海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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2.深夜/アイ・ドント・ビロング・ヒアー(2)

 

 鋭いヒレ。

 

 尖った頭。

 

 漆黒に染まった水面下でぬるぬると泳ぎ続ける“うそ泣き”のシルエットはサメにそっくりだった。

 

「ケガは」

 

 わき腹、肩口、腕──触手に貫かれた傷から血を流し続けながら、レイジは“うそ泣き”の追撃を警戒する。

 

「う、う、ウチは問題ない、ス。ででででも、レイジさん、それ、ウデ!」

 

 レイジの腕に固く抱きしめられた状態でも、マリコは水面を泳ぐ“うそ泣き”の様子が見て取れる。彼の上腕には、子供の拳くらいなら通り抜けられそうな覗き穴が開いていた。

 

「俺は死なない。どんな傷を負っても、どれほど血が出ても」

「ひっ……ひいっ!?」

 

 その穴が、メリメリ音を立てながら塞がっていく。骨の縦糸と肉の横糸。それらが織り成すのはグロテスクなタペストリーだ。

 二秒でレイジは完治する。怪物と対峙するのは、いつだって怪物だ。

 

「なんスか……! レイジさん、その体、その傷、そして、こ、こここのバケモンは──!」

 

 この世のものとは思えない出来事を次々目の当たりにして、マリコは放心している。

 彼女の震える両肩をそっと掴んで、レイジは後方に押しやった。

 

「少し、離れていた方がいい。マリコがケガしたら、今度こそルリコに顔向けできなくなる」

 

 彼は水面を引き裂いて走る“うそ泣き”のヒレを見据える。

 水泳部のメンバーが汚染されてどこかに運ばれていったあと、水質調査が入ったとルリコが言っていた。

 防衛局は抜け目のない組織だ。末端のアルコール中毒者でさえ、命令が下れば一瞬でプロの顔になる。

 誇張抜きで水の一滴にいたるまで、彼らは徹底的に調査したはずだ。

 それでも棘皮人間が沸いてきたのなら──奇しくもザワちんが言ったとおり。そして、ヨシが冗談めかしたとおりだ。

 

「サメが歩いて、俺を食いに帰ってきた。そういうことなのか……」

「レイジさん!」

 

 プールの中をゆるやかに回遊する“うそ泣き”に向かってレイジの足が進む。その背中に、ほとんど悲鳴のようなマリコの声が飛んだ。

 

「みんなが起きる。あまり騒がないようにしよう」

 

 レイジがプールを覗く。

 ポタリ。赤染めになった彼のシャツから一滴の血が水面に落ちる。

 それまで元気にぐるぐる回っていた“うそ泣き”の姿が、水中に充満する汚泥の中に紛れて消える。

 ピットブルが匂いを嗅ぎつけた。鮮血滴る、真っ赤な肉の匂いを。

 

「猟犬対人間か……」

 

 そう言ってレイジは僅かに腰を落とし、ファイティングポーズを取る。

 全神経を刃のように研ぎ澄ます彼の背後で、マリコは動けずにいた。

 

(サメ? 猟犬? なにわからねーこと言ってんスか?)

 

 これから始まるだろう怪獣大激突を見届けたいとか、肉の盾となって命を救ってくれたレイジに背を向けられないとか、そういう殊勝なものではない。

 

(あんなんと戦うンすか!?)

 

 酸欠を起こした金魚のように口をパクパクさせる彼女は、ただ単に竦んでいた。

 

(ケーサツ? 先輩がたを呼ぶ?)

