Fate/IDOLM@STER   作:白山羊クーエン

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この物語はフィクションです。あえて言うなら劇中劇だと解釈し、設定も都合よく改ざんされていると思ってください。肩の力を抜かないと読めないよ。


プロローグ

 

 いつもの朝。しんと静まり返った一室は冬の寒さを纏いながら主に覚醒を促している。部屋の隅、天蓋付きの豪奢なベッドは膨らみを持っていたが、一度動き、やがてもぞもぞと活動を開始した。ゆっくりと中から現れたのは年端も行かない少女――茶色を帯びた長い髪は乱れ、夜着も皺だらけになっている。

「うぅ、寒い……」

 その声に中てられたのか、一瞬送れて目覚まし時計がじりじりと鳴り出した。顔を顰め、手を伸ばす少女。しかし届かない。

「あぁもう」

 ついと身体を伸ばし、ぎりぎりで届く。が、その手は時計を掠めて転がしてしまった。絨毯を跳ねる音と、止まない騒音。苛、と青筋を立てた。

 

 

 身支度を整える。朝食はシリアルと100%オレンジジュース。どんなに忙しくてもこれだけは欠かさない。昔の家では全て他人が用意したものだが、生憎一人暮らしとなった少女は全て自分で用意しなければならない。そこに久しく抱かなかった郷愁を抱き、そんな自分に驚いた。

 今日が節目となる日だからだろうか、少女は鏡越しに見た自分を思う。つり気味の意志の強い瞳、小さな鼻、きゅっと結ばれた薄色の唇、仄かに赤い頬。間違いなくいつもの自分。

 よし、と一声頷いて、彼女は家を出た。重苦しい門構え、鉄は冷え、つんとなる。一月十五日、朝はいつもより寒かった。

 

 

「おかしいわね、どうしてこんなに人がいないんだろう」

 通学路は静けさに満ちている。車の群れはなく、同門の生徒もいやしない。わずかばかりに出た太陽も低く見える。手でかざしながら曇りがかった空を眺め、嫌な予感に表情を変える。

 校門を潜り、いよいよ以ってその予感は現実となる。いない、生徒がいない。水飲み場に一人いた。

「あれ、水瀬さん。早いね」

 クラスメイトの一人だ、部活の朝練だろう。うん、間違いない。

「おはよう、朝練かしら」

「うん、水瀬さんはどうしたの? こんな時間に来るなんて、日直にしても早すぎる」

「どうしてかしら、うちの時計、一時間早かったみたい。それも家中の」

「へえ、ミステリーだね。でも水瀬さん家は結構趣き深い感じだし、そんなこともあるのかなぁ…………ないか」

「ほんと、そうであって欲しかったんだけれど」

 たわいない会話、しかし常識がずれている。クラスメイトの彼女はそれが常識外のことに思えており、少女――水瀬伊織はそれが常識内のことだと思っていた。それは世界を知っているかどうかというだけの話、一般世界を生きる彼女と、魔術の世界を生きる伊織との違いだ。

 そして伊織には心当たりがある。昨日の作業と、今日と言う日の持つ意味。それによって僅かに強張った表情を、眼前のクラスメイトはしかし気づくことはなかった。

 

 

 

 * * *

 

 

 朝。寒いと思う前に起こされる。

「ちょっと待ってほしいぞ……」

 布団を被り、抵抗する少女。しかし家族が許さない。布団を噛み、ずらす。顕になった長い黒髪はぼさぼさだ。

 寒くなった身体を縮こませて暖を取る。何かが覆いかぶさった。温かく重い。

「ぐ、ぐるじ……」

「わふ」

 伸びきった手足を確認して、上に乗っていた犬は静かに引き下がった。苦しげな顔で起き上がる少女。淡い碧色のパジャマは乱れている。

「おはよういぬみぃ、ワニ子も……」

 犬が鳴き、ワニが口を開けた。霞む視界であたりを見回すと、自分以外は皆起きていた。夜行性のやつはいなかったのかと思わずにはいられない。

「あとあとへび香にシマ男、オウ助もいるよん」

「当然ハム蔵とうさ江、ねこ吉、ブタ太っ。モモ次郎は寝てるみたいだよっ、ひびきん!」

「…………どうしたんだ? 二人して起きてるなんておかしいぞ……」

 ようやっと意識がはっきりしたこの家の主――我那覇響は、少しだけ高い位置にある顔に話しかけた。二つ、同じ顔がにんまりと笑っている。その二つは顔を見合わせ、また笑った。

