俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど 作:イリノイ州の陰キャ
『では、ダブルは私とリビナ。シングルA日程がカンゼキさん、B日程がシランさんということでよろしいですね?』
『ああ。よろしく』
3日前の午後、エントリー締め切りのギリギリでチーム登録をして、俺達はユリオの所属する研究会の第2チームとして参加を決定した。
シングルはABの二つにトーナメントが分けられ、上位2名(AB各部門での1位決定試合はおこなわれない)が最終トーナメント出場権を獲得する。
つまり、最終に勝ち上がるまでは、同じチームの人間と当たることはないということだ。
「お前、オレをAにしたけどよ、よかったのか? 先の日程のほうが楽だろ」
例年、先におこなわれるA日程のほうには、慣習としてチーム内で実力的に準じる者が選出されるようだ。
裏をかいてAに研究会で一番強いトレーナーが出場する場合もあるが、それは奇襲戦法でなければ勝ち上がれない程度の研究会である、ということの裏返しでもある。実力のある研究会は、やはり強いほうをBに出すらしい。
「だからだよ。お前と違って慣れてるの」
「チッ……そーかよ。余裕ぶりやがって」
Aのほうが試合組みが早くて、競技者がプレッシャーを感じる時間が短いというのもある。ただ、俺としては単に、Bのほうが楽しめそうだから、くらいの理由しかない。
より強者と戦いたいというのが性分だ。そうでなければ、規則を破ってシロガネ山を登ったりはしない。
「ほら、試合までもう時間ないし、練習再開するぞ。一回戦で負けるなよ!」
「うるせー! ナメんな!!」
カンゼキとの特訓は順調とは言えなかった。
「キマワリ、〝エナジーボール〟……! エナッ……! 〝エナジーボール〟だって言ってんだろッ!! 〝ギガドレイン〟じゃねーよ!」
キマワリの強烈な生存本能は健在だし、スコヴィランは技の使い方が大味で、見切るのが容易だ。
どちらも体に染み付いた習慣的な考えや動きが根底にあり、一朝一夕で切り替えられるようなら苦労もない。
「くそッ……オレの言うこと聞きやしねぇー……! バカテメッ……キマワリ! テメェのことだぞ! その『お互い苦労しますね』みてーな顔をやめろ! お前が原因なんだよッ!!」
しかし、こうして彼が悩み、悩んで悩み尽くす経験は、いずれ殻を破るために必要な栄養素だ。目前の大会に焦らず、蓄えなければならない。
それから一つ補足すべきことがあるとすれば、
「いや、いい……とりあえず〝ギガドレイン〟をやってみろ。気の済むまでやれ。その代わり、タイミングはオレに合わせろ」
順調ではないと評したが、それは難航しているということまでを意味しない。
植物に準えてみよう。時期が訪れて花開くまで、彼らは根や茎にデンプンを貯める。そのエネルギー貯蔵を肉眼ではっきりと見ることはできない。
「そうだッ!! もっと引きつけろ!! テメーの射程まで耐えろッ!!」
そのための光でいたいのだ。導きの光であり、光合成のためのエネルギーとなれればいい。
「あぁ〜……暑かった……」
制汗シートで首や腕を拭きながら、俺とライムはエアコンが無休で稼働する寮のロビーに帰ってきた。
「ライムもありがとな」
「ピ」
カンゼキとの特訓では、アコニの時以上にライムがいい教師役となっていた。
『一致技もねぇ、使ってる技も普通じゃねーのに……どうやってその強さを維持してる?』
普段なら日々成長中なのさ、とか、誰も笑わないおどけた返答で適当に流すところだったが、カンゼキは確実にライムから何かを学ぼうとしていた。
俺に突っかかってきた時とはエラい違いだ。あの時のライムをナメくさった態度は消え、目指すべきものの一つとしてこの子を見ていた。
