俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど   作:イリノイ州の陰キャ

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※お詫び 苦しめの言い訳

 更新遅くなって大変申し訳ありません。
 恐縮ながら弁解させていただくと、輪講、数値実験、前期試験……という感じでてんやわんやだったので、時間を捻出できない状況でした。
 いずれもようやくある程度の区切りが付いたので、本日から精力的に更新できればと思っています。




40、競われる者の公準

 

 ヘリクスのストライクのように、最初から完全な柔剣で、敵の攻撃を逆に利用するなどというのは、当然ながら理想論。ぶっつけ本番でライムにさせるのは酷だろう。

 そのための〝かげぶんしん〟だ。残った二つの分身は、いわば残機。この2回であのダイケンキの動きを引き出す。

 

「ライム、大回りで走れ」

 

 三匹のライムが等間隔で走り始めた。ダイケンキの周囲を囲むように回り、やがて本体とのズレで、後続がじわじわと距離を離されていく。

 

「つられるな、ダイケンキ。正面を見ていろ」

 

 トリトマは流石の冷静さで、走り回るライムの像に惑わされることはなかった。だが、動きはここからさらに変わっていく。

 扱いの難しい〝かげぶんしん〟の練習を今日までどれだけ積み重ねてきたか。像の操作は容易ではないが、今のライムにとっては自由自在だ。

 

「交差を始めろ!」

 

 ダイケンキを枠の中に収めるようにして、周りを走っていた三つの像が三角形を描くように直線に横切った。

 一瞬で立ち位置が変わったライムの本体は、トリトマの視点ではダイケンキの影に隠れてしまい、どれが本物か分からなくなっているはずだ。

 

「それがキサマのピカチュウの〝かげぶんしん〟の捌きか。噂通りだな……」

 

 先ほどの奇怪な技によって、フィールドには〝まきびし〟が撒かれている。これさえなければもっと大胆な動きができたが、今はこれが限界……。

 しかし、これだけできれば十分だ。これまでのような〝かげぶんしん〟の撹乱に加えて、ライムにはもう一つの剣を持たせている。

 

「〝くさわけ〟!」

 

 入れ替わりを繰り返したライムの像が全て一時停止し、三つともダイケンキを向いた瞬間に飛び出した。

 

「ダイケンキッ! 〝みきり〟だ!」

 

 最初に飛び出していったライムの像が、ダイケンキをすり抜ける。その後に続く二つの像を、ダイケンキは巧みな体重操作で、最低限の動きで躱してみせた。

 

「二つ目の技は〝みきり〟か……」

 

 こうして相手の手札を割っていく。もしも今の局面、相手が攻撃技で迎撃したとして、先行した〝かけぶんしん〟がそれを受けるので、基本的には最後尾にいるように指示している本体に当たることはない。

 こうして相手の四つの選択肢を割り出してから、引き出したい技を絞る。地力で劣るストライクの戦法を再現するために、俺とライムは秘密裏に練習と議論を繰り返した。

 

「もう一度〝くさわけ〟!」

 

 〝みきり〟は連続では使えない。一瞬で相当な集中力を発揮するだけあって、二度三度と使うと失敗しやすい。

 

「〝せいなるつるぎ〟ッ!!」

 

 突破を試みた一つ目の像が、アシガタナによって斬り払われた。

 これで残る未明の技は一つ。そして〝せいなるつるぎ〟は割合に相手に使ってきてほしい部類の技だ。横薙ぎで、間合いの管理が比較的容易な技。

 

「見えたかライム、あれを利用しよう」

「ピ」

 

 視覚的に、横に振る攻撃のほうが動きを図りやすい。

 そしてあれを引き出すための戦法を考えるために、最後の〝かげぶんしん〟を利用する。

 

「ライム、もう一度いくぞ。〝くさわけ〟」

「〝みきり〟」

 

 分かっていたかのように指示された〝みきり〟によって、挟み込むように繰り出された二方向からの〝くさわけ〟を避けられる。

 

 次の展開も先ほどと同じだ。というか、そうでなければ困る。これは実験なのだから

 

「〝くさわけ〟!」

「〝せいなるつるぎ〟ッ!」

 

 アシガタナの鋭い剣筋が、最後のライムの像を掻き切った。全ての〝かげぶんしん〟が消え去り、自ずと本体の位置が割れる。

 千日手ではない。確実に〝かげぶんしん〟は削られ、こちらが不利になっている……。

 

