異界にて、雄は資源と化す    作:Henon

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新大陸東部のドラゴニュート部族との交流 記録その5

 

 

祭り――それは、南米の密林やアフリカの奥地で語られる、異世界の少数民族が持つ土着の祝祭のようなものだろう、と外交団は事前に想像していた。しかし、今この村で繰り広げられている光景は、そのどれとも異質だった。 

 

(やはり……想像とは全く違うな。これが異種族の祭りか…)

 

西本隊長は腹の奥に冷たい警戒心を沈ませ、周囲の様子に目を凝らしていた。何よりも気に掛かるのは、外交官や護衛たち――自分の部下たちの「安全」がどこまで保証されるのか、という一点である。ここは人間の常識が通じない異世界、どんな祭りの習慣が牙を剥くか、誰にも予想できない。

 

何かを叩く重い音が夜の空気を叩き割り、巨大な焚き火が村の広場を灼熱に包んでいた。炎は容赦なく舞い上がり、竜のようにうねって夜空を照らし出す。その中心――火を取り囲むように、ドラゴニュートたちが次々と腰を下ろしてゆく。鱗と筋肉に覆われた体が輪をなすたび、赤銅色の肌が火光に艶めき、鱗の間から汗がきらめくように滲む。

 

「君たちはこっちだ」

 

アルザの声が響く。案内された先には、獣の革や彩色した木材で作られた椅子がずらりと並ぶ。その中でも特に大きく、背もたれや肘掛けが彫り込まれた椅子には、いかにも位の高そうなドラゴニュートたちが腰を下ろしていた。来賓用とおぼしき席も、明らかに他とは違う装飾で飾られている。

 

外交団の人間たちは、異質な椅子に恐る恐る腰をかける。尻の下に感じるのは、どこか動物の皮膚の柔らかさと、熱く湿った感触。座るだけで竜人たちの視線が一斉に集まり、髪の毛一本まで値踏みされるような圧迫感が襲いかかる。

 

(……しかし、本当に、目に毒だな)

 

西本は密かに呻くように、竜人たち――ドラゴニュートの女たちの肉体と美貌に改めて舌を巻くしかなかった。

 

彼女たちの体は、とにかく巨大で、肉感的だ。強靭な肩幅と張り出した胸郭、ふくよかに盛り上がった乳房は、布切れのような衣に半ば隠されているだけで、その下の形や色艶まで火の光に映し出される。胸の谷間に光る汗が玉のように流れ、まるで発情期の獣のような生々しい匂いが漂っていた。腹部から太腿にかけて、しなやかな鱗の連なりと艶やかな肉の膨らみが複雑に交じり合い、尾の付け根には粘性の高い分泌液が滴っている。

 

彼女たちの顔は、人間の女性のそれに酷似している。しかし、目元は鋭く、瞳は赤く充血し、睫毛の間からは欲望と警戒が滲んでいる。鼻筋は高く、口元には薄い牙が覗き、時折その舌で唇を湿らせては、こちらを舐めるように観察する。頬にはうっすらと鱗の名残があり、火に照らされた輪郭はどこまでも妖艶だった。

 

座ったまま、脚を組み、堂々と太腿をさらけ出しているドラゴニュートもいる。艶やかで肉厚な太腿は鱗に覆われ、膝から下はしなやかな尾と同じく力強い筋肉が蠢いていた。肘掛けに腕を預け、指先の爪をのんびりと舐めている女もいる。彼女たちの仕草一つひとつに、明確な“支配者”の余裕と、“雄”を見定める狩人の色が宿っていた。

 

(……こいつらと共存ね。本当にできるかね。)

 

西本は背筋を伸ばし、表情を硬く保つ。だが心の中では、これほど露骨に“異種の女”たちの美貌と肉体を突きつけられる状況に、苛立ちと羞恥、そして理解しがたいほどの“畏れ”が入り混じっていた。

 

祭りの炎は音もなく舞い上がり、村の女たちの声と笑い、そして竜人たちの咆哮と熱が、夜の闇を灼く。

 

そんな中、祭りのざわめきと女たちの嬌声がまるで何かに呑み込まれるように唐突に消えた。空気が一変し、広場を満たしていた音と熱が急速に静まりかえる。竜人たちの間に漂っていた奔放な欲望の気配も、見えない手で押さえつけられるように消えていく。

