俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど   作:イリノイ州の陰キャ

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43、しっとのほの……お?

 

「……そういうことだから、こいつが一緒にエントリーしてくれることになった。ほら、名前」

「あー……カンゼキだ。よろしく」

 

 4人目を見つけた、とユリオに連絡を送ると、彼女はすぐに顔合わせをしようと返信してきた。

 そういう訳で、ユリオとリビナに4人目の顔見せをするべく、いつもの噴水前に集合した訳なのだが……。

 

「お、男!? 男!! ふ、二人も!!? ちょっと!! 私は、わ、私は認めませんからね!! 男なんて……!」

「カンゼキさん、ですわね?」

「ゆ、ユリオさんッ!!?」

 

 リビナは聞かされていなかったようで、目を白黒させてユリオに掴みかかっている。この身長差の相手に、両肩を揺さぶられながら迫られているというのに、彼女の表情は極めて冷静だった。

 鋼のようなメンタルだ。〝白銀〟っていうか〝鉄仮面〟だろ、これは。

 

「突然の申し出を受けてくださって、感謝の念に絶えません。短い間ながら、よろしくお願いいたしますわ」

「お、おう。オレのほうこそよろしく頼む……頼みます」

「ちょ、ちょっと!? ユリオさん! わ、私は認めませんよ!!」

 

 ユリオの折目正しい口調には、悪態の多いカンゼキも背筋を伸ばしていた。彼の気持ちは分かる。俺もユリオの前に立つと、なぜか服の襟を正したくなるから。

 

「い、いや!! 嫌です!! 私!! お、男なんて……! 最悪ッッ!!!」

 

 最悪、の一言にびっくりするほど強い念が込められていた。やましいことなんてないのに、なぜか非常に居心地が悪い。カンゼキも手の施し方が分からず、冷や汗を浮かべていた。

 

「社会に出れば否応なく異性と交流する場がございますわ。この際、そのための練習の場と思いなさい」

「ゆ、ユリオさぁん……!!」

 

 ピシャリと反対意見を突っ跳ねたユリオは、ずるずると崩れ落ちるリビナを腕組みしながら見下ろした。その目はよく磨かれたメタグロスの体表のように冷たい。

 

「よ、容赦ないな。いいの?」

 

 両肘をついて項垂れるリビナを横目に、ユリオは全く同情心を感じさせない表情で鼻を鳴らした。

 

「いい機会ですわ。男性との会話すら不可能で、どうやってジムに挑戦するのですか」

「確かにね……」

 

 嫌いなのは構わないが、せめて会話ぐらいはできるようになってほしい。研究会大会のためにも、彼女の今後のためにも。

 

「まぁ、今日のところはご挨拶だけで解散にしておきましょう。各自が出場するレギュレーション等のすり合わせは、また後日ということで」

 

 それがよさそうだ。リビナの様子からして、今から話し合いをしても、まともな問答にならなそうだし。

 

「じゃあ、また連絡するよ。えと、リビナさんも、よろしく」

「誰がよろしくするもんですかッ!」

リビナッッ!!!

 

 …………。

 

 ユリオに名前を叫ばれ、彼女は飛び上がる勢いで肩を震わせた。

 俺とカンゼキも飛び上がっていた。声量はそれほどでもない。しかし、俺は彼女の背後に体を反り上げるヘイラッシャの姿を見た。

 道理に則さないイメージであることは自覚しているが、とにかく怒気を放つ彼女の立ち姿は、それだけの威容であった。

 

「これ以上、お二人にご迷惑をおかけするようであれば…………」

「ご、ごめんなさいッ!! 分かりました!! よろしくお願いしますぅ!!」

 

 よほどユリオが恐ろしいのか、竹竿のように真っ直ぐ〝気を付け〟の体勢になると、リビナは彼女のほうを一切見ずに頭を下げた。というか、ユリオの目が目られない様子であった。

 

「よ、よろしく。リビナさん……」

 

 普段ユリオはどのような指導をしているのだろうか。恐ろしい。こっちまで体の芯が震えるような思いだ。

 カンゼキも俺と似たような感じだった。開いた方が塞がらなくなった彼は、遮蔽物のない場所で手負いのバッフロンに遭遇したかのように顔を青くしていた。

 

 

 

「あのユリオって女、何モンだよ……! あいつの後ろにハガネールの幻覚が見えたぞ!!」

「何モンなんだろね……」

 

 一応の挨拶の後、ユリオへの恐怖心をカンゼキと悪態混じりに共有(カンゼキのイメージのほうがそれっぽい)しながら、俺は一度、彼を伴って部屋に戻っていた。

 

