俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど 作:イリノイ州の陰キャ
誤字報告ありがとうございます。
それからお気に入り、評価、感想などしていただいた方、拙作を読んでくださっている方もありがとね。
ついでに余談を語らせていただきますと、キャラ名は全て植物に着想を発しております。ユリオならユリオプス、レブンなら礼文という感じで。以降は特にモデルを紹介するつもりはありませんが、お気付きの方は内心で作者を上回ったのだとほくそ笑んでいてください。
「おぉ……」
見事な手捌きで切られていく食材、寸分の狂いもなく投入される絶妙な塩味の調味料、一秒単位で調節が入る緻密な火加減。
「ラッ、ラッ、ラッ、ラッキー♫」
そしてこの量。ざっと四十人前くらいはありそうな鍋のシチューを、軽々と混ぜるそのパワー、そして可愛らしい鳴き声……。
「おぉ……!」
俺は寮母のラッキーさんに夢中だった。
「何してんの?」
水を差すなアコニ。君も見ていけよ、ラッキーさんの見事な料理の腕前を。食堂の飯も悪くないけどさ、こっちは何かほっとする。
「別に珍しくもないでしょ。ラッキーはカントーにもいるんだし」
「何言ってる!! 見ろ! あのチャーミングな手から繰り出されているとは到底思えない繊細な料理過程を! 俺達の体が同じ形だったとして、あれと同じことが君にできるか!?」
「はぁ……馬鹿が騒ぎ出した」
おぉ!? 筋切りが早すぎる! どこに筋があるかを見てもいないんじゃないか!? しかし肉は綺麗に身を広げ、筋が切れたことをその姿を以て表している。
「何でもいいけど、授業には出てよね。私の担当の強化生が成績不振の落ちこぼれなんて、恥ずかしくて嫌だから」
え、えぇ!? そこで大胆にもヤチェのみを丸々二個投入だって!? こ、これが寮母さん特製シチューに隠された嫌味のない酸味の正体ということな――――
「早く行け!!」
い、痛っ、わ、分かったよ! 分かったから蹴るのはやめろって。
ナイロン学園の生徒数は6000人。大学のような高等教育機関でもないのに、この人数だ。その生徒のうち、強化生はたったの20人。今年度から始まった制度だから当たり前だけどね。
つまり強化生ってのは300人に一人しかいないバトルエリートみたいな存在だ。そんな奴が同年代にいるとなると、バトル競技者の養成機関としての一面を持つこの学校の生徒にとっては、意識するなというほうが無理がある。
「ぼっちだ……」
あの一件、強化生であるユリオとの対決以降、露骨に俺の席の周りに人が集まらなくなった。どんだけ嫌われてんだよ強化生ってのは。こんなになってんのによくこの制度通したよね、理事長も。いや、バトルの振興が成功すれば、個人の人格に対する影響などは問題ではないのだろう。文句言えないほどの金を積まれ、その上好待遇だ。リスクは覚悟の上で来い、という意味でもあるかもしれない。
教育機関とはいえ、カントーやジョウトのような画一的かつ段階的な教育とは違い、即戦力を求めがちな態度は、この辺りの地方にはよくある風潮だ。その分競争意識も高い。
「ピカ〜」
「ライム、授業始まるから、大人しくしててな」
「ピ」
授業中は原則ポケモンはモンスターボールに格納するのが……まぁどこの学校でも同じような決まりがある。言うまでもないか。
「というように、有限の最大値と最小値を持つ数列を、通常には有界数列と――――」
あーやべ。全然頭に入ってこない。眠すぎる。妖怪シューベルが何だって?
ノートには「バンチョー数列」とかいう戯れ言が書いてあった。意味は全く知らないけど多分何かを間違えてる。もう最悪あとでAIに聞けばいいや。
「ですから、例2の式は無限に発散するので、非有界となります。例3の二次漸化式は明らかに非有界です。名前を知る人も多いでしょうが――――」
先生がなんかごちゃごちゃ言ってる。頼むから俺の知ってる言葉で話してくれないか。
「ここ、空いてる?」
寝坊か? それにしても俺の隣なんか目立って仕方ない――――あ。
「レブン」
「やぁ。今日も絶好調だね」
もしかして全く人を寄せ付けないこの俺の
「遅刻魔め」
物腰柔らかい話し方から、真面目そうな印象を受けるが、レブンは結構手を抜くところはしっかり抜いてるタイプの奴だ。ということを最近知った。授業においても人間関係においても要領のいい奴だ。
「はは。でもほら、小テストの点数は君よりよかったよ」
「それを言うな……」
出席点があったら絶対俺の方が成績良かったからね……ん? あれ、これ遠回しな敗北宣言じゃね?
