俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど 作:イリノイ州の陰キャ
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最近、ミヤコのバトルへの意欲には鬼気迫るものがあった。
「シビルドン、〝インファイト〟ッ!」
調整のための一対一のバトルとはいえ、とうとうシビルドンでポリさんを倒され、ミヤコ相手には初めての黒星を付けられることとなった。
勝利に対する執着心が肥大して、扁桃体が価値判断をかなぐり捨てている奴らの目だ。それ以外の周辺に付属する情報は、彼女にとって答案裏に書いた落書きほどの価値もないのだろう。
「負けたの……?」
アコニは信じられない光景を見るかのように、傷付いたポリさんに駆け寄って、その頭を撫でた。
おい、ポリさん。デレデレするなよ。都合のいい時だけ元気になりやがって。
「俺のミスだ。突っ込んでくるシビルドン相手に接近戦で応戦しようとした」
ダメージが蓄積している状態で〝インファイト〟は受け止めきれない。そこの判断を見誤った。
「初めて見たかも。一対一で普通に負けたところ。ミヤコさんって、やっぱり強い?」
「四天王を倒したとか吹いてるしな」
「四天王か……本当なのかな」
「ホントなんじゃね」
以前に話を聞いた限りでは、相当ギリギリの戦いだったらしい。
強制連戦のリーグでは、四天王は初挑戦者には原則五匹までしかポケモンを出せないのに対して、挑戦者側の手持ち数は六匹を上回らなければ特に規定はない。
5対6で、最後の一体でギリギリ勝ちを拾ったという内容だそうだ。結局消耗したポケモン達で挑んだ二人目の四天王には、手も足も出ずに1、2体で全滅させられたという。
「でも、やっぱり何か……調子悪そうに見える。その、体調が、じゃなくて……」
「俺がか?」
「うん……悩みでもあるの?」
「ないって」
運要素のない競技は存在しない。あるいは盤上遊戯(将棋とか)はその限りではないと思われる向きもいるかもしれないが、例えば相手の手番のミスは、こちらにとっての幸運に他ならない。
そんなことが頻繁に起こるのがポケモンバトルだ。四天王を(無論そこに辿り着く実力が前提だが)偶然突破できてもおかしくはないし、普段は勝てる相手に負けてしまうこともままある。
「ってのは言い訳か……」
俺の指示が原因で敗北したのは事実だ。
「ポリさん、帰るぞ」
ミヤコは俺のほうを見向きもしなかった。シビルドンをボールに戻すと、無表情で客席下の屋根のあるベンチに向かって行った。
「ねぇ、シラン、その……」
この頃のアコニは、時折怯えたような卑屈な目で、俺の顔を下から覗き込む時がある。
「…………やっぱりいい。私、バトルの準備してくる」
誓ってもいいが、乱暴をはたらくなり、暴言を吐いたことはない。自覚する範囲で、と枕詞がつくが、それにしたって極普通の接し方をしているはずだ。
それなのに、彼女にそんな顔をさせてしまうことが、何となく嫌だった。
先ほど、口ごもった時の彼女の口の形が、エルレイド、と言っているような気がした。
気のせいだと思いたい。
競技棟屋上の屋根付きの観客席。日射の届かない快適な影の中、購買で売っていた雑誌を読みながら、俺は研究会の練習をぼーっと眺めていた。
「チャンピオンね……」
ハドリアチャンピオン、ピネア。彼女の私生活に密着! とかいう三文記事。
当然と言うべきか、取材は断られたそうで、パパラッチ紛いの遠いカットからの無許可の写真ばかりが載せられており、読むに耐えない筆者の主観的な妄想が無意味に文字数を嵩増ししていた。
「アコニさん、すごいよ」
研究生の一人が話しかけてきた。彼女は俺の二年先輩で、学内ランクでも30位以内に名前を見る生徒だった。
「最近メキメキ上達してきてる。あれでバッジを一つも持ってないなんてね」
地上にいるポケモンが嫌がるのは、跳躍で届かない距離で旋回され続けることだ。
