俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど   作:イリノイ州の陰キャ

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53、平和ボケ

 

「あなたが戻ってきたと思ったら、トリトマ会長と連絡が取れなくなって……」

「あー……それは多分……」

 

 十中八九シャグマのとばっちりを受けているのだろう。

 

「ニュースにはなっていないけれど、確実に警察が捜査に動いてるはずよね……」

 

 捜査規模的に警察から報道規制がかけられているのか、あるいはユリ家の強大な権力が報道関係者にも効くからなのかは定かではないが、今しばらくはあの件が外に出ることはなさそうだ。

 

「何が何でも大会には出るとも聞いたぞ」

「会長なら……確かにそう言うかも」

 

 俺達がどれほど心配しようと、トリトマの負担が減少する訳ではない。ならば彼の言葉を信じ、こちらも全力で戦えるように準備しておくべきか。

 

「そろそろ行くか」

「場所はいつものところ?」

 

 バトル練習の準備もある。今日の試合も見終わったし、雑談もそこそこにして一度部屋に戻ろうとしたところ、

 

「そこの男! ストップ! ストーップ! キミだよキミ! シラン!」

 

 今日のスタジアムで戦っていた張本人に呼び止められた。

 

「お、俺?」

「そうだってば! 一回で止まってよね」

 

 健康的に焼けた肌に、トレードマークらしき麦わら帽が特長的な少女だった。

 

「あなたは……メメロさん、よね」

「そうでーす! でもメメロさんじゃなくてメメロちゃんって呼んでね!」

「は、はぁ……それで、彼に何の用?」

 

 面食らって二の句が出なかった俺に代わり、アコニが怪訝な表情を隠そうともせずに問い正した。

 

「気に入らないんだよねぇー。メメロちゃんを差し置いて〝最強〟とか言われてるの」

 

 強化生にありがちな血気のほうだったか。俺としては、トレーナーという観点で向けられる敵意は嫌いではない。

 それだけ次のバトルに勝つのが難しくなるというものだ。簡単に突破できるようでは面白くない。

 

「全国最難関? のトキワを攻略しただかなんだが知らないけどさ、メメロちゃんだって怒るとすっごく怖いあのハラさんに認められたんだからね!」

 

 メメロは麦わら帽子を抑えながら、飛び跳ねて怒りを表していた。

 

「ハラ……?」

「アローラの……ジムリーダーみたいな人のことらしいわ。私も詳しいことは知らないけれど……」

 

 アローラ全体に何やらビジョンクエスト的な風習があるようで、それがポケモンバトルと密接に結びついており、アローラの子供達は伝統として〝しまめぐり〟をおこなうらしい。

 ただ、本当に伝統の儀式という様相で、つまりその全貌は秘匿気味だ。

 リーグも新設とあっては、ホームページの情報量にも期待できず、外部の人間にアローラの内情を知ることは難しい。

 

「あーっ!! キミ達!! 今メメロちゃんのこと田舎者だとか心の中でバカにしたでしょ!」

「い、いや、してな――――」

「確かにヒウンとかミアレみたいなカッコいい大都会はないけど、アローラはイイとこなんだぞぉ!」

「だからしてないわよ! アローラがいいところなのは知ってる。行ったことあるもの」

「へ? バカにしてないの?」

「そう言ってるでしょ」

 

 単に〝しまめぐり〟について詳しく知らないだけだ。馬鹿にするつもりはない。

 メメロはその地方でも一際栄えている街ばかりを引き合いに出したが、カントーも地域で見ればマサラとかはド田舎だ。どこの地方も栄えている場所とそうでない場所がある。

 

「あちゃ。めんごめんご! たまに他の地方行くと言われるから、過敏になってたや」

 

 メメロは郷土愛からくる気炎を引っ込め、両手を合わせながら謝った。テンションの差が激しくて口を差し込む隙がない。

 

「ま、そゆことだから、二人とも、試合で決着付けようね!」

「あ、あぁ……」

「じゃーね! おメメロぐるぐる! ぐるぐるグルコシルセラミド!!」

 

 おそらくグルコサミンのほうが収まりがいいと本人も自覚はしているのだが、公共の電波に先例があるため、競合は避けたほうがいいと判断したらしい決め台詞で、彼女は去って行った。

 

「個性的な人……」

 

 言動はどこまで本気なのか分からない飛ばし具合だが、実力の高さに関してはあの試合が裏付けしている。

 おそらくあのメメロ以外にも、完全ノーマークの対抗馬が何人かいるはずだ。俺も現状維持などとは言っていられない。

 