「テストも大切だけどさ、ジムにはいつ挑戦するの?」
「あぁー……」
どーしよ……テスト…………その単語を聞くだけで気が滅入る。
「強化生の一人が、おととい既に一つ目のバッジを取得したらしいね。まだ学校始まって、一週間も経ってないのに」
「ほぇ〜〜……」
俺は一週間も経ってないのにもう落第しそうだけどね。あ? 何見てんだよ。言っとくけど俺は一般のお前らと違って恥とかねーから。最悪先生に土下座して脅威の補講4連続出席で取る。
「聞いてる? 君はジム戦、受けなくていいの?」
「聞いてる…………」
少なくともアコニの挑戦より前には、受けておきたい。彼女にアドバイスをする目的でも。最終的にはアドバイスを打ち切って、自分で対策を考えさせるつもりだが、一つ目や二つ目はそれくらい手厚くたっていいだろ。
何より成功体験をさせるのが肝要だ。でなければ本人もポケモン達も、意欲と自信を失っていくし、自信を失えば、本来出せるはずだった実力も出せなくなってしまう。
「ではここで、次の極限の値を――――」
やべ、また先生が重要そうなこと喋ってる。何だって? 問題解けばいいの? つーかもっとデカい声で教えてくんない。届いて来ないんだけど。
「それ間違ってるよ。答えは1だね」
「…………」
あー。もう知らん。バトルだけやってれば生きられる身分になりたい。あぁ、少し前まで半ばそんな感じだったんだっけ。それじゃダメだって分かってるからここに来たんだった。
はぁ……上手いことできてるな人生って。誰しもどっかで何かしら苦労するもんか。
苦労。例えば、アコニで言えば、それはポケモンバトルということになる、らしい。
「ワルビルの相方を考えよう」
彼女の手持ちポケモンは、現在ワルビルの一匹のみだ。ワルビルが苦手なポケモンを、どのように対処するか、その空き枠が五つもある訳だから、いくらでも考える余地はある。
「前提として、ワルビアルになった時の特徴を考えてみよう。どんなことが思いつく?」
「…………やっぱり、物理攻撃とか」
それもある。攻撃力はそれなりに満足のいくものがあるし、じめんタイプである点も中々嬉しいところだ。
「あと、弱点が多い……」
二つ目からネガティブなことを言うなよ。まぁでも、手持ちのポケモンの弱点を理解しているのはいいことだ。何せ6タイプも弱点があるから、正直守りには活かしにくい。
「せめてあと三つは出してきてよ。ほら、この後バトル学なんだろ? コート遠いんだし、もう行ったほうがいい」
「……そうする。あ、これ、去年の私の微積Aのノート。注釈まで付けてあげたんだから、感謝してよね」
「マジで助かる。先生の靴舐める寸前だったわ」
「絶対やめて」
何なら靴の裏だろうが舐めていたところだ。彼女は俺の冗談を真面目に受け取って、渋面に怒りすら滲ませていた。
彼女が去った噴水前のベンチに残り、俺は緩やかに縦軸の弧線を降ろす噴水を眺めていた。春風が心地いい。心地よすぎて全く頭が働かないことに目を瞑れば、これ以上ない昼下がりだ。
「あ〜〜、どーすっかなぁ……」
俺も行っとくか。ジム。アコニが挑戦しやすくて、かつ学園から近いのは、セルロタウンの〝セルロジム〟かな。
いわタイプのジムリーダーが経営するジムだそうだ。初挑戦者から中堅層のトレーナーが主にチャレンジャーとなるらしい。やっぱ最初は得意なタイプのジムに挑ませるべき――――
「君がシラン?」
ベンチを占領して寝転がっている俺の上から、誰かの声がかかった。こんな人に見られるとこでくつろいでるような奴に、よくも声なんかかける気になったな。
「シランだよね? ピカチュウのトレーナー」
有名人になったもんだな俺も。次々に女の子が声をかけてくれるんだから。でもみんな目の奥に敵意の影を回すのはなぜなのか。
「ウチはミヤコ。聞いたことない?」
「ん……? あぁー……」
レブンが、何か言っていたような。さっきの授業でこう、何だっけな……ダメだ。途中から眠過ぎて全然話聞いてなかったから分からない。
こういう時はアレだ、当てずっぽうでいこう。わざわざ俺に話しかけてくる、闘争心剥き出しの生徒。そんなもんアレだろ。俺と同じ……。
「強化生の?」
「そうそう! やっぱり知ってたか。そりゃそうだよね」
セーフ……初っ端からディスコミュニケーションを踏まずに済んだらしい。
体を起こしてミヤコと名乗った少女の姿を確認する。短く切った黄色みがかった髪の毛と、足首に届く長丈の黒いレインコート……レインコート? 今日は思わず外で昼寝をしたくなるような快晴だけど、なんでレインコート?
