俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど 作:イリノイ州の陰キャ
拙作を読んでいただきありがとうございます。誤字報告、感想、評価、お気に入りなども大変励みになっています。
※活動報告のキャラクターリストに追記があります。リスト自体に追加はありませんので、関心のある方のみご確認ください。
「は、初めまして……数日間お世話になります」
既に校門近くには、ドライバーさんが乗り付けていた車が駐車してあった。
うわ、ホントに写真で見せられた高級車だよ……万が一乗り込む時にリュックの金具とかが当たって傷が付いたら、シャレじゃ済まないな。俺の少ない貯金は消滅するとして、その上ヤバげな事業の地下労働とかさせられるんじゃないか。
「お嬢様よりお話はうかがっております。ご学友のシラン様」
「そ、そうです。どーも……」
スーツ姿の大人の男に見下ろされると、何だか威圧感がある。声色はホスピタリティ溢れる柔らかさだが、何というか、なぜだろう。生きた心地がしない。
ドライバーは俺の風貌を上から下まで見下ろした後、俺のスケーターキャップのツバを指で弾くと、深いため息を吐いた。
「この風采の上がらない男が、お嬢様のお話に頻繁に出てくるあの……」
「ちょ、ちょっと! 変なこと言わないでよ! ちょっと話の中に出てくらい、別に普通でしょ! 強化生と練習生なんだから……!」
人を真正面から見て「男」とかいう乱暴な呼び方はどうなの。俺は構わないが、他の人にも同じようにしてないだろうな。
「お嬢様はコンソリド代表の、たった一人の大切なご息女であります」
「は、はぁ……」
「万が一にも〝間違い〟など起こさないよう、くれぐれも、お気を付けください」
「はっ、はい……気をつけます……」
すんごい顔が近い。俺が動いたら唇が接触しそうな距離感で、ドライバーの使用人が釘を刺してきた。あまりにも近過ぎて「そんなことするか!」とかツッコミを入れる勇気も出てこない。
その目は俺とアコニの間によくない関係を疑っている眼差しだ。俺をどんなマセガキだと思ってるんだよ。知り合って半年も経ってないのに、だとしたら手が早すぎるだろ。
「ちょっと、変なこと言わないでよ。それより早く出発しなさい」
「失礼いたしました。お二人とも、お荷物をこちらへ」
既に先行き不安だ。とはいえ俺の身なりや言動が適当なことも事実なので、言い返すに言い返せない。ここはせめて、バトルの場で見返すことにしようか。
グラスタウンまで4時間。パーキングを挟みつつ、半ばの辺りまで道のりが進んでいた。
「じゃあ、トクサネの宇宙センターは休業中なの?」
窓の外を眺めながら、俺達は毒にも薬にもならないような話をぽつぽつと続けていた。
ハドリアも沿岸部に続く方面以外は、どこも人里に沿って道路が続いている。地方都市の面白みに欠けた田舎道を想像してもらえれば、それに近い景色だ。
「えーと、名前何だっけな……あのーあれ。あれだよ。なんか磁力線を使って荷電粒子を何かするナントカ器の……まぁいいや思い出せないから」
「…………で、それが何?」
「それを動かす電力が賄えてないとかで、敷地内にずらっと太陽光モジュールを並べる工事してるんだと」
今は一部展示スペースのみが開放されており、ロケットの原寸大展示などは観覧できないようだ。
所用でグリーンさんのホウエン行脚に同行した時に、内部を見学したことがある。
「ピカ!」
膝の上で丸くなっていたライムが、突然立ち上がって胸に頭突きをしてきた。
甘えているというよりは、不貞腐れている。どうしたんだ急に。立つと危ないぞ。
「ごめんねライム。シランのお話つまらなかったよね」
「おい、君が聞いてきた話だろ」
アコニはライムを横から抱え上げ、自身の膝の上でその毛並みを撫でて揃え始めた。ライムも気持ちよさそうだ。
「あっ……」
しまった。スマホをリュックに入れたままだ。リュックは出発する前にトランクに積んでいる。今は走行中なので取り出せない。
あとで怒ったロトムにぶっ叩かれるのはもはや覚悟の上として、この愛らしい光景を写真に収めておきたかった。
「そういえばパルデアに、この子と同じ名前のジムリーダーがいるって聞いたことがあるわ。ゴーストタイプの使い手らしいけど、あなた、もしかして意識してるの?」
高齢ながらラッパーと兼業でジムリーダーをしているとかいうパワフルな女性だ。バトルの実力も折り紙付きで、カントー出身の俺ですら名前と顔くらいは知っている。
どっかの局の俗っぽいバラエティ番組で、パルデアで最も偉大な有名人ランキング、みたいな企画にノミネートしていたような。若者票が多かった。
「あー、それ、俺もあとから気付いてさ……でもあっちの〝ライム〟は踏韻の意味だろ? こっちは惣菜のから揚げにくっついてたライムのくし切りが由来だからな……」
「著しく知性に欠けたネーミングセンスね」
あるいはカボスやレモンが添えられていれば、そちらになっていたかもしれない……いや、やっぱりしっくりこないか。名前はライムがいい。
「ピィ、ピカ」
「ふふっ……ライムはいい子だよ」
ハドリアに来てから、毒気のない時間を過ごす機会が増えた。自然の中でエルレイドと心を通わせようとした時といい、俺はもしやこの地方に癒されにでも来ているのか?
