかいない。

 

 声の聞こえた方へ振り返ってみればそこには予想通りの少女。見事な縦ロールはいつ見ても凄い、雅野さんだ。今日は平日だしさすがにゴスロリ衣装じゃなくて白い制服姿。ここらじゃ有名なお嬢様学校のやつだ、見た目通りって感じだね。何でメロン持っているのか謎だけど。

 

「雅野さん……学校は? 私立茜女学園でしょその制服。あそこ授業は6時までのはずだけど」

 

「ふふ、早退してまいりました。純真様の一大事ですから、お見舞いですわ」

 

「金持ちは気軽にメロンも買えるってわけか」

 

「お見舞いにはメロンが常識と学友に聞いたのですが……」

 

「それが常識な世界は平民に優しくないね」

 

 まずはまともな常識から教えてほしい。そりゃメロンは嬉しいだろうけど、私のバナナが霞んで見えるんだよ。

 

『はーい、どちら様ですか?』

 

 女の人の声が聞こえてきた。

 しまった! インターホン押しちゃったの忘れてた! まだ心の準備出来てないよ、どうしよう!? 助けて縦ロール!?

 救援を求めて雅野さんに顔を向けると、彼女はこくりと頷いてインターホンの前に歩いて行く。

 さすがお嬢様ビビりもしない、そこに痺れる憧れる!

 

 10秒経過。

 30秒経過。

 1分経過。

 あの、雅野さん、そろそろ何か言った方がいいと思うんですがね。悪戯か何かに思われますよこれじゃあ。

 

「稔森様」

 

 何をとち狂ったか雅野さんは振り返る。

 

「私と純真様の関係って何なのでしょうか……?」

 

「今さら何に悩んでんの!?」

 

 そんなもんアンタ、アンタは……何だろう。

 ここへ来た理由は心配してのことだ。ただクラスメイトでもなく、同じ学校ですらなく、ただモデルやってる八橋のファンでちょっと仲がいい程度。本来まだ学校なのに早退してまで見舞いに来た縦ロール。これは確かに何と表現すればいいのか分からん。

 

「はっ、確かに! あの、私は八橋純真様のファンです! お見舞いに来たのでどうか中に入れてくださいませ!」

 

 あ、バカ。その言い方だと。

 

『ファン……? あの、どうして熱を出したことを知っているんですか?』

 

「これまで広げてきた人脈のおかげです」

 

『何で家を知っているんですか?』

 

「以前一度お伺いしたことがあるのです。家の中には入りませんでしたが」

 

『え、ストーカー?』

 

 一応ストーカーではないと思います。証言に信憑性を持たせられないので口は出さないけど。

 

『ちなみに訊きますけど、兄とはどういったご関係で』

 

「ふっ、先程も言った通り、モデルとファンの間柄ですわ!」

 

『すみません帰ってください』

 

「へぇあ?」

 

 へぇあ、じゃないんだわ。

 そりゃあね。同校でもないただのファンがいきなり見舞いと称して押しかけるのは怖いわ。

 雅野さんが頭悪い回答をしたおかげか緊張は解けた。今ならいける、しょうがないからアシストしてあげよう。

 

「すみません、連れの者が失礼しました。私は八橋君のクラスメイトの稔森木葉です。今日のプリントがあるので手渡したいんですが」

 

『あークラスメイトですか。なら、今出ます』

 

 よし、雅野さんのことで謝罪しつつ同級生の立場をちらつかせたのは正解だったな。ちょっと勢いに任せたから実はプリントなんて持ってないんだけど。……あれ、もしかしてバレたらヤバい?

 

「狡いですわ」

 

「別に狡くないでしょ」

 

 頬を膨らましてジト目を向けてくる雅野さん。ちょっと可愛いと思ったのは決して口には出さない。

 

「お待たせしました稔森さん!」

 

 一軒家の扉が開いて……なん、だと。

 あ、ありのまま今起こったことを話すよ。扉の方を見たら天使が舞い降りていた。何を言っているのか分からないと思うけど、私も自分で何を言っているのか分からない。アイドルだとかモデルなんてもんじゃない。もっと神聖な何かが目前に降臨したんだ。

 

「妹様、ですわよね?」

 

 隣にいる雅野さんも多少驚いて大きな目をパチパチしている。

 同じ気持ちだよ。私達の前にいるのは本当に人間なのか疑いたくなる。すごく綺麗な雅野さんすら霞む究極の美。神自らが造形したと言われても納得してしまう。

 

 大きな目、小さい鼻と口。整った顔に艶のある黒髪。年下ながらバストがCはあるスタイルの良さ。そして幻覚かもしれないけど黄金のオーラが体を覆っている。

 