「いいわムクバード、その高さを保って!」
ムクバードは相手のハリテヤマの手が届かないギリギリの高さを保って円を描き、確実に背後を取れる瞬間を狙ってヒットアンドアウェイを繰り返していた。
相手トレーナーは、ひこうポケモン相手に飛び道具のないポケモンを選んでしまったのが運の尽きだ。最初の選出は、経験と運との両方が介在する要素だ。
「ムクバード、〝フェザーダンス〟!」
羽毛に阻まれて思うように攻撃ができないハリテヤマが、降り頻る羽に視界を遮られた一瞬を狙って、ムクバードが宙返りをして急降下してきた。
「〝アクロバット〟ッ!」
地面スレスレのところで墜落せず、風によって優雅に吹き上がるようにして、ムクバードは振り向いたハリテヤマに鉤爪を喰らわせた。
「強いな……」
驚異的な運動性能だ。あまり接近戦を得意としなかったワルビルをうまく補完できている。タイプ相性的にも。
仮にここで出していたのがワルビルであった場合、ここまでスムーズな試合展開を繰り広げられていただろうか。
「アコニさんって、あなたの練習生なんでしょう?」
研究会の中に限っては、アコニが俺の担当練習生であることは知られている。
「あなたがあそこまで鍛えたの?」
「いえ……」
戦法の試用を兼ねたバトル練習以外では、俺は聞かれた時に軽く答えるくらいのことしかしていない。
確かに、参考になりそうな資料を相当数貸し出したりはしているが、それだって目の前でどこが重要かを一々読み上げたりはしていない。
「本人の努力っすよ」
アコニは着実に強くなっていた。少なくとも俺の目には、一つ目のバッジに挑戦してもいい頃合いに見える。
いつもなら嬉しいはずの光景なのに、何だか今日は見たくなかった。
「キマワリ、違うッ! そうじゃない!」
研究会の練習をフケて、学内で無意味なそぞろ歩きをしている最中のことだった。
「そう、それだッ!! よしッ、いいぞ……!」
カンゼキと、最近その手持ちに加わったキマワリが、学園壁際の林で何かの特訓をしていた。
「あ? おぉ、何だよ。テメェか」
彼もキマワリも肩で息をしている。長い時間、ここで練習しているのだろう。
「元気そうだな。キマワリ」
手を上げて挨拶をするキマワリの目線に屈んで、同じように片手を上げた。その手は土で汚れている。
「特訓か?」
「おぉ、まぁ、そんなトコだ。こいつ、気ィ抜くとすぐに〝ねをはる〟か〝やどりぎのタネ〟を使いたがりやがる。〝ソーラービーム〟だって、オレが捕まえた時には忘れてやがった」
生存意欲とでも言うべき観念は顕在のようだ。カンゼキは言うことを聞かせるのに苦労しているようだったが、二人の関係はそこまで悪くなさそうだ。
特に、キマワリ自身が彼を気に入っている様子なのがよかった。いつもキメキメの硬そうな緑髪のモヒカンが、相当お気に召したようだ。
「テメェに負けっぱなしでいられねぇ……まずは一つ目のバッジだ……! 休憩は終わりだぜキマワリ、次、〝だいちのちから〟ッ!」
こいつも前に進んでいる。悪い奴らとつるんで溜まり場を占拠するのはやめて、最近はこうして一人で鍛錬を積んでいる姿を、たまに学内で見かけることが増えた。
俺だけだ。進むどころか、沈み始めているのは。後ろからいくつもの足音が近付いてきているようなイメージに相関して、追いかけていた光は小さく、小さくなっていく。
「だぁ、違ぇッつの! それは〝ギガドレイン〟だろぉがよッ!!」
カンゼキの賑やかな声を背にして、俺はその場を後にした。彼にもキマワリにも、情けない顔を見せたくはなかった。
エルレイドは、ボールに閉じこもってしまったあの日から、何も変わらなかった。
「…………次、〝サイコカッター〟」
最後に命令した〝サイコカッター〟が、縦に水を割っていく。
湖に向かって飛ばした念動力の刃が直線形に境界を作って、沖より遥か先の、目視では見えない距離までを二分すると、流動性を思い出したかのように水が両者のほうへと流れ込み、境界線に沿って縦に巨大な水飛沫の線を作った。
