異界にて、雄は資源と化す    作:Henon

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新大陸東部のドラゴニュート部族との交流 記録その3

 

外交団の面々は、その場に踏み入れた瞬間から、まとわりつくような熱気に囚われていた。

それは単なる暖気ではない。鼻腔をくすぐり、肺の奥まで粘りつく、甘ったるく重い匂い。人間の常識では「性臭」と呼ぶほかない、圧倒的なものだった。

 

三体のドラゴニュートの雄たちは、族長の腰布の隙間に顔を押し当て、唇を吸い付かせている。

湿った音が断続的に響き、時に啜るような低い声が混じる。

そのたびに空気はさらに濃密さを増し、外交団の胸を圧迫してきた。

 

彼らの身体はよく肉付き、豊かな尻と胸を揺らしている。

それぞれが夢中で族長に奉仕する姿は、神前で舞う巫女にも似ていたが――実態はただ、族長の快楽のために顔を埋め、ひたすら吸い付き続ける奉仕であった。

頬に浮かぶ汗と、震える肩の動きが、その没頭の深さを物語っている。

 

外交団の誰もが、その光景を直視できなかった。

視線を床に落とす者、眉を顰めて遠ざけようとする者。

だが、逃れようのない匂いと音が、皮膚から染み込むように迫り、彼らを絡め取って離さない。

足を進めるごとに、その淫靡な重さは増し、呼吸が浅くなっていく。

 

(これが……族長か……)

 

近藤の胸に浮かんだのは驚愕と苛立ちが混ざった思考だった。

他国からの使節が訪れているというのに、族長は平然と雄を侍らせ、奉仕を受けながら出迎える。

舐められているのか、それともこれが彼らにとっての「礼儀」なのか。判断がつかない。

 

族長の姿は、さらに圧を与えていた。

二メートルを超える巨体。片目には古傷が走り、その眼差しは猛禽のように鋭い。

にもかかわらず、その顔立ちは人間的な意味での美を宿している。

均整のとれた頬の線、艶めく唇――だがそれらは、筋肉と膨らみの誇張された肉体と組み合わさることで、人知を超えた「女の怪物」と化していた。

 

族長は雄たちの頭に手を置き、撫でている。

その仕草は慈しむようでありながら、まるで玩具をあやすかのように気まぐれで、冷酷さすら漂わせる。

そして、片目の奥から放たれる視線が、外交団を捉えた。

 

言葉などなくとも、その視線だけで十分だった。

『見ていろ。我らが雄をどう扱おうと、それが我らの在り方だ』そう告げているようであり、外交団の胸を冷たく締め付ける。

 

やがて、その異様な静寂を破るように――アルザが一歩、族長の前へ進み出た。

彼女は胸の上に手を当て、深く頭を垂れる。

その仕草は人間から見れば、忠誠を示す戦士のようであった。

 

次の瞬間、アルザの喉から響き出たのは、言語というよりも「鳴き声」と呼ぶべきものだった。

 

「ーーー、ーー…」

 

低く湿った声が空気を震わせ、やがて高音に跳ね上がる。

それは言葉の意味を持たぬようでありながら、抑揚と節回しによって確かな「意志」を伝える音だった。

外交団には理解できないが、そこに「報告」と「挨拶」が込められていることだけは、肌で察せられた。

 

その声が放たれるたびに、族長に群がっていた雄たちは一瞬動きを止める。

唇を離し、荒い息を吐きながら、揃ってアルザへと視線を向けた。

彼らの口元には涎の跡が光り、胸は大きく上下している。

 

アルザの低く湿った鳴き声が途切れると、室内は途端に重苦しい沈黙に包まれた。

その音を最後まで聞き届けた族長は、ゆっくりと閉じていた片目を開いた。

 

深く刻まれた傷の下に覗くその片眼は、鋭い刃のようでありながら、どこか湿り気を帯びた光を宿している。

たった一度、瞼が上がっただけで、周囲の空気は緊張を孕み、外交団の誰もが息を呑んだ。

 

その目はアルザを確認するように見据え、次いで床にひれ伏すようにしてまとわりついていた雄たちへと移る。

族長はゆるりと、だが確固たる威厳をもって片手を持ち上げた。

 

