俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど   作:イリノイ州の陰キャ

52 / 57


 予約投稿失敗した……

 Z-A、Switch Liteでも快適でした! 2は持ってないけど遊びたくて悩んでいるという向きには、Switch版購入の検討をお勧めします。全然カクカクしなかったです。




49、メロディックマイナー剥き出し

 

 従業員通路を戻って、闘技場の扉を開けた時、そこには想像していたような大混乱も、敵の大群もなかった。

 

「はぁっ……はぁっ……あれ……? 誰もいない?」

 

 ヘリクスが場外までメガヤンマを飛ばして暴れ散らかしていたので、観客が全員逃げてしまったことは頷けるものとして、シャグマの手駒の姿すら見えないのはどういうことか。

 

「あ…………」

 

 そしてすぐに気が付いた。全員伸びている。一目で見つけられなかったのは、彼に楯突いた連中は一人残らず倒れていて、視界の下半分にいたからだったか。

 とっくに客がいなくなった闘技場の中心には、一通り暴れてあくびを我慢するヘリクスと、シャグマの姿だけがあった。

 

「ヘリクス!」

 

 後ろ姿でも分かった。彼はもう臨戦態勢ではなかった。何か期待していた手応えを透かされて、あるいは不機嫌にも見える。

 

「取り返すものは取り返したようだな」

「あ、ああ……」

 

 人を殺しそうな眼光のシャグマを前にしても、ヘリクスはポケモンを出していなかった。というか、彼はシャグマという人物に、足下を必死に歩く小虫に向けるほどの興味も持てない様子であった。

 

「全く拍子抜けだった。この程度の連中を相手にしたところで、蚊の食うほどにも気は晴れん」

 

 確かに彼の額には汗一つなく、対して倒れている黒服達の量は夥しいものであった。吹けば飛ぶような敵を相手にバトルをしたところで、何らの満足感も得られないという感想には激しく同意するところだ。

 

「あの、四天王のお孫さんとかいうのは?」

「満足して戻った。携帯にも連絡が来ている」

 

 孫の話を持ち出した途端、明晰にヘリクスの表情が歪んだ。苦労していそうだ。

 かげる横顔には怒りとも諦めともつかないシワが走っており、あまりにいたたまれなかったので、それ以上のことは聞けなかった。

 

「拙は戻る。護衛対象を発見し、その命令をも遂行した今、ここに残る理由はない」

「え……」

 

 振り返った時、ヘリクスはもう階段を上っていた。彼はシャグマを前にして、何か言葉を交わしたのだろうか。そしてそれだけに留まったというか? あの男が?

 彼女は手持ちのポケモンもまだ出していない様子だったが、ヘリクスにとって、それはさしたる問題ではないようであった。

 

「お、おい! お前――――」

「次に会う時はバトルコートの上だ。あのエルレイドにくれぐれも伝えておけ。二度はない、とな」

 

 それだけ言うと、彼は本当に去ってしまった。俺と、シャグマを残して。

 

 それにしても甚大な破壊痕だ。客席は半壊し、バトルコートを囲む金網は吹き飛んでいる。勝敗や手持ちポケモンを示す電光パネルは液晶が中心から粉々に破られており、いくつものサブモニターが傾き、あるいは落下していた。

 

「…………」

 

 シャグマは片膝を突き、血流の甚だしい赤い目でこちらを睨みつけてきた。怒りで周りが見えなくなっている時の表情だ。乾いた白目には血管が浮き上がってすら見えた。

 

「何だい……その目は……!」

 

 何も言っていないにもかかわらず、シャグマは俺の目にありもしない哀れみか、侮蔑かを感じたらしい、目端を吊り上げ、威嚇するように唇を剥いた。

 

「いや……」

 

 様子がおかしい。単に激昂しているのではなく、何か、怒りの上に発散しきれない別の感情を乗せられているように。

 

 そう、錯乱だ。錯乱状態にある。不相応なエネルギーの発散に滞り、どこに吐き出すべきかも分からない激情を持て余しているかのような……。

 

 もしかして、

 

「ヘリクスに何か言われ――――」

黙れッ!!!

