俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど   作:イリノイ州の陰キャ

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46、もう一つのコロシアム

 

 冷暗所のような場所まで連れてこられると、黒服達は強引に俺を部屋に押し込んだ。

 その黒服達を横に付け、厚い両開きの鉄扉に寄りかかって、レブンは横柄に腕組みをした。

 

「どこだ、ここ……」

「さっきシャグマが言ってただろ。ここは折檻部屋(スイートルーム)。特別なお客様だけがお通しされる部屋だよ」

 

 部屋は暗く、埃っぽかった。端の方に段ボールが縦積みされており、本来の用途は物置きやらなのだと想像がつく。

 

「この部屋、暑いでしょ。それに埃もすごい」

「それが何だよ」

「今の君の体調で耐えられるかな」

 

 レブンは無表情でそう言った。彼の表情の中には、ほんの一瞬だけ罪悪感が混ざり、そして自分自身に対する怒りのようなものも過っては、また無表情に塗り潰される。

 人としての善性が揺さぶる葛藤に、大きく勝る忠誠心があるようだ。完全にシャグマに忠誠を誓い、またその意思を遂行するためなら、どんな悪事にも手を染める覚悟が、彼の目には宿っていた。

 

「お前、なんで俺に『ユリオに勧誘をかけてみろ』なんて提案した?」

「最初から薬を盾に君をシャグマのチームに入れればよかったって?」

「そーだろ」

 

 実際、俺の返事がどうなるものかは俺自身が一番分かっているが、相手の目線で考えた時の話だ。

 自陣に引き込んでしまえば、強化生の一人を(どんな手を使ったのか)軍門に引き込んでいる、と内外に思わせることもできる。

 

「それだとダメなんだよ。同じチームじゃ君とぶつかれないだろ」

「トリトマを敗退させる関門さえ越えればいいんだろ?」

「それも少し違うね。厳密には『トリトマに勝った君に勝つこと』が目的なのさ。単に姉君が弟を打ち負かすのではなく、弟の仇を討った、という構図の想像も誘導できる。その上で君やトリトマよりも上だと思わせるんだ」

 

 トリトマという絶対的ヒーローを倒すヒール役を俺にさせ、さらにその仇を討つという一面を見せることで、観客の人気を集めたい訳だ。

 成功すれば、トリトマの人気を丸々共有する形で、彼女の評判もよくなるだろう。

 大衆は単純で、強いものが好きだ。ただ、集団による誹謗中傷よりも強いものはないので、結果として次善の「善性を持ち得た強い個人」が好かれる。

 そこで学内では〝雑魚狩り〟とかいう不名誉な二つ名でお馴染みの俺を利用したいということか。

 

「元から計画のうちだった訳……」

「君が研究会を抜けたって聞いた時は、実際焦ったよ。君が出られないんじゃ、計画の修正が必要になる。そうなってもプランはあったけど……君に戦ってもらうのが一番手っ取り早いしね」

 

 学園で最も強いと言われるトリトマに、勝てる見込みがあるトレーナーだと思っていただけるのは幸いだが、どちらにせよ、八百長に肩を貸すつもりはない。

 

「さて、おしゃべりはこれまでだ。気が変わったら声をかけてよ。僕は外すけど、このボディガードさん達がずっと扉の前にいるから」

 

 レブンは見るからに頑丈そうな鉄扉の縁を掴みながら、両腕を引きずるようにして部屋を出た。

 鉄扉はレブンに引かれたというきっかけの次に、自重によって徐々に閉まっていき、両者の口が合わさる瞬間に大きな音を立てた。

 

「…………」

 

 さらに暗くなった部屋に、鉄扉の右側に付けられた小さな窓から光が入る。その光の直線形に合わせて、斜めに埃の塔が立っていた。

 

「冗談とか、言ってる場合じゃないぞ……」

 

 レブンの言う通り、部屋は埃っぽく、しかも暑い。長居をすれば体調が急変する可能性もある。

 

「なんとかして、抜け出さないと……」

 

 

 

 A日程の予選第一課程が終了し、ダブルの第一課程が半ばまで進行した頃、チームユリオは不足の事態に集中を乱されていた。

 

