俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど 作:イリノイ州の陰キャ
何? ビリビリするのが嫌なの? 違う? わかんないけど電気でない? そっか……。
1、電気に嫌われたピカチュウ
「ライム、でんきショック」
「ピ」
いや、「ピ」じゃなくて、え? もしかして今のはでんきショックを使おうとしたってこと? 嘘だよね? そんな訳ないじゃん。
「ピ?」
「ライム、もう一度言うぞ、でんきショック」
「ピ」
ライム……俺のピカチュウはぎゅっと目を閉じて、真っ赤な頬袋を膨らませた。指示を全うしようと頑張る姿はとってもかわいい。頬袋は全くの無言で、電気など1µVも生まれていないが、そんなことは全部許してしまえるかわいさだ。
「ライム……」
「ピ?」
「よく、頑張ったな……」
「ピカ」
努力を褒められて嬉しくなったのか、ライムは俺のワイドジーパンの脛に頭を擦り付けてきた。かわいいな。抱きしめてあげようね。
今の擦り付けで静電気が発生したのか、抱きあげた時にちょっとだけパチっとした。こんな静電気とかあんまり起きなさそうな素材ですら、電気を発生させているらしい。
その愛らしいかんばせの左右に発電機関を備えた電気の本職みたいな奴が、静電気の刺激的な感覚を新鮮に感じているようで、キャッキャと鳴きながら腕の中で跳ねている。これは一体どういうことなのか。
「どうしよ……」
「ピカ?」
こんなんで来月から始まるジム巡りなんとかなるのか…………?
親なしの俺の華麗なる身上については、ネットのどっかに埋もれるほどあるハーレム系主人公とかの小説の序文にその役割を任せたい。あるいは諸君の好きな商業ノベルの導入を想像すれば、大体それに同じだ。こういう感じの主人公にありがちの、複雑な家庭環境とかいうヤツ。まぁ少しは話しておこうと思うけど。
それよりは、ライムと出会ってからの話を厚くしておきたい。
トキワシティの産婦人科で名医ハピナス先生に取り上げられた俺は、その後何やかんやとありつつ、今日まで15年を無事に生き抜いている。
両親が揃って頭を捻って、捻って捻り出したらしい俺の名前は〝シラン〟という。
らしいというのは、俺が生まれてから程なくして二人ともが亡くなったからだ。
命を懸けて産んだ子供が、このご時世にバトルで飯を食っていこうなどと考える頭のおかしなガキだったことについては、今生の両親には平にお詫び申しあげたい所存である。
誰の庇護もなし、保障されているのは義務教育までという環境で、しかも子供の非力な心身。俺はバトルで日銭を稼ぐようになっていった。そうなると必然目指すものはポケモンマスターとかいう奴になる訳で……マスターってのが院卒の学位のことではないことはご承知おき願いたい。
色々あって、ジムバッジを集めたり何なりした挙句、結局地元に帰ってくると、俺は職業バトル競技者時代の賞金で不労遊楽の日々に浴し始めた。とはいえ、ガキが貯めた賞金如きでは、1年も税金を払っていると日銭も怪しくなってくる。
そういう訳でちょっとした日雇いで扶持を立て始めた頃、とあるおつかいで、ポケモンを持たないで入るにはちょっと危険な森を突っ切っていた時だった。
森をほっつき歩いていた時に偶然見つけたひとりぼっちのピチューを保護することにした。
名前はライム。
何となくその日はからあげの気分だった。そして何となくライムをかけて食べたい気分だったから、ピチューにはライムと名付けた。ガキの発想らしくていいだろ? 結局その日はチャーハン食ったけど。
さてこのピチュー、もといライムは、群れを追い出されて寂しい思いをしていたからか、そう日を待たずして懐いてくれた。
というか、離れるのを怖がっていた。
飯を食う時も風呂に入る時も寝る時も、常に一緒にいたがった。
「チュ……」
「モンスターボールの中じゃ寝れない?」
「ピチュ」
「あっ、勝手に布団の中に……まぁいいか」
ヒヨコの刷り込みみたいでかわいいものだ。そもそも同居人も定職もない俺の生活には、たかが一匹甘えん坊がくっついて離れないくらいのこと、何ら支障にはならない。
流石にトイレにまで付いて来るのは勘弁してもらったが、慣れるまではトイレの扉の前でビエビエ泣いていた。
「チャア〜〜! チャア〜〜!!」
「ちょ、ちょっと! もうちょいだから!」
「チャア〜〜……!」
ドア越しにいくら話しかけてやっても泣き止まなくて、俺が出てきてようやく泣くのをやめる。そしてすぐに俺に抱っこを要求してくるのだが、その前に手を洗いたい俺と一悶着を起こして……そんな日々だった。
