俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど 作:イリノイ州の陰キャ
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「あー……どうしよ」
計画性のない俺は、大会に出場するための手段を確立しないまま、トリトマの研究会を脱退してしまった。
脱退したのには理由がある。一つはトリトマやミヤコ、サワギ等と敵として戦いたかったということ。最高の研究会の中にいたのでは、最高の研究会と対面のトレーナーボックスに立つことはできない。
それから、もう一つの理由は……。
「ピカピ……」
ライムは途方に暮れる俺を半目で見上げながら、両手をあげて首を横に振った。アコニと仲がいい影響なのか、最近俺に対して辛辣じゃないか。
「何だその呆れ顔は。こうしてやる」
「ピィカァ〜!!」
その小さな顔を手で挟み、嫌がるライムを撫でくりまわした。本来電気袋である部分が全て脂肪分なだけあって、ほっぺがもちもちで大変触り心地がいい。
分離不安のような頃もあったが、学園に来て、俺以外との交流も増えてから、少しずつ精神的な落ち着きを取り戻している。
「ピッ!」
「分かってるよ。遊んでる場合じゃないって言うんだろ?」
元々客分であるため、面倒な諸手続きなども省略されたまではよかったが、研究会大会にどうやって出場するかについては未定。一応いくらかはアテはあるので、試してみるつもりではあるが、望み薄だ。
行動してから考えるというのは心情に反するが、動かしてみなければ結果が分からないものもある。
という訳で、とりあえず線の薄いものから当たってみることにした俺は、初めにレブンの部屋に来た。
「無理だね。知ってるだろ。この時期の一般生徒の忙しさ」
彼は片手に筆記用具を持ったまま、部屋の扉を開き、拒否の言葉と共に俺を招き入れた。あまりに自然な動作だったので、つい招待に応じてしまったが、拒否するつもりなら俺を入れないほうがよかったんじゃないか。
「待ってて。紅茶淹れるから」
目にはクマが浮かんでいる。台所で紅茶の支度をする後ろ姿は実に不安定で、気を遣わないでくれと言ったにもかかわらず、レブンは気丈にも笑顔で首を横に振った。
彼の勉強机を盗み見ると、帯のように長い多項式が書かれた紙が一番上に重ねられていた。
「一般化しろよ」
「そういう課題なの。多項式で近似させるんだよ」
レブンは俺が取っていない解析の授業を受けているらしいので、そこで配られた課題か何かだろうか。見てもさっぱり分からないが、労力がいることだけは伝わってくる。
「ま、そういう訳。課題にレポートに大忙しなんだよね、僕」
二人分の紅茶を持って椅子に座ったレブンの顔は、いつも以上に蒼白だった。俺より顔色が悪そうだ。
「そこをなんとか」
「そもそもね、悪いけど僕の会の2チームは、どっちも埋まってるよ」
「俺達で新しい研究会をさ!」
「嫌だよ。というか君、半ば無理だって分かって言ってるでしょ」
実際、ここで彼の顔を見た時から、内心では彼の勧誘は諦めていた。ここまでやつれた顔をした人間を、自分の都合で振り回すことはできない。良心が激しく反発する。
「彼女を誘ってみたら? ほら、君と同じ強化生の」
「もしかしてユリオ?」
「そう。まだフリーだって聞いたよ」
彼は代わりを差し出すかのように、真偽の怪しいことを言い出した。
「ユリオが? そんな訳なくね」
彼女は同級生にも上下にも親しい友人が多い人気者だ。物腰柔らかながら、正義感に溢れる人柄に惹かれる者多数。お付き合いの申し込みをして玉砕する男も多数……とか。
「それがさ、どうもね、彼女が所属してる研究会の会長、強化生大っ嫌いなんだって」
「何で?」
「さーね。でも、流石に前よりは減ったけど、僕の周りにもまだそういう生徒がいるよ。ライバル意識なのか、特別扱いが気に入らないのか」
愚かな質問をしてしまった。大会に参加するつもりの人間なら、多かれ少なかれ周囲にライバル意識を感じるのは当然だ。
