ノルガイア戦記〜転移傭兵の異世界戦乱奇譚〜 作:創世の怠け者
槍を持った戦士たちに囲まれたまま、俺は村の中心へと連れて行かれた。歩くたびに、ざらついた土と砂利が靴の裏にまとわりつく。この感触は、日本の舗装された道路ではありえないものだった。不安定な地面が歩みをぎこちなくし、そのたびに背後の男が無言の圧をかけてくる。ふと地面を見れば、馬の蹄の跡がいくつも刻まれている。そこに混じる無数の足跡は、大勢の人がこの道を行き来していることを物語っていた。
顔を上げると、周囲に建つ家々が視界に入る。木と土壁で作られた簡素な建物。屋根には厚く藁が敷かれ、雪や雨風に耐えられるように作られているようだった。外壁には馬の鞍や武器が掛けられ、剥いだ獣の皮が干されていた。
村全体に漂うのは、血と汗、そして鉄の匂い。それでも、一見するとどこにでもあるような農村に見えなくもない。だが、ただの農村とは決定的に違う点があった。この村に住む人々の様子だ。俺たちが進むと、村人たちは手を止めてこちらを見た。最初は気にしていないように見えたが、俺の姿がはっきりと視界に入るや否や、その表情が一変する。
槍や弓を手入れする男たちは、手を止め、眉をひそめた。革鎧や甲冑の補修に励んでいた若者たちは、針を持つ手を固く握りしめる。鍛冶場では火花を散らしながら鉄を打っていた職人たちが、俺をちらりと一瞥すると、低く何かを囁き合った。女たちでさえも、矢羽を整えていた手を止め、俺の方をじっと睨みつけている。鋭い眼光は、ただの“部外者”を見るものではなかった。
そして、最も衝撃的だったのは──幼い子供たちでさえ、木剣を振るいながら戦いの訓練を受けていたことだ。
訓練というよりも、もはや“本気の戦い”と表現したほうがいい。小さな体を駆使しながら、相手の足を狙い、急所を突こうとしていた。ひるんだ者は、すかさず叩き伏せられ、容赦なく罵声が飛ぶ。幼少期から戦うことを当たり前とする社会。戦いの技術は、この村の“生きるための手段”なのだ。
──ここは戦士たちの村なのだ。
ただ生きるのではなく、戦うために存在する場所。俺の周囲にいる戦士たちが無言で睨みつけてくる視線は、明らかに”異物”を見定めるものだった。ただの警戒ではない。“処分するべきか否か”を判断する目だ。背筋に冷たい汗が伝う。息を整えようとしても、喉が乾き、まともに飲み込むことすらできない。
──俺はこの場にそぐわない。
彼らの視線が、それをはっきりと俺に告げていた。俺は知らない土地で、見知らぬ文化の中に放り込まれている。ここにいる誰一人として、俺を歓迎しないことは明白だった。俺がこの村で生きる理由など、一片もないのだから。戸口から覗き込む女たちは、手を止めて警戒し、子供たちは母親の背に隠れながら俺を見つめている。子供のひとりが、母親の裾を引きながら小声で囁いた。
「あの人、殺されるの?」
母親は何も答えず、そっと子供を抱きしめる。それがこの村の答えだった。村人たちの眼差しは、敵意と疑念に満ちている。無言のうちに、俺を“死にかけの獲物”として見ているのだ。
──このままでは殺されるかもしれない。
俺はこれまでの人生で、こんなにも明確に”排除される存在”として見られたことはなかった。息をするたびに、胸の奥に圧迫感が広がる。ここでは、何かを誤ればすぐに殺される。この村の掟か何なのかは知らないが、余所者に甘いものではないことは明白だった。この場にいる誰もが、俺がここにいるべきではないことを理解している。そして、彼らの中には、“今すぐにでも処分したほうがいい”と考えている者が少なからずいることも、ひしひしと伝わってくる。心臓の鼓動がうるさいほど響く。喉が渇き、手のひらには冷たい汗が滲んでいた。俺はここにいてもいい理由が何ひとつないのだ。異邦の者が、この村で生き残る道はあるのか?俺は、たった一人、完全な孤立無援の状況に置かれていた。この場を乗り切れなければ、“排除される”のは、時間の問題だった。
その時は、突然訪れた。
村の中心に向かっていた足が、突然止まる。
男たちは無言のまま、俺の両脇に立ち、肩を押し込むようにして方向を変えさせた。
俺は不意を突かれつつも、抵抗するわけにもいかず、彼らの動きに従うしかなかった。
──どこへ連れて行かれる?