族長の手がひらりと上がり、退散の合図が下されたのであろう。

三体の小さなドラゴニュートたちは、名残を惜しむように族長の布から顔を離し、唇を濡らしたまま立ち上がる。

彼女らの呼吸は荒く、胸は熱に膨らみ、尾の先が落ち着きなく蠢いていた。

 

やがて彼らは、床に飛び散った体液を踏み分けながら、出口へと向かう。

しかしその道筋は、外交団が立ち並ぶ狭い通路と重なっていた。

 

先頭の一体が近藤のすぐ脇を通り過ぎるとき、唐突に首を傾け、彼の首筋へと鼻を寄せた。

湿った吐息が皮膚を撫で、甘ったるい匂いが鼻腔を満たす。

 

「……クルゥ……」

 

喉の奥で上擦った鳴き声が漏れ、彼の尾がしなるように振り上げられ、近藤の腰へと擦りつけられた。

その瞬間、近藤は全身を硬直させ、視線を前へと固定するしかなかった。

 

続く二体もまた、外交官や護衛隊員の前で同じように動きを止めた。

ひとりは外交官の肩口に鼻を押し当て、汗に混じる人間の匂いを深く吸い込み、震えるように声を洩らした。

 

もう一人は若い隊員の首筋に顔を寄せ、吐息を浴びせかけながら、尻尾を腿に絡めるように擦りつけてくる。

隊員は思わず肩を竦めたが、声を発することはなかった。

 

退出する雄たちの目は潤み、頬は赤く染まり、吐息は甘く震えていた。

それは抑えようとしても抑えきれず、唇の端から零れ落ちる熱の音――欲望そのものが形を持って現れた響きであった。

 

彼女らは族長に捧げていた熱情を、そのまま別の標的へと向け替えているかのようだった。

やがて三体は尾を引くように身体を揺らしながら、通路を抜けて外へと消えていった。

 

 

熱と臭気が残る中ようやく、族長の喉奥から低く唸るような声が響いた。

その声は獣の咆哮に似て荒々しいのに、同時に胸腔を震わせるような艶を帯びている。耳慣れぬ抑揚が幾重にも重なり合い、意味は分からぬままでも『支配者の声』であると本能が告げてくるようだった。

 

族長は大きな片目をゆっくりと細め、正面に立つ一団を測り取るように見据える。

その横顔に従うように、アルザが一歩前に進み、胸に手を当てて恭しく頭を垂れた。

 

「……すまない」

 

振り返ったアルザの声は、いつもの艶やかさを抑えた真剣な響きを帯びていた。

 

「この中で統一語……まあつまり、あなた方の言う“言語”を扱えるのは私だけだ。族長の言葉は私が通訳しよう」

 

外交官は一瞬、瞼を伏せる。

 

(通訳を相手方に依存するのは、交渉の手綱を握られるのと同義だ……。しかし今は他に術がない)

 

わずかな逡巡を胸の奥に押し込み、彼は一歩前へ出た。

姿勢を正し、声を張り上げる。

 

「お初にお目にかかります。本日、交渉の任を帯びて参りました、日本国外交官、秋山と申します」

 

その言葉は、湿った空気の中にすっと走り、やや遅れてアルザの口から翻訳される。

 

「ーーークルル……ーー……。ーーー」

 

族長は大きな片目を瞬き、尾を床に一度叩いて応じた。

 

「ーーー、ーーー」

 

鳴き声とも唸り声ともつかぬ響きが室内を震わせ、壁に掛けられた布が微かに揺れる。

 

アルザが静かに頷き、秋山に向き直った。

 

「……族長は“ようこそ”と告げています。そして、改めて交渉内容を、確認したいと」

 

秋山は眉をひそめ、頷きを返した。

一歩踏み込むごとに、目の前の交渉は言葉だけでなく、「文化」と「価値観」を試される場になると悟らされる。

 

秋山は一呼吸を整え、静かに口を開いた。

 

「……まずですが、我々はある地域の地下における掘削の許可を求めて参りました」

 