 

静寂の中、ただひとつ響くのは重く湿った足音だった。

 

それは、ゆっくりと地面を踏みしめ、炎の回りに集うドラゴニュートたちの間を切り裂くように近づいてくる。足音に合わせて、獣皮の衣の擦れる音と、金属製の装飾具が低く鈍い音を立てる。そのたびに、誰もがわずかに身を強ばらせ、視線を逸らす者もいる。

 

現れたのは、この村の頂点――族長だった。

 

彼女は、他のどのドラゴニュートよりも大柄で、野生の獣を思わせる筋肉の鎧を纏っていた。左目の上には大きな古傷が斜めに走り、その傷跡がまるで勲章のように顔の半分を貫いている。まばらに残る鱗が肌と奇妙なコントラストを成している。その片目は深く鋭い光を宿し、もう一方は濁りを帯びているが、かえって圧倒的な存在感を放っていた。

 

彼女の顔立ちは、美しい女の面影を強く残している。だが、鋭利な顎と肉厚な唇、獣じみた鼻孔と牙が、理性を圧する肉欲と支配の象徴として、炎の光の中に浮かび上がる。

 

体躯は圧倒的であり、巨大な胸と張り出した腰、そして逞しい太腿が布きれのような衣に包まれている。歩くたびに尾が大きくしなり、鱗と筋肉が波打つ。汗が火光を反射して肌を艶やかに濡らし、彼女の動きの一つ一つが、威厳と野性美、そして女の色香を同時に振りまいていた。

 

祭壇を思わせる椅子の列、その中央へと歩み寄った族長は、静かに腰を下ろす。高い背もたれに寄りかかり、その鋭い片目で、集うドラゴニュートたちを一人ひとり見渡した。彼女の視線が巡るだけで、周囲の竜人たちは緊張したように背筋を伸ばし、低く頭を垂れる。火を囲んでいた雌たちも、ひそやかに息を詰め、その一挙手一投足に注目する。

 

その圧倒的な威圧感は、異種族である人間の外交団たちにも容赦なく襲いかかった。まるで、彼女の目に映る全てが、狩りの獲物として値踏みされているかのような感覚に、誰もが本能的な緊張を覚えずにはいられなかった。

 

その時、近藤の横に控えていたアルザが、ひそやかに身を寄せてきた。彼女の息は微かに甘く、鱗の肌が火の光を受けて光沢を帯びる。

 

「族長の言葉を通訳するかい?」

 

その囁きは、唇が近藤の耳元に触れるほどの距離で低く、艶を帯びていた。そのまま、アルザは西本隊長と外交官に向き直り、口元に柔らかな笑みを浮かべる。

 

「……ええ。お願いします」

 

外交官が静かに頷いたとき、アルザの表情には、通訳者としての誇りと、どこか含みのある期待が同時に浮かんでいた。彼女の尾が静かに揺れ、祭りの炎が、その鱗に複雑な陰影を落とす。

 

広場の空気はぴんと張り詰め、全ての視線が族長と、その言葉を待ち受けていた。西本もまた、まばゆい火光に照らされる族長の輪郭と、隣に立つアルザの横顔を見据え、これから始まる“儀式”とやらに、改めて身を引き締めるのだった。

 

闇夜に浮かぶ火と肉と女たち――

すべてが沈黙と期待のうちに、次の瞬間を待ちわびていた。

 

ーーー

 

「ーーーー。」

 

族長の発した声は、炎の背後から響く原始的なうなり声であり、低く湿った音が夜の空気にじわりと浸透した。その音色は、明らかに人間の発声器官とは異なる振動を帯び、時折甲高く、時折喉奥で濁る。まるで猛禽や爬虫の鳴き声と、女性の甘やかな吐息が不気味に融合したような音だった。

 

人間の耳には、ただ異様な唸りや咆哮、そして獣じみた“叫び”にしか聞こえない。祭りを取り巻く外交官や護衛たちは一様に眉を顰め、思わず息を詰める者もいる。その一方で、ドラゴニュートたちや周囲の獣人は、深い敬意と陶酔の入り混じったまなざしで族長の言葉に耳を傾けていた。

 