 

 彼女は己の奥歯を噛み砕いてしまうのではないかというほどに歯を食いしばり、両手は血が滲み、コートに垂れるほど握りしめていた。

 

「黙れ黙れ黙れッ!! 何が、時期四天王筆頭だぁ……!? あんなヤツ、アタシがリーグに口利きすれば、ハドリアにいられなくなるだろう…………? そうさ、アタシは……」

 

 去り際のヘリクスの表情が気になっていた。人はあそこまで目の前のものに無関心でいられるものだろうか?

 俺も大概自分の興味に偏重している自覚はあるが、奴の顔は……まるで奴自身がよく引き合いに出す虫のように、何も感情が読めないものだった。

 

「シャグマ……」

気安くアタシの名前を呼ぶなッ!!

 

 もはや理性的には手の付けられないほどに、彼女の精神は錯乱していた。よく見ると、腰のホルダーにかけたボールの一つが、激しく明滅している。普通のボールにこんな機能はないはずだ。

 

「お前は、勝ったつもりでいるかもしれないけどねぇ……!! アタシは!! アタシは……まだ、負けちゃいないッ……!!」

 

 彼女はその赤い髪を振り乱しながら、人差し指の爪を小刻みに噛み始めた。

 

「もう少しだ……もう少しで、あと、ほんの一歩で、アタシの〝最強〟は揺るぎないものになる……! 比類なき〝力〟がッ……!!」

 

 どいつもこいつも力を求めている。やり方にこそ違いはあっても、行き着く先はいつもそこだ。

 全く共感の一方だった。俺はなぜ、彼らにばかり共感を覚えるのだろうか? 俺に敵意を向け、あまつさえ危害を加えようとしてきたような者にばかり、同じものを見る。

 

「力……」

 

 頭の中にはずっと、いつかアコニが呟いた言葉がうやむやのまま置きっぱなしになっていた。

 極めて単純な脈絡の疑問だ。彼女は「強ければそれでいいのか」と、そう言っていた。

 

 本心から言うなら、昔からそう思っていたし、今でもそう思っている。トレーナーの価値を他にどんな基準で決めるというのか。容姿とか生い立ちとか、ポケモンの珍しさとか、それは付加価値であって、基準ではない。

 

 強くあるべきだ。トレーナーなら、それ以上の価値は絶対にない。

 

 だとしたら、どうして俺はあの時、アコニには「強いだけのトレーナーになんてなってほしくはない」と…………。

 

「…………そういえば、カンゼキのことは」

 

 アコニのことを思い出して、連動的にあの男のことも思い出した。以前は敵として、今となっては俺の二人目の練習生となった、奴の顔を。

 

「カンゼキ……? ああ……あの緑のモヒカンのガキか。アイツのことも、お前に邪魔されたんだったね」

 

 シャグマはあの男のことをほとんど忘れている様子であった。

 

「罪を被せて、学園を追放になったところで、始末する手筈だったんだよ」

「お前、やっぱり構内のヒーリングデバイスに……」

 

 カンゼキが勘違いでユリオに問責されていた時のことだ。一番疑わしい状況にあったのが奴だったので、自動的に奴がユリオの標的になっていた。至極不自然にも。

 

知らなくていいこと(シークレット)を知っちまったからね……」

「知らなくていいこと……?」

「焦らなくても、教えてあげようじゃないか。お前には特別だ。どうせ、ここから生きて返しはしないんだ……」

 

 破壊された闘技場のステージと金網が沈下し、アンテナのような装置が次々と浮上してくる。

 

「アタシの働きバチ(ビジ・ビー)達は、アタシの目であり足だ……司法警察職員、外務公書記官、ハドリアリーグ関係者、それに、学園理事会構成員の一部にも、アタシの尾行(マーキング)が付けてある……!」

 

 アンテナの先端には、メガストーンにも似た色とりどりの半透明の球が取り付けられており、最終的にアンテナは円状に闘技場のフィールドを囲った。

 その間でエネルギーのやり取りがおこなわれ始めたのか、球が徐々に赤熱していく。ブブブ、と、何か不穏な音が響き始め、闘技場全体の温度も上がっていく。

 

