俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど   作:イリノイ州の陰キャ

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 拙作を読んでいただきありがとうございます。誤字報告、感想、評価、お気に入りなども大変励みになっています。




41、自重と理法

 

 ニドクインは、俺にとっては2番目のポケモンだった。

 

『…………』

 

 森林伐採で居場所を追われたポケモンなんてのはごまんといる。一匹一匹に同情なんてしていられない。

 非力なニドランだった奴は、腹を空かせて人里に降りてきたらしい。警察と業者に追われて裏路地に逃げてきた。

 肋の浮いた薄い皮に、左曲がりの角、欠けた前歯、骨の形に窪む白んだ眼球。その形状はいたって平常の真球で、未舗装の競争と生存本能にのみ生きる、感情とは無縁の目だった。

 

『待て、エルレイド』

 

 ニドランの後脚に力が入っているのを見逃さなかったエルレイドは、すぐに打ち払おうと腕を構えたが、考えがあったので、それを制止した。

 

『俺を喰うつもりか?』

 

 人だろうがポケモンだろうが、とにかく食って血肉にしようという表情だった。生きるという神経系の命令に従っているだけの顔。憎しみも恐怖も、人狩りに興じる娯楽的な意図もそこにはなかった。

 

 俺はその時、ジム巡りの旅をするにも、もう一匹くらいは手駒が欲しいと思っていた。

 手駒、で合っている。旅立ってすぐの頃は、バトルなんて金稼ぎの手段くらいにしか思っていなかった。

 

『こいつ……』

 

 機械的ながら、隠し切れない悟性が光るエルレイドの目と対照的だったのが気に入った。その頃はまだ、何をしていてもこちらを向くエルレイドの視線が、あまり好きではなかったから。

 

 

 

 2番目というのが、単なる出会った順番であることは言わずとも知れているだろうか。一匹を特別にひいきするつもりはないが、もしも俺の態度が誰か一匹に傾倒しているように見えたとしたら、それは単に俺の未熟に非がある。

 

 ニドクインにバトルの才能はなかった。

 

 己より強い相手と見れば、戦う素振りもなく逃げ腰になる。己より弱い相手は過度に痛め付けようとする。

 ただ弱いものをいじめて楽しむ性格の悪いポケモン、という訳ではない。つまり、これが自然だということ。

 強い敵を恐れるのは生存本能によるもので、弱い敵を痛めつけ、トドメを刺そうとするのも、回復した相手からの報復を恐れた生存本能によるものだ。

 

 バトルの理念の代わりに、血の気が引くような野生の感覚が根付いており、人間社会に定義される善悪や、競技のルール上の適否の境などは、一切理解の外だった。

 

 とどのつまり、そういうところが気に入った訳。

 

 

 

「ワルビル、〝じならし〟」

 

 ワルビルとアコニは、ワルビルたっての希望で、ひたすら反復練習を繰り返していた。

 

「何、ワルビル? 今のも違うの? 私は今のでも……」

「アコニ。君が妥協してどうする。それに、君からしても理想的な動きじゃないんだろ」

「…………それは、そう、だけど」

 

 ワルビルは〝がくしゅうそうち〟で叩き込まれた感覚を、すぐにでも試したいとばかりに技を反復していた。

 それだけ衝撃や、得るものが大きかったのだろう。俺の昔の試合動画でもいいところを、わざわざ〝がくしゅうそうち〟を持ってきた甲斐があった。でなければ、まだアコニ共々ピンときていなかったはずだ。

 

「その主観映像のニドクイン、あなたのカントーの手持ちでしょう。前に見たグリーンとのジム戦の映像にも出ていたわ」

「…………ああ」

 

 ニドクインには攻撃力も素早さもない。耐久力という面でも不安が残り、突出したものがないポケモンだ。

 今はまだワルビルよりも僅かに速いが、それもワルビアルになれば上を行かれるし、攻撃力もそうだ。

 

「分からないの。あのジム戦、ニドクインはパワーもスピードも欠けていて、終始押され気味だったのに、最後の最後でその役割が活きて、トキワのジムリーダーを相手に相討ち……」

「…………」

 

 奴は曲がりなりにも、最もエルレイドと長く共にいたポケモンでもある。

 金銭的な都合上、2体で旅をする期間が長かったこともあり、ニドクインは、実力で大きく差を開けられているエルレイドとのバトル練習を余儀なくされていた。

 