 

 いや人を呼んでどうすんスか。ヨケーに人死に増えるだけっしょ……。妙にクールでリアリストな部分が、自身の言葉を否定する。握り締めた拳が手汗でぬめる。

 

 マリコは分からない。

 

 分からないままに、何かが始まってしまった。

 

 不気味なほど落ち着いた水面と、巌のように佇むレイジの背中を見る。

 彼は、やる気だ。

 とてつもなく痛い思いをしたばかりだというのに、自分をさんざん『キショい』と罵ってきた相手を守るために。

 彼ともう繋がることがないカナタの日常を守るために、彼は未曾有の怪物と戦う気なのだ。

 

 マリコは怖かった。膝から下をひんやりとしたセメントに突っ込んだようだった。

 今にも目の前の水面から飛び出そうとするサメ怪獣よりも、レイジの覚悟が恐ろしかった。

 なにもかもバラバラにされて、それでもか細い希望にすがって立ち続けようとする、彼の意思が。

 

 ザッ──ブン

 

 水面が爆ぜた。夜の闇と同化する漆黒の巨体が、水飛沫を照らす外灯の光の中に現れる。

 その姿は腐ったサメそのもの。“うそ泣き”は変幻自在の怪物だ。

 そして、黒い腐肉に埋め込まれた黄ばんだ目が見ているのはレイジではない。

 

「行けマリコッ!」

「はっ、はひっ!」

 

 よーいドンのピストルのようにレイジの声が轟いた瞬間、マリコは弾かれたように駆け出した。

 バコッ、バコッ、バコッ──サイズの大きな厚底スニーカーが派手な音を立ててコンクリを叩く。ぷんと漂う生臭さが全身に纏わりついてくる。

 不意に背に、殺気を感じた。

 

「伏せろ!」

「ぴえっ」

 

 悪くない運動神経を発揮して、マリコが頭を下げた。

 高々と飛び跳ねた“うそ泣き”がプールの上空で巨体を躍らせる。月影にぬらぬら光るその姿を彼女が見た直後、ガスの溜まった死体のように膨らんだ腹がパッカリ裂けた。

 

 そこから飛び出したのは無数の触手だ。

 

 触手の先端に、剣呑な光が宿っている。ツメだ。その威力は鋼板をもブチ破り、人体に直撃すれば即死は免れない。

 

「ひいいっ」

 

 運命はマリコに味方した。

 降り注ぐ触手と触手の間を、彼女の体がすり抜けていく。

 発射の勢いがなくなると触手は力なく垂れて、地面に伸びる。プールに着水した“うそ泣き”に巻き取られていくそれを踏むと、グネリとした感触がダイレクトに足裏に伝わる。

 

「中で待っていろ。すぐ終わらせる」

「は、はわっ……!? なッ、なかッ!? 中って!?」

 

 レイジに言われるがまま、マリコは水泳部の部室に駆け込んでいった。鍵がかけられる微かな音が聞こえ、室内から「む、無理っ、ウチ、あんなん無理っ!!」と、元気な安堵の声が響く。

 

「ああ……よし……」

 

 安心したのはレイジも一緒だ。

 あとは心置きなくやれる。

 

「──ハルマサの仇討ちだ」

 

 彼は“うそ泣き”が再び飛び出してくるのを待つなんて、悠長なマネはしない。履いていたシューズを勢いよく脱ぎ捨てると、プールにダイブする。

 汚泥をかきわけ、彼はプールの中央を目指す。水かさは胸のあたりまである。

 “うそ泣き”の姿は水中に消え、見えない。

 攻撃の兆候だ。

 水の流れに、むき出しの脛毛がそよぐ。

 それは高速で泳ぎ回る“うそ泣き”が作り出すものだ。はじめ、微風のように感じていた流れが急に向きを変えた。

 爆発的な、水の塊が突っ込んでくる。

 

 彼が大きく体を退く。同時に目の前で水面が割れた。

 グン、と手を引っ張られる感触。そのときにはレイジの右腕は上腕の辺りから消し飛んでいた。

 神経をつんざく激痛は、反撃のスイッチだ。彼は残された左で出鱈目に突きを放つ────が、遅い。

 腕の残骸を口の端に引っ掛けた“うそ泣き”は、再び水中に戻っていくところだ。

 

 巨体が水面に叩きつけられる。黒い大波が、レイジを翻弄する。

 

「ち」

 

 口に流れ込んだ汚染水は、潮とサビの味がした。

 

「…………なぜ、俺を狙う?」

 

