俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど 作:イリノイ州の陰キャ
拙作を読んでいただきありがとうございます。誤字報告、感想、評価、お気に入りなども大変励みになっています。
・アスベルタウン
ナイロンシティより北西。ハドリア唯一のハブ港湾にして、地方内最大のロジスティクス・ハブとしての側面が強い。人の住む町は発着場から離れた場所にあり、南海部の漁港周辺に集中している。
オーキド・ユキナリ氏を筆頭著者とする、携帯獣倫理学の決定版とでも言うべき論文集『現代携帯獣倫理学論考』第十二版。
同著の重版が決定したのは、同氏の直近の発見に依るところ大である、というのが有力な説として、巷間に流れ回っている。
それというのも、ポケモンの生態研究に関するとある功績に由来する。
特殊なナノ粒子から構成されるメテノの消滅現象について、発散する直前に採取したメテノの切片に流式細胞計測をおこなった結果、腫瘍壊死因子アルファが確認された。
つまりメテノの消滅現象が、地球上の何らかの要因を契機とした、異常に急激なパイロトーシスによる自己破壊ではないか、という可能性が、オーキド博士によって発見されたのである。
同氏は今回の研究について、共同研究者であるシンオウの――――
カントー・ジョウト携帯獣生理学協会が毎月刊行している雑誌、月刊『ポケジオロジクス』の目玉記事に、デカデカと見知った顔……俺に推薦状を書いてくれた二人のうちの一人であるオーキド博士の宣材写真が載っていた。
宣材なのにピースしている。これポケモン川柳のコラムで使われてるほうの写真だろ。
「シラン! 最近たるんどるピカ!! これを見ろピカ! お前の恩人がすごい研究してるのに、お前は最近全然向上してないピカ!」
「ひ、ひぇぇ! ライム様許してください!」
「許さんピカ!! 許してほしかったら今日はポロックを三つよこせピカ!!」
「だ、ダメですよライム様!! 太ってしまいます!!」
「うるさーい! 黙って言うことを聞けピカ!!」
「し、失礼しました! お許しをー!」
「…………何してんの?」
アコニにじっとりと睨まれたライムが、何も分かっていなさそうな顔で首を傾げた。
何って、ライムに怒られているところだけど。それが何だ?
「ライムはそんなこと言わないわよ。ね。ライム」
「チャ!」
彼女はライムを抱き上げて、その笑顔につられて笑みをこぼした。ライムは本当にいつも笑っている。そのせいで、いつも上機嫌なのか、それが普段通りの表情なのか、よく分からない。
ライムはアコニの顔にあるタトゥーに興味津々で、ペタペタと彼女の顔を触っている。彼女がそれを嫌がっていないのが幸いだった。
「それで、下手くそなライムの真似なんかして、一人二役で喋ってたのは何? それもこんな人目につくところで。あんたじゃなかったら学務科に通報してるところだったわ」
噴水の前、もうお馴染みになりつつあるベンチで、俺はライムを相手に、主観的に見ても奇行と呼んで相違ない行為を繰り広げていた。
お陰でこの周辺を通ろうとする人は、ヤバい奴がいる、という顔で引き返していったので、噴水前をしがらみなく占領できている。中々快適だぞ。
「なんかこう……最近の俺、成長がないんだよ」
そう。成長がない。アコニもユリオも、着実に何かをものにし始めている。ユリオに至っては二つ目のバッジを獲得した上に、メタングを進化させていた。
俺がやっていることと言えば、風呂やらトイレにまで着いてこようとするミヤコ(一時期のライムかよ)を相手に逃避行を繰り広げ、ライムを相手に癒しを求める日々だ。
何も成長がない。カントーにいた頃から何も変わっていない。強いて言えば、日々のアコニに対するアドバイスのために、最近読んでいなかった基礎論から復習ができたことくらいか。
「何それ、嫌味? 強化生の中で一番強いくせに」
「一番かは分かんないだろ。たまたまミヤコとは相性がよかったのか、時の運がよかったとかさ」
「それ、他の誰にも言ったりしないでよ。絶対嫌われるから」
分かってるよ……今のが敗北したミヤコにも、他のトレーナーにも失礼な言葉であったことは。
それでも、完全な実力でとった勝利とは言い難い。というか、それで満足しているようでは、これ以上の成長は望めない。
「ちょっと行ってくるか……」
アコニは今、自身の力で成長しようと模索している最中だ。明確に行き詰まるまでは、余計な口出しはしないほうがいい。
