俺のピカチュウだけでんき技使えないんだけど   作:イリノイ州の陰キャ

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・セルロタウン
 ナイロンシティから東。ハドリア内陸部にある牧草地の町。崖沿いの小さな共同体で、現在は閉山されたが、かつては銀山が有名だった。





6、からげんきでジム戦へGO!

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 まずい……息が……胸が痛い……。

 

「シランさん? どうかされましたか?」

 

 何でもない。ちょっと、疲れてるだけだ。少し歩いていれば、そのうち……。

 

「シランさん? シランさん!? 顔色が真っ青ですわよ!? 今す――に――――!」

 

 ごめん、ユリオ、何言ってるか聞こえない……。

 

「あぁ……悪い……すぐ……」

 

 くそっ……。

 

 

 

 父は町ではちょっとした有名人のポケモンドクター、母はどっかの都市社会学とかやってるシンクタンクの研究員だったらしい。その二人の間に息子が生まれるというので、周囲は色めきたった。医者と研究者の、あるいは両者の才能を受け継いだ子になるだろう、とか何とか。

 

 母は勝気で負けず嫌いな性格に反して、生まれた時から病弱だったという。もし母の肺がもう少し丈夫であれば、ジム巡りでもっと好成績を残せていたかもしれない。

 少なくとも六つ目のバッジには手が届いたかもしれない。ただそんな仮定の話は、母が俺を産んだことで露と消えた。母の人生と共に。

 

 俺が生まれてから3年は、父が男手一つで俺を育ててくれていたから、父のことは覚えている。少しだけ。ぼんやりと、親父の幅広な手のひらの感触を覚えているような気がする。

 これ自体妄想だと思われる向きには反駁の論はない。他人のメランコリーな内没に口を挟まれるのも気分は良くないが。

 

 親父は……まぁ変な言い方になるけど、グリーンさんと同じくらい尊敬している。優しい人だった。巷じゃ〝諦めの悪いポケモンドクター〟なんて変な呼び名で通っていた。絶対にポケモンの治療を諦めないから、そんな風に言われていたそうだ。

 子供がそのままデカくなったみたいな人だった。たまに責任ある大人とは思えない言動をする人で、それでもやっぱり大人だから、俺のことをずっと見てくれていた。

 

 親父の死因は事故。俺を抱いたままタクシーから降りた瞬間に、街道の茂みから飛び出してきた野生のポケモンに襲われた。俺を庇って背中を向けた親父は上半身を刺し貫かれ、俺の胸にも深々と、生涯消えることない傷が残った。

 これは法的には事故となる。親父を殺したポケモンがどうなったかは知らない。ただこの世界には、ポケモンの殺処分なんて残酷な制度はない。俺自身、別にあってほしいと思ったこともないと付け加えておこう。

 

 

 

「…………ぅ」

 

 しばらく見ていなかった思い出の夢を見ていたような気がする。気がするというのは、起きた瞬間に全部忘れたから何も覚えていない。

 

「よかった……気がついたようですわね」

 

 俺は公園のベンチに寝かされていた。屋根のあるヤツ。彼女のものと思わしき触り心地のいいタオルを枕に、少しの間意識を失っていたようだ。

 

「ユリオ……? ごめん……」

 

 つーか、どうやって俺のこと、運んだんだ? 彼女の細腕では、引きずって歩くのも難しそうだが。

 

「お礼ならメタングに。あなたを運んだのは、この子でしてよ」

「そっか、ありがとう…………」

 

 寝転がったまま、丁寧に磨かれたメタングの体を撫でた。ひんやりとしていて手触りがいい。表面には細かい傷の一つもなかった。

 頻繁にバトルをしているであろう強化生の手持ちのはがねタイプが、ここまで丹念に手入れをされているとなると、トレーナーの几帳面な性格も窺い知れるというものだ。

 

「悪い。全然運動とかしてなかったから、なまってるみたいだ」

 

 我ながら無理のある言い訳だ。運動不足だからって倒れる奴があるかよ。

 

「……………………そうですか」

 

 めちゃくちゃ言いたいことがありそうな顔をしていたが、ユリオはそれを全部飲み込んで、代わりに絞り出すような相槌で打ち切った。

 気遣いのプロだな。だから一般の生徒達とも仲良くできてる訳か。

 

「ライムさんも心配しておられましたよ」

「ピ……」

 

 寝転がっている俺の腕の中に、ライムが収まっていた。側に寄り添っていてくれたのか。ごめんな。

 

