俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど 作:イリノイ州の陰キャ
ボールもスマホも没収され、目隠しと手の拘束をされた俺は、何だかんだ言って乱暴でもない丁寧な誘導に従って、おそらく高級車っぽい(シートの質感がすごい)車両に乗せられた。
車の中でも拘束は解かれない。景色を見せたくないのだろう。道順や道中のランドマークを覚えられることすら嫌っているということは、相当デカい秘密のある場所に誘導されているらしい。
「なー、あとどれくらいこうしてればいいの?」
「15分くらいかな」
「教えていいんだ。大体で学校からの距離とか測れるけど」
ここまで体感30分程度のドライブ。つまり45分間、時速50から60kmで行ける範囲を手当たり次第に調べれば、あとからでも位置が割れてしまいそうだけど。
「距離が分かったところで意味ないんだよ。その理由も、着けば分かる」
レブンは平坦な声色でそう言った。
「ま、肩の力を抜いてさ。どうせなら一眠りしたっていい。別に痛め付ける目的じゃないし」
「だったら、何で俺を連れ出した」
「それも着けば分かる。悪いようにはしないさ。僕だって血が通ってない訳じゃない。君を傷付けたい気持ちはないんだ」
余裕たっぷりの饒舌に、俺のほうが言葉をなくしていく。目を塞がれ、手を拘束され、音しか頼りにならない状況だ。こうも話し声が続くと、集中が乱される。
「どちらにせよもうすぐだ。それまでは本革のシートを堪能したまえよ」
こんなもの、熱がこもって暑いだけで、いいのは精々値段だけだ。
「着いたよ。待って。今、拘束を解く」
体の揺れが激しくなったり穏やかになったりを繰り返すので、車両移動の時間に終わりを感じていた頃だった。突然目隠しが取られ、明るさに目が眩む。助手席に座っていたレブンが前から手を伸ばし、アイマスクを取り払った様子であった。
「小時間の同乗ご苦労様」
俺の両隣に座っていた黒服の男達が、手際よく拘束を解いていく。乱暴にではなく、まるで客を扱うみたいな丁寧な手つきで。
「なんだよ。解いていいの?」
「ここまで来たらもういいのさ。君も窮屈だろ?」
「お気遣い嬉しいね……」
「どういたしまして」
車が停まったのは、明らかに公道ではない砂利道の半ばだった。その砂利道の左右は、手入れの行き届いた芝と花畑に挟まれており、道は真っ直ぐ、城でも構えていそうな見事な門に続いている。
「少し歩くよ。といっても本当に少しね。目的地はアレだし」
アレと言ってレブンが指差したのは、門構えの更に奥に見える、緩やかに弦を引くような形状をした、巨大な建造物だった。
「ホテル=エンマ・ユリ・ロッサへようこそ。ご予約承っております、お客様」
腹に手を当て、慇懃にお辞儀をするレブンの顔を振り払いながら、俺は門の横に付けられた仰々しい金のプレートに目を取られていた。
「エンマ……何?」
「創設者のフルネームらしいよ。女性名だけど、男の人だったんだって」
「ほーん。多分それ明日には忘れてるわ」
ミドルネームとも違う続け名にひっかかっただけで、その由来には興味ない。
レブンは皮肉っぽい笑顔で首を横に振ると、黒服達に俺の横を詰めさせ、自分は懐から携帯を取り出した。
「さて、ボスに到着の連絡しないとな……」
これは好機だ。
「ロトム……」
スマホやボールを没収される前に、スマホからロトムを離脱させておいた。通信機器の類を取り出した瞬間に、支配させて位置情報を知り合いに飛ばすために。
「行けッ……!」