『考えることかな』
結局、自分で見つけた答えよりも手応えを感じるものはない。誰かに教えられて手に入れる感覚には、これほどの高揚感と自信は付いてこない。
彼に安易な私見を塗りたくって、俺の色のバトルを身に付けさせるのは簡単だ。しかし、それがカンゼキに即物的な強さを担保するものになったとして、未来の成長を促すものにはならない。
『ずーっと考えて……考えてばっかりいると、そのうち無意識に考えがはたらいてる』
スポーツをプレーしている時、一々ピッチ上で次の動きを言語化できるレベルで自覚的に考えたりしないと同じだ。
思考はどこかで常態と化し、体は積み重ねた思考の一部から無意識に最適、あるいは次善の動作を引き出すようになる。
「そんな風になるまでめちゃくちゃ苦労したけどな……」
「ピ?」
口角が上がり気味の気持ち悪い表情をのぞかれる前に、俺はライムをボールに戻した。
彼らの師匠を名乗るほど厚顔無恥でもないが、カンゼキとアコニの成長には少なからず充足感を覚えている。己のことのように。
あるいはこれは、自らに限界を感じた人間の逃避的な思考なのだろうか。
「ん……?」
俺の部屋の前の郵便物を投函する箱のフタが、少しだけズレているように見えた。
「あれ、朝、閉めたよな……」
誰かの腰がぶつかってズレてしまったのだろうか。フタをピッタリと箱に被るように直してから、俺は部屋の扉を開けた。
「ピカ」
ライムが少しざわついているのが気になった。ポケモンは人間よりずっと目や耳がいい。常人は見逃してしまうような僅かな違和感でも、彼らにとっては大きな違いであることもある。
「なんだ……?」
キッチンの洗剤の位置が変わっているような気がする。サッカー雑誌の位置や、いつもポリさんが占領しているクッションの置き場所も、微妙に違和感を感じる程度だが、しかしズレている。
「そんなこと、は……」
勘違いである可能性のほうが高い。高いが……俺は自身の過剰や疑心に半ば呆れを感じながら、扉の前にあるシューズクローゼットを開いた。
「変わってない……よな」
台所の上棚、デスク下の収納、ベッドサイドテーブルの引き出しまで、念のため俺は収納を全て調べた。
「やっぱ気のせいか……?」
そもそも、部屋を出る時に確実に施錠はしている。なぜなら戻ってきた時点でしっかりと鍵はかかっていた。
やはり杞憂かもしれない。ここにきてから厄介事に巻き込まれることが多かったので、神経過敏になっているんだ……自分ではそう思っているのに、確認を続ける手は別の意志を持っているかのように作業を止めない。
トレーナーカードや印鑑、パスポート、契約書、現金。思い付く限りの財産に不審な違いはなかった。位置にも変わりなく、中身を入念に確認したが、偽造物と入れ替えられていることもなさそうだ。
やはり過剰な警戒心だったかと、ベッドサイドテーブルの引き出しを閉めた時、俺はようやく一つの違和感に気付いた。
引き出しではなく、机のほう。そこにあるべきものがない。
「薬が……!?」
発作を予防する長期管理薬と、突然の症状を抑えるための発作治療薬、そのどちらもがなくなっている。それに、薬剤携行証明書も。
記憶違いで量を間違えているなんて次元ではない。一つ残らずなくなっていた。飲んだあとの、錠剤が残されていないシートの殻すらも、全てなくなっている。
「どこに……」
朝起きた時点ではそこにあった。そして、今日この部屋には誰も招いていない。つまり、俺自身があまりに唐突な記憶障害を併発したとかでなければ、無断で持ち去った誰かがいる。
何らかの方法でこの部屋に無断侵入し、俺の薬だけを窃盗して消えた第三者が。
「…………」
今のところ、自覚としては症状に悪化の雰囲気はない。可及的速やかに薬を取り戻す必要はあるが、この瞬間この場になくて、即座に身体の危機ということもない。
