俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど 作:イリノイ州の陰キャ
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「何をごちゃごちゃ悩んでたんだろうな……」
男の精神薄弱ほど見苦しいものもない。色々なことが重なって弱気になっていたが、俺らしくなかったな。
エルレイドは沈黙を守っていた。あれだけの激戦を終えた後だというのに、息も乱していない。
「エルレイド……」
何と言うべきだろうか? お疲れ、とか、ありがとうとか? あるいは今まですまなかった、とでも言えば、感動的だろうか。
「…………戻れ」
何か感慨に浸り、しおらしいセリフの一つでも吐いてみせればよかったか。生憎俺の貧しい発想で、エルレイドに何か適当な言葉をかけてやれる気はしなかった。
それに、もう言わなくても伝わる。お互いに。
ボールの温い感触を確かめるようにして、二、三度手の中で転がしてから、ポケットに戻した。みんなを休ませてやらないと。それから、帰ったら謝らないと。ナヨナヨキモいこと言ってごめん、って。
「驚いたわ……ヘリクスが負けるなんて」
何の音もなく、森の中からピネアが現れた。
「ぴ、ピネアさん……!?」
びっくりした。思わずうしろに転びそうになった。初めて会った時といい、気配を消すのが上手な人だ。上手すぎないか。
彼女は驚いて肩を震わせた俺のほうには視線もよこさず、崩れたまま立ち上がらないヘリクスを見下ろしていた。
「しかも、惨敗って様子だけど。あなた、さっき私にこう言わなかった? 〝外来の虫ケラに構っている暇があるなら、早く拙を四天王として認めろ〟だったかしら」
「…………」
ヘリクスは両手を突いたまま俯き、顔を伏せていた。
「残念だわ。最終決定まで、まだ半年以上あるけど、あなたの脱落は決まったようなものね」
ピネアの目は残酷だった。敗者に用はないという訳か。あそこまで露骨ではないが、バトルの世界ならどこでも、その気風は必ず存在する。
何より、勝った俺が何を言っても、ヘリクスに対する侮辱だ。勝負という土台に立った時点で、情けは最低の罵倒語と意味を同じくする。
「あなたが〝学生如き〟に手こずって、挙句負けている間に、私の仕事は終わったわ。もう用はないから、帰って」
一応ヘリクスも呼び付けられた身であろうに、そのあまりに痛烈な物言いに、俺は胸中で同情を禁じ得なかった。
口が裂けても「かわいそう」などとは実際に言葉にはしないけど、それでも気持ちよくない光景だ。
「それにしても、あなたのほうは期待以上ね。彼が気にかける理由も分かるわ」
途端に表情が明るくなったピネアの視界からは、既にヘリクスは完全にいなくなっていた。彼女にとって敗者は無価値を通り過ぎて、もはや存在しないものとさえ考えているのだろうか。
「それで、結局何でここに俺を?」
力なく立ち上がり、森の中へと消えて行ったヘリクスを見送りながら、俺は充分に距離を取ってピネアに質問した。
なぜか、彼女には心を開けない。そうしてはいけない気がしている。あるいはチャンピオンという肩書きに対して、俺は余分に畏れを抱いているのか?
「彼に言われて呼び出したの。あなたに〝ルオータ〟を見せてやれ、って。結局それは正解だったみたいね」
「彼って、グリーンさん……?」
ピネアは俺を見ているようで、その実、俺の背後ばかりを気にしていた。この矮躯の影に誰の姿を見出したのかは知らないが、いい気分はしない。
その涼しげな表情が不気味だった。気安く人を食ってしまいそうな、人間らしい熱を感じない雰囲気は、人間よりもむしろ野生のポケモンに近いモノだった。
「彼とね、バトルしてたの」
「バトル……? まさか」
「そ。私と。ちょっとした約束があってね。彼がハドリアに来たのもそのためよ」
約束……? 聞いていた話と違うぞ。あの人はジムの分化計画がどうこうって言っていた。しかも、引退を示唆するようなことまで言っていた。
「聞いてないですよ! だってあの人、もう身を固める歳とか言って……!」
「身を固める? ふっ、ふふふっ……」
「な、何で笑うんですか」
突然笑い出したピネアの麦わら帽子が小刻みに揺れた。喉の奥に含むような声音には明らかに小馬鹿にしている雰囲気がある。気に入らない。
「彼に限ってそんな訳ないでしょ。あなたそれ真に受けたの? 通りで彼にかわいがられる訳ね。素直な子」
「なッ…………!」
ふっ……! ふざけんなよ! 何だそれ!? どんな理由で俺にそんな意味不明な嘘をついたって言うんだ!?
