俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど   作:イリノイ州の陰キャ

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22、瀉血とかげぬい

 

「んー! おいしい!」

 

 俺とミヤコはアスベルの民宿で、朝食を摂っているところだった。

 朝からボロネーゼパスタは重いだろ、と思っていたが、食べてみると不思議なことに、より食欲を増進させられる。ここは本場なだけあるか。

 

「昨日は惜しかったな。あと少しで7階に到達できそうだったけど」

「ねー。まさかあんな量のゴローンが出てくるなんてねー」

 

 昨日は不運だった。ゴローンの群れが代わる代わる〝だいばくはつ〟をして来なければ、6階で中断せず、俺達は12階を目指していた。

 まぁ、むしろよかったのかもしれない。一度ソッテラネアを出て、予約しておいた民泊のベッドに座り込んだ瞬間、一気に負債を思い出したかのように体が重くなった。非日常への楽しさで忘れていたが、俺の体は常に枷がかけられているようなものだ。

 

 というか、あれだけ連続で爆発が起きても、少し壁から礫が削れただけの迷宮の頑丈さにも驚いた。どのような技術が使われているのだろうか。

 

「でもまだ六日もチャンスあるんだし、次はもっと行けるでしょ!」

「そうだな」

 

 6階までは踏めたんだ。このペースを継続できれば、単純に考えれば四日目には踏破できる。

 早く挑戦しに行きたい。さっさとパスタを食べ切ってしまおうと、フォークで麺を持ち上げた俺の手を、突然ポケットから飛び出てきたスマホロトムが叩き、フォークを落としてしまった。

 

「いてっ。何する……あ」

 

 グリーンさんから連絡が来ている。電話が1回鳴らされており、チャットも来ていた。

 

 これ…………。

 

「どうしたの?」

「いや……何でもない。俺ちょっと戻るわ」

「え、何それ」

「悪い! 俺抜きで進んでていいから!」

 

 民泊の主人に断って、部屋の荷物を雑にまとめると、俺は宿を飛び出した。

 

「ちょっと! ねぇ! もー!!」

 

 怒り気味のミヤコの声がアスベルの閑静な石造りの町に響いた。彼女には悪いことをしたと思う。でも、それどころじゃないんだ。

 

 

 

 アーマーガアのタクシー(割高)で空港に着いた俺は、グリーンさんの姿を探していた。

 

「よぉ。元気そーだな」

「グリーンさん!」

 

 グリーンさんは黒いTシャツに緑のジーパン姿で、普段通りの不敵な笑顔で荷物を引いていた。どこにいても装いが分かりやすくていいが、今の俺にはそんなことを気にしている余裕はなかった。

 

「久しぶりだな、ハドリア……都会と違っていい空気だ。お前もトキワよりは居心地いいんじゃねーか?」

 

 グリーンさんがいきなりハドリアに来るなんて聞いて、俺は面食らった。それなのに、本人は飄々としている。

 

「いや、グリーンさん、そんな話じゃなくて……!」

 

 彼はキャリーバッグ一つの軽装だった。ジーパンのベルトには六つの使い古されたボールが下げられており、その目的が何らかの共同研究ではないことは明らかだった。

 バトルをしに来ている。ただでさえ忙しい彼がカントーでの諸々の予定に穴を開け、突然ここに来た理由は何だ?

 

 そんなトレーナーが、ここにいるってのか……?

 

「驚いたか? 本当はもっと事前に連絡するつもりだったんだけどな」

「驚いたかじゃないですよ……!」

 

 こう言っては角が立つが、ハドリアのリーグは全リーグの中でも下から数えたほうが早い程度の実力だ。本部の、元チャンピオンが興味を持つような場所ではない。

 

 それがなぜ彼はここにいる? 

 

「ハドリアつったら飯が有名なんだろ? ほら、なんとかつっー洋食の――――」

「グリーンさんッ!」

 

 思わず声が大きくなって、俺は「しまった」という表情を隠せなかった。

 吹き抜けの空港に俺の声が響いて、往来の視線が一身に集まる。学園で感じるような視線ではなく、純粋に迷惑な客を見るような顔。

 でも、今の俺にそんなことはどうでも良かった。この人がここにいる、それ以上に重要で不可解なことはない。

 

「わぁってるよ。そんな怖ぇ顔すんな」

 

 グリーンさんは俺の肩を叩くと、俺のほうを振り向きもせずに空港の出口へと歩き出した。

 

「来いよ。車のタクシー呼んであっから、移動がてら話そうぜ」

 

 俺は彼の背中をすぐには追いかけられなかった。

 