それも、強化生なんて目立つ看板を背負っている下級生の存在が、目に余って仕方ない上級生がいることも、容易に想像が付く。
「それで、ユリオをチームから締め出してるのか?」
「らしいよ。上位入賞を狙う目的なら、僕だったら彼女を仲間に入れない手はないと思うけどね」
同感だ。この半年で彼女が手に入れたハドリアのバッジは三つ。自覚的にはかなりの強行軍で挑んだ俺と並ぶ数を保有しているらしい。
校内で〝白銀〟の文言を耳にする時、半分は1:√2の比率のことを意味するものとして、もう半分は彼女への賞賛を聞かされることに等しい。実力は折り紙付き、バッジ付きだ。
「確かにユリオが組んでくれるなら願ったりだけどさ……」
「ダメ元でいいじゃん。僕に頼んできたのも、要はそういうことでしょ?」
「いや、期待してなかった訳じゃ……」
「下手な気を遣うなよ。それよりほら、行く前に飲んで行って。折角淹れたんだから」
「あ、あぁ……ありがと」
ほのかに花を思わせる甘さがしつつも後を引かない、爽やかな香りがした。適度な温度で注がれ、最大限まで風味を引き出された紅茶には、人によってはミルクや砂糖の類は過剰に感じるだろう。
どいつもこいつも当たり前のようにロズレイティーを出してくる。グラムいくらだと思ってるんだ。ありがたくいただきます。
「だからさ……まだ空いてたりしない? ユリオ」
「困りましたわね……」
翌る日、先日のレブンのアドバイスを受けた俺は、中庭でメタグロスの体表を磨いていたユリオに頭を下げていた。
「メタグロス、横を向いてください。次は右側です」
「おぉ、見比べると仕上がりが全然違うな。コイルシャインか?」
「いえ、クワックワックスという水性の研磨剤です。コイルシャインでは少し粗過ぎますので」
彼女が傍に置いていたのは、鏡面用の液体コンパウンドが配合されたワックスだった。
メタグロスの体表にはいささか弱い気がするが、はがねタイプに関しては彼女のほうがずっと詳しい。その彼女の選択ならば、間違いないのだろう。
コイルシャイン、クワックワックス、どちらも液状の研磨剤だ。コイルシャインは石油系だが、彼女の使うそれは水性の細かい製品らしい。
「さて……研究会大会のお話でしたわね」
「ああ、でも今じゃなくても……」
「お気にならないでください。習慣ですので、会話で集中を切らしたりはしませんわ」
彼女は手際よくメタグロスの身を磨きながら、その表面が鏡のように滑らかになっていく過程を楽しんでいた。
「結論から申し上げますと、私は今回の研究会大会は、出場を辞退するつもりでした」
「それは、強化生だからって会長に目の仇にされてるからか?」
「ご存知でしたのね……」
ただそれだけならば、もう一枠を使って、会の中で別の仲間を募ればいいはずだ。彼女の人気ぶりなら、いくらでも組んでくれる相手は見つかるはずだが、どうやらそうもいかないらしい。
でなければ、出場を辞退するなどとは言わないはずだ。他の強化生達と同じく、彼女も思考の第一にバトルが来る人間なのだから。
「私の研究会の会長は、第1チームの編成を発表したのち、練習生を除いて、研究会からメンバーを募ることを禁止としました」
「禁止って……何でだよ」
「会長ご自身がこの大会にかなり〝懸け〟ているご様子でしたので、身内から有望な戦力を引き抜かれたくないと見るべきでしょう」
その措置は全く非合理だが、俺にユリオの研究会の会長を責めることはできない。
特に4年となれば、バトルの世界に参入できるか否かの分岐点だ。ここで結果を出さなければ、二度とプロ入りのチャンスはない……そんな風に焦る気持ちが、分からない訳でもない。
「でもさ、ユリオって人気者じゃん」
俺と違って。極めて遺憾ながら。
「探せばいくらでも、私にお力添えをしてくれる友人がいる、と?」
「そうじゃないの? 何ならその会長さんの禁止事項だって、別に部活じゃないんだし、破っても問題ないだろ?」
どうせ今年で卒業するような相手の言うことだ。ユリオの人気ぶりを考えれば、その後、会で気まずくなるのはむしろ相手のほうかもしれないし。