本気で分からない。正直カントーにいた頃からグリーンさんには振り回され気味だったけど、だとしてもこれはないだろ。
「どこにいるんですか!? 会って直接文句言ってきます!」
というか、そのグリーンさんはどうしたのだろうか。ここにいることは間違いない。この俺があのピジョットを見間違える訳はない。決して。
こう言うと非常に傲慢な響きに聞こえるかもしれないが、それだけ研究してきたという自負がある。同時にそれだけ敗北したことをも意味するが。
「彼、帰っちゃったから。教えてあげようと思って」
「え゛」
あんだけ意味深なこと言って、人に気を揉ませまくった挙句、帰った?
「私とのバトルが終わったあと、すぐにね。酷いと思わない? ちょっとした世間話もなしよ? 用が済んだらすぐいなくなっちゃうんだから」
酷いと思うかどうかについては大いに賛同するところだ。酷いよあの人。
「と、というか、何で黙ってたんですか!? バトルするってこと、ピネアさんもあの人も、そもそも何の目的で……!」
「ごめんなさいね。目的は教えられないの。その代わり、黙ってた理由は教えてあげる」
彼女は口許で人差し指を立てて、わざとらしく笑った。
「彼に口止めされてたの」
「く、口止め……?」
何の理由があって、わざわざ秘密にしたのだろう。別にいいじゃないか。教えてくれたって。
「私も疑問に思ってね。何で? って聞いたら、〝ホントのこと言ったらぜってー首突っ込んでくる、めんどくせぇ〟だったかしら」
め、めんどくせぇ……?
めんどくせーつったか今?
「な、何すかそれ!?」
言うに事欠いてめんどくさいとはどういう了見か。俺がどんな気持ちで……!
「そうそう、彼からお許しが出たの」
「お、お許しって……?」
「あなたを将来的にハドリアのリーグにスカウトしようと思って。そしたら彼ね、〝小うるせぇー奴が減って助かる。さっさと引き取れ〟だって」
「はあぁぁッ!?」
なんッ……何だそれ!? 誰が小うるさいって言うんだ。というか俺のことそんな風に思っていたのかあの人。
決めた、今もう完全に決めた。ハドリアに惹かれる気持ちもあったが、この留学が終わったら絶対カントーに帰る。帰ってあのニヤけ面をバトルで負かして、その鼻を明かしてやる……!
「シロミ! 帰るぞ!」
バトルに出さなかったのは正解だった。疲れた体を足代わりにするのは悪いし、何よりスピードが出せない。スピードが。
「あの男、ぜってぇ吠え面かかせてやるッ……!!」
さっさと帰って体を休めたら、明日から猛特訓だぞ。
何ちょっと引き気味なんだよ。シロミ。お前だって普段はめちゃくちゃ凶暴な顔して、視界に入る奴らを誰かれ構わず威嚇してるだろ。
いいからさっさと帰るぞ! 結局どういう理由で呼び出されたのか、全く分からなかった。不毛な一日を過ごしてしまった。
「何なんだよどいつもこいつも……!」
湖の方面に歩き出した俺の背中に、いつまでもピネアの視線が張り付いているのが鬱陶しかった。あの人も用事が終わったならさっさと帰ればいいのに。
「彼も素直じゃないのね。あの子に発破をかけるにしても、もっと上手な言い訳があったでしょうに……」
あれからキーストーンを持って、何度かメガシンカの再現を試みたが、そのために数日が無足に終わった。
「何だったんだろ、あれ……」
あの日のエルレイドは、自分で言うのもどうかと思うが、強すぎた。一匹で三枚抜きを果たしていることもそうだし、相手がヘリクスというのもそう。
正直、今の時点で彼ともう一度バトルをしたとして、勝てるビジョンは見えない。最後に全部持っていったエルレイド以外は、あのメガヤンマとシュバルゴにほとんど手も足も出ないような状況だったし。
だからメガシンカに頼る、という訳ではないが、使えるようになっていたほうが絶対にいいというのは、そう思わないか。
「何だったんだろーな?」
エルレイドは立ったまま首を傾げた。ベンチは空いているのだから座ればいいのに、俺の死角を補完するように立つクセがいつまで経っても抜けない。
「またこんなところで油売ってる」