しかし、極めて重い問題だ。もし窃盗や不法侵入が本当にあったとしたら、魔が差したとか、金がなかったなんて話ではない。明確に俺という個人に対する悪意がはたらいている。そう思いたくはないが……。
「もしかして、あの女……」
頭の片隅で、ほぼ忘れかけていた女の姿を思い出した。トリトマ会長の姉で、拙い駒取り遊びに夢中な、例の……。
いや、被害妄想か? しかし、実際に薬は消えている。置き場所も変えていない。絶対とは言い切れないが、変えていないはずだ。この年で加齢による脳萎縮が始まったとは考えたくない。
「ピ、ピカ……」
「あ、あぁ、悪い。大丈夫。平気だよ」
心配げに見つめてくるライムを抱き上げて、耳を倒すようにして頭を撫でた。倒れた耳はそのままへたり込んで戻らない。
俺の辛気臭い表情のせいで、ライムにまで不安感を伝播させてしまったようだ。すまないことをした。
「大丈夫。薬ならまた受け取ればいいし」
「ピ……」
嘘だ。ハドリアはカントーと医療機関の構造がまるで違う。診療は二週間前の予約が基本だし、医療費も、カントーのそれに慣れていると飛び上がるほどには高額だ。
というか、俺の薬はこっちじゃ承認されていない。留学に際して証明書を発行し、カントーを出発する前に年単位でもらっているブツだ。新しいものをもらうには一度帰るしかないが、諸々の手続きを終了し、こちらに帰ってくる頃には、もう第二学期が始まる工合。当然研究会大会は終わっている。
とにかく大会が終わるまでは、発作がおきないように祈るしかない。薬はすぐには手に入らないし、今から犯人探しをしようにも、手がかりがなさすぎる。シャグマであると決めつけてかかろうにも、居場所を知らない。
「…………」
大丈夫。大丈夫のはずだ。ここ最近は安定していたし、そもそも子供の頃に比べれば、症状自体が緩和の傾向にある。こういう疾患によくある話だ。未成年の頃が一番酷くて、成人に近付くにつれて快方に向かうというのは。
だから、問題ない。決して、問題はない。そのはずだ……。
「ごめんな、ライム。そんな顔するな。平気だよ」
「ピィ、カ……?」
ライムのほっぺを揉みほぐして、無理やり笑顔を作った。嫌がって抜け出そうとするのを腕でしっかり抱きしめ、お腹をくすぐってやる。
「ピ、ピカ!」
「あはは。ごめん」
たとえ症状が表れたとしても、やせ我慢で何とかしてやる。まだ、弱音をあげる訳にいかない。ポケモン達のためにも、それから……。
大会初日はA日程の試合から始まり、Aの予選第一課程、ダブルの予選第一課程の半分、というスケジュールだ。
大部屋の控え室の外からは、開会式の浮かれた音楽と、前回の最優秀研究会であるトリトマのスピーチの声がくぐもって聞こえてきた。
「不運だったね、カンゼキ。まさか一日目の初戦からとは」
「う、うるせぇ! こ、ここ、こんなもん、屁でもねえ……!」
一番注目の集まる初戦は、カンゼキとどっかの2年生のバトルだった。強化生でも3、4年でもないが、侮って挑めば痛い目を見るだろう。
などという警告は、こいつには不要か……見るからに緊張してるし、むしろこれ以上緊張させるようなことを言うのは得策じゃない。
「キマワリの様子は?」
「おぉ……出てこい!」
下投げで軽く放られたボールから、ご機嫌なキマワリが飛び出してきた。出てくるなり花唄みたいな鳴き声に合わせて、ステップなんか踏んじゃって。もうすっかり足の調子はいいらしい。
「これから試合だってのに、キマワリは余裕があるな。見習えよ。肝が小さいぞ」
「余計なお世話だってンだ……クソ、いいかキマワリ、ぜってぇ勝つぞ! 勝ち上がって、オレらでこの偉そうなヤツに引導渡してやるぞ!」