 と、トリトマは思っているはずだ。

 

「どうした。同じことの繰り返しか。だが、もう得意の〝かげぶんしん〟は潰えたぞ」

「………」

 

 さて、ここからが本題。迎撃に使う技は分かった。そして〝かげぶんしん〟がない以上、相手は〝みきり〟での様子見はやめて、次は最初から〝せいなるつるぎ〟を使ってくるはずだ。

 

「ライム、詰めろ!」

「来るぞダイケンキ!」

 

 まずは相手の間合いに入る。攻撃が届く位置まで、こちらから入っていく。

 

「〝くさわけ〟だ!」

「受けろ! 〝せいなるつるぎ〟!!」

 

 トリトマは正面衝突に打って出た。弱点を突かれるとはいえ、ピカチュウの決して高いとは言えない攻撃力、そして一致でない技。確かに十分受け切れる範囲内だ。

 

 だが、こちらの意図はそこにはない。

 

「そうだ! そのまま行け!」

 

 ライムは自ら〝せいなるつるぎ〟に突っ込んで、相手の腹に頭突きを喰らわせながらも、その斬撃を胴に喰らった。

 

「勝負を焦ったか……?」

 

 突き飛ばされ、二度バウンドするライムであったが、少しの呻き声と共に立ち上がった。足下はしっかりとしているし、ダメージも小さくはないが、大きくもない。

 

「いいぞ。これで2回目の〝くさわけ〟成功……」

 

 とりあえず、最低限のスピードは確保できた。あとは、思った通りのことができるかどうか。

 

「ライム、離れるな! 間合いに入れ!」

「ダイケンキ! また来るぞ! 懐を開けるな!」

 

 ここからはタイミングの問題だ。ライムの個人技ではなく、俺の指示にかかっている。

 

「ライム、〝かわらわり〟ッ!!」

 

 〝なげつける〟と〝どろぼう〟を切って、ライムに覚えさせた技は二つ、先ほどから使っている〝くさわけ〟と、この〝かわらわり〟だ。

 

「〝みきり〟だ!」

 

 縦に振り下ろされたライムの大きな尻尾を、ダイケンキはバックステップで回避した。その位置には尾の形に亀裂が入り、舞い上がった砂が一瞬で埋めた。

 

「逃すな! 〝かわらわり〟!」

 

 ライムは一歩詰めでギリギリ尻尾が届く位置までに接近をとどめ、もう一度〝かわらわり〟を繰り出した。

 

「〝せいなるつるぎ〟!」

 

 これだ。これを待っていた。

 

「怯むなッ! 受けろ!」

 

 ライムは、わざと体を回して背を晒しながら、ダイケンキの〝せいなるつるぎ〟を少しだけ体に掠めさせた。

 

「何……?」

 

 トリトマの赤い眉毛の左右が互いに近付く。今の動きが不自然であったことに気が付いたようだ。変なことをしなければ、掠ることなく避けられていたのでは、と。

 流石に企みがあることはバレるか。俺だって見て一発目から違和感を抱いた戦法だし。

 

「続けて〝かわらわり〟!」

「〝みきり〟!」

 

 しかしトリトマはそこで動きを変更せず、様子見の〝みきり〟に頼ることにした。

 今からの一連で、早々に〝みきりを〟使わせたのはデカいアドバンテージだ。

 

「いいぞ! 見せてやれッ!」

 

 受ける傷の量をコントロールするやり方も、ヘリクスの動きに学んだことだ。これならライムの動きに支障のない範囲で、ギリギリまでダメージを稼ぐことができる。

 

 

「〝きしかいせい〟ッ!」

 

 

 この技の威力はもはや変幻自在だ。俺とライムのコンビネーションに応じて、どこまでも使い勝手がよくなっていく。

 

「ダイケンキ!! 〝ひけん・ちえなみ〟だッ!!」

 

 硬質化したライムの尾と、ダイケンキのアシガタナが拮抗する。

 空中で打ち合った部分が鎬を削り、目も眩むような火花を散らした。

 

「ピィッ……!」

 

 重量の差でダイケンキに弾かれ、ライムは空中で回転しながら着地した。

 

「ダイケンキ、大事ないか」

 

