俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど   作:イリノイ州の陰キャ

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 どうしたライム!? 泣かないで、ほら、俺がいるからな……えっ、路駐されてた車を触ったらパチっとして痛かった? そ、そっか……。




2、失うもんなんかねーからすてみタックルで行け

 

 八つ目のバッジを獲得したのが2年前。以前、二人の少年が史上最年少で、かつ半年以内にカントーのバッジを制覇したという。

 俺は彼らの記録に遅れることさらに半年。年齢で言えば彼等が制覇した歳より二つ上だったが、それでも当時の新聞に大々的に取り上げられていた。そもそも、八つ目のジムを通過したトレーナーが現れたこと自体、数年ぶりだった。

 天才少年の再来! とかなんとか。中学生かそこらのガキがSNSやらテレビやらでそんな風に言われていたら、調子に乗るなという方が無理がある。

 実際、そんじょそこらのトレーナーに負けるような生半可な実力ではないと自負するところだ。というのも思い上がりなのかもしれないが。いや、そんなことが言いたい訳じゃなくて……何だ、つまりその、俺は天狗になっていた。ダーテングじゃなくてね。

 

『そこの赤い帽子の人! 今目が合ったよな! この俺と勝負しろ!』

 

 名前も知らない赤い帽子の青年。彼は結局、一言も喋らなかった。

 俺があの人について暴いて見せたのは、手持ち六匹の死力を尽くしてかろうじて気絶させたストライクの、次のポケモンまでだった。

 

『…………』

 

 ピカチュウとかいうポケモンに憧れを抱くようになったのは、思えばその頃からだったかな。

 

 

 

「ん、んん……」

 

 古い夢の中には、自分でも想像しなかったような鮮明な記憶の体験が置きっぱなしになっていることがままある。

 

「ピ?」

「おはよ……ライム」

 

 勝手にボールから抜け出して布団に潜り込んでいたライムを撫でていると、また眠くなる。このまま二度寝しちゃおっかな……。

 

「ピ」

「んん……そー、だな……」

 

 まずいまずい。今日はダメなんだ。今日は〝仕事〟の説明会だった。行かないと……。

 

「ピ!」

「分かったよ……」

 

 腕の中でライムがもぞもぞ抵抗し始めた。お腹が空いてしまったようだ。昨日は診察のために半日ご飯を食べさせてやらなかったとはいえ、夕方には皿いっぱいのフードにオボンの実二つ、ポロック三つと、人間でもちょっと完食が怪しい量を食べていたくせに。

 しかし、この表情でおねだりされると、つい許してしまう。オーキド博士にもかわいいからって食べ物を与え過ぎるのはやめろと言われているし、気をつけないと……。

 

 

 

 トレーナー時代に積み上げた貯金の束がいよいよ隙間を作り始めたので、最近はちょっとした仕事で生計を立てている。という話はもうしたんだっけ。

 大体はバトルに関係する話だが、中には面白いものがある。それが今回のヤツだ。

 

「ハドリア地方バトル振興条例案、ね……」

 

 カントーより西、カロスの近くだかに、ハドリア地方なる自治区が存在する。そこでは現在、総本部であるカントーやバトル強地方のガラルに追随すべく、税金をそれはもう湯水の如く投入して地方をあげた奨励工作をおこなっているらしい。

 

 

 その一つが強化生制度。

 

 

 全国から18歳以下の有望なトレーナーを〝強化生〟として招致し、ハドリア地方のとある学園の生徒として登録する。ついでにハドリアのジムにチャレンジする権利まで与えられるとか。

 強化生も普通の学生と同様に授業を受けて進級し、四年間を過ごしてもらう契約となるそうだ。単位数は普通の学生と比べて若干免除はされるようだが、それでも取得しきらなければ、最悪強化生認定を取り消しになる可能性があることには気を配らなければならない。

 さらに、強化生は基本的に学費免除、さらにジムチャレンジやハドリア内でおこなわれる大会の成績によっては、追加で報酬金も支払われる。

 

 まぁ強化生には、他にもいくつか要項や通常の学生とは違う役割があるようだが……。

 

「すごいよな、ライム」

「ピ?」

 

 正直、こんなにウマい話は他にない。バトルで日銭を稼げて、しかも勉強までさせてもらえるというのだから、ハドリアってのはさぞ儲かってる地方なんだろうな、とか卑しい勘繰りを己に禁じ得なかった。

 

「来たか、シラン」

 