キマワリに元気をもらったか、カンゼキの表情にも血色が増してきた。それくらい血気に溢れていたほうがいい。最終的にものを言うのは根性……だとか、言うつもりはないが、あって邪魔なものでもない。
キマワリはそのヒラヒラとした腕でシャドーボクシングをしていた。本当に元気が有り余っているという様子だ。
「俺は今日は出番ないから、観客席から見てるよ。期待してる」
「オレを鍛えたこと、後悔すンなよ。この大舞台で負かして、テメーの名前でオレに箔を付けさせるからな」
彼は挑戦的な笑顔で拳を突き出してきた。その大言には大いに期待するところだ。最初に比べたら、ずっと強くなったはずだ。カンゼキも、そしてアコニも。
そうだ、アコニには、もう俺はいらない。カンゼキもいずれそうなる。そうなったあかつきにはようやく……。
「おい、おい! お前、顔色わりーぞ。平気なのかよ」
「え? あ、ああ……いつもと同じだろ」
というか、会う度に辛気臭いだの血色が悪いだの言っているだろ。顔色が悪く見えるのは、つまりいつもと同じということではないのか。
「いや、今日はいつにも増して……まーお前がそう言うならいいけどよ……」
カンゼキは葉手の様子を入念に確認しながら、納得している感に薄い返答をした。
「それじゃ。応援してるから」
「おうよ……へッ。妙な気分だぜ。オレが人に応援されるときたか……」
控室の鉄扉から静かに出ると、途端に熱気がまとわりついてきた。八月も深まる頃だというのに、むしろこれからが本番とでも言うかのように、日々暑さは増している。
「あっつ……」
観客席に日除けはない。帽子を持ってくればよかった。
屋内でこの暑さだ。しっかり対策しておかないと。というか暑がりのアコニが心配だ。彼女は今どうしているだろうか。試合表には確かに名前があった。今頃、緊張で潰れそうになどなっていやしないだろうか……。
「う……カンゼキの言う通りかも……」
熱に晒された途端、心音のペースが速くなる。薬を飲めずに経過した日数はたったの2日だが、俺の軟弱な肺臓は過剰な呼吸量からようやく常人以下の酸素を取り出すしか能がないらしく、段々息が浅くなっていった。
「あ゛〜……」
苦しい。苦しいが、まだ平気だ。即座に昏倒するほどではないし、動けないほどでもない。精々は微熱だが登校しなければならないくらいの気持ち。
憂鬱な気分で廊下を曲がり、外扉につながる一階への階段に足を踏み出した瞬間、俺は何らか、五感のいずれかに生じた微細な違和感を自覚した。
「…………」
そのまま踊り場まで歩く。中途半端に階段の上にとどまりたくはなかった。というのも、俺の後ろを〝尾けている〟ヤツに、どんな意図があるか分かったもんじゃないから。
「……俺に何か?」
踊り場の壁にもたれて、俺は降りてきた先に警戒色を発した。人間如きが気配を消しきれると思っているなら、大間違いだ。
ハドリアの連中がどうかは知らないが、カントーのトレーナーはどいつも育ちが悪い。ローテクな野生児の集まりだ。野生のポケモンと何ら変わりやしない。気配の読み合いなんて漫画みたいなことを本気で練習している。
「僕だよ。シラン」
「あ? レブン?」
なぜここに? 学内スタジアムの2階屋内は、全面出場者控え室に利用されている。大会関係者を除けば、ここにいるのは出場者か、出場者の応援に来ている者しかいない。
「なんだよ。普通に話しかければいーじゃん」
後ろから驚かせたかったとか、浮かれたカップルみたいなことを言うつもりではなかろうな。というか階段でそれは危ないだろ。
「まぁね……」
レブンは歯切れ悪く薄笑いを浮かべると、一歩、階段を降りてきた。
普通に降りてくればいいのに、微妙にもったい付けてくる。まるで、俺の視線を集中させる意図があるかのように……?