 なるほど、これがよく八橋から聞く明梨(めいり)ちゃんか。正直兄貴があれなんだから相当可愛いんだろうなとは思っていたけど、軽く想像超えてきたなあ。産まれた時からこの天使といればそりゃシスコンになるって。私もなる自信があるし。

 

「あの、どちらが稔森さんでしょう」

 

 天使が少しオドオドし始めた。

 おっと、あまりの美形に硬直していた。黙ってないで何か言わないとね。

 

「私です。君が八橋……純真君の妹ちゃん?」

 

「はい、八橋(やつはし)明梨(めいり)と言います。今日は兄のためにありがとうございます」

 

 天使が微笑む。

 おい待て、ただでさえ可愛いのにそんな風に笑ったら――。

 

「もう限界ですわ」

 

 雅野さんの鼻からブシュウウッと勢いよく血が噴射された。

 

「私の生涯に……悔いは、ありません」

 

「雅野さあああああん!」

 

「うわあ!? どうしたんですか!?」

 

 血を噴いて仰向けに倒れた雅野さんは、なぜか満足気な笑みを浮かべていた。

 分かる、分かるよ。私も気を抜いたら鼻血出そうだもん。

 

「と、とりあえず中へどうぞ!」

 

 八橋のお見舞いに来たはずなのに、来て早々お見舞いされる側になった人が出ちゃったよ。

 大丈夫かなあ……雅野さん。

 

 

 * * *

 

 

 八橋が熱を出したから私はお見舞いに来ている。

 バカは風邪を引かないって言うのは本当に迷信だったのか。いや、確かあれは風邪を引いたことに気付かないって意味だっけ。そう考えると八橋は気付いたからバカじゃない……? 明らかに頭のネジ数本外れてると思うんだけど。

 

「お兄ちゃーん、稔森さんが来てくれたよー」

 

 男子の部屋に入るのは初めてだな。

 きっとアイドルの写真とか、アニメのポスターとか、プラモデルとかあるんだろうなあ……他の男子は。いや、あるにはあったよ。……妹の写真とポスターと人形が。分かってたけどここまで来ると病気の域だろ。怖いって。

 

「ありゃ、寝てるのか。タイミング悪いなあ」

 

 ありえないレベルのシスコンはベッドでぐっすり眠っていた。ちょっと赤いけど、やたら満足そうな顔をしている。

 満足そうなのは雅野さんと同じだ。彼女は倒れたのでリビングに寝かされている。学校を早退してまで来たのに何をやっているんだか。

 

「あのさ妹ちゃん」

 

「明梨でいいですよ」

 

「じゃあ明梨ちゃん。訊きたいことあるんだけど」

 

 八橋が寝ているのは残念だけどいい機会だ。

 明梨ちゃんがきょとんとした顔で「何ですか?」と言う。可愛い。ダメだ、気を抜いたら雅野さんの二の舞になる。

 

「いや、八橋のシスコン具合をどう思ってるのかなって。ちょっと気になって」

 

 これは明梨ちゃんに会えたら訊いておきたかったことだ。私が妹の立場だったら確実に拒絶するんだけど、何で周りの人達はあんなになるまで放っておいたんだ。誰か矯正してあげてくれ。

 

「はっきり言うと気持ち悪いです。度を超えているので」

 

「それ、アイツには言わないであげてね」

 

 たぶん言ったらショック死するから。

 妹の拒絶で死ぬとか情けないことこの上ないけど、あそこまでのシスコンだと可能性を否定出来ない。

 

「言いませんよ、あんなんでも一人しかいない大切な兄ですから。……一応、理由も分かっているので」

 

「理由? まあ、さすがに生まれつきじゃないだろうけど」

 

「……ここで話していては兄が起きるかも。詳しい話は隣にある私の部屋でしましょう」

 

「うん、分かった。起こすのは悪いもんね」

 

 見舞いに来たのにたいして見舞わない、これ如何に。とりあえず買っておいたバナナを八橋のベッドに置いて、明梨ちゃんの部屋へ向かう。

 バナナは大事に食べろよ。栄養多いから。

 

 さて、明梨ちゃんの部屋だが……まあさすがに八橋と同じような感じではなかった。これで兄貴同様、ポスターだの人形だのがあったらブラコン認定するところだ。若干疑惑あったけど違ったらしい。

 

 ピンクの小洒落た女の子っぽさ全快の部屋で私達は向かい合う。座布団を用意してくれたので座り、真剣な表情で向かい合って……向かい合って、何か話してくれよ。

 

「あの、稔森さん」

 

 おっ話した。

 

「私、稔森さんのことを兄から聞いていたんです。兄が話すことといえば、私に関しての話題とあなたのことくらいです」

 

「私について、ね。碌な話じゃなさそうだけど」

 

「いえ、かなり好印象ですよ。兄と仲良くしてくれる人は珍しいですから。なんせ記念すべき2人目なので」

 