「…………」
ユリオは言いにくそうにしていた。
「研究会の学友を悪く言うつもりは毛頭ございません。ただ、彼らは良くも悪くも〝この学園の生徒〟なのです。我々のように、バトル一辺倒の生徒は、研究会所属を含めても、精々4割といったところでしょう」
「ん? どういう……あっ」
そういえばこの時期、休み明けのレポート発表で首が回らない生徒が大半だったことを忘れていた。
レブンの恨めしそうな顔が頭に浮かぶ。先ほど、たまたま2階の講義室で会った時、彼はおはようでもこんにちはでもなく「君らはいいよね。レポート免除でさ」とか何とか言って、そのまま俺の返事も聞かずに亡霊のような足取りで自席に戻っていった。
「いや、でも、全員がレポートある訳じゃないだろ!? 取ってる授業とコースに含まれてるだけでさ!」
「そうなのですが……そうでない方は、夏休みを満喫していらっしゃるようで……」
ユリオはおもむろにスマホロトムを呼び出すと、そのディスプレイに楽しそうな男女の写真を映し出した。
「これは、私の所属する研究会の親睦会、だそうですわよ」
川原に足を突き立てた炭火焼き用のグリルと、水着で川遊びに興じる男女。水際の足下が砂か石かという違いを無視すれば、何だか既視感のある光景だ。
「ユリオも来ればよかったのに、なんて、嬉しいお言葉もいただきましたわ」
これを邪魔することはできない。それぞれに将来の展望や優先順位があるし、何よりこんなに楽しそうにしている彼らの間に割って入って、もっとバトルにやる気だせよ、なんて言えた雰囲気ではなかった。
「思ったよりみんな、大会出るぞ! って感じじゃねーのか……」
「特に1、2年は、まだその時期ではないと考えているのでしょう。3、4年の経験豊富な先輩方に勝てる見込みはない、あるいは、先輩達とは違ってチャンスはまだある、と」
だから彼女は最初に困りましたわね、と言ったのか。心情的には出場したいが、環境に問題がある。
「大会出場自体に関しては、やぶさかではありませんわ。あの子に本格的な実戦を経験させる意味でも」
あの子、というのは、彼女の担当する練習生で間違いないだろう。男嫌いとかいう例の女の子。標準を自負する俺より背が高いので、心の狭い男なら見ているだけで少しプライドを傷付けられるような。
「ただ、それでも3人です。大会規定では、エントリーには4人が必要。最後のメンバーを見つけなくてはなりません」
「それって、見つかったら一緒に出てくれるってことか!?」
「ええ。挑戦したい気持ちはありますから」
急な申し出を受け入れてくれたユリオと、提案してくれたレブンに感謝しなければならない。これで希望が出てきた。
「半ば諦め気味でしたが、あなたが加わってくれるというのであれば、もう少しアテを探してみます。幸い、エントリーまで少しは時間がありますから」
「ありがとう。俺も暇そうなやつに声かけてくる」
そうなれば、ぐずぐずしている時間が惜しい。早速、数少ない知り合いに声をかけることにしよう。
「あぁ、聞き忘れておりましたわ」
勇みがちになって動き始めた俺を、ユリオが後ろから呼び止めてきた。
「ん? 何?」
「あなた、ご自身の研究会はどうなされたのですか?」
極めて順当な思考からくる疑問だ。
「あぁ、ね……」
逆の立場なら当然俺も同じ疑問が浮かぶ。もはや無駄骨の感が激しいが、俺は額の汗を拭い、泳ぎそうになる目を彼女から離さないようにして平静を取り繕った。
「かのトリトマ研究会に所属しているでしょう。どうしてメンバーに困るのですか?」
「あー……うん、いや、ね……」
言いたくない。絶対怒られる。
「歯切れの悪い……潔く言ってしまいなさい。どうなされたのですか」
「辞めてきた」
ユリオの目がエネコのように細まった。何も言われていないのに、責められているのがよく分かる。
「はぁ…………」
量の多いため息が彼女の口を突いて出た。沈黙が怖い。いっそ激しく叱られたほうが精神の動揺も少なかった。
「それで先日から、アコニさんが甚く不機嫌でしたのね。取り返しが付かなくなる前に、謝りに行くのが最善と存じますわ」