 屈辱だったはずだ。生まれ持った力の違いだけではなく、天性のバトル勘とでも言うべきものがエルレイドには備わっており、ニドクインは一度として練習で勝利を収めたことはない。

 

「ワルビルのこと、見てやらなくていいのか?」

 

 不自然な話の繋げ方には自覚があったものの、俺は明確に、ニドクインについて話すことを拒否した。

 別に不幸があったとかじゃない。ただ、あの子と俺との間にある奇妙な共同理念は、主従関係とか、友情とかの言葉では言い表せない。まだ伝え方の分からない事柄について、妥協的な文言を引っ張り出してくるのは憚られた。

 

「技の予備動作を極力減らすために必要なことは二つ。一つは出し慣れること」

 

 新しい道具より使い慣れた道具のほうが手に馴染むのと同じで、威力や命中制度を加味して新しい技に切り替えたところで、すぐにはその本領を発揮することはできない。

 

「もう一つは?」

「それは、君が見つけないと」

 

 そろそろ、俺があれこれ口出しする時期でもない。トレーナーは、突き詰めれば己とポケモンという極めて閉じたコミュニティの中で戦っていくことになる。

 彼女の資金力ならば、念願叶ってプロになったあとでも、様々なコーチや医療チームを付けることができるかもしれないが、それとこれとは別だ。

 

「…………自分で考えろってことね」

「君と、ワルビルとで、だ」

 

 そのためにも、ワルビルの動きの何がよくないのか、どうしてほしいのかを言語化できるようにならなければいけないし、ワルビルが何を不満に思うのか、察する力も必要になる。

 正直これらに関しては、あまり心配していない。傍目からでも分かるが、彼女らの関係性は良好だ。

 トレーナーはポケモンを支える存在でなくてはならないが、一方的でなければ、ポケモンがトレーナーを支える存在であってもいい。彼女はそういうタイプのトレーナーになれる素質がある……と、個人的には考えている。

 

「まずは、何が問題だと思う?」

「そうね……あなたのニドクインと見比べて、動きに違和感がある。何だろう、この違和感……」

 

 彼女は、以前渡した俺の試合動画と、〝がくしゅうそうち〟内のデータ、そして以前までのワルビルの動きの録画の三者を見比べながら、彼女の言うところの違和感を探った。

 

「多分、動作がコンパクトすぎるのかな」

「動作?」

「……例えばここ、ニドクインが〝じしん〟を使う時、大きく左足を踏み付けて、誇張してみせる時があるでしょ?」

「そうだな」

「でも、本当は踏みつける前から技は発動していて、それが視線誘導になってる」

 

 これこそが、スピードで劣るポケモンがやらなければならないことだ。つまり、どうしても殺し切ることができない技の予備動作を、いかにして誤魔化すか。

 技の出だしを見切られるのは、ほぼ技そのものを見切られることに等しい。次に来るものが分かっていれば、対処も容易だ。

 

「それからここ。踏み出す足とは逆の腕を大きく振って、バランスを当ててる……それまでは静かな立ち上がりで、見せたい技と意識されたくない技を分けて、緩急を付けている……かな?」

「それで?」

「一番は、溜めが少ないのね。腕や尻尾を振る時も、ワルビルは後ろに溜める動作をするけど、ニドクインは視界に入りにくい下半身から始めて、ほぼ同じタイミングで全身を連動させて……って、合ってる? 気が付いたら私ばっかり話してるけど」

 

 やはり、彼女は分かっている。もう、俺が横からごちゃごちゃ煩わしい説教を垂れなくとも、一人で考え、結論を導き出せるまでに形を成した。

 だが、俺がここで、俺の私見で〝合っている〟などと言えば、彼女は人に頼るトレーナーに逆戻りだ。本当は諸手をあげて大声で褒めちぎりたいところだけど……。

 

「いいんじゃないか? ワルビルとも共有してさ」

「え……あ、うん」

 

 彼女は振ったバットが空振ったような、手応えのなさそうな表情を浮かべたあと、感覚が定まらないワルビルの下へと向かった。

 

 もう大丈夫だ。ちょっとしたきっかけ作りこそ必要だったが、彼女にも一角のトレーナーらしい思考力が身に付き始めている。

 

 この分なら、そろそろ俺も……

 