 攻撃側のライムも、ダイケンキにも今の鍔迫り合いで負ったダメージはない。威力では互角のようだ。

 トリトマはおそらく、一番出し慣れた技を指示したのだろう。絶妙のタイミングを狙った〝きしかいせい〟だったが、ギリギリで受け切られてしまった。

 相性では勝る〝きしかいせい〟が受け止められたのは、流石に練度の差か、あるいは重量で押し切られたか。

 

「…………厄介だな。ダイケンキ、集中を切らすな」

 

 それでも、今の〝きしかいせい〟を見せれば、トリトマは一連の最初に〝みきり〟を使うことを躊躇うはずだ。〝かわらわり〟の次にくる〝きしかいせい〟のために、温存したいと思うはず。

 

 これこそが、俺とライムの新戦法。

 

 ヘリクスのストライクよろしく、〝かわらわり〟でつり出してから、完璧な案配で間合いを図り、攻撃をわざと掠めてダメージを蓄積させる。

 

 そして今のように、任意のタイミングで〝きしかいせい〟を放つ。

 

 この戦法の利点は、〝カウンター〟と違って繰り出すタイミングを自分で決められるというところだ。

 十分な威力が発揮できるまでダメージを蓄積させれば、あとは何度でも同じ威力で攻撃を繰り出せる。

 当然〝きしかいせい〟が高威力を発揮する時は、ライムはもうあと一撃でも喰らえば戦闘不能になるほどの体力まで低下しているが、それこそ当たらなければいい。そのための〝かげぶんしん〟という訳。

 

「…………驚いたよ。想像以上だ」

 

 トリトマは心底嬉しそうに、ニヤリと口の端をつり上げた。

 

「そのピカチュウ……いや、シラン。キサマ、かなりの戦闘巧者だな」

「小細工ばっかり覚えてるだけですよ」

 

 実際、現時点では急造の付け焼き刃に過ぎない。元からあまり使わなかった〝きしかいせい〟も含め、〝かげぶんしん〟以外の三つの技の練度は低く、特に〝かわらわり〟はまだ予備動作を殺し切れていない分、相手にバレやすい。

 だが、これを極めれば、ハマる相手にはとことんハマるはずだ。それこそ俺のエルレイドと同等以上の技術を持ったポケモンでもなければ、完全に翻弄できるほどには。

 

「そろそろギアを上げていこう。ダイケンキ」

「来るぞ……」

 

 威厳ある高い立ち姿を低くして、ダイケンキは後脚に力を溜め出した。

 

 

「ダイケンキ!! ひけんッ――――!!」

 

 

「3人ともー! サワギ先輩が呼んでますよー!」

 

 

 振り下ろされかけたダイケンキの腕と、迎撃するべく振り上げられたライムの尾が、衝突する寸前でピタリと止められた。

 

「そろそろ朝練の時間ですってー! は、早く来てくださーい! じゃないと私が怒られちゃうから!」

 

 遠目にも萎縮するような闘志を放つライムとダイケンキの、攻撃的な気風にあてられてか、呼びにきた女子生徒の声は若干震えていた。

 その闘争心を抑えられない気持ちは分かる。ようやく互いに手の内を見せ合って、ここからは完全に育成の度合いと指示の手腕にかかる展開になろうという瞬間だった。正直に言って、ここで止めるつもりはない。

 

「…………ここは預けておこう」

 

 トリトマは何の躊躇いもなくダイケンキをボールに格納すると、呼びに来た2年生に軽く手を振った。

 

「なッ……勝負はまだッ――――!!」

「我々の都合で全体練習を遅れさせる訳にはいかないだろう」

 

 血気冷めない俺達に手のひらを突きつけると、彼はコートの端に置いていた雑嚢を引っ張り上げ、さっさとボールをその中に入れてしまった。

 

「会長、冷めてますね」

 

 俺は考案した戦術が形を成してきた高揚感と、試運転に不足ない相手との額に汗する対戦の緊張とで、つま先の芯まで熱くて仕方がないというのに。

 

「残念なのは確かだ。いつか続きをやろう」

 

 何ともなさそうにそう言った会長は、手を振る2年生のほうへと行ってしまい、俺とミヤコだけがこの場に残された。

 

「本当に行っちゃった。トリトマかいちょーってやっぱ、こういうとこクールだよね」

「クール過ぎるだろ。俺にはあの切り替えは無理……」

 