ライムが進化したのは、それから1年あまり。春めかしい空の催いが日の間をもったいぶるようになった頃、変なところに巣を作ろうとしていた野生のビードルを追っ払った時、それがきっかけとなってピカチュウに進化した。
「おおおぉぉ!! すげぇ! すごいよライム!!」
「ピカ?」
「おぉぉぉう……あんまピンときてなさそうだな」
室内でこれでもかと甘やかしてきたヘタレっ子のライムが、まさか進化してくれるとは思わなかったので、俺はもう狂喜乱舞、鏡を持ってきてライムに見せたり、ド◯キで衝動買いしてから一度も日の目を見ていなかった「本日の主役」タスキを回してやったりと、日がな一日ライムを構い倒した。
何も分かってないなりに、お祝いの雰囲気に変貌した家の中で、ライムは主役を飾って嬉しそうにしていた。今でも思い出せる。少しむず痒そうに笑うライムの愛らしい表情を。
そして冒頭に戻る。
でんきタイプのポケモンは、進化すると発電量が著しく増加して、たまにその増加幅に適応できず、調子を崩してしまう子がいる。そういうのを見極めるためにも、俺はライムが使えるであろうでんき技を指示して、肉眼でざっくりとどんなモンかを確認しようとしている次第であった。
「スパークもダメ、と……」
およそピカチュウが使えるであろうでんき技を全て指示して、それもできないとなると今度は発電自体を指示してみたが、これにも電気袋はすんとも言わなかった。
「ライム……体は平気か? 痛いとこはない?」
「ピ?」
大人しく抱き上げられたライムは、何を心配されているかも分かっていない様子であった。あ、やめろ、そのペタペタした両手で顔を触ってくるな。かわいいなチクショウ。真面目な考えが及ばなくなってしまうじゃないか。
しかし、問題は問題だ。まさか〝一切発電ができない〟でんきタイプのポケモンなんてものがこの世に存在することも驚きだが、ライムの健康状態にも懸念がある。普通のピカチュウなら発電量が多すぎる、あるいは少なすぎることで体調不良を起こすことがあるようだ。
「ピカ〜」
……全然何ともなさそうだけど。
「い、いやいや……」
自覚症状がないからと言って、放置しておく訳にもいかない。お金を払っても然るべき人に確認してもらって、何の問題もなければそれでよいのだ。
「ふーむ……」
然るべき人、というのは、オーキド博士のことだ。
生前の両親と親睦があったらしい。大学で何年か特別講義を開講していた頃の教え子だとか何とか。タマムシ大学にも研究室が一つあるようだが、そちらは助手の准教授に任せて、博士は専らマサラタウンの私設研究所で研究をしている。自然により近い場所の方がワシの研究には適しているのじゃ、というのが本人の弁。
「確かにこのピカチュウ、電気袋が全く機能しておらんのぉ……外傷がある訳でもなし、触診でも問題はなさそうじゃが……」
「だ、大丈夫なんですか?」
「一応レントゲンを撮っておこう。構わんかの?」
「お願いします!」
博士の厚意で格安になっているとはいえ、診療代は払わなければならない。そこにレントゲン代も上乗せされることに対しての確認だった。ライムの健康のためならそのくらいは何ら痛痒ともならない。
「シラン君はここで待っていなさい。ほれ、ライム君。すまんが、少しの間我慢してくれ」
俺と離れるのが嫌なのか、ライムはオーキド博士の腕の中でか弱い悲鳴をあげていた。博士に傷を付けないように激しい抵抗はしないところがいじらしい。ごめんなライム……これが終わったら今日はもうずっと一緒にいるからな……。
「うむ。非常に珍しい個体じゃな」
レントゲンやら、その他諸々の検査を終えたオーキド博士の結論がこれ。
「珍しいってのはどういう……」
「通常なら電気袋の内部に絶縁体と発電細胞が交互に膜を形成し、電位差の違う細胞膜が直列につながっておる。それがピカチュウの発電のしくみであり、感電しないしくみでもあるのじゃ」
博士は携帯獣分類学のみならず、獣医学や電気生理学にも明るいそうだ。事実、携帯獣医師免許を取得しているため、博士はこのように簡単な診療ができる。
かろうじて義務教育だけを何とかパスして、後は社会に放流された学なしの俺には、生理学なんか数列混じりの怪文書にしか見えないので、正直言ってることの意味はよく分からない。ただ、ライムの電気袋がどうやらちょっと特殊であるということは理解した。
「それがこのピカチュウは、電気袋の内部が全て絶縁体、つまり脂肪でできておる。ほれ、ほっぺがぷにぷにじゃろう」