全く衰えていなかった。俺の最初のポケモンにして、もっとも手塩にかけた競技用ポケモン。
そう、こいつは競技〝用〟ポケモンだ。
「次、〝せいなるつるぎ〟」
エルレイドの肘の延長線上にある刃が、実体を伴った闘気によってさらに伸びる。
それを地面に叩きつけた瞬間、遠くのほうの森でムックルの群れが一斉に逃げ出すほどの轟音が鳴り響き、刃の形に深い穴が生まれていた。
その直線に対して左右の距離を合わせた楕円状に、周辺の地面がクレーターと化し、巻き上げられた乾いた土埃に辺りが包まれた。
「…………もういい、やめろ」
見るのも苦痛だった。こいつが何も変わっていないということも、多分俺自身も、何も変わっていないということも。
エルレイドは命令を打ち切られると、片膝を突いて、まるで忠誠を誓った騎士のように静止した。
埃が収まってから、俺は土肌から豪快に顔を出す岩の上に座って、エルレイドを見下ろした。
今でこそ、こんな風に命令に忠実な素振りを見せているが、またいつ勝手に閉じこもって出てこなくなるか分からない。
「お前、なんであの時出てこなかった?」
シロガネ山の頂上で、赤い帽子の青年と激戦を繰り広げている時だ。
何とか手持ちの4匹でストライクを突破し、2体目に控えたラプラスを前にした時だった。
あの時の俺と今の俺がバトルをしたら、多分だけど、今の俺は完膚なきまでに叩きのめされる。それほど調子がうまくハマっていたし、極限の集中力が引き出されていた。
5体目に選んだスターミーでラプラスを相手に奮闘し、スターミーが気絶させられるまでに少しは体力を消耗させられたかという時、最後のポケモンに選んだこいつは……。
こいつはボールから出ることを拒否した。突然、何の前触れもなしに。
「…………」
「なぁ」
あの人は、明らかに失望の目で俺を見ていた。あの目が忘れられない…………。
まるでふと、目の前にあるものがマネキンだったと気付いたかのように、あの人は急速に俺に対する興味を失っていった。
もはや俺には、挑戦する権利すら残されていないのだと悟った時、体は勝手に倒れ、雪の中に埋もれていった。
結局あの人が助けを呼んでくれたのか、気付いた時には病院のベッドに寝かされていて、グリーンさんがバカをやった俺を笑いに来ていた。
俺の時間はあの時から止まったままだ。そこから一歩も進めずにいる。
ただ、本当ならずっと前を走っているだろう己の幻影と、その姿に隠れて見えない、遥か先にいる彼等の姿を、ここで立ち止まって眺めているだけ……。
「そうやってずっと黙ってるつもりかよ」
語気が荒くなっている自覚はあった。だが、エルレイドの姿を見ていると、どうしても感情が昂るのを制御できなかった。
「あの時、お前が出てきてたら……」
俺はもっと強くなれたかもしれない。影さえ見えない先達の遠すぎる背に、指先だけでも触れることができたかもしれないのに。
「もう何回目になる? この話さ」
ボールに閉じこもってから、俺はずっとお前に同じことを聞いてきたよな。結局何の返答もなくて、いよいよ栄養状態が心配になるので、ポケモンセンターにその処遇を任せようって時まで。
チャンスなら何度も与えてきたはずだ。別に人間の言葉を話せと言っている訳ではない。鳴き声でも、身振りでもいい。何らか気持ちを伝えようとする方法はあるだろ。
それなのに、お前は……!
「俺を裏切っただろ……」
聞こえてないはずないよな。俺のこと、ずっと見てるだろ。罪悪感に目を逸らすでもなく、呆れて空を仰ぐでもなく、俺を見ている。
だったら文句の一つくらいあるだろ……!
「言いたいことがあるなら言えよッ!!」
腕を掴んで無理やり立たせ、その目を至近距離から睨み付ける。
赤い目の中心に座す黒い瞳孔は、1ミリの微動すらしなかった。不気味な目だ。
俺のことなんか視界にも入ってないってか? それとも、本当に感情とかいうものを忘れてしまったのか?
エルレイド。俺はお前が怖くて仕方ない。教えてくれ。本当は何を考えているんだ?