「今日は楽しく行こうよぅ!」

「今日も、でしょー」

 はいはい、と響はゆっくりと立ち上がり、伸びた。んー、と呻き、肩を回し、よしと一発。

「おはよ、亜美、真美。それじゃ朝ごはんにするさー」

 

 

 我那覇響の朝は早い。沖縄から一人東京へと旅立って早一年と少し、寂しくないようにとたくさんの家族と生活している少女だが、最近になって食い扶持が増えたのは正直予想外である。

 手作りの朝食は皆で食べる。流石に夜行性の動物は一緒にはなれないが、それでも同じ時間に用意は済ませてある。学生である響は休日以外家にあまりいない。その間に起きる家族にも手作りを食べさせたい彼女のこだわりであった。

「そんないいもんじゃないよNe」

「そうそう、前に市販の物にして大喧嘩したからだよNe」

「うるさいぞ、そこ」

 お茶碗片手にコンビネーション良くつっこむ双子と少々顔を赤らめて注意する響。一人暮らしに動物たち、だったはずの日常が今や三人と動物たちである。これが響の予想外その一。

「それで? どうして今日はいつもより早かったんだ二人とも」

 響の疑念、それは寝ぼすけの姉妹が自分より早く起きたこと。響の起床時間は六時、双子はたっぷりあと一時間は寝ているはずである。

「んー、特に何も?」

「うんうん、偶然だよねー」

「……釈然としないぞ」

 そう言って響が手に取るはしょうゆ差し。まごう事なきしょうゆ差し。双子の目が輝いた。

 わくわくの瞳に気づかぬまま冷奴に垂らして一口含み、そして響は悶絶した。

「ぶはっ!? こ、これソースだぞ!?」

「あははははは、ひっかかったー!」

「いぇい、やったね真美っ!」

 いえーい、とハイタッチするのを他所に何とか飲み込んだ響は理解する。この双子、このためだけに早起きしていやがった。

「わざわざラベルを変えてまで……なんなのさ、もぉー!」

「いやー、ひびきんにはやってなかったと思ってさー」

「そうそう、前のひびきんにはやったんだよねー」

「…………ぐぬぬ」

 楽しそうな顔に悔しさしか出てこない。響は残ったソース豆腐を強引にかっ込み、そして双子の言葉を軽く流した。『今の』と『前の』という言葉の意味は、知っていた。

 

 

「じゃあ行ってくるけど……」

「ほいほい、いってらっさい」

「気をつけてねー」

 ドアノブに手をかける響は、こっちを見ずにテレビにかじりついている双子の返答に眉を寄せた。亜美に至っては朝食後間もないというのにお菓子を銜えている。あれは自分の隠し財産だったはずだが、もう諦めている。響の常識は傾いている。

「はぁ……じゃあみんな、二人のこと頼むぞ」

「わふ」

 代わりに動物たちにお願いすると元気良く声が響いた。こちらのほうがよほど安心できるのは年季が違うからなのか、それともやはり亜美と真美が常識外の存在だと気づいているからなのだろうか。

 詮のない考えが頭を過ぎり、追い出すように首を振った。ここには家族しかいない、それで十分。

「じゃあ行ってきます!」

 ばたんと勢い良く扉が閉まり、我那覇響は日常の第二舞台へと急ぐ。一方で取り残された二人の少女は、テレビを見ているようで見ていなかった。主が出て行ってから十分な時間を取った後、ゆっくりと顔を見合わせる。動物たちが心配そうに見つめていた。