 少なっ! いや、でも確かに誰かと一緒にいるところは見たことないな。男子は嫉妬してるっぽいし、女子はほぼ全員がファンクラブ会員だし。気軽に話しかけてくるのなんて私が知る限り雅野さんくらいか。

 

「だからこそ訊きたいんです。稔森さんは、何があっても兄と一緒に居てくれますか?」

 

「え? えっと、つまりは結婚しろと?」

 

「違います! 兄にそんな関係の人がいるなら是非してほしいですが、私が言っているのは現状の友達としてです!」

 

 友達としてずっと……何だか、そう考えると胸が苦しい。最近の私は変だな。

 

「……今のところは離れない。約束出来る」

 

「なら話します。兄の過去……そっと胸にしまっておいてください」

 

 自慢じゃないけど口は固い方だよ。だって喋る人がほとんどいないからね。

 

「まだ私達が小学生だった頃、仲良くしてくれた女の子がいたんです。名前は知世ちゃん。今と変わらないような環境の中でも関係は続いていました」

 

 と、知世ちゃん、だと? その子供ひょっとして縦ロールだったりするのか? いや、今は話に集中集中。確認は後でいい。

 

「でもある日、彼女は虐めを受けだしました。お察しの通り女子の嫉妬です。最初は気にしていないと言って笑っていたんですけど、次第に笑わなくなって……何も言わずに転校していきました。兄は何度も虐めを止めようと話し合いをしたんですけどね。結果は芳しくなかったようで」

 

 虐め、か。

 あの日、偽装彼女になると決めた日。私が虐められていることを知った八橋は珍しく怒っていた。それは過去が関係していたのか。

 

「それ以来、兄は家族以外の女性の顔を認識しなくなりました。精神的なものだと思います。後で聞いた話だと、加害者は兄に従順なフリをして、誰も見ていない場所で虐めを続けていたそうです」

 

「裏切られたのがよっぽどショックだったわけか」

 

 私も裏切られる気持ちについては理解出来るつもりだ。なるほど、私と八橋は少し似ているのかもしれない。

 

「そこから、でしたかね。元からわりとシスコンだったんですけど……あの件を境にエスカレートしたんです。……家族は、知世ちゃんみたいに離れていかないから。兄はもう、失うのが怖いんだと思います」

 

 ……重い。想像してたよりかなり重い。

 ぶっちゃけ大した理由なんてないと思っていた。でも、第三者からはそう見えるだけで当事者には相応の理由があるらしい。案外これは他のことにも言えるかも。

 

 八橋純真の過去を一通り聞き終わったので、後回しにしていた質問を今してみようか。

 

「……一つ、訊いていい? その知世ちゃんって子……雅野知世って言うんじゃない?」

 

「いえ、知世ちゃんの名字は櫻井ですよ」

 

「あ、そうなんだ……いやでも名字は変わることあるし。ねえ明梨ちゃん、あの縦ロールの女子が知世ちゃんじゃないの?」

 

「疎遠になったといっても顔は憶えています。縦ロールってさっきの倒れた人ですよね? 残念ですけど面影が全くありません」

 

 普通に勘違いしていた。

 知世って言うからさあ、雅野さんのことかと思うじゃん。感動の再会起きちゃうかと思ったじゃん。なのに結果はこれだよ恥ずかしい。

 よく考えてみれば知世ちゃんとやらが雅野さんなら、会った時に八橋が気付くだろうしね。同名ってのも紛らわしいもんだなあ。

 

「……あの、私からも一つ訊いていいですか?」

 

「うん? 別にいいけど」

 

 質問したいほど気になることなんて、ぶっちゃけ私にはないと思うんだけど。

 

「稔森さんは……兄のことが好きなんですか?」

 

 なるほど、明梨ちゃんとしては気になるわけか。アイツ友達ほとんどいないし心配なのかも。

 

「何だかんだで良い奴だしさ、友達として好きだよ」

 

「あ、いや恋愛的な意味です。女として」

 

「……恋愛的な……意味で?」

 

 友達じゃなくて、男としてどう見ているのか。

 私は八橋純真のことを……。

 違う、私は他の女子のように八橋へ好意をぶつけない。あんな奴らとは違う。私は八橋のことを男として好きなんかじゃない。

 

 ふと、雅野さんの言葉が頭をよぎる。

 彼女は『私は純真様を愛しています』と堂々と言い放った。

 

 何か私は勘違いしているのか。

 八橋を好きな女子を一括りにして、あんな奴らと呼ぶのはダメだ。少なくとも雅野さんはクラスメイトの女子達と違う。

 そうだ、八橋へ恋愛感情を持つのは別に悪いことじゃない。

 

