異界にて、雄は資源と化す    作:Henon

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新大陸東部のドラゴニュート部族との交流 記録その6

近藤たちが中央席へ歩み寄るにつれ、周囲の空気はさらに濃密になっていった。

 

焚き火の赤光が渦を巻き、煙と脂と女たちの匂いが複雑に絡みながら、肌に粘りつく。

 

道中ですれ違う光景はもはや“風俗”や“遊戯”で見る光景ではなく、野生の欲望がむき出しになった儀式そのものだった。

 

犬人の鼻面を自らの股間に押しつけ、尻尾で首を絡め取って離さない女。

豊満な胸を雄に吸わせ、その熱い息を乱すもの。

尻を高々と掲げ、尻尾で割られたそこを雄に舐められ、足を震わせているもの。

 

どれもが、異常なほど堂々としていて、羞恥心という概念そのものがこの村から消え失せているようだった。

 

外交官は歩を止めかけ、声を潜めて呟いた。

 

「……“価値観が違う”で済ませていいのか、迷いますね……」

 

「……全く、です。」

 

近藤は苦く笑う。

その声には、ほんの刹那だけ、アルザと交わってしまった“罪悪感”が滲む。

脳裏に蘇る、彼女が体を預けてきた瞬間の熱、尾で腰を抱き寄せてきたあの異様な甘さ。

 

アルザはそれを敏感に察したように、わざとらしく肩を寄せた。

 

「別にいいじゃないか。今日はそういう日だよ。祭りは“解き放つ日”。君たちも、そういう日くらいはあるんだろう?」

 

「それが本当か、疑わしいがな…」

 

「信用して欲しいなら、今夜もう一度確かめてみるかい?」

 

「……言ってろ。」

 

近藤は顔をそむけたが、アルザの尾は嬉しげに揺れた。

その仕草ひとつすら、こちらの理性を試すようで、胸の奥がざわつく。

 

その時、外交官が歩調を合わせるように近づき、小さな声で近藤へ囁きかけた。

 

「……近藤さん。少し伺いたいことがあります。」

 

「なんですか?」

 

外交官は周囲へ目を走らせ、耳元に口を寄せる。

 

「あなたは――『内閣情報局』から密命を受けていますね?」

 

近藤の足が僅かに止まった。

アルザが気づく前に、外交官はさらに低く言った。

 

「申し訳ありません。外交官としての立場上、あなたの任務内容について“一部”共有されました。」

 

「……そうですか。いえ…構いません。」

 

苦渋を含む声で返す。

胸の中で、あの密命の重さが響いた。

 

外交官は、歩みを再開しながら言葉を続ける。

 

「今回の交渉で示された“滞在官”の設置……。日本から、この村に正式な代表を常駐させるという提案です。」

 

「…………。」

 

「私たちは――その役目を、あなたに任せたい。」

 

その一言は、祭りの音をすべて吸い込むほど重く落ちた。

 

アルザの尾がピクリと動く。

だが外交官の声は澄んでいて、濁りがなかった。

 

「もちろん、あなた一人ではありません。後続で部隊や技官、外交スタッフが増える予定です。ですが最初に“村へ溶け込める人間”として、あなた以外に適任はいないと判断しました。」

 

「……俺が?」

 

近藤は眉を寄せる。

 

「あなたは、あの女……アルザと既に深く関係している。それが不名誉だなどと私は思いません。むしろ、“この村と日本を繋ぐ者”としての素質です。」

 

アルザがくすり、と艶やかな笑いを漏らす。

外交官はアルザを見据え、静かに続けた。

 

「近藤さん。あなたは、彼女たちの文化・価値観・言語的体系……そして“欲望”までも理解し始めている。これは外交において、重大なアドバンテージです。」

 

夜風が火の粉を散らし、アルザの鱗が淡く光る。

外交官はさらに踏み込む。

 