「ユリオ、みんな、本当にごめん。ジム戦前に迷惑かけて……」

「お気になさらないでください。それより、お加減はいかがですか?」

「へーき。十分休んだし、行こう」

 

 こんな体に産んだ母を恨むか? などという愚かな質問をしないでいただきたいところだ。当然恨みなどはない。むしろ、母が決死の覚悟で産んでくれたことに感謝すると同時に、申し訳なく思っている。

 

「分かりましたわ。でも、無理はなさらないで」

「肝に銘じるよ」

 

 弱いと知っている己の肺を、己で痛めつけたのだ。シロガネ山の凍気を直に吸い、あの寒い冬山の中でも血液を沸騰させるような、常軌を逸したケダモノ達との過酷な命のやり取りを選んだ。

 全ては、俺の知る中で、最もポケモンマスターとかいう霧中の幻覚に等しい夢に近い場所にいる、あの赤い帽子の青年に追い付くために……。

 

「はぁ……はっ…………」

 

 後悔はしていない。寿命を縮めることになっても、そもそも俺は天涯孤独の身。知らないガキが一人くたばったくらいで、社会に悲しみは伝播しない。俺のポケモン達には……少し申し訳なく思うが、その辺りは、もっと明確に死を間近にした時に考えよう。

 

「ピカピ……?」

 

 ごめん。心配かけたか? しょんぼりと耳を下げたライムの頭を撫でた。まるでまだピチューであるかのような柔い毛の感触が面白い。

 そのまま腋を掴んで抱き上げ、膝の上に乗せた。発電しない分、通常のピカチュウより体温が低いのだが、むしろそのほどよい温かさが心地よかった。

 

「大丈夫。心配するな」

 

 少なくとも、君の納得いく高みを見せてやれるまでは生きているよ。必ず。

 

 

 

 牧歌的などという手垢の付いた表現に頼るのは心情に堪えるが、セルロタウンはつまりそういう町だ。

 

「おぉー。メブキジカだ。ツノでけぇ」

 

 町に続く直前の草原には、絶対不必要に広いであろう土地を大きく囲った牧場があった。メブキジカの本物を見るのは初めてだ。肉眼で見るとあいつら結構でかいな。

 

「〝なつのすがた〟のメブキジカのツノに茂生する草葉は、茶葉の原料にもなるそうですわね」

「そうなの? 飲んでみたいな」

 

 確かに夏のツノに生える草を、牧場の人がツノごと剪定してる映像みたいなものを見たことがある。あれって夏だからメブキジカが暑くならないようにしてるってだけじゃないんだ。

 

「折角ですから、ジム戦の帰りにお土産屋さんを覗いていきましょう。おそらくそこに置いてあると思いますわ」

 

 いわタイプというよりは、くさタイプのジムが似合いそうな雰囲気だった。人に踏み固められた未舗装の目抜通りは、左右に無計画に広がる畑と木の柵で仕切られており、すこし乗り越えればどこも畑だ。

 お茶だけでなく、何か収穫物があれば買っていこうか。この頃ライムがまたカレー作れってせっついてくるし。

 

 

 

「ようこそ挑戦者諸君。ここがハドリアリーグを守る八つの関門の一つ。〝セルロジム〟だ」

 

 ジム内は一転して、山岳の岩肌を切り取ったような広いバトルコートが、一面を占領していた。

 

「私はトラノヲ。不肖ながら、本部よりジムリーダーの任を拝命している」

 

 美術商にありがちな硬いスーツで、筋肉質な巨躯を隠している。料理とかでよくある表現を借りれば、何というか、中までぎっしり詰まっていそうな感じ。

 

「突然の挑戦を受諾していただき、お礼申し上げます。本日、ジムに挑戦すべく参上しました、ユリオと申します」

「シランです。よろしく」

 

 ジムトレーナーの数は少なかった。というか、出払っているようだ。ハドリアのバトル振興条例案が実施されてから、ジムは特に忙しくしているらしい。

 その中で挑戦者の相手までさせる、というのはいささか心苦しいが、こっちも一応卒業要項なんでね。

 

「〝強化生〟のことは知っている。ジムトレーナーに力量を測らせるまでもないだろう。その代わり、他の挑戦者達と同じように戦ってやるなどとは思うなよ」

 

 トラノヲさんは普段の挑戦者用であろう二つのモンスターボールには手を出さず、その隣のトレーに乗った六つのハイパーボールのうち、二つを手に取った。

 分かってはいたことだが、強化生相手に加減はしてくれないということか。いや、加減はしてるんだけども、つまり、〝ジム内で運用するポケモンの中で〟一番戦力の高いものを出してくるつもりらしい。