「キュ」

「うぉっ……! ハイネか」

 

 四苦八苦するアコニとワルビルの様子を眺めていると、背後から聞き馴染みのある鳴き声がかかった。

 こいつ、熱射と砂浜の熱さを嫌がって、飯時以外はボールの中に引きこもってたくせに、突然どうしたと言うのか。

 

「キュ……」

「な、何だよ。寂しくなっちゃったか?」

 

 ハイネは首を下げ、俺の肩に顔や羽を擦り付けてきた。風に混じって羽に当たる砂を払ってやりながら、その身を撫でてやるが、ハイネの表情が晴れることはなかった。

 まるで俺を包もうとして、その羽が足りないことを嘆くように。

 

 

 

 四泊もの長い合宿だったが、終わってみれば一瞬だった。

 実りあるものであったと思いたい。少なくとも、研究会のメンバー同士の親交は深まったものと思う。

 この三日間、しっかりとお役目を果たしてくれた〝がくしゅうそうち〟を丁寧に梱包し、元の状態に戻してから、呼び付けておいたピジョット達に手渡した。

 

「ありがとな。道中気を付けて。はい、これお土産」

 

 ピジョット達は海際で売っていた限定ポケモンアイスを見て、目の色を変えた。そんなに勢いよく食べたら、頭が痛くなるぞ。

 食うものを食ってさっさと飛び立ったピジョット達の姿が、5秒とかからないうちに小さくなっていく。彼等の飛行継続力なら、俺が思っている以上に早くカントーに帰っているかもしれない。

 

「あー、ピジョット便だー!」

 

 一足遅く、ミヤコが飛び立ったピジョット達を見つけて駆け寄ってきた。

 

「うわー、何だよ! 帰す前にちょっとウチにも見せてよ!」

「無茶言うな」

 

 ピジョット達にもスケジュールがある。長い間引き留める訳にはいかない。

 

「ケチんぼ。あー、捕まえようと思ったのに」

「ダメだよ」

 

 どこまで本気なのか分からないことを言いながら、彼女は俺の隣の石垣にどっかりと腰を下ろして、ゴミ拾いをするガマゲロゲを呼びつけ、夕陽を眺め始めた。

 

「はぁ。合宿も明日で終わりかー。ねぇ、結局一回も君とバトルしてないんだけど」

 

 夕暮れ時が近付くと、ミヤコは陽射しの減衰に伴ってナーバスになるのか、日増しに不機嫌さを増していった。

 

「どうせ大会で当たる」

 

 そろそろエントリーも始まるが、ミヤコは、俺と同じチームになるつもりなど毛頭ないだろう。それに関しては俺も同様なので、考えるまでもない。

 

「君がちゃーんと勝ち上がってくれるかが心配だね。ウチとやる前に、変なヤツに負けたりしたら承知しないから」

 

 大会の方式はトーナメント制。期間的にポイント式の総当たり戦は不可能なので、位置が悪ければ上位まで当たらない可能性もある。

 しかし、そのような懸念は杞憂に終わるだろうという確信がある。俺も彼女も、負けるつもりなど毛頭ない。

 

「さ、ウチも掃除しよーっと。ガマゲロゲ、手伝ってね」

 

 ガマゲロゲにゴミ袋を持たせ、清掃トングをカチカチと鳴らしながら、彼女は水辺に走って行った。

 

「俺も片付けするか……」

 

 会員達は(俺もそうだが)飽きもせずに毎日浜焼きをしていたので、グリルが出ずっぱりだった。

 大活躍だったグリルの網を外したり、中の炭を回収したりなどして、終わりつつある四日目の夕方を肌に感じていた。忘れていた実感を思い出したが、今は夏だ。

 

「片付けが終わり次第、全員集合! 会長からお話がある」

 

 ご丁寧に三角巾まで付けて掃除に励むサワギからのお達しが、広いビーチの際にまで響いた。腹から声の出る人だ。

 お話とは何だろうか。と一瞬疑問に思ったが、合宿も終わりの日だ。総決算などと物々しい喩えもないが、話があって当然だ。

 

 

 

「この四日間、キサマらはよく練習に励んだ。我々の研究会は、学内でトップクラスと呼ばれるだけ、感じる重圧も相応のものだろう。しかし、不安に思う必要はない。全員の実力をこの僕が保証する」