今なら奪れる。すかさずポケットから飛び出したロトムに指示を出して――――
「無駄だよ」
その瞬間に、レブンが薄笑いでこちらを振り返った。
「〝飛ばし〟だから、これ」
アローラ地方等の海外から、直接売店からプリペイドSIMを購入し、中古の格安スマホにでも入れ替えたのか。
カントーでも同じような手法が、後ろ暗い連中の間で流行している。特に例のマフィアがいなくなってからは、ルール無用の半グレが散り散りになって、細々とこうした悪だくみを続けているらしい。
「黒い方面にもつかながってますアピールじゃないから安心してよ」
「…………」
連絡を終えたスマホからカードを抜き取ると、レブンはそのスマホを視線もくれずに背後に投げた。
その瞬間、黒服達のボールから飛び出してきたヤミラミが、何らかの技らしき光線を放ち、たちまちスマホを灰にした。
「そういう連中は金銭で動かすのがセオリーなんだ。どちらにせよ、訓練も経ていないチンピラには、単純なビジネスしか理解できないし……」
「聞いてないって」
「君だって道中は暇だろ? 目隠しまでされてた訳だしさ、少し和ませてあげようと思ったんだけど」
どこまで本気か分からない態度で、レブンはこれ見よがしに肩をすくめた。
今のも通用しないとなると、俺に取れる策はない。あとはもう大人しく連行されるだけだ。
「しかし油断ならないな。ほら、今なら穏便に君のスマホに戻してあげるから、こっちに差し出してくれ」
ロトムは悔しそうに唇(どこが唇か分かんないけど)を剥き、キーキーと文句を言いながら、黒スーツの男が持つ俺のスマホへと帰っていった。
スマホに戻るや否や、ロトムは画面いっぱいに「バカ」とか「アホ」とか、子供みたいな罵倒語を並べ始め、更には目の前で誰かに電話をかけようとする強硬策に走ったが、すぐさまスーツの男が電源を切ってしまった。電源が切られたら、ロトムにもできることはない。
「いつも思ってたけど、君のスマホロトム、ちょっと個性的だよね」
「おかげでスマホの充電代がかさんでるよ。かわいいだろ」
「あれ、意外と素直に会話してくれるんだ」
「お前が言い出したんだぞ。〝暇潰し〟に付き合えよ」
俺は開き直って笑い返すしかなかった。ボールも通信手段もなし。替えの利かない薬はヤツらの手中。シロガネ山でぶっ倒れた時以上の窮地かもしれない。
「ははっ……それもそうか」
レブンは黒服達に、炭の山となったスマホを更に入念に処理するように指示したあと、ゆったりとした歩調で建物に向かって歩き始めた。
「じゃあ、ちょっとした観光案内でもしようか。折角のいい眺めだしね」
「観光案内?」
「各界ハドリアンマフィア肝入りの、オーシャンビューホテルのご紹介。喜びなよ。超VIP待遇だから」
歩いて近付くにつれて、その大きさが目視で伝わってくる。ミヤコのビルみたいなブリジュラスを20匹くらい縦に並べても、まだこちらのほうが高そうだ。
しかし、いかにもこういう場所を紹介していそうな観光ブックでも、開く者のことを一切考えていない厚さの地方史でも、このような建物の記述を見たことはなかった。
「建物の外観でこの場所を特定しようとしても無駄だよ。完全私有地だし、入退の際にスマートフォンの情報をくまなくチェックすることになってる。僕らでさえもね。写真を撮ろうものなら……」
「撮ろうものなら?」
「どうなるんだろうね? 知らない。そういう人は、僕も知らない間にいなくなってる」
だから一切ここの情報は漏れない、とレブンは続けた。確かに感心するほどの厳重さだが、それだけで完全に情報をシャットアウトできるものだろうか?