「何だ、急に、暑い……?」

 

 あの球と球の間で、可視波長を超えるほどの高密度なエネルギーの往来が繰り返されているのだろうか。円状に加速していく音が離れたり近付いたりするスピードを急激に早めていく。

 

「お前があの呵責の車輪(ルオータ)に触れた時、これがアタシの天啓(オラクル)だと悟ったよ。誰もが、あんなものは単なるおとぎ話の産物だと思っていたからね……」

 

 なぜ、シャグマの口からあの物体の名前が出る? チャンピオンによれば、あの島への立ち入りは制限されているはずだ。

 もしや彼女の言う働きバチというのは、俺にも付けられていたのか? いや、そう考えてもおかしいところはない。なぜなら、彼女らは目的のために不法侵入や拉致をしているのだ。今この身でそれを体験している。

 

「あの悪趣味な玉には、やはり莫大なエネルギーが隠されていたのさ!! 人智を超えた強烈な力がねッ!!」

 

 彼女の語気に合わせて、周囲の加速器と思われる装置のアンテナが根元まで赤熱し始めた。

 

「あの島の人工花畑を見たかい? あれはね、呵責の車輪(ルオータ)からエネルギーを取り出すための実験の産物なんだよ。でも長らくはただの賑やかしだった。何せ、呵責の車輪(ルオータ)はピクリとも動きやしなかったから……」

「あの、ポリマーがどうとかいう、あれか……?」

 

 俺はヘリクスと死闘を繰り広げたあの広大な花畑を思い出していた。チャンピオンが甚く嫌っていた、あの場所だ。

 シャグマは口角に泡を吹きながら、正気とは程遠い血色の顔を振り乱し、首まで赤くなって笑った。

 もはや正常な思考形態は期待できない彼女の目は、まるで俺を見てすらおらず、天井のさらに先にばかり向いていた。

 

「それが、今年になって、突然動き出した!! 我が目を疑ったよ!! 何せ一度はくたばり損ないのジジイ共の作り話だと思って、投げ捨てた計画だったからね!!」

「動き出した……?」

「そうだよ!! お前は知らなかったようだがね、あの瓦礫の山は、100年以上モニュメントとしての役割それ以上はなかったのさ!! それが、お前の接触を契機として、今も尚エネルギーを生み出し続けている!! お前が動かしたんだッ!!」

 

 俺が彼女の言葉を理解するより前に、周囲の加速器が白い可視光を放ち始めた。

 

「お前が!! お前が私に力をくれたのさ!! お前があの石っころに触れ、その力の健在を証明しなければ!! アタシの計画は夢物語だったッ!!」

 

 目の眩むような光の中で、黒いシルエットと化したシャグマの顔は、笑っているように見えた。

 

「間に合わなくて残念だったねぇ……見せてやるよ!! アタシの本当の計画をッ!!」

 

 

 

 A日程第一課程2巡目、アコニは()()()()()を先鋒に構え、苦手なみずタイプを主体とする同級生を翻弄していた。

 

「くそぉッ……!! 近付きさえすれば、こっちのほうが有利なのに……!!」

 

 相手のニョロボンは〝ドラゴンテール〟で大きく吹き飛ばされたのち、〝ちょうはつ〟により〝あまごい〟を封じられ、ワルビアルに速度をも譲っていた。

 その上、コートギリギリの端に陣取った位置の〝ステルスロック〟が接近戦を否み、さらにワルビアルには〝じしん〟という遠距離攻撃がある。

 

「ニョロボン!! 接近しろ! 接近して〝アクアブレイク〟!だ!!」

「近付けさせないで!! 地面に〝ドラゴンテール〟!」

 

 ワルビアルは砂地のバトルフィールドに思いきり尾を叩きつけ、砂塵で目眩しをしながら、その煙の中で〝ステルスロック〟を配置し直した。

 そして本体であるワルビアル自身はあえてその位置に残り、瞬発力で直撃を抑えられるところを、あえて正面から受けて立つ。

 

「喰らえ!!」

「ワルビアル! 〝ドラゴンテール〟!」

 