 説明会用に押さえられたとあるバトルスクールの部屋には、俺以外に二人、カントーから推薦された強化生と、グリーンさんがいた。

 史上最年少でバッジを全取得、同じく史上最年少でセキエイリーグ突破。ポケモンバトル界の新風とも呼ばれた天才少年の〝片割れ〟……。

 

「グリーンさん。本日はお招きいただいて――――」

「やめろやめろ。ほら、いいからそれ持って座れ」

 

 オーキド博士の孫という肩書きを嫌ってか、彼はポケモンバトルの実力だけで己の地位を叩き上げてきた。そういう事情のためか、堅苦しいのはあまり好きではないらしい。

 本人がこう言うのであれば、あんまりごちゃごちゃ挨拶を垂れるのはやめておこう。どうやら他の強化生二人を待たせてしまっているようだし。

 俺は机に置いてあった資料を取ると、空いていた(というかほぼ空席なので選び放題だけど)席に座った。

 

「さて、全員集まったな」

 

 グリーンさんがホワイトボードにもたれ、腕を組みながら全体を見回した。まるで俺達三人を見比べ、見合った値札を付けるかのように。

 

「まずは忠告から……お前らは俺等に〝推薦〟されて強化生となった。もしハドリアで何か悪さでもしようもんなら、推薦してやった俺達、ひいてはカントーの顔に泥を塗るのと同じだ。そこんとこ、注意して振るまってくれ」

 

 強化生には二名以上の推薦が必要となる。推薦を経て、ハドリアからの返事を以てそれを招致とする仕組みだ。

 俺はグリーンさんとオーキド博士に推薦をいただいている。推薦が有効な人物の明確な基準は知らない。ジムリーダー、それからポケモン研究に偉大な功績を残した著名人の推薦は、有効ということらしい。あるいは単にオーキド博士その人のみに推薦権が回ってきたのかもしれないけど。

 

「ぐだぐだと長ったらしい説明を聞かせるのは趣味じゃねぇ。必要なことは全部そのぶ厚い資料に書いてあるから、各自それを読め」

「なっ……!」

 

 強化生の一人が、信じられないものを見るような目でグリーンを睨んだ。もう少し丁寧な説明が欲しいのは分かる。でもよくあの人に向かってそんな顔をできるな。

 

「制度の実施は二週間後になる。準備できてっか? なんて一々聞いてやらねぇからな」

 

 グリーンさんはそれで説明責任を果たしたつもりのようだった。

 

 実際、バトル競技者としてのポケモントレーナーは、スポンサーが付いているような一握りのトップ以外は、大体自営業もいいとこだ。

 ……言い方が悪かった。自営業が悪いという意味ではなく、職業バトル競技者などというものは、我が身を生かすに誰の庇護もないなんてことが普通だ。バトルスクールを卒業した者でも、そうでない者でも、バトルそれのみで食っていけるのはほんの1%にも満たない。

 だから、親切な説明があることに慣れるな、ということだろう。いかにもグリーンさんらしい発想だ。ジム巡りを始めた頃には、心無い人々からオーキド博士の〝ナナヒカリ〟と散々後ろ指を指されたこともあるらしい。誰の助けも得ず、自らの力で、という信条に確固たる自信とプライドを持っている。

 

「長々と拘束されんのも不本意だろ。俺からの説明は以上だ。もう帰っていいぜ」

 

 それだけ言うと、グリーンさんは俺達を残してさっさと部屋を出ていってしまった。長い間ジムを空けていたくない、と、好意的に解釈することにしよう。そうでなくとも取材の対応やバトルの共同研究等で忙しそうにしている彼を付き合わせて、わざわざ込み入った説明をさせるのもどうかと思うし。

 

「な、なんて非常識な……!」

 

 と、思っているのは俺だけみたいだ。まあ、オーキド博士を通じて少なくとも親交のある俺だからこそ、そんな風に思えている感は否めない。ハドリアの〝強化生〟制度については、正直全然分かってない訳だし。

 

 ま、いいや。準備もあるし、帰ろ。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 坂道は辛い。全く自分が情けなくなる。三人目のスピードスターなんて呼ばれながらバッジを集めていた頃も……まぁ体力にはあまり自信なかったけど、それにしてもここまで酷くはなかった。

 胸を押さえながら、擁壁伝いに坂道を登る俺を、通行人は奇妙なものでも見るかのような目で視界に流していく。頼むから最初から見て見ぬフリでもしていてくれよ。見せものじゃないんだ。

 

「はぁ、はぁ……くそ、もう少、し……!?」

 

 突然後ろから背中を押される感触がして、つま先がつんのめった。

 

「ほら、無理すんなよ」

「グリーンさん……!?」

「ガメェ」

「あっ、グリーンさんの……」

 

