俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど   作:イリノイ州の陰キャ

39 / 57

※お詫び!! 一応読んでね!!


 前回の展開中で、攻撃技を受けていないのにオリーヴァの〝こぼれダネ〟が発動しているという大ポカをやらかしていました。(修正済み)
 おそらく疑問に思いながらも閉口していた読者の皆様に深くお詫び申し上げます。ホントにすいません……書いてすぐ見直しをしないからこういうことが起こるんだな。




36、幸不幸のセグメント

 

 勝利を確信していたセリンセの眉が少しだけつり上がった。どうやら、事前の仕込みが功を奏したようだ。

 

「ムクバード……!」

 

 ムクバードは弱点攻撃による大ダメージを食らったものの、気丈にも鳴き声も漏らさずに立ち上がった。

 

「〝ステルスロック〟か……」

 

 ムクバードはかなりの距離、地面を転がされたが、まだ継戦不可能というまでのダメージには到っていなかった。

 事前に撒かれた〝ステルスロック〟の無作為な妨害によって、少しだけメェークルの踏み込みが甘くなっていたようだ。そうでなければ、今の一撃で勝負は決まっていた。

 

「なるほどねー! お姉さん正直、今の攻撃は相当自信あったんだけどなー」

「…………」

 

 アコニに返答する余裕はない様子であった。無理もない。手負いのムクバードで、あと何度同じ戦法が、つまり〝アクロバット〟が使えるか。

 そして何度も使えたところで、ムクバードの動きを一目で見切ったあのメェークルに、攻撃を当てられるものか。

 

「ピ……」

 

 ボールから勝手に出てきたライムが、客席から心配そうにアコニを見下ろした。

 こいつはヤケに彼女を気に入っているので、俺と同じくらいの気持ちで、この試合を応援しているみたいだ。

 

「どうしよう……! これじゃ……」

 

 まだその身に闘志を巡らせるムクバードに反して、アコニは動揺で自らのポケモンの戦闘意欲にも気が付いていなかった。

 これはいけない。トレーナーは実生活でどんなことがあろうと、バトルの際には司令塔として、私情に左右されない指示出しが必要になる。

 俺自身、それを全うできているつもりもないが、あそこまで目に見えて動揺すると、ポケモンにもそれが伝わってしまう。

 

「…………アコニさん。初めてのジム戦にしては、かなりイイ線いってたと思うよ」

 

 後脚で地面を擦るメェークルの目は、ムクバードの翼の動きに合わせて都度上下に揺れていた。

 その目の動きを見ただけで分かってしまった。あのメェークル、動体視力でムクバードに勝っている。食性上狩りをしないポケモンが、狩りをするポケモンを上回っている。

 

「まじ……?」

 

 地域を切り取って見た時、大体の場所で頂点捕食者となるのは鳥ポケモンだ。とりわけムクホークやウォーグルのような、単なる野禽ではない鉤爪が発達した種がそうなりやすい。

 例えば山岳の切り立った崖の半ばでメェークルを見かけるのは、より捕食者から遠い場所に自らを置くためだ。そういう個体をこそ、鳥ポケモン達は獲物とする。

 

 それがこの平地で、あのメェークルのほうが上位者であるのは、セリンセの実力の表れか、あるいはメェークル自身の……。

 

「動けないなら、これで終わりにするよ。メェークルちゃん! 〝ワイルドボルト〟!」

「ダメ! ムクバード! 飛んで!」

 

 そうだ。まだムクバードは飛べる。よろけていようが、上は取れている。地上のポケモン相手に高所が不利にはたらくことなどそうそうない。

 ムクバードは震える翼を引き絞って、羽の間の隙間を埋めると、空気を一気に押し出して飛翔した。

 

「まだ、いける……!」

「ふーん……お姉さん、少し見くびってたかな。ごめんね!」

 

 何とか持ち直した……とはいえ、状況が芳しくないのも事実だ。

 弱点かつメイン火力の〝アクロバット〟をあのように躱された心理的ショックは、アコニにもムクバードにも重くのしかかる。

 