窓枠に肘を置いて頬杖をつきながら、二人の様子を見ているだけで、4時間なんてあっという間に終わってしまいそうだな。
「…………」
快適な旅だ。体力のゲージに鉄球付きの鎖を巻かれている身上としては、この快適さは願ってもない。
バッジを集めながらいくつもの悪意と殺気の中でせめぎ合っていた昔の俺に、今の俺を見せようものなら、怒り狂って殴り殺されそうな落差だ。
グラスタウンは、そこに立ち並ぶ建物の外観こそ前時代的だが、区画を示す石畳が割れなく敷き詰められており、開かれた観光客向けの店の戸から覗く内観は小綺麗なものだった。
車両侵入禁止のデカい大通りで、見渡しのいいラウンドアバウトが中心を占めているのがなぜかは疑問だが、見た目は悪くない。
「はぁっ、はぁ……着いたな…………」
軽快な足取りのアコニの不審げな眼差しを躱しつつ、上り坂の終点にあるジムに辿り着いた。
グラスジムは町の中でも少し高い場所にあって、その入り口から町の全貌を見渡せる。俺には嬉しくない立地だ。
「ちょっと、坂道とはいえ、10分も歩いてないでしょ」
「せー、かつ、習慣かな……」
なんて言ってみるが、彼女が疑わしげに睨むのをやめなかった。血色を失った顔を見られたくなかった俺は、日焼けのキャップを深く被って、首を逸らした。
一人で歩くなら話は別だけど、彼女のキビキビとしたペースに合わせるのは大変だった。というか、大抵の奴は俺より歩くのが早い。
「それより早く、挨拶しよう。中、で待ってるだろ……」
俺のせいで、予定していた時間より5分ほど到着が遅れてしまっている。
挑戦をお願いする身で、これ以上ジムリーダーを待たせる訳にはいかない。俺だけならまだしも、アコニへの心証にも関わる。
「いいから、ちゃんと息整えてからにしなさいよ。息切らしながら挨拶するなんて失礼よ」
聞き分けの悪い体を持ってしまった。とはいえ、調子が振るわずとも一定のクオリティを発揮できなければ、それはプロとは言えない。
俺もトレーナーの端くれだ。この程度の坂で音を上げているようでは、鍛え方が足りないな……。
「あぁ……ふぅッ。もうヘーキ。悪いな」
壁に手をついて何度か呼吸を繰り返すうちに、バクバクと内側からうるさかった心臓の音も大人しくなり始めた。
「い、いよいよね……」
「緊張するな。俺が話すよ」
「だ、大丈夫……全部のジムに、あなたについて着てもらう訳にはいかないもの」
全く正論だ。彼女の成長の場を奪ってしまうところだった。
「君達がチャレンジャーかい? いやー初々しいねぇ! お姉さん、君達が来るのを楽しみにしてたよー!」
俺達を出迎えたのは、綺麗な金髪を後ろで束ね、短パンの上にチェスターコートを着た女性だった。
暑そうな格好だな、と思われるかもしれないが、かなり空調が効いている。どうやらジム内の両脇に生える植物に適切な温度、湿度を維持しているようだ。
「到着が遅れて申し訳ありません。セリンセさん」
セリンセ、と言えば、その界隈には名前がよく知られている。
グラスタウンのジムリーダーにして、我等がナイロン学園のデザイン及び設計をしたという、一級、木造建築士。
全国空間デザイン賞、ハドリア公共建築賞、ハドリア住宅奨励賞……各賞に名を見る有名建築家であり、シリコン大学理工学部の名誉教授だ。
かくいう俺も、内心で彼女に目見えるこの日を楽しみにしてきた。
「いいよいいよー! 実は私もさっきまで仕事しててさー、だから全然気にしなくていいっていうか、むしろベストタイミング?」
彼女は笑顔で俺達の遅刻を許してくれた。セリンセほどの建築家ともなれば、予定も分刻みで忙しいだろうに、器の大きな人だ。
「み、明日挑戦させていただくアコニです。よ、よろしくお願いします!」
