「ねぇ…知ってる?金色の鳥さんのおはなし…」
「その鳥さんに会えたら…何でも願いが叶うんだって…」
どこにでもある…おとぎ話。
最強の魔法使いになりたいとか…ガラスの靴を履いたお姫様とか…
そーゆー類の…誰もが一度は耳にする…おとぎ話。
ーーー
ヨア村は、四方を海と山に囲まれた、半径2.3kmほどの小さな陸の孤島である。アルケミ大陸でも小さい部類の村であり、旅人の肥えた目を惹くような特色ある文化などもない、ゆえに平和な村である。外界との接触は、そのほぼすべてを不定期に訪れる行商人か、まれに迷い込んだ旅人の話に依存している。空からの侵入を除けば、人の足では半日ほどかかる険しい峠道を越え、さらに数時間を街道に費やさなければならない。
その窪地の誕生は古く、村を見下ろす巨人たちの中でも一際高いヨア山は、その爆発的な産声をあげてからゆうに400年を数えるが、いまだその心臓部では、熱く煮えたぎる血液のごときマグマが、第2の全盛の期を今か今かと待ち構えている。
ヨアの迷信好きな老人たちは、「登ったものは帰らない」という警告とともにヨア山を禁域に指定し、いっさいの人の立ち入りを禁じた。実際、村の開闢以前から山はモンスターたちの住処となっており、山菜を採りにやってきた愚かな賓客を、モンスターたちがその爪や牙、そして膂力で丁重にもてなす事件が後を絶たなかったため、これに異論を差し挟むものはなかった。
しかしいま、登ることを禁じられたはずのそのヨア山に、あり得ないはずの異様な光景があった。少年が、少女の手を引いて息急き切りながら、ヨア山の麓、帰らずの森へと侵入していくのである。
『やばいな…これは……』
少年はスピードを落とし、息をゆっくりと吐き歩きながら言った。少年の体躯は痩せ型で、体力の無さも納得であるように見える。実際、少女の方が、まだいくらか余裕があったほどだ。
「ハル…大丈夫?」
少女は不安そうに辺りを見回しながら言った。もちろんこの言葉は、ハルという少年への気遣いでもあったし、ここが禁域と知って入ってきているのか、という確認でもあった。
『大丈夫…じゃないかも。うん…とゆーか、かなりマズイ…』
ハルは誠実に、両方の質問に答えた。少なくとも、少女にはそのように聞こえた。
「ねぇ…やっぱりもう帰ろうよ…」
少女は、ハルへの心配の語気を強めて、彼の手を引いた。まだ今から引き返せば、誰にもバレずに戻れるかもしれなかったし…彼の容態のことを、彼以上に正しく理解していたがゆえだった。
『いや…まだ大丈夫だ。日が暮れるにはまだ…』
少女は、彼が自分の質問の片側しか理解していなかったことに今ようやく気がついた。
「そうじゃなくて…」
『まだ…気にしてるのか?』
少女は、もう片側の質問について、彼自身に気づかせようとすることを諦めた。そう、ハルという男はいつもこうだった、忘れたわけではなかったが……今は、彼に自身の愚鈍さを気づかせるより、優先すべきことに集中することにした。
「うん…きっと、怒られちゃうよ…私たちだけで、帰らずの森へ行っただなんて…」
『金の鳥を見つけたら…大丈夫だ。叱られないように頼もう?』
ハルは言って、にっと歯抜けの笑顔を見せた。
残念なことに、今は少しも笑えなかった。
「ハル…ねぇってば…!」
彼は本当に、今この状況の深刻さを理解しているのだろうか?この疑問は、日常生活で彼とつるむことと、だいたい同じ頻度で頭に思い浮かぶことだった。
『イデア…大丈夫だって。俺を信じて?本当に見たんだ…まだ日が昇りきらない頃…雲を焼きながら飛ぶ、金の尾羽根を…!』