「つかよ、練習はいいのかよ。昨日は散々人のことボコりやがって、勝ち逃げか?」

「いや、昨日の対戦は課題をあぶり出すためだ。今はとりあえずこっちね」

 

 無闇矢鱈に特訓したところで、そこに反省や修正がなければ、それは単なる反復だ。反復は、その動作や知識が有効な場合にのみ意味がある。

 俺は逸るカンゼキを座らせながら、棚からポータブルプレーヤーを取り出して、BDを挿入した。

 

「何だよこれ」

「ガラル地方のメジャークラス昇格戦」

 

 ガラルはバトル興行という点においては、他の地方よりもかなり進歩的というべきか、オープンな考えだ。

 大半の公式バトルの記録映像が残されており、申請すれば公立の機関で貸出も可能だ。

 

「ガラルはホントにいいわ。試合映像が大量に一般公開されててさ」

 

 去年のメジャークラス昇格戦の映像を再生しながら、俺は残り半分しか入っていないサイコソーダを一気に飲み干した。

 この映像からカンゼキに教えることがいくつかある。少し多弁にならざるをえないので、喉を潤しておきたかった。

 

「挑戦者はひこうポケモン使いのフロクシ」

「対戦カードは、ヤロー……ってヤツか」

 

 カンゼキは同じくさタイプの使い手であるヤローが映像に映ったのを見て、目の色を変えた。

 彼にも、この映像を見せる意図がなんとなく読めてきたようだ。

 

「あぁ。この年はメジャー戦で低迷気味だったから、ヤローの降格がかかってた。でも、この人なぜか全然マイナー落ちしないんだよね」

「…………」

 

 降格がかかったバトル。しかも相手は不利タイプのひこう使い。この日客席を埋めた観客達は、ヤローのファンですら一抹に彼の敗北を思い浮かべるのを禁じ得なかったという。

 しかし、現在でも公式ページのメジャーリーグの末席には、ヤローの名前が公開されている。言ってしまえばこのバトルの結果に等しい。

 

「始まるぞ」

 

 飽きて床を転がり出したライムを確保して、無理やり膝に座らせて静かにしてもらう。

 この一戦は重要だ。彼の戦い方には、くさタイプの使い手としての真髄が垣間見える。

 

『両者同時にボールを投げました! ヤローの先発は――――!』

「実況うるさいな……カンゼキ、ボリュームどうす……」

 

 横目で彼の表情を確認した時、俺はかける言葉を失った。もう集中状態にある。

 くさポケモンに対する並々ならぬこの集中力は、何というべきか、くさポケモン使いに特有のものを感じる。そのタイプや生態から、バトル競技者としてやっていくには強烈な信念と忍耐が必要となる。

 

「…………」

 

 いや、むしろ、くさポケモンを使うトレーナーというのは、往々にしてそういうものなのかもしれない。

 

 

 

「で、どうだった?」

「…………」

 

 映像を見ている間、カンゼキは固唾を呑む音を立てる以外には、完全な無言を貫いていた。

 彼は温くなった紅茶を一気に飲み干すと、眉間に深刻なシワを寄せてため息を吐いた。

 

「なんつーか……余計に自信なくした」

 

 この一戦は当時から現在まで、くさポケモンを使うトレーナー達の間で激論の的となっている。

 ヤローはただ強かった訳ではない。その戦い方には、カントーでならず者のバトルをした俺には説明しきれないものがある。

 

「お前のバトルとは全然違ぇ……なんつーか。誰かが見てるっつーか……」

「分かるよ。観客に見せるためのバトルをしてるよな」

 

 もちろんそれは相手を侮っているからではない。そして、観客に〝魅せる〟バトルをすることで、彼自身が充分に実力を発揮できていない訳でもない。

 ただ、見やすい。わかりやすい。競技者でなくとも戦況や技の意図が理解できる動き、それにして地味ではなく、むしろ見栄えのする技の数々。

 

「こういうのは俺には無理だ。こんなに器用なことはできない」

 

 この〝魅せる〟戦い方というのが、初心者にどれだけありがたいものであることか。

 誰にでも意図が分かるというのは、すぐに真似できるという意味でもある。それがヤローほど効果的かつ適切な使い方でなくとも、少なくとも、付け焼き刃でもそれなりのものを真似できる。

 

「…………ガラルのトレーナーっつーのは、誰もかれもンなことができんのか」

「いや、ここまでのは一握りだ。やっぱメジャーに残留し続けてるだけのことはあるよ」

 

 通信技術の向上等によって、より鮮明かつリアルタイムなライブ中継が、誰でも手元から視聴できる昨今、バトルは半ば興行だ。

 上から下までマネタイズされたバトル産業は、実力主義からタレント主義へと変わりつつある。

 

