海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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6.7月17日/レット・ダウン(3)

 

「あのう……」

 

 ペンを握るカナタは小さくなって、全方向からのしかかる重圧に耐えようとした。

 

「悪かったよ。もう……出てったりしねえから……」

「だそうですよ。どう思います?」

「ふウン。カナタちゃんの言葉は、なるべく信じてやりたいがなあ」

 

 合宿所、2F。

 二十畳ほどの和室に足の短いテーブルが並べられ、2-Aの生徒たちはそこで勉強をしている。

 今日はみんなのマドンナがちょっとした『家出』をしでかして、帰ってきた。盛大に歓迎してやろうじゃないか────というヨシの言葉にクラス全員が頷き、この包囲網が完成した形だ。

 和室のド真ん中にカナタの机。まるで人物デッサンの練習のように、みんなの長机が彼女をドーナツ状に取り巻く。

 

「ううう……ゼンメンテキにアタシが悪いから文句言いにくい……」

「でもま、さすがは生徒会長とマリコさんだよね」

 

 最後列のほうで参考書に赤いシートを重ねながら、とある女子が口を開く。

 

「信じて待ってたら、カナタさんのこと、ちゃんと見つけて帰ってくれた。ね?」

 

 彼女がはにかみ笑いして首をかしげると、ショートボブの黒髪が揺れる。

 部屋の中も、彼女を見つめる生徒たちも──シートを通して見る視界より、赤く染まっている。

 泥団子みたいな姿で帰ってきた家出娘たちを洗って乾かして、カナタは足のひどいケガの処置もして……忙しくしていたら、いつのまにか夕方だ。

 

「なんかホントごめんな、みんな」

「私はいいですよー。カナタさん、いなくなっちゃったら寂しいですから。いてくれれば、それで。ね」

 

 みんなが彼女の言葉に合わせて、ウンと頷いた。

 

「…………()()()()()まで連れ帰ったのは、いただけませんがね」

 

 その静けさは、ザワちんのかすれ声を響かせるのに十分だった。

 

「ザワちん」

 

 とっさにヨシが鋭く制したが、彼はやめない。

 

「おーっと失礼。どういうわけか、みんな同じことを思ってるクセに口に出さないようなので。げほっ、失礼。この『失礼』はマジで悪いと思ってる方です。っ、ケホッ、ケホッ」

 

 咳き込みながら、ザワちんは部屋の中に視線を巡らせる。

 隣のヨシをはじめ、みんな気まずそうに俯いている。カナタでさえ。下唇を噛んで、しおれた花のように机の上の木目を見つめている。

 この場にいないのはルリコとフミオ、あとは『ちょっとお礼参りに』と町に出て行ったおせっかい女ボタ子と──話の中心である、レイジだけだ。

 

(きっとなんか、あるんでしょうね。話せない事情ってヤツ……)

 

 カナタさんにはたくさん。イスルギ(レイジ)だって、きっと山ほど。

 だけどこちとら部外者だ。何も知らない連中は、何も知らないからこそ好き勝手考えてしまう。

 そしてそれは、胸に抱えておけばおくほど、各々の中でおかしな形に膨らんでいく。ザワちんが、かつてただの『アイザワ』であった頃もひどい目に遭わせられた。

 土と泥の味の、苦い記憶だ。

 

「大事でしょ。こういうこと、しっかり話しておくの」

 

 彼がもう一度室内を見回すと、窓際で勉強していたマリコと目が合う。目がネコのように大きな小麦肌の元コギャルは、軽く上目遣いになる。

 

「ザワさんセンパイって、損な役割好きっスね」

「ザワさんて……」

「レイジの野郎のことなら、今までどおりだろ」

 

 オッサンみたいな呼び方でなんかヤだなあ、とザワちんが思っていると、ひとり、声を上げたものがいた。

 男子生徒だ。みんなに注目された彼は、ワックスで固めた頭を軽く撫で付ける。

 

「ワケわかんねーヤツが、ワケわかんねーコトした。で、会長やカナタちゃんに迷惑かかった。そんだけだ」

「あの子、元から私らのこと避けてたっしょ。悪い言い方するけど……見下してんじゃない」

 

