俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど 作:イリノイ州の陰キャ
以後前書きは用語解説、後書きはライムのご飯のレビュー。何もなければライム君のかわいい生活の一幕を記載します。
あの人に負けてからの俺は、最高だった。
いや、変なこと言ってる自覚は勿論ある。負けてるのに最高って何だよ、と思う向きには大いに賛同したい。我が身から出た言葉とはいえ。
しかしそうとしか言えないのだ。外部から全く干渉を受けない直線運動のように、あるいはもっと数理的に表せるインバランスな非閉形式の外径で、俺は強くなっていった。
目前に控えたリーグ戦を蹴った俺は、あの人を、赤い帽子の青年を追ってシロガネ山に挑んだ。完全立ち入り禁止のあの山に顔パスで入れるあの人と違って、俺は単なるちょっとバトルに心得のある素人のガキだったので、監視員の目を盗むのには苦労した。
そこで初めて知ったことは、俺が今まで経験してきた〝バトル〟なんてものは、所詮ルールに基いた競技であって、何なら遊びの延長と言い換えてもいい。その程度のものであったらしいということだ。
学生寮の部屋に案内された俺は、早速荷物を解いて服を取り出すと、とりあえず備え付けのベッドに放り投げた。
「カントー帰りてぇ……」
強化生の中にも、既に派閥のようなものができあがっていた。大体は同じ地方からやってきた者同士で固まっているか、SNSを通じて事前に知り合っていたような奴らばかりだ。
特にカントーから来た、という俺や、他の二人に向く視線は、若干険しいものがあった。本部があるってだけで、別にトレーナー全体のレベルはガラルに一歩譲りそうなもんだけど、背後のセキエイは相当に重いらしい。特に、前年のチャンピオンリーグで辛酸を舐めたホウエンやカロスの出身者は、ギラギラと闘争心を持て余していた。
「ライム〜、どうしよ〜。君のトレーナー早速ぼっちだぞ〜」
「ピ?」
ライムの腹に顔を埋めて現実逃避を図ることにする。あんまりこう、バチバチ争うのって得意じゃないんだよな。俺には俺のペースがあるんだわ。だからライムも俺のとこに来てくれたのかな。ぜんぜんバチバチしてないしこいつ。というか、しようにも電気作れないし。
とか何とか考えていると、スマホロトムに頭を叩かれる。乱暴すぎる通知に反応してチャットを開くと、強化生は全員強制参加のチャットグループに連絡があった。
《バトルのお誘い》
「…………」
やりたい奴ら同士で好きにやってくれ。俺は無理だ。あの時理事長が「長旅でお疲れでしょうから」って言い出してくれたのは、実は俺にとっては救いの神だった。何せ胸が痛くて仕方がない。今日一日は、激しい運動は控えたい。
「ピカ……」
心配するな。休んでれば治るよ。
強化生は入学式免除。好待遇だね。そのせいで余計に普通の生徒の視線が痛い。強化生は全員顔が知れ渡っているようで、食堂でゆっくり昼飯を食おうにも、悪意のこもってそうな視線がそこかしこから刺さってきた。
味がしねぇ。めちゃくちゃ汁の色が濃いカツ丼食ってるのに。これ作ったの誰だよ。醤油入れすぎだろ。雑にカントーの飯も知ってますよ感出さなくていいから。
「隣、いいかな」
そんな針の筵の俺の隣に座りたがる変人が一人。目鼻立ちがくっきりとした、銀髪の少年だった。
「いい、けど……やめといた方がいいぞ。どうやら俺、嫌われ者らしいから」
「ははは。悪く思わないでくれ。君達からしたら眼中にもないのかもしれないけど、僕らも一応目指してるんだ。ポケモンマスターってヤツをさ」
銀髪の少年は、肉の入っていないホワイトシチューと、硬そうなパンを盆に乗せていた。見た目からして食が細そうだ。
「僕はレブン。君と同じく一年生だ」
「シラン。よろしく」
思わず握手に応じてしまったが、一瞬の身じろぎを不自然に思われなかっただろうか。足下ではライムが一心不乱にポケモン用に作られた減塩シチューを食べていた。
「ピカチュウか。本物は初めて見るよ」
「ハドリアにはいないのか?」
「うん。とはいえ、雑誌や広告で何度も見てるけどね」
膝の上に飛んできたライムを、レブンが微笑ましいものを見る目で眺めていた。
「明日から授業が始まるけど、君はどの授業を受けるの?」
「一通りの教養単位と、微積1A、ベクトル空間論、線形代数A……そんくらい?」