まさか、今すぐ殺されるわけではないだろう。
ならば、どこかで一時的に監禁される、もしくは裁きを待つ場所があるのか。
建物と建物の間を抜けると、そこにあったのは、土壁と木枠で作られた低い建造物だった。どこか厩舎のような形をしているが、使われている木材は太く、入り口には鉄格子のついた扉が設置されている。
──牢だ。
俺は息を呑んだ。戦士の一人が扉を開くと、冷たい夜風が中から吹き出してくる。その空気は、外の焚き火の暖かさとは対照的に、乾いた土の匂いと石の冷たさを孕んでいた。
「入れ。」
戦士が無感情に命じる。俺は、一瞬だけ扉の向こうを見つめた。そこは、ただの小さな部屋だった。壁は粗く削られた石で囲われ、天井は低い。地面は硬く踏み固められた土で、隅には干し草が申し訳程度に敷かれていた。鉄格子の向こうには、小さな明かり取りの穴が空いているが、今は夜の闇がそこを支配している。俺はゆっくりと中に足を踏み入れた。扉が重々しく閉じられ、鉄格子が固く錠で固定される。金属が擦れる音が、やけに大きく響いた。
「……」
俺はしばらく何も言えず、その場に立ち尽くしていた。
──捕らえられた。
日本にいた頃には考えもしなかった状況だ。まさか見知らぬ土地で、牢に閉じ込められることになるとは。男たちはもう俺に用はないというように、鉄格子の向こうで何か短く言葉を交わし、去っていく。見張りは一人だけ残った。彼は長槍を地面に突き立て、鉄格子の外で座り込んだ。
(逃げることは不可能、か……。)
俺はゆっくりと地面に腰を下ろした。背を壁に預けると、石の冷たさがじんわりと伝わる。体の芯まで冷えるような感覚だった。
──ここで、何時間過ごすことになる?
少しずつ、時間の感覚が薄れていく。外の広場では、まだ焚き火の炎が燃え、誰かが話す声が微かに聞こえてくる。だが、言葉ははっきりと聞き取れない。しばらく耳を澄ませると、村人たちは俺について話しているようだった。その口調には、警戒、猜疑、そして僅かな不安が滲んでいた。
(俺の処遇について話し合っているのか……?)
そう考えると、ただじっとしていることがもどかしくなった。
俺は拳を握りしめる。
──どうすればいい?
異邦人である俺が、この村で生き残るためには?このまま閉じ込められ、朝になったら処刑されるのか。それとも、放り出されて、飢えと寒さで野垂れ死ぬか。どちらにせよ、未来は暗い。喉が渇く。口の中がカラカラに乾き、喉がヒリつくような感覚が広がっていた。水が欲しい。だが、誰も与えてくれる気配はない。
俺は深く息を吐いた。
(……考えろ。何か、生き残る道はあるはずだ。)
暗闇の中、俺は無意識に天井を見上げた。小さな明かり取りの穴から、わずかに陽の光が差し込んでいた。
あれからどれだけ時間が経っただろうか。そう考えているうちに日が沈み、夜となった。そこからしばらくしてから、俺は牢から引きずり出された。静寂に包まれた闇の中、足音が近づいてくるのが分かった。それは、ひどく整然とした足音だった。兵士の行進のように、無駄のない歩調。武器の柄がわずかに擦れ合う音が、静寂を切り裂いて響く。俺は鉄格子の向こうに視線を向ける。松明の炎が揺れ、男たちの影が不気味に伸びる。格子の前で立ち止まった男が、無言のまま鍵を取り出し、鉄錠を外した。
ガチャン──
重い音が響く。
「……立て。」
低く、威圧的な声。俺は躊躇しながらも、ゆっくりと立ち上がった。
(──もう、決まったのか?)
まだ夜は明けていない。俺は“朝になったら”広場に連れて行かれると思っていた。だが、それを待つこともなく、こうして呼び出されている。
──つまり、俺の処遇はすでに決まったということなのか?