 

「一番槍の栄光は、あなたに譲ってもよくってよ」

「二人目のほうがジムリーダーの手持ちが分かって有利だってんだろ」

「あら? そうかもしれませんわね」

 

 なんて。本当は分かってる。待っている間の緊張が肺の負担とならないよう、先にバトルを終わらせて、体を気遣って休めって言うんだろ。余計な気を遣いやがって。ありがとね。

 終わったら……観客席を借りるか。がらんと空いた席に寝転がっていても、多分誰の迷惑にもならないし、試合ならスマホロトムが撮影してくれる。

 一々その気遣いを言葉で暴き、礼を言うような無粋は、彼女の好むところではないだろう。いいさ。その分トラノヲさんの手の内を暴いといてやるから、精々利用しろよ。

 

 

 

「ハイネ。よろしくな」

「キュ…………」

 

 クエスパトラのハイネ……この子との出会いは中々劇的なものだが、この場において悠長に頭の中の思い出を探り出すのはやめておこう。

 首を曲げて頭を擦り付けてくるハイネの背を撫でてやると、浅い呼吸の音が伝わってくる。過換気気味の俺の呼吸の速さにも似ていて、何だか安心する。

 

「シラン、と言ったね。君のことは知っているよ」

「え、マジすか? 恐縮です……」

 

 何でだろ? もしかして強化生の中で一番有望株だからとか? そうだったらめちゃくちゃ嬉しいな。スーパールーキーなんつってさ。

 

「グリーンくんから話を聞いている」

「え、グリーンさん?」

「ポケモンの進化に関する特殊な石の研究でな。オーキド博士の代理としてやってきたのを覚えている」

 

 あぁ……グリーンさんと知り合いだから知ってただけか。い、いやいや。遠い地方にも名を知られているグリーンさんのことを誇りに思うとしよう。

 それにしても「進化に関する特殊な石の研究」ね……そういえば他地方に対抗すべく、色々な戦法を模索していた頃があったな。結局その中でも、肌に合ったのは一つだけだったみたいだけど。

 

「彼より言付かっている。シランを名乗る少年のトレーナーが挑戦しに来たら、完膚なきまでに叩きのめしてやれ、と」

 

 なんでそんなこと言うんだよ。いいじゃんよろしく頼むとかで。

 

「始めよう。シラン。準備はできているかね? このジムのルールは2対2。途中交代は可能。引き分けはない」

「……はい。よろしくお願いします」

 

 審判がフラッグを持って台に立つ。ジムリーダーと同じような出で立ちだが、筋肉に圧倒的な違いがあった。

 

「ハイネ。やることはいつもと同じだ。緊張しなくていい」

「キュ、キュ……」

 

 しきりに頭を擦り付けて甘えてくるハイネの背を撫でて、安心させる。そんなに怯えなくてもいい。約束通り、君に〝攻撃技〟を指示したりはしないから。

 

「磨き抜かれた宝石のような私のポケモン達を、とくと見るがいいッ!!」

 

 決めゼリフらしい文言と共に、審判の「始めッ!」の合図が、広いジム内に響き渡った。

 

「行けッ! アバゴーラッ!!」

 

 ずし、と、硬い土の上に重たげな音が響く。先発はアバゴーラか……。

 

「ハイネ。まずは〝リフレクター〟を貼ろう」

 

 ハイネの周囲に、桃色の薄い膜のようなものが現れる。半透明の壁は物理的な接触の衝撃を和らげ、クエスパトラの高いとは言えない防御力を補ってくれる。

 

「アバゴーラッ! 〝からをやぶる〟だ!」

 

 やべ。いくら〝かそく〟で敏捷さに磨きがかかっていくクエスパトラでも、少しの間はアバゴーラに素早さを譲るかもしれない。

 亀が俊敏に動いている姿は、中々ショッキングな光景だな……いや、アバゴーラにもトラノヲさんにも罪はないんだけどさ。

 

「一気に距離を詰めろッ! 〝はたきおとす〟だ!」

「ハイネ! 〝まもる〟!」

 

 すんでのところで〝まもる〟が間に合い、アバゴーラのはたきおとすを阻止する。あく技あるのかよ……アバゴーラと戦ったことなんかないから分からないな……。

 

「ハイネ! 外周を走れ!」

 

 とにかく、時間稼ぎだ。アバゴーラの足が止まる瞬間は必ずある。そこで少しでも稼いでおきたい。〝アレ〟を……。

 