「日本政府は、大陸西側諸国と接触する足がかりとして、ここ――ドラゴニュートの村を“前線外交拠点”と見ています。」

 

「…………。」

 

「あなたの滞在は、その成否を左右する。あなたは――この村で“日本の顔”になるのです。」

 

その言葉の意味を理解した瞬間、近藤の心臓は生々しく脈打った。

 

滞在官。

敵か味方かも不明な異種族と共に暮らし、彼らの欲望と文化の渦の中で、“日本”という概念すら揺らぎかねない環境で働く。

 

それは、外交官にとっては“任務”。

だが自衛官である自分にとっては、全く別の重さを持つ言葉だった。

 

ーー

 

やがて、中央の席――族長が鎮座する場所へ辿り着く。

 

そこに座る“女”を目にした瞬間、三人の足は自然と止まった。

 

巨大。

 

ただその一語では到底足りない。

 

他のドラゴニュートたちが“逞しく美しい獣”なら、この族長は“神話に記される古竜の化身”だった。

 

背丈はおそらく二メートル半近く。

肩幅は広く、胸は丸太のような腕でも抱えきれないほど豊かに張り出している。

 

それでいて、ただ大きいだけではない。

肉体は寸分の無駄もなく引き締まり、腹部には美しい隆起が並ぶ。

太腿は丸太のように太く、鱗と滑らかな皮膚が交互に光を反射し、尾は蛇のようにしなやかにうねりながら地面を叩く。

 

顔立ちは驚くほど美しい。

人間の女性と見紛うほど整った輪郭に、竜の血を濃く宿した艶が混じる。

 

片目には深い古傷。

もう片方の瞳は、赤い火照りを帯びて輝き、見つめられただけで体温を奪われるような支配者の威圧があった。

 

鼻梁は鋭く通り、口元の牙は白く鋭い。

唇は獣の熱と女の柔らかさを同時に宿し、その存在自体が、性的で、暴力的で、畏怖を抱かせる。

 

肉体の美と野生が極限まで融合した“異界の女王”。

 

人間の基準では決して測れない、“崇拝”と“恐怖”を同時に呼び起こす存在だった。

 

族長は三人をゆっくりと見上げた。

 

その視線が触れた瞬間、近藤の背筋に冷たいものと熱いものが同時に走る。

 

捕食者に見下ろされる獲物の感覚。

そして、美しい女に見下ろされる性的な緊張。

その二つが矛盾なく一体化していた。

 

族長は立ち上がらず、ただ巨体をわずかに前へ傾け、低く湿った声を喉の奥から発した。

 

「──クルゥゥ……」

 

それは言語ではない、しかし意思と欲、支配と興味が混ざり合った、圧倒的な“声”だった。

 

アルザはすぐに一歩前へ出て、尾を軽く揺らしながら、誇らしげに翻訳を始める。

 

「“よく来た。随分と肝が据わっているな。”」

 

族長の片目が、じっと近藤と外交官を値踏みするように細められる。

 

その視線は――

 

男を“雄”として観察する雌の目だった。

支配者が、自分の所有物に相応しいかどうかを判断する目だった。

 

近藤の背筋に、熱い汗がじわりと滲む。

 

族長はさらに続けて、ゆっくりと喉を鳴らす。

 

「──グルル……クルッ……」

 

アルザが微笑み、唇を舐めるようにして訳した。

 

「“改めてお前たちの来訪を歓迎しよう。”」

 

族長の視線が、男たちの胸元から腰、足先へとゆっくり滑る。

 

その動きは露骨に“性的”で、まるで肉の品質を値踏みする商人のようであり、同時に獣が気に入った獲物へ向ける“欲望”そのものでもあった。

 

近藤の喉がひくりと震えた。

 

外交官が硬くなり、言葉にならない息を飲む。

 

固まる男たちをよそに族長は、巨大な尾を静かに振り、椅子の横を顎で示しながら低く言った。

 