火の粉がふわりと夜風に舞い上がり、族長の片目がぎらりと光る。その鳴き声が一段落すると、アルザは、族長の“鳴き声”を柔らかな日本語ーーもとい『統一語』へと、淀みなく紡ぎ始めた。

 

彼女の声は不思議なほど艶やかで、鳴き声の荒々しさが一転して理性的な響きへと変換されていく。

 

「“皆、祭りの準備ご苦労。この日に、予定通り祭りをできるのは、皆の力とそれを支える盟友種族たちのおかげだ”」

 

翻訳された言葉が夜気に溶ける。その響きは奇妙な荘厳さを持ち、村中の竜人たち、獣人たちが静かに頭を垂れる。

西本は、その内容に内心で鋭い疑問を覚えた。

 

(……盟友か。まさか犬人や兎人のことを、そう呼ぶのか?)

 

外交団の面々も、村の一角で忙しげに動く小柄な犬人や兎人、鼠人の姿を視界の端に捉えながら、それぞれ複雑な思いを抱えていた。――ついさっきまで、台所のような場所で皿を運び、炉端で肉を切り分け、竜人たちの粗暴な指図に従っていた“異種族”たち。その存在は、どう見ても従者や下僕であり、少なくとも「盟友」と呼ぶにはあまりに従属的だった。

 

祭りの広場の片隅、薄汚れた服を纏った犬人の少女たちが、怯えるように身を寄せ合いながら、族長の言葉にあわせて深く頭を垂れている。

その光景に、外交官たちは違和感と同時に、ある種の残酷さを嗅ぎ取った。

 

しかし、アルザは通訳の役目を淡々と続ける。

その声は、あくまで誇り高く、祝祭の雰囲気を損なうことはなかった。

 

「“この竜神祭は、今までも遅れて開催されたことはない。それはひとえにこの村の願い――他種族共栄という栄光な願いゆえだろう”」

 

語られる“共栄”という単語は、夜の静寂と炎の輝きに混じり合い、村人たちの心に染み込むように広がっていく。

広場を埋める竜人たちは、声に合わせて右手を胸に当て、静かに頷いた。

その一方、犬人や兎人、鼠人たちは地面にひれ伏し、誰一人として族長に目を向けない。

 

火を中心に据えたこの“竜神祭”は、村全体の一体感と統制、そして異種族を取り込んだ秩序を象徴していた。

だが、その裏に隠された「力」と「従属」の構図は、外交団の目には、ただただ生々しく、そして重苦しい現実として映っていた。

 

アルザの声は、なおも続く。

その翻訳は、厳かな儀式のように広場を支配し、異種の夜を支える唯一の“橋”となっていた。

 

西本はその響きを聴きながら、村の“願い”と“現実”の間に潜む深い断絶を、改めて心の奥に刻み込むのだった。

 

話を区切った族長はその片目を細め、集う竜人たちを見渡しながら、最後にもう一度喉の奥でうねるような声を響かせた。

 

「ーーーー。」

 

その鳴き声は先ほどよりも短く、けれども火花のような強さを秘めていた。

すぐ隣で控えるアルザが、再び翻訳の役目を果たす。彼女は誇らしげに顔を上げ、場の空気を和ませるような笑みで告げる。

 

「“長い言葉はもう不要だろう。新たな盟友も含め、皆で楽しむといい”」

 

その宣言が広場に落ちると、張り詰めていた緊張の糸が一斉に緩んだ。

族長は豪快に椅子へと体重を預け、深々と腰を落とした。

背もたれに背中をぶつけるような勢いで座り込み、その巨体が椅子ごときしむ音が静寂に響く。

 

一瞬の沈黙――

 

しかしそれは、夜の底に炎が爆ぜる音とともに破られた。

 

次の瞬間、竜人たちはまるで抑圧から解放されたかのように再びざわめき、獣じみた歓声と鳴き声が広場全体に湧き上がった。

 

太い尾を叩きつける音、鱗が擦れ合う湿った音、喉の奥から湧き上がる「クルル」「クルッ」といった異様な声――

それらが夜の闇と炎の間に渦巻き、人間には解読不能な原始的な祝祭のリズムを生み出していく。

 