「カンゼキさん。それで、シランさんは……」

「ダメだ。携帯も電源切れてる……くそッ! あの野郎どこ行きやがったッ!!」

 

 控え室のロッカーを拳の横で殴打し、カンゼキが俯いたまま舌打ちをした。

 

「お、男なんてそんなもんです……! 怖くなったんですよ! だ、だからいざって時に逃げ出して――――」

「やめなさいリビナ。存外マメな性格の彼のことです。何の連絡もなしに要所を空けるとは思えません」

 

 シランの不在に彼らが気が付いたのは、普段ならアコニのことでうるさいくらいの彼が、彼女の勝利に対して何のアクションも起こさなかったことを疑問に思ったからだった。

 

『ほら、見ろ!! カンゼキ! ほらこれ!! ジム戦の時の!! ほらここ! ここだよこれこれこれ!! これアコニが自分で考えた戦法だぞ!!』

『うるせっ……うるせーよ!! 親がパイロットのガキかお前は!!』

 

 彼の不始末で、アコニ本人にそっぽを向かれているとはいえ、担当練習生の成長を自慢したい気持ちがいっぱいの彼なら、誰かにその感情を発散するものと予想していた。

 いきなり電話でそんな話をされてもおかしくないと身構えていたが、チャットすら一向に来ず、何ならユリオとリビナの試合の一つ前になっても、激励の連絡もよこさないことで、彼らの違和感は確信へと変わっていた。

 

「だとすっと、やっぱ……」

「ええ、何らかのトラブルが発生したと考えるべきでしょう」

 

 身体的事由か、怨恨か、あるいは彼本人とは関係ないトラブルに巻き込まれたか。なんにせよ、連絡が完全に途絶えてしまった以上、その足取りを掴むことは不可能だった。

 

「このこと、あいつの練習生には――――」

「アコニさんには黙っておいたほうがいいでしょう。集中を崩してしまうかもしれません」

「まあ、それがいいか」

 

 聞いてから、カンゼキもその意見に同意した。彼にとってアコニは面識もほぼない相手であり、仲間意識や同情の念は特にない。

 それでもいたずらに心理を攻撃するような真似はしたくなかった。これからバトル競技者を目指す身分として。

 

「万が一ということもあります。カンゼキさんには、運営本部への連絡をお願いできますか。場合によっては、明日のシランさんの試合のスケジュールを調整していただけるように」

「あ、あぁ……それはいいけどよ、アンタはどうするんだよ」

 

 ユリオはカンゼキと話しながら、机に並べた自分の持ち物を指差しで一つ一つ確認し、丁寧に番号が振られ、その順に並べられたボールの中のポケモンの名前をも、1匹1匹点呼で確認していた。

 そして全ての確認が終わると、冷や汗の一つも、緊張による強張りの気配もない冷静な面持ちで、そこに並んだボールをとった。

 

「もう試合が始まります。私とリビナは〝とりあえず〟この一戦に勝利します。彼の不在を加味しても十分上位を狙える勝ち点を獲得するために」

 

 カンゼキは、シランが零していた「鉄仮面」という表象を思い出していた。

 この冷静さは〝白銀〟の如く冷たく映る。しかし、カンゼキには冷徹とすら言えるユリオの平常心が、今に限っては誰よりも頼もしく見えていた。

 

 

 

 ここに閉じ込められて何時間が経ったことだろうか。

 

「はぁっ……はぁ…………」

 

 中はほぼ空気の循環がないのか、いるだけでどんどん蒸し暑くなってくる。しかもこの埃。咳き込む度にまた埃を吸って、悪循環になっていた。

 

「ホントに、何もないって、マジかよ……!」

 

 部屋中を荒らしまわって、段ボールやプラ箱を全てひっくり返したが、使えそうなものは何一つなかった。中身は重要ではない類の経営のデータが印刷されたものばかりで、何の役にも立たない。

 天井の通気口はマイナスドライバーがなければ開かない。畳んだ段ボールを積み重ねて足場にして、天井に手を届かせるまではよかったのだが、肝心のドライバーがなければ無意味だ。

 