ハルは歌うように、ヨアの疑り深い老人たちが嘯いた金の鳥の伝説について、語り始めた。オデュッセイアの楽人デーモドコスを、イデアは連想した。ただし彼女は涙しなかったし、その感情も郷愁ではなく憐憫の類であった。
「それは…疑ってないけど…」
しかしながら、イデアはある得も言われぬ理由によって、彼のロマンチックさを真っ向から非難することができずにいた。それが単なる甘やかしだとは、もちろん理解していた。
『確かにこの山の頂上に、消えていったんだ…見間違いじゃない。俺が、今までイデアにウソをついたことある?』
ハルはいかにも期待を込めて、イデアの群青の瞳を見つめた。あまりにも、ずるい手口。ときおり、イデアは彼が自分の静かに秘するこの感情について、理解しているのではないかという思いに囚われることがある。
「…ないよ」
だが、その期待はいつもあっけない肩透かしに終わってきた。ゆえに、彼女は半ば、彼が大人になることを諦めており、もう2年を数えることになる。
『じゃあ…行こうよ?俺ら二人で…!』
今でさえ、こうである…
「もう…言い出したらいつもこう!」
耐えきれず、イデアは口を尖らせた。しかしこれは、彼を矯正せしめることができなかった自分への憤りもあったことだ。
『………んっ…?』
ハルは、ふと足を止めて辺りを見回した。まるで、自分が禁じられた土地に入り込んでいることに、今まさに気がついたかのような、不安の表情だ。
「どうしたの…ハル?」
しかし、ハルの返答は、イデアのまったく予想だにしないものだった。
『今何か…聞こえなかった?』
「え……怖いこと、言わないでよぉ…」
ハルは、彼女がこのような恐怖を誘う類の話を敬遠するということを知っていたが、それゆえにわざと彼女のその弱点をつくような真似をしたことはなかった。
『フフッ…ごめんね。気のせいかな…』
【ここを通らんとする者よ……】
(何処かから響く声)
「きゃあ!」
『うわっ!?』
(同時に叫び、抱きつく)
【ここはただの人間が来ていい場所ではない…立ち去れ…】
(地鳴りのように響く声)
「わーっ!きゃー!」
『い、イデア…お、おち、落ち着いて…』
【立ち去れ…立ち去れ…】
(声が風となって吹き抜ける)
『あっ……か、風で、木が…しなって…道が…』
「か……帰して…くれるの?」
【そう言ってるだろう…】
(ちょっと優しげに)
「ハル…!」
(少年の手を引く)
『もしかして…あなたが……金の鳥ですか!?』
(思い切って、立ち上がる)
【金の鳥…?】
「ハル!?何を…帰ろうよ!」
『見た人は、何でも願いが叶う…伝説の鳥…!』
(強い意志を込めて)
【ふむ……記憶にないな…】
『あ、あれ…違うの……』
(少し落胆の様子)
【うーん…ちょっと待ってて…調べてみるね…】
(先ほどよりもずいぶん優しげな口調で)
「えっ…?調べる、って……」
【うぅん…ごめんね。金の鳥っていうのは、ちょっと分かんないなぁ……】
(声にはもう、響くような威圧感は感じられない)
『あ…そ、そうですか…ありがとう、ございます…?』
「危ない人じゃ…なさそう?」
(落ち着きを取り戻す)
【えっと…でも、ここは君たちみたいな子どもが来ちゃ危ないよ?親御さんは?どうしたの?】
『俺達は…金の鳥を探してて。このヨア山に…入っていくのが見えたんです』
「どこから声が聞こえるんだろう…」
【そっかぁ…何でも願いが叶う金の鳥…ロマンチック!とっても素敵な冒険だね!】
(声が弾む)
『あっ…ど、どうも…』
「あの…あなたは?」
【おっとと!自己紹介がまだだったね…ごめんね!人間さんが来るのは珍しくって…えへへ。】
(森の中から、ゆっくりと姿を現す)
「わぁ…!」
『黒い…ドラゴン…!?』
【ごきげんよう!僕は”ウアス”!】
(気さくな自己紹介)
つづく……