少しの間空けていて問題ないだろう。何かあれば連絡してくるだろうし。
「行くって、どこに?」
「武者修行」
行動と思考は背合わせにある。思考が行き詰まったなら、行動を起こして視座を変えれば、思考から見える景色も変わる、という寸法でね。
一週間の短期休学を願い出たところ、全履修中単位の及第点を条件に、たった一日で許可が出た。
「強化生ってのはいい身分だね」
「ピ?」
向かう先はアスベルタウン。ハドリア唯一の貿易港がある町、らしい。
主要港はデカいコンテナで埋め尽くされており、民間の漁港は南部に追いやられているとかで、住民に激しく非難されている。
「確かに、辛気臭い町だな……」
「そうだねぇー」
海際の道路に沿って石積みの民家が立ち並ぶ様相は、臨海は木造ばかりのカントーと違う風情がある。人の気配はしない。海へ出るか、北の主要港で荷を捌いているのか。どちらにせよ、昼の住宅地などこのようなものか。
「つーかさ……」
「ん?」
「何でいる?」
当然のようにミヤコが着いてきていた。一週間の休学の話は、アコニにしかしていないはずなのに。アコニが人にバラしたとは考えにくいし、マジでどうやって嗅ぎつけたんだろう。
「いーじゃん。〝あそこ〟に行くんでしょ? ウチも興味あるしさー」
「…………ま、いいけど」
競技者の嗅覚と言うべきか。侮れないのは実力もそうだが、強さに対する欲求は、他人には止められない。邪魔されることもないだろう。互いに目的は同じだ。
「それにしても……」
「どしたの?」
「本当にここにあるのか……?」
「あー、そうね。ウチも噂で聞いただけだから。あんまり確信ないや」
バトル:ソッテラネア。ハドリアで数年前に使われていた地下水運トンネルにして、戦争中は防空壕として利用されたという、広大な地下通路。
内部は巨大な地下迷宮に改造されており、ホウエンのバトルフロンティア、ガラルのバトルタワーのような、一定以上の実力を有したトレーナー同士のバトルを楽しめる……らしい。
「あった……」
窓のない陰気な住宅街の路地裏を二度曲がり、一見行き止まりのようになっている互い違いの二枚の壁に突き当たる。ジグザグとその壁を抜けて先には、雨避けもない粗末な石階段が、地下に向かって続いていた。
「ホントにここ? ウチ入るの嫌だな〜」
これ、一般人が入っていいヤツか……? 入り口の見た目だけ見れば、管理状態が極めて悪いカタコンベのような様相だ。内部はほぼ見えないが、仄かにオレンジの灯りが奥に煙っていた。
「シラン先入ってよ! ウチ着いてくから」
「分かったよ……」
なんかヤバげな雰囲気だけど、行くしかない、よな……こっちは学校休んでまで来てる訳だし、引き返す選択肢はない。
階段を降りて、水路を傍に仄暗い地下通路を真っ直ぐ進んでいく。まだここは迷宮の範囲ではないのか、曲がり道は一つもない。
「ここがバトル:ソッテラネア……?」
「何かあれだよね。言いにくい名前だよね」
中世の地下水道がそのまま残っているだけ、という有様だ。時折何かの音が聞こえてはくるのだが、それが水音なのか、人の営みによるものなのかは定かではない。
そうして少し進んでいると、水路だけが横に逸れ、単なる地下回廊となっていく。そして道幅が広くなる手前に、小さな人影があった。
こちらに粗末な机を向け、その机の上に置いた大量の紙束を相手に険しい表情を浮かべながら、羽ペンを頻りに動かしている。
「…………」
「あー、あの。この先がバトル:ソッテラネアで、合ってます?」
男は羽ペンを動かし続け、キリのいいところまで書き進めた。それからペンをインク壺に雑に立てると、頬杖をついたまま、ようやくこちらを見た。
「…………紹介状は?」
あ? そんなもん必要なの?
「ないです」
「獲得したバッジ数は?」
「一つ」
「ウチは二つー」
「…………お帰りは来た道をお戻りください」
男はため息混じりに手掌を俺の後方に向けた。力の足りないトレーナーを追い返すのがこの男の仕事らしい。
「でも、カントーなら八つ取りましたよ」
「あ、ズルい! それならウチだってイッシュで八つ集めてるし!」
「…………」
「ほら、これ」
念のため持ってきた百均のプラケースを出し、カラカラと鳴る中身を見せた。我ながらバッジの扱いが雑すぎるとは思っている。
「どうぞ、お帰りください」
ハドリアでの実績しか考慮されないということか。それともハドリア以外のバッジは判別できないから、不正防止のために一律で断っているのか?