「ありがとね、みんな」

「亜美たちなら大丈夫、ひびきんの心配をしてあげて」

 そんな言葉も通じているのかいないのか、彼らの瞳は変わらない。双子は嘆息し、そして意識を切り替えた。

「まだ亜美たちを入れて五人ってところかな」

「残りは二つ、か。そうすればもう終わりだね」

「楽しかったよね」

「うん、楽しかった」

「守らないとね」

「うん、でも――」

 真美は紡がず、黙り込んだ。以心伝心、亜美もわかっている。未来への選択肢は、しかし一つしか選べないまやかしなのだと。

「ひびきんは守る。みんなも守る」

「そいで、真美たちはお役御免、でござる!」

「うむ、天晴れであった!」

 にか、と無邪気に笑い、二人は家族に飛びついた。

 

 

 

 ***

 

 

「あ、春香! おはようさー!」

「――響ちゃん、おはよう」

 学校にたどり着いた響は廊下で親友と言って差し支えない少女を発見、元気に挨拶した。振り向いた顔は少し疲れ気味で、しかし見事に笑っていた。表情が板についているのか、それとも悪い癖なのか。響は額にチョップをかます。

「いたっ」

「春香。無理に笑う必要、ないぞ」

「……うん、ごめん」

 額を押さえ謝る少女――茶色の髪は肩口まで、後ろで僅かに跳ねている。両側に結んだ赤いリボンがトレードマーク、今売り出し中の高校生アイドル天海春香である。

 春香がアイドルになった理由を響は知らないが、最近はテレビで見る機会も増えたし仕事で学校を休むことも珍しくない。順調に活動していることは喜ばしいが、一方でこんな春香を見るようになったのはいただけないとも思っている。響はいつもの春香が好きなのだ。

「疲れてるの?」

「……少し、ね」

「昨日歌番組の収録だったんでしょ? うまくいかなかったのか?」

 教室へと向かう少しの距離、響は前置きなしに尋ね、春香は俯き首を振る。また笑ったので再びチョップ。

「……あのね、初めてだったんだ」

「初めて?」

 首肯。

 

「――――歌で、あんなに心揺さぶられたの」

 

「…………」

「すごかった。最初の一音、たったそれだけで世界が変わったかのように思えた。華やかだけど無機質なスタジオが、一瞬で空になった」

 春香は立ち止まり、窓から空を見た。寒空は少しの鉛雲を帯び、色を抑えている。

「初めてだった」

「……でも、春香がアイドルになったのは憧れたからなんじゃないのか? それなら初めてじゃないんじゃ――」

 これは響の推測だ。どこまでも真っ直ぐな天海春香は、それ故に理由も単純明快なものなのだと。春香は頷き、そして笑った。今度は手が動かなかった。

「確かに私はアイドルに憧れてアイドルになったけど、でもそれは歌だけじゃなくその人の全てに憧れたの。ああ、すごいな。こんな風にみんなを笑顔にできたらな、って。――――でも昨日は違う。歌だけで、本当にそれだけで圧倒された。笑顔とか、そんな自由すら許されない強制力を、私とおんなじくらいの子が放ってた」

「同い年の、アイドル……」

「如月、千早ちゃん。知ってる?」

 響はついこの間眺めた雑誌を思い出した。青い髪、透き通るような白い肌、そして何より美しい相貌は、その実力と相まって注目の的になっている。そう雑誌には書かれていた。

 まだ日は浅いらしく、春香のほうがよほど知名度はある。だが、それは時間の理由であり実力ではない。それを春香は知ったのだ。

「話をしたらクールで、でも優しい子だって感じた。私、この子と仲良くなれるって思った」

「え? ならいいじゃないか」

「でも、仕事の時は違うよ。私も歌は好きだけど、千早ちゃんみたいにはなれないよ」

「あ……」

 いつの間にか教室で、席に着こうとしていた。春香は普通に座り、響は座れなかった。春香が疲れている一番の理由に気づいたからだ。

 

 ・・・

 

「春香、自分は春香のこと好きだぞ」

「……ありがとう、響ちゃん」

 嘘でも嬉しいよ。そんな言葉が聞こえた気がした。

 

 

 * * *

 

 