 

 

 明日はA日程最終試合、Bも半分が終了する予定となっている。トーナメント表によると、俺はトリトマ研究会ではない三年の誰かと、そしてミヤコと対戦するらしい。

 彼女も力を付けているはずだ。俺も色々と戦法を変え、試す時間があったので、トリトマとの突発バトルで見せたライム以外の手のうちは、まだほぼ隠しきっている。

 

「いいぞキマワリ! その勢いで押しまくれ!」

 

 明日、A日程最後の試合を控えているカンゼキの調整に付き合っていた。

 

 キマワリの制御がうまくなっている。相変わらず絶対に〝ギガドレイン〟だけは忘れない構えのようだが、それを差し引いても、カンゼキとの息が合っている。

 

「ハイネ、ちょっとスピード抜いて」

 

 攻撃技がなく、かつ足捌きのうまいハイネはこうしたウォーミングアップに適任で、度々力を貸してもらっている。

 

「そこだ! キマワリ! 〝ヘドロばくだん〟!」

 

 こういうフェイントに全部引っかかるところが懸念点だな……既に大会は始まっており、今更どうこうできる段階でもないけど。

 

「ハイネ」

 

 急停止からの急加速は、説明が必要かも分からない基本的なテクニックだ。

 先ほどまでハイネがいた場所に落ちた毒塊は、熱された鉄が水に浸かるような音を立てながら土を少しだけ焼いた。

 

「だァーーッ! くそッ! 当たんねぇ!」

 

 空振りを特段気にしていなさそうなキマワリの背後で、カンゼキが悔しさを爆発させて地団駄を踏んでいた。

 

「正直今から修正できるか分かんないけど……とにかく簡単な引っかけ程度は見切れるようにしよう」

 

 Aでもここまで勝ち上がってくる相手は、声に出ている指示以外に、色々な前提や作戦をポケモンと共有しているはずだ。

 それに対応できるほどの下地は、今のカンゼキにはない……が、勝てる可能性が小指の先ほどもない訳ではない。やれることはやっておかなければ。

 

「ふーん。その程度なんだ」

 

 練習の様子を見ていたアコニは、ライムを腕の中に抱きながら、カンゼキを鼻で笑った。

 

「安心した。私と当たることはなさそうね」

「あぁッ!?」

 

 まんまと挑発に乗せられたカンゼキは、ただでさえ捉えきれていないハイネから目を離してアコニに睨みを入れた。

 

「うっせぇ! テメェも理事長のガキのくせに去年までクソド素人だったんだろォが!」

「カンゼキ。集中しろ」

 

 彼女の名誉のために補足しておくと、アコニがこのような挑発をするのは、単にカンゼキが気に入らないからではない。

 俺が頼んだのだ。試合中、会場の声に負けず、集中力を継続させる訓練のために。

 

「ちッ……!! キマワリ!! あの鳥を端に追い詰めろッ!!」

 

 キマワリは軌道が素直な〝エナジーボール〟を左右に散発し、ハイネの走る方向を限定し始めた。

 

「おっ」

 

 この辺りは、以前の練習の成果が出てきているものと評価していいだろう。

 

「そこだッ! 〝ギガドレイン〟!!」

 

 ここぞという場面を外さないために、キマワリが最も使い慣れている技を選択する点も褒められる。

 

 ただ……。

 

「〝まもる〟」

 

 ここまで誘導が露骨だと、攻撃のタイミングに備えて〝まもる〟を合わせることも容易い。

 

「げっ……!! くそ……忘れてた……」

 

 相手が〝まもる〟を技に組み込んでいる場合、それだけ読み合いが増える。〝まもる〟を無駄に切らせるための2手目が必要だ。

 そして、スピードで勝るハイネの〝まもる〟をはぎ取り、キマワリが技を当てるには、考えなしの連射では意味がない。

 

「ふふっ……人を笑わせるのが得意ね。芸人のほうが向いてるわよ」

「クソアマァ!!」

 

 あーあー……全然ダメだ。

 

 前の試合の様子をユリオから聞いた時から不安に感じていたが、筋金入りだったか。

 あるいは極端にアコニとの相性が悪いのかもしれない。だとするとリビナさんにでも頼むべきか?

