蒼人は稽古場へ向かっていた。
だが、歩道橋を登りながら、自分の失態について後悔していた。
「まさか、こんな時間に起きるとは...」
先日からの精神疲労により、眠れない日々が続いていた。
しかし、あかねとの仲直り。
そして、精神的なフォローもあり、ようやく安定を得たことで、
普段よりも長めに眠ってしまった。
「まぁ、間に合うから
問題「泥棒〜!!!!」へ?」
「待ちなさーい!!」
下から大声がしたので、気になって目を向けた。
そこには、荷物を抱えて走る男と、それを追いかける者の姿があった。
帽子を被りサングラスをしていた為、顔ははっきり見えなかった。
わかるのは、女性であるということ。
そして、金髪であるということであった。
「へへ!!
ローラーブレード舐めんな!」
「あぁ〜もう!!
どうすれば…
「すみません、そこ空けてください」へ?」
「よっと」
女性は途方に暮れていた。
蒼人は歩道橋の上から、女性がいる所まで飛び降りてきた。
「え…えぇぇ!!?」
蒼人は綺麗に着地し、
女性に向き直るとすぐに問いかけた。
『お、親方!空から、イケメンが!!』
「何処に逃げました?」
上から人が降ってきたこと、余りにも綺麗な着地だったこと。
そして、蒼人がイケメンだったことで、見惚れてしまっていた。
しかし、問いかけですぐに我に返った。
「あ、あっち!!」
「…あいつか」
蒼人は、ひったくりに目をやった。
距離はかなり離れており、
追いつくのは無理だと女性は諦めていた。
「荷物、お願いします」
「え?あなた、何を…」
蒼人は、荷物と上着を預けた。
そして、犯人を目指し走り出した。
「誰も追いつけね
「待てこら、ひったくり!!」何!?」
犯人は、ローラーブレードで走っていた。
その速度は、かなりのもので
普通に走っては追いつけなかった。
しかし、蒼人はかなり距離を縮めていた。
「う、嘘だろ!!
何で、こんな速いんだ!」
あと、ほんの数メートル。
余りの速さに、犯人は驚いていた。
しかし、あと少しが縮まらない。
蒼人は、焦っていた。
「待てって、言って止まるわけねぇわな…
やるしかねぇ!」
蒼人は、思い切り踏み込んで
犯人に飛びかかった。
「えぇ!?」
「えぇ加減に…せんかーーー!!」
蒼人は、犯人を捕まえることに成功した。
そして、犯人は飛びかかられたことにより、気を失っていた。
「…ふぅ〜間に合ってよかった」
蒼人は一息吐くと犯人を、拘束していた。
しばらくして、女性が到着した。
その後警察に通報し、犯人は引き渡された。
バッグも女性の元に戻り、無事に全て終わった。
「ありがとうございます!
ありがとうございます!!
あなたは恩人です!!」
「そ、そんな…
大したことしてませんよ」
「いえ!
あなたは、私を助けてくれました!!」
女性は蒼人にお礼を言っていた。
サングラス越しだが、目が輝いているのが伝わってきた。
「あ、そうだ!
写真撮らせてもらえませんか!?」
女性は、スマホを取り出した。
角が二本生えた、可愛らしいケースが特徴的であった。
「へ?えぇ、いいで...ん?」
蒼人はスマホが鳴り出したので、確認した。
電話がかかってきていたのだ。
「すみません、少し待ってください。
はい、もしも...え?」
蒼人は、一度受話器を離しスマホを確認した。
そして、稽古開始の時刻になっていたことに気づいた。
「...あっかぁぁぁん!!
もうこんな時間!?
ごめん!すぐ行く、それじゃ!」
蒼人は、通話を切るとすぐに女性に向き合った。
「すみません、
もう行かなくちゃいけないんです。
ここで失礼します!」
「あ、あの!
ありがとう、ござ...
うぇ!?いい終わる前に!?」
女性が挨拶を終える前に、蒼人は走り去っていった。
先程も見ていたが、
改めて蒼人の足の速さに驚いていた。
「...せめて、お礼ぐらいしたかったのに。
また、会えたらいいな〜」
その後、女性は警察からの事情聴取を終え、
すぐに解放された。
蒼人が稽古場に向かっている間、
座組は重大な決断をしていた。
「金田一さん、連絡つきました!