「ムクバード……もう一度……! い、いや……」

 

 トレーナーの迷いが伝わったのか、ムクバードが空中で姿勢制御をし損じた。それでも間合いにまで降りてくる気配のない翼をシビアに見切るメェークルは、安易に飛び付くことなく、無言を貫いている。

 

「これはジム戦だからねー! 真剣勝負の場とは少し違って、指導の場でもある訳さ! だからお姉さんちょっとばかりお節介をはたらくけど――――」

 

 そこで、俺達に見せていたあの溌剌な表情をどこかにしまいこむと、至極真面目腐った表情で、セリンセは眼光鋭くアコニを睨み付けた。

 

「トレーナーは手持ち全員の支柱なんだよ。根本が崩れてちゃ、ツルは自重に耐えかねる」

 

 くさタイプのジムリーダーらしく、セリンセは植物に例えてアコニの動揺を指摘した。

 飛び上がったムクバードが焦りを隠せない表情で振り返っていることに気付いて、アコニは奥歯を噛み締めた。

 

「ピカ……!」

 

 いいんだ。失敗は誰にでもある。俺なんか君よりもっとデカい失敗を何度も繰り返してきた。誰もが歴史に学べる訳じゃない。

 バトルは賢愚を競うのではなく、勝敗を競うものだ。何だろうが最後に勝った奴が一番偉い。その過程に何度醜態を晒そうとも。

 

「分かってます……!」

 

 セリンセの指摘にプライドを揺るがされたか、あるいは己に怒りを覚えているのか、彼女は眉間に険しい縦ジワを作りながら、大声を出すことで自分自身を叱咤した。

 

「それならいいけど! じゃあ行くよメェークルちゃん! 〝タネマシンガン〟!」

 

 やはりひこうタイプ対策に飛び道具を備えていたか。物理攻撃でよかったと思うべきか。

 あえて弱点の多いくさタイプで手持ちを統一しているようなトレーナーは、当然ながらその対策をも念頭に入れている。

 

「ムクバード! 周って!」

 

 ムクバードはさらに高い場所まで飛び上がると、翼をやや斜めに広げながら、位置エネルギーを利用してコートの範囲内ギリギリを大きく旋回した。

 

「おぉー? やるねぇ〜」

 

 タネマシンガンの飛距離はそう高くない。たとえ一方向への単純な運動だとしても、気流を受けてスピードに乗るムクバードを捉え切ることはできない。

 

「そんじゃ、こっちも〝待ち〟かな。メェークルちゃん。〝ビルドアップ〟」

 

 そうだ。あちらにはこれがある。ただ空中を逃げ回っているだけでは、メェークルにさらに攻防を高めさせるチャンスを与えるだけだ。

 とはいえ、策なしに突っ込んでも、(信じられないことに)メェークルに動体視力で劣るムクバードでは、〝アクロバット〟を命中させられるかどうかは賭けとなる。

 

「どうする、アコニ……」

 

 俺は君のムクバードの四つ目の技を知らない。それに賭けられるのか? あるいは、もはや空中でメェークルがさらに強くなるのを、手をこまねいて見ているしかないのか?

 

「…………行くわよ。ムクバード」

 

 彼女は覚悟を決めたかのような表情で、口許まで降りてきていた冷や汗を服の袖で拭った。

 

「来る気だね……!」

 

 ムクバードの胸筋が弛緩して、翼がゆるりと降りたたまれた。

 

「行きなさい!」

 

 ムクバードの体が落ちる。文字通りの落下だ。洗練されたムクホーク達の直滑降とは違う。姿勢制御をかなぐり捨てた、大気圧と重力に押し負けるだけの落下。

 

「墜落……!」

 

 それは、俺が前に失敗例として見たことのある鷹匠達の訓練風景にそっくりだった。

 

「何をするかと思えば……! メェークルちゃん! 迎え討つよ!」

 

