俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど 作:イリノイ州の陰キャ
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ボールを探し回っている間、ヘリクスが大立ち回りをしている音がずっと会場に響いていた。
「誰か奴を止められないのか!!」
「やってる!! お前も手より口を動かせ!!」
宣言通りの大暴れだ。スタッフルームに忍び込む前に、あのメガヤンマが〝げんしのちから〟を構えているのが見えた、その後に飛び交う怒声や悲鳴が、威力を物語っている。
「おかげでこっちは静かだな……」
ヘリクスの鎮圧に向かったことで、スタッフは全員出払っていた。おかげで関係者以外立ち入り禁止のスタッフルームには誰もいなかった。
よほど慌てて飛び出したのか、ひっくり返したように散らかっているスタッフルームを少し調べてみる。
「ボールの類はない、か……」
ついでに俺の薬もなし。
「さっさと見つけないと、ヤバいぞ……」
外からは呆れるくらいドンパチ聞こえてくる。ヘリクスがこれでもかと暴れている音だ。ポケモン達だけでも見つけておさらばしないと、奴の戦闘に巻き込まれる。
地下空間であんなに暴れたら建物が倒壊してしまいそうだが、そこはシャグマの言うバトルに耐える設計が活きているのか、どの報知器もこの惨状を知らんぷりだ。
「隣の部屋は……」
着替えで散らかったスタッフルームを出て、隣の控室に入る。こちらはスナックやアイスのような、食品の匂いが充満していた。
それもヘリクスの大暴れの余波で床に散らばっており、見た目が最悪だった。
「ボール汚されてたら弁償してもらうからな……」
軽口を漏らしながら部屋を漁る。ロッカーや鞄に至るまで、裏に返して中身を床にばら撒いてでも、とにかく漁りまくった。
「あった……! 薬……!」
間違いない。年単位の処方なので、多すぎて紙袋ではなくビニールに入っている、俺の薬だ。
これを見つけるために床は更に散々なことになってしまったが、シャグマの部下の皆さんには、頑張って自分の所持品と他人のものを選り分けてもらうことにしよう。
「シャグマ本人はまだしも、部下はガサツだな……」
あの黒服共は少し練度がありそうだが、それ以外の雇いのチンピラみたいな連中は、見た目通りの素行ということだろう。
何にしろ助かった。これで研究会大会を諦めなくて済むし、何より金銭的な意味で助かる。何せこの量の薬、買い直すには保険があっても高い。
「けど、まだボールが……」
この部屋にもない。いや、ここにあっては汚れてしまっていたかもしれないので、考えようによっては幸いだったか。
とにかくもう一度廊下に出て、扉が開く全ての部屋を漁ってみるしかない。
「くそ……早く……」
あの埃の酷い物置きから脱出し、少しは持ち直したとはいえ、本調子には程遠い。果たしてこの惰弱な身体に平素本調子などあるかについては自分でも疑問だが、とにかくいつもより更にグロッキーだ。
「はぁ……はぁ……」
揺れる壁に手をついて息を整えながら、少し頭を下げて血流を増やす。考えを巡らせるには血が少ない。
「あ゛〜〜…………」
膝が笑い始めた。一呼吸おいて、体をゆっくりと降ろし、地面に両膝をつく。まだ意識を失う訳にはいかない。
「行くぞ……」
感冒の痛痒もあるいは気安いものだ。いい加減動悸にも慣れてきて、むしろ血流をよく促してくれるものとして歩き始める。そうとで思わなければ、この場に倒れて休んでしまいそうだった。
「お探しのものはこれか?」
体を起こして歩き始めた直後のことだ。廊下の曲がり角から10人ばかりの黒服達がやってきて、見覚えのあるボールを掲げてみせた。
「エル、レイド……」
間違いない。あの年季の入った赤いボールは、エルレイドのものだ。
「お前ら…………」
見た目、ボールに何か細工をされた様子はない。また、ボールを掲げる男の背後に控えている部下と思わしき黒服の手には、四つのモンスターボールが置かれたトレーがあった。あのボールがエルレイドだとすれば、トレーのほうは十中八九俺の他の手持ちだ。
「流石一流のトレーナー様だ。ボールを見ただけで、自分のもんかどうかも分かるか」
「それだけは、許さねー、ぞ……」
ポケモン達に何かしようものなら、命の放棄も辞さない。この病身に付き合わせた彼らに、さらにこれ以上の試練を負わせろなどと、誰にもそんな権利はない。
「へっ……死にかけの小僧がよく吠える。安心しな。何もしてねーよ。まだな」
男は下卑た笑顔を浮かべながら、懐からボールを投げた。
出てきたのはバニリッチ。奇しくも男と同じく笑顔にも見える表情で、温度変化を巧みに利用して浮遊していた。
「まずはその手に持ってるものを寄越せ」
「…………」
「おい、これが見えねーのか?」
男は後ろの黒服に命令し、ボールの入ったトレーを見せびらかすように持ち上げさせた。
「いつでも氷漬けにしていいんだぜ。そのまま手が滑って、踏み壊しちまうかもな! 滑るのは足か? まぁどっちでもいい」
感情の見えない笑顔で浮遊するバニリッチはその実、あれが臨戦態勢だ。俺に危害を加えるつもりならまだしも、その矛先は奴らの指示次第で、みんなが入っているボールのほうに行く。
「くそっ……」
渡すしかない……薬を渡したところでボールが帰ってくる訳がないことも重々理解している。だがそれでも、この世の何も、あの子達には代えられない……。
「よぉーし。それでいい。いいか、バニリッチよりもこっちまで近付くな。そいつの近くまできたら、足下に投げて、下がれ」
何か、ないか。もったいぶるようにゆっくりとバニリッチに接近しながら、頭の中の整頓されていない箱をひっくり返して、ひたすら考えを巡らせる。
何か、みんなを取り返す方法が――――
ドオオォォォーーンッ!!