「“……ここに座るといい、雄よ。“」

 

その声音には命令と誘惑が入り混じり、拒むという選択肢そのものが初めから存在しないかのような重みがあった。

 

次の瞬間――

 

族長の左右に控えていた高位のドラゴニュートたちは、まるで獣王の気配に押し出されるように、すぐさま席を立つ。

 

巨躯がゆれる。

鱗が擦れ、脂を帯びた熱い匂いが残る。

 

彼女たちは族長へ一礼すると、わずかに近藤たちへ視線を送った――

その視線は、生意気にも「羨望」と「嫉妬」を混ぜたものだった。

 

座面は空いた。

だが、そこに腰を下ろすことの意味は、近藤自身が誰より理解していた。

 

“族長の隣”――

それは客席ではない。

“特別な者を座らせる位置”だ。

 

胸がざわつく。

罪悪感、緊張、そして説明できない熱。

 

アルザがそっと近藤の背を押した。

やわらかい尾が、軽く腰に触れる。

 

「……座るといい。拒めば、逆に不敬とされるからね」

 

小さな囁きに、逃げ道は完全に断たれた。

 

近藤は静かに椅子へ腰を下ろした。

族長の体温が、すぐ隣から押し寄せる。

人間の女性ではありえない“重量”と“熱”が、肌にまで伝わってくる。

 

族長は、満足げに喉を鳴らした。

 

「”……さて、特使よ。“」

 

片目が、鋭く光る。

 

「”ここに来たということは――交渉の続きをするためだな?“」

 

外交官が、緊張を抱えつつ頷いた。

 

「……ええ。我々の提案は先ほど説明した通りです。人員を“交流官”としてこの村に滞在させる代わりに、例の土地の資源採掘を許可していただく。このような内容でよろしいでしょうか?」

 

族長は無言で、ほんの僅かに眉を動かした。

その動作だけで、空気が震える。

 

アルザがその表情を読み取り、柔らかな声音で族長へ翻訳する。

 

族長はしばらく近藤と外交官を値踏みするように見つめ――

ゆっくりと腕を肘掛けに置いた。

 

「”……何度も言っているが、あの地を使うこと自体は構わん。“」

 

低い声が、焚き火の爆ぜる音を押しのけて響く。

 

「”我らはあの山を主要な狩場”にはしていない。資源を掘り返されようと、痛むのは大地だけよ。“」

 

短い沈黙。

 

そして、族長は椅子の肘掛けを爪で軽く叩きながら続ける。

 

「”聞きたいのはそこではない。――お前たちがどんな交流を目指しているかだ。“」

 

片目が鋭く光り、外交官と近藤へと向けられる。

 

「“人数は?どれだけ送り込む?期間は?どれほどここに留まらせる?”」

 

その質疑は“外交”というよりも、“どんな商品を納めるつもりだ”と問う獣王の声音に近かった。

 

外交官は一瞬、言葉を選ぶように目を伏せる。

 

アルザが口元でほほ笑む――

それは「この質問にどう答えるのか、楽しみにしている」という、官能を含んだ静かな期待の微笑みだった。

 

族長はさらに姿勢を近づけ、近藤の肩に影を落とすほど身を寄せる。

 

「“交流”とは、お前たちと我らがどれほど混ざり合うのか――そういう話でもあるのだぞ。」

 

外交官の喉が、ごくりと鳴る。

アルザは、頬を染めたまま“誇らしげに”翻訳した。

 

族長はゆっくりと外交官の顎を指先で持ち上げ、喉奥で笑う。

 

「“さあ、特使よ。お前たちの“覚悟”を聞こう。”」

 

その指先は、鋭くも艶かしい。

拒絶すれば噛み千切られる。

従えば、別の意味で飲み込まれる。

 

この村の価値観――

その中心に座る存在は、目の前のこの女だ。

 