 あの姿勢からでは〝アクロバット〟は撃てない。それどころか、接触が必要な技はどれも使えないだろう。

 そもそもムクバードの目と速さでは、万全の姿勢からでもメェークルに追い付かないことは、彼女自身分かっているはずなのに。

 

 俺も、おそらくはセリンセも、勝負を逸ったために起きた失敗だと、そう思った。

 

 

「今よ! 〝フェザーダンス〟!」

 

 

 ムクバードは突然、メェークルの間合いのギリギリで体を大きく回して羽毛を降り飛ばし、その遠心力で無理やり翼を広げた。

 

「えっ……!?」

 

 完全に攻撃体勢だったメェークルは、動きに反応して足がつんのめり、ムクバードの〝フェザーダンス〟をモロに食らわせられた。

 

「やばっ……! め、メェークルちゃん! 落ち着いて!」

 

 羽毛がその体毛に引っかかり、著しく気分を害したメェークルは、水に濡れたガーディのように体を振り回した。

 しかし、絡みついた羽毛はむしろ余計にこんがらがって、顔の周辺に付着したものが視界さえ阻んでいた。

 

「着地して〝アクロバット〟!」

 

 アコニは冷静だった。明確なチャンスを前にして飛び付かず、ムクバードを一度着地させると、地上の安定した姿勢から〝アクロバット〟を繰り出した。

 

「メェークルちゃんッ!!」

 

 今の一撃は、セリンセにとって痛恨極まるだろう。弱点のひこうタイプで、しかも一致技。いくら〝ビルドアップ〟が効いているとはいえ、痛痒を感じずにはいられないはずだ。

 

「すごいな……ムクバード」

 

 あの墜落姿勢から翼を広げたこともそうだが、普通なら翼を広げたことによって、急激に風を受けた体を支えきれず、結局墜落してしまうはずだ。

 それを押し留める筋肉、そして上下左右を完璧に把握する空間認知能力がなければ、今の動きはあり得ない。

 

「メェークルちゃん! ヘーキ!?」

 

 ムクバードの〝アクロバット〟で突き飛ばされたメェークルは、脚をプルプルと震わせながらも、鋭く敵を睨み付けながら起き上がった。

 

「いいガッツだよメェークルちゃん! 反撃、行くからね!」

「来るわよ……! 地上で迎え討って!」

 

 先ほどの空中での無茶な急停止がダメージとして蓄積しているのか、ムクバードは〝グラスフィールド〟の治癒力に頼るようにして、地面に足を付けている。

 ほぼ余力が残っていないとはいえ、一か八かで飛んでみるべきじゃないのか? 地上でメェークルのスピードに適う訳がない。君は何を考えてる……?

 

「ムクバード! 〝かげぶんしん〟!」

 

 ムクバードの姿が二つに増える。これでやり過ごそうというのか。しかし、相手に視認された状態で〝かげぶんしん〟を使ってしまえば、相手からすればどちらが本物か一目瞭然だ。

 しかも、ムクバードの〝かげぶんしん〟はまだ未完成。影のほうは姿がブレているし、その数も少ない。小回りで撹乱しているうちにどれが本物か分からなくするライムとは違って、その真価を発揮できていない。

 

「見え見えだよ! メェークル! 左!」

 

 言われるまでもなく、メェークルはセリンセから見て左のムクバードへと突進を始めた。

 そっちは正解のムクバードだ。このままでは〝かげぶんしん〟の甲斐はなく、ムクバードは先ほどのように電撃の突進で――――!

