この槍を彼女に撃ち込むと   作:carbon13

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 商店街には、潰れた店と閑古鳥が半分ずつある。彼女の家に近い方の端から、大学に近い方の端までおよそ500m。その中間地点に喫茶店セオリーがあった。 

 松浦は急いで圭介の家をさった後、全身から滝のような汗を流した。家の中では平然を装って普通にしていたのだが、家から出て三分ほど歩いたところで、自分の命が危なかったことを思い出し、自分が存在していることを確かめた。 

 圭介の彼女は、一番恐ろしかった。南米でジャガーと対峙した時、韓国で100人のキリスト教徒と組手をした時より恐ろしかった。 

 松浦は喫茶店に入って、エスプレッソを一つ注文した。心を落ち着かせる。

 

「マスター、とびきり強いのを頼む」

「喫茶店でそんなカッコつけてもダメだよ。エスプレッソでいい?」

 

 ああ、うん。そうだよね。松浦はほぼそれを口に出していたが、聞こえていないようだった。

 

「圭介が酷いものを連れてきている」

「圭介?」

 

 マスターに適当に話を振る。マスターは適当に話を聞いてくれるので助かる。

 

「友達だよ。友達が彼女を作ったっていうから、見にいってきたの」

「それはそれは。私にも若い時分は彼女がいたけど、とてもいい時間だったよ」

「それが、圭介の彼女は無限に泡になるんだ」

 

 マスターは自分の若い頃を思い出す。マスターの彼女は、病気で事切れてしまった。

 しかし流石にこの言い分に真実のかけらもないようにマスターには思えた。唯一興味深いのは、松浦のその振る舞いは、あるいは、尋常ではない入店時の作法から見れば、そこには何かしらのグロテクスな事実があるように思われたことである。

 

「へえ」

 

 マスターがなんの気無しに生返事をすると、喫茶店の片隅には圭介の彼女が立っていた。観葉植物の影に彼女が現れている。 松浦の冷や汗が止まらない。心臓がバクバクとしているが、これはコーヒーのせいではないだろう。 まるで病室でいつのまにか看護婦が立っているかのようだった。

 

「秘密にして欲しいんだ。圭介君には」

 

 虚勢をはって、松浦は返事をした。

 

「何を秘密にして欲しいんだ」

「私が少しおかしいことだよ。圭介君の真実の探究を邪魔しないで欲しいんだ。この槍を彼女に撃ち込めば、真実が見つかると思っていて欲しいんだ」

「それは……後輩を騙すことなる。江ノ島国際大学の掟で、そういうのは禁止されているんだ」

 

 まんざら嘘ではないような顔をして、そういうことを並べ立て、強く言い返した。そのつもりだったが、ついに恐ろしさの閾値を超えてしまって、エスプレッソの入れものを落とした。 

 こんこん、と音がした。これには、「圭介の音だ」となんとなく室内にいるすべての人が直感した。

 

「お邪魔します。ここに誰か来ていないかなと思って」

「おお! 圭介。ダメじゃないか行き先をきちんと把握しておかなきゃ。浮気なんてするわけないと思うけどさ、それくらいの束縛はあって然るべきだと思うんだ」

「ごめんね、圭介君、忘れ物があったんだ」

 

 手の中には、白い薄手の布があった。これをショットガンのメンテナンスに使うんだよね! と松浦に言った。松浦は勢いよくうなづいた。

 

「そうだよそうだよ。圭介の彼女のおかげで助かった。メンテナンスは大事なんだ」

「じゃあ行こうか圭介君。傘を忘れたから入れてよ」

「さっきまでずっと雨が降っていたのに?」

 

 二人は、短い道のりを相合傘で帰った。圭介にとっては遠回りだが仕方ない。彼女は雨の中で濡れて、ヒロインのようになった。

 

「どこへいったのかと思った」

「やっぱり嫉妬してるじゃん」

「そうだと言ったでしょ」

 

 すると、圭介の手の中には槍があった。本日2回目だと思って、自分はもっと冷静になれるはずだ、なのにあらゆることに疑問を持って子供みたいじゃないかと後悔した。しかし、槍は圭介の手の中で赤くなっていた。 

 一瞬、この槍を彼女に差し込まなくてもいいんじゃないかと思った。彼女をよく見ると、ほんのりと笑った。まるでそこに刺してくれと言わんばかりに、腹の横を指した。

「確かなものっていうのは、自分で作っていくものなのかもしれないね」

「そういうのは、確かなものって言わないよ」

「しかし、ある人はよく生きることが確かなものだと言うよ」

 家に着く頃には、雨はオタクの早口のように強まっていた。しかし、そんなことは二人には関係がなかった。あたりがどうでもよくなるほど槍を刺していたからだ。

 

「"酷いもの"とは酷いことだね」

 彼女は笑った。圭介は口の中を槍で切り裂いたが、それに意を介さないで平然と会話を続けた。硬口蓋まで彼女の口を切断したのに、普通に喋っている。

 カラスが鳴いた。そうして、彼女と明日の予定について話し続けた。

 

 

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