「うぅ……そうしたいんだけどさ」
勿論何度も謝りに行ったが、まるで俺の姿など見えていないかのように無視される。6度ほど彼女を訪ねた辺りで心が折れた。
携帯で連絡しようにも、チャットもブロックされてしまったようだ。ロトムがゲラゲラ笑いながら煽ってくるのですぐに分かった。
「口を聞いてくれないとでも言うのでしょう? 自業自得ですわね」
「…………エスパータイプ?」
「大きな声で叱られなければ分かりませんか?」
「ごめんなさい」
ユリオは眉間に指を当て、険しくなる一方の表情を手で揉みほぐすと、もはや興味深そうに、珍しいものでも見るかのように俺の目を覗いてきた。
「今からでも研究会に復帰をお願いしてみては? 大会に出るだけならば、そちらのほうが可能性がありますわよ」
「ダメなんだ、それじゃ」
「そうまでして、そちらの会長やミヤコさん達と戦いたいのですか?」
「もっと別の理由」
あの研究会ではそれが果たせない。トリトマ達の実力が不足しているという意味ではなく、極めて閉じた理由だ。
個人的な欲求からではなく。とある目的を果たすことにある。
「そのためにもアコニと話がしたいんだけどさ」
「ご自分のお力でどうにかしなさい。不義理をはたらいたのですから、怒られて当然ですわ」
「はい……」
ユリオの勧誘に成功した(ついでにお叱りもいただいたけど)俺は、その勢いで数少ない友人に電話をかけてみた。
『わり、今実家。ハクダンシティ』
『夏季試験があんだよ!! 忙しいからかけてくんな!!』
『カブトプスとポケスイミング大会に出るからさー。ごめんな!』
結果は悲惨なものだった。帰省中の友人は距離的に不可能だし、夏季休業中学園に残る生徒も、大半は別の目的がある。
何とかなるだろ、で、以前から用意をしていなかった己を殺したい。あまり早くに準備をして、アコニに気取られてはよくないと思ってのことだったが、大会に出られなければ本末転倒だ。
「ピィーカ」
俺が電話に必死なせいで暇にしてしまったのか、ライムは学園の芝の上を転がっていた。口を開けて空を眺めている。
「アコニも来ないな……部屋に帰るか」
もしかしたらアコニが来るかもしれないと思い、俺はいつもの噴水前で待っていた。しかし、彼女は影も見せない。というか、普通に考えたら。半ば俺が占領してしまっている噴水前を、怒っている彼女があえて通る意味はなかった。
噴水に来るのは、たまに来るのは人間をなめ腐ってる野良ムックルか、清掃のおじさんくらいだ。その清掃員さんは、埃を払いながら寝転がるライムの腹をくすぐっていた。
「ピッカ! ピィー!」
「うおっ、ど、どうしたライム。清掃員さんはもういいのか?」
「ピ!」
突然走ってきて、俺の足をバシバシと尻尾で叩き始めたかと思ったら、ライムはその小さな指で校舎のほうを指差した。
「な、何、なんだあいつ……」
特徴的な緑色のモヒカン男が、血相を変えてこちらに走ってきている。靴は泥はねで汚れており、かなり走り回っていた様子だ。
カンゼキは上気しているのにどこか蒼白な表情で、俺の顔を見るなり詰め寄ってきた。
「や、やっぱりここにいたか!!」
「か、カンゼキ?」
というか、こいつにすら「やっぱりここにいた」と思われる程度には、噴水の前が俺の位置として浸透しているのか。そらアコニもここに来ない訳だ。恥ずかしくなってきた。
「はぁっ、はぁっ! お、お前に頼みが……ある……!」
彼は膝に手をつき、肩で息をしながら見上げてきた。非常に切迫した表情で、焦りが隠せていない。
「この通りだ! 年度初めにお門違いの喧嘩をふっかけたことも謝るッ! だから……!」
「ま、待てって! 頭上げろ! 見られてるから!」
砂埃を掃いて集めていた清掃員さんが、学務課に通報すべきか否かという表情でこちらを見ていた。
それにしても、カンゼキがわざわざ謝ってくるとは、一体どのような心変わりがあったのか。それだけ逼迫しているらしい。
「頼む……! キマワリが……!」
「キマワリが何かあったのか?」
ポケモンに何かあったというなら、話は別だ。手持ちの一大事となれば、焦る気持ちは分かる。
