海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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5.Boy Meets Girl(3)

「ご名答」

 

 闇夜の輪郭をなぞるように、ブレードの先端がゆっくり持ち上がる。

 

「カッコいいだろ。私の体、機械なんだ」

 

 ニンジャのシルエットは左右非対称。

 左が、特に凶悪だ。明らかに不恰好なサイズの義手の先に、チタンの爪が冷たく光った。鋭利な爪を擦り合わせてタッチアップすると、激しく吹いた火花が床に敷き詰められたガラスの上に小さな星をいくつも散らす。

 

「忍者のうえ、サイボーグでもある。つまりはサイボーグ忍者、ってこと」

「またイカレポンチが増えやがった……」

 

 レイジの背後に隠れたカナタが、白い頭をそっと抱える。

 彼女の頭痛はもっともだ。筋肉の塊と、自称サイボーグ忍者──そしてなにより、カナタ自身はウロコの生えた白女(しろおんな)だ。

 何の因果か、銃弾飛び交う戦場のド真ん中にズレた人間が三人集まって顔を突き合わせている形だが、そこに和気藹々(わきあいあい)とした空気が流れることはない。

 

「あんま仕事をマジでするタチじゃあないんだけどね。そういうの連れてるヤツを、お目こぼしするわけにもいかないんだ」

 

 カナタ(そういうの)はブレードの切っ先で指されて、身を硬くした。

 口調は気だるげで、態度は物憂げ。それなのに、ニンジャから放たれる殺意の質はカミソリのように鋭い。

 

「もしかして、こんなところで、とか。自分に限って。って思ってるかもしれないけど。けっこう簡単に死ねるもんだよ」

 

 その言葉は目の前の二人でなく、いつの間にかニンジャの背後ににじり寄った棘皮人間に向けられていた。

 

「たとえば──行っちゃいけない所に行って、会っちゃいけない相手に出くわすとか。勝てないヤツにケンカ売るとか」

 

 洞穴のように黒々とした口が、ニンジャの首筋に勢いよくかぶりつく。

 ──が、それはよくない考えだった。彼の全身を覆う合成繊維に深々と食い込んだ乱杭歯は、強靭な人工筋肉の束に阻まれ、その命までは届かない。

 

「よっこい、しょ」

 

 ニンジャが半身ひねった瞬間に響いたボキュ、という不快な音がカナタの鼓膜にへばりつく。それは、怪物の牙がすべて根元から引っこ抜かれ、へし折れた音だ。

 丸ハゲになった歯茎から、ボドボド流れ落ちる黒い汚泥。

 床の上に積み重なった黒い沼の上を黄色い牙が泳いでいる。

 呆然と見つめる怪物の口めがけ、ニンジャがその左腕を無造作に突っ込んだ。

 手首、奥へ。肘。もっともっと奥へと。

 ビクビク痙攣する怪物の体内からくぐもった破砕音が連続して響き、次の瞬間、黒い飛沫がほとばしった。

 勢いよく()ッこ抜かれた怪物の脊髄が空中に黒い半円を描く。

 それを思い切り握り潰して、ニンジャは踏みにじった。

 

「青年。冒険はホドホドにしろよ」

 

 糸が切れたように怪物の体が崩れ落ちた。

 

「青春は崖っぷちの連続だ。そんなところで、逆立ちまでする必要はないだろ」

 

 ニンジャの姿が霞んで消えた。

 

「あっ!?」

 

 敷き詰められたガラスは一切音を立てずにいる。

 空間に満ちるにおいは遠くから流れてくる硝煙と腐臭だけ。漆黒の装束に身を包んだニンジャの気配が部屋中を跳ね回っているのは分かる。しかし、そのスピードはレイジの目をもってしても捕らえ切れない。

 ただ、じりじりと虫眼鏡で紙を焦がすように、ニンジャの携えた殺意の焦点が定まる感触があった。

 

 その先は、

 

「危な────いッ」

 

 鮮血が宙に舞う。

 

 突き飛ばされたカナタが床を転げる。彼女の肌をガラス片が苛む。

 

「いって……ェ!」

 

 深々と埋めこまれたガラスの痛みなぞ、どうでもいい。悶える間、彼女が感じるものは死が目の前まで踏み寄ってきたときの冷たさだった。

 レイジがとっさに反応しなかったら、今頃彼女の首が床に転がっていただろう。

 

 彼の右腕の代わりに。

 

「レイジ!」

 

 高い代償を払うハメになった。

 ほとんど悲鳴のような声でカナタがレイジを呼んだとき、彼は凍りつき、そしてニンジャはその隣で、ブレードを振るったままのポーズでいた。

 レイジは動けない。

 切り株のような腕の断面からドクドクと血が流れるのを見つめながら、分厚い刃が皮膚を裂いて肉と骨の繊維を断ち切っていった感覚を反芻する。

 痛みは問題ではなく、怖いのでもない。ただただ、見とれていた。

 鮮やかな一撃だった。彼に防御も反撃も許さず、彼の運命(カナタ)を冷淡に刈り取ろうとした一閃に。

 