通訳を務めるアルザがその言葉を、喉の奥で転がすような鳴き声に変える。

 

「ーー…ーーー」

 

族長の大きな片目が細まり、声が返ってきた。

 

「ーー…ーー?」

 

低く響く唸り声は、壁に掛けられた布を揺らすほどの圧を帯びている。

アルザが間を置いて通訳した。

 

「……“地下の掘削だと?なぜ穴を掘る必要があるのだ”と」

 

秋山は頷き、即座に答える。

 

「我々にとって極めて重要な資源が、あの地に眠っているからです。幸いそこはあなた方の領域内ではありますが、住居や集落は存在しないと確認しております」

 

言葉が再び鳴き声へと変換される。

族長は顎をわずかに持ち上げ、長い尾で床を叩いた。

 

「ーー。ーーーー?」

 

通訳を挟み、アルザが淡々と伝える。

 

「“確かにあそこは狩りの時にしか使わぬ土地だ。だが、それでも我らの地だ。使うからには対価を払わねばならぬ”と」

 

秋山は小さく息を呑む。

外交官として予想していた反応ではある。だが族長の片目から放たれる鋭い視線は、単なる取引の条件提示ではなく、領土意識を誇示する警告そのものだった。

 

さらに族長の声が続く。

 

「ーーーーー。ーーー」

 

部屋の空気が再び重く震えた。

アルザが短く目を伏せ、それから翻訳を紡ぐ。

 

「……“そもそもだ。貴様ら、本当にそれが目的なのか?弱小種族どもは常に我らの庇護を求めてやってくる。だが奇怪なことに、貴様らは全員雄……。雌はどうした?”」

 

場の空気が一気に張り詰めた。

外交団の誰もがわずかに身を固くし、言葉を探すように互いに視線を交わす。

近藤は無意識に背筋を伸ばし、汗のにじむ掌を腿でぬぐった。

 

(……きたか。やはりそこを突いてくるか)

 

秋山は内心で舌を噛み、沈黙の刃が自らの喉元に押し当てられる感覚を覚えた。

正直に答えるわけにはいかない。しかし、下手に誤魔化せば相手の疑念を煽る。

 

「ーーー」

 

秋山が言い淀む中、族長が唸るように鳴いた。

厚い胸郭が震え、低い音が石造りの床を伝わって響く。

 

「“お前たちは雄にしては随分と屈強だ。雌はさぞかし強力な肉体を有しているはずだ。それがなぜ雄を送り込んでくる?”」

 

通訳を受けた秋山は、一瞬言葉を選び、唇を固く結んだ。

重苦しい沈黙の中で答えを捻り出す。

 

「……我々は男女で役割を分けていませんので。雌も雄も、等しく交渉を担います」

 

その言葉がアルザを経て伝えられた瞬間、族長の片目がぎらりと光った。

 

「ーー?ーーーッ!」

 

鋭い声が室内に叩きつけられる。

空気を切り裂くような怒声に、外交団の数名が思わず肩をすくめた。

 

「“役割だと?……随分と軟弱な雌たちだなッ!”」

 

アルザの翻訳は冷ややかで、それだけに衝撃は増す。

 

「“雄に交渉をやらせるなど舐めたものよ。雌は己が牙で敵を裂き、己の腹で種を残す。それが務めであろうが!”」

 

(……まずい)

 

秋山の背筋に冷たい汗が伝う。

異世界の価値観が日本の理屈では通用しないことを突き付けられた瞬間だった。

一歩間違えば、外交官としての言葉が「侮辱」と受け取られかねない。

 

だが、族長はそこで声の調子を少し変えた。

低い鳴き声が再び広間に響く。

 

「ーー、ーーー」

 

アルザが息を置いて訳す。

 

「“……だが、まあいい。交渉の件だが、別に構わん。もとより我らは狩りの場所に困っているわけではない”」

 

秋山は思わず胸中で安堵の息を吐いた。

だがその直後、族長の長い尾が床を叩き、空気を再び震わせた。

 

「ーーーーーーー。」

 

艶を帯びた声は、今度ははっきりと挑むような調子だった。

アルザが通訳する。

 