「どうする……どうやって、げほ、げほっ……」

 

 外ならいざ知らず、この劣悪な環境で、体が悲鳴を上げ始めた。呼吸のたびに、か細い笛のような音が聞こえてくる。

 

「呼び出して、開けさせて、無理やり……いや、ダメだ……」

 

 扉を閉める前、レブンは「ボディガード達が」待っていると言った。彼らは二人以上いるし、当然ポケモンも持っているだろう。人間の俺で対抗できる相手ではない。

 

「ポケモンがいなきゃ、ホントに雑魚だな俺は……」

 

 埃の積もった床に背中から倒れ込んで、胸を押さえながら足をバタつかせた。何の意味もないおこないだが、こうでもしていないと苦しくて仕方がない。

 額から落ちる汗が床に垂れ、埃と混ざって黒い塊ができる。

 

「ごほっ、ごほ、く……流石に、こんな終わり方は、納得できねぇぞッ……!!」

 

 バトルの世界で戦って、その果てに身を崩して死ぬならば本望だ。ポケモン達にも、こんな身空ではいつ戦えなくなってもおかしくない、と、先に謝っておいてある。

 しかし、このような、単なる物置きでボロ雑巾みたいにくたばるのが、仮にもカントーで8つのバッジを揃えたトレーナーの末路か?

 

 認められない。認められるか、そんな……!

 

「はぁ、くそ……! げほ、う、げほっ」

 

 しかし、熱気を改める気持ちとは裏腹に、体が根性を発揮してくれない。指先の力が抜けていく。

 立っているのが苦しくて倒れ込んだのは間違いだった。立とうとしても、膝すら上がらない。

 

 咳が続いたせいで、喉がひっかかれたように痛む。呼吸が熱い……。

 

 頭が、重い……目が…………

 

 …………。

 

 

 

 

 ドオオォォォーーンッ!!

 

 

 

 

 とかいう派手な音がして、朦朧としていた意識が一気に引き戻された。

 

「な、何……? 今の、音は……!?」

 

 

『お、おい!! 誰かヤツを止めろ!!』

『き、緊急伝達!! 何者かが間階に侵入して……! ぐわぁぁッ!!』

 

 外から誰かの争う声と、激しい破壊音が聞こえてくる。しかも、それは段々とこちらに近付いているような気配すらあった。

 

『止まれッ!! さもなくば貴様を、う、うわああぁぁ!!』

『やめろ!! これ以上好き勝手は――――』

 

 外の声が間近の声に変わった。厚い鉄扉が無惨にも50度以上折れ曲がり、鉄の板が蝶番から外れて倒れた。

 それに遅れて、黒服の一人が悲鳴を上げながら吹っ飛んできた。その勢いのまま壁に背を叩きつけられ、床に転がって涙混じりの呻き声を漏らした。

 

「れ、レブンを守ってた黒服の……」

 

 飛ばされてきた男は、レブンが待たせておいたボディガードの一人だった。

 背中を強打したことにより、呼吸に伴う筋肉の一部が麻痺し、息が吸えない様子であった。吐いても吐いても吸えない苦しみに涙さえ流し、しばらく無酸素に苦しんだのち、息が吸えるようになると、緊張が切れて気絶した。

 

「何だ、何が起こってる……?」

 

 カツカツと、外から神経質な足音が聞こえてきた。誰かがこちらへと向かってきている。逆光で黒いシルエットが浮かび上がってきて、身長の高い影が床にも伸びていた。

 

「お前はッ…………?」

 

 そのシルエットには見覚えがあった。ボロのような着物と、病的に細いシルエット。

 

 

「――――ヘリクスッ……!?」

 

 

 間違いない。近日空席となる予定のハドリア四天王に推薦されている一人であり、俺の記憶に残るトレーナー達の中でも、ストライク使いとしては2番目に強い男……。

 

「お、お前……」

「ヘリクス〝さん〟だ。年長者に敬意を払えよ、虫のように細かな小僧」

 

 その憎まれ口も変わりない。あの湖の浮島で死闘を繰り広げた時と同じだ。

 

「かような場所で何をしている」

 