「兄を見るあなたの表情、兄の話を聞く態度。私は妹です。兄に恋愛感情を持つ人間を誰よりも見てきました。稔森さんにも微かにその人達と同じ雰囲気を感じます」

 

「違う、私は……」

 

 恋愛感情を持つのは悪いことじゃない。

 以前から八橋を好きな人達に悪意を向けられすぎて歪んでしまったんだ。いつの間にか、気付かないうちに、私は彼女達を嫌悪すると同時に恋愛感情すら嫌悪してしまった。

 

 ああ、誰かを好きになると盲目的になり、あれほど悪意を向けられるようになるのかと。だったら私はそんな感情を持ちたくない。そんな風に思ってしまっていた。当然、自分の気持ちに気付いていながら目を背け続けた。

 でも、もう……止めよう。

 

「私は……うん。好き……だね」

 

 認めよう、稔森木葉は八橋純真のことが好きだよ。

 アイツが本当に好きなのは明梨ちゃんだってのは分かっている。どうしようもないシスコンだけど盲目的じゃなくて、ちゃんと私のことも気にしてくれるところが好き。

 嫉妬したクラスメイトに絡まれた私を助けてくれるのが素直に嬉しい。偽装彼女、なんて最初は私の我が儘から始まったけど、未だに付き合ってくれる優しいところが好き。

 

 押し止めていた好きが溢れてくる。それでも――。

 

「好きだけど……告白とかはしない」

 

「ど、どうして!? 私、稔森さんのことは応援したいんです! あの兄と仲良く出来る女の人は滅多にいません、私が思うに――」

 

「無駄だから」

 

「はい? 無駄って……何ですか?」

 

 私と八橋じゃ釣り合っていない。

 恋愛には外見が重要視される。スタイルはもちろん、顔面だって、私は何一つ彼と釣り合わない。雅野さんくらい綺麗だったら何も問題ないんだけど。

 

 私の考えを伝えると明梨ちゃんはプルプル震えだした。何だろう、座布団で正座していたせいで足でも痺れたのか。

 

「……無駄じゃない」

 

「え、何?」

 

「結果も分からないのに無駄なんて言いきらないでください! 顔が何ですか、釣り合いが何ですか!? 好きだって気持ちに顔なんて関係ない。釣り合ってなきゃ告白すら出来ない世界なら壊れちゃえばいい!」

 

 ……何か、地雷踏んだっぽい。

 絶対明梨ちゃんも何かあったパターンだこれ。

 

「自分の想いを抑え込んだままでいいんですか!? 満足ですか!? 他の人に取られたら悲しくないんですか!?」

 

「ちょいちょい、ごめんごめん。一旦落ち着こ」

 

「傍から離れてもいいんですか!?」

 

「……嫌かな」

 

 好きだと自覚した以上嫌なものは嫌だ。

 でも私なんかが本当の意味で八橋と付き合うことなんて……。

 

「稔森さん、自分に自信を持ってください。大事なのは自分の気持ちなんです。他のことは一旦忘れて、心のままに答えてください。稔森さんは、兄と恋人になりたくないんですか?」

 

「……なりたい、出来ることなら」

 

「なれますよ。その気があなたにあるならなれる、絶対になれます……!」

 

 明梨ちゃんは本気で私を信じてくれている。

 普通なら無理と切って捨てるところだけど、彼女の純粋な瞳と期待を裏切ることは出来ない。ここまで応援してくれているんだ、私も観念して勇気を出す時が来たんじゃないの?

 ねえ稔森木葉、いつまで停滞しているつもり? ずっと想いを抑え込んでいたら自分が辛いだけだよ。

 

「……分かった。そこまで言われちゃ諦めらんなくなるしね。……告白するよ。結果については今は気にしない」

 

 明梨ちゃんは「稔森さん!」と嬉しそうに叫ぶ。

 ただね、1つ問題があるんだよ。他のどうでもいい人達と違って彼女の想いを無視するわけにはいかない。隠したまま告白なんて騙すのと同じことだ。彼女へ正直に伝えよう、私の隠していた感情を。

 

【ごめん、私も八橋のこと好きなの。恋のライバルになっちゃうけど本当にごめん。これを知っても友達でいてくれるかな?】

 

【いいよ。今日からライバル、そんで友達! 負けないよ!】

 

 彼女、雅野さんは相変わらず軽い口調でメッセージを送ってくる。

 こっちが送ってから5秒くらいしか経ってないのはともかく、彼女は答えてくれた。私の想いを知っても怒ったり拒絶はしないでくれた。素直に嬉しい、私は良い友達を持てたと思う。

 

 さあ、言っちゃったからには後に引けないぞ稔森木葉。精一杯足掻いて足掻いて足掻きまくって、本気で八橋純真の恋人になろうとしろ。

 覚悟はとうに出来ている。

 

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