突然の振動と、左から壁を突き抜ける謎の電光、そして、激しく揺さぶられ、思いきり壁に打ち付けられる己の身。
「がっ……! ゲホっ、うっ……げほっ、げほ……!!」
な、なんだ、今のは一体……!?
強かに打ち付けられ、脳内のあらゆる液体の勾配が乱されて、思考が激しくとっ散らかる。
分かるのは、俺のボールを持っていた男達にとっても、これが想定外であったらしいということ。なんとか足腰で踏ん張る者や、俺と同じように壁に叩きつけられた者もいるが、とにかく彼らも状況に付いて来れていない様子であった。
キイイィィ――ィィ――――!!!
「あれは…………」
壁にデカい横穴が空いたことで、今度ははっきり分かった。今のはヘリクスの仕業……というか、メガヤンマの〝げんしのちから〟だ。
「あの男、滅茶苦茶、しやがって……」
先ほども見えたが、やたらめったら乱発しているらしい。穴から少しだけ見えた闘技場内は阿鼻叫喚だった。エキストラの演技だけ迫真の、出来の悪いスリラー映画を観ている気分だ。
だが、今この瞬間には助かった。これほどの強烈な揺れに、すぐさま対応できる者もいまい。
「お、おい!! 動くな!! ボールがどうなっても――――」
男達は冷静さをなくし、俺の動きに一瞬でも気を取られた。だが、あの破滅的なチェレンコフ光が放散するこの瞬間、2打目に備えていなければどうなることか。
「いいの、がふっ……!?」
案の定、黒服達は次いでホテルを揺らす尋常ではない威力の〝げんしのちから〟の余波をモロに受け、踏ん張ることができずに横倒しになっていく。
「がッ…………!?」
振動で壁に叩きつけられた黒服がボールを取り落とし、その一つがこちらに転がってきた。チャンスだ。あれは間違いなく俺の……!
「今なら……!」
今の大騒動がきつけとなったこともあり、一足早く体が動いたのは俺のほうだった。転がってきたボールを素早く確保し、壁に体を擦り付けて余波に耐える。
「出てこい……!」
そして間髪入れずボールを投げた。誰でもいい、出てきてくれ……!