 ヘリクスは心底不思議そうに首を傾げながら、死にかけの虫ケラを見るような目で俺を見下ろしてきた。

 

「い、いや、それ俺のセリフ……! てか、どうやって扉を……!」

 

 鉄扉は紙が畳まれるような工合でひしゃげていた。どう見ても再利用は不可。扉としての原型は全くとどめていない。何せ蝶番からもちぎれてしまっている始末だ。

 よくみると折り曲がっている部分の真ん中に、何かで刺し貫いたような跡があった。

 

「突破したまでだ」

 

 彼の隣には、いつか戦ったシュバルゴが控えていた。厳重な鉄扉だったのだが、シュバルゴの前では障子を破るに等しいようだ。

 この強さのポケモンを相手に戦い、あまつさえ勝利したのか。俺のポケモン達は。そう思うと誇らしいが、同時に分厚い鉄扉を3メートルは突き飛ばすような相手と戦わせていたのか、と、申し訳ない気分にもなってくる。

 

「うわ……」

 

 エルレイドなら同じことができるだろうが、それを差し引いても比肩する者が見当たらないほどの突破力だ。

 シュバルゴは感嘆の声を漏らしてしまった俺のほうを一瞥すると、すぐに視線を逸らして鼻を鳴らした。やはり気に入られてはいないようだ。

 

「さて、返答を聞かせてもらおう。お前はなぜ、かような場所にいる?」

「な、なぜって……脅されて、ボール取られて、捕まって……」

 

 拘束されて監禁されました。なす術なく。

 

「はああぁぁーぁぁーー……ぁぁ…………」

 

 そう説明すると、ヘリクスは長い長い、それはもう長いため息を吐いた。これ見よがしに頭を片手で抱え、左右に振りながら。

 

「な、何だよ」

「……情けない。一度のみとはいえこの死にかけの虫ケラに勝ち星を譲ったなど、末代までの恥だ」

 

 心底からそう思っていそうな失望顔で、彼は眉間を何度も揉みほぐした。

 

「あれは、お前が……げほ、ごほっ……お前が吹っかけてきたケンカだろ……!」

「それ以上喋るな。そうして醜態を晒すほど、拙の品位が下がる」

「なっ……げほ、う、ごほ、ごほっ……!」

 

 言い争いで酸素を消費したせいか、一気に脳に流れる血が薄くなった感覚がした。ありもしない悪い菌を出そうとするように、横隔膜が咳を促すための収縮を繰り返す。

 

「世話の焼ける……」

 

 咳が続くあまり、一度は立て直しかけた体がまた倒れ込もうとする瞬間、ヘリクスが俺の腕を引っ張り上げた。

 

「何の、マネだ……?」

「もののついでだ。ボールの奪還に協力してやる。ボールさえあれば、如何にお前が虫ケラとはいえ、ここを突破する程度はできるだろう」

 

 俺を助けようっていうのか……? 憎まれてこそいそうなものだが、助けようと思えるほどの親交を結んだ覚えはない。

 

「そもそも、あんたは、何しに……」

「要人警護だ」

「は……?」

 

 ヘリクスはそこまでいって、何を考えているか分からない無表情を、途端に歪めて渋面を作った。

 

「言ったであろう。お前に協力してやるのはもののついでだと」

「要人、警護……?」

「年端もいかぬ童子のな。そして警護中にまかれた」

「まかれた、って…………」

「子供は嫌いだ。人の言うことを聞かん……!」

 

 もしかして手を焼いているのか? あのヘリクスが、子供に? というかそれは要人警護というより児童預かりなのでは?