用意された食事は、すでに火のそばに山と積まれていた。

巨大な骨付き肉が串ごと焼かれ、滴る脂と肉汁が炎に落ちては、爆ぜる煙とともに強い香気を放つ。

赤や紫、黄金色の果実が山積みにされ、鮮烈な甘い香りが鼻腔を刺す。

焼き上がった肉を竜人たちは腕力のまま引き裂き、厚い爪で骨ごと掴み、歯を剥きだしで貪る。

食事の間にも彼女たちの目線は油断なく、時折“雄”である人間たちへ舐めるように向けられていた。

 

椅子の列に並ぶ位の高いドラゴニュートたちは、まるで王侯のような振る舞いで食事に舌鼓を打つ。

鱗に脂が飛び散り、様々な匂いが混ざるなか、彼女たちは己の欲望と本能を隠そうともしない。

濃厚な肉の香りと、女たちの身体から放たれる熱と匂いが広場を満たし、宴はまるで“食欲”と“性欲”が混ざり合った一大祝祭へと変貌していく。

 

犬人や兎人たちは火の端で忙しなく皿を運び、竜人たちの指図で料理を配る。

しかし時折、竜人の女たちがその頭を撫でたり、尻を叩いたり、からかうように尻尾を弄ぶ。

彼女たちにとって他種族は、あくまで“道具”――それを“盟友”と呼ぶ皮肉すら、この宴の中で飲み込まれていく。

 

人間の外交団や護衛隊員たちは、その原始的で、獣じみたエネルギーの奔流に言葉を失い、ただ息を潜めて椅子に座っていた。

竜人たちの熱い視線と湿った息遣いが、じわじわと肌を焦がすように襲いかかる。

 

ーーー

 

再開された祭りの喧騒に呑まれながら、隊員たちは不安げに視線を交わした。

隣の部下の1人が小さな声で吐露する。

 

「こういう経験は、正直少ないもので……何をすればいいか、分かりませんよ、隊長。」

 

その声には戸惑いと、どこか期待を裏切らぬよう振る舞おうとする硬さが滲んでいる。西本は唇の端に苦笑いを浮かべて肩を竦めた。

 

「まあ……黙って飯でも食っとけばいい。こっちも、下手に騒がず目立たず、終わるのを待つしかないさ……。なにかを話すって言ったって、アルザ以外は誰も通訳できないんじゃ、まともな会話は期待できんしな。」

 

祭りの空気は濃密で、どこを見ても竜人たちが肉を貪り、果実酒で喉を潤しながら、獰猛で熱っぽい視線をこちらへ投げてくる。

人間の席には妙な緊張と、ねっとりとした湿気が絡みついて離れない。

 

そのとき、外交官が改まった声音で問いかけた。

 

「西本さん。近藤さんと私で、族長と少し話をしてもよろしいでしょうか?」

 

西本は軽く眉を上げて、外交官から近藤へと目を移す。

すぐに理由に思い至る。

 

「ああ……そうか。アルザはどうも近藤に夢中のようだからな。構わんさ」

 

西本は苦笑いを深めて頷く。

その後ろで近藤はわずかに困惑の色を見せるが、毅然と頷いて席を立つ。

 

「ありがとうございます…では」

 

外交官は礼儀正しく頭を下げると、近藤と共に席を離れた。

それにすかさずアルザが追いすがり、誇らしげに尾を揺らしながら二人の傍に寄り添う。

 

三人は、族長の座する中央の席へと静かに歩を進めていく。

その背中を見送りながら、西本はグラスを手に、密やかな思索に沈む。

 

(……竜神祭、か)

 

夜の焚き火はなおも高く燃え上がり、竜人たちの鳴き声と歓声は絶え間なく広場を満たしている。

 

思索の最中、突然目の前に影が差した。

 

「クルゥ…」

 

膳を運んできたのは、明らかに他のドラゴニュートとは違う、背の低い個体だった。

炎の明かりに浮かび上がるその姿は、女たちの堂々たる肉体とは対照的に、細身で幾分か小柄だ。艶やかな鱗に包まれた手が、静かに器を差し出す。

 

(……雄か)

 

雄のドラゴニュートは、囁くような鳴き声を上げながら料理を差し出してきた。その声は耳元で溶けるように柔らかく、まるで雌の甘え声にも似ている。しかし、すぐ目の前に立ったその身体を見て、西本は内心で言いようのない違和感を覚えた。

 

――なんという奇妙な種族だろう。

 