近藤と外交官は、息を呑みながら答えなければならなかった。

 

ーー

 

外交官の言葉は、濃密な熱気と汗の匂いが渦巻く祝祭のただ中にあって、

異様なほど“凛として”いた。

 

「まず前提として、我々は争いを求めません。」

 

族長の指が、外交官の顎を持ち上げている。

その爪先は、触れた瞬間に皮膚を裂くことすら容易い鋭さを持っているはずなのに、その動きは妙に“優しい”。

 

だが、その優しさが逆に“支配”を強調していた。

 

外交官は、その姿勢のまま視線だけで族長を見返した。

 

火光が乱反射し、族長の片目と外交官の瞳がぶつかり合う。

 

「……しかし、それは『従属』を意味するものではありません。」

 

一拍の静寂。

 

族長の唇がわずかに釣り上がる。

 

「“……ほぉ?”」

 

喉の奥で野獣が笑うような低い響きが漏れた。

 

外交官は顎を掴まれたまま、視線を逸らさない。

その目には、恐怖も羞恥も怒りも飲み込み、なお燦然と光るものがあった。

 

――その目は、“国家”を背負う者の目だった。

 

「あなたがこの村落を守るように、我々も……我々の“群れ”を守ります。例え……死んでも。」

 

族長の呼吸が、わずかに止まった。

 

近藤はその一瞬を見逃さなかった。

巨体が動かずとも、空気が揺れた。

 

族長はゆっくりと顎を離し、次に視線を近藤へ滑らせた。

 

「“本当に、不思議だな。”」

 

その声音には露骨な興味と愉悦が滲んでいる。

 

「“雄の分際で鍛えた肉体を有し――”」

 

族長の尾が、ゆっくりと近藤の足元を撫でた。

蛇のような艶やかで湿った鱗が、靴越しでも熱を伝えてくる。

 

「“異種の雄の分際で、我に反抗的な目をする……”」

 

族長の片目が、燃え上がる焚き火の光を受けて妖しく光る。

 

「“……どうも、新鮮だな。”」

 

アルザが誇らしげに微笑し、その尾が外交官の腰に密かに巻きつく。

外交官は、族長の圧に押し潰されることなく言葉を紡いだ。

 

「……私たちは対等な交流を望みます。」

 

その瞬間――

 

族長の尾が、外交官の頬をゆっくりと撫でた。

 

濡れた鱗の感触が肌を滑る。

その動きは、値踏みするようでもあり、戯れるようでもあり、

そして、あまりに官能的だった。

 

外交官は眉ひとつ動かさない。

それが逆に、この異世界の支配者の“性”を刺激した。

 

族長の口角が、愉悦に引きつっていく。

 

外交官は言葉を続けた。

 

「それは……つまり、互いの価値観を知ること。真の共生を目指すことです。無論、その過程で……そういう関係になることもあるでしょう。」

 

“そういう関係”――

 

その語が投げられた瞬間、族長の雰囲気が変わった。

空気が一気に湿った熱で満たされる。

 

族長は、一度俯き――

 

そして、爆発するように笑いだした。

 

「“……はッ。……はっぁはははッ!!”」

 

焚き火の炎が、族長の巨体に揺らぎを与える。

 

笑いは獣の咆哮に似て、近くのドラゴニュートたちですら本能的に背筋を伸ばしたほどだ。

 

族長は、笑いながらも近藤と外交官を交互に見つめ、まるで獲物を2匹同時に前に置かれた肉食獣のように息を荒くする。

 

「“……本当に面白い。“対等”だと?価値観を知り合うだと?そのために雄を寄越すと?”」

 

族長は椅子からわずかに前へ身を乗り出した。

胸が揺れ、鱗の隙間に汗が光る。

 

「“死ぬ覚悟がある?群れを守る?雄がそれを言うとはな…”」

 