「地図アプリとか見たらバレそうだけど」
「空撮とか地図サービスの情報は、然るべきところに〝お願い〟して、この周辺だけデタラメにしてるらしいから」
「お願い……?」
「〝お願い〟がお気に召さないなら〝実弾〟でも〝リベート〟でも〝お手当〟でも、君の好きな呼び方に変えていい」
つまるところ裏金か。即物的な現金ではなく、活動援助やら投資の名目で、大企業相手にバラ撒いている訳だ。それで地図情報にすら干渉できるというのだから、その資金力がうかがえる。
俺のような庶民は大金と聞けばすぐに「10億円!」とか、宝くじの看板で見た程度の金額を思い浮かべるが、おそらくは10億でも吹けば飛ぶほどにしか感じられらない天文学的な資産を持ち得ているのだろう。
「流石ユリ家のご令嬢……」
「正直僕も呆れ返るほどの金持ちだよ。君のところの練習生とか、ユリオさんも結構なお嬢様って聞いたけど、あの一家ほどの名家じゃないだろうね」
確かに、俺達の合宿費をポンと出してしまった上に、それに何らの痛痒も感じていない様子からして、その経済力はもはや感心を通り越してスプーキーにすら感じる。
「でも……感覚で言えばアコニも相当だぞ。二つ星レストランとか紹介されたことあるし。俺にそんな金ねーよ」
あの時もそう返したが、彼女は「へ?」なんて表情をしてから、すぐに「そうよね」と慌てて取り繕っていた。
たまに感覚がおかしくなっていることを、自分でも理解しているようだ。それはそれとして、庶民とお嬢様という図式に違いはない。
「あの人結構天然だね。しっかりしてそうだけど」
「俺よりはしてるかも。でもなんつーか、こう……放っておけないんだよな」
というか、俺は何を自分を略取している相手と、仲良く談笑しているのだろうか。こいつがあまりにも普段通りなので、こちらのペースまで狂わされる。
「さて、お客様」
ホテル1階の横一面に張られたくもり一つない自動ドアの前で、レブンは立ち止まった。
「当館は完全分煙となっておりますので、ご喫煙の際は喫煙室をご利用くださいますよう、お願い申し上げます」
などと言いながら、彼はボタン式の自動ドアを開け、手掌で中を指して俺を案内する。
「いいよそういう小芝居は」
未成年だし。タバコにいい思い出はないので、成人しても吸うつもりはないし。
「一応ね。カントーじゃ飲酒も喫煙も20歳かららしいけど、ハドリアだと喫煙は18から、飲酒は16歳から合法なんだ」
「どっちも俺達には関係ないじゃん」
俺とレブンは同い年の15歳だ。こちらの規定に従ってもまだ合法じゃない。
「だから一応なんだって。金持ちってその辺のモラル薄いんだよ。特に、解禁される年齢が近付いてくると、誤差だろ、みたいな感じでさ」
それはここに来る客層が、マフィアやら裏世界に関係がある要人やらの、後ろ暗い連中で占められているからだろう。単なる素封家の心象まで悪くする言い方はやめないか。
「お荷物は……既にお預かりしていますので、まずはお部屋に案内致します」
降りてきたエレベーターが、一気に20人くらい乗ってもまだ余裕がありそうな空間を開いた。黒服に軽く肩を叩かれ、レブンに続いて乗り込む。
「ん…………?」
彼は扉横のコントロールパネルに不可解な入力をしていた。全ての階層のボタンを押し、4度ほど「OPEN」のボタンを押すと、緊急操作パネルが光り、数字を入力する画面が表示される。
その表示を見ようとした瞬間、黒服の一人に後ろから目隠しをされた。両手を使って、だーれだ、のノリで。
「…………嬉しくないぞ」
「ごめんね。これは部外秘なんだ」
操作を終える頃に目隠しは解かれた。行き先表示には「ERROR」の黄文字が光っており、行き着く先が単なるどこかの階層ではないことを知らしめていた。
エレベーターはすぐに到着した。全部で18階もあるらしいのに、学校のエレベーターよりずっと到着が早い。
「さ、降りてよ。光栄に思ってね。部外者がこの階のカーペットを踏むのは、多分君が初めてだ」
扉が開いてまず目に入ったのは、全面ガラス張りのゆったりとカーブする巨大な一枚窓だった。
その傍に、均等に置かれた柔らかそうなソファと低いテーブル。ソファ一席毎に用意された30インチ近い大きさのビジョン。各階層エントランスにしては、派手に豪華なインテリアの数々。
