OP レプリカ(BAK feat. IKE)
ED 幾億光年(Omoinotake)
『こんにちは、黒川あかねです。
蒼人君が合流してから、1週間程が経過しました。
今日も稽古を行っています。
周りのレベルもどんどん上がっていて、私も負けてられません。
...ただ、1人を除いて』
「止めろ!
おい、八神どうした。」
「あ、すみません。
もう一回お願いします!」
『蒼人君は、ある日を境に
稽古に身が入らなくなっていた。
それだけじゃない。
彼の笑顔も前程の輝きを失った。
...何があったの?
教えてよ、何で苦しそうなの?』
「八神、どうした?お前らしくない」
「...すみません、顔洗ってきます」
蒼人は顔を洗う為、稽古場から離れた。
九条との一件以降、蒼人の心は乱れていた。
トイレの洗面台で
顔を洗いながら、ずっと考えていた。
自分が奪った。
自分は、相手の大切なものを奪い、憎しみを植え付けてしまった。
それが、心に影を落とした。
「...俺、何の為に産まれたんだ。
なぁ、何の為に産んだんだよ。
奪って、奪って...こんな奴に価値なんかねぇよ」
鏡の前で、自問自答を繰り返した。
目の前にいる男の生まれた理由。
生きている理由。
色んなものを見失った。
「あ、やべぇ。
タオル忘れた...くそ、戻ってちゃんと拭くか」
濡れた顔を、多少Tシャツで拭い戻ってからちゃんと
拭こうと考えていた。
『何で、ここにいるんだっけ』
自分がここにいる理由。
それさえも見失う程に、彼は何も見えなくなった。
「蒼人君」
「あ、あかねさん」
目の前には、あかねが居た。
その表情は微かだが。
寂しさと悲しさが、入り混じっている様にも思えた。
「どうしたの?
稽古中でしょ?」
「私が居ないシーンやってるから。
はい、タオル忘れてたよ」
蒼人はタオルを受け取ると、顔を拭いた。
今の顔を見られたくないという思い、
誰とも顔を合わせたくないという思いから、
この場から離れようとしていた。
「ありがとう。
もう行こう、出てなくても
あかねさんが外すのはまずいよ」
蒼人はあかねの横を過ぎ去ろうとした。
しかし、歩みを止められた。
「ねぇ、蒼人君」
あかねに手を取られたのだ。
そして視線から、何を言われるのか感じ取っていた。
「な、何?」
「何があったの?」
「何もないよ、どうしたの?」
「嘘。
前はあんなに楽しそうだったのに、
今は全然楽しそうじゃない。
ねぇ、何があったの」
あかねにはわかっていた。
蒼人が嘘を吐いていると。
そして、彼が何か隠していることを。
「だから、何もないよ。
ただ、集中出来てないだけ。
大丈夫だよ」
「嘘吐かないで、
私には話してよ」
「...あかねさんには関係ない」
誰にも干渉されたくない。
誰かに迷惑をかけたくない、その思いから離れていた。
しかし、あかねは離れなかった。
それが彼の心を苛つかせていた。
「何、その言い方...」
「これは俺の問題なんだ。
だから、大丈夫」
「大丈夫じゃないから、言ってるんだよ?
どうしたの?」
あかねは心配だった。
明らかに、普段と違う蒼人に。
優しかった面影は消え、寂しそうに。
苦しそうにしていたのが、我慢ならなかった。
「ほっといて」
「ほっとけない。
だって、このまま
「ほっといてくれ!!」え?」
「あ...ご、ごめん。
タオルありがとう、先行くね」
蒼人はあかねを置いて、先に行った。
行きたかった。
あかねを悲しませてしまったことに、
罪悪感を抱いていた。
その後、蒼人とあかねは戻ってきた。
しかし、2人とも一言も発さなかった。
そして、その影響はすぐに出てきた。
「おい、黒川。
どうした?その演技は?」
「え?あ、すみません。」
蒼人との一件で、あかねは調子を崩していた。
蒼人程、酷いものではないが。
それでも、演出にはすぐにわかった。
稽古は進み、その日は終了した。
だが、不調となった主演。
精彩を欠いている新人。
これらは、座組に影響していた。
「ねぇ、あかねちゃん。」
「何かあった?」
「え?な、何でもない。」
めいとこゆきが、痺れを切らし問いかけてきた。
しかし、答えははっきりとしたものではなかった。
「お疲れ様でした、お先に失礼します。」
蒼人は稽古が終わると、そのまま帰ろうとしていた。
この場にこれ以上居たくなかった。
居られなかったのだ。
「待て、八神」
「はい」
金田一が蒼人を呼び止めた。
このままではいけないと、遂に動き出したのだ。
「先にララライのレッスン室行ってろ。
説教だ」
「...わかりました」
蒼人は、稽古場を後にした。
途中で九条とすれ違ったが、目を合わせることもなく
そのまま去っていった。
野島は、蒼人が去ることを確認すると、
すぐさまあかねの元へ向かった。
「...ねぇ、あかねちゃん。
この後時間ある?
