あたしのプロデューサーは××だ 作:こと熱湯
n番煎じ
あたしのプロデューサーは変人だ。
――プロデューサーはいつも同じ褒め文句であたしを口説く。
自覚はないだろうし、いつもいつも無垢な瞳で本心から言うから心臓に悪い。褒め殺される。
そして誰よりも、あたしなんかよりもあたしの才能を信じてくれている。世界一、あたしが可愛いと褒めてくれる。抱き締める事もなく、いやらしい欲を抱く事もなく、純粋な目線であたしを見てくれる。あたしの魅せ方を教えてくれる。
なんとなく初々しいと思ってしまう。ずっとあたしと話すのには不慣れで、でも『あたし』については良く知っている。だから不思議で、そんなプロデューサーが好き。
――プロデューサーはメモ魔だ。
メモ帳をいつも片手に持って、まるで日記でも書くようにあたしのことも自分のことも、沢山書き連ねている。
あたしがプロデュースされてから、もう五冊目だ。暇があれば書いているし、でも絶対に中身を絶対に見せてくれない。
見ようとしたら、酷く焦っていた。怒られるかもって思ってたけど、プロデューサーは悲しそうにしていた。あんな顔は初めてで、あたしも悲しくなった。
――プロデューサーはよく遅刻する。
毎日…いや、日に日に遅くなる。最初はそんなこと無かったけど、最近は少しずつ確実に遅くなっている。五分遅刻して、次の日には十分、そのまた次は十五分。一日が経つ事に五分ずつ遅刻する。
こればかりは、きっとどうしようも無い。プロデューサーは型にハマった人間だから、そこからズレない。でも生じる五分のズレ……"昨日の分"があるから、毎日積み重なる。
この遅刻は学校側も了承しているらしい。だから、あたしはその時間を自主練にあてる…早く、トップアイドルになる為に。
――プロデューサーは頻繁に腕時計を見ている。
ずっとずっと時間に追われている。時間に怯えている。夜を恐れて、朝にも恐れて、叫びたくなる恐怖を抑えてあたしのプロデュースをしている。
あたしはアイドルだから……プロデューサーの大好きな藤田ことねだから、時間なんて忘れるくらいあたしを魅せる。プロデューサーに"明日"を作って貰ったあたしは、お金を稼いで、プロデューサーも稼がせてあげて、プロデューサーに"昨日"をプレゼントしないといけない。
――プロデューサーは季節感がない。
毎日スーツだ。暑い日も、寒い日も、遊びに行く時だってスーツだ。それが変わる事を許されない彼を表していて、胸が痛い。
あたしはプロデューサーに笑顔を貰った。未来を貰った。そして今を生きる術を教えてもらった。
だから早くトップアイドルになる。ならないと、あたしはアイドルとしてみんなの前で笑えなくなる。不幸な尽力を足蹴にして笑うなんて、耐えられないから。
――プロデューサーはあたしの事が大好きだ。
出会った時から変わらない。誰よりも『藤田ことね』に一目惚れしていて、執着していて、ファンであり愛している。
きっとプロデューサーは、誰もプロデュースするつもりはなかった。一人で学校から去るつもりだったと、忘却の中で語った覚えがある。
プロデューサーはあたしにあえて幸運だと言ったし、同時に不幸だとも言った。そんな言葉…聞きたくなかった。あたしだけにこんな言葉を残すだなんて、あまりにも鬼畜だ。何度も無理難題を押し付けてくるプロデューサーを恨んだけど、今回は悲しくて泣いてしまった。
ああ……あんまりだ。こんなのは、不条理だ。
――プロデューサーは………プロデューサーは、
◆◆◆
青年の目が覚める。
霧の中を闇雲に進む感覚、大切な何かを置いて霧を抜ける感覚がそこにはあった。意味もなく泣きたくなる感情に不信感を抱き、湿っている枕に首を傾げ、やけに重い身体を起き上がらせる。
「………これは…?」
《手帳を見る》
《手帳を見る》
《手帳を見る》
あまりにも異常な部屋。故人の書き遺し、或いは過去の自分からのダイイングメッセージ。
絶句すると同時、それが自分の書いた文字である事に気が付いた。鈍く鳴る心臓が痛い。蓋をされたように息が詰まる。背が冷えて嫌な脂汗が頬を伝う。
何かを否定したくて、自分の常識を肯定したくて、青年は見慣れた筈なのに何かが違う部屋を見渡す。
「…………手帳、か……」
――見渡すと見てるのは当然、《手帳を見る》と書き殴られた何十枚もの張り紙。
自分の次の行動に意味を付与するそれは、自分の知らない自分自身からの叫びなのだろう。記憶には無い既視感に突き動かされ、見つけるのは机に積まれた六冊の手帳。
進学した際に買った筈の手帳は、何故か六冊に増えている。それも丁寧に番号を振られ、使い古されているのだ。
一の番号を記された手帳の一頁目を見て――