「”だが勘違いするな。我らが無償で土地をくれてやるはずもない。……お前たちは何を差し出すのだ?“」

 

その場の空気がまた一段と重く沈んだ。

交渉の扉は開かれたが、差し出すべき「対価」が問われる局面に立たされたのだ。

 

秋山は咄嗟に言葉を返せず、隊員たちも固唾を飲んで息を潜める。

近藤は拳を握りしめ、心臓の鼓動が耳鳴りに変わるのを感じていた。

 

(……ここからが本当の駆け引きだ)

 

族長の片目は笑っていなかった。

むしろ、その視線は「我らの欲するものを差し出せ」と、挑発にも似た光を放っていた。

 

そして外交官の秋山は一呼吸おき、姿勢を正して答えた。

 

「我々が差し出せるのは『技術力』です」

 

アルザを通じてその言葉が伝えられると、族長の鱗張った肩がゆっくりと動き、わずかに身を乗り出した。濁った琥珀色の瞳が秋山の胸元にまで刺さるように注がれ、やがて低く湿った声が返ってくる。

 

「“……技術だと?”」

 

アルザが忠実に言葉を訳すと、族長の口角がわずかに吊り上がる。

 

「“確かに貴様らは奇妙な服を纏い、背に見慣れぬ金属の筒を携えている。それが貴様らの『技術』とやらの証なのだろう”」

 

族長は視線を巡らせ、列をなす自衛官たちの装備に目をやった。迷彩の布地、金具の留め具、鉄製の銃身。その一つ一つを舐めるように見比べる仕草は、警戒というより好奇心と欲望を混ぜた眼差しに近い。

 

「“だが、あいにく我らは技術に困ってはおらぬ”」

 

吐息混じりの声は、室内に響き、湿った音を立てて消えていく。

 

秋山は一瞬言葉を探した。アルザが目だけで促すように彼を見やる。外交官としての訓練が脳裏に浮かび、秋山は視線を正面に戻して続けた。

 

「技術のみではありません。交流です。互いに学び合うために――我々の隊員をこちらに残し、生活や技術を共有し、同時にあなた方の文化や習俗を学ばせていただきたい」

 

アルザの声がそれを鳴き声に変換する。硬い鳴き声と喉の奥を震わせる音に変わっていくその響きが、広間に流れ込む。

 

族長は首を傾げ、指で椅子の肘掛けを叩いた。

 

「“……つまり、雄を置いていくということか?”」

 

一瞬、広間の空気が再び張った。その中で、族長の声は粘りつくように続いた。

 

「“互いに生活を交わす、だと……。奇妙な提案だ。だが悪くはない。我らにとっても珍しい種族の雄を長く眺める機会となろうからな”」

 

吐き出されたその言葉に、秋山は即座に返答できなかった。喉の奥に冷たいものがつかえる感覚が広がり、内心では『置いていく』という言葉がどう受け取られているのかを瞬時に計算していた。

 

秋山が横目でアルザを見ると、横顔は淡々としていたが、尻尾がわずかに動き、緊張を隠しきれていない。

 

族長はしばらく無言で秋山を見据えていた。深く落ち窪んだ片目は、ただ一点を射抜くように冷たく光りながらも、その奥に濃厚な熱を潜ませている。やがて鱗に覆われた指が椅子の肘掛を三度、低く鈍い音を響かせる。

 

「“……まあ、よい。知りたいことはおおよそ知れた”」

 

その鳴き声は木造の広間に低く染みわたるように聞こえた。

 

「“大筋は決まった。だが――”」

 

族長は口角を吊り上げ、唇を湿らせるように舌を走らせる。

 

「“これからも話し合いを重ねることになるのであろう?”」

 

秋山は直立した姿勢を崩さず、静かに頷いた。

 

「……ええ。当然です。互いの利を見出すため、妥協点を探り合うのが交渉の本質。貴殿らにとっても、我々にとっても」

 

その答えをアルザが変換して伝えると、族長の口からくぐもった笑いが漏れた。

 

「“…ふふっ。交流か。……さぞや、最高の交流になるであろうな”」

 