 

 研究会内では言葉少ない会長がそこまで言うので、俺達の胸には感じいるものがあった。

 重圧を感じているのは、むしろトリトマのほうであることは想像に難くない。兄の代から最高の成績を収めてきた研究会を引き継ぎ、その地位を確かなものにするために、どれだけの責務を果たさなければならなかったことか。

 

「合宿の主目的は、研究会全体のバトルの実力の向上だが、実は個人的な思惑もあった」

 

 そこで言葉を切って、会長は顔を隠すようにして俯いた。

 

「折角の夏だ。思い出を作りたかった。おかげでいい経験になったよ」

 

 少しはにかんだ会長の髪が潮風に拐われ、東に揺れた。内陸に吹く風に混じった赤毛は夕暮れの緋色の中でコントラストの一部を担い、輪郭を失っていた。

 

「か、会長……!」

「おっ、俺らのほうこそ! 会長のおかげで楽しかったっすよ!」

 

 考えは全員同じのようだ。とにかく、いい時間になったのではなかろうか。ここで明確にバトルの実力が向上した者も、そうでない者も、この四日を振り返って、少なくとも悪い思い出にはならないはずだ。

 

「さて、これは僕からのほんの礼だが、ささやかながら催しを用意した……サワギ」

「はい。こちらに」

 

 会長が呼び出したサワギの両腕の内には、抱えるほどの花火のパッケージが詰められていた。

 

「もう日も落ちてきた。いいタイミングだろう」

 

 会員達の列から歓声があがり、トリトマはまたしても、少し照れの見える笑顔を浮かべた。

 

 

 

「おぉー、綺麗だな」

「そうね」

 

 俺とアコニは、浜の後ろの石階段から、会員達が花火で遊ぶ様子を眺めていた。

 手持ち花火で空中に文字を書く女子生徒達の後ろで、並べた市販の小型打ち上げ花火に一切に点火する浮かれた連中が大声ではしゃいでいた。

 商品名は「怒涛のビリリダマ砲16連発!!」というらしい。目の痛くなる色使いでパッケージにそう書かれていた。

 

「残念ね。参加できなくて」

 

 サワギとカラミは、最終日に突然出してくるポケモンを変えて、イエッサンと、グレンアルマとかいう見慣れないポケモンのコンビを出してこう言った。

 

『こいつらが、大会で主戦力となる予定の2匹だ』

 

 薄々勘付いてはいたが、やはりあのエンペルトとマタドガスは、全力のパーティではなかったらしい。

 俺はライムを、アコニはワルビルを繰り出したが、〝じゃくてんほけん〟と〝くだけるよろい〟で爆発的に能力を増したグレンアルマに、紙一重で押し切られる形となった。

 

「難しいな。ダブルって。もっとうまくやれると思ってたんだけど……」

「でも、諦めてる訳じゃないでしょ? というか、そんなの私が許さないから」

 

 十中八九ダブルでの出場になるだろうから、大会中にバトルをする線は薄いが、どんな形になろうとも、この夏の間に必ずリベンジを果たしてみせる。

 でなければ、俺達の花火はずっと持ち越しだ。こんな条件を付けなければと後悔の念が浮かぶ反面、勝利への欲求を高めるいい着火剤になったようにも思う。

 

「ワルビルの様子は?」

「…………よくはない、かな。何を聞いても上の空で、心ここに在らずって感じがする」

 

 落ち込んでいる訳でもなさそうだが、好調とも言えないらしい。好意的に解釈すれば、ワルビルは自分の中の考えに没頭しているのだろう。

 イメージトレーニングがいかに重要か、という話は、彼女に会ってからしつこいくらいしてきた。今頃頭の中は、バトルのことでいっぱいになっているのだろうか。

 

「…………」

 

 そこからは、言葉が続かなかった。アコニはどうやら、普段俺とくだらない口諍いを繰り広げている時を除いて、そこまで言葉数が多いほうではないようだ。

 俺も俺で、バトルを取り上げられると、ロクな社会経験のない無学なクソガキだ。ただ騒がしいまでの炎色反応の明滅を眺め、閉じた口の中で舌の位置を何度も直すくらいのことしかできなかった。

 

「あのね、私……」

 

 覗き見たアコニの黒い目に、ちらちらと花火の光が映っては、その円い表面を左右に滑り落ちていった。

 