 さて、伊織にとって中学校の授業と言うものは簡単だ。はっきり言って、自宅で行う魔術訓練の方が遥かに苛烈を極めるし難易度も高いからだが、そこはそれ、自身の学力が周囲からかけ離れていることを悟られてはいけないのだ。なぜならば魔術師は異端、世界に溶け込んで然るべきなのである。

 一般人には気づかれず、魔術を極め根源へ至る。それこそが通常の魔術師の至上命題であるのだが、それは伊織には関係のない話だ。

 

 伊織には、別の目的がある。

 

 4時間目が終わり、昼食の時間となる。お弁当を作っていない伊織は購買を目指すわけだが、そんな彼女に話しかけてくる女生徒が一人。伊織は声をかけられる前にわかっている。

「伊織ちゃん、ご飯にしよう?」

「えぇ、やよいはお弁当?」

 うん、と元気良く頷く少女――茶色の長い髪を二つに縛り、年齢の割りに幼い小動物のような容貌。高槻やよいは伊織の数少ない気心の知れた友人だ。

 尤も、魔術のことは何も知らないのでその点は注意する必要がある。親友に対し隠し事をすることは聊か心苦しかったりする伊織である。

 

 二人して購買に向かう。伊織はいつものようにサンドイッチを買い、開放されている屋上で休憩だ。本来この季節に屋上に出る者はそういないが、二人だけが知っている秘密の風除け場でのみゆっくりと過ごせるのだ。開けている屋上で、何故そのような不思議スポットがあるのかは二人にもわからない。

「伊織ちゃん、いつもトマトサンドばっかりじゃバランス悪いよ? このもやし炒めをあげるね」

「ありがと、ならやよいもそのトマトサンドを食べなさい」

 これも普段のやりとりだ。正直裕福ではない高槻家、やよいも出費を抑えているのでお弁当も質素になりがちである。伊織も伊織で実家からの投資をなるべく断っている身だ。その辺もまた、家柄こそ異なるものの気が合う理由だろう。

「――お母様の具合はどう?」

「うん、だいぶ良くなってきたってお医者さんは言ってたよ。ご飯も少しだけど食べられてるし」

「そう」

 トマトサンドを含むと、そよそよと風が吹いてきた。寒い。やよいはポットからお茶を注ぎ、差し出す。ありがと、と受け取った。

「やよい。やよいが望むなら、私は――」

「伊織ちゃん」

 見ると、やよいは笑っている。笑って、ダメだよと言った。

 水瀬の家の力を使えば確かにやよいの事情は解決する。しかしそれには現実問題莫大な金額が必要で、高槻にはそれがなかった。そしてやよいは、人脈という手段を禁じている。親友の手を、取らずにいる。

「伊織ちゃんは今、楽しい?」

「……私は」

「伊織ちゃんが伊織ちゃんでいられる今が、わたしは楽しいよ」

 そう言ってやよいは残った昼食を食べ切り、立ち上がる。話はおしまいというように、立ち上がる。

「お昼休みはうさぎさんにご飯をあげなきゃね」

「…………そうね」

 溝は、おそらくは両者の責任だ。しかし伊織は、これから起こる戦いに別の理由を抱いてしまうかもしれないと考えていた。

 

 

 ***

 

 

 学校が終わり、そしていよいよ夜が来る。さて準備を、と思ったところで耳障りなお気に入りの曲が聞こえてきた。携帯に記された名前を見て憮然とする。

「もしもし」

「あぁ伊織ちゃん、私よ」

 鳥の囀るような声、音無小鳥だ。伊織とは――いや水瀬とは旧知の間柄で、伊織が幼い頃師事した人物でもある。今は確か、どこかの芸能事務所の事務をしているんだったか。

「何よ、小鳥。あんたから電話なんて珍しいけど、生憎今は不要だわ」

「あらら、つれないのね。でもそっか、もしかして今から準備するところ?」

「――えぇ。私は、今夜召喚するわ」

 ふふ、と距離の離れた女性は嗤った。とても嬉しそうだが、子どものようだった。

 