 ライムは壮絶に微妙な顔をしていた。普段以上に調子が一致していただけに、納得がいかないのだろう。

 授業中に出された難しい課題を、自力で解けそうなところまできた瞬間に、授業時間が終わるからという理由で答えを教えられたみたいな気分だ。トリトマの方が絶対的に正しいのは分かるが、心情的には残るものがある。

 

「ま、一番収穫だったのはウチかな。先に見れてラッキーだよ。そのピカチュウの新しい型」

 

 頭の後ろで手を組んで、シシシ、と、ミヤコは歯の隙間から摩擦感のある笑い声を含ませた。

 

「よかった訳? かいちょーだけじゃなくて、ウチにも見せちゃってさ」

「…………」

 

 認めるのは癪だが、彼女と俺の実力にそこまでの差はない。お互い今日まで野生と実戦で荒磨きをしてきた分、学園の大多数の連中とは水をあけていると自負している。何なら強化生の中でも、俺とミヤコは頭一つ抜けているはずだ。

 

 ……それから、これが何を意味するかに一際の興味があるものとして、俺は彼女と戦う度に、共感にも似た近似的な感覚を覚えることがある。

 心の奥では無意識に認めているのだろうか。彼女は同類だ。昔の自分を、取り繕う術も知らなかった頃の俺を見ているような気分になる。

 

 とはいえ……

 

「一回見られたくらいで、そうそう対策させてやるかよ」

 

 少しだけ盗み見たミヤコの顔は、その跳ねるような声色に反して、喜色の一片もない怖気のするような無表情だった。

 

 

 

「で、どうですか。例の研究。オーキド博士と共同でやってるヤツ」

 

 午前練習を一時休憩して、俺はカントーからかかってきた電話の相手をしていた。通話先はグリーンさん。俺の頼み事の報告ついでに、近況のことを話し合っていた。

 

『どっかでノイズが発生してるらしくてな……』

 

 慣性計測や映像解析の異なるセンサを用いて、マルチレート処理によってポケモンの動きを補助機に再現させ、他のポケモンに最適な技の発動姿勢を学ばせようという計画だ。

 こう言ってみると簡単だが、研究は難航中らしい。前にオーキド博士に話を聞いた時は、サンプリングしたデータを補助機に最適化する際の補完処理が、何度やってもうまくいかないとか愚痴っていたような。

 

『サンプリング周期を広げて、力技で計算を軽くしたら直ったが、結局センサが悪いのか通信が悪いのか分かんねー』

 

 今も難航中のようだ。門外漢の俺にはその苦労を推し量ることも、ビギナーズラックに任せた直感によるヒントの言葉を思いつくこともできないが、サンプリングの協力くらいはできる。というかやってた。

 

「今のところサンプリングデータは……」

『ピカチュウのヤツだけだな。そもそも全ポケモンを網羅しようってのは無理だ。ある程度体組織やら骨格が似通ったヤツのデータを流用することになるだろーが……ま、実用化の範疇じゃねーわ』

 

 ライムではなく、別のピカチュウだ。研究所内で飼育されているピカチュウ達への指示役として、何人かのトレーナーと共に助力を求められた。

 結局あの時は、丸々一ヶ月は協力していたんだったか。複雑なバトルの局面を再現するのではなく、同じ技を何度も反復させるような、デバッグ作業みたいなことをさせられた。

 

「もう一つはどうですか? AIにバトルのフェーズを解析させるとかいう……前に手伝ってるとか言ってませんでした?」

『あ? あっちはほぼ知らねーぞ。マサキのヤツのが詳しいんじゃねーか? トキワ大の研究だしな。又聞きだが、実際にざっと500試合くらい食わせてみたらしいが、有利不利の判定がイマイチだってよ』

 

 そういえば、転送装置のトラフィック解析に用いるモデルを自主開発している、とかいう話を聞いたような気がする。それであの人がAIにご執心な訳か。あの人、とか言って、別に俺とマサキさんの間に親交はないけど。

 AI研究は現在最もアツい分野と言ってもいい。各地方で様々な活用方法が模索されている。バトルの世界では、実用段階のものは半分にも満たない。既に実用化の範囲内の技術があることが驚愕だけど。

 

『それで、例のヤツはもう着いたか?』

「はい。さっき届きました。ありがとうございます」

『つか、合宿で居場所変わるなら先に言えよ。ピジョット便もそんなに融通利かねーんだぞ』

「すいません。こんなに早く届けてもらえるとは思ってなくて」

 