本当なら解析学とかいうのも取りたかったんだけど、去年から担当している先生がめちゃくちゃ厳しいらしいからやめといた。テストで落とされる未来しか見えない。
携帯獣学の下位分野は、大体が二年次以降に取得できる単位だった。まぁカントーと教育制度が大分違い、俗っぽい言い方をすればかなり〝カスタム性〟があるとはいえ、大学という訳でもないし、そこまで込み入った科目はないだろうけど。
「意外だね、バトル学概論とバトル演習は取らなかったの?」
レブンは心底疑問そうに尋ねてきた。俺としては、正直何でそんな質問をしてくるのかも分からない。
「ん? あぁ。必要ないからな」
あ。
やべ。言葉のチョイスミスった。
精々5割くらいだった食堂内の冷たい視線が、9割に増えた。流石に俺が完全に悪い。
「あ、いや、悪い。あー、つまり……」
「いや、いいよ。そのくらいはっきり言ってくれる方が嬉しい」
レブンの表情に変わりはなかった。己の迂闊さを恨みたい。彼の気分を害していたら、俺のアカデミーライフはここで終了していたことだろう。
「やっぱりレベルが低い? 学校で習うようなバトル学ってのはさ」
「教育の質を疑ってる訳じゃない。ただ、バトル学って、貸し出されるポケモンの力を借りるから、肌に合わなくて……」
嘘だ。バトル学で習うようなことは、実戦の中で嫌気が刺すほど実感するし、大体のトレーナーは自分でメモを作る。今更彼等に混じってバトル学を学んでも、単なる復習に過ぎない。それも、死ぬほど反復してとっくに頭に叩き込んだことを。
どっかの偉い人に曰く、学びは新しいものへの挑戦であるとか云々。基礎の基礎を反復するならともかく、演習を交えたバトル学は、受けるだけ時間の無駄だ。
「へぇ……そういうものか」
折しもレブンの目端に、水たまりに薄氷が張ったような妖しい光が横切った。
「見てみたいな。君のバトル。強化生に選ばれた人間がどんな戦いをするのか……みんな興味あるんじゃないか?」
「どうかな……機会があれば」
このレブンの思惑がどこにあるのかは定かではないが、周囲で聞き耳を立てている連中の考えはよく分かる。
俺の実力を試そうとしている。そしてあわよくば、俺の戦術の弱点を見つけ、強化生を打ち負かしたいのだ。そうすれば、強化生に勝ったトレーナーという箔を得られるし、もっとうまくいけば、俺を強化生から引きずり降ろすことができるかもしれない。
とかだろ、多分。
「いい考えですわね。私も気になりますわ。あなたがどんなポケモンを使うのか」
会話に横から入ってきたのは、ホウエンの強化生である少女だった。
「あんたは……」
「ユリオと申します。同じ強化生同士、どうぞお見知りおきを」
お見知りおき、なんて目じゃないけどね。爛々と輝く黒目の奥には、強烈な向上心が見え隠れしている。上空から獲物を探る野禽の目。
正直なところ、強化生は一見で見分けが付く。何を踏み台にしても勝利を狙う、カントーでごまんと見た、俺と同じジム巡りのトレーナー達、彼等と同じ目をしていた。
「昨日、強化生同士で親睦を深め合う目的で、ポケモンバトルをしたのはご存知でしょう? 参加しなかったのはあなただけですわ」
「悪いね。調子が悪くて」
何が「親睦を深め合う目的」だよ。互いの腹を探り合う目的の間違いだろ。なんて言わないけど。調子が悪かったのは事実だ。十何年も付き合ってきた己の虚弱体質に、この期に及んで恨みも何もないが、もう少し丈夫であったらな、などと思わないこともない。
スカして不参加だったんじゃない。俺だって、同じ強化生の力量を試しておきたかった思いはある。
「よろしければ、今からわたしと一戦交えていただけないでしょうか。先日の親睦会の続き、ということで」
「…………」
嫌な空気だ。全ての視線が俺達に集まっていた。強化生同士のバトル。それも、授業が本格的に始まる前の、まだお互いについての情報が少ないこの時期。断れば尻尾を巻いて逃げた臆病者の烙印が付き纏い、申し出を受ければこの場の全員に手の内を見せることになる。
だが、好都合だ。この少女とのバトルは、この学校で自分がどれだけ通用するかの試金石となろう。それから、ライムの方も。
「まさか断るはずは、ありませんよね?」
安い挑発だが、否を言わせない迫力があった。何としても強化生全員と一回はポケモンを戦わせたいらしい。