「うわ……」
「驚いた? 趣味悪いよね」
こんなところに一泊する客は、優越感に溺れて陸に上がれなくなるのではなかろうか。庶民が夢に描いたままの高級ホテルだ。敵の根城だというのに、謎の罪悪感で気後れしてきた。
「僕らはここを間階と呼ぶ。厳密には11階なんだけど、お客様方が信じてる11階はここの一個上なんだ」
「隠し階層?」
「そ! スパイ映画みたいだよね」
1階のエントランス時点で気になっていたことだ。階段が見当たらなかった。非常用の防災階段さえも。ユリ家ほどの金持ちともなると、建築基準法も無視できるらしい。
階段を作ると、その段数などで察しのいい人間には隠し階層の存在がバレる。そうならないために、無理やりエレベーターだけの構造にしているようだ。
「結構高い建物だからね。普通の建物なら外から見て気付かれるかもしれないけど、18階まであるこのホテルじゃ、1階層のズレに気付く人はいない」
「なるほどね……」
シャグマとその関係者のみが入れる場所。つまり完全アウェーだ。薬のことといい、ほとんど心臓を握られているようなものではなかろうか。
「階層丸ごと私物化かよ」
「違うよ。このホテル全てがシャグマの所有物さ。でも大きすぎて持て余すから、持て余した部分を経営に使ってる。それだけ」
となると、一階層分を丸々自由にして不自然が起きないことにも納得がいく。従業員室のでかいバージョンくらいに思っていいだろう。
しかしそうなると、今度は別の疑問がわいてくる。
「地図も位置情報もデタラメなんだろ? 客なんかどこから来るって?」
「言っただろ。ユリ家は方々に〝お願い〟をしてるから、中々人脈も広いのさ。表向きはグリーン企業の社長様なんかが使うんだよ。〝第六〟夫人とか連れてきてね」
このデカいホテルを使ってやることが不倫やら不純なパーティーとは。金を持っても人間の原始的な欲求からは脱出できないということか。
いや、むしろ金を持っているからこその、悪い余裕とでも言うべきものか。
「さて……観光案内はこの辺でいいだろう。そろそろうちの元締めに会ってもらおうか。今度はカメラ越しじゃないよ」
レブンは近くを歩いていた、給仕の格好をしていたタブンネを呼び止めると、タブンネが押していたカートに、俺のボールや携帯を並べて置いた。
「ッしゃおらァ!! 見たかオレのスコヴィランの実力ゥ!!」
球場にあるような屋外スクリーンには、シランがここのところを費やして教えていた、ガラの悪いモヒカンが映っていた。
第一試合を幸先よく勝利で終わらせたようだ。そうでなくては困る。あのモヒカンも、私の標的だ。シランが肩入れしていたから。
あの男………………。
「…………」
「アコニ……気炎が、怨念が漏れているぞ」
「す、すみません」
しまった。ついあの日の怒りを甦らせてしまう。私のことを差し置いて、男同士で仲よさげに肩を叩き合っている奴らの笑顔ときたら、これ以上に憎らしいものはない。
言いたいことは沢山ある。あの瞬間だけでも「私にはそこまで気安くなかったよね」とか「なんかいつもより笑顔が多くない?」とか、いくらでも思い付く。
しかし一番は、私に何の断りもなく研究会を離脱したことだ。
私に! 何の! 断りもなく!
仮にもここまで二人三脚でやってきた私に、そのような仕打ちが許されるのか。それともそんな風に思っていたのは私だけだったということか。
どちらにせよ許し難い。然るべき鉄槌を下し、然るべき謝罪を引き出すまで、私は絶対に負けられないのだ。
「そろそろ第2試合か……アコニ、キサマも準備をしておけ。キサマは第3試合だったな」
「はい。先にウォーミングアップ始めます」
そのためにやれることはやってきた。彼が貸し出した〝がくしゅうそうち〟の甲斐もあって、基礎的な動きに対する理解は格段に向上した。
極め付けに、あのトリトマ会長を相手にした実戦的なバトル練習。あまりのレベルの違いに、最初の1日2日はボロ雑巾みたいに負け続けたが、最後の1日は、私の短いバトル人生の中でも特に充実した時間になっていた。
シランの指導を受け! 二人で練習していた時よりも! である! ざまーみろ!!