 後ろから俺の背を支えてくれたのは、先程別れたばかりのグリーンさんのカメックスだった。

 

「仕方ねぇ奴だな、バス使えよ」

「すみません……節約兼リハビリで」

「それで調子悪くしちまったら、結局病院にかかって金使うことになるだろ。本末転倒って奴だ」

 

 グリーンさんは、自分が散文的に発した警句がどこかメロディアスな音節を持っていたことに気付き、ご機嫌に酔いしれていた。

 

「まぁトレーナーってのが意外と体力勝負なのは認めるがね。お前は特に気をつけなきゃなんねぇだろ」

「はは……おかげさまで、最近は結構調子いいんすよ」

 

 少なくとも一時期のヤバかった頃よりはマシだ。急に呼吸困難になったり、血混じりの痰とかは吐かなくなった。比較の方法がおかしいような気もするけど。

 それもこれも自業自得だ。確かに生まれつき呼吸器に問題があったのはそうだけど、そうと分かっていながらとんでもない無茶をやらかしたのは、俺自身だし。

 

「嘘こけ。調子いい奴がこんな緩い勾配で息切れすっかよ。カメックス、このまま上まで押してやれ」

「ガメ、ガメェ」

「ごめん、ありがとう。カメックス」

「ガメ」

 

 カメックスまで「全く仕方のない奴だ」とか言っているような気がした。実際そんなことを考えているのだろう。トレーナーに似て、ツンツンした態度とは裏腹に、困っている人を見過ごせないタチのようだし。

 

 結局そのまま上までカメックスが押してくれたおかげで、俺は息切れもなく緩やかな坂道を登り切ることができた。

 

「ありがとうございました。お手をわずらわせてしまって……」

「恩に着てくれるっつーなら、ハドリアの件、大いに活躍してこい。そんで俺の名前でも宣伝してこい。グリーン様のご指導のおかげで強くなれました、ってな」

「約束します」

 

 そもそもグリーンさんは俺の推薦人だ。俺が活躍すれば、そのまま推薦した彼自身の評価にも微小ながら影響はあるものと考えるべきだ。そう思うと、尚更我が身をなおざりにはできないか。それなりの結果を手土産にするためにも。

 

 

 

 そんなこんなで来たる、仕事なんて銘打った留学の日。金まで貰えてバトルも勉強もできるってんだから、気合いも入る。

 

「ピカ……?」

「外、気になるか? すっごい高いぞ」

「ピ……! チャア〜……」

「あはは」

 

 飛行機の機窓から外を眺めようとしたライムが、その果てしない空の、視界の通らない遥か先にまで続いているであろう途方もない広さを感じて、打ちのめされるようにして後ろに下がった。

 想像にも及ばないような広さを、例えば海なんかを前にした時、絶望にも似た威圧感と浮遊感を感じることがある。悩んだ時は海でも空でも見ろってね。アレと比べたら、確かに世の中の大半の出来事は些事と言えるだろう。

 

「…………」

「ピ?」

「何でもない。ごめんな」

 

 あれから、それなりの準備をしてきたつもりだ。ライムの健康状態にも心配はない。ただ、若干なりともカントーに惜別の念があるのも認めるところではある。

 

 それというのも、俺を10回はコテンパンにしてくれた例の赤い帽子のあの人は、おそらくは今もあのシロガネ山の頂上にいて、地獄の番人みたいな獰猛な野生ポケモン達を相手に牙を磨いているはずだ。あの人の関心の一分も引くことができなかったこと、それだけが心残りだった。

 

 

 

「……ここがハドリア」

 

 飛行機を降りて、空港から出ているバスを乗り継いでやってきたのは、ナイロンシティ。ここに俺が通う学園がある。

 

 公立ナイロン学園。創立から10年も経たない新設の学校で、教養単位から文理の専門的科目まで、様々な学問に触れ、修得する機会を提供する学校だ。

 

「強化生は早入りなんだってさ」

「ピカ?」

 

 胸に抱えたライムに話しかけてみたりしながら、カントーの雑然とした都市の雰囲気とは真逆の、どこを見ても広々とした、石畳の目抜通りをまっすぐ進む。道の先に見える校門からしてどデカい学園が、四年は籍を置くことになる学校だった。

 

「人……?」

 

 四段ほどの階段を登ってさらにまた長い道を歩いていると、その門の下に人影に気が付いた。

 見ると、俺とそう歳の変わらない黒髪の少女だ。服装自由のこの学校で、カチッと制服を着ているのがむしろ目立って……いやそんなもんより目立つとこあったわ。

 