 棘皮人間が言葉を理解するはずがない。そうと分かりつつ、彼は問う。

 白い骨がはみ出た右腕が激しく血を流す。それは命だ。

 だが、どれだけ血が出ても死なないなら、それは生きてないのと一緒じゃないか──不意にそんな考えが脊髄を這い登り、レイジは頭を振って必死に追い出す。俺は人間だ。そうあろうと、努力している。

 にんげんに、なれるように……

 

「お前らすべてが俺を狙っているのか? それともお前が特別なのか? 俺が無くした過去に、お前が関わっているのか?」

 

 彼を中心に“うそ泣き”のヒレが渦を巻いて水面を走る。

 あざ笑うような動きに、彼は“つくり笑い”のことを思い出していた。あれは、カナタにいやらしい執着を向けていた。

 運命──もうそんな言葉を信じられなくなりつつあるが、レイジと“うそ泣き”、カナタに対する“つくり笑い”──彼は何か仕組まれたものを感じる。

 

「わからないな。俺には、もう何もわからない」

 

 悠々と水中を旋回する”うそ泣き”に向けて彼は左手を伸ばす。

 

「殺し合おう。しょせん、俺たちはそれだけだ」

 

 指の先に黒い炎が灯る。虚無の光だ。

 マイナスの温度で燃える火に白く照らされた水面が、彼の手を中心に磁界のような模様を描く。

 彼の『終結因子』がもたらす破滅の光は、この世のすべてを食らう巨大な穴だ。光、水、音──炎の形をした深淵に引き寄せられ、呑まれ、等しく分解されていく。

 

 トプン。ヒレが水中に沈む。

 最強無比の分解能力をチラつかされても“うそ泣き”はひるんだりしない。

 そもそも彼らも馬鹿げた不死身のモンスターだ。切られ、潰され、焼かれ、トドメにシャッターで首をはねられて尚、こいつはこの場で悠々と泳いでいる。

 レイジが苦痛にリアクションを取れないのと同じく、彼らも死を理解しないのだ。

 それは勇気ではない。麻痺だ。

 

 激突に備え、レイジは左拳をキツく握る。

 

 

 一秒。

 

 

 

 

 二秒。

 

 

 

 

 三────

 

 

 口の中で火花が弾ける。

 舌先がしびれ、頭蓋の奥に冷たい風が吹く。脳内を満たしていくアドレナリンのためだ。

 

 胸元に押し寄せる小波と“うそ泣き”の気配を感じながら、時の流れが間延びしていく。

 

 時間が、鈍くなる。

 

 

 バッ

 

 

 音を立てて水面が散った瞬間、すべてが元通りになる。

 時の流れが戻った世界で、与えられた時間のスケールはレイジにも“うそ泣き”にも等しく訪れる──だが、地の利は“うそ泣き”にあった。

 太く長い尾がレイジの眼前を薙ぎ払う。

 

 ハッタリだ。

 

 殺して侵すことしか能のない怪物が、ブラフを打ってきた。

 それに気づいたレイジが炎を引っ込めたときには、黒く尖った頭が彼の後背に回りこんでいた。

 大きく開かれたアゴの中は殺人ミキサーだ。隙間なく生えそろった鋭い牙が、凶悪な金属音を立てて回転する。

 

 レイジは必殺の左腕を背後に向けるが、むなしくなるほど遅い。

 その肩口めがけて“うそ泣き”が深々とかぶりつく。衝撃で彼の狙いが狂った。あさっての方向に放たれた炎が、ボンと鈍い音を立てて、プールの水面を球形に消し飛ばす。

 

 こうして“うそ泣き”は、レイジから最後の武器をも奪った。両腕を食いちぎり、あとは頭からいただくだけ────とは、いかない。

 

「お前も俺も、怪物だ」

 

 レイジの腕は、噛み砕かれてなお健在だ。

 引き裂かれたシャツの下には、ぎっしりと何かが群生していた。牙に貫かれる寸前、肌の下から浮き出た鎧が彼を守った。

 