……またも怨念が漏れてしまうところだった。抑えるべきところは抑え、集中しなければ。あの男と当たる前に負けた、では済まないのだ。
シランの鼻をあかす、今度こそお父様に認めてもらう、バトル競技者を職業に選べるほどの実力を付ける……。
いくつか目的はあるが、私にとって重要なのは、やっぱりこれだ。
「始めて。
この子に報いること。ずっと一緒にいてくれた、私の家族に。
「いい眺めだね。気分はどうだい? 惨めったらしく命乞いでもしてみなよ」
両側を黒服に挟まれ、レパルダスやニャイキングがこちらに睨みを利かせる中、俺は腕を後ろに組んで立たされていた。
「〝会長〟にはよくしてもらって、お姉さんにも是非お礼を言いたかったところです」
トリトマの名前を匂わせた瞬間、シャグマの眉間の血流が倍増し、一瞬にして茹でダコのように顔を赤くした。
彼女は無言で、全ての指に何らかの貴金属が通されている煌びやかな手を下ろした。
「あ? 何――――」
突如、背後から黒服に後頭部を殴られた。
「ぐ…………」
思わず両膝を突いたところを、黒服達に手足を押さえ付けられる。殴られた場所が刺すように痛い。血とか出てたらあとでトリトマ会長にチクるからな。
「お利口な喋り方から教えてやるつもりはないよ。ここがどこかをよく考えな」
お立ち台のようなところにソファを置いていることもあり、俺よりもずっと身長の低いシャグマに見下ろされるような構図になっていた。
苦痛に歪むのを抑えられない俺の表情を見て溜飲が下がったのか、こめかみを超えて顔面にまで走っていた血管は縮まり、顔色も涼しげなものに戻っていく。分かりやすい女だ。
「シャグマ、手短に本題をおっしゃったほうがよろしいかと存じます」
「うるさいよレブン……まぁ、確かに、見るからに教養に薄そうなアホ面だ。上流のマナーは通じないようだね」
流石のご慧眼で、俺の自慢できるものに薄い出自を見抜かれたシャグマお嬢様は、高いところからこの場の全員を見下ろしながら、もったいぶって足を組み替えた。
「大会にはアタシの息がかかった
言うことを聞かない者は多勢で潰すか、金で引き込んできたのだろう。そうして作った配下を、やはり金か何かで従わせているのだろうか。
「でもね、アタシの手駒は繊細なんだ。野蛮な争い事には向かない。特に、トリトマのヤツが鬱陶しくてたまらない」
少し話が見えてきた。この女が何の目的で俺をここまで引っ張ってきたのか、ということも。
「簡単な話さ。今回の大会、トリトマに勝って、アタシと当たるところで負けるんだ。ただ負けるだけじゃないよ、それっぽく演技して、いいところで降参する。どう? そう難しい仕事じゃないだろう」
お前の力をかっているんだよ。と、シャグマは甲高い声で努めて艶めかしく聞こえるように言った。
「断ったら?」
「もちろん薬は捨てる。だが、大会の試合に勝つ度に1日分、薬を返してやる」
「俺に八百長に加担しろと?」
「それだけじゃない。
隠語を聞くだけで全て意味が分かってしまうところが、元ストリートユースの恥ずかしい
なるほど、薬は完全に手の内に置き、欲しければ今後も仕事を手伝え、という腹づもりだろう。そして悪事を積ませ、悪事に関わっていた証拠を控えておくことで、薬どうこうに関係なく従わせる、という算段だろうか。
薬の部分を〝麻薬〟とかに置き換えれば、そのまま他のチンピラに対して使う手法だということは、容易に想像が付く。
「けど、もっと面白い稼ぎがある。これからお前には、アタシの命令通りの勝敗のバトルを繰り広げ、賭け金と賞金を稼ぐ
シャグマが顎をしゃくると、横に控えていたレブンが黒いリモコンを取り出し、何度かボタンを押した。
すると、全面ガラス張りの窓に暗幕が降りて、そのさらに前に、布製のスクリーンが垂れてきた。