 少女は右頬から右の鎖骨の上辺りまでにかけて、黒い曲線的なツタのタトゥーを彫っていた。それは自由にも程があるだろ。いや、確かに格好いいけど、それのせいでどんなにキチッと制服着てても説得力ないんだけど。

 

「……〝強化生〟の方ですか?」

「あ、そう、です」

 

 俺がやってくるなり、彼女は門の傍から門の正面へと移動し、立ちはだかるようにして腕を組んだ。

 

「学生証を」

 

 俺はライムを一度降ろして、雑に財布に入れていた学生証を取り出した。嫌なんだよな、これ見せるの。写真映りめちゃくちゃ失敗してるから。

 

「二年生のアコニです」

「あ、どうも……シランです」

「既にお伺いしました」

 

 いや、そうだろうけど。学生証を見せたからね。でもそういうことじゃないじゃん。

 彼女は若干、敵意のこもった目で俺を睨んできた。悪いことなんてしてないけど、アレかな、俺みたいなだらしない雰囲気の男が嫌いとか。いや、そんなにだらしなくしてる訳じゃないぞ。

 

「こちらへ」

 

 彼女は振り向きもせず、早足で学園の中へと歩き去ろうとしていた。案内するつもりがあるんだかないんだか。

 

 

 

 アコニに案内された理事長室には、既に俺以外の〝強化生〟が全員集まっていた。総勢20名。各地方から推薦された生え抜きのトレーナー、という触れ込みだ。バッジは当然のように八つ揃えており、数名はリーグ経験者もいる、という感じ。

 

「強化生のみなさん。まずはお祝い申し上げます。ご入学おめでとう。私は理事長のコンソリド。以後、お見知り置きを」

 

 理事長の右頬にも、アコニと同じ黒いツタのタトゥーが刻まれていた。もしかして血縁者か? 家族揃って同じタトゥーは流石に血が濃すぎるんじゃないか?

 

「事前にお配りした資料には目を通していただいたでしょうか? 強化生の皆さんには、このハドリアにおけるバトル興業を盛り立てる一陣の風となることを期待しております」

 

 コンソリド理事長は全く無表情で、おそらくは用意していたであろうセリフを読み切った。生徒に微塵も興味のなさそうな雰囲気には、ある意味好感が沸く。こっちも慈善事業できてる訳じゃないからね。むしろ恩恵に預かる身としては、これくらい上下関係を示される方が清々しい。

 

「皆さんには、基本的にはジムチャレンジに参加していただきます。しかし、書類上はこのナイロン学園の生徒に該当する訳ですから、授業にも参加し、必要単位を取得していただきます。通常の生徒よりも遥かに難しいスケジュールとなるでしょうが、ご承知おきください」

 

 理事長の長話は全然頭に入ってこなかったが、その隣でむっすりと腕を組んで強化生の一団を睨むアコニの顔は、くっきりと目に刻みついた。どうやら彼女は俺を、というよりは、強化生全員に敵愾心を抱いているようだ。何が気に食わないのやら、とか言えるほど朴念仁ではない。強化生などという枠組みが、普通の生徒には好ましくない映り方をするのは当然だ。

 

「本日は長旅でお疲れでしょうから、説明は以上とします。アコニ、学生寮に案内して差し上げろ」

「はい。理事長」

 

 理事長の指示に従って、彼女が扉に向かって歩く時、俺の肩とぶつかった。

 

「ご案内します」

 

 やってけるかな、俺……。

 

 





でんきポケモン用フード 

味 :★★☆☆☆
栄養:★★★☆☆
他 :★★★★★

総合評価:★★★☆☆

 ジョウト地方のコングロマリット企業「ミルタンクグループ」から販売中のタイプ別ポケモンフーズ。従来の属別分類のフードとは異なり、タイプ別に販売しているため低コストを実現しており、また見た目にも消費者に分かりやすい。
 味は多くのポケモン達から不評。タイプさえ一致すればどんなポケモンでも食べられるものを目指した結果、どんなポケモンでも食べられるが誰にも好かれないという手軽ながらも悲しい産物。

ライム評:★★☆☆☆
備考
 ピカピ! ピカ!(美味しくない! これ嫌!)

シラン評:★★★☆☆
備考
 皿に出すだけで簡単、その上低価格とトレーナーには嬉しい一品。ただまずい。試食してみた感想としては、味のない粉っぽい変な風味のするぐにょぐにょの塊。これを出した日のライムは丸一日ボールに引きこもった。
 長期間の保存が効くので非常用に一袋ストックしているが、未だ日の目を見ていない。
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