噴水のほうから近付いてくる姿を一々確認するまでもなかった。
「いいだろ。今日は公欠だし」
「公欠だからダメなんでしょ」
今日は午前中から事前エントリーしていた一般大会に出ていた。結果は優勝。
そろそろハドリアのアマチュア大会の出場条件にひっかかりそうだ。バッジ規定のものが多かったので、これ幸いと修行目的で荒らしまわっていたが、最近はバッジの数が条件を下回っていても、エントリーを断られる。
……正直、消化不良気味だ。対戦相手のことを悪く言うつもりはないが、ヘリクスとの一進一退の攻防を経験してしまったあとには、何か満足いかない気分が常に俺の中を占めていた。
やはり早々にバッジを集め、もっと賞金も規模も大きな大会へと進むべきか。
「また勝ったんだ」
アコニはベンチに放り出していた優勝メダルを指差した。小さいながら合金製のために重い手触りのメダル。トロフィーの類は全て、飾っておくのも嫌らしい気がして、箱の中にしまっている。
しかし、彼女には見せびらかしたい気分だった。だからここに座って彼女を待っていたというのもある。
「最近、研究会でも負けなしよね」
サワギ先輩やミヤコ相手にしばしば付けられていた黒星は、あの島から戻ってきてからは一つもない。
強くなった、というよりは、昔に戻ったというべきだろう。あの頃の感覚を思い出しつつある。たとえ手持ちの中で、それを知るポケモンがエルレイドだけだとしても、培ってきたトレーナーとしての経験に関連はない。
「なんかムカつく」
「何でだよ」
「何でも」
彼女はベンチに置いていたメダルを勝手に奪い取って、懐に入れてしまった。
「おい」
「要らないんでしょ? 貰っておいてあげるわ」
要らないなんて言ってないだろ、と、反論しようとしたが、彼女の意地悪な笑顔を見ていると、その気も失せた。いいさ。好きに持っていけ。
「エルレイドも、最近元気そう」
「そーか?」
相変わらず表情の違いは、俺には一切分からない。心が通じたのはあの時ばかりのようで、帰ってきたらまた何を考えているんだか分からなくなっていた。
それでも、エルレイドを恐ろしいとは思わない。俺の独り相撲だったことはよく心得ている。
「それより、どうだった?」
「どうだったって、何が」
「貸してあげたでしょ。小説」
俺はそこで、彼女に返すべく、今日は鞄にあの本を入れてきたことを思い出した。
「面白かった?」
「あー……」
期待混じりの目で見てくる彼女に、これからいわなければならないことを考えると心苦しかった。
正直言ってつまらなかった。恋愛劇など女の見るもの……なんて、この時勢に著しく時代錯誤なことを言う訳じゃない。
普段から彼女にデリカシーを指摘されがちな俺だが、流石にその辺りの両分は弁えている。というのはつまり……。
「俺には合わなかったな」
「…………そう」
おそるおそる彼女の顔を覗いてみた。思ったより落胆の色はない。むしろ、得心がいったような表情をしていた。
「やっぱり。そうだと思った」
意外な反応だった。てっきり「教養がないのね」とか「あなたには理解できないだけ」とか言われるものと思ったから。
あるいは落胆のあまり罵倒の言葉も出てこなくてなってしまったのか? と、気がかりになって彼女の顔を見上げると、
「だってシラン、あんまり繊細な感情を読むのとか、得意じゃなさそうだから」
とか何とか。そんなに屈託のない笑顔で、よくも人のことを貶せるものだ。
思わずエルレイドのほうを見てしまった。俺と目が合うと、少し首を傾げてみせた。これってどう考えても俺とお前のことだろ。
「ねぇ、時間あるなら来てよ。バトルの練習するから」
「今からか?」
「あなたもバトルしたいでしょ? だって、全然物足りないって顔してるわ」
もしかして彼女は、本当に全部お見通しなんじゃないか。だとすると恐ろしいな。いつか彼女が今よりずっと強くなったあかつきには、バトルでも敵わなくなりそうだ。
※二部更新時期について
不明です。おそらく五月中には始められるものと思われます。遅くても六月にはならない程度を予定しています。それまで気長にお待ちいただければ幸甚です。