「あいつの足が……!」
彼は焦りすぎて説明も覚束ない様子であった。俺の両腕を掴んで、焦りのあまり崩れ落ちそうになっている。
「……まぁ、何つーか。強化生ってさ、ポケモンについてのアドバイスを求められたら必ず応じろって、学園から言われてるんだよ」
これは義務だ。そういう了解で学園からの支援を受けている以上、俺に断る選択はない。
「…………しこりとかはないけど」
キマワリの右足の付け根を触り、少し押してみると、キマワリは痛みに顔をしかめた。
「どっかにぶつけたか? あるいは、バトルで大きなダメージは?」
キマワリはどちらにも首を振った。心なしかその黄色い花弁もしおれており、元気がない。
「な、なあ! キマワリは大丈夫なのか!?」
「落ち着けよ。まだ分からない」
カンゼキが俺を呼び出した理由は、彼の手持ちとなったキマワリの不調を確認してほしいということであった。
今は、バイク雑誌とくさポケモンの飼育方法の図書であふれた彼の煩雑な部屋に通され、違和感を感じているというキマワリの右足を確認しているところだ。
「たとえば、植物ホルモンの勾配に問題があるのかもしれない」
もし普段通りにしていて、突然違和感が現れたのだとしたら、ウイルスやむしポケモンによる虫害などによって、特定部分のホルモンの合成が過剰になってしまっている可能性が考えられる。
「こ、こーばい? よく分かんねぇけど、ヤバいってことか!?」
「どうかな。あるいは元々くさポケモンのくせに地下にいたヤツだし、急激に日照時間が増えて、過剰に成長してるのかも……」
くさポケモンは植物の性質を併せ持ちながら、自意識によって動作する。種類によっては甲殻類のように骨がなく、細胞壁の硬さによってその形状を保ちながら、動物のように柔軟に挙動するという、ポケモンの中でも特殊な部類だ。
だから普通の植物とは違って、地中の水分や光合成以外のエネルギーを必要としており、固形物を食べる。エネルギーを摂取する方法やサイクルの一本化が難しい。
「俺に聞くより、専門の病院に行ったほうがいい」
やはり素人の診察では限界がある。キマワリはくさポケモンの中でも骨がない、細胞壁が形状を留めている側の存在だ。そのケアにはずっと繊細な気配りが必要となる。
「そ、それがよォ……近くのポケモンセンターで診てもらった時にも、分かんねーから専門の機関を受診しろって……!」
となると、大半のポケモンに当てはめられる疲労や外傷、あるいはバトル中に被った状態異常ではない、何らかの不調が起きているということになる。
「そのポケモンセンターで紹介とかは貰わなかったのか?」
「知らねェの一点張りで……」
「おかしいな……ちょっと酷い対応だぞ、それは」
普通のポケモンセンターなら、各方面に専門の医療機関のパイプがあって、センターで対応できない症状でも紹介を出してくれるはずだ。
「服を着せたりしてるか?」
「し、しねェよ!」
「だよな……」
単なる物理的な要因、例えば普段からオシャレと称して、くさポケモンに服を着せる(カンゼキにそのような趣味があるとは思えないが)などして外部から圧迫しているなら、それが原因かもしれない。服を着せる行為自体が遮光となり、部分的な発育に影響を与えることもある。
「食事は?」
「普通だぜ。十分な水と、窒素、リン、カリウムを含んだフーズに……」
あるいは気温や水分量が関係していることも十分ありえる。特に今の時期は湿度過多や、反対に水分不足に陥りやすい。トレーナーが細心の注意を払っていると断言したとしてもだ。
「くさポケモンは難しい。一流のトレーナーが完璧に世話をしていても、病気になる時はなる」
一種類ずつ、飼育方法が細かく変化するポケモンの中でもだ。
普段の生活ならまだしも、バトルの場でも活躍させ、かつ長期的な結果を出している事例は、プロの世界にも少ない。
物理的、環境的ストレスを受けやすいのだ。精神的に参ってしまうという意味ではなく、生理反応としての変形等が他のポケモンより頻繁に起こり、バトルの世界への復帰が困難になる、なんて話が珍しくない。