それが俺に対する嫌悪でも憎悪でも、あるいは無関心でも何でもいい。
「…………」
ポケモン相手に何やってるんだ、俺は……。
「悪かった……もういいよ」
腕を離すと、エルレイドは全く同じ位置に、全く同じ体勢で跪いた。いつからか、俺の前ではこうするようになった。止めろと言っているのに、聞く耳を持たない。
こんなところで油を売っていてどうするのか。やるべきことが山ほどあるだろ。グリーンさんに会わなければならないし、あの人の目を覚まさせる強さもいる。そして、アコニのことも放り出す訳にはいかない。
何も言わない手持ちを相手に癇癪を起こしている場合じゃないんだ。
「帰るぞ」
振り向かずとも、こいつは付いてくる。そういう確信があった。
それなのに、足音が続いてこない。妙だ。いくらこいつでも、俺に付いて来なかったことは一度もないのに――――
「そのエルレイド、あなたのポケモン?」
エルレイドは、ベリーダンスの衣装のような、へそが隠れていないロングスカートの女性に捕まっていた。
カケラも装飾の気のない黒い上衣とは対照的に、そのロングスカートには切れ込みが入っており、切れ込みを繋ぎ合わせるかのように隙間を金属で編まれていた。
「…………誰ですか?」
女性は鼻に付く動作で麦わら帽子を押さえながら、含みっぽい笑顔を浮かべた。つまり、名乗る気はないってことか。
「エルレイド、戻れ」
女性に腕を絡められたエルレイドを、ボールに戻すことで連れ戻す。支えを失った女性は一瞬だけよろけ、唇を尖らせた。
「あら、つれないわね」
どこかで見覚えのあるような女性だった。カントーでの知り合いではない。はずだ。あるいは何かの大会で対戦した経験があるのだろうか。
どれもピンとこなかった。俺が一方的に知っている、けど、多分知っていると言えるほどには知らない……こんな悲惨な表現に頼るのは心情に堪えるが、そうとしか言えなかった。
「何の用ですか?」
「あなたのエルレイドが気になったのよ」
「……別に珍しくないですよね」
ハドリアにもラルトスはいる。進化に必要な石は確かに高価だが、常人には全く手の届かないシロモノという訳ではない。
「エルレイドが、じゃないわ。あなたのエルレイドが、よ」
高いヒールの分を除いても、彼女は俺よりも身長が高かった。180はありそうだ。モデル業でもやっているのだろうか、という出立ちだった。
「強いわね。そのエルレイド」
「どうでしょう」
見ただけで何が分かるんだよ。十年以上の歳月を共にしている俺が、こいつのことを理解できていないのに。
「強いわよ。あなたには不釣り合いなくらい」
「…………」
見透かしてくるかのような目が不愉快だった。まるで何もかもお見通しみたいに、会ったばかりの素性も知れない女が、偉そうに……。
「こいつはラルトスから育てた、俺のポケモンです。知った風な口を聞かないでください」
「気に障ったかしら? ごめんなさいね。悪気はないの」
湖に招かれた風に吹かれ、スカートが女性の足に張り付いていた。
帽子を押さえる身振りは一々艶めかしくて、別にそれ自体に罪がある訳ではないのに、見ているとなぜかイラつく。
「もし、その子に相応しいトレーナーになりたいなら、一週間後に、ここに来なさい」
「は……?」
彼女は訳の分からないことを口走ると、どこに隠し持っていたのか、いつの間にやら取り出したボールを投げた。
「行くわよ、ボーマンダ」
「ちょっと……!」
「話の続きは、また一週間後にね。もちろん来るつもりでしょ?」
老練の落ち着きを見せるボーマンダは、その背に横座りで飛び乗った女性の位置を、器用にも尾で整えると、そのまま飛び立っていった。
「何なんだよ……」
どいつもこいつも、思わせぶりな態度だけ見せて、肝心なことは全部だんまりで……。
ゴクリンまんじゅう
味 :★★★★☆
栄養:★☆☆☆☆
他 :★★☆☆☆
総合評価:★★★☆☆
ホウエン土産の薄皮まんじゅう。よもぎを練っているようで、皮が緑色。中身は普通のつぶあんで、ホウエンのとあるまんじゅう屋の自家製。
ゴクリンという名前が付くのは、単に緑色だから。元は「よもぎまんじゅう」という直球のネーミングだったが、買っていく客がゴクリンまんじゅうという俗称で呼ぶことが多くなってきたので、いっそ正式名称も変えてしまおうと思い至ったそう。
ワルビル評:★★★☆☆
備考
グァ(ふつー)
アコニ評:★★☆☆☆
備考
大した特徴もない普通のまんじゅう。つぶあんなのがよくない。皮が口の中に残るのが不愉快。よもぎの香りは悪くないが、ものによって強すぎるものがある。
緑茶には合う。かなり甘いため。しかし私自身が紅茶党ということもあり、おそらく二度目の購入はない。