 当然ながら、先に指示を出し、発動していたニョロボンの〝アクアブレイク〟のほうが優勢で、ワルビアルに襲いかかる。その進路にあるいくつもの〝ステルスロック〟に傷付けられ、動きを阻害され、あまり良好な体勢からではない一撃とはいえ。

 そしてワルビアルの〝ドラゴンテール〟は、後ろを向いて尾で攻撃するという動作からして、どうしても敵に遅れを取る技だ。

 

 相手選手は勝利を確信し、汗の多い額を持ち上げ、目を見開いて笑った。緊張感のある笑顔で砂塵を払いながら、次に彼が見た光景は、()()()後手を取った〝ドラゴンテール〟にニョロボンが薙ぎ飛ばされる光景だった。

 

「ニョロボン、戦闘不能!」

 

 すかさず掲げられたフラッグとフィールドを見比べる。そこには片膝を突き、痛みに悶えながらも、意識ははっきりとしたワルビアルの好戦的な笑みがあった。

 

「やった! やったよワルビアル!!」

 

 第2試合を通過したアコニは、喜びのあまりワルビルの硬い背中に後ろから飛びついて、自身の服が汚れることも厭わずに二人で転がった。

 

 本来であれば、試合終わりの挨拶もせずにその場で大喜びをするのは、あまり好ましくない行為だとされる。ロッカーや控えに戻ってからならまだしも、所謂煽り行為だと受け取る者もいる。

 しかし対戦相手の男は、アコニのあまりに朗らかな表情に絆され、そういった類の注意をすることはできなかった。

 

「あと2勝……!」

 

 あと2勝で、AB上位2名を合わせた最終トーナメントに進むことができる。

 彼女は信じて疑わなかった。彼は、必ずそこまで勝ち上がってくるであろうと。

 

 

 

 うおおおお!! うおおおおおッ!!!

 

 

「むっ、無法だ!! 無法すぎるだろ!!」

 

 左右に蠕動しながら襲いくる〝3体のメガハガネール〟から、俺は命乞いみたいに惨めっぽく逃げ惑っていた。

 

「何してる!! そんな小虫!! さっさと潰しちまいなッ!!」

 

 ビターンッ!!! と、顎で体を持ち上げたハガネールの〝アイアンテール〟が、俺の目の前に落ちてきた。

 テールというか胴体全部だ。これに潰されたら、俺はクレイアニメみたいなコミカルな死に様を遂げることになる。

 

「はぁっ! はぁっ! メガ、シンカは、1人1体まで……だろッ!! つーか、せめて2とかだろ!! 何だ3体って!!」

 

 交差させるように振り下ろされた巨大な尾を避け、無様に転がりながら、続けざまに出てくる悪態を自分でも止められなかった。

 

「できちまうンだから仕方ないねぇ!」

「このっ……!」

 

 ムカついてシャグマのほうを睨み付けようとした瞬間、足下の瓦礫に足を取られ、走る勢いのまま転がるようにしてころんでしまった。

 

「やべっ……!」

 

 その隙を突いて、1体のハガネールが胴体ごと尾を振り上げ、天井照明の前にかかって影を作る。

 

「エルレイド!!」

 

 咄嗟に頼ってしまったのは、いつも一番取りやすい位置に固定しているエルレイドのボールだった。

 

「そのまま潰しちまいな!!」

「〝つじぎり〟!!」

 

 ハガネールの〝アイアンテール〟と、出てきたばかりのエルレイドの〝つじぎり〟が拮抗する。重力の分不利かと思われた鍔迫り合いは、2秒と経たずにエルレイドの勝利で終わり、ハガネールを弾き飛ばした。

 そのままあの巨体を回し蹴りの一撃で薙ぎ倒し、続く2体の尻尾や顎による攻撃も、一歩や二歩の踏み込みで簡単に受け流した。

 

「何ッ……!!」

 

 自らの真横に倒れてきたハガネールの巨体を眼で追いながら、シャグマは信じられないものを見る目でエルレイドを睨み付け、わなわなと唇を震わせた。

 

「そのポケモンッ……」

 