 

「どうですか、シランさん。練習の成果は」

 

 噂をすればというべきか、昨日の憂鬱げな表情が幻だったかのように普段通りのユリオと、やはり男と聞く口はないとばかりに唇を結んだリビナさんがやってきた。

 

「あー、まぁ……」

 

 アコニの雑な挑発に集中力を乱され、まだ一度もハイネに攻撃が当たっていないカンゼキの地団駄を横目に、俺は答えに窮した。

 

「どう思う?」

「あれほど見え透いた挑発に乗るようでは、集中力以前の問題ですわね」

 

 頭に血が昇っているカンゼキには、俺達の会話が聞こえていないのをいいことに、彼女は歯に物着せぬ言い草で、ばっさりと痛烈な意見を述べた。

 

「これは私見ですが……彼に必要なのは実戦ではないと思われます」

 

 そう言われると打つ手がない。練習で解決する以外の方法を知らない俺には、1日で他のアイデアは浮かばない。

 大体、アコニのことを思い出してみれば、彼女も完全にメンタルを制御できた訳ではなくとも、冷静になれと言えば素直に私情を脇に置ける子だった。

 

「そうですね……練習で解決できないことは、当然更なる練習でも解決できません。休憩にしましょう」

 

 ユリオは暗に「これ以上は無駄だ」と言いたげに引き返し、後ろ手に俺達を呼んだ。

 

「難しいな……」

 

 俺はアコニとカンゼキを呼び、地面に置きっぱなしにしていた鞄を背負った。

 

 

 

 アコニはトリトマ研究会に用事があるようで、休憩には付き合わずに競技棟へと向かって行った。

 

「あれ、空いてる」

 

 いつも満席の食堂は、今日に限って空席のほうが目立っていた。

 

「そらそォだろ。夏休みだぞ」

「あ、そっか」

 

 学校居残り組のカンゼキがいち早く俺の疑問に答えた。夏季休業中のため、品物の提供こそしていないが、席は使い放題。

 

「そっちの一番デカい卓がいいな」

「シラン、テメェな……ガキか……」

 

 座る時、腰回りに違和感があると思ってポケットを探ってみると、キーストーンを突っ込んでいたことを思い出した。

 

 やべ。このズボン昨日洗濯したんだっけ。中身取り出した記憶ないけど、キーストーンって洗濯したら壊れるとかないよな……。

 

「シランさん。もしかするとそれは、キーストーンではありませんか?」

 

 状態を確認するために取り出した石にめざとく反応したのはユリオだった。

 

「分かる?」

「ええ。毎週土曜10時放送の、ツワブキ・ダイゴの希少石探訪で見ました」

 

 リーグの仕事をサボってやる仕事がそれかよ、と視聴者に半ばネタにされている、ホウエン放送系列のローカル番組だ。

 ダイゴの見目につられた顔ファンと、純粋な番組ファンが度々SNSで醜い諍いを繰り広げている。

 

「近くで見せていただいても?」

「ああ」

 

 キーストーンを彼女の手に乗せる。彼女は几帳面にもハンカチで手を覆ってそれを持ち上げ、顔の前で光に当てながら何度も回し始めた。

 

「これが……綺麗ですわ……」

「ビー玉みたいだよな」

「……喩えの才能はないようですわね」

 

 でもビー玉は綺麗じゃないか、などと言おうものなら、本物の比喩(というか皮肉)を教えてくれそうな雰囲気だった。

 

「メガストーンはお持ちなのですか?」

「ああ。エルレイド」

 

 一番古いボールのスイッチを押して、エルレイドを出す。その首にはバトルの際に邪魔にならないように、多少紐を詰めたメガストーンのネックレスがかけられていた。

 

「そちらのほうが大きいのですね。それに、配色も独特……」

 

 出てきたエルレイドは、勝手に俺の鞄から詰将棋の本を取り出すと、ページの半分くらいのところを開いて、前回の続きから解き始めた。

 

「メガシンカなぁ……お伽話じゃなかったんだな」

 

 カンゼキはユリオの手の上のキーストーンを眺めながら、気のない返事をした。

 

「他に言うことないの」

「そんなもンはねーよ。オレみてぇなパンピーには縁遠いブツだしな、これ」

 

 聞く気のない態度が癇に障るが、カンゼキの言うことにも一理ある。メガストーン、キーストーンともに貴重品だ。さらに扱いも難しく、ジムリーダー以上の実力者の間でしか使われない。

 その使い方とか、心構えとか、ネットで検索をかけた程度で知ることができれば、ここまでの苦労はない。

 

「お前が持ってたジムリーダー同士の試合映像見るまでは、ずっとオカルト話の類だと思ってたくらいだぞ」

「オカルト話……とまでは言いませんが、私も石の実物を見るのは初めてです」

 