族長の尾が今度は近藤の顎をすくうように這い上がり、外交官の頬を撫でた尾と同じ動きで、彼の顔をくすぐる。

 

その触れ方には、支配、所有、試し、そして微かな好奇が混ざっていた。

 

「“……いい。気に入った。”」

 

族長の片目が鋭く細まる。

 

「”では――まずこちらの価値観とやらを知ってもらおうか。雄よ。“」

 

族長は、言葉を投げ終えた瞬間――

 

まるでそれが“儀式の一部”であるかのように、ためらいなく自らの衣へ手をかけた。

 

鱗の表面を滑るように指が走り、次の瞬間、革と布でできた外套がするりと肩から落ちる。

 

焚き火の熱が、剥き出しになった肌へまとわりつく。

 

そして――

 

乳房が、露わになった。

 

それは暴力的だった。

あまりにも巨大で、あまりにも形が整いすぎている。

肉の重量だけで、人間なら姿勢を維持できなくなるほどの質量感。

 

だが彼女は、当然のように胸を張り、乳房を晒す。

 

それは、ただの性器官ではなかった。

 

暴力、王権、支配、威厳、繁殖、そして“力の象徴”。

 

すべてが一度に視界へ叩き込まれ、近藤も外交官も、息を呑むしかなかった。

 

人類では到底到達できない “竜の肉体” を、美貌という異常な形で圧縮した結果。

 

その姿は、宗教的な偶像を汚し、神話的な存在を侮辱し、人間の価値観を嘲笑うような――

 

絶対的な冒涜そのものだった。

 

外交官・秋山は、完全に言葉を失っていた。

 

膝が震えるのを隠せない。

喉がひくりと鳴る。

 

「……ッ」

 

その声さえ、悲鳴にも似ていた。

 

族長は、そんな外交官の動揺を楽しむように、ゆっくりと頭を傾けた。

 

そして、近藤と秋山を、交互に――

“食う前に値踏みする肉食獣” の目でねっとりと眺める。

 

爛々と光る片目。

そのまなざしは、獲物への“期待”と“選別”を混ぜた、生々しい光を放っていた。

 

族長は喉を鳴らした。

 

「──グルゥゥ……」

 

その声は低く湿っており、

“命令”と“誘惑”と“脅し”が同時に混じっている。

 

アルザは即座に翻訳へ移ったが、その声はわずかに震えていた。

 

「“まずは……我らの価値観を知ってもらわなければな。なぁに、小手調べだ。”」

 

族長の尾がゆっくりと地面を叩く。

 

「“我に――奉仕して見せよ。”」

 

焚き火が爆ぜ、火の粉が上がる。

 

アルザの顔に、焦りが滲んだ。

近藤はそれを察覚する。

 

アルザは族長の言葉を訳すふりをしながら、ほんの一瞬だけ、近藤の袖を引いた。

 

その指は小刻みに震えていた。

 

(……私の雄を奪われる……?)

 

そんな原始的で剥き出しの恐怖が、その瞳に宿っていた。

 

だが、そんなアルザの焦りをよそに、族長の視線はすでに近藤と秋山を“選別”し終えていた。

 

秋山の顔には、焦燥と羞恥が入り混じり、外交官としての冷静さを維持するのがギリギリだった。

 

(これは……言葉選びを――間違えたかもしれん……)

 

汗が顎を伝い落ちる。

 

自分の発言が、相手の文化圧を刺激しすぎた。

それは外交官自身が痛感していた。

 

秋山は唇を噛み、視線を落とす。

 

「……やってしまった、私は……」

 

だが――

 

近藤は違った。

 

その肩を、迷いなく掴んだ。

秋山が驚いて顔を上げる。

 

近藤は、焚き火の赤光の中、静かで、しかし覚悟を決めた男の顔をしていた。

 

「秋山さん。」

 

低い声。

だがその中には揺らぎがなかった。

 

「ここは――俺に任せてください。」

 