 別の女子が彼の言葉に同意する。

 

「ひでえクラスだけど。レイジだけだな。あそこまでのは」

 

 次々と、今までみんなが秘めていた不平が上がる。

 

「そんな……! ちがう、みんな、違うんだ……あいつは!」

 

 勢いつけて立ち上がったカナタが、足の痛みで小さくうめいた。苦しげに顔をしかめて机に手をつく彼女を見て、不穏なざわめきは一度落ち着く。

 

「分かる。分かるよ、カナタさん」

 

 はじめに参考書を読んでいた女子が、静けさの中であいまいに頷いた。

 

「たぶん、レイジさんは君にとってはいい人なんだろうね。でも、私たちには……」

「ちょっと、合わない。っていうか……」

「なに考えてるか分からねえんだもんなあ……」

 

(みんな何も知らねえクセに!)

 

 そんなことを叫んだって、無茶な相談だ。カナタは歯噛みする。

 祭りの夜、あんなに楽しそうにしているレイジをみんな見ていない。

 ヨシにザワちん、ボタ子とみんなで屋台を手伝って、その裏で汗だくになりながら笑っていたことを。

 レイジは分からないだけだ。

 出し方が分からない。だから誰も理解できない。理解されようとしているのかも分からない。それに尽きるのだ。石動レイジという、不器用すぎる七歳児は。

 

「レ、レイジは──」

 

 カナタが再び口を開いたとき、彼女でさえ、何を言っていいか分からなくなっていた。

 夕日を鈍く投げかける窓枠が、やけに眩しい。目を細めたまま、カナタは言葉を詰まらせる。

 レイジは、どん底2-Aでさえ異物なのだ。

 

「ウチが干からびてるときに、スイカくれたっスよ」

 

 そのときだった。

 いたたまれない沈黙を打ち破るように、マリコが口を開いた。

 

「バカみたいな傷みても笑わなかったし。バンソーコーだって貼ってくれた。あとは……そスね……映画のハナシもしてくれたし……」

「そ、それ、誰のこと?」

 

 近くの生徒に聞かれたマリコが、口を大きく開けてニャハハと笑った。

 

「そりゃあ、レイジさんスよ! あの人、真顔でトンチキかますじゃないスか。それがなんか、ミョーにオモロくて」

 

 みんなが──カナタでさえポカンとしたまま、彼女のことをじっと見つめた。

 

「あ……あー! トンチキって言えばさあ!」

 

 この状況でいち早く再起動したヨシが、ポンと手を叩く。

 数秒前まで固まっていた彼の顔には、すでに思い出し笑いが浮かんでいた。

 

「他クラスのバカどもが、制服のことでカナタちゃんに絡んだことあったろ?」

 

 今や西高の神話となった大事件だ。

 当事者のレイジにとってまったくの不本意だろうが、下級生だってこの話は知っている。みんな「ああ」とか「うん」とか口々に言って頷く中で、ヨシが白い歯を見せた。

 

「レイジがキレて、シャツ破ったやつ! あれ俺、ははっ、マジで笑ってさあ……ふへへ!」

「ハ……着るモンなくなって、午後の授業ハダカで受けてたよな!」

 

 誰かが彼の話に乗っかってくると、あちこちから控えめな笑いが湧き上がってきた。

 

「現文のヨシダ、あれ見てなんもツッコまなかったな」

「だって怖えぇもん。ツッコめるわきゃねえよ! ああいうことしてくれんのは面白ェよなあ……ひひ……」

「俺、そのことよく覚えてないんですよね」

 

 ぽつりと呟くザワちんの記憶は、その事件の途中で途切れている。

 なにせ、あの場で一番笑っていたのが彼だ。笑って笑って、酸欠起こしてキリエ先生用のタンカで保健室直行だ。

 ひっくり返ったあとに白目を剥いて泡吹いていた彼の形相を思い出して、さらに何人かの生徒が噴き出した。

 

「ああいうの、俺らにもっと見せてくれりゃなあ」

 