「は~、私がしくじっただァ?」

 

 場違いなまでのひょうきんな声。我を取り戻したレイジがピクリと動いた瞬間、彼の足の甲を鋭いスパイクが打ち抜いた。

 

「ぐうたらしてる間にマジで錆付いたか? ……ま、とにかく」

 

 サイボーグ忍者の高い身長を殊更強調するように、彼の踵はヒール状の武装が装着されている。ガス音を伴って勢いよく射突(シャトツ)されたブレードが、まるで昆虫標本のように床にレイジの片脚を縫い付けていた。

 

「珍しく(マト)を外したんで謝っておくよ。だけど──」

 

 ゴッ。

 

 重く、鈍い音。

 レイジは踏みとどまって、目の前のニンジャに渾身の頭突きを食らわせた。鋼をも打ち砕く衝撃を顔面にモロに受けて、しかし相手は微動だにしない。

 

「──どうせ、治るんだろ。あの子に、それ教えないの?」

 

 ニンジャが囁きかけた。

 

「安心させてあげなよォ」

「なぜ俺の体のことを知っている」

「知ってるから知っている、としか言えないね」

 

 緑色に発光するセンサーが、彼の怒りと憤りを真正面から冷たく見据える。レイジの額から滴る鮮血が、髑髏(ドクロ)に一筋の赤を書き加えていく。

 じりじりと滲み、走る血の色が、レイジの憤怒を煽り立てた。

 

「……行ってくれ」

 

 守って戦うなんて、器用なマネはもう無理だ。

 レイジには師匠がいる。小さい頃から彼を好き放題に放り投げ、蹴り飛ばし、タコのようになるまで全身の骨を叩き折って、蹴り主体の徒手格闘──いつも酔っ払ったような彼女の言うところの猎户星跆拳道(ギャラクティックテコンドー)──を仕込んでくれた相手が。

 その経験が彼の脳内に最大音量の警鐘を響き渡らせていた。目の前のサイボーグ忍者は、師匠に並ぶ存在だ。

 人なのに、人ではない。努力に努力を重ねて、ある時、その狂気じみた研鑽(ケンサン)がぷっつりと限界の向こう側に突き抜けてしまった、バケモノだ。

 

「ハ」

 

 笑う。師匠に勝ったことはない。だからこいつにも勝てないかもしれない。だからいい。

 

「カナタ。たのむ」

「だけどオマエ、腕!」

「問題ない。行け!」

 

 

 ニンジャに見据えられたまま、レイジの体で守られたまま、カナタは歯噛みする。もう、お前にできることはないと、言葉ではなく状況で理解させられてしまった。

 

「その窓を抜けたらまっすぐ、明かりのあるほうに向かって走るんだ。瓦礫に紛れて、逃げろ」

 

 なるべくやさしく、なるべく彼女を怖がらせないように。

 レイジにとって、それを願って言葉をかけるのが精一杯だった。

 

「だってさ?」

 

 ニンジャが、スチールカーボンの外骨格を軋ませて肩をすくめた。おどけている。

 

「ッ────死ぬんじゃねえぞ、レイジ。あとくたばれ、ばか忍者!!」

「おやおや。短い間にズイブン嫌われたもんだ」

 

 ガラスを鳴らして、足音が遠ざかっていく。姿は見れない。レイジはただ、背中でその音を聞く。

 

「まあ。ガキに感情移入しないことにしてるから。そンくらいでいいんだけど」

「お前の相手は、俺だ」

酔狂(バカ)だな」

 

 ニンジャが逆手(リバースグリップ)でブレードを構える。

 

「何だと?」

「あんな得体の知れないモノのために若い命を張るのか。しょうもない」

「取り消せ。カナタは俺の運命だ」

「何のために片腕残してやったんだよ──力ずくで黙らせてみろ」

 

 まさしく一つの兵器としてここにあるが如く、ニンジャの声が冷たさに包まれる。

 じゃれる時間は、終わりということだろう。

 正直レイジは、最後までカナタに自分の口元に浮かんだ笑みを見せずに済んだことをありがたく思った。あの棘皮人間ですら、彼を前にしては殴られてひしゃげるだけの、出来のいいサンドバッグでしかない。

 

 キイイィ────……──ン

 

 だが、これは違う。

 目の前の相手こそ、レイジがずっと捜し求めていたもの。思うさまに叩いて壊していいし、自分を同じくらい痛めつけてくれる。

 レイジはしょせん、狂走する自己破壊の権化だ。

 耳障りなハウリングが鼓膜を(ツンザ)いても、彼は絶好の相手から視線を逸らすことはなかった。

 

『……区にてコードXの発生を確認。繰り返します。コードX、コードX』

 

 無機質な女性の声が、あたりに響く。

 範囲は、知れない。七区のみでなく、西町全体を包み込むようだ。

 

『大規模消去を実行します。市街全域の局員はただちに備えてください────フラッシュまで、残り六〇秒』

 

 声の出所はすぐに分かった。

 どういうわけか、空そのものだ。無機質な合成音声が、まるで神の声のように圧倒的な音圧でもって頭上からレイジを殴りつけてくる。

 