 

 

 

「ハドリアの四天王交代の件は知っているな」

「あ、あぁ……少しは」

 

 何匹もポケモンを繰り出して襲ってくる黒服達を、シュバルゴが紙切れのように蹴散らしていく。散々苦しめられた相手だったが、こうして味方として見ると、頼もしいことこの上ない。

 どうやってかは知らないが、ヘリクスはこの間階に誤って侵入してしまい、そのために黒服達に襲われるようになったので、仕方ないから片っ端から薙ぎ払っているようであった。考えなしにもほどがあるが、助けられた身でそんなツッコミはできない。

 

「警護しているのは、その引退する四天王の孫だ。厳密にはあの老いぼれの娘の家族全員を、だが。あの悪童……拙のストライクの顔が気に食わんなどとほざいた挙句、脱走など……!!」

 

 ヘリクスの押し殺した怒声に合わせるかのように、シュバルゴが〝メガホーン〟で防火扉を突き破り、さらには突き当たりの壁まで叩き飛ばした。それを見て怖気付き、尻もちをついて後退る黒服達が、一人一人血祭りにあげられていく。

 黒服への攻撃も必要以上になっていて、傍目にはほぼ八つ当たりだが、止める気は起きない。正直胸がスッとしている。後ろで見ているだけだから楽でいいし。

 

「お前に拙の辛苦が分かるか……!? あの虫ケラの卵のように矮小な童子め、言うに事欠いてハッサムのほうがいいだと……浅知恵でしか物を語らぬ小童が、ナメた口をッ……!!」

 

 相当鬱憤が溜まっているらしい。確かにこの男と、それなりにヤンチャな子供という組み合わせは、想像上でも相性が悪そうだ。

 しかし、四天王の家族が、このホテルに着ているというのはどういうことなのか。リーグはカントーの本部からして超が付くドラスティック運営で、少しでも匂いの怪しい業界や団体に対して全力で距離を置いているはずなのだが……。

 

「ここって結構シークレットっつーか、グレーなホテルだって知ってるか? それがどうやって……」

「ユリ家の当主直々に招待されたそうだ。是非、日々の疲れを癒していってくれ、と。ユリ家はハドリアリーグに相当額の支援をしている。断れまい」

 

 そこまで聞いて得心がいった。シャグマの差し金か。何事か父親に進言したのだろう。

 リーグ関係者に媚を売っておきたい腹づもりは推量できる。学園での実績にこだわっているのも、その後の進退を有利にしたいからであろうことは考えるまでもないが、今のうちに本業界に覚えをよくしておきたいのか。

 

「しかし、かなり部屋を開いたが、どの部屋もハズレだな……」

 

 ヘリクスは開くなどと言っているが、そんな生易しい方法ではない。この男にはドアノブを使うという発想はないようで、扉と見れば全てシュバルゴに指示をして破壊している。扉は毎回全損だ。おかげでこの階層全域の風通しが非常によくなりつつある。

 もう階層全体がぐちゃぐちゃだった。修繕費については考えたくない。少なくとも俺の責任にはならないはずだ。ヘリクスは知らないけど。

 

「ここは特別な階層だって聞いた。階層一つが全部シャグマの根城なんだ。だから、本人もここにいるはずだけど……」

「シャグマ?」

「俺を拐った女」

「ほう。是非お目通り願いたいところだ」

 

 彼は意地悪な笑顔で見下ろしてきた。俺の醜態が嬉しくて仕方ないらしい。

 

 その後も、向かってくる敵はヘリクスの指示も要らず、シュバルゴが(彼の口癖に従うなら虫ケラのように)蹴散らしていき、ほぼ全ての部屋を確認したところで、奥まった両開きの、一回り大きな部屋に差しかかった。

 

「ここ、見覚えがある。俺が最初に連れ込まれた部屋っぽい」

「ふむ」

 

 そう聞くと、ヘリクスは鍵の確認もしないで、シュバルゴに間髪入れず扉の破壊を命令した。

 俺としても敵地の破壊を止める理由もなく、多少気分を爽快にしながら瓦礫と化した扉を跨いで中に侵入する。

 

「間違いない。この部屋だ」

「…………もぬけの殻だな。逃げられたか」

 

 ヘリクスは人一人もいない本物のスイートルームを見渡して、憮然と鼻を鳴らした。奴は危険を察知して、さっさとこの場所を放棄したのか。逃げ足だけは早い女だ。

 

「薬はない。ボールも……ないな」

 

 ご丁寧に俺の所持品も持って行ったらしい。タブンネが運んでいたカートの上には、俺のボールの代わりに、誰も手をつけなかった料理が並んでいた。すっかり冷めてしまっている。

 