 昔からそうだ。俺はあの人の後ろに付くこともできない。その非線形な輪郭の跡を見つめては、不意に相関を裏切った終点を見失って、立ち尽くすだけ……。

 

 

 

 以前、特に目覚ましい活躍をしているジムリーダーのジムを分化し、他地方にその支部を設置しようという試みが提唱されたことがある。

 

 そこで真っ先に名前が上がったのがグリーンさんのトキワジムだった。

 

 (ジョウトと統合される以前の)カントーリーグ殿堂入り、様々な新戦術の考案、携帯獣電気生理学部門での新発見……上げていけばキリがない数々の功績から、全国のバトル興行に刺激と活性化を図る目的で、リーグ本部より直々に指名されたのだという。

 

 グリーンさんの返答はこう。

 

『嫌だね』

 

 第一候補から断られたのが相当効いたのか、あるいは他にも声がかけられたジムリーダー全員が断ったからかは知らないが、結局その話はこれで沙汰止みとなり、続報はない。

 

 そのはずだった。

 

「今日は視察で来た。お上(リーグ)もいい加減ごちゃごちゃうるせーからよ」

「視察って……?」

「まだジムのない町を回って……調査だな。ポケモンバトルの普及率とか、バトルに対する住民の知識量とか、ま、そんなもんだ」

 

 一度は断ったはずの計画に、グリーンさんは乗り気とは言わずとも、否定的でない雰囲気を醸していた。

 この態度と本人の言を信じるならば、ハドリアに来た理由は、視察。本当にそうか?

 

 俺は彼がベルトに付けているボールが何か知っている。殿堂入りした際のパーティをベースにして、今日まで入れ替えや調整を続けているグリーンさんの一軍パーティだ。

 ジムリーダーになってから、彼のバトル研究に費やす時間や費用には拍車がかかり、ジム巡り及びチャンピオン時代とは比較にならないほどに実力を増しているという。

 それ以前から並のジムリーダーなどでは相手にならない実力者だったにもかかわらず、だ。

 

 その彼の一線級ポケモン達。わざわざそれを連れてくる理由が、バトル以外だったとしたら、俺は俺の狭い了見を笑うことにしよう。

 

「そうじゃなくて、今更、何で……!」

 

 グリーンさんは車窓から景色を眺めながら、手に顎を乗せたまま、気のない声で続きを話し始めた。

 

「俺もそろそろ身の振りを考える頃だと思ったんだ」

「身の振り……?」

「20も半ばだしな。アラサーだぜアラサー」

 

 冗談めかしてそう言う彼のようには、俺は笑えなかった。

 

「だ、だから何だって言うんですか。ジムリーダーの中じゃ、むしろかなり若い年齢でしょ?」

 

 年齢がどうしたというのか。所帯がどうとか、普通の成人の男みたいなセンチで俗っぽい悩みとは無縁の人だ。大体、本気で身を固めるつもりなら、グリーンさんならいくらでも相手を探せる。

 その上でバトルも両立できる。俺の知っているグリーンさんはそういう人だ。

 

 

 

「はっきり言って、もう俺に成長はねぇ」

 

 

 

「本気で言ってるんですか……?」

 

 俺がさらに質問を重ねるまで、1分にも思える長い沈黙があった。

 すぐにはその言葉の意味が理解できなかった。額面通りの意味であると気付くまでに、俺はどんな間抜けな顔をグリーンさんに披露していたのだろうか。

 

 グリーンさんの言葉とは思えなかった。何か台本を渡されて、その通りに喋っているんじゃないか?

 

 あり得ない。俺の知っているグリーンさんは、死ぬまでバトルにしがみついて、腕がなくとも口でバトルにかじりついて、試合をしながら臨終する。ポケモンバトルという競技に取り憑かれた亡者のような男だ。

 そして、ポケモンバトルで生計を立てられるほどの人間ならば、誰しも少なからずそういう〝気質〟を持っている。所詮どこまで行っても強さと勝利の奴隷であることを止められないと、半ば理解しているはずだ。

 

 それが、何だって? 彼は何と言った?

 

「はっきり言うが、俺以上のトレーナーなんざそうそういねぇ。シンオウのシロナやら、ガラルでずっとチャンピオン張ってるダンデにも負けてねぇつもりだ」

「だったらッ!」

 

 だったら続ければいいじゃないか。俺だってそう思ってる。

 本当はグリーンさん以上のトレーナーなんて一人もいないって、そんな風に言いたいくらいだ。以前チャンピオンを競ったというあの、グリーンさんの幼馴染とかいう赤い帽子のあの人よりも、俺はあなたを尊敬している。

 それこそ最強と名高いガラルのチャンピオンだって、あなたには及ばない、そう信じているのに。

 

 それなのに、そんな……!