その笑みには、外交官が想定する『文化交流』の意味を逸脱した、露骨に肉感的な響きが含まれていた。秋山は表情を動かさぬまま、その言葉の重さを受け止めるしかなかった。

 

一呼吸おいて、族長は背を椅子に預け、声を張る。

 

「“……特使よ。本日はこの村落に留まり、ゆるりと休まれよ。我らは貴様らを迎えるにふさわしき宴を用意する”」

 

壁に反響する声に呼応するかのように、奥の間から竜人たちのざわめきがかすかに聞こえた。族長は顎を引き、再び言葉を続ける。

 

「“夜には歓迎の祭りを執り行う。火を焚き、獲物を捌き、歌と踊りで天を揺るがす。……そして、その場において貴様らも我らの客として存分に歓待されるであろう”」

 

その歓待がどのような意味を持つのか、秋山には判断がつかない。ただ背筋を走る冷たい汗と、耳の奥で鳴り続ける自分の鼓動だけが、目の前の状況の危うさを訴えていた。

 

 

族長の低い鳴き声が広間に響き終えると、空間に短い沈黙が落ちた。

まるで巨大な獣が呼吸を止め、獲物の反応を観察しているかのような静止だった。

 

そして族長は椅子に深く背を預け、片目を細めながらゆるやかに息を吐いた。

木造の広間に低く、ぐもった残響が広がり、その余韻の中で彼女は喉奥から唸るような鳴き声を発した。

 

「……クルゥゥゥ……」

 

それは命令とも承認ともつかぬ、しかしこの場にいる誰もが従わざるを得ない圧を孕んだ音だった。

 

その鳴き声を受け、傍らに控えていたアルザが静かに一歩前へ進む。

彼女の胸元が上下し、呼吸を整える仕草が一瞬だけ見えた。やがて彼女は族長に向かって深々と頷き、腕を胸に当てる。

 

そしてアルザはゆるやかに振り返り、秋山ら外交官団へと視線を流した。

だが、その双眸はただ一人に吸い寄せられるように固定される。近藤――彼だけを射抜き、絡め取り、離そうとしない。

 

それは護衛対象を測る冷静な観察でも、外交団の一員としての礼を尽くす眼差しでもなかった。

もっと根源的で、もっと露骨な輝き。

 

――抑えきれぬ渇きと、堪えがたい欲望。

理性の膜を突き破って滲み出たそれは、近藤の肉体を余すことなく求めていると告げていた。

 

金属を溶かすような視線に射抜かれ、近藤は思わず背筋を固くする。

胸の奥に張り付いた冷汗が一層濃くなるのを感じながらも、彼はあえて視線を逸らさなかった。

逸らせば――まるで捕食者の牙に喉を差し出すように、彼女の欲望を肯定してしまう気がしたからだ。

 

アルザの尾がゆるやかに揺れた。

床を擦るたび、重く湿った音が壁に反響する。

その仕草は、緊張を解すためというよりも、溢れ出す熱を持て余している証のようだった。

 

やがて彼女は唇を開いた。

その声音は柔らかさを装いながらも、奥に潜む熱が否応なく滲み出していた。

 

「……じゃあ。君たちを宿に案内しよう」

 

言葉自体は何の変哲もない。

だがその響きは、ただの案内というよりも、近藤を含む彼らを“どこかへ連れ込む”とでも言いたげな甘い含みを持っていた。

 

秋山をはじめとする外交官たちは、その妙な熱に気づきつつも、表情を崩さずに頷くだけだった。

誰も軽々しく口を挟むことはできない。

 

広間を後にする一行の前で、アルザは軽やかに歩き出す。

 

近藤の胸の奥では、自衛官としての理性と、異種の女から向けられる露骨な欲望への戸惑いが拮抗していた。

重い足音と、床に反響する尾の音が重なり合い、宿へと続く道は妙に湿った熱を孕んでいた。

 

 

 

「ここが君たちの宿だ」

 

アルザが尾をゆらし、木の陰から現れたのは高床式の住居だった。梁は太く、床下に風が通る造り。村の中でもひときわ堅牢で、確かに来賓用と分かる。

 

「ここが……高床式、だな」

 