「……どこへ連れて行く?」
言葉を発した瞬間、槍の石突が地面を打ち鳴らされた。
カツン──
それは、「黙れ」という無言の警告だった。俺は口を閉ざしたまま、戦士たちに囲まれる形で牢の外へと導かれる。外に出ると、夜の冷たい風が頬を撫でた。昼間とは違い、空気は冷たく、星々が煌めく広い空が頭上に広がっている。村は静まり返っていた。だが、完全に眠っているわけではない。広場の方角から、くぐもった話し声が微かに聞こえる。そこには、待ち受ける者たちがいる。
(──これが、最期の場か。)
俺の足取りは重く、周囲の戦士たちの歩みは迷いがない。まるで、すでに決まった運命へと俺を運ぶかのように。
村の中央に近づくにつれ、焚き火の光が明るくなってきた。そして、視界が開けると、そこには広場に集う、数十人の戦士たちの姿があった。誰もが無言で、俺を睨んでいる。それは好奇ではなく、警戒と判断の目。すでに槍を手に持つ者もいる。腰には剣、背には弓。戦場さながらの装いで、彼らは俺を迎えていた。
そして、中央に座る男──
村長が、俺を待っていた。深い毛皮のマントを纏い、腕を組んで静かに俺を見つめている。彼の顔には、怒りも軽蔑もない。ただ、冷静に俺という異物を見極めようとしている視線。
(──これが、俺の運命を決める場だ。)
彼の目はまるで鷲のように鋭く、わずかな動きにも無駄がない。それだけで、この男が戦場を経験した強者であることが分かる。彼が椅子に腰掛け、槍の柄を軽く指先で叩きながら、俺を見据えた。俺を連れてきた槍の男が、低く呟く。
「村長、この男をどうする?」
俺は喉を鳴らしながら、相手の出方を探った。
男──村の長は、俺をじっと見据えたまま、低く静かに問いかける。
「……何者だ?」
その一言だけで、広場の戦士たちは一斉に黙った。焚き火が爆ぜる音だけが響く。圧倒されそうになるのを必死に堪えながら、俺は答えた。
「風間尚樹……です。」
一瞬、沈黙が広がる。
「……貴様、どこの国の者だ?」
俺は一瞬、思考が止まった。
(どこの国の者、か……?)
当たり前の質問のようでいて、異様な違和感を覚える。どこの国の者か、なんて普通なら答えるのに困ることはない。俺は日本人だ。日本に生まれ、日本で育ち、日本で暮らしていた。だが、俺の頭の奥には、今なお拭いきれない違和感が渦巻いていた。
──この場所はどこだ?
日本ではない。それは明白だった。俺が知る限り、日本にはこんな村は存在しない。木と土壁で作られた建物、毛皮を纏う戦士たち、武器を携えた村人たち。何よりも、言葉の違和感。口の動きが合ってないのに、俺にははっきりと“日本語”として聞こえている。まるで吹き替え映画のような不自然さ。
(だが、そんな馬鹿なことがあるか?)
俺は間違いなく日本にいた。それが突然、こんな場所に放り出された。記憶が飛んでいるが、事故にでも遭ったのか?それとも、誰かに拉致されたのか?
(仮にこれが現実だとして、ここは一体どこなんだ?)
どんな未開の地でも、こんな場所がまだ残っているものなのか?俺は、必死に思い出す。アフリカの奥地?いいや、ここまで現代文明から隔絶された村が、現代まで存在するだろうか?アマゾンの奥地?シベリアの辺境?それとも、モンゴルの草原?どこも、違う。いくら辺境とはいえ、こんな村が現代に取り残されているとは思えない。
(なら、ヨーロッパ?いや、中東?)
考えれば考えるほど、答えが出ない。ここがどこの国の領土なのか、何もわからない。
(世界のどこを探しても、こんな村が存在する場所なんてあるのか?)
その考えが頭に浮かんだ瞬間、背筋が凍った。
(まさか、そんなはずは……)
この違和感の正体に、俺はまだ気付きたくなかった。
(ここは本当に地球なのか?)