 

「いい加減、俺も後進を育ててもいい頃だろ。カントーもバトルの主流じゃなくなった。もう時代が違うんだよ」

 

 

 俺は最初に己の正気を疑った。それから、己の耳を疑い、グリーンさんの正気をも疑った。

 

 

「何だよ!! 何だそれッ!!」

 

 俺は恩人であるグリーンさんを前にしてかろうじて、怒っても人に手を出すなという道徳を思い出していたが、これがグリーンさんでなければ掴みかかっているところだった。

 いや、言ったのがグリーンさんでなければ、ここまで精神を攪拌されることもなかった。

 

「そんなの、そんなのは間違ってる!! だってあなたは……! う、ぐっ、ゴホッ、ゴホッ……!」

「おい、シラン……!」

「俺はッ……!!」

 

 血液が偏って肺が縮む感覚がする。俺は止まれなかった。言い訳は聞きたくない。だってそうだろ。俺はあなたの言葉を信じてトレーナーになった。

 

「ゴホ、ゴホッ……! そんな、ゴホッ! 言い訳で……!」

「落ち着け、シラン!」

 

 ポケモンを生きるための道具に使っていたカスみたいなガキでも、体力にデカいハンデがあっても、そんなことは関係ないと、あなたがそう言ったんだ。

 

 こんな俺だって最強のトレーナーを目指していいって、そう教えてくれたのはあなたじゃなかったのか……!?

 

「俺は……そんな話、聞きたくなかったです」

 

 タクシーを無理やり止めて、俺は強引に車を出た。

 

「俺はそんな話信じない。あなたは、そんな人じゃないッ……!」

 

 もう与太話は聞き飽きた。酸素が足りない足がどこを目指すかは知らない。ただ、グリーンさんの前でこれ以上みっともない姿は見せたくなかった。激昂するか、冷静さと共に意識を失うか、どっちもごめんだ。

 

「シラン! これ持ってけ!」

 

 グリーンさんは俺を止めるでもなく、車の中から何かを放り投げてきた。

 

「これ……!」

 

 俺の手に異常に馴染むボール。この感触を忘れたことはない。俺はいつだって、こいつに……。

 

「何でこれを、グリーンさんが……」

「お前も〝俺〟も、いい加減腹を括んなきゃならねー頃だってことだよ」

「は……? それ、どういう……」

 

 

悪ぃな…………

 

 

 最後に小さく何か言うと、グリーンさんはタクシーを出して、そのまま行ってしまった。

 車通りのない田舎道に一人立ち尽くした俺は、この頃日毎に問責の視線を強める太陽の熱に正気を失いそうだった。

 手の中に収まる懐かしい重みが、ヤケによそよそしく感じられた。

 

 

 

 あれから一週間が経つ。学校に復帰するまでに、俺は飛び入りで参加した四つの大会で優勝をもぎ取り、フェノールシティで二つ目のバッジを獲得した。

 

 フェノールのジムはどくタイプ。弱点を取れるポケモンはいなかったが、苦戦はしなかった。

 実力的にはセルロのトラノヲさんに勝るという話であったが、チャレンジャーに甘い。このバッジを獲得数に数えるのが屈辱的ですらある。こんな誰にでも取れるようなバッジ……。

 

「今年はやべぇぞ! 一期から一年が二人も学内ランクに載ってるらしいな……!」

「俺もう見てきたぜ……! 二人とも強化生だってよ! 47位に〝甚雨〟のミヤコと、それから――――」

 

 学内ランクは次のランキングが発表されるまで、一番大きな学園掲示板に張り出され続ける。

 つまり、一度ランキングに載れば、四半期の間、ずっとその名前が生徒達の目に留まることになる。必然的に学内で名前が売れ続けるという訳だ。

 

「あ、シラン……! あの……」

「アコニ」

 

 掲示板の前でまごついていた彼女は、何かに困惑しているようだった。

 

「おめでとう……49位、だって、すごいね」

「あぁ」

 

 いつかカントーに帰るつもりなので、ここでの学内ランクに興味はない。高いに越したことはないが、なくても困らないものだ。

 

「嬉しくないの……?」

「え……? あぁ、いや、嬉しいよ」

 

 この学校が創立されてから、1年からランクに名前が載ったことがあるのは、俺とミヤコを除けばトリトマだけらしい。

 とはいえ、学生同士の場で得たランクなどという競技の世界では何ら役に立たない数字を誇るつもりはない。

 

「明後日の研究会、トリトマ会長が、あなたとミヤコさんのランク入りを祝うって、その……」

「悪いけど、明後日はフェノールシティの大会に出てくる」

 