《必ず最後まで読め》《お前は記憶喪失だ》《毎日記憶を失っている》《担当アイドルには悟られるな》《×月○日、藤田ことねさんのプロデュース方針を決めた――》《✕月□日、藤田さんは休日に寮を抜け出してバイトをする為――》《□月✕日、無事に試験に合格した。次の目標は――》《□月○日、昨日の俺はvoiceトレーニングに力を入れていたらしい。藤田さんの喉に負担がかかるので明日は――》《△月□日、無事に中間試験をトップ通過した。前の試験を乗り越えた時も、俺は藤田さんに同じ言葉をかけてしまったらしい。繰り返さないように、次は――》《△月○日、苦しい。でも藤田さんの前では気丈に振る舞え。明日はショッピングモールでの簡易ライブだから、机にある資料を読み込むように。後は藤田さんから――》《△月✕日、藤田さんの父親を探す。まずは――》《△月△日、出張中。藤田さんを不安にさせているので、必ず夜に電話する。その際の話題は――》《◎月○日、もう嫌だ何も忘れたくない助けて死にたい殺して楽になりたい。誰か助けて――》《◎月□日、部屋が荒れていた。片付けるのも時間が掛かるし、藤田さんとの時間も減るので次の俺の事も考えて欲しい。今日は二次試験で失敗した藤田さんを――》
――書き殴られた六冊分の記憶。青年だけがしらない、青年の軌跡。鮮明に覚えている担当アイドルとの、然し忘れてしまった大切な記憶。
「記憶喪失…?馬鹿な……俺は、昨日藤田さんをプロデュースし始めたばかりだが…いや、違うのか?くっ…分からない…!手帳を、読まなくては…」
知らない自分が笑っている。知らない自分が泣いている。知らない自分が喜んでいる。知らない自分が悲しんでいる。感性も志も同じで、しかし決して思い出せない自分自身が確かに存在している。
書き記された文字の羅列。
何処までも一人称視点でしかない記録。
藤田ことねに向けられた無形の愛。
怖くて悔しくておぞましくて――
あの日、一目惚れした彼女をトップアイドルに出来る。自分と同様に記憶のない昨日までの自分もまた、過去の記録を見てそう確信し、今日まで彼女のプロデュースを続けてきた。成功し続けてきた。故に――
「……せめて、礎になろう。明日の俺の為に……藤田さんの為に」
込み上げる吐き気に見て見ぬふりをして。青年はとうに登校時刻を過ぎた時計に溜息をついた。
◆◆◆
「では藤田さん、明日のミニライブについて打ち合わせをしましょう」
「えぇ……ヌルッと始めるじゃないですかぁ。昨日試験に落ちた担当アイドルは落ち込んでるんですよ〜?」
「映像は確認しました。前々回と比べ、クオリティに酷く落差がありましたね。確かに貴女はメンタルによってパフォーマンスに差が出るアイドルですが、昨日のものは異常です。なので、それについてもこれから話すつもりでした」
「……………別に。原因はわかってますよ」
晴れない表情の少女――藤田ことねは、誤魔化すような軽い口調とは裏腹に顔色は悪い。それはまるで、プロデューサーにとっては昨日の出来事、彼女をプロデュースした日と同様に過労や寝不足、悩み事が積み重なった結果なのだろう。
青年はプロデュースを開始してから今日に至るまでの記録を全て把握してある。昨日までの自分がまとめ、必ず見るべきとピックアップした活動映像も観た。
その上で断言する。記憶に無くとも映像には残っている昨日の試験――彼女は明らかに不調だった。歌唱力は元より高くはないが、キレのないダンスに明らかに作った表情。彼女の最高の才能である無意識下でのファンサービスすら疎かになっていた。
「原因が分かっているのであれば、話してください」
「その……い、嫌だって言ったら怒ります…?」
「怒りませんが、悲しいですね。俺は担当アイドルに寄り添うことすら出来ない、プロデューサーとして最初に学んだ事すらまともに出来ない。そんなのは、プロデューサーとして失格でしょう」
「そう言えばあたしが話すって分かってますよね!?」
「…はて」
「うっわ……星南先輩とは別口で厄介だこの人……」
「心外ですね」
「星南先輩も同じ反応でしたよぉ…」
星南――十王星南、初星学園生徒会長。手帳によれば藤田ことねファンクラブ会員No.02、枢機卿。
NIAの最中は彼女の世話となり、極月学園を退けた事でことねのライバルとして、最高のトップアイドルとして前に立ち続けることを決めた現
近い将来、彼女達は然るべき舞台でぶつかる事となる――そんな書き残された
複雑な感情を押し込み、改めて青年は担当アイドルと視線を合わせる。
「ともあれ、話して頂かなくては進みません。原因が明白なのであれば尚更でしょう。貴女のライバルに勝つ為にも、時間は有効活用しなくては」
「……………」
「言った筈です。止まっている暇はないと」
「……話すべき事なら、
「っ!なにを――」
「プロデューサーはあたしに夢を思い出させてくれましたよね!?実現性のない夢物語を語って、あたしを感化させて!でもそれがあたしがアイドルを目指し始めた頃、疑う事無く見ていた夢なんだって思い出させてくれました……何度負けても、プロデューサーが隣に来てからは前しか見えないんです」
「…………」