「やっぱり噂になっちゃってるかぁ。〝強化生内最強のトレーナー〟の名前は」
…………最強?
強化生の中で、最強を自称するのか? よりにもよって同じ強化生の前で。
「聞き捨てならないね。あんたが最強だって?」
「そうだよ? だってウチ、強化生同士の親睦バトル、無敗だから」
そういえばあったな、そんなの。俺は長旅でグロッキーだったので参加を見送ったが、あとで確認したところ、あれを言い出したのはユリオだった。
その彼女の口からも、そういえば聞き覚えがある。俺の他に、彼女のメタングを1分とかからず降した天才トレーナーがいると。
「見て見て〜! これ、フェノールシティのバッジ! おととい取りに行ったんだよ!」
フェノールシティのジムは、確かどくタイプの使い手がジムリーダーをしているとかいう……。
「すごいでしょ! このまま一番乗りで八つ集めちゃうんだぁ!」
「それは面白いな」
わざわざ喧嘩を売りにきたことが。
「君、カントーのトレーナーなんでしょ? 見たよ、ユリオさんと戦ってるとこ。今度私とも戦ってよね!」
「気が向いたらね」
「他のカントーの二人はてんで弱っちくてさぁ。カントーってこんなもんなんだぁ、ってがっかりしてたとこなんだよねぇ」
そこまで自分の実力に自信があるか。いや、当然か。まだバトルをしていない俺以外の強化生全てに無敗なのだから、自信というよりは確信に近いのだろう。それならば、己れは強いと喧伝するに足り得る。
「あんたの出身は?」
「私? 私はね、イッシュから来たの。よろしくね! シラン!」
「あぁ。よろしく」
朗らかに笑う彼女に、笑みを返すことでそれを返答とした。
俺にも結構残ってるんだな。肺がダメになってから、てっきり一緒に萎びたものだと思っていたが、全然そうじゃないらしい。
誰かと優劣を競い合う人間に宿る闘争本能ってヤツが。
翌る日、俺とユリオは領内に横たえるように伸びる鉄道線を使って、セルロタウンへと向かう道中であった。
揺れる電車の中は、平日の昼間ということでかなり空いており、俺達はゆったりと席に座ることができた。
「紅茶ありますわよ」
「ありがと。お、ダージリンだ」
「分かりますか? いい香りでしょう」
目的はもちろん、ジム戦だ。あのミヤコとかいう女に挑発され、いい加減ケツに火が付いたので、俺もさっさとバッジの一つや二つ取りに行ってやろうという気になったところ、負けていられない、と、ユリオが同日の挑戦を希望した。
「スマホ持ってきたよな」
「当然ですわ。肌身離さず持ち歩くから、俗に携帯と呼称するのですよ」
頻繁に部屋に忘れ、毎度スマホロトムに頭をぶっ叩かれる俺としては、続く二の句はない。
折角だからお互いのバトルを録画して、あとで感想戦をしようという話になった。本当はジム戦を映像記録に残すのは禁止されているが、ジムリーダーの許可を得て、かつ個人利用目的なら一応許される。帰ってアコニにも見せたら消すつもりだし。
「セルロジムのジムリーダーは、トラノヲ……」
壮年の男性で、本業である宝石商の傍ら、セルロタウンのジムを守り続け、かれこれ18年が経つという年季の入った使い手だ。
ベテラントレーナーってのは、使ってくる戦術が正攻法でも搦手でもやりにくい。というのも、ベテランの分経験があるので、小手先の付け焼き刃で何とかしようにも、経験から対処法を引き出してしまう。
「いわタイプの使い手、でしたわね」
「あぁ。事前に挨拶の連絡入れたらさ、強化生なら手加減はいらんな、とか脅されたんだよね」
「一筋縄ではいかなそうですわね……」