「逃げた場所に心当たりは?」

「心当たり、って言ってもな……」

「焦るな。近くにはいるだろう」

 

 彼の言う通りだ。整理して考えてみよう。まず、シャグマが逃げたのはヘリクスがここに襲撃してから(というか迷子)だと考えられる。恐ろしく強い男が好き勝手暴れ出して、相当焦ったはずだ。となれば、逃げる時間はそうなかったと思っていい。

 証拠に、部屋にはまだ人がいた気配がする。例えば、机上のスパークリングワインはまだ炭酸が新しく、黒服の誰かが吸っていたらしい煙草の燃えカスは、先端が赤熱している。

 それに、あの女は学園で俺を襲撃した時も、この根城から指示を出していた。その臆病さから考えて、おいそれとホテルを出ようとはしないはずだ。

 

「地下格闘場か……?」

「地下?」

「ホテルの下にあるんだと」

 

 確実に自治体にもリーグ運営にも無許可で営業している、非合法なバトル会場だ。なぜならリーグはバトルに対して第三者が賭け金を設定することを禁止している。

 

「確証はない、けど……」

「行けば分かることだ」

 

 この男の、こういうストライクが竹を切るかのようにスパッとした性格は、意外と好ましいものだった。単に助けられて絆されているだけかもしれないが。

 

 

 

 地下は間階のように秘匿されてはおらず、操作パネルの一番下に「B」というボタンがあった。

 果たしてこの先にシャグマがいるかどうか。というかあの女はともかくとして、俺のポケモン達は無事だろうか。

 

「闘技場なんて響きだ……格闘戦は免れない。悪いけど頼むぞ」

「闇にこもる素人共の相手など、多少の諍いだ」

 

 四天王の候補に選ばれるだけあって、彼の実力は折り紙付きだ。俺自身身を以て体験している。少なくともハドリアでは、バッジを8つ以上獲得済みの現役トレーナーから選任される。賭けバトルに興じるような連中に遅れを取るとは思えない。

 エレベーターを操作し、地下に差しかかったところ、突然扉の隙間から身震いするような冷気が侵入してきた。

 

「さむッ……!?」

「…………」

 

 ヘリクスも腕を組んで気丈に耐え、何でもないように手元で携帯を操作しているが、異常な寒さを感じ取っている様子だった。眉毛が小刻みに上下している。

 突然の温度変化に動揺しているうちに、エレベーターが降り切って、体に強い重力を感じる。

 

「拙に付いてこい」

「あ、おい……!」

 

 扉の外を確認する素振りもなく、ヘリクスはエレベーターを出た。彼に続いて降りると、途端に熱気と冷気が入り混じる怪気炎の中、人々の狂乱の声が塊となって体を押してきた。

 

「大した盛況ぶりだな」

「嫌になるよ。神聖なバトルコートを、あんな使い方する奴ら」

 

 大きな円形のバトルコートを囲むように、階段状の観客席が壁の端まで詰められているというのに、それでも椅子が足りず、立ち見の客がいるほどだった。

 下卑た催し物だ。コートに立つトレーナー達の身なりは貧相なものだったが、それを見下ろす観客はどいつもラフとはいえ、金額を感じさせる服装だった。金で法律を抜ける金満家向けの見世物に等しい光景だった。

 

「拙の探し物もここだったか」

 

 ヘリクスは観客席を見た。俺には分からなかったが、彼の鋭い目には何かが捉えられているようだった。

 

「サガモア・ギムノ=ベカンティ。現四天王ギムノの大事な大事なご令孫だ」

 

 彼が指差したのは、観客席で大はしゃぎしている、服と顔だけは貴族然としたやんちゃな少年だった。

 確かに、ヘリクスは手を焼きそうだ。子供にもこのたいどで話しかけて、何言ってるか分からないとか言われているのが容易に想像できる。

 

「お前は己のボールを探せ。お前のポケモンへの憂慮は不要だ。ここ連中如きがボールからお前のポケモンを出したところで、どうこうできまい」

 

 何せ一度でも拙を負かしたポケモン達だ。そう言って、ヘリクスはツカツカと一番目立つ階段のほうへと歩いていく。

 