「答えよ。」
村の長の低い声が、再び広場に響いた。俺は、迷った。仮にここが地球ではないとすると、日本という国は当然存在しない。ならば、俺が日本と国の名前を答えたところで、誰も理解しないのではないか。ありもしない国の名前を答えて、より警戒されるのではないか。
(マズい……!)
答えを誤れば、最悪ここで殺される可能性もある。俺は、迷ったが、最も無難な答えを選んだ。
「……俺には、帰る国が……ありません。」
一瞬、沈黙が広がる。そして、男たちの間から低いざわめきが起こった。
「帰る国がない……?」
「流れ者か?」
「それとも、どこかで負けた軍の生き残りか?」
嘲笑混じりの声が飛び交う。
(この反応……悪手だったか?)
だが、村の長は特に表情を変えなかった。むしろ、じっと俺を見据えている。
「ならば、なぜこの村に来た?」
「……分からない。ただ、気がついたら草原に倒れていました。」
俺の言葉に、男たちがざわつく。口々に俺に向かって罵声を浴びせる。
「気がついたら倒れていた? そんな戯言が通じるとでも?」
「間者ではない証拠は?」
「今すぐ首を落としても問題ないな。」
俺の背筋に冷たいものが再び走る。このままでは本当に殺される。
「待て。」
その時、村の長が静かに手を挙げた。その声だけで、男たちの動きが止まる。
「異邦の者よ。」
「……何でしょうか?」
「村の掟に従い、余所者には”水”を与え、去ることを許す。」
その言葉に、戦士たちが納得したように頷く。一人の男が木製の水筒を持ってきて、俺の足元に投げた。
「水を飲め。そしてすぐに村を出ろ。」
拒否の余地はない。俺が水を受け取ると、戦士たちは道を開け、俺が村の外へ出るよう促した。
だが──
俺は水を飲みながら、ふと思った。
──このまま出て行けば、どうなる?
村を出たとしても、俺には行く当てもない。この草原のどこに街があるのかも分からない。食料も装備も何もない状態で放り出されれば、間違いなく死ぬ。そして、最も恐ろしいのは──この村の者たちがそれを分かっていることだ。彼らは、俺を処刑する手間を省き、“死なせる”つもりなのだ。ここを出たら、俺は飢えと渇き、野生動物や盗賊に襲われ、確実に死ぬ。だからこそ、俺は震える喉を押さえつけながら、もう一度口を開いた。
「待ってください!」
村の長がわずかに眉をひそめる。
「何だ?」
「このまま放り出されたら、俺は確実に死んでしまいます。」
「それがどうした?」
あまりにも当然のように返された言葉に、俺は背筋が凍る。だが、ここで引いたら終わりだ。
「俺はこの村にとって”害”になる存在ではありません。それどころか、俺はこの村に”貢献”できるかもしれません。」
広場に、再びどよめきが広がる。村の長が興味を示したように目を細める。
「貢献? 貴様に何ができる?」
「俺は戦士ではありません。戦う術も知りません。ですが、知識があります。」
「ほう……?」
村の長が興味を示したように椅子にもたれかかる。少し考えるそぶりをした後、村の長は再び口を開く。
「カザマ・ナオキ……と言ったか。では、貴様は何のために生きている?」
その問いに、俺は息を詰まらせた。そんなこと考えたこともなかった。ただ毎日を生きるために働き、食べ、眠り、また働く。それが俺にとっての“生きる”ということだった。だが、おそらくここではその答えは通用しない。俺が何者か、何のためにここにいるのかを示さなければ、ここで処分される。
鼓動が速くなる。手のひらに汗が滲む。男たちの目は残酷だ。“答えられない”というだけで、ここでは命を失う理由になる。俺は、目の前の男──村長と呼ばれた男を見据える。そして、震える喉を押さえつけながら、言葉を絞り出す。
「生き延びるためだ。」
その言葉を口にしてすぐ、誰かが鼻で笑う。
「こいつは臆病者か?」
「ならば、貴様はただの乞食同然だな。」
嘲笑が広がる。だが、俺は拳を握りしめ、声を強くした。
「それが何か問題か?」
その一言に、男たちの笑いがピタリと止まる。
「……ほう?」
村の長が、興味深げに目を細めた。
「生きるために生きる。それの何が悪い?」
俺は言葉を続けた。