 やれやれ、なんて言いながら、グリーンさんはブチっと電話を切った。電話の切り時が分からないなんて悩みは、彼の中にはないのだろう。分からない側の人間としては、先に切ってくれるのは男らしくて非常に頼もしい。

 

 

 

 ダブルと言っても、シングルの知識が何も通用しない全く別の異世界……な訳でもないということを、昨日知った。

 確かに俺達の知らない特有のセオリーや戦術はいくらでも見つかるが、基本の基本には同じものが通じている。

 

「あー……惜しかった」

 

 俺とアコニは、午後練を兼ねてサワギとカラミのペアにリベンジを仕掛けていた。結果としては、二度目の敗北を喫することになってしまったが、前よりは前進したものと思われる。

 

「エンペルト、よくやった。ゆっくり休んでくれ」

 

 サワギのエンペルトを突破することには成功したからだ。昨日よりずっと勝負になっている。形勢はともかくとして、少なくとも、技術の応酬と言えるような部類の試合だった。このまま続けられるなら、決して勝てない相手ではない。

 

「お疲れポリさん。今日はなんか機嫌よかったな」

「……いつも通りに見えるわ。どうしてそう思うの?」

「何言ってるアコニ。こんなに分かりやすいのに。めちゃくちゃ笑顔だぞ」

「そうかな……?」

 

 ポリさんとワルビルの速攻によって、サワギのエンペルトを先に封じるという作戦はよかった。作戦と言っても、さっさと攻撃をしかけて〝まもる〟で固めさせ、相手に〝いばる〟を使わせないというだけだが。

 しかし、彼等も集中攻撃への対策というものはよく心得ているようで、マタドガスのカバーで分断され、味方への〝いばる〟を通してしまったところで形勢を覆された。

 

「今日こそ勝つつもりだったんだけどなー」

 

 趣味ではない力押しで獲りにいった勝負だったが、紙一重のところをうまくかわされてしまった。

 

「馬鹿を言え。ダブルにおいては、こちらには3年以上の長がある。1日やそこらの実戦で勝てると思うなよ」

「何を言いますか。格段に動きがよくなっていて、焦っていたくせに」

「か、カラミ! 余計なことは言うな!」

 

 しかし、サワギの言う通りかもしれない。シングルの経験という土台がある俺達に足りないものと言えば、その上に乗せるダブルの経験だろうか。

 俺達はまだ、お互いを邪魔しない動きを理解しただけ。お互いを利用し、高め合う彼等の連携にはまだ遠い。

 

「…………」

「シラン? どうしたの? もしかして落ち込んでる?」

「そうかも」

 

 俺には別の懸念があった。懸念と言うべきか、確信に近い心配事だが、それをこの場でアコニに言うのは憚られた。

 

「ちょっと来てくれ」

「早速感想戦でもするの?」

「まぁね」

 

 今更、彼女の心情に遠慮をするのは、競技者としてはむしろ失礼というものだ。言うべきことは言わなければならない。お互いのためにも。

 

 

 

 海岸線の端、波で削れた穴だらけの岩陰で、俺はグリーンさんに届けてもらった品物を取り出した。

 

「何これ」

 

 俺がアコニに見せたのは、グラス型の機械。丁度ワルビルの目の上にかけられるほどの、メガネよりは少し大きい程度のガジェットだ。

 

「〝がくしゅうそうち〟」

 

 今でこそコンパクトに改修されたり、様々な形式の後継機が製造されているが、グリーンさんがジム巡りのトレーナーだった頃は、まだフルフェイスみたいなゴツい装置だったらしい。

 

「ワルビルと骨格の似たポケモンのデータが記憶されてる。一部は俺が指示出ししたヤツだ」

 

 トキワで八つ目のバッジに大苦戦して、何ヶ月も滞在していた時のことだ。泊まる場所に困った俺に、助け舟を出してくれたのがグリーンさんだった。

 とはいえ、個人の結果や実力に重きを置く性格である彼は、甘やかすつもりなどは毛頭なかったようで、現金をとっ払いとか、手っ取り早く部屋を貸すとかはしなかった。

 ジムトレーナー達が使う寮の一室に、見習いが寝泊まりする二段ベットが四台詰め詰めになったタコ部屋がある。そこの〝床〟に寝させてやる代わりに、簡単なバイトをしろ、というのが彼の提案だった。

 