 あのエネルギー加速器の効果で無理やりメガシンカさせたハガネール達を、こうも簡単にあしらわれるとは思ってもみなかったのだろう。

 彼女は怒りの矛先をすぐさまエルレイドに変更し、疼くハガネール達を蹴飛ばして命令した。

 

「ぐずぐずしてんじゃないよッ!! あの生意気なチビを叩き潰せ!!」

 

 シャグマの到底バトル競技者とは思えない振るまいにも、エルレイドは無表情であった。

 持ち直して再度尾を振り上げるハガネール達は、まるで自らの意思とは関係なく、無理やり動かされているかのようであった。

 

「くそッ……エルレイド!! 〝せいなるつるぎ〟は温存しろ! 〝つじぎり〟!」

 

 時雨のように次々と降ってくるハガネール達の〝アイアンテール〟を蹴散らしていく。その陰に隠れながら、俺はシャグマのほうを油断なく観察していた。

 

「何してるんだいッ!! 3匹もいて!! アタシは、役に立たない道具は、いらないよ!!」

 

 長い着丈のコートで隠れているが、俺は見逃していない。あの女のボールホルダーは、一つも開けられていなかった。つまり、この場に出て大暴れしている3体のハガネールは、奴の正式な手持ちではない。

 ライムやポリさんも出して、数で一気に突破しても、あの女はまだ何かを残している。

 

 それに、ホルダーに固定されていたボールの中に一つ、市販にも限定品にもデザインの覚えがない、真っ青なボールがあった。

 あのボールが不穏だ。このあと何が出てくるものか……。

 

「はぁっ……! はぁっ……! もういいッ!! お前らがそんなデクのぼうだとは思いもしなかったよッ!!」

 

 そういうと、堪え性のない彼女は青いボールをハガネール達の一体に向け、メガシンカのまま無理やり格納した。

 

「何だ、何か、吸われて……」

 

 ハガネール達の体から、一瞬ごとに色を変える謎の光が抜けていき、それが全てシャグマの青いボールに集まっていく。

 光を吸われた2体のハガネールは、バタバタと倒れていき、自動的に傍のボールへ格納された。

 

 青いボールが、シャグマの手の中でガクガクと震え始めた。

 

「この地方で続いた長い内戦の禍中、何が兵器とされていたか知っているかい? ポケモンだよッ!! 呵責の車輪(ルオータ)は元々複数あったのさ!! ポケモンの力を無理やり引き出し、増幅させるためにね!!」

 

 骨身を労わりたくなる音に続いて、青いボールに亀裂が入った。

 

「ボールが……!」

 

 ひび割れたところから幕状の光を放ち、ピシピシと音を立てながら亀裂が広がっていく。

 やがてボールが内在する力を抑えきれなくなった時、目の眩むような激しい光の明滅が場内の影という影に回り込み、闇を奪い去った。

 

「震えて逃げ惑えッ!! こいつが呵責の車輪(ルオータ)の本来の使い方だッ!!」

 

 

 

「「オオオオッ!!

 

 

 

「暴走……!!」

 

 通常のメガシンカですら、生態を逸脱した過剰な戦闘力や機動力を発揮させる。そしてその分だけ、ポケモンにかかる普段は倍増する。

 だからこその時限停止の限定的な形状変化なのだ。でなければ、素体となるポケモンのほうが耐えられない。

 

「あの女ッ…………」

 

 ハガネールは苦しんでいる。単なるメガシンカでも、人間には想像にも及ばない苦痛を伴うというのに、奴は、さらに……!