「ほらほらかかって来いよガキンチョ。タイムリミットまで相手してやる」

 

 鋭いスパイクを引き抜いて、ニンジャがレイジを突き飛ばす。

 ガラスに足をとられてたたらを踏むレイジの耳を、乾いた笑いが舐め上げる。髑髏の眼窩に宿る緑の()が小刻みに揺れている。

 笑う死神が、その揺らぎの中から囁きかける。

 

 ──お前の本当の運命が、目の前に来ているぞ、と。

 

『市街全域の局員は────』

 

 十数メートルの距離に、ほんの数秒の膠着が満ちた。

 意外にも、先に動いたのはサイボーグ忍者のほうだった。

 未だ、切断された腕の再生もままならないレイジ目掛けて、逆手に握ったブレードを振りかぶり──あろうことか、それを槍投げの要領で投げつける。 

 

 狙いはキッチリ、レイジの眉間だ。

 

『フラッシュと、ガスの散布に備えてください──』

 

 火のついた導火線のように駆け出したレイジの頬肉をブレードが削る。

 彼は寸前で顔を逸らして直撃を免れていた。

 常人離れした反射神経と運動能力で、通り過ぎていこうとするブレードを後ろ手でキャッチ。

 そのまま、彼は全身の骨と、関節を軋ませながら大きく大きく上体をひねる。

 まるで殺人台風のような回転力で、ニンジャに向けてブレードを振り抜く。

 そんなものを受けてしまえば、全身の骨格をチタンに置換したサイボーグでさえタダではすまない。

 

 だが──

 

 ブレードは空を切り、レイジはよろけた。

 標的の姿を追って顔を上げた彼の目に映ったものは、頭上を飛び越えていくシルエットだ。

 彼が立ち直るよりも早く、相手は数メートル後方に着地し、強烈なタックルを繰り出してきた。

 ざらついた床の上に押し倒され、ナイフの刃のようなガラスの上を滑る。

 

「ぐあっ!」

 

 数百キロあろうというサイボーグの機体が、背中に飛び乗ってくる。

 が、彼の煮えたぎるような憤怒は、まだ爆熱を帯びたままだ。

 この場には何も無い。彼と、殺すべき敵のほかには、何も。背後に目掛けてレイジの指先が持ち上がる。暗い輝きを秘めた五本の指が、ニンジャの眼前に突きつけられる。

 

「ふ」

 

 その動きまで読み切っていたように、嘲笑が迸った。

 レイジの手中から、無音で放たれた”黒い光”。すべてを消し飛ばす虚無の光が空間を裂く寸前に、ニンジャは首をかしげた。

 その重厚な面頬を光がかすめる。

 体育館の天井が蒸発した。

 ポッカリと開いた穴の先、遥か彼方の上空で、光の花が咲き乱れる。音も無く、衝撃波もなく、ただ削り取られたように、星空に漆黒の虚無が生まれる。

 

「キミってさあ。オモロい映画あると、延々と同じ一本見続けるタイプ?」

 

 ビリ。

 

「ぐっ……どういう、ことだか」

 

 レイジの右肩が一瞬で壊された。

 布巾の破れるような音を最後に、彼の両腕は使い物にならなくなる。

 

「まあ、いいけど。強い技をバカのひとつ覚えで使い続けてちゃダメ──泥臭い殴り合いってのは、こんなふうにさ……」

 

 ニンジャが、彼の首を両腕で固めた。そのまま、ゆっくりと上に引き上げていく。

 

「創意と工夫で、楽しまなきゃ、ね、っと……」

 

 キャメルクラッチ。

 みぢ、と腹か背中の中でいやな音がして、レイジが巨大な息の塊を吐き出す。

 

大規模消去(フラッシュ)まで、残り十秒。市内全域の局員は、所定の位置で待機してください』

 

 みぢ、みぢ、みぢ。

 

『ガスの散布に備えてください』

 

 レイジの体が極限まで反り返る。

 汗がじわりと滲み出るが、ニンジャの手は一切緩まない。彼の首を締め続ける。激痛の中で仰いだ夜空から星が消える。町の明かりも、遠くの山稜も、何もかもが、まるで映画のスクリーンのように一瞬で暗転した。

 

 

 

 

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 のっぺりした黒の塊と化した暗黒を、赤い文字の列が無数に流れはじめる。

 

 みぢ。

 

 空に無数の光が灯る。星ではない。整然と並び、輝きを増していく。

 それは原稿用紙のように無限のグリッドを空に描く。マスとマスの間から漏れ出す光は際限なく強くなり続け、網膜に、脳のもっと深い場所へ、同じ図柄を焼き付ける。

 

 みぢ──

 

 パ、と。すべてが白に染め上げられた。

 解き放たれた光が、レイジの視界も思考も漂白していく。世界そのものが、一瞬にして白紙に返ったようだった。

 

 ぶち。

 

『管理局員の惜しみない努力と貢献に感謝いたします。それでは皆さん、今日も一日、けがないように。良いシュウマツを』

 

 

 

暗転(ブラックアウト)

 

 

 

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