ボールから出てきた影が、視界を埋め尽くした。地下の廊下は少々手狭になるほどの体躯、とぐろを巻かなければ収まらない体長。
「シロミか……!」
出てきてくれたのがシロミで助かった。ハイネは戦えない。戦わせられない。
どんなに切羽詰まっていても、彼女が嫌がることはしない。だからこの場で出てきたのがハイネだったら、逃げ回るのが一人から二人になるだけだった。
「へ、へッ!! な、何が出てくるかと思えば、ギャラドスかよ!! こおりタイプのバニリッチの前で、そいつにできることがあんのかッ!?」
シロミを見るや、男は打ち付けられた体を庇いながら強がった。シロミはそれを無視してこちらを覗いてくる。避ける方向もスペースもないのに、彼女は余裕綽々だった。
「シロミ。遠慮するな。ここそういう施設だから」
説明全放棄でそう言うと、シロミは逡巡するかのように首を捻るので、俺はただ彼女の目を見て肯首した。普段の躾が活きているというべきか。建物を壊してしまわないか心配なようだ。いい子だぞ。とっても偉い。
でも別に関係ない。ホテルを破壊した犯人として俺を告発しようにも、今度はなぜそんなところに俺がいたのか、という疑問がわく。それに、あの女もこの場所に捜査の手を入れられたくはないはず。
シロミは俺が頷くのを確認すると、迷いながらも己の秘めたる本能には逆らえないのか、体中の鱗を逆立て、この音がよく響く地下空間で大絶叫した。
「グオオォォーーッ!!」
事前に耳を塞いでいた俺以外は、あまりの爆音に体の芯から揺さぶられ、特に近くにいた前の数人はその場に倒れ込んだ。
「あーあ……」
目を血走らせ、普段は抑えている破壊衝動を発揮したシロミは、こう……怖かった。
「う、うわあぁぁーッ!!」
「くそっ! こ、こいつ、どんな……!」
他にどんな修飾語を付けてこの恐ろしい風貌を説明しようか。何を言っても見たものを下回る陳腐な印象に成り下がってしまいそうだが、喩えるなら鬼瓦だ。厄除けを通り越して厄殺しの様相だが、昇り龍だし、縁起はよさそうか。
「ヘリクスのこと言えないな……」
あまりの威容に恐れ慄き、我先にと逃げ出す黒服達を、シロミは一人たりとも許さなかった。
「ま、待て! やめろ!! やめ――――」
やっていることは技でもなんでもない。ただ咆哮し、体を振って尾を薙ぎ、叩きつけ、トレーナーを守るように出てきたポケモン共々、人間を吹っ飛ばしていく。まるでボウリングのピンかのように。
こうなるともう俺にできることはない。そう差し向けたのも俺だが、指示は届かない。普段かなり抑制しているのもあって、やる時は容赦も見境もないので、離れたところから見ているのが吉だ。
「シロミ……? シロミー……? まだ暴れ足りない……? そ、そっか……ひ、人殺しとかはダメだぞ」
正直なところ、最初の一薙ぎでほぼ全滅に見えたのだが、一度破壊衝動を発し始めたシロミは、本人にさえ止める術がない。
途中から見ていられなくなった俺は、蹂躙される黒服達から目を離し、とにかく床に散らばったボールを集めるのに集中することにした。
黒服共のボールが混じっていて煩わしいが、俺のボールは一番安価なモンスターボールしかないので(貧乏だから!!)それだけを探せばいい。
「あった……これは、ポリさんか」
ポリさんはボールから出てくる気配もなく、一度震えただけでそれを返事とした。物臭なヤツ。
しかし無事でよかった。手段を選ばないあの女と言えど、ポケモンやボールに危害を加えるのは憚られたか、あるいは、あいつが……。
「ゴアァァーーッ!!!」
「うおっ……ビビった。大はしゃぎだな……」
油断すると鼓膜を破られそうだ。その咆哮もさることながら、コンクリ固めの厚い壁や天井に、いくつもシロミの尾の形に凹みが付けられていた。
さっきからシャグマの手駒と思われる連中がおはじきみたいに薙ぎ倒されているが、人間が生身で食らって平気なのだろうか? あまり考えたくない。寝覚めが悪いので、少なくとも死んではいてほしくないところだ。
「これは、ライムの……おわっ」
「ピカピ!!」
持ち主の俺が触れた途端、ボールの安全機構が解除され、中からライムが飛び出してきた。
「ピィーカ!!」
「ちょ、ら、ライ……い、息が……!」
ライムはプンスコ怒りながら、俺の顔にしがみついてきた。ちょ、ちょっと、洒落とかではなく、本当に息ができない。
「ピカ!?」
「う、げほっ、げほっ……」
俺の顔からライムを取り除いたのは、これまた勝手に出てきたエルレイドだった。
こちらは相変わらず何を考えているのか分からない無表情だが、首根っこを掴まれ、ぶら下げられるように浮くライムは腕を組んで頬を膨らませている。
「あ、ありがと、エル、レ……!?」
「ピッ!?」
ひし、と、今度はエルレイドの番だった。俺に腕を回して、胸に顔を埋めてきた。もしかして、お前も寂しかったのか?