危機感とも違う。ただ単に、ふとした興味による行動だった。俺は体を翻して、急いで下の階に続く階段を確認した。
「何だ……?」
下からぞろぞろと足音がしたと思えば、20数人もの生徒が、広い階段を登ってきた。まるで俺をレブンと挟みこむようにして。
「誰だ、お前ら……」
全員、モンスターボールを構えている。人前でボールを構える動作は、あまり褒められた行動ではない。明確な理由がある場合以外には、威圧的な行動があるとして、警察が取り締まるくらいだ。
そしてこいつらは、なぜか俺から全く目を離そうとせず、敵愾心を感じる表情でじわじわと距離を詰めてくる。
「レブンの友達? お前、随分人気者だったんだね」
「実はそうなんだ。なんて。すごいよ、君は。こんな状況でまだ軽口が言える」
さっきから、レブンの様子は、明らかに普段とは違っていた。廊下の照明を背にした顔には影の面積のほうが広く、その表情から考えを読み取ることはできない。
「残念だけど、もう悠長にしていられるような時間はないんだ。そろそろ、あの人も痺れを切らしてる……」
あの人? さっきからこいつら、俺の背後に誰を見ている?
……いや、想像なら付いている。俺に敵意があって、こんな風に手下を動かせる者、春頃からずっと悩まされている面倒なヤツが1人いるはずだ。
「出てこい、キョジオーン」
レブンのハイパーボールから、四角柱をいくつも合体させた、重量感あるポケモンが出てきた。
実際に戦ったことはない。しかし、その唯一無二の〝とくせい〟については知っている。バトルをたずきにしようというものの一角としては、絶対に覚えておくべき知識の一つだ。
「……お前の相棒、ジオヅムじゃなかった?」
キョジオーンは、彼がエルレイドの前に見せたジオヅムの進化後のポケモンだ。
「あれは愛玩用だよ。ほら、そういうのって必要だろ? 人生の多少においては、1割の娯楽性があるべきだからね」
愛玩〝用〟…………。
「なんてね……」
レブンは何を考えているのか、繰り出したキョジオーンをまたボールに戻して、階段を降りてきた。
「いつからだ?」
「いつから? ああ、つまり僕が裏切ったと思ってる訳? 違う違う。元からこういう目的なんだよ」
……違和感がなかった訳じゃない。エルレイドが過剰なまでにレブンを嫌う理由を、一度でも考えなかったかと問われれば、考えたことはある、と答える。
しかし、そう思いたくはなかった。だからこの件について、俺は自分の中で疑心をうやむやにしていた。単にアコニやカンゼキのことで手いっぱいだったというのもあるが、友人を疑うなんていい気分じゃなかったから。
結果として、エルレイドのヤツが正しかったということか。ラルトスから始まり、彼らは人の心を読み取る力があるという。その力で、俺への害意をなんとなく読み取っていたのだろう。
「お前、俺の部屋に入ったな」
どうやってかは知らないが、こいつは俺の部屋の鍵を開け、薬を奪っていった。おそらくは、俺の邪魔をしたい誰か(思い付く顔はほぼ一人だ)に命令されて。
「やっぱり気が付くよね。実行犯は別だけど……例えばほら、君が高熱で倒れた時なんか、いくらでも細工ができたと思わない?」
ひらひらと両手を肩の位置まで上げる動作には、普段の品性が感じられなかった。
「スケジュールが変わったんだ。君の想像してる悪党さんがね、今年中に決着を付けたくなったんだってさ」
スケジュールというのが何のことを指すものか不明だが、不用意にもお喋りに興じ、しかもその中に内情を混ぜてくるこの態度。
レブンには余裕があった。それがこの多勢によるものでないことは、なんとなくではあるが、分かる。
「大人しく付いて来てほしいんだけど、どうかな」
「騒いだら?」
ここで一暴れすれば、少なくとも上の階にいる人間なら気が付くはずだ。それに、どれだけ人を集めたところで、俺は負けるつもりはない。