秋山が小さく呟く。

 

(……一応は来賓としての礼を受けている。形だけでも接待の体裁はあるようだ。…よかった)

 

外交官も小隊も、わずかな安堵を胸に足を進めた。

 

だがその瞬間、アルザの手が伸び、近藤の肩を掴んだ。

爪先まで血が燃えるように熱を帯びた指が、布越しに食い込む。

 

「ふぅッ……ふぅ……私は役目を果たしたぞ?」

 

荒い吐息が熱を帯びて首筋にかかる。湿った空気が肌にまとわりつき、近藤の背筋を微かに震わせた。

彼は喉までせり上がった言葉を押し殺し、ただ沈黙で応じた。

 

「……?おい、何をしている?」

 

隊長が怪訝に眉を寄せ、低く問いかける。

アルザはゆっくりと振り返った。濡れた双眸が細く歪み、唇の端に妖艶な笑みが浮かぶ。

 

「…すまないね。本来この家は五人用だ。だから近藤は……私の家で泊まってもらうよ」

 

「……なにを言っている?」

 

隊長の声音は一段鋭さを増し、場の空気を切り裂く。

 

「安心してくれ。すぐ近くだ。それに――どうしても話しておきたいことがある」

 

アルザの声は甘美な響きを帯びていたが、その奥には隠しきれぬ飢えが潜んでいた。それは理屈でも交渉でもなく、雄を前にした雌の本能そのものだった。

 

「……なら、この家で話せばいい。部下を一人孤立させるわけにはいかないからな。」

 

隊長の言葉は冷たく、確固たる刃のように放たれた。

その刹那、アルザは喉の奥で笑いを洩らした。湿った吐息が含まれるその笑いは、挑発と昂ぶりの混ざり合った音だった。

 

「おいおい♡私だって、この数の雄を一度に食い切れるほど大きな腹は持っていないんだよ♡」

 

艶めいた声音とは裏腹に、その言葉は露骨な本能を隠そうともしない。

その場にいた誰もが、彼女が言わんとすることが単なる冗談ではないことを悟った。

 

「――やはり、それが目的か」

 

隊長の瞳は鋼鉄のように冷たく光り、切っ先を向けた刀剣のごとく鋭さを帯びた。

 

空気が一気に張り詰める。

外交官たちの間に重苦しい沈黙が広がり、誰も息を深く吐くことさえためらう。

それは弦を限界まで張り詰め、今にも切れて火花を散らす寸前の金属線のように軋んでいた。

 

緊張は目に見えぬ霧となって辺りを包み込み、吐く息すら白んで見えるほど濃密になっていく。

 

その静寂を断ち切ったのは、足音一つ。

近藤が一歩前に出たのだ。

砂を踏む小さな音が、場のすべての耳に重く響いた。

 

彼は隊長の傍らへと歩み寄る。

その姿は、あたかも自ら鋭利な刃の真上に指を差し出すかのような危うさを孕んでいた。

 

そして――声を放った。だが、それは誰にも届かぬほど低く、耳元にだけ滴り落ちるような囁きだった。

 

「……隊長、どうか。お待ちください」

 

声はかすかに震え、喉の奥で押し殺されていた。

 

「申し訳ありませんが……俺は、あの女から離れるわけにはいかんのです」

 

隊長の目が僅かに揺れた。

 

「……なぜだ」

 

近藤は視線を逸らす。言葉は出せない。ただ胸の奥で灼けるように重い命令がのしかかっている。

それは地下室で突きつけられた冷徹な指示――自分の肉体を道具とし、女の心を抉り出すという任務。

 

「……今は言えません。ただ――」

 

喉に絡まる苦味を押し殺し、比喩のような言葉を零す。

 

「……俺は背中に影を背負っています。落とせば日本ごと潰れる影を。だから……離れられません」

 

隊長は唇を結び、答えを探すように近藤を見つめた。

その横でアルザが艶やかに笑い、尾を打ち鳴らす。

 

隊長の眼差しはなおも鋭さを失わず、氷を思わせる冷光を湛えていた。

その視線を真正面から受け止めながら、近藤は小さく、しかし確固とした声で囁いた。

 