よかったら、稽古に付き合ってほしいんだ」
「え?あ、わかりました...」
「ありがとう。
金田一さん、稽古場お借りしてもよろしいですか?」
「あぁ、いいぞ。
遅くなるなよ?」
「はい、ありがとうございます。」
野島とあかねは、残って稽古をすることとなった。
そして、蒼人とあかね。
それぞれの稽古が始まった。
蒼人がララライに着いて
1時間もしないうちに、金田一が合流した。
そして、蒼人と金田一は
ララライのレッスン室で個人稽古を行っていた。
「どうした!
全然なっとらんぞ。
もう一回!」
「は、はい!」
精神的疲労から、手に膝をついて
下を向いていた。
それ程、追い詰められていた。
しかし、何一つ改善されていなかった。
もう蒼人は、何が何だかわからなくなっていた。
「蒼人、どうした?
前の方が良かったぞ?」
わからなくなっていた。
何故、自分がここにいるのか。
何故、自分なのか。
とうとう疑問をぶつけた。
「...金田一さん、教えてください。
何で、10年前の舞台
俺を使ったんですか?」
「...何かあったのか?」
「あの舞台。
候補がいたんですよね?
それなのに、何でオーディションすら
受けてない俺が選ばれたんですか?」
止まれなかった、止まらなくなった。
大切だった。
かけがえのない、最後の思い出だった。
「...知ったのか」
「教えてください。
何で、何で俺が?」
下を向いていた蒼人は、ようやく顔を上げた。
しかし、その表情には哀しみが宿っていた。
自分が奪った。
何も知らなかったとはいえ、頑張ってきた人間から無情にも
自分が奪ってしまった。
そして、その始まりは...
「誰に聞いたのかは
察しが付くが、本当だ。
あの舞台は、本来オーディションから
選ばれる予定だった」
「...なら、本当じゃねぇか。
コネで役獲ったなんて」
「...コネだったかどうかと聞かれたら、
そうだとしか言いようがない。
それは事実だ」
偶然だった。
望んでいたわけではなかった。
だが、自分は産まれてきた。
産まれてしまった。
「何で?
何で、俺なんですか?
星菜の息子だから?
星菜の遺伝子は特別ですか?
星菜の血はコネを受けて然るべきだと?
何で...こんなの俺が奪った様なもんじゃねぇか」
愛していた母。
敬愛し、尊敬し、自分にとって大切な母。
しかし、母の血が。
母の功績が、何も努力していない
自分の道を切り拓いていた。
母は努力した。
しかし、自分は何もしていない。
何も、成し得ていない。
「...俺は、お前だから選んだんだ」
「え?」
「全てを話そう」
「全て?」
全てを話し出した。
彼等の出会いの経緯。
そして、何故選ばれたのか。
「察しはついているが、
お前に話したのは九条だろ?」
「...」
当てられたことで、不意に目を逸らした。
悪者にしたくなくて、話せなかった。
だが、金田一には見透かされていた。
「あの作品だが、子役はあかねが決まっていた。
だが、相方となる役者だけ決まっていなかった。
そこで、九条も含みオーディションで決めようとしていた。
だが、決められなかった」
「何で、ですか?」
「...あかねに合わせられる子役が
居なかったからだ」
「え?あかねさんなら、
誰が相手でも対応出来るんじゃ」
天才女優、黒川あかね。
その演技力はララライのエースと呼ばれる程の実力を誇り、
同年代でも最上位の能力を有している。
そんな彼女が、合わせられない。
それが、疑問でしかたなかった。
「今のあいつならな。
だが、昔のあいつはそうじゃなかった。
人と接するが、どこか壁を作っていた。
だから、あかねに合わせられる。
もしくは、あかねが合わせられる
子が必要だったからだ」
思い当たる節があった。
初めて会った日に、1人だった。
周りは大人ばかりだったとはいえ、1人で台本と向き合っていた。
頑張り屋だからだと思っていたが、それだけではなかった。
「そして、中々見合う子が見つからなかった。
そんな中、ちょっとした事件が起こった。」
金田一は懐かしそうに、
思い出すように話を続けた。
「お前が星菜と出たドラマ。
あれに出る予定だった子役の枠が空いた。
それにより、俺は急遽代役を
立てなければならなくなった。
そして、1人の男の子と出会った」
「俺、ですか?」
「そうだ。
枠が空いていて、
探す時間をかけるわけにもいかなかった。
そこで、星菜が甥っ子を預かってると知った。
実際は息子だった訳だが」
母が吐いた嘘。
これに反発して、むくれていたのを思い出した。
それと同時に、嘘を吐いていた後ろめたさもあった。
「俺はこう考えた。
星菜と繋がりがある者なら、もしかしたらと。
俺はお前を呼ぶ様に頼んだ」
「やっぱり、俺は七光で
「最後まで聞け」え?」