頑固一徹、なんてタイプでもないようだが、それはそれとして信念はある使い手らしい。まぁジムを任されるほどのトレーナーは大体、信念の一つや二つはあるけど。
「着くまで対策を考えよう。どんなポケモンを使うか、情報はあるか?」
「事前の生徒の皆様へのリサーチによると、トロッゴンを使うようですわ。弱点を突けるじめんタイプで対策しようにも、〝ねっとう〟に苦しめられたとか」
ユリオはその裏表のない性格からか、何かと孤立しがちな強化生の中では、かなり一般生徒との親交構築に成功しているようだ。
でなければジム経験のある生徒から情報を引き出すことはできなかっただろう。そのコミュニケーション力に感謝したい。
「じゃあ俺らにはセキタンザンを出してくるな……じめんに有効打があるからって、バカ正直にみずタイプを使うのはやめた方がいいぞ」
「〝じょうききかん〟を考慮して、ですわよね?」
タンドンの系列の三体は、ほのおやみずタイプの攻撃を受けると、中枢神経だかの近くにある内燃機関が活発化し、運動能力や動体視力が大幅に向上する。
しかも奴ら、防御には定評がある。特に物理攻撃は、たとえ弱点のみず技でも、生半可な威力ではかえって相手の利となる恐れが大きい。
「そういえばさ――――」
みず、で思い出した。雨でもないのにレインコートを着ていた、自らをして最強を自称する強化生のことを。
「ユリオが言ってためっぽう強い強化生ってのは、ミヤコとかいう女子生徒であってる?」
「えぇ。彼女ですわ。目を開けていられないような雨を降らせ、巨大な海峡橋のようなポケモンで場を蹂躙する……〝甚雨の女〟などと、既に通り名が付いているようですわね」
雨、つまり、天候を味方に付けるタイプのトレーナーか。グリーンさんに口酸っぱく言われたことを思い出す……耐久型のポケモンを高回転で交代させる構築と、天候を操ってくる相手は、常に想定して対策を万全にしておけって。
「悪い。聞きたかったのはそれだけ。対策の話に戻るか」
「構いませんわ。あなたが一泡吹かせてくれるというなら、お話しした甲斐があるというものです」
いずれは自分で雪辱を果たすつもりですが、と付け加えて、ユリオはメモ用にスマホを懐から取り出した。
「では、相手が特殊攻撃を使う場合は――――」
「他に気をつけたいのは、最初にタールショットを――――」
俺達の意見交換は、電車がセルロタウンに到着するまで続いた。
やっぱバトルのことを考えてる時が一番楽しいな。充実してる。気分も、体も。
ナイロンシティ風、春きのみの「からあま」ポフィン
味 :★★★★☆
栄養:★★☆☆☆
他 :★★★☆☆
総合評価:★★★☆☆
シンオウ地方の郷土お菓子。小麦粉ときのみを鍋で撹拌して作った生地を、オーブンで焼いた指で摘めるサイズのお菓子。ナイロンシティのきのみ栽培所で作られたきのみだけを使用しており、今回のは「からあま」らしい。
価格は一律300円。一袋六個入り。たまにある(今回のような)季節限定のポフィンは40円増。
ライム評:★★★★★
備考
ピカ〜(甘いのが好き)
シラン評:★★★☆☆
備考
シンオウのものとは違って焼き色の深いポフィン。フルーティーながらも焼き目が香ばしい。個人的には「しぶあま」がおすすめ。お手頃な値段とはいえ、嗜好品に類するこれを頻繁に購入するのは躊躇われる。
キッチンカーがあるとポリさんがその前で地蔵になるので、あんまり学内に来てほしくはない。最近無断で動画を回している音も聞こえてきた。俺の醜態を動画サイトにアップしてみろ、二度とバトル競技者を目指してるなんて言えなくなるくらい叩きのめすぞ。