 誰かがしみじみ言って、それがクラスの結論になった。

 みんな顔を見合わせて「ま、仕方ないよね」という風に苦笑して、勉強に戻る。鬼の生徒会長にこんなところを見られでもしたら、おそらく一夜干しにされて明日の朝食メニュー行きだ。

 レイジは異物。彼を包む針のむしろの肌触りが変わっただけで、それは明日からも変わらない。

 カナタはやはり、それが悔しい。

 

「カナタせーんぱい。ちょっと休憩しましょっス」

 

 じっと、佇むカナタのもとに、マリコがやってくる。

 

「ついでにウチ金欠で……アイス、おごってもらえたりしないスかね?」

 

 ■

 

「マリコって、レイジのことがスキなのか?」

「ぶふうっ」

 

 二人が息抜きにやってきたのは体育館そばのアイス自販機。

 コンクリートの吹き抜けに、マリコが噴き出す音が響いた。

 

「にゃ、にゃにゃにゃにゃ、にゃにを言って!?」

 

 分かりやすすぎるほど取り乱すマリコ。

 手に持ったイチゴアイスをブンブン振り回して弁解を図る彼女に、通りかかりの上級生たちが奇妙なもを見る目を向ける。

 

「町で見た。から」

 

 カナタのほうは落ち着いている。プラスティックの棒を持って、霜をまとった包装紙を解いていく。中から現れたのは、ブルーとホワイトがマーブル模様を描く、クリームソーダ味のアイスだ。

 

「レイジと、遊んでんの。なんか……ケンポーみたいので」

「うわうわうわ、気まずいとこ見られちゃってた!」

 

 レイジと映画『焼失』のコトで盛り上がって、そのままギャラクティック・テコンドーの演舞を繰り広げたときのことだ。

 マリコの目元がヒクつく。

 タイミング的に、あのときのカナタは傷心まっただなかだ。そんな彼女にレイジと楽しそうに遊んでいるところを見せ付けて「ふえーそうなんスか」で済ませられるほど、マリコはニブくない。むしろこういうのには敏感なほうだ。

 

「あの……気、悪くしたスか……」

「ン……」

 

 アイスを舐めるカナタも、少し気まずそうだ。

 

「ウソはつけねえ。かな」

「だ、だ、だんじて、そーゆーのじゃないスから!」

 

(んん!? なんで!?)

 

 マリコは心の中で首をひねる。どうしてこんなにワタワタしながら否定しなきゃいけないのか、自分でもよく分からない。

 

「そりゃ前に見た目がタイプって言ったスけど! 今はそんなコトよか、スキな映画のことで話が合うのが、シンプルに居心地よかったつーか……えとえと……あのその……」

 

 そこまで言って、マリコは口にアイスを乱暴に突っ込んだ。

 一気にしゃべりすぎて、舌が熱い。ウソっぽいイチゴの味が、まるで遠くの山の稜線に引っかかった夕日のように少しずつ溶けていく。

 それをコクリと飲んで、息を落ち着けてから彼女は続けた。

 

「ヤだったら、やめるス。ウチ、カナタ先輩ソンケーしてんで」

「いいよ。マリコが好きなら、アタシはどうもできねえよ」

「いや、だからウチは……」

 

 バタバタバタ、と音を立て、体育館の上空をヘリが飛んでいく。

 

『──こんばんは。放送委員です。下校の時刻になりました。まだ校内にいる生徒は、忘れ物がないか確認して、すぐに帰宅の準備をしてください』

 

 そこに下校を促す校内放送が重なってくると、マリコがどれだけ声を張ってもカナタには届かない。

 仕方なく肩をすくめて、おごってもらったアイスをかじる。

 それはやたらに甘く感じる。前にカナタと路上でガチンコファイトクラブして鼻面にパンチをもらったことを思い出す。

 ジンジンして、夜中にルリコが声をかけてくるまでずっと痛かった。

 自分の歯型がついたアイスを、マリコはじっと見つめる。カナタがくれる刺激は、いつでも、なんでも、やたらと強い。

 地獄のような家でゆっくり腐っていた自分が、生きてる実感を取り戻すくらいに。

 

「恩返しって、ムズいスね」

 