「あなたたちもそうでしょう?俺の考えだと、あなた達は戦士だ。戦うのは、生きるのはずです。生きるために戦い、生きるために鍛え、生きるために狩る。それと一体何が違うんですか?」
村の長が口を開く。
「違うな。我らは誇りのために戦い、生きる。」
「誇り……ですか?」
「そうだ。我らはただ生きるために戦っているわけではない。我らの名誉と、歴史と、この身に流れる血の誓いのために戦うのだ。」
「ならば、俺は俺の生き方を誇りに思います。」
村の長は、その言葉を聞くと口元を少し緩ませ、ゆっくりと言った。
「ならば、証明してみせよ。」
広場の空気が張り詰めていた。焚き火の光が揺れ、戦士たちの影が伸び縮みする。俺を取り囲む視線には、敵意と警戒が入り混じっていた。村人たちも少し離れた場所で固まって、俺を値踏みするように見つめている。村長はゆっくりと視線を巡らせ、男たちを見渡してから、低く響く声で言い放った。
「──カザマ・ナオキ。」
俺は息を呑む。
「お前に“狼の試練”を与える。」
その言葉が発せられた瞬間、広場がざわついた。
「狼の試練……?」
「まさか、余所者に……?」
「成人の儀式ではないのか?」
戦士たちの間に小さなどよめきが広がる。
“狼の試練”──それがこの村にとって特別な意味を持つものだということは、彼らの反応を見れば明らかだった。
「村長、それはあまりにも……」
「死ぬぞ、間違いなく。」
低い囁きがあちこちから聞こえてくる。村長は彼らの動揺を一蹴するかのように、静かに言葉を続けた。
「お前がこの村にとどまることを望むならば、己の力を示せ。」
とどまることを望むならば──
つまり、試練を受けなければ、この村にいることすら許されないということだ。
「生き延びれば、お前がこの村にいることを許そう。」
息を呑む。これは歓迎の意味ではない。“お前が生き延びたならば、この村の土地を踏むことだけは許してやる”というだけの話だ。それほどまでに、この村にとって異邦の者は“無価値”なのだ。村長は俺をじっと見据え、問いかけた。
「──どうする?」
俺は、乾いた喉を鳴らしながら、言葉を探した。どうする、か。選択肢はあるのか?試練を拒めば、この場で追放されるだろう。だが、それは死を意味する。村を出たところで、どこに向かえばいいのかも分からない。つまり、試練を受けることが唯一の生存手段というわけだ。
──だが、“狼の試練”とは何なのか?
「……試練の内容を聞かせてください。」
俺がそう尋ねると、村長はわずかに目を細め、静かに答えた。
「森だ。」
「森……?」
「狼の森に入れ。三日間、生き延びろ。」
広場が再びざわついた。
「三日……?」
「成人の試練と同じだ……!」
「まともに武器も扱えぬ者が?」
村人たちの疑念の声が聞こえる。村長は、そんな彼らの声には一切動じず、淡々と告げる。
「狼の森は、この村の戦士が成人となるために乗り越えねばならぬ試練の場。弱き者は生きられぬ。逃げてもいい。戦ってもいい。ただし──三日後にここへ戻ることができなければ、それまでだ。」
“それまでだ”その言葉の意味は明白だった。戻れなかった者は、死ぬ。戦士たちの表情には、わずかな憐れみの色が浮かんでいる。まるで、俺の運命がすでに決まったかのように。
俺は、じっと村長を見つめる。彼の表情には、感情がない。俺を試そうという意思はあれど、慈悲はない。だが、同時に、俺をただの異物として捨て去るつもりもないようだった。
(……俺を見極めているのか?)
試練を課すことで、俺が“生きるに値するか”を測ろうとしている。この村にとって、異邦の者がただ生きているだけでは意味がない。戦えなければ、強くなければ、価値がないのだ。
──ならば、答えはひとつしかない。
俺は、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました。その試練受けます。」
広場の焚き火が、ゆらりと揺れた。戦士たちの間から、嘲笑とも、驚きともつかない声が漏れる。彼らは、異邦の者が自ら試練を受けると決めたことに、呆れすら感じているのかもしれない。だが、村長は静かに頷いた。
「よかろう。」
その言葉を合図に、試練の準備が始まる。俺の運命を決める三日間が、今、幕を開けようとしていた。