男であるはずのこの個体は、肉付きのよい胸と丸みを帯びた尻、くびれた腰を備え、全身は人間の若い女性のような優美さで満ちている。しかも、胸元は豊かに盛り上がり、尻の膨らみは柔らかい丸みを描いている。

雌たちが“野生的の美人”だとするなら、この雄は、まるで異国のアイドルか、幻の舞姫のような可憐さだ。その大きな瞳も艶やかで、長い睫毛の下にどこか不安げな影を漂わせている。

 

(……この世界では、むしろこの雄たちのほうが「女性」の役割に思えてくる……)

 

本能の奥をじりじりと刺激される違和感。

雄のドラゴニュートは、わざとらしく尾を振り、西本の足にしなやかな尾の先をぶつけてくる。鱗の表面がぬめりを帯びて、肌に触れるたびに異質な感触を生み出した。

視線を上げると、その顔はどこか恥じらいと挑発を同時に孕み、艶っぽい笑みさえ浮かべている。

柔らかな髪が首筋に張り付き、唇には控えめな朱が差している。

彼の姿は、力強く堂々と座す雌たちの“支配”と、“繊細で美しい従属”の対象としての役割を、全身で体現していた。

 

雄は料理の器を西本に差し出すと、指先がかすかに触れる。その一瞬、艶めかしい熱が伝わってくる。

 

「クルゥ…」

 

もう一度囁くように鳴くと、名残惜しそうに視線を投げ、尾を振りながら雌たちの間に戻っていった。

 

広場の片隅――

雌たちの逞しい肉体、雄たちのしなやかで柔らかい肢体。

そのコントラストは、人間の感覚からすればまるで現実と逆転しているようで、

この異世界の“性”と“力”の歪みを、改めて西本の心に深く刻みつけた。

 

西本は、不安と好奇心の入り混じった思いを抱きながら、器の中身をそっと見下ろした。

 

しかし、広場に運ばれた料理の皿は、どれも豪奢で食欲をそそるものだった。

大きな骨付き肉が炭火でじっくりと焼かれ、脂がきらめきながら表面を滴り落ちる。噛み締めるごとに肉汁が溢れ、粗塩や異国の香辛料が香ばしい刺激を鼻孔に送り込む。色鮮やかな根菜や果実は、素朴ながらも瑞々しい。焼き芋のような香りと、未知の果実の甘さと酸味が交錯し、見慣れぬ料理であっても思わず腹の虫が鳴るほどだ。

 

自衛官たちは、最初こそ警戒心から食事を進めあぐねていたが、ひと口頬張ればその旨味に思わず表情が緩んでしまう。

異国の食事には合う合わないがある――だが、この竜人たちの村の料理は少なくとも、空腹の護衛たちにとっては素直に「美味そう」と感じられるものだった。

脂の乗った肉の芳醇な香り、素朴な野菜の滋味、焚き火の熱と煙の風味――

それらが祭りの熱気と混じり合い、思わず手が止まらなくなる。

 

しかし、皿を前にしたその場の空気は、ただ単に「美味い飯に舌鼓を打つ」だけのものではなかった。

食事に集中しようにも、次第に空間の湿度が高まり、肌にまとわりつくような“ねっとり”とした熱気と、女たちの熱い視線が四方から押し寄せてくる。

 

祭りの中央で、巨大な焚き火が赤々と燃え上がる。

その炎が生み出す湿った熱は、肉の脂と女たちの体温、そしてどこか甘ったるい獣臭と混じり、空気を重く濃密にしていく。

 

横を見れば、位の高いドラゴニュートの女が、配膳に回っていた雄のドラゴニュートにわざとらしくちょっかいを出している。

その女は逞しい指で雄の尻尾を強引に引き寄せ、鱗の肌を撫でたり、臀部を力任せに掴んだりと、露骨に“所有”を誇示する。

 

雄は小さく鳴きながら、女の手を避けるように身を捩るが、どこか嬉しそうな――それでいて怯えの混じった目をしている。

女のほうは、周囲の目も気にせず、雄の尻や太腿を弄び、ときおり自慢げな目で他の雌たちを見やる。

 

自衛官たちは、手にした肉を齧りながらも、ちらちらとその光景に目を奪われる。

 

「まさに、異世界といったところですかね……」

 