 その呟きも、掻き消された。

 やがて、騒がしかったヘリは遠くに去る。放送もブツっとノイズを残して切れる。その後に訪れたのは、穏やかな夏の夕暮れだ。

 いつも剣道部の気合とボールが弾むおとが響いてくるものだが、今はテスト前だ。しゃく、とカナタがアイスをかじる音が聞こえるほどの静けさに、あたりは包まれている。

 二人、どちらかともなく目をつぶる。

 グラウンドを吹き渡って通路に流れ込むヌルい風と、裏山で鳴くセミの合唱が心地よい。

 

「おウマさんになりたいんスよ」

 

 その静寂の中で、突拍子もないことをマリコが言った。カナタが壁から体を起こして、彼女の顔を覗き込む。

 

「は?」

「銀河を駆けるロボット馬。大事なヒトを背中に乗せて、どこまでも行ける、最速のスピードスターに、ウチはなりたいんス」

「マリコ、思ってたより神経マイってんのか」

 

 カナタが、もっともすぎるツッコミを飛ばした。とたんに、マリコの顔が赤くなる。

 

「し、シツレーっすね! ウチはマジなんスよ!?」

「だって。いきなりウマになりてーとか言われても。なあ?」

 

 マリコ基準で見て、かなりブッ飛んでるカナタに、かなり真っ当なことを言われてしまった。

 彼女はしばらくムスっとしてうなっていたが、おもむろに通路の出口に目を向ける。

 

「映画でそんなん見て、ずっとあこがれてんス」

 

 広がるグラウンド。フェンスの向こうに住宅街の瓦屋根がきらめく。美しい夕日に彩られた西町が見える。

 

「ハネ生えてて、ボディは金属がいいな……でも金メッキはイヤすね。あの翻訳ロボ(C-3PO)よか、シックな色がいいス。主人公のサイドキック(あいぼう)とか、キャラがモロ被るんで」

 

 楽しそうに目を細めるマリコを、カナタはそっと見る。

 グラウンドの砂を前脚で静かに掻きながらいななく機械馬の姿が、その大きな目に確かに映っているように見えた。

 

「──それってもしかして、クソ映画に出てきてスカスカ言ってるヘンな馬のこと?」

 

 なんとなく、ピンときたカナタは言ってみた。

 

 ズコン。

 

 派手な音がした。マリコが頭をアイスの自販機にぶつけた音だった。

 

「……なんでみんな知ってンすか。ウチの黒歴史」

「ああ、そのしゃべり方、あれのモノマネしてたのか」

「うぎゃあー!」

 

 ドカン。

 

 マリコがもう一度頭をぶつけた。

 

「さっきから、なにそんなに恥ずかしがってんだ?」

 

 いい感じに自販機のカドがヒットしたマリコが、ズルズルしゃがみこんで頭を押さえた。それを覗き込んでくるカナタの無垢っぷりが、ひそかに追い討ちを掛けてくる。

 

「スーパーヒーローに憧れてマントつけて学校行っちゃったり、自分のこと魔法少女だってホンキで信じて、黒板の前で変身ポーズしたり──」

 

 マリコはしばし沈黙した後、干からびたカゲロウのような動きでへろへろ立ち上がった。

 

「イイすね……カナタさん。ないんスね、そういうの」

「いいな、マリコは」

「は。なーに言ってくれちゃってんスか……」

 

 と、そこまで言って、マリコは口を閉ざした。

 自分を見下ろすカナタの瞳にあるのは、皮肉も嘲笑もない、本当に本当に純粋な憧れだった。

 

「そういう恥ずかしいのってさ。きっと、大事だ」

 

 オマエのねーちゃんのウケウリだけど。カナタは心の中で付け加える。

 田んぼを通って帰る途中に言われた言葉が、マリコと話していると実感を伴ってくる。

 恥ずかしいことは、きっとあった方がいい。

 カナタの前世とでも言うべき『オモトカナタ』の生涯に、そんなものはなかった。彼女は生きることに必死すぎた。

 マリコが語った黒歴史という言葉の意味も分からないまま死んでいったほどに。

 

「……じゃあ。ついでにいっこ、聞いてもらってもいいスか」

 