「騒ぎにはならない」
レブンは、見覚えのある錠剤の袋を二つと、一枚の紙を懐から取り出した。
「…………」
この状況でそれを俺に見せてくるのはつまり、従わなければ、これを使用不可能な状態にしてから廃棄する、という脅しのつもりか。
「ハドリアじゃ処方されない薬だよね。承認されてないから」
空港で担当医に書いてもらった書類を何枚も見せなければ通せない薬だ。紙のほうはそれをハドリア内で携行するために必要な証明書。
それを読めば、薬の種類や携行理由は全て分かる。
「…………」
思えば前から疑問だった。以前俺に喧嘩を吹っかけてきたシャグマの手駒は、どうして俺の肺の悪さを知っていたのか。
なるほど、盗み出せたということは、盗み見ることもできたということ。こいつはずっと前から俺の部屋に無断で入って、書類を確認し、弱みを握っていたのか。さっきレブンは自分で「ずっと前からだ」と言っていた。つまり、俺の情けない体質についても、そういうことなのだろう。
「あの人の命令でもなければ、君に苦しんでほしい訳じゃないんだ。本当だよ」
「知ってる……」
これだけの人数を集め、実力行使の前にそれを見せてきたということは、ことを荒立てたくはないのだろう。
それが俺に対して僅かなりとも友情を感じていた証左なのか、単に耳目を集めたくないからなのかは、考えても仕方のないことだ。
大会運営が制作したポスターには、今大会で特に注目するべき有望株として、5人の強化生の顔写真が印刷されていた。
もちろんあの男の顔もそこにはあった。自然にではなく、病的な意味で白い顔をした、辛気臭い男。
「どうかしたか、アコニ」
「あ、いえ……コンタクトが少し……」
目の中がやけにゴロゴロする。朝はそんなことなかったというのに。この男の顔を見てしまったせいだ。視界に入るだけで、いや、名前を聞くだけでもイライラする。
「そう緊張するな。キサマの実力は、僕が太鼓判を押そう。今のキサマなら、彼にも一泡吹かせられるはずだ」
「そうですね……あの男、絶対……」
私に何の相談も説明もなしに、勝手に研究会を出て行ったあんぽんたんに、どうしても吠え面をかかせてやりたかった。
そのために私は、この一週間と少しの間を全て、バトルの練習に注ぎ込んだのだ。トリトマ会長を相手にして。
「絶対許さない……ボッコボコにしてやるから」
どんな手を使っても必ず勝利する。勝利して、頭を地面に擦り付けさせてやる。ごめんなさい。これからは二度と勝手なことしません、と。ついでに私の言うことには絶対服従。家の使用人にして毎日コキ使ってやるから。
ナッカ・パイ
味 :★★★★★
栄養:★★★☆☆
他 :★★☆☆☆
総合評価:★★★★☆
ガラル地方、ナックルシティの郷土料理であるナックルシチューを、パイ生地で包み焼きにしたもの。ナックルスタジアムで販売されている。
脂身の少ない牛肉、玉ねぎ、ニンジン、じゃがいもを、固形コンソメ、ウスターソース等をお湯で合わせた調味液で煮る。仕上げに塩と黒コショウをかけて「ナックルシチューは」完成。
「ナッカ・パイ」はそれをさらにパイ生地で包み、オーブンで焼いたもの。塩の代わりにマーマイトが使われており、独特のコクがある。
ライム評:★★☆☆☆
備考
ピッ!?(に、苦い……!?)
シラン評:★★★★☆
備考
キバナのホームスタジアムで販売されている、いわゆる「スタジアム飯」。キバナ本人が自身のSNSアカウントで作り方を投稿していたので、そのレシピを流用して再現してみた(マーマイトは食堂から借りた)。
ブイヨンとマーマイトでキリッとした塩味を感じるものかと思えば、意外と野菜から甘い旨みも染み出しており、奥行きを感じさせる味だった。
ただ、別にパイではなくてもよかった。手が汚れる。普通にシチューにして、パンでも付けて食べるほうが食べやすい。
※(モチーフはアンフィールドで売ってたスカウスのパイ)