部下の1人が、湿気と熱気の渦巻く広場を見ながらぼそりと呟く。

護衛の自衛官たちも、それに苦笑を返しつつ、目の前の肉や果実に意識を向けようとするが、どうにも手が落ち着かない。

 

「ああ、飯に集中できねえよ……」

 

無理もない。

この空間は、ただの宴席というより、生々しい“性”と“力”の支配をむき出しにした舞台だった。

幸い、来賓である自分たちに対しては今のところ『露骨』な接触はない。

だが、それがいつまで続くかは分からない。

 

頭の隅に引っかかるのは、アルザが言っていた“サービス”という単語だった。

あの妖艶な笑みと含みのある声音――この村にとっての“もてなし”がどこまで我々の常識の範囲内に収まるものなのか、到底見当もつかない。

 

「ンクゥッ」

 

ふいに、隣から艶めかしい鳴き声が漏れる。

横目でちらりと様子を窺うと、そこでは位の高いドラゴニュートの雌が、雄に食事を“口移し”させていた。

 

女は椅子にもたれ、ふくよかで野生的な胸と尻を惜しげもなく晒しながら、腕の中に雄を抱え込んでいる。

雄は恥じらうように顔を伏せつつも、女の口元に果実をそっと差し出す。

女はその果実を、舌を絡めるようにしゃぶり、唇を重ねて雄の口から受け取る――

艶のある唾液が果実に滴り、彼女の顎を伝う。

その間にも、女の手はしなやかに雄の尻や太ももを撫で上げ、時には爪を立てて肉を捏ね上げる。

雄の鱗がその刺激にわずかに震え、細い尻尾が女の脚に絡みつく。

 

「ハァっ〜……」

 

女が熱っぽい吐息を漏らし、雄の首筋を舐める。

その顔には、狩りの獣が獲物を味わうときの、恍惚と悦楽が浮かんでいる。

雄もまた、羞恥と悦びの入り混じった表情で、女の腕の中に身を委ねていた。

 

(……常識ってのは、本当に国によるんだな)

 

西本は半ば呆れ、半ば感心しながらその光景を見つめた。

この場にあっては“下品”という言葉すら追いつかない。

食事はただの食事ではなく、支配と従属、欲望と悦楽の戯れ――

雄は“奉仕者”であり、雌は“主人”だ。

骨と肉と汗と分泌液、熱い吐息が入り混じり、空気はどこまでも濃密に、粘りつくように肌へ絡みつく。

 

祭りのざわめきの向こうで、異世界の“常識”が、ゆっくりと自分たちの身体と精神を侵食していくのを、西本ははっきりと感じていた。

 

そして宴の熱気と混沌が頂点に達する中、その場の雰囲気に流されたのか、あるいは最初からそうするつもりだったのか、隣に座る位の高いドラゴニュートの女が、ついに自分たち“来賓”に向けても積極的な接触を始めた。

 

彼女は腕の中で抱えている美しい雄――しなやかな肢体、豊かな胸と丸い尻、女のような柔らかさを持つ存在――をあやしながら、

明らかに“こちら側”にも意識を向けていた。

 

女は艶やかな尻尾を器用に動かし、宴席で肉をかじっていた西本の腕を、わざとらしく小突く。

しっとりと濡れた鱗の感触が、腕を滑る。

それはまるで「遊び」に誘い込む合図のようでもあり、獲物を値踏みするような悪意すら感じさせるものだった。

 

女の瞳は赤く潤み、息は熱を帯びている。

腕の中の雄のドラゴニュートも、どこか恥じらいと媚態を見せながら、雌の指に絡めとられている。

その尻は艶やかで、なめらかな鱗の下にたっぷりと肉を湛えていた。

 

女は、片手で雄の尻を大きく掴むと、指でわざとらしく割ってみせる。

鱗の間に汗が光り、艶めかしい湿度が立ちのぼる。

 

雄は恥じらいながらも、体を預け、時折小さく甘い声を洩らす。

女は愛撫の最中、尻尾で西本の膝や太ももをさりげなく撫でる。

 

湿った感触と、微かな匂いがズボン越しに伝わり、理性と本能の狭間をじりじりと侵してくる。

 

彼女は、雄の尻をさらに大きく広げ、そこに自分の手を滑り込ませながら、まるで自慢げに、いや…

 