隊長は一瞬、彼の瞳を覗き込んだ。

そこには怯えも迷いもなく、ただ言葉にできぬ何かを抱えて立ち続ける兵の姿があった。

沈黙が二人の間に降り積もる。

だがその沈黙は拒絶ではなく、互いの意思を測るための刹那に過ぎなかった。

 

やがて隊長は深く息を吐き、微かに顎を引いた。

低く、抑えきれぬ苦みを滲ませた声が、近藤の耳にのみ届く。

 

「……後で必ず説明しろ」

 

言葉は重く、命令でもあり願いでもある響きを帯びていた。

そしてさらに、短く区切るように続ける。

 

「……そして、何かあったらすぐに無線で呼べ。ためらうな。必ずすぐに助けに行く」

 

それは自衛官としての義務を超え、仲間を守ろうとする強靭な意志の吐露だった。

言葉の刃の下に潜むのは、隊員への揺るぎない信頼と責務であった。

 

近藤は静かに背筋を伸ばし、深く頭を垂れる。

 

「……はい。ありがとうございます」

 

その声には、言い尽くせぬ感謝と、同時に己が背負った使命の重さがにじんでいた。

 

二人の間に交わされたそのやり取りは、他の誰にも気づかれぬほど小さなものだった。

しかし、確かにその瞬間、互いの心に刻まれたものは、刃よりも鋭く、鎖よりも固く結ばれていた。

 

話が終わった事を確認したアルザは近藤の腕を掴んだまま、その温もりを指先に確かめつつ、振り返って秋山ら外交官団へと視線を向けた。

双眸はまだ熱を帯びていたが、その声は努めて軽やかに、しかしどこか意地の悪い調子を含んで響いた。

 

「――じゃあ君たちは、祭りが始まるまで好きにゆっくりしていてくれ」

 

さらりとした言葉のあと、彼女は一拍置き、唇の端を吊り上げる。

 

「……ああ、そうそう。言い忘れていたけど」

 

そこで彼女はわざと間を取り、じらすように周囲を見渡した。

外交官たちの顔が緊張のままこちらに向けられるのを楽しむかのように、囁き声へと落とす。

 

「用を足す時は――できるだけ複数人で行動しなさい。できれば、村人たちが寝静まっているか、あまり人目がない時に」

 

言葉の意味は表面的には配慮にも聞こえる。

だが次の瞬間、アルザは肩をすくめ、喉を鳴らして笑った。

 

「まあ……どうせ変態どもが、君らの隙を伺っているだろうからね」

 

その声色は茶化すようでありながら、冗談で済ませられぬ生々しさを孕んでいた。

村人たちの目に宿る微妙な光を思い返せば、決して空言ではないと誰もが悟る。

 

秋山の眉間には、知らず皺が寄っていた。

外交交渉の場にあるはずの自分たちが、突如として「生存上の注意」を告げられるという事実――それ自体が、この村における自分たちの立場を雄弁に示していた。

 

アルザはそれ以上の説明をせず、あっさりと言葉を切り上げる。

だがその軽薄な言い回しの裏に、ねっとりと絡みつくような現実の危険が潜んでいることは、誰の耳にも疑いようがなかった。

 

 

話を終えたアルザと近藤は、通り道を抜けて歩を進めた。背後に広間や宿泊用の家々の灯が遠のき、村のざわめきは次第に闇へと溶けていく。

夜気は肌を刺すほど冷えていたが、その中でアルザが吐き出す息は異様に熱く、湿り気を帯びて近藤の頬を撫で、まるで見えない舌で舐められるかのようにまとわりついた

 

次の瞬間、堪え切れなかったかのように、彼女の大きな手が勢いよく伸び――近藤の尻を鷲掴みにした。

 

ただ掴むだけではない。指は肉をぐりぐりと押し込み、抉るように動き、わざと痛みを与えるほど乱暴に捏ね回す。

 

「ぶぅッ……ふぅゔぅぅ♡やっと、やっとだ……っ!」

 

押し殺した喘ぎが喉から漏れ、尾を震わせながら、彼女は露骨に身をすり寄せた。

 