「そこを何とか」
「お帰りを」
「ケチー! 何でよー!」
帰れとしか言わなくなってしまった。何なら男は苛立ちを紛らわせるためか貧乏ゆすりを始めている。
困ったな……実力は十分だと自負するところだが、ハドリアでの実績なんてないぞ。強いて言えば強化生であることくらいだけど、今年から導入されたばかりの制度が、学園の外でも影響力を持つとは考えにくい。
「通してやれ」
後ろから声がして、咄嗟に振り返った。
「数週間ぶりだな。シラン」
筋肉に内から圧迫されている硬い質感のベージュスーツに、黒いワイシャツ……このフォーマルの範疇でフォーマルを逸脱したような服は、ハドリアで知る中では一人だ。
「トラノヲさん!」
この音の響く地下回廊で、こんなに近くに来られるまで気が付かなかった。何の達人だよ。怖いよ。
「……知り合い?」
「セルロタウンのジムリーダー」
「ふーん……」
ミヤコが集めたバッジは、フェノールシティとシリコンシティのものである、と本人から最近聞かされた。俺もいずれ挑戦に行くつもりだが、どっちも遠いんだよな……。
「二人とも、十分な実力がある。何なら今ここで、私が紹介状を書いてもいい」
トラノヲさんはその大きな手を俺の肩に置き、穏やかながらも迫力ある低い声で受付の男に申し出た。
「どうだ?」
「トラノヲさんがそうおっしゃるのであれば……」
男はそう言って、机ごと傍に移動して道を譲った。これでソッテラネアへの道は拓かれたという訳か。
「折角だ。君にこの素晴らしき地下世界を紹介するとしよう」
「助かります」
俺の肩から手を離したトラノヲは、自分より身長の低い誰かの歩幅に合わせるのに慣れているのか、小さい一歩でゆったりと先導し始めた。
「あのー、いいの……ですか? ウチ、トラノヲさん? とは初対面だよ……ですよね?」
「ん? あぁ……」
トラノヲさんは、相変わらず不機嫌なんだか冗談なんだか分からない厳しい表情で考え込むと、少し屈んでミヤコの視線に合わせ、全く悪びれもせずに(ついでに言うと一笑いもせずに)こう言った。
「今日のことは、秘密だ」
真円状のロビーは、天井や壁の至るところに鉄柵が嵌められた通気口が空いていた。
「うぇ〜……何かジメジメしてる〜」
「そうだな……」
俺達がロビーに入った瞬間、八方から盗み見るような視線が集まってきた。
彼等は壁に貼られた不完全な地図や、何か文字だけが書かれた紙を指差して、仲間内で議論を続けている。まだ迷宮ではないらしいが、剣呑な雰囲気には試合中とも違う排他的な敵意を感じる。
「ここでは最初に六つの扉を選び、地下24階まで続く迷宮を進むことになる」
「24……」
「途中でリタイアすることも可能だ。また、6の倍数の回数毎に、自身の踏破記録を残しておくことができる」
踏破記録を残しておくと、次からはその位置からスタートできるらしい。なんか、ダンジョンゲームみたいだな。
「個人での挑戦はもちろんだが、仲間と共に挑むことも可能だ。最大四人まで」
「へぇー…………」
ミヤコはトラノヲの説明を聞き流しながら、闘争心剥き出しの目で扉を睨んでいた。早く挑戦を始めたくてウズウズしているらしい。
まぁ待てよ。まだ終わってないみたいだぞ、説明。
「二人とも、これを持って行け。ソッテラネアの通行許可証にして、到達階層を表す磁気カードだ。階段を通過する毎に自動更新される」
「あ、どーも……」
「こんな感じなのに、ハイテクだね」
ミヤコは受け取った白い磁気カードを一頻り眺めたあと、無難に財布に入れた。俺もそうするか。
本当ならスマホロトムのカバーに入れたいところだけど、こいつ磁気系のもの近づけるのめちゃくちゃ嫌がるんだよな……。
「そしてこれ、これが最も重要だ」
トラノヲはそう言うと、巧妙に石壁に埋められ、隠されていた棚を、どうやってか引き出した。
「手持ちのポケモンは使えない。君達が使えるのは、入り口で最初に渡される一匹、そして、内部に棲む野生ポケモンを捕獲したものに限られる」
へぇ〜〜…………!!