「ここはそのための
突如として歓声と雄叫びが部屋中に響く。プロジェクターから流れる音声だった。遅れてスクリーンに、円形の闘技場のようなものが映し出された。
「これは?」
「アタシの
賭けバトルに関わったことがないと言えば、嘘になる。まだ大きな大会に出られるような実績はなかった頃、カントーで扶持を稼ぐために、やむを得ず実力不問の怪しいバトル大会に出たことは何度かあった。
しかし、今更そんな場所に顔を出すのは、荒らしと同じ行為だ。レベルに不相応な大会に出ること自体、競技者としてはいいおこないとは言えない。
それだけに飽き足らず、犯罪紛いの賭けバトルで、しかも八百長まで演じろというのは、もう競技者云々の話ではない。俺のプライドが許さない。
そうでなくとも、答えは最初から決まっていた。この女の言いなりになるつもりなど、毛頭ない。
「嫌だね」
「まだ自分に選択肢があると思ってるのかい?」
シャグマはそう言って、レブンの持つ俺の薬を顎で示した。
「捨てたきゃ捨てろよ」
「……ほぉ? いいのかい? 見れば分かるよ。息が苦しくて仕方がないんだろう? 知ってるよ。即効性の低い管理薬でも、常飲を怠れば影響が顕著に表れ――――」
「二度は言わない」
大体、むざむざ敵に捕まって、あまつさえ脅されたとはいえ悪事に加担しましたなんてグリーンさんが知ったら……そっちのほうがずっと怖い。二度と故郷の土を踏めなくなる。
薬は、最悪カントーに帰ればいい話だ。幼い頃にはこの惰弱な身体を何度呪ったか分からないが、そういう時期はもうとっくに過ぎている。
「…………そうかい」
シャグマはあくまで笑顔を絶やさなかった。レブンに差し出された薬入りの袋を受け取ると、それを雑にサイドテーブルに投げてから、片手を軍配のように勢いよく振り抜いた。
「お前ら!! お客様を〝お部屋〟に案内しなッ!!」
シャグマに従った黒服達に両側から脇をもたれ、無理やり立たされる。
「どこに……」
「なぁに。時間ならある。
ムクバードは快調だった。
「〝フェザーダンス〟!!」
静電気でひっつきやすいハネに翻弄されたゴロンダが、体や顔に付いたハネを嫌がって、やたらめったら腕を振り回す。こうなるとトレーナーの制止の声も聞こえない。
「ゴロンダ!! やめろ!! 上だ!!」
しかし、焦って攻撃に転じる必要はない。暴れている敵に突っ込んで、狙っていなかったラッキーパンチをもらうと、士気という点で大きく相手に譲ることになる。
好機を見誤ってはいけない。相手が疲れた瞬間を狙い定めて、一気に急降下する。
「ゴロンダ!! 言うことを聞け!! 〝がんせきふうじ〟だ!! その方向のまま打て!!」
上空から舞い落ちる〝フェザーダンス〟のハネのせいで視界を邪魔されていたゴロンダであったが、トレーナーの声はいち早く聞き分け、荒野を再現したフィールドに指を突き立てた。
「ムクバード!! 今ッ!!」
自由落下による加速は、その角度が少ないほど速度を増し、さらに姿勢も安定する。
私の贔屓目があるかもしれない。しかし、ムクバードの〝落下〟は、シランが見せてくれた鷹匠の映像のピジョット達と、遜色ない角度になっているように見えた。
『それでいい』
シランの声を思い出した。燗に障る男だが、なぜか彼に褒められた時の、彼の嬉しそうな表情が忘れられない。
…………教えてもらった知識や戦術、それ自体に罪はない。別にシランが言ったから思い出した訳ではない。
「〝アクロバット〟!!」
ムクバードの頭上に〝がんせきふうじ〟の岩が投げ飛ばされ、丁度技が交差するように上下が入れ替わる。
技を放った体勢の、つまり腕を大きく振り上げたゴロンダの無防備な体に、ムクバードの鉤爪が炸裂した。
「ご、ゴロンダ!!」
一撃離脱。一度の落下につき、攻撃は必ず一回だけ。これがシランとの約束事だった。