「お母さんみたいになりたかったの」

 

 彼女の憂鬱げな声は、暗闇と平行にして砂浜に広がっていった。星がよく見える夜空と見紛うような黒々とした海が、波を寄せる音を立てて、彼女の声が会員達に届く前に取り拐っていく。

 

「このタトゥーを入れる時も、本当は、お父様には反対されてた。自分達の真似をする必要はない……って」

 

 アコニは、俺の顔なんて全く見向きもせず、ただ向こうに見える、影の輪郭も失った海の白い光ばかりを眺めていた。

 

「お母さんと同じ?」

 

 その頬から首筋のさらに下にまで伸びるツタのタトゥーを、彼女はしきりに撫でていた。まるで幼児の頃のくせを無意識に思い出して、安心感を得ようとするかのように。

 

「……昔ね、お母さんが亡くなって、それから、お父様は変わってしまった。だから、少しでもお母さんがいた頃のこと、思い出してほしかった」

「それで、お母さんと同じタトゥーを?」

「そう……全然意味なかったけど」

 

 理事長について知っていることは少ない。一族を背負う経営者としての手腕は確かであるということと、ハドリアのバトル産業を盛り立てたいという思惑くらいだ。

 その子供に生まれてきたアコニの悩みは、彼女の前に来る「金持ち」とか「お嬢様」みたいな目を引く属性のせいで、まるで些末なことであるかのように見られてしまう。誰も彼女の心を真に理解することなど、できないはずなのに。

 

「大会で勝ち上がったら、お母さんみたいになれるかな……」

 

 アコニはアコニだ、とか、俺には言えない。事情を知らない俺の口から、「誰かの代わりなんていない」などという非常に格好いい言葉が出てきたとして、それのなんと虚ろな響きであることか。

 

「…………」

 

 俺は彼女の母親を知らないし、そもそも普通の家庭なるものにも縁遠い、自由で自堕落な生活を送ってきた。

 その胸中に隠した心痛がどれほどのものかなど、想像も及ばない。こんな時、己の不甲斐ない感受性に怒りを覚える。

 

「確かに……強くなったら、話は簡単だ」

 

 ポケモンバトル競技者においては、いかなる問題も、結局はここに帰着する。

 

「気に入らないことは、片っ端から力でねじ伏せればいい。爽快だぞ」

 

 競技者が不安を払拭するには、極論強くなることしか方法がない。というか、強くなれば大抵の悩みは消え失せる。

 そうやって、居心地のいいバトルの溜め池に肩まで浸かって、俺は出られなくなってしまった。もはや普通の思考形態への転換は望み薄だ。

 地下で非合法の賭けバトルをやっている場所にでも行けばよく分かるが、社会に迎合できないはみ出し者だから、仕方なくバトルを選んでいるようなヤツがうじゃうじゃいる。

 確かにそこは気分のいい場所だ。同じ穴のムジナが沢山いるせいで、危機感を失いやすい。

 

「…………君にはそうなってほしくないかな」

「何それ。強くなるなってこと?」

「そうじゃない。そうじゃなくて、ただ強いだけのヤツにはさ……」

 

 きっと俺はもう手遅れだ。ミヤコも半分は同じようなものだし、トリトマすら、僅かにその気配がする。

 あるいは競技者ともなれば、遅かれ早かれそうなっていくのだろうか。

 

「変なの」

「先に変なこと言い始めたのは君だろ」

 

 しんみりとした雰囲気にあてられて、香ばしいセリフを吐いてしまった。あとからじわじわと恥ずかしくなるヤツだ。

 

「大体、そんなこと悩むような立場じゃ……」

「うるさい。えいっ」

「おばっ……やめ、やめろ! 砂をかけるな!」

 

 結局花火には参加せず、後ろでアコニにいつも通りチクチク言われながら、たまに歓声と共に打ち上げられるビリリダマ砲を眺めているうちに、四日目の夜は終わった。

 彼女のつっけんどんなダメ出しや、幼い子供のようにはしゃぐ会員達の様子は、イマイチ情緒に欠ける様相であったが……合宿の締めくくりとしては、悪くなかったか。

 

 

 

「…………そうか」

 

 トリトマは、いつもの研究会室の長机の上に置かれたカギを見下ろしながら、落胆のため息を漏らした。

 