今向かってるみたいです」
「あのバカ、何やってるんだ…」
遅刻などなかったから心配だった為、
あかねは蒼人に連絡していた。
稽古場に向かっているとわかり、ホッとしていた。
「誰かいないのか?」
金田一は、役者達に呼びかけていた。
しかし、周りの反応は良いものではなかった。
皆、渋っていたのだ。
「ねぇ、みたさんやったら?」
「確かに、みたさんならいいんじゃない?」
めいとこゆきが、みたに問いかけていた。
しかし、みたの返答は意外なものだった。
「...いや、俺だとどうしても年齢が上がる。
何より、黒川さんの魅力を活かしきれない」
普段の熱血漢な好青年は影を潜め、真面目に答えていた。
それ程、真剣になった。
ならなければならない場面だった。
「...ねぇ、少し考えたんだけど」
「たぶん、私も同じ」
めいの考えにこゆきは同意した。
それが面白くて、顔を見合わせて笑っていた。
そして、そうなることを望んでもいた。
「...贔屓も多分にあるだろうが、
1番可能性があるかもしれない。
ただ...」
みたも同様の結論に至っていた。
しかし、その先を想像するとその未来は、
余りにも過酷だと思ったのだろう…
「...かなり苦労することになるだろうな」
どれほど大変なのか、すぐに想像ついた。
しかし、皆期待していた。
その未来が来ることを。
何より…望んでくれることを。
「いないのか?
それな「すみません!!遅れました!」...」
蒼人が、ギリギリの所で間に合った。
朝から全力疾走の連続で、疲労困憊だった。
汗だくになり肩で息をし、顔を上げられなかった。
「蒼人君!」
「あ、あかねさん…」
蒼人を見つけると、すぐに駆け寄ってきた。
連絡は有ったが、いないことが不安にさせた。
また消えるのではないか。
いなくならないか。
あかねは…蒼人を失いたくなかった。
「大丈夫?心配したんだよ?
何かあった?」
「ごめん、色々あって…」
「もぅ〜汗だくじゃない…」
あかねは、ハンカチを取り出すと
蒼人の額を拭い出した。
「あ、自分で出来
「だめです!…風邪引くよ?」…」
世話を焼かれることは恥ずかしかった。
だが、心配してくれること。
気にかけてくれたことが、蒼人は嬉しかった。
「八神、何してた?
遅刻だぞ」
「え!?
あ、その…い、色々あって…」
ひったくりを捕まえてました。
などと言ったら、間違いなくあかねを心配させる。
だから、隠し通すことにした。
「…まぁいい。
以後、気をつけろ」
「も、申し訳ありませんでした…」
蒼人は、もっと早く起きようと思った。
そして…
『…ごめんね、あかねさん。
また、隠し事した…』
蒼人は、あかねに謝っていた。
心配させたくない、悲しませたくない。
その想いから、隠してしまった。
…あかねに、笑って欲しいから
「早速だが、八神。
お前、ニュース見たか?」
「いえ、見てません…
何かあったんですか?」
「…野島が、不祥事を起こした」
それを聞いた途端、
蒼人は先日の一件を思い出した。
沸々と怒りが込み上げてきた。
「流石に庇いきれなかった。
よって、ゼンを降板させた」
それを聞いて、蒼人は安堵した。
してしまった、これで傷つくことはないと。
しかし、大切なことを失念していた。
「…それじゃ、後任は誰に?」
「立候補がいなかったのもあるが…」
「…僕がやる予定ですよ」
「…へぇ、九条さんが」
「実力、実績共に言ってこいつ以上がいなかった。
だから、任せることにした」
「でも、九条さんはオビが」
「それは、代役を立てる。
今からゼンを何も知らない者に任せるより、
内部から任せた方が早い」
「そうなんですね…」
蒼人は、後任が誰かよりも気になることがあった。
隣に目をやった。
『…我儘は、言えない。
でも、もし…』
あかねの表情は、良いものとは言えなかった。
だが…ほんの少し、たった一つ、少女は祈った。
少年は、思い出した。
一歩踏み出し、話し出した。
「…僕に、やらせてくれませんか?」
『え!?』
「ひーくん?」
「希望者募ってたんですよね?