 火花を散らしながら牙に抗うものの正体は、無数のフジツボだ。A-6500シャフトの下層でフミオに追い詰められた時の再現だ。

 炭酸カルシウムの装甲で覆われた半身を見ていると、レイジはあの少女を強く感じる。

 声は聞こえない。姿も見えない。だが、彼女が傍にいて守ってくれている。

 

 ズドンッ────噛み付かれたままのレイジの腕に力がこもった瞬間、くぐもった発射音が響いた。

 

 それは“うそ泣き”の口の中から。

 衝撃と激痛でのけぞろうとするが、その動きは許されない。激しく身をよじる腐肉のサメの顔面を、内側から無数のスパイクが貫き、縫いとめている。

 レイジは、腕を覆うフジツボを一斉に隆起させたのだ。

 

 こうなると、手も足も出なくなるのは“うそ泣き”のほうだ。

 プツプツ泡のはじけるような音を立てて、“うそ泣き”の大アゴに切れ目が走っていく。自切して逃れる気なのだろうが、それでは遅すぎる。

 怪物の口の中が真っ白に染まる。

 レイジの指先で、再び虚無の炎が燃え上がる。

 “うそ泣き”が身をよじる動きが激しくなる。必殺技が発射寸前と見て取って、最後の抵抗を試みるつもりだ。

 

「ここで勝って、どうするんだ」

 

 レイジはふと、呟いた。

 

「こいつを倒して……何が、変わるんだ? 俺の何が、戻ってくるんだ」

 

 ゆらめく終結の炎は答えない。

 彼の左腕がきしむ。“うそ泣き”は彼と違って、迷ったりしない。この瞬間も、フジツボの上から途方もない力で噛み締められている。

 

 パキュッ──装甲の破片が飛び散り、レイジは冷たい牙が皮下に潜り込んだのを感じる。

 

 いままで一生懸命走り続けてきたのは、カナタの夢を叶えるためだった。

 だが彼女は離れていった。幸せだった日常は砕けて散った。

 

 夢に相乗り(タンデム)──圧壊するフジツボの音を聞きながら、前にキリエと、ニンジャから言われたことを思い出す。

 

 レイジは初めてその意味を理解した。彼は夢を見れない、ただのほら穴だ。

 

 水面に目をやる。

 瞳を血走らせて、見上げてくるサメと視線が合う。

 このまま食われてしまおうか。そんな考えがレイジの胸の中に現れた。

 

 ■

 

「わ……わあああああーっ!」

 

 バコバコバコバコバコ。騒々しく打ち鳴らされる靴底が、沈みゆくレイジの意識を引き戻した。

 裏返った上に涙まで絡んだ大声の主が誰か。見るまでもなく分かる。

 

「マリ────ぶおああああッ!?」

 

 “うそ泣き”ともつれ合ったまま顔を上げたレイジめがけて、大量の白い泡が浴びせかけられる。

 やけに粉っぽい粉の正体は消火剤だ。

 

「うおりゃああ、しね、バケモン! しねーっ!」

 

 見れば──レイジには見れないが──マリコは、部室から引っ張り出した消火器を両手で振り回していた。

 ろくすっぽ狙いも定めずにブッ放される泡は、“うそ泣き”ではなくレイジに大半命中している。それも顔面に。

 

「まばばばばば、あばばばばばぼぼぼぼ」

 

 何やってるんだ、ということを必死に伝えようとするレイジだが、泡のせいで、うがいをしているような声しか出せない。

 いきなり始まったコントを目の当たりにして、それまで必死にあがいていた“うそ泣き”ですら、束の間動きを止めていた。

 

「ウチは……ウチはクズだけどお……なんか、もうイヤなんスよお! 辛い思いしてるヤツの後ろで腰抜かして、ベソかいて……すげーマヌケじゃないスか!」

「マリコ……」

 

 消火器が使えるのは、せいぜい数秒程度だ。泡の勢いが収まってくると、彼女の顔がよく見えた。

 ととのった顔が引きつるのも、醜い傷を隠すガーゼが剥がれるのも、気にしない。

 