「それは邪魔しちゃったわね。――現在五騎のサーヴァントが確認されているわ、残っている枠はセイバーとアーチャーよ」

「三騎士のうち二つ、それも最優のセイバーが残っているなんて意外ね。今回の参加者は狙って呼び出していないのかしら」

 触媒を選別することで狙った存在を召喚できる。それぞれの逸話からクラスも想像できるというのに、その残り具合は謀ったのではないかと思うのも当然だ。

「触媒も大事だけれど何より相性が関係するからね。まぁ、バーサーカーは指定できるから、もしかしたらそこは狙ったかもしれないけれど」

「理性のない相手をパートナーに選ぶなんて無謀よ。ま、どちらにしても私は私にできることをするだけね」

「なんて心強いお言葉。流石は伊織ちゃんね、アベレージ・ワンなだけはあるわ」

「切るわ」

 返答も聞かずに切ると、自然にため息が零れた。彼女と話すのは精神の無駄遣いだ。無意識か故意か、平気で人の心に踏み込んで荒らしていく。

 恵まれた話ではあるが、少しだけ恨まずにはいられない伊織の魔術特性。水を尊ぶ水瀬に生まれ、五大元素を操る少女。運命は回り出している。

 

 

 召喚に必要なものは、魔力と召喚陣。そして叶うならば、道しるべとなる触媒だ。しかし伊織は触媒を用意していない。それは彼女の家庭環境によるものだが、実力試しにはちょうどいいはずだ。伊織は自分の力で以って最強のサーヴァントを召喚する。

 遺憾なことながら、宝石の類は地力では集められない。どんなに優秀でも伊織はまだ15歳の中学生だ。莫大な魔力を必要とするこの召喚術は宝石のバックアップがなければお話にならない。宝石はその特性ゆえ魔力を溜める器には持って来いだし、伊織との相性も格段に良かった。

 使い捨てになってしまうのが欠点といえば欠点で、お金に困っているやよいを思えば心苦しくはある。しかしこの身は魔術師、今そんな俗世の感傷に浸るべきではないことは命を以って理解していた。

「――告げる」

 膨、と魔力の光が部屋を満たし、伊織は詠唱を開始する。これが最初の勝負、失敗は許されない。

 

 

 素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 

 閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する。

 

「―――Anfang」

 魔術回路が鳴動し、魔力が体内を駆け巡る。かつてない圧で体が吹き飛びそうだ。それでもまだ足りない、自身が爆発するほどの力を操作せよ。

 御せ。御せ。その身を以って、最優を証明せよ――!

 

「――――告げる」

 

 ――――告げる。

 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。

 

 誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ! 天秤の守り手よ―――!」

 

 

 暴風が部屋中を駆け抜け、閃光が世界を支配した。

 全ての感覚が崩壊する中、確かな手応えに酔いしれた。

 

 やがて、世界が戻る。自身の息切れと疲弊した身体で現状を理解した。感情が堪えきれず、口が歪み、

「にひひっ、完璧! これで間違いなく最強のサーヴァントを――きゃあっ!?」

 轟音。足元の揺れに思わず跪く。ぱらぱらと落ちる天井の粒は屋敷の揺れを証明していた。

 やがて止んだと思い顔を上げてみれば、そこにはいるはずのサーヴァントはない。まさかと思う伊織は階段を駆け上がり、ドアノブに手をかける。開かず。

「あぁもうっ!」

 衝撃で壊れたのなら今破滅させても変わりはない。体重の乗った見事な蹴りで障害を消し飛ばし、そして開けた視界に頭を抱えた。見事なまでの散らかりよう。

 

 そして、その中心にあるはずのソファは今までに見たことのない主人を迎えていた。

 

「あ…………」

 呆然と彼女を見る。銀色の髪、漆黒のドレス、端正な顔立ちは確かに伊織を見つめていた。長い睫毛、と咄嗟に思う。

「――随分と懐かしい感覚ですが、今宵もまた、月に誘われたということでしょうね」

 立ち上がる。思ったよりも身長はあり、伊織の視線は上に向けられる。立ち居振る舞いは見事に尽きる。まるで、それこそどこかの女王のような――

 