「〝がくしゅうそうち〟って……あの胡散くさい機械のこと……?」

「胡散くさいはないだろ。これ一つで自家用車が買える価値の高級品だぞ」

 

 バイトの内容としては、オーキド博士の手伝いでやったようなことだ。俺の手持ちの運動データを記録させろというもの。

 あの時はまだ研究費もカツカツで、どんなものになるか、と言ったところだったらしいが、2年のうちに結果を出したところは流石だ。だからこうして〝がくしゅうそうち〟が目覚ましい進歩を遂げている訳だし。

 

「それを付ければ、強くなれるってこと?」

「そんなに簡単な話じゃないけどね……」

 

 これがすぐに強くなれる魔法の道具だったら、世界中のトレーナーがこぞって使っている。しかし、現実はそうじゃない。

 大昔、初期案のさらにプロトタイプは、単なる主観映像の取り込みができるヘッドディスプレイだったそうだ。今でこそ理解の及ばない横文字いっぱいの感覚補助機能が搭載されているが、それでも目まぐるしい戦闘の体捌きを、全て感覚に教えることはできない。

 

「これ区分的には管理医療機器だから、持ち出しについてはナイショね」

「何してるのよ……」

 

 グリーンさんから借りたこの〝がくしゅうそうち〟は、リハビリテーションに使われる医療機器として、条件付きで貸与が認められる形式となっているタイプの型だ。

 条件というのはつまり、使用するポケモンにリハビリが必要であると認められた場合。当然だが、ワルビルにそんな重篤な既往症はない。俺のポケモンにも。

 

「バレたら俺と君と、ついでにグリーンさんの今後の進退にも関わるから、よろしく」

 

 グリーンさんも大概アナーキーな性格をしていて、俺が突然〝がくしゅうそうち〟を貸してくれ、と無理を申し出た時の反応は「ダメだ」でも「なぜ」でもなく、「バレなきゃいいぞ」だった。

 

「えー……それ、本当にいいの……? でも、手段を選んでる場合じゃない、か」

 

 アコニは怪訝な表情を浮かべつつも、一応の納得を見せてくれた。彼女の中では規則よりも強くなることがより優先度が高いらしい。

 そうではなくては困る。バトルの世界で名を上げているヤツの半数は、それ以外何もできない、何も興味ない、社会不適合者みたいな人間の集まりだ。

 

「じゃあ本題だけど」

 

 この言葉の不穏さを感じ取ったのか、一度は険の薄まったアコニの表情に、また懐疑的な不安の色が浮かんだ。

 

「正直……サワギ先輩とカラミ先輩のコンビ、俺達ならもう勝てる相手だ。少なくとも、10戦して全敗なんてことはあり得ないんじゃないか」

 

 エルレイドを抜きにしてもだ。俺自身、ここぞという場面でエルレイドに頼りすぎの感はある。しかし今回は、その力を借りずとも充分勝機はあるはずだ。

 確かにあの二人は俺達よりずっと息が合っていた。味方の邪魔にならず、それでいていざという時には干渉できる位置というものを理解している。

 

「そう、よね……先輩達を悪く言う訳じゃないけれど、実は私も、そこまで絶望的な差があるとは思えないの」

 

 その感覚は正しい。彼等にどんな思惑があるかは知らないが、あのエンペルトとマタドガスのコンビは、はっきり言って俺達のような初学者にしか通用しない飛び道具の類ではないかと思う。おそらく真の戦法は隠しているはずだ。

 語弊を恐れなければ、シングルもダブルもそんなに変わらない、と言える。結局強いのは素早くて攻撃力があるポケモンだ。全くの理想論だが、早いヤツが完璧にトレーナーの指示に従い、またトレーナーも常に合理的な指示が出せれば、時の運を考慮に含めても、9割の勝率は見込めるはずだ。

 

 では、なぜ二度の対決で、どちらでも彼等に軍配が上げられているのか?