秋山の瞳がわずかに揺れる。

 

「……申し訳ありません。どうも……言葉を間違えてしまったらしい。」

 

「いえ。」

 

近藤は、族長から逸らすことなく視線を向けたまま言った。

 

「どのみち、あいつらは最初から“そういう目的”だったんです。」

 

族長の尾が、満足げに床を叩く。

 

アルザの呼吸が止まった。

 

「滞在官の件もありますし……この村で、あんたを守るのは俺の役目です。」

 

近藤は一度だけ秋山へ目を向ける。

 

「……俺が適任です。」

 

秋山は、しばらく何かを飲み込むように黙り――

 

やがて、諦めと、信頼と、責任をないまぜにした表情で頷いた。

 

「……わかりました…こんなことを言うのは間違っていますが…頼みます、近藤さん。」

 

その瞬間――

 

族長の唇が、ゆっくりと妖艶に釣り上がった。

 

責任を負った雄。

自ら前へ進んだ雄。

この村の価値観で言えば――“最も価値ある獲物”。

 

焚き火の光が、族長の巨体を照らし、その乳房、腹、太腿、そして尾までもが、獰猛で官能的な影を落とす。

 

族長は低く、満足げに呟いた。

 

「──クルル……」

 

アルザが硬い声で翻訳する。

 

「“楽しみだな…どんな交流になるか…”」

 

そして、族長はわずかに腰を浮かせ、近藤と秋山に“位置”を示した。

 

命令ではない。

捕食者が、自分に最も気に入った獲物を差し出すように促す仕草。

 

逃げ場など、もうどこにもなかった。

 

ーー

 

「秋山さん。……すいません。見られるのは……ちょっと、恥ずかしいので、隊長のところに戻ってください。」

 

近藤は、かろうじて笑みに近いものを作りながら言った。

その表情には、覚悟と照れと、ほんの僅かな諦めが滲んでいた。

 

秋山は、胸の奥で何かが軋むような音を感じながら、静かに頷いた。

 

「……わかっています。任せます。……頼みましたよ。」

 

それだけを言い残し、外交官はそそくさと護衛たちのほうへ下がっていく。

 

去る足取りには、後ろ髪を引かれるような迷いと、近藤への信頼と……少しの罪悪感すら見えた。

 

焚き火の影に溶けていく外交官の背を、族長はゆっくりと見送り――

 

そして、露骨に舌を鳴らした。

 

「“チッ……。二匹でもよかったのだがな。……まあ良い。”」

 

赤い片目が愉悦に細められた。

 

族長の尾が地面を叩く。

湿った、力強い音が響き、周囲のドラゴニュートたちがわずかに身を震わせる。

 

その尾先がアルザへ向けられた。

 

「グルゥ。」

 

ただ一言。

だが、それは命令そのものだった。

 

アルザは肩を大きく揺らし、下唇を噛む。

目には悔しさと恐れと――本能的な嫉妬が揺らいでいる。

 

それでも、族長に逆らえるはずもなく、苦渋を飲み込むように小さく頷いた。

 

族長は、そんな彼女の反応すら愉しむように喉を鳴らす。

 

そして――

 

近藤へと視線を向け、唇の端をゆっくりと釣り上げた。

 

「“雄よ……このアルザと交じ合ったのだろう?”」

 

その鳴き声は、翻訳するまでもなく意味を帯びて耳に届くほどの“淫靡な響き”を持っていた。

 

近藤は睨みつけるように言い返した。

 

「……それが、どうかしましたか?」

 

族長は、まるでおもちゃを見つけた子供のように喉を鳴らす。

 

「“ふふ……隠しているつもりだろうがな……”」

 

族長は、鼻先をわずかに近藤へ向け、深く息を吸い込んだ。

 

「”凄まじい『匂い』で丸わかりだ。“」

 

アルザが顔を真っ赤にし、悔しさと羞恥で表情をゆがめる。

翻訳しながら声が震えている。

 