「僕も興味あるな。シラン。受けるんだろ?」
レブンの目にも、このユリオとかいう女には敵わないまでも、それなりにファナティックなバトルへの執着心が垣間見えた。総合教育機関とか何だとか言いつつ、やっぱりこの学校もバトルに精神を病んだ異常者の吹き溜まりということか。
……とはいえ、少し手の内を見られたくらいで、こいつ等の誰にも負ける気はしない。
「そうだな……丁度ライムに〝初バトル〟を体験させてやりたかったところだ」
初、というところで、ユリオのこめかみが僅かに縮まった。
実習棟二階の屋外コートは、すでにユリオが予約済みであった。最初から俺とバトルをするつもりだったようだ。
コートを囲む金網の外には、百人に届きそうな数の観客がいた。大半は生徒だが、中には教師も混じっている。物珍しそうな表情で事態の成り行きを見守っていた。外野にとってはいい娯楽だろうが、こっちは気が気じゃない。
「バトルの申し込みを受けていただき、ありがとうございます。お互いに実りある試合となるように、全力を尽くす所存ですわ」
「どーも」
彼女のように何か、格好のつく能書きを思いつけばよかったが、バトル一辺倒の俺には、即座に気の利いたセリフを思いつくような言語感覚の瞬発力はなかった。
「出番ですわよ、メタング!」
ユリオが出してきたのはメタング。おそらくはトレーナー自身の手で、裏まで丁寧に磨かれたメタングだった。
「審判は僕がやるよ。二人ともそれでいいよね?」
レブンがそう申し出た。今更、他のやつに頼むのも違う。というか、俺やこのユリオさんの呼びかけに答えてくれる生徒が果たしているものか。
お互い知り合ったばかりの仲だ。どちらかに判定を肩入れすることもないだろう。
「メタングのお相手は、そのピカチュウでよろしいのですわよね?」
「あぁ。ライム、ほら、挨拶して」
「ピカ!」
「まぁ、可愛らしいご挨拶。ライムさんと言うのですね。よろしくお願いしますわ」
俺が出すのはもちろんライムだ。こうした一定のルールの基に戦わせるのは初めてだが、遊んできた訳じゃない。
「二人とも準備はいいね?」
もう、どちらからもレブンへの返事はなかった。ここまでくれば、後は戦うだけだ。
「はじめ!」
「〝バレットパンチ〟!」
レブンのかけ声の瞬間に、ユリオの指示が飛ぶ。ライムは咄嗟に反応し、直撃を避けたとはいえ、胴体にその鉄爪を掠らせた。
今のはメタングの素早さの低さを補う技だ。技自体の威力には乏しいが、敏捷性で水を開けてくる多くのポケモン達に対抗するには、こうしたジャブがいるのも当然……。
「いいですわよメタング! そのまま押し切りなさい! 〝コメットパンチ〟!」
「ライム! 怯えるな! 引きつけろ!」
メタングの巨躯の影が、完全にライムを覆い隠した。大きさには比較にもならない差があるが、素早さはライムの方がずっと上だ。
引きつけて懐に入り込み、体の近くを狙った無理な体勢のパンチを相手に強要させる。ライムはただ、メタングのその浮いた体の下を潜り抜けるだけでいい。
「メタング! 〝ジャイロボール〟!」
後ろに飛び出てきたライムの姿は、位置的にユリオからよく見えていた。彼女の手持ちのメタングは命令に忠実で、旋回の遅さを開き直って目線を前に固定したまま、見えていない後ろ方向への攻撃を迷いなくおこなった。
それこそが穴だ。確かに指示は早ければ早い方がいい。だが、それだけにこだわるあまり立ち位置を忘れる者が多い。
トレーナーからは見えているものでも、ポケモンからははっきり見えていない。そうなれば技の成功率が格段に低下する。
「今だライム! 〝なげつける〟!」
ライムに持たせた〝もちもの〟がメタングに命中する。威力は微々たるものだが、あくタイプの技はメタングには響くだろう。
「メタング! 旋回しながら前に逃げなさい!」
「ライム追え! 〝どろぼう〟!」
ここでライムのもう一つのあくタイプの技である〝どろぼう〟が、メタングの背面から叩きつけられた。
「メタング!? なぜッ……!?」
メタングがライムの〝どろぼう〟から逃げきれなかったのは、彼等の足の速さのみが原因ではない。
「トドメだ! 〝なげつける〟!」
ライムがメタングから掠め取ったのは〝しんかのきせき〟だった。奪ってしまえばその身に受ける防御力の恩恵は消え失せる。どちらにせよ、これで終わりだ。