 見目のよいトレーナーや、バックボーンに特異な悲劇やら有名な人物の力添えを持つ、話題性を重視したマッチングが、特にルーキーの多い下位層と、最も集客の見込めるトップ層とで潮流となりつつある。

 大会の中継などは下火になっている。視聴率が取れるのはランカー達のリーグ戦か、最近になって規制が緩和された四天王戦の限定放送程度か。

 

 ガラル地方はそんな時勢に一足早く支流をつなげてみせた。

 

「カントーは特にだけど、他の地方でもバトルのエンタメ利用ってのに苦労してるんだよな」

 

 ガラル地方においては全体の実力を維持しながら、幅広い層に楽しんでもらえるバトルの方法が浸透している。

 ダンデなどが好例か。あの男は全国で見ても上位の実力者であり、さらに観客を盛り上げる作法とでも言うべきものをよく心得ている。

 ガラル地方自体、バトルが地方をあげた一大観光産業であることも追い風となって、そのタレント性と比肩する者ないバトルの実力は、間違いなく一つのエンタメとして大衆に強く望まれている。

 

「ほーん……」

「ほーんって。聞いてるのか?」

「聞いてッけど……そういうのはよく分かんねー。オレは強くなれれば何でもいい」

「まぁ、確かにそうか……」

 

 少々寄り道が長くなってしまった。結局俺達にとって重要なのは、より強くなることだけだ。

 最終的には勝利と強さのみがものを言う。どんな美男美女が、どんなに奇想天外な戦い方をして、見栄えのするポケモンを戦わせようとも、強くなければ意味はない。

 

「つーかよ。なんで四天王戦って放送されねーんだ?」

「個人情報の保護でさ。昔はそこまで辿り着けるトレーナーのボリューム層が10代だったんだと」

 

 競技である以上、資金繰りを成り立たせるためにも観客や中継を入れることは必須だ。そうなれば必然的に競技者が巷間に知れ渡ることになる。

 しかし当時特に世間を騒がせていたのは、11歳の幼い身ながら、破竹の勢いでジムバッジを取得していく数人の天才達だ。リーグ連盟は、成人にもならない子供達の周辺に、取材陣が殺到することを危惧した。

 そこで、取材拒否ではなく、リーグやリーグ関係施設(ジム含む)への立ち入りを、挑戦者と関係者を除いて完全に禁止することで、実質的なマスコミの締め出しをおこなったのが最初だという。

 

「実際は、競技者は準公人だとか訳分からん理屈で、未成年だろうが実家に押しかけて取材しようとしてるけどね……」

 

 オーキド博士の施設研究所以外には何もない、畑だらけのド田舎であるマサラタウンの知名度が、カントー内外で爆発的に向上したのが、正にそう言った理由だ。

 チャンピオンを同世代に二人も輩出したという理由から、当時は丸一ヶ月マスコミに囲まれ続け、報道関係者等の不法野営や、強圧的な取材が問題になり、逮捕者も出たらしい。

 

「とにかく、今の映像で気付いたこととか、真似したいこと、全部試してみよう」

「…………」

「今の13分程度の映像で、相当メモってたじゃん。色々あるんだろ?」

「やっぱ、やってみるしかねーってことかよ……自信、ねーけど……」

 

 ライムとキマワリをエアコンの効いた部屋に置いたまま、俺達は立ち上がった。このセンセーショナルな記憶が新鮮な間に、少しでもカンゼキに考えを出力させてやりたい。

 

 

 

「違うッ!! ポケモンの立ち位置はお前が決めるんだよ! 常に敵と自分のポケモンが見えるように誘導しろ!」

「誘導っつったって……どぉすればいいんだよ! 視線が切れる方向に避けなきゃなんねーこともあンだろ!」

「だーかーらッ!! 遠距離に届く技を軽く無駄撃ちして相手を動かすの!!」

 

 俺達はほぼ口喧嘩みたいな方法で、バトル中に何度も意見を戦わせながら、練習を続けていた。

 勝敗がつくまでバトルをやり通すことにはこだわらない。疑問や言いたいことがあれば、それが試合の最中でも止めて、気付いたことや指摘を挟む。

 展開の目まぐるしいバトルの話を、あとから言ってもどの場面のことなのか想像が付かない。だから、途中でも止める。

 

「スコヴィラン!! 〝ハバネロエキス〟だ!」

「ポリさん、〝れいとうビーム〟で壁作れ!」

 

 正直なところ、アコニよりも課題は多い。彼女の課題は極論、自信のなさだった。自信がないから肝心なところで慌ててしまう。

 それが払拭されつつある現状、俺の介入はむしろ彼女の成長を邪魔してしまう。何かあれば俺に聞く、では、自分で考える習慣が付かない。

 