 

「俺個人の意見だけど、1番の課題はワルビルの地力だと思ってる」

 

 ムクバードには才能があった。その上達ぶりには何かオカルティックな理由を取ってつけたくなるが、才能というより他はない。

 とはいえ往々にしてバトルなどは才能の世界だ。ムクバードが突出した天才だとは思わない。

 

 それよりも気になるのは、やはりワルビルのことだ。

 

「そ、そんなこと……! さっきのバトルだって、いつもよりずっと活躍して……!」

 

 確かに、さきほどのバトルには上達がうかがえた。その場その場ではなく、次の戦局を読む先見の視点に、タイミングを一歩詰めた迷いのない指示。アコニの意図する技の速度との誤差はゼロに近い。

 しかし、それは〝アコニの上達〟であり、ワルビルの成長ではない。彼女の向上心によって急速に積み上げられた経験が、本来の彼らのコンビネーションに追い付いてきているというだけのこと。

 

 彼女は認めたくないようであった。既にアコニのトレーナーとしての練度が実を付けようとしていること、逆説的にワルビル自身の力が、彼女が発揮できる最大限の力の域に達していないことを。

 ただ、少し口にしてみただけでこの過剰反応だ。彼女も内心では、気付いているのではなかろうか。

 

「口で言うより早いと思ってさ……」

 

 アコニの持つボールを勝手に取って、ワルビルを砂浜に出した。ワルビルは呼び出しに素直に応じて、間髪入れずに出てきた。

 ボールの中でも薄らと会話が聞こえていたようで、その表情は固い。サングラス模様の内側に隠されたつぶらな目を探し当て、俺はなるべくいつもより柔らかい声色を意識し話しかけた。

 

「ワルビル、君のために色々調整してあるんだ。少し使ってみてくれないか?」

 

 ポケモンの弱さは、トレーナーの責だ。ワルビルが弱いというのであれば、その責任はアコニにあって、また彼女に付きっきりでバトルの指導をしてきた俺の責任でもある。

 だから、悪いのはワルビルじゃない。一番辛いのはこの子のはずだ。活躍目覚ましい後進の急成長もあって、ワルビルの矜持は断崖の際に立たされている。

 

「ありがとう。勇気を出してくれて」

 

 何も言っていないのに、なぜか俺にはワルビルが受け入れてくれたことが何となく理解できた。また俺よりもそういった機微に聡いアコニも当然、それに気付いた。

 

「ワルビル……」

 

 俺は今から残酷なことをしようとしている。ワルビルに理想の動きを体験させることにより、実力の低さを自覚させようとしているに等しい行為だ。

 しかし、これでワルビルからの心象が悪くなろうとも、教えたいことがまだあるのだ。今のうちに、一つでも。

 

「右腕をあげてくれ。次は足」

 

 ワルビルにディスプレイ用のゴーグル型補助機を装着させ、付属の電子通信パッドを腕や腰、太腿などに貼り付けていく。

 

「少し体を動かしてみろ。同期させる」

 

 本来ならば、怪我が再発しないように、正しい歩行方法や動作を覚えるために使われる器具だ。あまり激しい動きには対応できないが、単純な反復行動程度のものなら再現可能で、今ワルビルに必要なものは、そういう情報だ。

 

「……よし、始めるぞ」

 

 ゴーグルの上部にあるスイッチを入れ、固唾を呑んでワルビルの様子を探ろうとするアコニの腕を引き、その場から離れさせた。

 ワルビルは周囲が見えていないので、迂闊に無言で近付くと、衝突するかもしれない。

 

 突然、ワルビルの体が震えた。腕を中途半端な位置で泳がせて、小刻みに首を揺らして周囲を確認するような仕草を取りながら、しかしゆっくりと、その注意は己の足手へと向かっていく。

 

「ど、どうしたの、ワルビル……?」

 

 アコニの心配も他所にして、ワルビルは立ち尽くしていた。

 ビジョンに映し出されるのは、主観的な視点から再現される半透明のポケモンの身体の動きだ。

 

 ワルビルは今、突きつけられた壁に打ちのめされているのだろうか。あるいは目が離せなくなっているのだろうか。

 五感を以て体験している〝ニドクイン〟の動きに。

 

 





・トキワ理科大学
 トキワシティにある公立大学。通称トキワ大。
 タマムシほどではないが歴史のある大学で、創立107年。トキワ以外にコガネシティにもキャンパスを構える。
 学部は理学、工学、薬学、建学、理工学第二(夜間)の五つ。数年前には携帯獣学部(携帯獣医学科、携帯獣総合科学科)が存在したが、充足率を下回り募集停止。
 中心部にあって静かな数学科の棟は、演習と研究に追われた学生達がゾンビのようにグロッキーな表情で徘徊しているので、皮肉をこめて〝トキワのポケモンタワー〟と呼ばれている。
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