『追撃はするな。絶対に上空に戻れ』
ひこうポケモン、中でも鳥のポケモンは、地上での小回りがそこまでよくない。あの足を見れば瞭然の事実だ。だから、少しでも陸に引きずり下ろされるようなリスクを取ってはいけない。
止まらないことこそがスピードのあるポケモンの活かし方であり、常に空中に位置することがひこうポケモンの活かし方だ。
というのも、シランが言っていたことだと思うと、なんだか悔しい。実際それが有効だという事実も含めて。
「ゴロンダ戦闘不能!! ムクバードの勝利!!」
観戦席が大いにわく。観客には練習生にして、トリトマの研究会に属するというネームバリューが甚く響いたらしい。今大会のダークホースなんて紹介までされて、少しむず痒い気持ちにさせられた。
「お疲れ様、ムクバード」
くるー! なんて、かわいい鳴き声をあげながら擦り寄ってくるムクバードを抱き上げて、私は観客席を一望した。
『流石にあのトリトマ研究会の会員と言うべきでしょうか!! チームトリトマのアコニ!! 一回戦を難なく勝利で収めました!!』
大袈裟な実況が聞こえてくる方向を探して、窓付きのボックス席を見上げた。出窓のように飛び出た室内型のVIP席。両側にスピーカーが付いていることもあって、会場内ではよく目立つ。
「…………」
あそこにはお父様がいる。大会の筆頭スポンサーであり主賓として、学園長は毎年必ずあの席からバトルを見ることになっている。
私のバトルを見て何かを思っただろうか。あるいは、学生の遊び程度にしか感じていないのだろうか。
どちらでもいい。どちらにせよ、私の選択は変わらない。
「お父様……今度こそ」
私の挑戦に文句は言わせない。
閑話 テレビっ子 通販編
・シランの場合
『エアームドの抜けた刃羽で造られた包丁が、なんと3本セットで4980円!!』
「よん……!? や、安い、安いぞ……!!」
『さらに!! 今だけ!! ハクタイの木の特製まな板もお付けして、お値段そのまま!!』
「う、うおおおッ!! か、買ったァ!!」
「ピカピ……」(呆れ返って頭を振るライム)
※ランプラーの火で鋳造したペティナイフが一度も使われないまま棚の奥にしまってあるぞ! 無水調理鍋とかノンフライヤーも買うだけ買って箱から出してないぞ!
・アコニの場合
『なんと今なら秋のきのみ3種盛りをお付けして、シェフ監修、専門店そのまま冷凍生ポフィンがお値段6200……』
「これ、店頭で2000円しないヤツじゃない……ん? ムクバード? どうしたの?」
「くるー」(これ欲しい)
「えぇ? こ、これ欲しいの? やめておいたほうが……」
「くるー! くるー!」(欲しい! 欲しい!)
「ちょ、ちょっと、落ち着いて! 今度使用人に言って本物を取り寄せてあげるから……痛ッ、いたた……!? わ、分かったわよ、もうっ……!」
※ムクバードは5個入りの生ポフィンを一つだけ食べて飽きてしまったぞ! 残りはそんなに興味のなかったワルビルがダルそうに全部食べたぞ!
メロドラマの番宣編
※学生寮エントランスのビジョン前にて。
『ふっ、髪にキラーメ、付いてるぜ』
「アコニもさー、やっぱこういうのに憧れんの?」
「そんな訳ないでしょ……キラーメの平均体重8キロなのに」
「体重の問題か……?」
『脚本家の先生にコメントをいただきました!』
『とある地方のリーグ運営トップの方にインタビューする機会があって、彼女のエピソードを参考にしました』
「キラーメをうっかり髪に付けてた人がいるってことよね……?」
「やっぱ髪にシビシラス付いてますよくらいのほうがいいのか?」
「それも嫌。どーせならフラベベにして」
「フラベベならいいんだ……まぁかわいいしな……」
こんな感じの何も生み出さない会話を無限にしている二人。