「本当にすみません。合宿と、これまでの練習費用は必ず返却します」

「構わない。利用されたとは思っていないよ。実際キサマのアドバイスで伸びた後輩も少なくないからな。当初の思惑はそれなりに果たされている」

 

 俺もミヤコと同じく、曲がりなりにも強化生だ。彼女のぶっきらぼうで険のあるアドバイスよりは、分かりやすい指摘ができていたという自負はある。

 それでこの研究会への恩を全て返し切ることができたかと言われれば、俺の認識では全く足りないが、トリトマはこれ以上の謝意を受け取ってくれないだろう。

 

「曲がりなりにも最高の研究会と呼ばれるだけあって、会に所属する者達にはその自負がある。ただ、安いものだったよ。会員達のプライドは、余す所なくキサマとミヤコに打ち砕かれたらしい」

 

 元々鼻っ柱を折ってもらうつもりだったからな、と、トリトマはどこまで本気なのか分からない様子で、肩をすくめるように笑った。

 

「そんなことは……現にダブルじゃ、一度もサワギ先輩達から白星を上げられていませんし」

「そのサワギが震えていたよ。一朝一夕で君に追い付かれそうになっている。我々とキサマらとでは、根本的に何かが違うのやもしれん、とね」

 

「僕はそんな迷信を信じないが……とにかく当初の想定通りだ。会員達も、危機感を取り戻してくれたようだし、あの姉に付け入る隙を与えたくはないからね」

 

 このところあまり話を聞かないシャグマのことも、トリトマは懸念している様子であった。

 確かに最近は、その一派と思わしき生徒の中でも、目立つヤツらは身を潜めているし、彼らとの関与が疑わしかった生徒も、普通の学園生活を送っている様子だ。その静けさがむしろおそろしい気持ちはよく分かる。

 

「それから、アコニのこと……」

「彼女のことも心配するな。キサマがいなくなったからとて、追い出そうとは思わん。むしろ、この半年で中々水の与え甲斐がある芽を出してきた。手放せと言われても断るくらいさ」

 

 それを聞いて安心した。それだけが心配事だった。自力でバッジを獲りに行けるようなトレーナーになったとはいえ、最終的な判断を下すのはトリトマだ。その彼の言葉を聞くまでは、気が気ではなかった。

 

「さて……これ以上長話で拘束するのも忍びない。確かにカギは受け取ったよ」

 

 トリトマは名残惜しそうな表情で、机上に置かれた〝俺が使っていた第二棟のカギ〟を受け取った。

 

「半年の間ですが、お世話になりました」

「あぁ。これからのキサマの健闘を祈る」

 

 二日前、合宿から帰ってきたその日よりもずっと前から考えていたことだ。今日を以て、俺はトリトマ研究会のシランではなく、無所属となる。

 

 





グリーンチリジャンバラヤ

味 :★★★★☆
栄養:★★★☆☆
他 :★★★☆☆

総合評価:★★★★☆

 イッシュ地方の家庭料理であるジャンバラヤに、パルデアでよく使われるスコヴィランのエキスを用いた激辛料理。
 玉ねぎ、パプリカ、セロリなどに加え、刻んだソーセージ、鶏モモを炒め、そこにスパイスの代わりにスコヴィランのエキスを入れる。全体がまとまったのちにホールトマト、塩、生米、水を混ぜて沸騰させ、トマトの形状が完全に崩れてから蓋をして煮る。
 通常のジャンバラヤに比べて非常に辛いが、唐辛子粉末等と比べて後味が悪くならないのが特徴。

ライム評:★☆☆☆☆
備考
 ピィー! ピ、ピカァ!!(辛い辛い辛い!!)

シラン評:★★★☆☆
備考
 海の家で出てきたジャンバラヤ。刺激的な匂いの割に見た目は普通で、油分が少し緑がかっている他には、通常のものとあまり違いは感じられなかった。
 が、一口食べてみると、そこに地獄を見た。激しい痛みが口内で四方八方に飛び回り、口から飛び出そうとするかのように粘膜を突き刺しまくった。思わず顔が歪むほどの辛さの中に、鶏肉とトマトの旨みがゆったりと感じられて、まるでぶたれてからそこを撫でられるかのような、複雑な旨みと気分を感じさせられた。
 うまいことはうまいが……辛すぎる。辛いのは苦手だ。
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