「……そ、そう……言っている……」

 

だが族長は、彼女の動揺など意にも介さず続ける。

 

「“どうだ、雄よ?”」

 

族長の尾がゆっくりと近藤の足元を這い、膝を撫でた。

 

「“我を喜ばせたら――」

 

巨大な乳房が揺れる。

 

「”番にしてやってもいいぞ?“」

 

その瞬間、アルザの顔から血の気が引いた。

わずかに彼女が近藤へ歩み寄ろうとするが、族長の尾がその道を塞ぐ。

 

族長はさらに挑発するように、艶やかに唇を舐めた。

 

「”この匂い……何度も交わったのだろう?お前たち…?“」

 

アルザの肩がビクリと震える。

 

「”よほどの淫乱と見える…さぞ良い思いをしたのだろう?“」

 

近藤の背筋に怒りと羞恥が走る。

 

(……こいつ……)

 

族長はにやりと笑い、指をひらひらと動かす。

 

「”我は雄の扱いに慣れているぞ?“」

 

乳房がそのたびに揺れ、火光が谷間に深く差し込む。

 

「“それに―― こやつが見ていれば、お前も興奮するのだろう?”」

 

族長の尾がアルザの腰を絡め取る。

アルザは尾に巻かれながら、涙を堪えるように顔を伏せた。

 

近藤の胸の奥で、怒りとも興奮ともつかない熱が暴れ回る。

 

躁的な熱気。

族長の支配の気配。

アルザの羞恥と焦り。

自分の鼓動の速さ。

 

(どいつもこいつも……変態しかいねえのか……ここは……)

 

族長の巨大な影が近藤の前に立ちふさがり、その片目が“雄”としての価値をじっと測り続ける。

 

族長が、再び近藤へ“位置”を示す。

 

その瞬間――

 

近藤の視界が、勝手に焦点を失い始めた。

 

最初に捉えたのは、族長の胸だった。

 

焚き火の赤光に照らされながら、濃密な影を抱え込むように揺れる。

ただの“乳房”ではない。

落ちれば押し潰され、触れれば呑まれる。

重量と熱が、まるで意思を持って跳ねている。

 

次に、視線が滑るように顔へ移った。

片目に刻まれた深い傷跡 が、火光に舐められた。

 

古い裂傷は、治癒したはずなのにまだ“痛み”を湛えているようだった。

それがまた、彼女の支配者としての美を逆説的に強調し、近藤の背筋に敵と女の境界が融解するような戦慄を走らせる。

 

視線がさらに下の尻へと落ちる。

 

巨大、という言葉が生ぬるく感じるほどの質量。

筋肉が厚い壁のように張り、鱗の下で確かな隆起がいくつも形を変えながら動いている。

 

それでいて、丸みだけは女のもの――

しかし人間の尺度では到底測れない、繁殖のために最適化された“異種の曲線”。

 

火光が照らすたび、尻の鱗と柔皮が交互に光り、そこに“収まり”“押し込まれる”自分の姿が、一瞬、脳裏に映る。

 

(……やばい……)

 

生理的な恐怖と、抗いようのない興奮と、支配される未来のイメージが、同時に跳ね上がる。

 

そして、視界が最終的に戻ってきたのは、族長の唇だった。

 

牙の間から漏れる熱気。

わずかに開いた口角の艶。

女の柔らかさと獣の噛み千切る力が両方詰め込まれたその唇は、近藤の理性を“奉仕へ向かわせる命令”として映った。

 

族長の声が落ちる。

 

「──クルゥ……」

 

アルザがかすれ声で訳す。

 

「“さあ――奉仕せよ”」

 

その瞬間、近藤の視界はすべて一点へ収束した。

族長の“求める部位”へ向けて。

 

逃げ場はない。

 

そして――

 

逃げる理由も、もう残っていなかった。

 

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