 

 

「行け! 〝ワイルドボルト〟!」

「〝おどろかす〟!」

 

 

 一歩引いたムクバードが、相手の技の発生の瞬間に、分身も併せ、ばッ! と翼を広げた。

 懐を開いたムクバードの威嚇に思わず反応してしまったメェークルが、目を瞑って足を止める。帯電し始めていた角からも、電気が発散していた。

 

「今よ、ムクバードッ!」

 

 メェークルが怯んだ隙に、ムクバードは残り少ない力を振り絞って、大きく羽ばたいた。

 すぐに気を取りなおしたメェークルは、とにかく目の前にいる影に対して、〝ウッドホーン〟を当てようと首を下に振り抜く。

 

「違う! メェークルちゃん! そっちは――――!」

 

 振り上げた頭と角が捉えたのは、一連の最初にムクバードが出した〝かげぶんしん〟のほうだった。

 時間稼ぎはこれで充分だ。相手の虚を突いて飛び上がったムクバードの位置を、今度は見られていない。

 

「メェークルちゃん! 信じて! 真上に向かって〝ワイルドボルト〟!!」

 

 セリンセは回避を諦めて、技の撃ち合いで叩き落とすことを選んだ。

 この一撃だけは、小細工や欺きは一切なしだ。互いに二度の弱点技を受け切る体力は余っていない。当てたほうが勝つ。

 

「〝アクロバット〟!」

 

 またしても、コート中が光に包まれた。対象に接触した電撃は、超過したエネルギーの行き場を求めて発光し、固唾を呑んで結末を見守っていた全員が、思わず腕で目を覆い隠した。

 

「どうなった……!?」

 

 最後に当たったのはどっちの技だ……!?

 

「ムクバード……!」

 

 フィールドには、翼を広げたまま倒れ伏すムクバードの姿があった。

 

「メェークルちゃん!」

 

 そして、四肢を同じほうに向けて横たわるメェークルの姿も、同時にそこにあった。

 

「これは……!」

 

 審判は両者のフラッグを上げることも躊躇っていた。どちらも起き上がる様子はない。

 

「相討ちか……」

 

 思わず呟いてしまった独り言が、誰一人として口を聞かなくなったコートに漠然と反響した。茫然自失とした二人の耳に届いていないといいが。

 

 

 

「いいんですか、あの……バッジ」

 

 セリンセはジムトレーナー達と数分だけ話し合いをすると、俺の隣に座って待っていたアコニを呼びつけた。

 そして、グラスタウンの名物であるステンドグラスを模した四色のバッジを、彼女に手渡した。

 

「いいに決まってるじゃん! 私の自慢のメェークルちゃんを倒しちゃったんだから」

「でも、厳密には私、勝ってないのに……」

 

 アコニは、結果的に引き分けとなった試合でジムバッジを受け取ることに、抵抗を感じているようだった。

 

「あのねー! ジムってのは勝てば認められる訳じゃないの! ただの勝ち負けじゃない。アコニさんがこのバッジを受け取るに相応しいって、私が判断したんだよー!」

 

 遠巻きに聞いていたジムトレーナー達も、それに頷いた。

 彼らの話し合いはおそらく、彼女にバッジを渡すべきかという議論だったのだろう。そしてそれがたったの数分で決着が付いたというのはつまり、誰も彼女のジムバッジ取得に反対しなかったということでもある。

 

「アコニさんのムクバードくん、それにワルビルくんもね! すっごくいいポケモンだった。それにポケモンだけじゃない。トレーナーの指示も、奇抜なのに無茶苦茶じゃない。ちゃんと〝司令塔〟だった」

 

 セリンセの手放しの賞賛に、アコニは俯いた。頬を赤く染め、口許を硬く結んでいる。

 

「カッコよかったよ! ウチを最初のジムに選んでくれて、ホントにありがとねー!」

「はい……」

 

 傷付いたムクバードを抱きしめて、アコニは静かに目を閉じた。

 ジムバッジを受け取ってからも、彼女はその場に立ち尽くしていた。日に赤く透ける目蓋に、はっきりと流れる静脈の緑色を、暫しの間を確認に費やした。

 

「ありがとうございます…………」

 

 拍手に包まれ、実感の湧かない勝利の中心で、彼女ははにかみながらどう喜んでいいものかを考えていた。

 

 

 

 俺のジムチャレンジについては、無事に勝利を収めたということだけ伝えておけば、それで充分だろう。

 特に面白くもない内容だ。セリンセのユキノオーとゴーゴートを、ポリさんが堅い立ち回りで封じ込めて勝利。見ているアコニがあくびを取り繕わなければならないほどには塩試合だった。