『お前も好きにしていいんだぞ』とでも誘うかのような目で、じっと西本を見つめ続けた。

 

ーーー

 

広場の片隅、あちらこちらで繰り広げられる光景は、もはや“祭り”という言葉の限界を越えていた。

 

焚き火の横では、犬人の雄に命じて唾液を垂らさせ、それを恍惚と舐めとるドラゴニュートの雌がいた。女は犬人の顎をしっかりと掴み、指で口元をこじ開けては、舌から滴る透明な唾液をじっくりと見つめる。その滴りを指先に受け、自分の舌で味わいながら、うっとりと目を細める。

 

別の場所では、犬人の頭を自分の股下にねじ込ませ、その鼻先を恣意的に自身の股に押しつけるドラゴニュートもいる。腿で犬人の首をしっかりと挟み込み、尻尾で尻を叩きながら、息も絶え絶えな嬌声をあげていた。犬人は必死に舌を這わせ、時折女の爪が背中に食い込むたび、身を竦めていた。

 

あまりの有様に、西本は苦々しい声を漏らす。

 

「……祭りというより乱交パーティじゃねえか……」

 

肉と果実、汗と分泌液、歓声と嬌声。

すべてが渦巻きながら、理性と品性の境界線を溶かしていく。

 

西本の隣で、別の自衛官が低く呻いた。

 

「近藤達は大丈夫なんだろうな……」

 

その心配も無理はない。

国家の命運を背負い、異世界に送り込まれた自衛官であっても、男である以上、この空間で浴びせられる露骨な性の奔流に、心身を揺さぶられずにはいられない。

 

竜人たちのむせ返るような女の匂い、尻や胸を惜しげなく晒した異様な色香。

配膳のために近づいてくる雄や犬人のあまりに中性的で、どこか艶かしい美貌。

 

そのすべてが、抑圧されてきた彼らの本能を確かに刺激していた。

 

本来であれば警戒し、距離を取るべき状況のはずが、宴の湿った熱気と露骨な淫靡さは、否応なく自衛官たちの理性を薄く溶かしていく。

 

異常な空間の中、西本は気がつけばふと視線を空へ向けていた。

 

熱気と淫靡なざわめき、湿った匂いと肉体のぶつかり合いが渦巻く地上の混沌。そのすべてを逃れるように、ただ静かに、重い首を持ち上げる。

 

――夜空は、漆黒に近い重みを持って祭りの上に広がっていた。

 

竜人たちの叫び声や歓声、火の爆ぜる音さえも吸い込むかのように、空は果てしなく高く、どこまでも冷たい。

闇の奥で、唐突に瞬く微かな光が西本の目を捉えた。

 

緑色と赤色――点滅する灯り。

それは一瞬、星でも飛翔する虫でもなく、人工的な、規則正しい明滅だった。

 

(……あれは……)

 

視界の隅、広場の喧騒から離れた場所で、遠く小さく光る影が、夜の帳を横切る。

祭りの炎も届かぬ高空――

緑と赤の点が静かに移動していくのがはっきりと見て取れる。

 

あの冷たい光。

 

自衛隊が展開する小型ドローンの、夜間用識別灯だ。

 

(……監視しているんだな)

 

この混沌と淫靡、欲望の支配する異界の只中にあっても、まだ“日本”という現実が、どこかで自分たちを見守っている――

 

そんなかすかな錯覚に、わずかに安堵する。

 

仲間がいる。

この狂気の祭りの熱と汗と欲望、そのどろどろとした人間臭さも異種族の生々しさも、すべてを冷ややかに見下ろし、冷静に記録する“誰か”が、この頭上の夜空に、確かにいる。

 

夜空に浮かぶ光は、現実の残滓。

しかし、地上で触れる湿った肌と熱気、欲望の群れ――

この“世界”が今や唯一の現実であるかのように、逃れられずに絡みつく。

 

西本は長い吐息をつき、その光が夜空を滑り去るまで、目を逸らすことなく、ただ静かに見つめていた。

 

人間社会の理性と秩序、それが本当に“自分たちを守る盾”であるのか――

それとも、いつか消え入る、儚い蜃気楼に過ぎないのか。

 

静かで、重い沈黙が、再び胸の底に沈み込んだ。

 

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