若干声が上擦っているが、気後れしている訳ではなく、武者震いといった雰囲気だ。本当にこの日を待ち望んでいたらしい。
「シランです。よろしく」
「アコニさんに、シランくんねー! はいよー! 明日の午前8時だね!」
今日はこれだけだ。忙しい人を長々と拘束するのも心が痛むので、この辺で退散したほうがよさそうだ。
「じゃあ俺達は、また後日――――」
「それにしても……お二人さんいい感じだねー! 恋人同士かい?」
なんか雑なイジり方をしてきたぞ。一昔前のセクハラ上司みたいなことを言っている。
どうしたものか。違います、ときっぱり言うのもアコニに対して失礼な気もするし……。
「そ、そんなんじゃッ……!」
とか何とか葛藤していた俺の横で、アコニは顔を真っ赤にして抗議の声を上げた。きっぱりとだ。
違うのは事実だけどさ、そんなに激しく否定しなくてもよくないか? 俺って実は結構傷付きやすいんだぞ。
「あれー? そっちのお嬢さんは恥ずかしがり屋だねー。シランくんだったよね! 君はどうなのさ?」
「ははは……そうだったら嬉しいんですけどね」
明るいというより、軽く酒が入っているみたいなテンションだ。
もう忙しい人を拘束するのは心が痛むから退散したい、とかではなく、めんどくさいからさっさと退散したい。勝手に期待していたのはこちらだが、楽しみにしていた気分を返してほしい。
「ありゃ、お姉さん野暮なこと聞いちゃったかなー! ごめんごめん! それじゃ、明日はよろしくね!」
「はい。こちらこそよろしくお願いします」
ジムを出て、外の温い空気に当てられた体が悲鳴を上げる。
もうすっかり夏だな。下に降りれば何か、夏らしいものを見つけられるかもしれない。アイスとか、かき氷とか。
折角だし何か見ていくか……などと逡巡していた俺の顔を、横から覗き込む人影があった。というかそれはアコニのことなのだけど。
「…………なんか慣れてない?」
「慣れ?」
ジム巡り、という意味で言えば、確かに俺は累計10個のバッジを獲得していることになる。
こちらでのバッジ数を計上するのは無意味な見栄にしかならないが、とはいえ俺にそれだけの経験があることは、聞かずとも彼女も心得ているはずだ。
「あんな風なイジられ方された時の返し」
ジムリーダーの軽口のことかよ。思っていたものとは全然違う答えが返ってきた。
「普通だろ」
「違う。もっとこう、こんな頬だけメタラーな女、俺の趣味じゃねー! とか言う奴でしょ、あんた」
「俺のことを何だと思ってるんだよ……」
彼女のこういう、思い込みが強いというべきか、誤解が激しいというべきか……時折俺について掠りもしない変なイメージを出してくるのは一体何なんだ。
「そういうの嫌。鼻につく」
「嫌って……」
言うに事欠いて鼻につくって。ズバズバ言うのは結構だが、単なる暴言は違うだろ。俺に対してだったら何を言ってもいい訳じゃないんだぞ。
「女性の扱いに慣れてますよ感、って言うの? そういうのじゃなくてさ、もっと盛大に照れたりしてよ。そっちのほうがシランっぽい」
「…………」
分からない……エルレイドより分からない。強く否定して彼女のプライドを傷付けまいと思っての躱し方だったのだが、お気に召さなかったようだ。
誰かの気持ちを読むのが下手って、トレーナーとしては致命的じゃないか? ほぼ毎日顔を突き合わせている彼女ですらこれだ。人の気持ちを汲み取ることに関しては、もう才能からしてなさそうだな。
観光客向けの往来を離れ、住宅街近くの大きな公園にやってきた俺達は、駆けずり回って遊ぶ子供やポケモン達を、ベンチに腰かけて眺めていた。
「グラスジムはくさタイプのジムリーダーだったよな」
「ええ……ジムトレーナーも、ジムリーダーも、メェークルを使うらしいわ。逆に言えば、それしか分からない……」