 

「いやー、完敗だよ! 噂通りだねー! 私の母校にとんでもない強さの〝強化生〟がいるって聞いたんだけど、やっぱ君のことだったかー!」

「母校?」

「そーそー。子供の頃はナイロンシティに住んでたからさー。言ってみればOGってヤツね! 私はー」

 

 大学名は、彼女の共同著書に書いてあったのを見た覚えがあるので知っていたが、まさか直系の先輩とは。

 それで何がどうという訳でもないが、いや、あるいは同輩ということで、コネクションになればいいけど。

 

「なんせあの〝ヘリクス〟くんを倒しちゃったって言うじゃない! お姉さんびっくりしたよー!」

「え」

 

 強い強化生ってのはミヤコのことかもしれないですよ、と、つまらない方法で口の向きを変えようとした俺を先回りするかのように、デカい暴露情報が飛び出してきた。

 俺を除けば、おそらくはヘリクスとチャンピオンのピネアしか知らないであろう事実を、なぜこの人が知っているのか。

 彼らの性格を詳しく知る訳ではないので、どちらの口から出た言葉なのかは定かではないが、どちらかが漏らしたようだ。

 

「ヘリクス……?」

 

 事情を知らないアコニは、頭上に疑問符を浮かべていた。

 

「そーそー! ヘリクスくんねー、私の従兄弟なのよー!」

「はぁ……」

 

 この程度で世界は狭いとか決まりきった文句を垂れるつもりもないけど、意外なところに人の縁が隠れているものだ。

 ただ、この場でその話をされるのはごめん被る。特にアコニには聞かれたくない。あんなカッコ悪い話……。

 

「それでねー? ヘリクスくんってばさー、君の名前を出すと――――」

「あの……その話はまた今度にしませんか」

 

 礼を失するのを承知で、俺は途中で彼女の話を切った。

 

「おっとそうだねー。じゃ、これ、君にも。グラスジムを攻略した証。グラスバッジね」

 

 バッジをポケットに入れて、俺は軽く会釈をした。ハドリアで手に入れたバッジはこれで三つ目。一年生にしては、かなりのペースだと自負するところだ。

 

「グラスジムは二人のことを応援するよ。君達なら、絶対今より強いトレーナーになれるってね」

 

 

 

「…………」

 

 宿に戻る道中、アコニは受け取ったバッジを頻りに眺めていた。

 

「初突破、おめでとう。すごかったよ」

 

 特に最後の攻防には、目を見張るものがあった。〝かげぶんしん〟が未完成だというのを自覚しつつ、ではどうすればその未完成の分身に敵を食い付かせられるのか、彼女なりに考えた結果だ。

 

「うん……」

 

 彼女は未だ現実感を取り戻せていないらしく、先ほどから返答もふわふわしている。

 

「一つ目の、バッジ……私の……」

「君だけのね」

 

 文句なしの結果だ。相討ちだろうが何だろうが、ジムリーダーにその実力を認めさせるだけのものはあった。あの一瞬だけではなく、ここに来るまでの全ての努力をして、トレーナーは大成する。

 そもそも、俺だってグリーンバッジは散々苦戦した挙句、最後は相討ちだったんだ。彼女のバッジ取得に文句のある奴には、こう言ってやればいい。お前はあの強化生より強いのか、と。

 

「シラン……ありがとう」

 

 彼女は立ち止まって、先ほどよりは調子を取り戻した硬い表情で、まっすぐ俺を見つめてきた。

 

「私一人じゃ、勝てなかった」

「そんなことないだろ。君の実力だよ」

「そうじゃなくて!」

 

 彼女は赤い顔を横に振って、日傘の影の下でまとわりつく湿気を払った。

 

「あなたが、見ててくれたから……」

「俺が?」

「な、なんでもない……!」

 

 そう言うと、彼女は自分が言ったことを後悔したかのように、はっ、と顔を横に逸らして、早足で俺を追い越して行った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。