「ま、待て! あんたはどうする」

「ここで耳目を集めてやる。幸い、暴れるには丁度よさそうなものが前にあるからな。それに……」

 

 彼は振り返らずに、先ほど指を差した方向に向けて顎をしゃくった。

 

警護対象者(あのクソガキ)が拙のバトルをご所望だ」

 

 ヘリクスは、ポケモンの仇を見るような目で、観客席ではしゃぐ一人の子供を睨み付けていた。先ほど携帯をいじっていたのは、あの子からの連絡でも届いていたからだろうか。

 彼はこれ以上の問答を許さず、さっさとコートのほうへと歩いていく。飛び入りという体で荒らしまわるつもりのようだ。

 

「悪い……」

 

 ならば、俺は控室かスタッフルームを探すべきか。人目の薄い場所を経由して、なるべく深部に……。

 

 

 

「つまらん催しだ」

 

 突然コートの鉄柵をメガヤンマで越えたヘリクスは、そのメガヤンマに更に命令し、コート上にいた4体のポケモンを瞬時に一掃した。

 彼はとぐろを巻いて倒れ込んだハガネールと、下敷きになって目を回すドクロッグを見下ろして、その育て方の悪さに失望するかのように鼻を鳴らした。

 

『おおっとぉーーッ!? なんと突然の乱入者が全挑戦者を一蹴ゥ!!』

 

 金のかかり方とは裏腹の、低俗な実況の声から耳を塞ぎながら、ヘリクスは冷静に辺りの様子を見渡した。

 

「あ……すぐ……!」

「了……! …………だち……対……!」

 

 複数のエレベーターから、会場に黒服達が降りてくる。それが自分やシランを追ってきたものだと察知した彼は、すぐに大袈裟なパフォーマンスに移った。

 

「やれ、メガヤンマ」

 

 会場を一周するように大きく旋回しながら、メガヤンマが薄く〝むしのさざめき〟を会場全体に放射した。

 明らかな挑発行為だ。黒服達だけではなく、賭けを台無しにされた観客や挑戦者までもが目を剥いて彼に怒りの矛先を向ける。

 

『こ、ここで主催者のシャグマ様からルール変更のご連絡が届きました!! あの乱入者を撃破、捕縛した者に、今大会優勝賞金の2倍の額の報奨金を支払うとのことです!!』

 

 シャグマ、という名前を聞いて、ヘリクスは静かに笑った。姿を見せず、人に命令して静かに穴倉にこもる様は、女王アリのようであった。

 女王アリはその身重を隠し、兵隊に守られるだけあって、自らはか弱いものだ。そこまでの兵隊アリを蹴散らしてしまえば、暴かれた女王など、その世代が終われば老いて死ぬだけの無力な小虫に過ぎない。

 

「やってみろ」

 

 目の色を変えて四方からポケモンを繰り出す複数の挑戦者を相手に、ヘリクスは獰猛な笑顔を浮かべた。

 

 





キレンゲくんの華麗なる日常(こだわり編)

「うぅむ……これ、いや、ここか……?」
「同郷(カントー)の強化生くんじゃん」
「そういう君は雑魚狩りのシラン」
「やめろ……で、何してる?」
「土の感触を確かめているんだ。練習に最適な場所を探していてね」

 足で何度も地面を踏み付けたり、指で擦ってみたりして観察するキレンゲ。

「は……最適な土……? 練習なんてどこでもよくないか」

分かってない!!! 何も分かってないッ!!!

「びっ……くりした。急にデカい声出すなよ……」
「君は何もわかっていないんだな!! よくもそんな愚かなことを!!」
「俺今のでそんなに怒られるの……?」
「いいかい!? 土を見れば歴史すら分かるのだよ!! であるならば己で踏み、触り、味を確かめるなどして然るべきではないか!!」
「ちょ、ちょっと待て、今なんかすごいこと言ってなかった」
「はぐはぐはぐはぐっ!!!」
「うわぁ土食ってる!! 味わうどころか頬張ってるだろそれは!!」

「…………」(キレンゲの異常行動を恥じて小さくなるヨノワール)

 キレンゲくんはお腹を壊しやすいぞ! 当然だな!
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