 トリトマにはすでに欠席を報告済みだ。学校にも連絡は済んでいる。大会は全て公欠扱いにしてくれるので、単位にも問題はない。

 バッジ獲得数不問のアンダー18大会。賞金目当てのバッジ保有者や、経歴に箔を付けたいエリートトレーナー達も注目する、それなりの規模の大会だ。ここは逃せない。

 

 今は少しでも勝利が欲しい。グリーンさんの視察というのが何週間、何ヶ月かけておこなわれるものなのかは知らないが、あの人がここにいる間に、俺はもっと実績を積まなければならない。

 

「ま、待ってよ! ねぇ!」

 

 さっさとその場を退散しようとした俺の手を、アコニが後ろから掴んだ。

 

「何?」

「だってその、私、何か……」

「バッジのことなら心配するな。夏期休暇までに必ず一つは取らせる」

 

 そのための戦略も三つ、考案済みだ。強化生としての本分にも抜かりはない。

 

「そうじゃなくて! どうしたの……? 休学が終わってから……」

「何が?」

「何がって、だから……何でそんなに」

 

 アコニは口ごもって、要領を得ない呟きを繰り返した。

 

「…………何でもない」

 

 彼女は結局、それ以上何も言って来なかった。

 

 

 

 アンダー18大会の表彰台を辞退して、俺はさっさと部屋に帰って休んでいた。

 机の上に投げ出した金色の盾に重ねて置いておいた賞状の筒が、転がって床に落ちた。

 

「ピ……」

「よく頑張ったな、ライム」

 

 決勝まではライム一匹で勝ち進むことができた。逆に言えば、今日はライムに負担の大きな日だった。明日は丸一日、ライムは完全休養の日にしなければ。

 ベッドの上で丸くなって眠るライムの背を撫でながら、スマホロトムに録画させていた決勝の動画を見ていた。

 

「〝なげつける〟を切らせるのが早かった……」

 

 それより〝どろぼう〟で牽制を打つべきだった。〝どろぼう〟は〝もちもの〟がある状態で使えば、単なるあくタイプの攻撃になる。〝かげぶんしん〟と小さな体躯を活用して、攻撃の機会を捻出できるライムのダメージソースとしては、これでも十分だ。

 それを考慮すれば、有効なアイテムが奪えるかは半ばギャンブルなので、確実に有用な〝でんきだま〟の〝なげつける〟は、もっと慎重に使うべきだった。

 

「ライムの技も変えるべきか……もっと汎用性の高い技を――――」

 

 ジム巡りをしていた日々を思い出す。俺の頭の中にはバトルで勝つことしかなかった。

 あの頃と比べて、随分と余計な考えが頭の中に増えた。俺は弱くなったんじゃないか? リーグ挑戦もシロガネ山であの人を追いかけるのもやめて、だらだら遊んでいるうちに、才能の芽を自ら踏み躙ってしまったのではないか。

 ……そんな焦りばかりが頭にこびりついて離れない。

 

「違う……俺は、違う……!」

 

 グリーンさんから受け取ったあのボールが、視界の端で頻りに揺れていた。

 

「分かってる。お前に言われなくても、俺は……」

 

 勝てば明日も生きる。負ければ死ぬ。昔に戻るだけだ。本当はお前だって、ずっとそうしたかったんだろ?

 

 





おだやかミントのチーズピッカータ

味 :★★★★★
栄養:★★☆☆☆
他 :★★★☆☆

総合評価:★★★★☆

 学園内のとあるレストランで提供されている仔牛肉のピッカータ。レモン汁の代わりにナモのみの果汁がかけられており、本場のピッカータらしく卵液や小麦粉は一切使われていない。
 仕上げにパルメザンチーズと刻んだおだやかミントがかけられている。近年のハドリアでよく使われる手法で、口当たりのいいおだやかミントがバターの風味によく調和している。
 フォカッチャがついて税込2600円。ランチではノンアルコールのチェリーサワー。イブニングドリンクにも同様にノンアルコールのスパークリングワインが付く。

ワルビル評:★★★★☆
備考
 グァ、グァ(うまい!)

アコニ評:★★★☆☆
備考
 ハドリアの有名店で修行したというシェフが学園内で経営するレストランのピッカータ。オーソドックスなものとは違い、レモン果汁の代わりに苦味の強いナモのみが使われており、ワルビルにはこれが好評だった。
 個人的には普通、それ以上の感想は浮かばない。順当に修行したシェフが作る順当なピッカータ。その割にはチーズやオリーブオイルが多く使われており、誤魔化しているような印象。不味くはないが退屈な味がする。


※現在メンヘラ中のシランくんに代わってアコニが代行中! アコニはとっても舌が肥えているのでレビューが大体辛口だぞ!
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