Fate/IDOLM@STER   作:白山羊クーエン

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蒼銀

 

 

 ずっと夢見ていた景色は、大歓声の中にある。

 七色の光の集合体――いや、色は全部で13色だ。それぞれのパーソナルカラーのサイリウムが一つの空間を彩り鮮やかに、そして神聖なるもののように存在する。その全ての光を受け止めて輝くのは偶像だ。多くの存在の声援を受け、それは神々の信仰すら上回る。

 そんな光り輝く舞台の中心に、私の姿があると願っている。

 

 

 

 

「…………あ、れ」

 気づくと寒い。ぶるりと身体を震わせるとゆっくりと視界が戻ってくる。90度回転した世界――寝転んでいるのだ。冷たく硬い感触は廊下、つまり自分は学校で寝ていることになる。ぼうとしたままの頭で考える。私は今、何を見ていたのだろう。

「さむ……」

 起き上がり、辺りを見回した。夜、誰もいない学校。不思議と恐怖はない。なんとなく現実感が喪失しているからだろうか。普段通い詰めている場所も、時を変えれば様変わりする。学校など、その最たるものだろう。パリ、と音がした。

「って、これ――っ」

 制服が血で固まっていた。とするとこれは誰の血かなんて疑問はない。そのたった一つの事実で頭は過去を思い出す。眩しい光と綺麗な女の子、そして胸に迫った喪失感。胸に手を当てるといつもの胸だ、だが――

「死んだ、の……わたし……?」

 心臓は脈打っている、生きている。だが確かに天海春香は死んだ。殺された。厳然たる事実、変えようがない真実。だが、同時に今生きている矛盾。

 考えても答えはない。夢というのが一番だが、制服の現状は何よりそれを否定していた。

「えっと、帰る?」

 誰に対しての疑問か、まるで許しを請うように呟いたけれど、おそらくは世界に対してなんだろうと思う。だって私には、この後どうすれば良いかなんてわからないのだから。なら、とりあえず現実の答えを呟くのだ。それが正しくないならば、この幻のような現状が否定してくれると思ったから。

 家に帰る。普通だ、普通のアイドルである私になんて似合った言葉だろう。普通という言葉がこんなに嬉しいことは、多分人生で初めてだと思う。

「痛っ!?」

 不意に左手の甲が痛む。見るとそこには不思議なカタチの痣があった。心なしか、前よりもはっきりと形作っている。不思議なものだ、心臓を貫かれても怪我がない自分が、たかが痣程度で痛がるなんて。

「…………」

 いやいや。不思議なことだらけなんだ、不思議じゃないでしょう私。とにかくも気をしっかり持って、今までの日常に戻るだけだ。

 頬を張る。冷たい感触と鋭い痛み、じんじんとする。顔が腫れたらどうしようと今更思うが気にしない。

「よし、帰る!」

 あやふやな足取りでも時間をかければ帰ることはできる。現実感も、安心する我が家を見れば復活するでしょう。そんな希望を持ち抱いて私は学校を後にする。ああ、大事なものは見つからなかった。

 

 

 ***

 

 

 血塗れの制服じゃ電車に乗れないと気づいたのは少ない通行人のぎょっとした目による。着替えもなし、仕方なく歩いていく。

 幸いなのは一駅分という距離だ。疲労感は乗り物を求めていたけれど、頭の整理を促すにはその時間はありがたい。がしかし、よほど身体は疲れていたのか足取りは限りなく遅かった。

 夜目が利く人にはばれるから心臓を抑えながら歩く。常時触れる硬い感触は私の脳を異世界に呼び込んでいくみたいだ。歩いている時間も、世界も、私の知る現実だ。でもその乾いた血痕は私の知らない世界。売れないアイドルの知る世界ではない。

「…………」

 さて、現実逃避は止めよう。もうすぐ家だ。

 外灯が多くなるにつれ、違和感が募る。スポットライトのように自分だけを照らし出しているように思える。ステージ上なら嬉しいが、今だけは注目を避けたかった。そんな思いが通じたのか、もう人は周りにいない。本当にありがたい。

「あ、れ――」

 なのに、この違和感は何なのか。普段ならまだちらほらといる通行人が一人もいないことを、私は異常だと知っているのか。一連の現実が真実だと認めてしまっているのか。

「――っ」

 走る。お世辞にも速いと言えない速度で走る。息は切れ、もう転んでしまいそうなほどの体勢で、それでも走る。

 後ろから闇が迫ってくる。振り向けない、振り向いた瞬間に私は終わる。また、冷たい感触が待っている。

 外灯が少なくなる。おかしい、よく見ると明かりが灯っていない。まるで光が逃げ出したかのように、物言わぬそれは私を攻め立てる。

「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」

 もう走れない、走れないのに身体は止まらない。だってわかっている。だって知っている。心が頭が否定しても身体は直前を覚えている。

 