風に揺れる枝葉の形に影が振り回され、ベンチにかかる日陰は伸び縮みを繰り返していた。
この頃は波立つばかりの心境も、他人事の顔をした青空に一分の浮雲すら敷くことはない。個人の心情を世界は斟酌しない。俺達の波乱ありげな胸中に対して、快晴の午後3時はどこまでも際限なく麗らかだ。
「対策は難しいにしても、方針は固めておこう。本番で指示に詰まらないようにね」
「う、うん……!」
記念すべき初挑戦だ。できることなら勝たせてやりたいが……やはり少し日程を遅らせてでも、俺が経験したことのあるトラノヲさんのセルロジムを受けさせるべきだっただろうか。
……いや、彼女が自分で選んだのだ。俺がまだ挑戦していない場所に行きたい、と。
そうでなければ、本当に自分のお守りをさせることになってしまう、そう言っていた。
「ワルビルの使いどころが問題だな……」
アコニのワルビルは、足の速さを諦めて、近付かせない方法で戦うポケモンだ。
主要技の〝じしん〟はくさポケモンには通りが悪い。〝ドラゴンテール〟を使わなければならない射程まで接近されたら、弱点であることを加味して、捌き切れるとは思えない。
「使いどころって、例えばどんな風に?」
どちらかと言えば〝ステルスロック〟や〝ちょうはつ〟でムクバードを支援する動きに回したほうがいいだろう。
「そうだな、俺だったら――――でっ」
顔に何かが当たった。思わずのけ反った時に、首がベンチの背もたれを越して、背中から不穏な音がした。ボキボキ、とか。
「ちょっ……だ、大丈夫……?」
「何だ……ゴム鞠……?」
俺の顔面を経由して芸術的な直角運動を披露した4号のゴムボールは、地面と垂直に飛び上がり、体勢を戻した俺の手の中にすっぽりと収まった。
緑色のゴムボール。子供が公園でサッカーをする時に使うようなヤツだ。強い力がかかると潰れるので、トリックを繰り出すことはできないタイプのアレ。
「子供が蹴り損ねたのかな」
「そうだな。困ってるだろうし、返してやりたいけど……」
持ち主は見当たらない。奥には木と木の間をゴールに見立て、サッカーボールを蹴っている子供達の姿は見えた。
だが彼等の足下には、普通の4号級が行ったり来たりをしている。ちゃんとしたサッカーボールがあるのに、わざわざゴムボールを持ってくるとは思えないし……。
「ウキキキキッ!!」
突然木陰から、手を叩いて笑うナゲツケサルが飛び出してきた。
「このポケモンは、ナゲツケサルね……」
「これが……?」
「ええ。ハドリアでは珍しくないわ」
実物を見るのは初めてだ。四足歩行の動物には珍しく、前足、というか腕から先が発達している。霊長目の特徴だ。
人間とは異なり、他の大半の霊長目は拳を握り込んで四足歩行をするが、こいつも例に漏れず、そういった〝ナックルウォーク〟に特有の曲がった背中をしていた。
「ウキッ! ウキッ! ウキキキッ!」
「見てよシラン。あなたのこと指差して笑ってるわよ」
憎たらしい顔をして、漫画的表現で言えば目を逆さにした三日月のように丸く細めて笑っていた。
きのみを持っていないほうの手で俺を指差して、ご丁寧に傍にきのみを置いて、手を叩いて足をバタつかせた。
「シラン、バカにされてるわね。あのナゲツケサル、すっごく嬉しそうにしてる」
「見れば分かるよ……」
やかましいサルだな。状況からして、俺にゴムボールを投げ付けてきたのはこいつか。悪趣味なサルがいたものだ。
「キキッ! キーッ!!」
ナゲツケサルは思わず目を見張るほどのアクロバットを見せながら、器用にも逆さまに飛び上がって、俺の手の内からゴムボールを盗み取った。
「キキ! キキ!」
そしてすかさずボールを投げてくる。今度は見ているから避けられるし、というか避けられるまでもなかった。
ぽんっ!