「問いましょう――――貴女が、わたくしの主となる者でしょうか」

「――――」

「はて?」

「――えぇ。あなたが私の召喚したサーヴァントだって言うのなら、私は間違いなくあなたのマスターよ」

 忘我していたのはその存在の異常さからか、それとも本来持つ高貴さに中てられたのか。伊織は一瞬遅れた反応を反芻しつつ、しっかとその瞳を見つめた。赤みがかった瞳は魔性、魔眼に等しい。魔術的要素ではなく、ただ魅力的だった。

 

 そのサーヴァントは一度目を瞬かせ、ふむ、と頤に手を添えた。

「その問いは少々強引ですが、霊的な繋がりは確かに感じられます。確かにわたくしの主――ますたぁなのですね」

「……うん。レイラインはあるわ。それで、あなたはどこの英霊なのかしら?」

 サーヴァントはクラスに宛がわれた英雄だ。英雄であるならばその伝承はどこかに残り、語り継がれている。その知名度による補正しかり、経歴に則った長所短所は最初に把握しておく必要がある。女性の英雄となれば限られてくるだろう、西洋の雰囲気から察するに、ジャンヌ・ダルクあたりだろうか。

 伊織の言葉に彼女は祈るように手を組んだ。確かめるようにゆっくりと、その真名を紡いでいく。

「――我が真名は、かぐや。『迦具夜比売命』と申したほうがよろしいのでしょうか」

「かぐや姫? 竹取物語の?」

「そうなります」

「…………うん、最初に聞くべきはそこじゃなかったわ。貴女はセイバー?」

 いや、もうわかっていることである。かぐや姫にそんなイメージは欠片もない。案の定ふるふると否定された。

「わたくしは弓兵――あーちゃーの騎として呼ばれました」

 アーチャー。遠距離から敵を射抜く弓の使い手。しかし物を遠くへ飛ばすという技術があれば、それは弓でなくとも適性となるのだとか。

 

 伊織は頭の中で反芻し、頭を抱えた。

「どじったわ、セイバーを引けないなんて……でもなんで? 召喚は完璧だったはずなのに上から降ってくるしセイバーじゃないし……」

 ば、とアーチャーは扇子を持ち、口元を隠す。これまでの工程を思い返す伊織を見、そして口を開いた。

「ますたぁ、それはあなたのせいではありません」

「へ?」

「わたくしが空より参ったのは、触媒が月であったからです。今宵は満月、察するにますたぁは他の触媒は用意していなかったと見受けられますが」

「う、まぁね」

「そしてわたくしが剣を持っていないのは誤りではなく、あなたの適性とわたくしの願いによるものです。わたくしよりもより強くあなたと引き合う者がいたならば、その者はセイバーとなりここに降り立ったことでしょう。ですが今宵、勝ったのはわたくしのようです。不満はありますか?」

 じ、と見つめる様は邪険にはしづらく、伊織は気まずそうに頬を掻いた。その様を見てアーチャーは微笑み、扇子を仕舞う。伊織の長い髪を手に取った。

「あなたはますたぁとして優秀であると、わたくしは思います。今宵の偶然、運命と感じるのはわたくしだけでしょうか?」

「う……」

 一気に頬が赤くなるのを感じて伊織は咄嗟に距離を取った。アーチャーはというと少し残念そうに空いた手を宙にさまよわせている。赤面症は伊織の治すべき悪癖であった。

 

 と、伊織が僅かによろける。まず、と思うのも一瞬、気がつけば距離を取ったはずのアーチャーに抱きかかえられていた。疑問符が浮かびつつ、ああこれがサーヴァントかと納得もする。

「随分と壮健でおりましたが、本来サーヴァントの召喚は膨大な魔力を消費します。今は休むことが肝要かと」

「――――そうね。じゃあベッドまで運んでくれるかしら? アーチャー」

「かしこまりました、我が主様。その代わりと言っては何ですが、一つわたくしにくださいませんか?」

 図々しくない? と伊織は眉を顰めるが、正直もう目蓋が重い。聞くだけ聞いておこう。

「ん、何を?」

 

「あなた様の、名を――」

 

 アーチャーはどこまでも美しく、契約の証明を所望した。

 

 

 

 

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