黒服の弟   作:灰色の男

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見切り発車。
多分そんなに続かない


0 プロローグ

「……ここがキヴォトス、か。」

 

 

電車の窓の外から入り込んできていた眩いばかりの光が収まり、外の景色が見えるようになる。

 

濃紺色の塗料を塗りたくったような空に浮かぶ星々。そしてその中に走る光の線。

 

黒の皮ジャンに月の光が反射する。

 

「……よく見える透き通った空だ」

 

どっかの廃墟の屋上ででも一曲やろうか、と青のカーゴパンツのポケットからメモとペンを取り出し予定表に記入する。

 

 

 

次は、アビドス外郭駅。アビドス外郭駅。本日も、アビドス中央線をご利用頂き────

 

 

 

無人の電車に、無機質な声が響く。

 

床に置いてあった大きな楽器ケースを背中に背負い、トランクの取手を引き出して立ち上がる。

 

 

「さァて……まずはあの阿呆に挨拶に行こうかね」

 

 

 

電車のドアが開く。電車の外に出て振り返ると、いつの間にかその電車は消えていた。

 

男は首にかけたヘッドホンを耳に当て、懐から取り出した黒い帽子を被ってゆっくりと歩き始める

 

駅からしばらく歩いた場所で、男の足が止まる。ヘッドホンを外し、目の前の人影に声をかける

 

 

「……よぉ、久しぶりだな」

 

「えぇ、数年ぶりでしょうか。まさか貴方がここに来るとは思いませんでした」

 

「悪いか?」

 

「いえ、そんなことは」

 

 

極めて冷静に、されどどこか驚きを隠せないような声色で人影は言う

 

 

「貴方は外でずっと演奏しているものと思っていたので」

 

 

その言葉を聞いた男は少し考えるようにしてから答える

 

 

「色々とふらつきながら演奏してるんだよ。どうにも、一箇所に留まり続けるのは性に合わんらしい」

 

「そうですか」

 

「んで、どうせお前のことだ。向こうとこっちじゃ名前が違うんだろ」

 

 

人影は一瞬ぴくりと反応すると、普段のように笑い始める

 

 

「クックック……相変わらず推察力は素晴らしいですね。どうです、今からでもゲマトリアに入りませんか?」

 

「入らねぇっつってんだろ。俺に研究なんざ似合わねぇよ。演奏してる方が気が楽でいい。で?」

 

「あぁ、そうでした。ここでは私のことは"黒服"とお呼びください」

 

 

黒服……黒服、ねぇ……と暫く何かを考えているような男

 

 

「?……どうかしましたか?」

 

「いや、なんでもない」

 

 

そう言うと、くるりと振り返って歩き始める

 

 

「おや、もう行くのですか?」

 

「義理としてお前に顔を見せにきただけだからな。そっちから出向いてくれて助かったわ」

 

 

歩きながら手を振ってそう言う男

 

 

「また会おうぜ、クソ兄貴」

 

 

黒服は去っていくその背中を、じっと見ていた

 

 

 

 

その姿が見えなくなって暫く経って、黒服の携帯にメールが届いた

 

 

【直近で何が合ったか軽くまとめて送れ by弟】

 

 

「先に聞いておけばよかったものを……」

 

 

近くのベンチに座り込み、近況とキヴォトスで起きた事を軽くまとめる。

 

 

「ついでにラーメン屋の事も書いておきましょうか」

 

 

弟の好物を思い出しながらクックックと、1人静かに笑う。

 

無人の街中では、やけにその声が響いたように感じた。

 

 

 

 

 

 

本来存在し得なかった異物。

そんな彼がいる事で、一体どのように世界が捻じ曲がったのか。

それはまだ、誰にもわからない

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