「あ、ありがと……ごめんな、心配かけて」
ぎこちない手つきながら、角を避けてその頭を撫でてみる。すると、エルレイドは更に抱きつく腕の力を強めた。
思えば、こんな風に分かりやすく接触を求めてくるのは、最近を除けばラルトスの頃以来だ。長い間甘えたい気持ちを押し殺させてしまっていたのだろうか。
あるいはもしかしてライムに対抗意識を燃やしているのか? そう思うとエルレイドの無表情もなんだか、ライムに対して「相棒面するな」という顔に見える。
「ピィー!! ピカァ!!」
これに激しく怒ったのはやはりライムだった。尻尾をビタンビタン左右に振って床に叩きつけると、目を剥いてエルレイドに掴みかかろうとした。
しかし、エルレイドはひょいっと俺ごと横に避けて、ライムの突撃は空を切った。
「ピィーッ!!!」
涼しい顔をしてこいつ……地団駄を踏むライムを無視して、エルレイドは頭を擦り付けてきた。
「ら、ライム。ライムもごめんな」
膝を叩いてライムを呼び出すと、エルレイドへの怒りを忘れて俺の足を駆け上がってくる。そのまま肩に安定し、エルレイドと同じように顔を擦り付けてきた。こいつに電気袋があったら感電しているところだ。
「あとは、ロトムだけ……」
最悪端末はどうでもいい。中のロトムさえ無事に帰ってきてくれたら、スマホのほうは利用解除の申請を出しておけばいい。
データも、ロトムの内部に蓄積された情報からできるだけサルベージして、なんとか復元する。とにかくポケモンに大事がなければ、それが一番だ。
「ピカ」
「ほら、帰ってからにしよう」
甘えん坊達をあやしながらボールに戻し、薬と共に懐にしまいこんだ。最後に俺の携帯を持っていたのはレブンだ。奴を探すのが手っ取り早い。
「シロミ!」
散々暴れ倒したようで、圧に強く設計される地下空間とは思えないほどにズタズタになっていた。本人はケロッとしているのが恐ろしい。
バニリッチ以外のポケモンも何匹か出して対抗したようだが、シロミの前には紙吹雪に等しいようであった。どいつもボロ雑巾の様に転がって目を回している。
「す、すっきりしたか……? そ、そうか……ならいいんだ、うん。それなら……」
普段から、ストレス発散の時間をもう少し取ってやるべきか。シロミは一通り暴れ倒して晴れやかな顔をした。
「さっさと行こう。ヘリクスが地下をぶっ壊してホテルごと倒壊させる前に……」
「待てッ!!」
踵を返して会場側を目指した瞬間、背後でバニリッチのトレーナーの男が立ち上がった。
「お前……」
それに伴って、シロミが吹っ飛ばした男達のうち、数人が立ち上がった。頑丈だな。いや、足下は震えており、目もかろうじて俺が見えているかいかんというほどのものだが、根性で立ち上がったらしい。
「まだだ……行かせねぇぞッ……!!」
どうみても死に体だが、目には闘志か、あるいは恐怖かも分からない正気以外の光があった。
「バニリッチ!! 〝ぜったいれいど〟だッ!!」
〝ぜったいれいど〟というのは技に付けられた名称であり、本当に
あの技は敵の深部体温に作用する。深部体温を低体温ギリギリまで下げられたポケモン達は、一時的な休眠状態、つまりボールに入っている時と同じような状態になり、バトルの続行が不可能になる。
「シロミ」
当たれば終わりの強力な技だが、あの技には甚大な欠点が二つある。
命中させるには、スポッターとなる指示者に相応の熟練度が求められるということだ。素人が適当に使ったんじゃまず当たらない。それどころか、ある程度バトルに覚えのある者でも、使いこなすのは難しい。
案の定というべきか、シロミに〝ぜったいれいど〟は当たらなかった。妙な冷気が肌を掠めていく。
「やめとけよ」
一度の〝ぜったいれいど〟で、バニリッチは少し表情を険しくした。二つ目の欠点はこれ。
連発するには消耗が激しい。未だ謎の多いポケモンの生態の中でも、この〝ぜったいれいど〟の作用の仕組みについてもやはり謎だらけだが、かなり複雑かつ高度なダイナミズムの下発せられる技のようだ。
何度も使わせると、むしろ使い手のポケモンの体温に影響する。上下どちらにも。そのため、多くの公式戦やリーグ戦の試合規定では、大体「5発」を使用限度とし、それ以上の指示を違反とする場合がある。
「そのバニリッチが大切なら……」
「うるせえッ……!! 俺達は命かかってんだよ!! 大人しく捕まれやシャバ僧が!!」
先頭の男が手を上げた瞬間、後ろの男達もボールを解放する。立ち上がった6人の男達が並ぶには多少手狭な廊下に、バニリッチが2体、バニプッチが4体、隊列を成した。