僕に、やらせてください」
皆驚いていた。
キャリアを重ねていたキャストでさえ、渋っていた状況。
そんな中手を挙げたのは、新人だった。
「…自信があるのか?」
「ありません」
「なら、何故やりたがる?」
「自信はない。
でも、信頼はあります」
「信頼?」
「…パートナーが、黒川あかねだからです」
「え?」
蒼人は、話し出した。
自分の中にあった想いを。
「俺1人なら無理だけど、
隣にあかねさんが居るなら何も問題ない。
それが俺の自信になります」
眼は、本気そのものだった。
今までの蒼人からは考えられない程の
意志の強さ。
絶対に引かない、譲らない。
それだけの想いを込めていた。
金田一は、九条に目をやった。
返答を求められていると察し答えた。
「僕はいいですよ。
このまま決まったんじゃ、
張り合いありませんし」
紅音は蒼人の元へ歩み寄ると、
耳元で囁いた。
「それに、お前如きに負けるわけねぇし」
蒼人は、何も返さなかった。
その姿が苛立たせた。
「何も言えねぇのかよ、
コネで掻っ攫った卑怯もんが」
「否定しねぇよ…それは悪かった」
大切な思い出。
しかし、それは犠牲で成り立っていた。
奪いたくなかった、苦しめたくなかった。
だから、少年は苦しんだ。
「...ただ」
それでも、大切な思い出だった。
「今回ばっかは、
引くわけにはいかねぇんだ」
『こいつ、何があった?』
先日までと違う空気に、紅音は戸惑った。
明らかに何かが違う。
前までは、ただ楽しんでいた子どもだった。
無邪気で、何も知らない。
純粋な子どもだった。
しかし、少年は少しだけ大人になった。
残酷さを知った、暗さを知った。
だが、失っていなかった。
...彼が、彼である理由を。
「俺にやらせてください、
お願いします」
少年の隣に眼をやった。
…綺麗な眼をしていた
「...泣かせるなと、言ったのにな」
「え?」
「明日、オーディションをやるぞ」
金田一は、蒼と紅に告げた。
これから、2人が待つ試練を…
「それを以て、判断する。
2人ともいいな?」
「はい!「はい」」
金田一は2人に告げると、
今度はあかねに話しかけた。
「黒川」
「は、はい!」
「2人には一切手を貸すな
…2人共だぞ?」
金田一の言葉の意味を、すぐに理解した。
今回、蒼人に手は貸せない。
蒼人を、助けてはならない…
「…わかりました」
「よし、今日の所は自主稽古にする。
各々やりたい所をやれ。
以上!!」
金田一の号令により、一同は解散した。
帰る者、稽古する者。
様々だった。
…話に来る者もいた
「…蒼人君」
「ん?どうしたの?」
あかねは、蒼人に話しかけた。
その表情は、申し訳なさ、
そして喜びが入り混じっていた。
「あ…ありがとう」
ぎこちなく。
だが、しっかりと感謝を伝えた。
想いが通じた様で、嬉しかった。
「…やっと、笑ってくれた」
「え?」
「さっきまでのあかねさん、
泣きそうな顔してた」
だが、今は笑ってくれた。
少しだが、笑顔をくれた。
「あかねさんに、笑顔でいて欲しい」
「ひーくん…」
蒼人の言葉が、嬉しかった。
自分にくれた優しさが、思いやりが。
何よりも、向き合ってくれたことが…
『…まさか、察してくれたの?
…そんなわけ、ないか。
でも、もし…』
蒼人はあかねとの話しを終え、
ララライのレッスン室に向かっていた。
本来なら門番兵の稽古も
しなければならなかったが、
清水が気を使った為、
ゼンの稽古に時間を使うこととした。
そこで、ララライのレッスン室で
稽古をしようと思い、事務所に向かっていた。
「おい、八神」
「九条…」
蒼人より先に出ていた、九条と鉢合わせた。
九条は、蒼人の眼の前まで来て、
話し出した。
「…ぶっ潰す」
その眼には、意志を感じた。
絶対に負けないという、強い炎を。
「…やってみろよ」
その眼に、光が宿っていた。
今まで以上に、強くはっきりとした…
蒼と紅が交わるまで、後…
Scene12『信頼』 end