「アバゴーラ! 追いかけろ! 〝アクアジェット〟だッ!」

 

 アバゴーラの姿が一瞬にして消え、水飛沫と魚影のような黒い影がハイネに襲いくる。これは避けられないな……。

 

「キュ……!」

「怯むな! 〝めいそう〟!」

 

 そこまで強い攻撃ではないし、リフレクターがかかっている分耐えられるはずだ。ハイネは一瞬だけ苦悶の表情を浮かべたが、すぐに持ち直して〝めいそう〟を始めた。

 いいぞ……〝かそく〟のおかげで、速度の分も段々こちらに傾き始めた。

 

「アバゴーラ! 〝はたきおとす〟だ!」

「ハイネ! まもる!」

 

 今度は楽々と間に合った。〝かそく〟が利き始めている。これなら幾分か、こっちにアドバンテージがある状態で……。

 

「いいぞハイネ! もう一度〝めいそう〟を――――」

「アバゴーラ! 〝メテオビーム〟だ!」

「やべッ――――」

 

 両刀ッ……!? しかも溜めが早過ぎる……! ということは、相手のアバゴーラのもちものは〝パワフルハーブ〟か……!?

 

「コォォォォ!!」

 

 ここに始めてアバゴーラが声を上げた。亀に声帯があるのかと疑問符を浮かべる向きには、俺もそれに同意見だと述べておこう。

 収束されたエネルギーが破滅的な輝線スペクトルの閃光とともに、激しくプラズマを衝突させ、ハイネに向かって一直線に突き進む。

 

 

 キイィ――ィィ――ィィィ……!!

 

 

 着弾した瞬間に耳を塞ぎたくなるような破壊音と、割れたフィールドから吹き出した砂煙が、バトルコートを完全に覆い隠してしまった。ハイネの状態は分からない。人間が縦に並んだら20人くらいは軽く貫通してしまいそうなビームだった。

 

 

「いい狙いだぞ、アバゴーラ!」

 

 向こうからアバゴーラを労う声が聞こえてくる。確かに、〝パワフルハーブ〟を以てしても完全に溜めのタイミングを相殺できず、尚かつその威力の反動のために照準がブレる難しい技を、あの狙いの良さで発射したことは、賞賛に値する。

 

 ……だが、戦闘中に足を止めるのは、少し気が早いんじゃないか?

 

 

「ハイネ! 〝バトンタッチ〟だ!!」

 

 

「キュ…………!」

 

 砂煙の中から、衰弱したハイネの鳴き声が聞こえてきた。信じていたとはいえ、肝を冷やした。そう言う意味ではトラノヲさん達の奇襲は効果的なものだった。ユリオは、あるいは俺が先発でよかったと思っているだろうか。

 ボールに戻ってきたハイネを、そのボール越しに撫でる。よく耐えてくれた。あとは任せてくれ。

 

「面白い……耐え切ったか!」

 

 二回目の〝めいそう〟がギリギリ間に合わなかったら、少し危なかったかもな。

 これ以上一方的な試合にさせるつもりはない。そのためにハイネに頑張ってもらったんだから。そろそろ反撃を覚悟してくれ、トラノヲさん。

 

「行けッ!! ポリさん!!」

 

 砂煙の晴れたコートに飛び出した、挙動の怪しげなポリゴンの最終進化系。

 俺は知ってる。普段は言うことを聞かないポリさんだけど、いざバトルの場に引っ張り出されると、こいつの強さはばつぐんだってこと。

 

 





ロズレイティー(ファーストフラッシュ:ゴールデンティップ)

味 :★★★★★
栄養:なし
他 :★★★★☆

総合評価:★★★★☆

 ユリオからの贈り物であるロズレイティーの茶葉。花のような風味と爽やかな酸味が特徴。春摘み葉の芳醇ながらも口に長く残らない味わい。とある地方の王室で愛飲されているという高級ブランドのもの。茶摘みに関しては、実はロズレイドと熾烈な奪い合いを繰り広げているとか。
 今年のファーストフラッシュは100gで22000円前後。去年より4000円高い。

ライム評:★★★★☆
備考
 ピカ(よくわかんないけどおいしい!)

シラン評:★★★★★
備考
 アールグレイとも違う刺激の少ない風味が鼻腔に心地よい。紅茶にそこまで詳しくない俺でも舌を巻くレベルだったので(贈り物の値段を調べるのも失礼だが)気になって値段を調べたところ、目をひん剥いた。そら俺みたいな素人でも違いが分かるわ。
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