「テメェ今美味そうとか思っただろ!! アイスみてぇにナメんじゃねーぞ!!」
意味の分からない言いがかりを付けながら、男はまっすぐシロミを指差した。
「行け!! 〝ぜったいれいど〟だッ!!」
「待て、お前……!!」
バニリッチは、技の発生のために交換させた熱を溜めるようにして発熱しながら、弓を引くように反った体を一気に解放した。
「だからッ……!」
そんなものは当たらない。当てられると思っているのなら心外だ。
例えば実力が拮抗したトレーナー同士がバトルをしていたとして、片方が〝ぜったいれいど〟を使っても、まず当たらない。それが一般の理解だ。
そこに来て、一目で分かる連中の練度。指示を出さなくとも勝てる程度の相手の〝ぜったいれいど〟が、シロミに一度でも当たる確率は、宝くじの一等に当選する確率よりも低いと見ている。
「やめろ! それ以上ポケモンに――――」
「〝ぜったいれいど〟!!」
今度はあのバニリッチに出された指示ではなかった。横に控えていたバニプッチが、大きく息を吸い込み、技の発動に伴って目を見開いた。
「シロミ!」
尾を振り払って冷気を飛ばす。そもそもシロミの筋力でいくらでも吹き飛ばせるものを、どうあっても命中させることなどできないが、彼らは今の〝ぜったいれいど〟を意表を突いたものとして満足げに笑っていた。
「〝ぜったいれいど〟はポケモンに負担がある……分かってんだよンなことは」
俯いたまま語る男の口舌は息を巻いて、車のギアが手動で上がっていくように熱を帯びていく。
「だがな!! 俺達はこれを順番に撃つことで、究極的には技の欠点を克服したッ!!!」
そこで彼らは同じタイミングで、あからさまに「ここぞ!」という顔をして思い思いの決めポーズをとった。
「これがシャグマ様考案の妙計、サードステージアブソリュートゼロシステムだッ!」
「さ、え? なっ、何……?」
「サード、ステージ、アブソリュートゼロ、システム……だッ!!!」
聞いてない。今の「何」は「聞こえなかったのでもう一度言ってください」の「何」ではなく「気は確かですか?」の「何」だ。
「パチンコ打ってる間に思い付いただろ……」
これのどこが三段撃ちだというのか。CRぜったいれいどに改名しろ。
シャグマも本気でこんな愚かしい方法を教えたとは考え難い。あるいは暇を持て余してすぎて部下に宴会芸でも仕込んでおいたのだろうか。それを真に受けたのだとしたら、いや、この先何を言っても罵倒になるか……。
「いいか!? このサードステージアブソリュートゼロシステムはだな――――!!」
「いいよそのアなんとかシステムの話は……」
「サードステージアブソリュートゼロ!!」
だからいいって。何度聞いても覚えられる自信がないし、というかさして聞きたくもない。心なしか何度も聞いていると、本当にそういうパチンコ機に聞こえてくる。横文字しか並んでいないところとか。
「あー、もう……シロミ」
彼女は俺の指示を待っていたのか、既に体の半分を引いて力を溜めていた。
「〝アクアテール〟……」
さっさと終わらせてしまおう。このトンチキな連中に付き合っていては、こちらの知能にまで悪影響を及ぼされそうだ。
特別編! アコニ的食◯ログ風お店採点
Hyoten(お寿司屋さん)
味 :★★★★★
栄養:なし
他 :★★★★☆
総合評価:★★★★★
カントーで二つ星を獲得した名店「ハナダ鮨」で修行した一流の板前が暖簾分けし、ハドリアに進出して開店した。ハドリア初の本物の寿司屋。
フリージオの氷の鎖を利用した特殊な活け〆によって、魚の鮮度を全く損なわない冷凍や、寄生虫対策を可能としている。
ワルビアル評:★★★☆☆
備考
グァ(高級すぎて怖かった)
アコニ評:★★★★☆
備考
学園理事の娘として食事会に参加させられた際、父に連れられてきた店。シランが本気で羨ましそうにしていた。
味は確かに一流。寿司は数えるほどしか食べたことはないが、少ない記憶の中でも突出して完成度が高かった。また、カントーの魚にこだわる訳でもなく、ハドリアの海鮮を使用している点も評価できる。これは私見だが、料理人は見かけの高級志向にとらわれず、地域の産出物を活用できてこそ一流だと言えるのではなかろうか。
ただ、店主が非常に威圧的だった。ハナダ鮨」で修行をしてきた一流の板前であるということがプライドを増長させているのか、あからさまに「未成年の小娘に味が分かるのか」という挑戦的な目で私を見てきた。星一つ分はそれ。味で勝負というのはよくある逃げ口上で、王道で負け続けた芸術家が奇をてらう意味不明な抽象画を描き始めることに等しい。