「なあ、褒めてくれよ……っ!あんな蒸せるほどの雄たちに囲まれて、舌が飛び出して、噛み切りそうになったのに……」

 

彼女の声は嗄れ、言葉ごとに唾が飛んだ。

 

「私はッ、よく我慢しただろうが……ッ!獣みたいに群がって舐め合う奴らを横目に、君たちを……犯さず……よく耐えたじゃないかぁッ!♡」

 

最後の語尾は笑いと嗚咽のあいだで震え、狂気じみた熱を孕んでいた。

 

尻を揉み込む手は容赦がなく、肉が潰れて掌からはみ出す感触を楽しむように、力を抜くことなく執拗に動き続ける。

それは欲望というより飢餓に近かった。

 

「でも……もう終わりだ……♡もう我慢なんて、クソ喰らえだぁ……♡」

 

彼女の吐息は耳を舐めるほど近く、下卑た笑い混じりに甘い声が絡みつく。

 

「今からは……私の好きにさせてもらうッ♡いいよなぁ、近藤ぉ……♡」

 

言葉の一つ一つが、夜気の中で濡れた鞭のように叩きつけられ、近藤の理性を削っていく。

 

そして耳の後ろに、生暖かい吐息が絡みついた。

 

次の瞬間――

 

水音を立てて耳たぶが舌に挟まれた。

ぬらぬらとした舌先が耳の縁を執拗に舐めまわし、歯の先で小さく噛まれるたび、背筋にぞわぞわと下品な電流が走る。唾液が溜まりすぎて、どろりと粘った滴が頬を伝い、肩に落ちた。

 

「んぶっ。あ゛ぁぁァァ……ッ♡クッソッ、耐えられないッ」

 

女の喉から獣みたいな唸りが漏れ、舌を絡ませる音と涎の垂れる音が混じり合って、耳元がじっとり濡れていく。

 

さらに、背後からずしりと圧がかかった。

巨大な双丘――布の下でもはっきり形を主張する乳房が、ぐいぐいと背中に押し潰すように押し付けられてきた。柔らかさと重さが同時にのしかかり、息が詰まる。

 

「祭り事まで何時間もあるんだ♡だったらさァ、今から交流しようかッ♡」

 

喉を震わせて下卑た声を響かせると、濡れた舌が再び耳穴を抉るようにねじ込まれてきた。じゅるじゅると卑猥な水音が鳴り、唾液が糸を引いて垂れ落ち、襟首までびしょ濡れにしていく。

 

首筋を這う涎が熱く、べったりとした痕跡を残しながら鎖骨へと流れた。彼女の涎と汗と匂いが混ざり合い、まるで犬に舐め回されているような下品な感覚。

 

獣のような荒い息を吐きながら、アルザは近藤の腕をがっしりと掴み、引きずるようにして歩き出した。指は鉄の鉤のように食い込み、逃げるという選択肢を粉々に砕いている。

 

「……へっ♡約束だッ約束だよなッ!♡」

 

低く嗤いながら、背後からぐいぐいと押しつけられる双丘。わざと擦れるように揺れ、歩調を合わせるたびに、背中が肉に沈み込んで汗ばんでいく。

 

彼女の住処――路地を抜けた先にある、古びた扉が軋む音を立てて開かれた。中は獣脂と酒と女の匂いでむせかえるように濃い。

 

「ほら、入ってッ」

 

背中を突き飛ばされるようにして中へ。扉が閉じらられる音が響く。

直後、ずぶりと肩に温かいものが吸いついた。アルザの舌だ。

 

「んぶっ……♡サァ、『番の役目』を果たしてもらうかッ♡」

 

耳たぶをしゃぶりながら、唇の端から涎を垂らし、近藤の首筋を濡らしていく。唾液がじわじわ鎖骨へと伝い、汗と混ざってぬるぬるに。

 

部屋の中は暑苦しいほど静かで、聞こえるのは舌の水音と、乳肉が擦れ合う音だけだ。

アルザの荒い息が耳を焼き、彼女の涎が服を濡らし、逃げ場のない支配が形になって覆いかぶさっていた。

 

 

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