メタングは中途半端に体を回していたせいで、その横腹に思いきり〝しんかのきせき〟を叩き返され、衝撃で目を回してしまった。
「そこまで!」
茫然自失としていたユリオは、レブンの静止の声で我を取り戻した。その表情には悔恨の念が浮かぶ。メタングを負かした俺とライムにではなく、メタングを負けさせてしまった自身への怒りで、彼女の頭は破裂しそうだった。
「私のメタングは、生半可な鍛え方をしているつもりはありません」
レブンが感想戦をしようと言い出して、俺達は適当な空き教室に入った。浮かない表情のユリオの手前、あまり大喜びするのも気が悪いが、初バトルで見事勝利を掴んだライムを褒めるくらいは許してほしい。すごいぞ。今日はモモンの実切ってあげるからね。
「確かに素早さで劣るポケモンであるとはいえ、あの程度の旋回に手こずる子ではありません。それなのに、あなたのピカチュウの〝どろぼう〟は、逃げるメタングに1秒とかからず追いついてしまった」
「確かに、気になるね。僕の目から見ても、あの瞬間のメタングはちょっと不自然だったような気がする」
まぁ、ネタバラシというほど巧妙な手でもない。ピカチュウが持っているもちものと言えば、大体はアレだろ。
「最初の〝投げつける〟で、ライムは〝でんきだま〟を投げたんだ」
「でんきだま……!」
ユリオが驚愕に染まった顔で目を見開き、一瞬遅れてレブンも感心した風な表情を見せた。
「そうか。確かに、ピカチュウといえばそれが定番だね」
「麻痺……メタングは、体の痺れで動けなかったということですか」
彼女は即座にボールから出したメタングの動作を肉眼で確かめ、動きに精細がないことを確認した。そして即座に体の痺れに効くきのみを食わせてやる。メタングはまだ元気には欠けるが、目の輝きは失われていなかった。
「なるほどね。ハドリアでピカチュウと戦う機会なんてそうそうないから、失念していたよ」
「…………」
得心がいって満足そうなレブンとは違い、ユリオは尚も浮かない表情だった。負けが相当堪えているのか、あるいは……。
「ホウエンにも、ピカチュウはいます。私は何の言い訳もできません。侮っていた。ライチュウでもない、単なるピカチュウなど、一線級のポケモンではないと……」
ありがちな考えだ。特に、また職業バトル競技者とまでは呼べないセミプロの中では、カタログスペック的な身体能力を半ば信仰に近い形でありがたがる風潮がある。
「改めてお名前を教えていただけませんか? 同じ強化生でも、1分と経たず敗北を喫したのは、あなたともう一人にだけです。私はあなたに勝ちたい」
こうもまっすぐな感情を向けられると、むず痒い気持ちになる。ライバルになってくれるというなら大歓迎だ。バトルは一人ではできないし、あのグリーンさんですら、戦術の構築やバトル論の探究には、何人かの共同研究者を抱えているという。
「ユリオ。あんたのメタング、結構かっこよかったよ」
「ふふ。お褒めに預かり光栄ですわ。いずれ必ず土の味を教えて差し上げますので、首を洗ってお待ちになっていて。シランさん」
物騒なことを言いながら手を差し出す彼女と握手をして、その日の感想会は終わった。多分一番得をしたのは、俺達二人の情報を無償で引き出すことに成功したレブンだろう。ま、こんな上澄みを知られたくらいで、誰かに負けるつもりはないけどね。
ガラル風甘口いろいろキノコカレー
味 :★★★★★
栄養:★★★★☆
他 :★☆☆☆☆
総合評価:★★★★☆
遠い海の先、ガラル地方では、ポケモンと一緒にカレーを食べる風習があると聞き及び、早速ネットで拾ったレシピを基に調理。
各種甘口のきのみとスーパーで購入したキノコパック、それから適当なうま味調味料で味付けし、ポケモンも食べられるというカレールーを投入して煮詰めたもの。
ライム評:★★★★★
備考
ピ! ピカ!(好き! 美味しい!)
シラン評:★★★☆☆
備考
俺が自分で作ってんだから不味くなる方がおかしい。栄養価も申し分ない。また、ポケモンと同じものを食べるということ自体を評価したい。羨ましそうな目でライムにくれくれ攻撃をされることもないし。
問題は手間がかかること。量もそれなりのものを作ることになるし、週一でも面倒。旅先では当然作れない。今度は他の具材で試してもいいかな、と言ったところ。