 もうすぐ、私を殺した誰かが来る――。

 

 気がつくと、逃げ込むように公園にいた。ジャングルジム、シーソー、鉄棒。錆び付いたそれは昔お世話になった物。天海春香が幼少時遊んだ場所。

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ――」

 犬のように呼吸を続け、私は転ぶように手を付いた。土の感触が懐かしく、冷たい。それは先の廊下を想起させる。少ない光の下、私の視界が影で黒く染まった。

 なんてこと。こんな時、こんな状況で足を取られたのがここなんて。

 全てが運命であるみたいだと思った。

 顔を伝った雫が影に落ちた。じわりと侵食するそれは私の自我を責め立てている。天海春香という存在を侵して離さない呪縛のよう。

 そんな自虐的な思考に待ったをかけるように、背後から素敵な声が聞こえた。

「うーん、なんで生きているのかわからないけど。ま、結果は変わらないの」

「……あなたは、誰?」

 顔だけ向ける。先ほど見た金髪の少女。肩に担いだ長物だけが異物で、そして彼女は異常。んー、と年相応?に思いを巡らせ、彼女は言った。

「知らなくて良いと思うな」

「そっか……」

「何かある?」

 漠然とした問いが、残された時間を告げていた。無意識に力が籠もり、砂を掴む。走馬灯の中には響ちゃんと、昔の私と、プロデューサーと――――如月千早。

 最後に見えた彼女は冷たい視線で私を見ていた。死ぬことは許されないと私に言っていた。歌っていない彼女が最後の姿なんて嫌だ、親愛と間逆の視線を向けられるのは悔いが残る。だから私は――――死ねない。

「死ねないよ……」

「え? 死んじゃうよ? 美希がいるんだもの」

「ううん。死ねないよ、私は」

 足に力が戻り、立ち上がる。不思議そうに見る彼女――美希に向き合う。私よりも年下に見える少女に宣言する。

 笑って、言う。

 美希は、不可解なものを見るように目を見開いた。

「私は死ねない。天海春香は死ぬことをまだ許されていない。生きることをまだ認めてもらっていない」

「何を、言っているの……?」

「あなたになんて殺されない。私は、天海春香は――――――!」

 

 まだ、遣り残したことがあるのだから――!

 

 左手が痛む。風が吹く。足元から光が走り、驚愕に慄いた美希が飛び退き得物を構えた。そして――

 

 

「――――――」

 

 

 ――目の前に、蒼銀の姫騎士が立っていた。

 

 

「あ………」

 青を基調としたドレスに銀の甲冑、長い髪は青みがかって深海のよう。凛々しい顔立ちは可愛さを残し、未熟と成熟とを混合している。瞳はただ真っ直ぐに、眼下の私を見つめている。きゅっと結ばれた口元は開くことなく、沈黙。しかしその瞳が何よりも私に意志を告げていた。

「サーヴァント! あなたが最後のマスターなの!?」

 金髪の少女は切っ先を向け、爆発するような殺気を放った。臨戦態勢は素人目にも明らかで、おそらくは私なんて息もできないほどだろう。それなのに私はただ、突然現れた蒼の騎士に見とれ、鈍感にもそれに気づかなかった。

「…………」

 騎士は振り返る。金色の少女と向き合う。ただそれだけの行為に、彼女は目を鋭くした。

「最後のサーヴァント……ってことはセイバーなの。剣、持たないの?」

「…………」

 騎士は答えない。その代わりに、徒手空拳からの変化で答えた。銀色の棒――それはマイクスタンドと呼ばれるもの。先端にマイクもあるから間違いない。しかし、それは武器ではないだろう。だがしかし、美希は静かに笑みを深めた。