 ユリオは一頻り眺めて満足すると、俺の手の中にキーストーンを戻した。

 

「カラクリが分かんねぇじゃねーか。ガセを疑いたくもなるだろ」

 

 確かに、一瞬にして身体構造を丸ごと造り替えるこの現象には、探究を放棄した超常的な理由を取ってつけたくなる。

 だが、陳腐なジンクスは嫌いだ。これは歴としてこの場に存在する。精神的活動を契機として、つまり皮質あるいは基底核に発せられる信号を端緒とする(らしい)生理的な現象だ。

 

「で、使えンのか? メガシンカ」

「さっぱり」

「さっぱりかよッ!! じゃあそれただの石ころみてーなもんじゃねーか!」

 

 ぐ、そっ、それでも一度は成功している。マグレだけど。しかしマグレ当たりでもできたということは、無意識ながら、メガシンカを使うための資質は揃っているはずだ。

 

「つかよ、エルレイド以外のポケモンならどォなんだよ。メガシンカの種類とか知らねーけど、他の手持ちにできるヤツいるんじゃね」

「流石に連れ合った年季が違う……」

 

 それに、今から新たにメンバーを増やすつもりも当然ない。

 ニドクインとエルレイドを除いても、ただでさえカントーに4体の仲間を置いてきている現状だ。

 彼らを差し置いて、新たな仲間とメガシンカを使えるレベルまで信頼を深める自分は想像できない。

 

「制御できるはずなんだ……」

 

 何せ無意識とはいえ、ヘリクスとの戦いで一度は成功しているのだ。

 一々頭にくる物言いの奴だが、四天王の最終候補に選ばれるだけあって、実力的には不足ないはずだ。

 実際、軽く調べた程度だが、公式戦の戦績を見てみると、この一カ月、あの男は不利なひこうタイプや、ほのおタイプのトレーナーにも負けなしだった。

 

 それを覆すほどの戦力。これが使えれば学生同士の大会など、誰が相手でもブチ抜ける。あるいは大会に間に合わずとも、せめてカントーに帰る前には物にしておきたい。

 

「らしくありませんわね。普段のシランさんならば『時間の問題だ』とか『すぐに習得する』とか、大きく見栄を切るところではないですか」

 

 若干デカい口を叩く悪癖があることは自覚しているが、人に指摘されるほどだったか?

 

「い、いや……何つーか、う、うーん……」

 

 確かに弱気になっているフシはある。こちらに来てから不愉快な超常現象を体験したり、拉致被害を受けたりしているものだから、ナーバスにもなろう。

 

 しかしそれだけでもない。問題があるのは俺の内面ばかりだと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。

 

 というのは、俺に全く責任がないということまでを意味しないのだが……。

 

「エルレイドがさ……」

「ンだよ。喧嘩でもしたか?」

「いや……そういう訳じゃないんだけど」

 

 何というべきなのだろうか? エルレイドは俺の視線をいち早く察知して、詰将棋を解く手を止めた。

 

「あー……エルレイド〝が〟というか、エルレイド〝も〟って言うのが正しいかな……」

 

 俺自身、この1ヶ月でより強くその傾向を感じていた。厳密に言えば、前期が終わる頃くらい。

 

「ヤケに遠回りな言い方だな」

「前にも言いましたが、ウジウジしないではっきり言ってしまいなさい」

「あー、あのね……」

 

 つ、つまり、俺とエルレイドは……。

 

「平和ボケ、してる、というか……」

 

 ……。

 

 ………………。

 

 

「へ、平和ボケ……?」

 

 

 決まり悪さのあまり、つい顔を逸らしてしまった俺に代わって、額に薄く汗を浮かべたエルレイドが、(無駄に)神妙な表情で頷いた。

 

「なっ、なな……」

 

 

 

何を仰っているのですかッ!!

 

 

 ユリオは思わず立ち上がって、俺の胸ぐらに掴みかかった。揺らさないでくれ。酔う。

 

「あなたは!! こんな時に!! というか大会参加はあなたが持ちかけてきたお話でしょうが!!」

「ご、ごめんって!!」

 

 だっ、だって!! みんなで勉強とか、お昼ご飯とか、合宿とか、た、楽しかったんだもん!! こんなにいっぱい友達できたの初めてだったからっ!!

 





※シランくんががっつり平和ボケしてるのに喜んでるのはアコニちゃんだけ。
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