「クソッ!! 当たんねぇ!」

「当てにいくんじゃなくて、絶対に当たる場面を作るんだよ! やり方は自分で見つけろ!」

「簡単に言いやがって……!! スコヴィラン! 〝かえんほうしゃ〟だ!」

 

 こっちは自信については問題ない。生来の負けん気がそうさせるのか、スコヴィランに対する指示も迅速で、迷いがない。

 ただ、圧倒的にスキルが足りない。無鉄砲な戦い方だ。アコニとは真逆のタイプ。しかし、だからと言って教え方に優劣が生まれる訳ではない。カンゼキにはカンゼキの強みがある。

 

「今のはいい感じだぞ! 次はもっと――――」

 

 俺はこの時の俺自身を褒めたい。いや、余計なことに気付いたことを叱るべきだっただろうか。

 とにかく、この時の俺は、表面的な理屈や理論で説明のできない強烈な悪寒に苛まれ、思わず振り返った。

 

 

 

 

「誰それ」

 

 

 

 

 第六感とか、生まれ持った生存本能とか、そういうものに言葉を頼るのは俺の心情ではないが、この時ばかりは、俺自身のどこかに、脳幹を経由しない反射反応による危機察知の力を知覚した。

 

「あ、アコニ……い、いや! これは……!」

 

 

 彼女は無表情だった。

 

 

 出会ってすぐの頃の、つっけんどんな雰囲気とも違う、俺はこれまで幾度となく野生のポケモン相手に感じてきた「命の危険」のようなものを、彼女の目の奥に見ていた。

 

「ち、違うんだ!! 別にこれは……!」

 

 開口一番「違うんだ」とか、まるで浮気男のようなセリフが自分の口から自然と出てきたことに驚いた。

 カンゼキを鍛えることそれ自体は、別にやましいことでも何でもないのに、なぜか彼女に対する罪悪感が激しい。

 

「ふーん…………」

 

 し、シロガネ山よりも寒い……! まるでバトル中に相手のポケモンが〝ぜったいれいど〟を、トレーナーである俺に誤射してきたかのような寒さがする……!

 

 なんだこの、この背に走る緊張は。これまでの人生で、ここまで緊張したことは果たしてあっただろうか?

 

「言い訳くらいは聞いてあげようと思ってきたけど、その必要もなさそうね」

 

 アコニの声はアクセントの見えない平坦な色で、その小さな声量で草木のざわめく音も関係なしに俺達に届いた。

 まるで自然のほうが彼女を恐れて空気を読んでいるかのような、不思議な静けさが俺と彼女の間にあった。

 

「待てって! 俺は本当に――――!」

「精々、新しい練習生さんと仲良くしたら」

 

 アコニの〝するどいめ〟はなぜか質量を伴っていた。いや、本当はそんなことないけど、俺にはそう見えた。

 だって彼女に睨まれた瞬間、体が勝手に前倒しになっていくのだから。

 

「さようなら。どうぞお元気で」

 

 膝から崩れ落ちる体を理性は支えきれなかった。音を立てて手を突いた時、手首にかかった体重が容赦なく腱に痛みを与えた。

 

「何だテメー。浮気でもしたのか。そういう時はな、頭に土つけてでも謝り倒せ」

「してない……」

 

 というか、遠因はカンゼキだ。彼との特訓の様子を見られていなければ、こんなに拗れる話でもなかった。だからといって彼に非はないが、釈然としない。

 

「お前が悪くなくてもな、とにかく謝れ。ああなっちまったらもう、何でもいいから全部自分が悪いっつって謝るんだよ」

 

 カンゼキは刑事ドラマの探偵役みたいな険しい表情で、スタスタと歩き去っていくアコニの後ろ姿を見送っていた。

 まだ真昼間だというのに、夕陽が眩しそうな顔をするな。人の辛酸な場面にかこつけてハードボイルドを装うのはやめろ。

 

「惚れた女を少しでも不安にさせちまったらな、それはオレらがわりーんだよ」

「うるさいぞ! そういうのじゃねーよ!」

 

 罪作りなモテ男みたいな雰囲気出しやがって。大体、俺とアコニの関係を勘違いしている。

 俺は誓って恋愛的な方面で不義理をはたらいたことはない。そもそも誰かと恋愛関係になったことなんてないし。

 

「何でもいいがな、謝ることは間違ってねーと思うぞ」

「だからうるさいって……」

 

 それは俺が一番分かってるの!

 

 





 女の子みんなコワイコワイなのだった。
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