「何それ!! めっちゃ面白そうじゃん!」
ミヤコの大きな声がロビー内で四度か反響し、周囲のトレーナー達が迷惑そうに彼女を睨みつけた。周りの人達には悪いが、俺に彼女の大声を制止する気はない。だって俺も彼女に全く同感だから。
手塩にかけた手持ちポケモン達は頼れない。中にどんなポケモンが生息しているかも分からない。
そして、内部には俺達同様、増えすぎた血の気を持て余した戦闘狂のトレーナー達が何人も闊歩している。
こんなマッドなバトル施設が他地方にあったとは。やっぱ留学の件、受けて正解だった。
「君達を歓迎しよう。我等が
最初のロビーにあった六つの扉のうち、俺とミヤコは「UNO」の扉を選んだ。初心者同士手を組み、最初は二人で行こうという彼女の提案に乗った形だ。
扉の選択に時間はかからなかった。ポケモンマスターを目指す俺達の好きな数字なんか、「1」以外にはない。
「うわぁー! 暗ーい! 声めっちゃ反響するー! すごーい!!」
テーマパークの迷路系アトラクションを体験しているかのようなテンションで、ミヤコは軽くスキップを混ぜつつ軽快に石畳を鳴らして歩いた。
大いに共感するところだ。かくいう俺も、思っても見なかった緊迫感と娯楽性に、身震いを感じている。
「ねぇ、やっぱり最初は戦力確保にする? それとももうトレーナー探してバトルしちゃう?」
「どっちもいいよな……先に出会ったほうにしよう。野生か、トレーナーか」
「そぉだよね! どーせ目の前に出てきたらどっちでも我慢できないもん!」
バトルとなればトレーナーなんてみんな大馬鹿だ。まだ迷宮の仕組みや攻略を理解していない俺達は、目の前にニンジンをぶら下げられた飢えた馬に等しい。
どちらにせよ、この迷宮を知るために経験を積まなければならないのが唯一の事実。出されたものを選り好みしている場合ではない。
「ほら、早速何か……あれは」
「ポケモンかな……? あ……!」
一瞬だけ目に入った生き物の影の正体に、ミヤコはすぐに見当がついたらしい。夜目の効かない俺には、かろうじて動く物体ということしか分からない。
「ここは譲るよ。ミヤコ」
「へっへっへ、これはどうも。お言葉に甘えちゃおっかな!」
彼女はわざとらしく揉み手をして、ボールを構えた。入ってからのお楽しみにしようと言って、お互いの手持ちはまだ教え合っていないんだよな。これで彼女の最初のポケモンが分かるという訳だ。
「行って! ニダンギル!!」
情熱と冷徹の中間とも言える柄布のスプーキーな色合い、触れたら(文字通り)切れそうな危険な矮躯。
いいポケモンだな。攻撃的なバトルを展開する彼女の性根にも合っていそうだ。
「ニダンギル!! 〝とおせんぼう〟!」
ミヤコの咄嗟の指示により〝とおせんぼう〟で影を踏まれた野生ポケモンが、逃げ出すことに失敗して動揺する。拘束してくれれば、近付いて俺の目にも見える。
攻撃色とも違うオレンジの体毛に、首に特徴的な浮袋のあるポケモン。
「フローゼルか……!!」
毛を逆立てて威嚇するフローゼルを見て、ミヤコは我慢の限界が到達したかのように笑顔を浮かべた。子供のように無邪気な笑顔。多分俺の顔にも、同じような笑顔が浮かんでいる。
ユンゲラーとゴーリキーの悲涙わんこそば
味 :★★★★☆
栄養:★☆☆☆☆
他 :★★★★☆
総合評価:★★★☆☆
カントーにいた頃に一度だけ食べたことのある、ハナダの和食屋で提供されていた、ちょっと正気を失うわんこそばサービス。店主に友達がいないので進化できないゴーリキーが打ったコシの強いそばを、店主に友達がいないので進化できないユンゲラーがサイコパワーで次々と椀に注いでくるというもの。
刺し身、野沢菜の漬物、味噌汁が付いた「並」コースで、一人2300円。
ライム評:★★☆☆☆
備考
ピカー!(これわさび入ってるー!)
シラン評:★★★☆☆
備考
ゴーリキーの怪力で打たれたそばは、そんじょそこらの蕎麦屋では味わえない無二のコシがあり、二八のちょうどいい風味がまたわさびに合う。
これをわんこでやるな。コシが強すぎて次々に量を食べなければいけないわんこそばでは不向き。しかもユンゲラーが進化の叶わない悔恨の念を一心に込め、イカれたペースでわんこにそばを注いでくる。
二度目はないかな。ネタで一回行くくらいはアリ。わんこではなく普通に食べたい。