 

「やれッ!! あのエルレイドに礼儀を教えてやりなッ!!」

 

 一瞬、俺の目にも反応できないほどの風が吹き、闘技場の砂地に亀裂が入った。

 

「はッ……!?」

 

 それが攻撃であると気付いたのは、エルレイドに突き飛ばされたあとだった。俺を突き飛ばしたのち、自分は〝テレポート〟で離脱し、ギリギリで避け切ったらしい。

 

「は、はははッ……!! はははははッ!! これが、これが〝力〟……!! 見ろ!! アタシは、アタシは今、お前よりも、あの男よりも強いッ!!」

 

 シャグマの言う「あの男」とは、ヘリクスのことなのか、トリトマのことなのか。そんなことを考える前に、2回目の〝攻撃〟が来た。

 

「〝つじぎり〟!!」

 

 ハガネールの攻撃の正体は、やはりと言うべきか、目に見えないほどに速度の高まった〝アイアンテール〟だった。

 動作の早い〝つじぎり〟で無理やりかち上げ、ダメージを抑えてやり過ごすものの、エルレイドの腕力を持ってしても、押し負けている。

 

「エルレイド、肘刃は……」

 

 刃こぼれはない。しかし、衝撃で右腕が痺れている。エルレイドの腕を掴むと、その震えがこちらにも伝わってきた。

 これ以上正面からの打ち合いはできない。させられない。エルレイドの今後を考えれば、本当なら奴の前にも出したくない。

 

「潰せェッ!!」

「〝テレポート〟!!」

 

 エルレイドの〝テレポート〟に相乗りして、膨れ上がったハガネールの背後を取る。その身に余る力を付加されたハガネールは、内部の筋肉と装甲の自重によって、素早い旋回ができなくなっていた。

 

「兵器か……」

 

 数年前の俺だったら、彼女の発言に憤ることもなかっただろう。俺自身、ポケモンを争いの道具のように使っていた頃すらあった。

 

「何してんだい! このノロマッ!! 後ろだよ!!」

 

 二度も近くで凝視できたのだ。技の瞬間そのものは見えずとも、直前の挙動はさっきので分かった。

 ハガネールは弓を引き絞るように尾を反り上げた。ここだ。いくらメガシンカの激しいエネルギーを3匹分叩き込まれたとはいえ、個体そのものの反応速度に変わりはない。

 

「ハガネール!! 今度こそ当てろ!!」

 

 三度目を避けるのに指示はいらなかった。エルレイドはもう分かっている。そして、俺が次に指示すべきは攻撃の一手。

 

「〝サイコカッター〟!!」

 

 瞬間移動による着地に合わせて、エルレイドの左腕に集まっていた念動力が刃を成し、変換しきれなかった運動量の分の高熱を放ちながらハガネールを襲った。

 

 

「「アアアッ!!

 

 

 ハガネールは身動きをせず、肌に刺激を覚えるほどの咆哮をあげながら、真正面から〝サイコカッター〟の一撃を受け止めた。

 

「何かしたかいィ?」

 

 ハガネールにダメージは、ない……!

 

「無傷かよッ……!?」

 

 こいつの刃には、5センチ厚の鉄扉を吹き飛ばすヘリクスのシュバルゴにすら競り勝って、かつ一撃で沈めるほどの力がある。

 それを受けて無傷。となれば、通常状態のエルレイドで攻撃を通す希望はない。

 

 奴に対抗するには……。

 

「こっちも、メガシンカしか……!」

 

 あの時の俺は達は、奴のように、外付けで類似したエネルギーを注入し、無理やり促しているものではなく、完全に通じ合って、そして制御できていた。

 だったら俺達にもできる。俺達にもできるはずだ。あの時の感覚を思い出せば……俺達にも。

 

「いくぞ……!」

 

 ポケットから小さな球を取り出す。キーストーンとかいう奴だ。こいつがどんな原理でポケモンにより大きな力を発揮させるのか、そんなことはいつか、偉い人が解明してくれるだろう。

 

「こいッ……!」

 

 ストーンを握りしめ、なんとなく心が通いそうだという理由で、胸の前に抱えてみた。

 

 …………無反応。

 

「あァー? 何やってんだい? ハガネール!! 今のうちだよ!!」

「おあぁぁッ!? あ、ぶねッ……」

 

 胸の前に石を抱えたままの俺を、横からさらにエルレイドが抱えて〝テレポート〟で回避させてくれた。

 

「こ、こんのっ……全く光らんッ……!!」

 

 攻撃に備えて次なる〝テレポート〟を溜めるエルレイドも、頻りに首を傾げていた。あの時のような虹色の光はない。よく見慣れている、いつものエルレイドだ。

 どうやらこいつにも、メガシンカのやり方はさっぱり分からないらしい。

 

「サイコラムネのビー玉と間違えて持ってきたか……!?」

 

 いや、そんなはずはない。このプリズムの鬱陶しい色合いは、確かにあの人から託されたキーストーンだ。

 加工とかどうすればいいのかよく分からなくて、球のまま放置していたのがよくなかったのか? 装身具の形状にしなければうまく発動しないとか?