ボールから同時にライムとエルレイドが飛び出してくる。能面のように無表情のエルレイドがボールを真っ二つに両断し、それをライムが尻尾で払い飛ばした。
「あっ……お前ら」
「斬っちゃった……」
あー、こりゃ……助けてくれたのは嬉しいが、弁償しないとまずいかな……。
「あ、ああぁーー!!」
こ、今度は何だよ……!?
「あ、あたしのボール!!」
ナゲツケサルがやってきた方向から、二つの人影が近付いてきた。
「真っ二つになっちゃってる……!」
その人影の一方は、無惨にもゴム製の布と化したボール(元)を前に、膝から崩れ落ちた。
「おい! お前、妹のボールに何を!」
うしろから走ってきた、そこの女の子の保護者と思わしき男が、俺の胸ぐらを掴み上げて無理やり立たせた。
ちょ、くる、苦しい……! 元から息が浅いんだ……! そんなにされると……。
「ま、待ってください! 何するんですか!」
真っ先に〝どろぼう〟で攻撃を食らわせようとしたライムを抱っこで封じながら、代わりにアコニが俺の胸ぐらを掴む男を制止した。
「何するはこっちのセリフだ! 人の妹のボールをこんなにしやがって!」
「ぃ……息……」
「それはそのナゲツケサルが……! とにかく離してください! 警察を呼びますよ!」
「呼べばいいだろ! こっちこそ警察に訴えてやる! 器物損壊だ!」
いい加減意識が遠くなってきた俺の呼吸不全を察知したエルレイドが、相手を傷付けないように丁寧に、しかし力強く男の手を掴み、俺の首元から離した。
「ごほっ……ごほ……かっ……」
「シラン!」
手を離され、浮いた足と共に地面に崩れた俺の体を、間髪入れずアコニが支えた。
男はエルレイドの剛腕で無理やり引き剥がされた手首をさすりながら、俺達を憎々しげに睨み下ろしてきた。
「うぇ、うえぇぇん……!」
「見ろ! 妹の大事なボールだったのに……! どうしてくれるんだ! 弁償じゃ済まないぞ!」
男の妹らしき女の子は、ボールを前に大粒の涙を流して泣いている。悪いことをしてしまった。
いや、エルレイドは何も悪くない。俺を守ろうとしてくれたんだから。非があるとすれば鈍臭い俺……つーかそこのナゲツケサルだ。
「だからそれは、そのナゲツケサルが私達にボールを投げてきたから……!」
「ナゲツケサル……!? ナゲ郎がそんなことする訳ないだろ!」
男がナゲツケサルのほうを振り向いた途端に、俺達に見せたあの小憎たらしい笑顔を潜め、まるで自分は被害者ですとでも言いたげなしおらしい表情を浮かべた。
常習犯だなこれは。男のほうに俺達をハメようという意図があったかは分からないが、少なくともこのナゲツケサルは、度を越したイタズラを仕かけ慣れている。
「ほら見ろ! お前達が嘘をついてるんだろ!」
「嘘ですって……!? そんなこと……!」
「うるさい! とにかく出るとこ出てもらうぞ!」
男は聞く耳持たず、女の子は芝生の上で泣き通し、ナゲツケサルは男に見えない角度からこちらに変顔をお披露目されている。
「ごほっ……こほっ……」
明日はアコニの大切なジムチャレンジの初挑戦だって言うのに、面倒くせー奴に絡まれたな……。
キレンゲくんの華麗なる日常(ハドリア編)
「くっ……思わぬ足止めを食らってしまった……! そして航空会社の皆さんにもご迷惑をかけてしまった……! しかし何とかハドリアには到着したぞ!」
※前回までのおおまかな流れ
キレンゲくんは自分を鍛えるために試行錯誤しているものの、色々間違っていて空回りしている最中だぞ!
「これからどうしたものか……そうだ! 学園までのアーマーガアタクシーを、逆に背負って徒歩で向かうというのはどうだろう!?」
「…………」(従うべきトレーナーを間違えた我が身を憐れむヨノワール)
「そうと決まれば早速タクシーを呼ぶぞ! 来たれよアーマーガアッ!!」
四月某日、アーマーガアタクシーに対する迷惑行為を発見したという通報があった。
職務中のアーマーガアを無理やり背負い、長時間拘束するという規約違反により、通報された少年は一年の利用禁止を言い渡された。