「だから、プロデューサーの口から言ってください。話して、嘆いて……ちゃんと『助けて』って言葉にしてくださいよ!」
「…いつ、知ったのですか?」
――彼女は
いつからか、なんて愚問なのだろう。彼女のパフォーマンスに明らかな不調が出始めたのは昨日から。一昨日の記録では特に問題点は書かれていない。
然し、悪足掻きみたいなものなのだろう。別口の言葉だったのであれば、それに越した事は無い。寧ろそうあって欲しいとすら青年は内心で願っている。
今までは問題がなかった。これからも――そう願い、いつか記憶のリセットが改善された頃、謝罪も込めて話す。それが理想だ。そうあるべきであると、青年は本気で信じていた。
それでも。全てを話せと、目の前のアイドルは叫んでいる。涙を浮かべて懇願している。
「………………」
「………もう、隠すことは出来ませんか。藤田さん、もう知っているとは思いますが…改めて聞いて頂けますか?」
「聞かせてください。寄り添わせて、ください…!」
「分かりました。聞いてください……俺は――」
◆◆◆
「――と、言うことです」
「…………じゃあ、ぜんぶ忘れちゃったんですか?そんな…あ、あたしに
「…………………あ、あの?」
「は、初めてだったのに……」
「藤田さん!?俺は何か藤田さんに粗相を…!?」
「……や、冗談ですけどネ」
「怒りますよ?」
「怒ってるのはあたしですケド?」
「…知られた以上、このままは駄目でしょう。
「お・こ・り・まーすーよー?」
「……ですが………分かりましたので、その顔はいけません。アイドルがしても良い表情じゃない」
「プロデューサーの真似です♪」
「歌だけではなく物真似の才能も……」
「おいコラ」
――全て話した。話し、それでも彼女は青年と共に歩むのだと言う。嬉しくて残酷で、美しくて威圧的に、選択の有無を許さない表情で未来のトップアイドルは断言する。もう貴方を離さない、と。
「……ぷろでゅ〜さぁ?反省してますかァ?」
「反省も何も、明日には忘れていますよ」
「急にぶっちゃけたなオイ」
「取り敢えず、メモ帳に記録しても?明日からのプロデュースにも影響するので」
「あ、それなんですケドぉ〜」
胸元から手帳を取り出すプロデューサーの手をことねは両手で包み――
「……何をするんですか。返してください」
「ヤで〜す♡プロデューサーが言ったんですよ、
「貴女が説明させたのでしょう」
「知りませーん。最初に説明しなかったプロデューサーが悪いんですよ〜?」
「くっ…!」
「これからはあたしがコレを書きます。プロデューサーが別で書いても良いですけど、あたしのも読んでもらいますからね!」
「二度手間では?」
「…プロデューサーの手帳、前に読みましたケド〜。鈍感って言うか…視点が硬いと言いますか、要するに
「……か、感情不足、ですか……?」
「そーです。プロデューサーの手帳、てか日記?はなんか淡々とし過ぎですって。実験記録じゃないんですから、もっと『嬉しぃ〜♡』とか書かないとですっ」
「一応、書いているのですが」
「人間の大半を占めるモノを主菜の付け合せ程度の扱いで書かれましても……とーにーかーく!これからはあたしも協力しますから!プロデューサーが忘れたくないなら、全てを明日のプロデューサーに詰め込みます!怖くて寝れないなら、一緒に起きてますし一緒に明日を見る為ならトップアイドルになってメチャクチャ稼ぎますし稼がせてあげます!!」
「藤田さん……俺は、貴女の負担には…」
「――プロデューサーはあたしの事、世界一大好きなんです。だからあたしも世界一、プロデューサーが大切なんですよ。だから突き通します、このワガママは。
「………本当に、本当に…俺は、貴女に一目惚れして良かった…」
「そのセリフ、毎日言わせてあげますからネ!」
「きっと、ずっと想ってますよ。藤田さんをプロデュースした日から。昨日の俺も明日の俺も」
「っ〜〜!!やっぱなし!恥ずかしいから心の中に収めててください!!」
告白まがいの言葉はことねの舌根を痺れさせる。自分への愛を隠そうとしない、だからこそそれ以外を隠していた彼へことねは怒ったのだ。
この言葉も、明日には忘れているのだ。全てが彼の中では無かったことになってしまうのだ。
理解してもやるせない。きっと、すぐにいつも通りという訳にはいかない。明日も明後日もことねのパフォーマンスはNIAで発揮したレベルには及ばないのだろう。
――だから魔が差した。
「でも、どうせ忘れるなら――」
「え――」
「………じゃあ、先に帰りますので!!明日のことは後でメッセージで!!」
「…え、は……?」
――唇に残る感覚。
リップグロスで湿り、無味なのに残る甘い香り。現実感が無くて、らしくもなく熱くなる頬と真っ白になる頭。
残る熱を指でなぞり、呆然とすること数秒。或いは数分。新しい手帳をカバンから取り出し、然し首を振って
「…………これは忘れよう。手帳にも書けないな…」
――その日、記憶は消えなかった。