「お前を舞台に出すと決めたのは、ドラマでのお前の演技。
というより、心意気に惹かれたからだ。」
「心意気?」
「蒼人。
辛いが、この業界。
いや、この世界には
コネや七光が多く存在している。
それは、最早当たり前の様になっている。
勿論、己の力で権利を得る者もいる。
だからこそ、この業界には光の裏に深い闇が存在する」
そう話す金田一の表情は、重く苦しいものだった。
蒼人は思い出していた。
華やかに活躍していた母は、時々辛そうな顔をしていた。
時折、泣きそうになっていた。
それが、話を聞き繋がったのだ。
「苦しむ人間も多く存在する。
そして、その中で大切なものを
失う者もいる。
だから、お前を選んだ」
「え?」
「演技が出来た訳ではない。
知名度があるわけでもない。
当時から言っても、お前以上の演技力を持った子。
話題性のある子もたくさんいた。
だが、お前以上に愛に溢れていた子は
いなかった。
だから、お前を選んだ。
この子なら、あかねの心を溶かしてくれると」
初めて会った日、見ず知らずの男に愛を持って接していた。
蒼人の持つ、愛と優しさ。
これがあかねを前に進ませてくれる。
あかねを助けてくれると、金田一は信じていた。
そして、それはあかねの心を変えてくれた。
「俺に、そんな力は」
「お前は、あかねを変えてくれた。
いや、変えたんじゃない。
導いてくれた。
お前の愛が、あかねの運命を導いた。」
「愛が?」
「この業界の闇は深い。
長いこと関わってきたから、よくわかる。
だからこそ、お前が。
お前の愛が必要なんだ」
「俺の?」
蒼人はわからなかった。
何故、自分にここまで期待するのか。
何故、ここまで目をかけてくれるのか。
何故、自分が選ばれたのか。
「お前の愛は、人の心を照らしてくれる。
人の心に安らぎをくれる。
そして、癒してくしてくれる。
お前の愛は、人を楽しませるものだ」
「俺の愛は、そんなに強くない」
「信じられないか?」
「はい。
俺は、自分が信じられない」
母の死以降、自分という存在が
信じられなくなっていた。
どれだけ言葉を貰おうと、どれだけ期待されようと。
自分自身を信じられなかった。
「なら、あかねを信じてやれ」
「あかねさんを?」
蒼人にはわからなかった。
何故、ここであかねが出てくるのか。
あかねの名を出したのか。
しかし、すぐに答えが出た。
「あいつは、お前が演技をしている姿を
誰よりも楽しんでる。
誰よりも楽しそうに観ている。
何故だかわかるか?」
「それは、単に俺と仲が良いだけじゃ」
「お前があかねの『推しの子』だからだ」
「え?」
「...あいつは、役者でありながら、お前のファンでもある。
だから、たとえ少ない出番であっても、
あいつはお前を観に行くし、お前を応援する。
それ程の想いを秘めてる」
そう語る表情は、
演出や芸能界に関わる顔ではなく、
1人の父親の様な優しさに満ちていた。
「...あかねさん」
「それにな、お前は
オーディションをきちんと受けてるぞ」
「え?いつ?
受けた覚えなんてありませんよ」
種明かしだと言わんばかりに、
あったかい表情をして蒼人に話し出した。
そして、彼の願いを込めて。
「あのドラマがオーディションだ。
そして、お前は受かった。
だから、お前は七光じゃない。
それにな、それ以降で俺がお前を
使いたいと思ったのは、完全にお前の実力だ。
だから、はっきり言おう」
蒼人の肩に手を置き、真っ直ぐに話し出した。
その眼には、期待と願い。
そして、彼への激励を込めて
「お前は、お前で勝負しろ」
「金田一さん...
ありがとう、ございます」
出演を決めた際にも言われた。
まだ、この言葉の真意はちゃんとわかっていない。
しかし、彼の期待と願いが込められていることはわかった。
だから、その想いに応えようと思った。
「...俺、あかねさんに酷いことした。
あかねさんは心配してくれてたのに」
「あいつは優しいからな」
「なのに、俺...」
あかねは心配してくれた。
しかし、心配させたくなくて、
不安にさせたくなかったから突き放した。
だが、それは間違いだった。
「だったら、謝ってこい。
そして、自分はもう大丈夫だと、
笑顔で伝えてこい。
それだけで、あいつは救われる」
「金田一さん...」
「今日の居残り稽古はここまでだ」
「え?でも、まだ」
「やりたかったら、稽古場に行け」
「あ...」
「まだ、空いてるはずだ」
金田一の真意を理解した。
そして、蒼人の答えは...
「あ、ありがとうございます!!
失礼します!!」
深く一礼し、レッスン室を後にした。
蒼人はこれまでとは違い、
力強く駆け出していった。
「...親子だな」
蒼は黒を目指し、走り出した。
自分の想いを、そして。
伝えるべきことを伝えに。
Scene10『推しの子』end