「美希と同じ媒体なんて、まさか同業者? でも見覚えはないかな。ま、ということは隠しても変わらないの」

 美希の――その長物は漆黒のそれ、マイクスタンド。そしてマイクから、赤い、紅い刃が飛び出していた。深紅の大鎌、それが彼女の武器。

「…………」

 そして、私の視線は彼女に向けられる。蒼髪の騎士は静かに力を込め、風を纏う。集う先は両端、そしてやはり、銀の切っ先を出現させた。蒼銀の双頭刃、それが彼女の相棒か。

「……っ」

 息を呑んだ。武器が揃い、敵と相対している。一般人である私が無事でいられる保証はない。でも今私は蚊帳の外、蒼の騎士が私の味方かどうかなど考えるまでもない。必要がない。金色の少女はもう私を見ていない、私は舞台の上にはいない。まだ、この二人の観客でしかないのだから。

「行くよ!」

 美希が掻き消えた。同時に閃光が襲い掛かる。土煙と衝撃波、光の三連コンボで思わず顔を覆う。けたたましい金属音が鳴り響きながら思う。え、それ金属なの!?

 微かに目を細めて見ると、なんかよくわからないけど戦っていた。いや、本当によくわからないけど、残像すら見えないけど!

「きゃっ!?」

 その時お腹を持ち上げられて空を舞う。いや、騎士に抱きかかえられて跳んでいる。彼女の横顔は誰かに似ていた。

 ゆっくりと下ろされ、再び二人は対峙する。騎士は静かに、美希は高らかに。切っ先は天地と相手、だが両者とも確実に屠るための道具だ。その事実に怖気が走る。

「いい反応なの! きっと楽しく戦えるって思うな!」

「……」

「むー、何か言ってよ…………それとも、しゃべれないの?」

 轟、と騎士の光が強まった。それが返答、美希も想定内なのか嬉しそうだ。が、瞬間眉を顰め、溜息を吐く。戦意が若干鈍ったようだ。

「邪魔者が来たみたい。ねぇ、ここで一回休憩しない? 美希としても不満だけど、三竦みはマスターがダメだって」

「…………」

「ほら、来たの」

 美希の言葉の瞬間、二人を視界に捉えられる地点に何かが降ってきた。ぱちくりと瞬いた後、それが二人の人間だと気づく。いや、一人は人間ではない、ナニカだ。

「……どういうこと? サーヴァントが増えたわ」

「そのようですね、どうやら彼女が最後のますたぁのようです」

「……え、私?」

 二人の視線は私に注がれている。マスターというのが何なのかわからないけれど、乱入の二人は味方に見えない。と、美希が溜息を吐いた。

「アーチャー、美希は帰ろうと思うけど、やる?」

「――いえ、今宵の舞台は終幕しました。こちらが追う意味はありません。そちらはどうですか?」

 つい、と銀髪の女性(アーチャー?)は騎士を見る。私も釣られて見ると、彼女はゆっくりと刃を消した。戦う気はないようだ。何よりです、とアーチャーさん。

「じゃあ帰るの。セイバー、今度は負けないの!」

 美希が掻き消えると同時、静寂が戻ってきた。何がなんだかの私はただ座り込み、やがて差し出された手でようやく起き上がる。冷たい手、蒼い騎士は喋らない。その代わり、降ってきた少女が沈黙を破った。

「天海春香、知らなかったわ。あなたが魔術師だったなんて」

「えっと、魔術師?」

「……白を切っているようには見えないわね。もしかしてイレギュラー?」

「どうやらそのようです。戦意もありません」

 ふぅ、と少女は息を吐き、こちらを睨んだ。茶色の髪、額が強調される髪形。気の強そうな瞳。うーん、気後れしちゃう。つい、と視線を向け、騎士を見た。何も言わないが、何故か彼女を認識するだけで心強い。いや、彼女が何なのかもわからないんだけど。

「天海春香、状況を認識している?」

「あの、さっぱり、です……」

「どう思う、アーチャー」

「どうも何も、伊織の望むままにすることが正しいことです」

「あっそ……」

 びし、っと向けられる指。いやいや、人を指しちゃいけないんですよ?

「あなたに現実を教えてあげるわ。それとこれ」

 ぽいっと放られたそれに釘付けになり、瞬間心臓が爆ぜる。つんのめるように駆け着地点へ。静かに両手に舞い降りたそれは、人にとってはごみだろう。でも間違いなく私の探し続けていたもの。どうして少女が持っていたのかなんてわからない。どこで、とか、どうして、だとか問い詰めることもできない。わなわなと震える手、ぼろぼろと零れる涙。もうどうしようもない。

「ちょ!? あ、あんたどうしたのよ!?」

「大切なものなのですよ、伊織が思う以上に」

 銀色の女性の慈愛の視線に気づく余裕もなく、私はただ泣き続けた。蒼銀の姫騎士は静かにそれを見つめていた。

 

 

 

 

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