「チャア〜〜!」
オーキド博士にほっぺたをつつかれると、ライムは俺の膝の上でくすぐったそうに笑った。かわいいね。よしよししてあげよう。
確かにライムは一際ほっぺが柔らかくてとってもかわいい。というか普通なら感電して触れないピカチュウのほっぺをこんな風に触れる時点で、こいつは他の個体とは身体的な構造からして違った訳か。
「あの、それって何か……健康に悪影響とかは……」
「ふぅむ……ない、とは言い切れんが、概ね心配することはない。というのも全身の神経細胞には特に異常はないようじゃからな。単に発電できないだけ、と考えればよい」
それを聞いて俺は一先ずは安心することができた。とにかく喫緊で何とかするべき問題がある訳ではないようだし、電気が作れないだけで、寿命が著しく短いということもないようだ。
よく頑張ったなライム。偉いぞ。今日は特別にオボンの実、2個食べていいからな。
「このピカチュウは、群れを追い出されていたのじゃったな」
「えぇ。かわいそうに……」
野生の厳しい内情を推し量ることはできない。ライムを追い出した群れに「酷い奴等だ」なんて言える訳もなかった。彼等も生きるのに必死なのだから。俺達のように、明日の自分がまだ生きているかどうかに危機感を感じてなくてもいいような、そんな生優しい世界を生きてはいないから。
「おそらくは電気を作れない特異性のために、野生環境の生存に不利であることを懸念した親に捨てられてしまったのじゃろう。そのおかげで君達が出会うことができたのじゃから、悲観することもあるまい」
オーキド博士は耳を降ろしてリラックスしているライムの頭を撫でた。まだ毛繕いが下手なライムのふわふわした体毛が指に押されて沈み、また浮き上がる。
こんな、一人じゃきのみも取れなさそうなかわいい子が、一時的にでもいつ他のポケモンに食い殺されてもおかしくない野生を生きていたと思うと、背に冷たいものが走る感覚があった。あるいはこの愛らしい見た目で庇護欲を刺激し、誰かに庇護される目的も……というのは多少人間本位すぎる考えか。
「心配ならまた来なさい。次は診察料も要らん」
「え、でもそれは……」
「その代わり、そのピカチュウを観察させてくれんかのぉ? 電気が作れないピカチュウを見るのは、ワシも初めてのことなんじゃ」
それが研究者という身分柄の好奇心であるのか、オーキド博士なりに、俺に罪悪感を抱かせないようにさせるための提案なのかは分からない。どっちだっていい。願ったりだ。
「……ありがとうございます。博士」
ポケモン分類学の父と呼ばれる所以は、人間の生活に即した新たな分類の提唱や、一人で150種ものポケモンを学術的に発見した功績にのみよるものではない。
こうした人柄が、彼を権威と呼ばせて憚られない世論を作り出したのだろう。
「よかったな。何ともないって」
「ピ?」
分かっているんだかいないんだか、ライムはいつもの穏やかな表情で首を傾げていた。何にせよよかった。少なくとも健康的な面で言えば、来週から始まる〝仕事〟に支障はなさそうだ。
「ライムはさ、バトルしたいんだよな」
「ピ!」
やる気に満ちた表情だ。前にテレビ放映していたリーグ戦の公開映像に触発され、興奮冷めやらぬまま部屋の中を走り回ってコップを倒してしまったことがある。
ワイ◯ドスピードを見た後にレースゲームをしたくなるみたいなもので、一時的な精神の流行りのようなものだと決め付けていたが、思えばあの時から、ライムはバトルをしたいのだと主張していたのだろう。
得意なタイプの技を使えないポケモンを活かすには、並のトレーナー以上のテクニックが要る。絡め手を主体にすればそれもできるかもしれないが、ライムの意外と血気盛んな性格を鑑みるに、本人の意向としては変化技で翻弄するよりも攻撃に回りたいだろう。
「そっか……」
本人がやる気を見せている以上は、導いてやるのがトレーナーの務めか。ポケモンの要望を聞きつつ、一致技なしでアタッカーとして活かす。まぁ……悪くない逆風だ。
「分かったよ」
やはりライムは、何も分かっていなさそうな表情だった。これでいい。ポケモンの仕事はバトルをすることであり、その導線を整えるのは俺達の領分だ。
あっこら! ダメでしょ! ポロックは一日一個まで! そんなかわいい顔してもダメなものはダメ! あっほっぺすりすりなんかしちゃって……だっ、ダメだからね! あぁ泣かないで……あぁもう! あと一個だけだからなッ!! もうこれっきりだぞ!!
(結局追加で三個食べた)