「俺の知ってるとこに連絡するよ。費用は安くないけど……」
「いくらでも構わねェ! 頼む!!」
「よし」
あのシャグマに使われていたチンピラだということで、俺の中には彼に対する疑いの心が僅かながら存在していた。
つまり、キマワリの不調の原因は、実は彼なのではないか、ということだ。しかし、彼を見るキマワリの表情や、くさポケモンの勉強をした形跡でいっぱいのこの部屋を見るに、杞憂だったらしい。
「今日中に診察に来れるか、だってさ」
「すぐに行く! 場所を教えてくれ!」
地図アプリで位置情報を共有すると、彼は手短に礼を言いながら、キマワリをボールに入れて走って行った。
「今日は帰るか」
「ピ」
ポケモンのために走るカンゼキの姿を見たライムは、少し嬉しそうだった。
「じゃあ、あとは軽い通院で済むんだ」
「あぁ、昨日病院で診てもらって、1時間ばかですぐに痛みを治してくれた。すげーんだな。専門の先生ってのはよ」
キマワリの不調は、やはり日照時間が増えたことによる、突然の生育促進が原因だったらしい。
昨日までしおれていたキマワリは、痛み止めの服用ですぐに元気を取り戻したという。
「あとは薬飲んで、けーか観察? ってのをしてもらったら、バトルにも復帰できる」
治療は少しの間、然るべき薬が混ぜられたフーズを食べさせながら、経過観察をするにとどまったようだ。大事にならなくてよかった。
「そのついでに、くさポケモンのこと、色々教えてくれるってよ。助かるぜ。オレ一人じゃ分かんねーことだらけだ……」
あの部屋の様相からして、この調子で熱心に勉強すれば、俺なんて素人に見えるレベルでくさポケモンに詳しくなっていそうだが、カンゼキは満足いっていない様子だった。
「今回のことは本当に恩に着る。テメェの……いや、シランのおかげだ」
「そんな大袈裟にしなくていいって」
「いや、それじゃ気が済まねェ。4月頃のこともある。こいつはデケぇ借りだ」
そう言われても、礼を期待してやったことではないし、病院を紹介した程度のことで、礼をもらうほどの大事でもないし……。
「あ、じゃあそうだ」
別に恩着せがましくするつもりはなかったが、恩義に思ってくれるなら丁度いいか。
「俺達と組んでさ、研究会大会に出てよ」
カンゼキは途端に眉間をひそめ、頭上に巨大な疑問符を浮かべた。
「オレが、お前らと?」
「そう。オレと、あとユリオもいる」
厳密にはユリオの練習生でもあるリビナとかいう女子生徒もだが、ほぼ面識のない彼に伝えても仕方ない。
「い、いや、無理だろッ!!」
「ダメなの?」
「オレがじゃなくて、テメェらがだよ! オレはテメェら強化生と違ぇ、ド素人だぞ!?」
「でも最近、熱心に練習してるじゃん」
「そんなもんは戦力の足しにもならねェだろ!?」
彼の懸念は、おそらく彼自身が足を引っ張ってしまわないかということだろうが、それこそ、ユリオにでも聞かせれば鼻で笑うところだろう。
「俺が全勝すればそれで済む」
「本気かよッ。ムカつくぜその自信……」
仮にも強化生が二人もいて、そんじょそこらの相手に負けることなどあり得ないし、負けるつもりなど毛頭ない。
俺は本気だ。本気で自分が最強だと信じているような大馬鹿でもなければ、一流の競技者にはなれない。というのが俺の主張。
「それに、まだ大会まで時間はある。その間にバッジも取れるようなトレーナーにしてやるよ。死ぬ気で」
「死ぬ気っつーのはつまりお前というか……」
「そう、カンゼキが死ぬ気で」
カンゼキの顔がくしゃくしゃに丸められたティッシュ紙のように歪んだ。
冗談でも何でもない。この際だ。彼自身、バトルの腕前を上達させたいという気持ちはあるはずなのだし、もう一人練習生を抱えてくらいのつもりでシゴきにシゴくつもりでいる。
「くそッ!! わぁったよ!! やってやるよ! テメェはキマワリの恩人だ! 何でもやったるわ!!」
「じゃあ早速今日からね」
「あ!? 今日から!?」
「スコヴィランは別に不調じゃないだろ? ほら、行くぞ!」
「だぁー!! クソ! やってやらぁ!!」