 もはや棒だけになったアイスを、マリコはじっと見つめる。

 

「あの映画に出てくる馬さん。トリガー。アレってホントは飛ぶんスよ」

「飛ぶ? 勘弁してくれよ。ただでさえ頭の痛いハナシなのに……」

「いやいやそれが、わりとマジなんスよ。インタビューでカントクが言ってたんス。予算の都合でトリガーのアクションシーン大幅に削ったって」

「予算、かあ」

「ままならないことばっかスね。映画も、人生も」

 

 分かったような顔でウンウン頷くマリコの隣で、カナタは『焼失』のラストを思い出す。

 主人公・ジャックブレイザーとその愉快な仲間たちのたどった末路はを目にした瞬間、劇場ということを忘れて「はあああ!?」と声を上げてしまった。

 ハナシとして筋は通ってる。だからこそ、不満だった。

 オマエ、もっと他にやれることあんだろ、とツッコみたくて仕方がなかった。

 納得できる。理解もできる。だけど共感できない。とにかくそういうオチだった。

 

「あそこで飛ぶとか、ないよな……」

 

 こうしている間にも数々の黒歴史エピソードをリフレインして「うえーしにてーしにてッスよお」と呟いているマリコに、カナタは向き直る。

 

「マリコはあのラスト、どう思う」

「サイアクすね。前半と終わりのトーンがぜんぜん合わないし。映画としてアンバランスすぎるんスよ」

 

 カナタも同意だ。溶けてきたアイスが棒を伝ってくる。彼女はそれを、静かに舐めた。

 

「トリガーが飛べたら。最後までジャックに付き合ってやれる(パワー)があったら──ちったあ、マシだったんじゃないスかね。あのオチ」

 

 マリコはアイスの棒を思い切り投げた。

 

「カンキョーハカイだぞー」

「木の棒切れだから自然に還るッスよー」

 

 棒はどこへ行っただろうか。

 草むらに落ちたのか、それとも、今でも回転しながら夕日を目指してどこまでもどこまでも飛び続けているのか。焼けた空を見つめながら、マリコは口を開いた。

 

「ウチ、ホントは馬ってより、ただ翼がほしいだけなのかもしれねっス」

「マリコは飛びたいのか?」

「うん!」

 

 マリコは、子供のように目を細めて笑った。

 

「おねえに恩を返したい。本当の本当に『ここぞ』って時に、おねえを背中に乗せて、おねえが心の底から行きたいって場所に連れて行ってあげたい」

 

 笑ってもいいスよ。マリコの目が語りかけてくる。だが、カナタは笑わない。

 びっくりするくらいロマンチックな姉妹仲だ。暖かい家族というものを知らない『オモトカナタ』が、胸の中でうらやましそうに指をくわえている。

 カナタは包帯の巻かれた手を持ち上げて、マリコの肩を叩いてやった。

 

「にへへ」

 

 うれしそうにマリコは笑う。

 

「ウチ、合宿が終わる前に、おねえとちゃんと話しておきたいんス。ウチがおねえにしたこと、まだちゃんと謝ってない。おねえがどう思ってるかも、聞けてない。だけど……」

 

 そのきっかけが分からない──マリコはそう続けた。

 

「さいきんだいぶ張りつめてるみたいなんで、なんかでクスリとさせたいんスけど。ないスかね。おねえが喜びそうなヤツ……」

 

 ■

 

 ちょっとサンポして帰ると言い残し、マリコは去っていった。

 

「花火か……」

 

 カナタは、帰りにルリコが言っていたことを思い出す。

 祭りの日をなんだかんだ楽しみにしていた彼女が、結局見れずに終わってしまったという、打ち上げ花火のことだ。

 カナタはジャージのポッケに手を突っ込んだ。底のほうに、クシャクシャになったメモ用紙が入っている。

 多少くたびれたが、そこに書いてある電話番号はまだ読めるはずだ。

 

 学生が花火を調達して、打ち上げするなんて、いくらなんでも荒唐無稽だと彼女は思う。

 なんでもかんでも調達してくれる、爆発物フェチの死の商人でも身近にいない限りは。

 

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