 

「いや、単に俺が……」

 

 俺が未熟だからだ。トレーナーとして。

 

 あの学園に来て、自分よりも初心者に囲まれた環境で、慢心していたのではないか? もう教える立場なのだ、とか、学生の分際で、俺は……!

 

「そらそらァッ!! 呆けてるうちにやっちまうよォッ!! 潰せハガネール!!」

「くそっ……!」

 

 ハガネールの苛烈な攻撃を、エルレイドはなんとか捌ききっているが、いつまで続けられるものか。

 そもそも、エルレイドは俺の手持ちの中で見ても、持久力のあるほうではない。こいつはその強さで誰もかれも一瞬でねじ伏せてきたので、継戦のやり方を知らない。

 

 時間がないのだ。時間をかければかけるほど、こちらの体力ばかりが奪われる。

 

「ダメだ……このっ! 何とか言えよ!」

 

 キーストーンは全く光ってくれなかった。頭のどっかで理屈を探そうとしているのが悪いのか……!?

 

「ほォら追い詰めた!! いい加減目障りなんだよ!! 潰れちまいなァ!!」

「まずいッ……!」

 

 過去に例のない〝テレポート〟の乱発で、エルレイドにはまだ念動力が溜まっていない。次の一撃は当たる……!

 

「エルレイド、何を……!」

 

 ハガネールが尾を引き絞った瞬間、両腕を上げたエルレイドが、俺の前で仁王立ちの構えをとった。

 

 俺を守って潰されるつもりか!? 無茶だ! 受け止まれるはずがない。二人して干からびたニョロモのように、奴の尾の下敷きになるだけだ!!

 

「エルレイド! 逃げ――――」

「観念しなッ!! 終わりだよ!!」

 

 くそッ……くそッ……! このままあの女の思うツボにはまって終わりか!? 姦計ばかりに辛苦して、よく分からん装置でポケモンを苦しめる、あんな女に負けて……!

 

 このままでは、エルレイドが……!

 

 

「いいから光れってんだよ!! 人を試してんじゃねーぞビー玉ッ!!」

 

 

 

 キイィィ――――ィィ――ィ!!

 

 

 

 …………。

 

 

 おそらく、何か大きな音がしたのだろう。そう思ったのは、轟音の代わりに耳の中で一律の高音が響き、しばらく消えてくれなかったからだ。

 

「な、何が……エルレイド!」

 

 ほんの一瞬だけ、エルレイドの背に、特徴的な白いマントのようなものを幻視した。それを見たと自覚した瞬間には消えているような、まばたきも追いつかない一瞬だけ。

 

「は、ハガネール!! おい! 何やってんだい!! なぜお前がッ!!?」

 

 腕を下げる前のエルレイドの体勢は、ここまで温存させてきた〝せいなるつるぎ〟の構えのそれだった。

 

「あぁ、やってくれたのか……」

 

 ハガネールは仰向けに倒れていた。頭から尾の先にかけて、深い、深い斬撃の傷が刻まれていた。

 あれが代謝され、元の綺麗な金属の外殻と光沢を取り戻すまで、2年はかかるだろう。

 

「発動時間、1秒もいかなかったな……」

 

 それだけでも十分だった。膨大なエネルギーを持て余していたハガネールは、エルレイドの〝せいなるつるぎ〟に一刀で押し負け、客席部に自身の巨大な沈み跡を残して気絶していた。

 

「そんな……! まさかッ……!」

 

 拳を握りしめたまま立ち尽くすシャグマを傍目に、俺はエルレイドの腕を確認した。

 

「平気か? ……おい、強がるな。ちゃんと見せろ」

 