 なんかイヤだ。だから、崖っぷちから飛んでやる。

 動機なんて呼べないほどバカバカしい衝動に従って、彼女は安全地帯から飛び出てきた。

 それをレイジは笑えない。

 目の前で誰かが溺れているから。その一線を越えたら自分を変えられる気がしたから。好ましいから。懐かしいから。いいにおいがしたから。胸が温かくなるから。

 

『なんかヤだ』で勇気の一歩を踏み出すマリコは、レイジの鏡だった。一ヶ月前、このままはイヤだとカナタの手を取った彼そのものだった。

 

「ほれほれ、うりゃりゃりゃ……あら……?」

 

 カラン。

 

 マリコの手から、カラになった消火器が滑り落ちる。それがゴロゴロ転がっていく水の中で、レイジも怪物も、無傷のままだ。

 白い粉末を吐きながら“うそ泣き”が不快そうに顔を振る。その牙はほとんどレイジの腕から離れ、骨がむき出しになった彼の左腕があらわになる。

 

 ジロと“うそ泣き”に睨めつけられて、マリコが声を震わせた。

 

「あ、あああ、やっぱダメかな。ウチなんかが戻ったところで……」

「いや」

 

 食いちぎられ、カラッポになった右袖を彼が振った瞬間──ズルっと音を立てて彼の右腕が生え変わった。体液がぬめるおニューの腕はすでに筋骨隆々、やる気マンマンだ。

 

「え……ええーッ!? レイジさん、やっぱヤバ!」

 

 生え変わった腕で掴むのは、転がって漂ってきた消火器だ。鋼鉄製のボディに指を食い込ませながら、消火器を“うそ泣き”の口中に叩き込む。

 

「十分だ。ありがとう、マリコ。助かる」

 

 “うそ泣き”の口の中から勢いよく黒い炎が迸る。

 異常を感じた怪物が激しく身をよじるが、その鋭すぎる牙がひしゃげた消火器に、なにより岩のように強張ったレイジの筋肉に食い込み、離れない。

 

 シャツが音を立てて裂ける。レイジの背中が、恐ろしいほど盛り上がっていた

 あろうことか、三メートルはある”うそ泣き”の体が、垂直に持ち上げられていく。その先は空。数百メートル上空のドームの天頂まで、攻撃に巻き込まれるものは存在しない。

 

「おかげで、大事なことを思い出せた」

 

 “うそ泣き”が断末魔の鳴き声を上げた瞬間、レイジの左腕が根元から切り離された。

 切断面から激しく噴出するのは血ではない。黒い炎だ。

 それを推進力にして、“うそ泣き”の体が発射される。手足をバタつかせる怪物が、一瞬にして夜空のかなたに遠ざかり、燃え盛る黒い星になる。

 

 地表に残された二人はポカンと口を開けて見守った。

 

 人力ロケットパンチだ。

 

 

 ■

 

 一発の爆音と閃光が空を真っ白に染め上げた時、彼女は窓に背を向けていた。

 

「あ!?」

 

 深夜の食堂に声を響かせたのは、こんな時間まで一人で勉強を続けていたルリコだった。

 ペンを投げ出して窓際に駆け寄る。

 

「……花火? こんな時間に?」

 

 まるで巨大な爆弾が炸裂したような、大きな光だった。

 二発目の発射を待って、彼女はしばらくそわそわしていた。だが、何も起こらない。いくら経っても空は漆黒。

 夏祭りで見逃したぶんのリベンジ──とは、いきそうにない。

 

「なあんだ。つまんないの」

 

 彼女は肩をすぼめて机に戻っていく。

 落ちこぼれだらけの2-Aには珍しい秀才天才ともてはやされているが、実際は血の滲むような努力のたまものだ。

 テスト範囲の勉強が、まだざっとテキスト三冊分残っている。

 

 合宿の責任者としてダサいところは見せられない。

 ルリコの夜は、まだまだ長くなりそうだった。

 

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