 通常の状態でハガネールの一撃を受けた右腕は、未だ少し痺れている様子だが、腫れや赤みは今のところない。

 軽く触ってみても、痛みを訴えてこない様子から、骨折や打撲とまではいかないらしい。

 

「ありがとう……また助けられた」

 

 結局はエルレイド頼りになってしまった。いかに表情の見えないこいつと言えど、慣れない〝テレポート〟の乱発や逃げ主体の戦いのせいで、酷く消耗している。

 

「帰ろう。今日明日はゆっくり休んで」

 

 ボールに戻る瞬間、エルレイドは確かにほんの一瞬だけ、額に汗を浮かべていた。こいつもしかして、実は普段も無表情を演じているのか?

 ただ、疲れたのは俺もだ。明日のB戦の出番に間に合わせるためにも、さっさと帰って体力の回復を図ろう――――

 

 

待てッ!!!

 

 

 いつの間にか移動していたシャグマが、エレベーターと俺の間の位置に立ち塞がった。

かなりの外傷を負ったハガネールをそのまま放置して。

 

「アタシは、アタシはまだ、負けちゃいない……!」

 

 シャグマの口許からは血が出ていた。食いしばりすぎて、奥歯や唇から出血している様子であった。

 

「お前……」

アタシを見下すなッ!!!

 

 その目には、もはや他人には理解の及ばない展望ばかりが反射していた。

 

「アタシは、勝ってきた……! どんな手を使っても……!!」

「しつこいぞ!! お前はもう――――」

「違う!! まだ終わりじゃない……! 貴様らを始末し、一連の騒動も、エネルギーの転用も、あのヘリクスに罪を被せちまえば……まだ……!」

 

 シャグマはベルトのホルダーからボールをちぎるようにして取り外し、苛立ちのままに開閉口を地面に叩きつけた。

 

「行けェッ!! ビークインッ!!」

 

 まだやるつもりなのか。虎の子らしい謎の装置による増強も敗北に終わり、彼女自身、この一瞬の激情のために、ここまで裏で重ねてきた悪事が音を立てて崩れそうなことを自覚しながら、まだ――――?

 

 だったらやるしかない。

 

「頼む。ライム」

 

 取り返すものを取り返した今、奴の三文芝居の筋書きで道化を演じるのはもうおしまいだ。

 

「ピィ……」

「クソックソックソッ!!! ナメやがって!! アタシをナメやがってッ!! そんなピカチュウで……!!」

 

 この期に及んでまだ、ポケモンをそんな風に見ているのか。あるいはここまでくれば、もう本人にはどうしようもないのか。

 

「〝こうげきしれい〟ッ!!」

 

 シャグマとのバトルは、彼女の側からの不意打ちという形で、合図もなく始まった。

 

 





閑話 お弁当交換?

 噴水前で昼食を取るアコニとシラン。

「あの寿司屋どうだったんだよ」
「寿司屋? どこの?」
「行ってたじゃん。ハナダ鮨の弟子が暖簾分けしたとかいうさ」
「あぁ……あれね」

 苦々しげに顔を歪めるアコニ。

「やめておいたほうがいいわ。ローリングドリーマーに行くべきよ」
「そうなの?」
「店主が鼻についた。私のこと子供だと思って……!」
「そ、そうなんだ……」

 突然目を剥き、膝をバシバシ叩いて起こり出すアコニ。

「だから! 私! 怒ってるの! 思い出させないでくれる!? いなり寿司なんか作ってきちゃって!! 見るだけでムカつく!」
「寿司屋でいなり寿司は出ないだろ……」
「うるさい! ふんだ!!」
「あっ! ちょ、勝手に食うなよ! 作るのすごい苦労したんだぞこれ!」
「ひはあい!」(知らない!)
「あぁっ! 2個も取るな! だったら俺にも考えがあるからな!!」
「ちょっと! それ私のバゲットサンド!」
「はぐはぐはぐ!!」(俺だって知るか!)

 たまたま居合わせたトリトマとサワギ。

「寄り合って弁当交換か。ああいうのもいいものだね」
「か、会長……それは、ご冗談ですか?」
「何がだ?」
「あっ、い、いえ……何でもありません」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。