海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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3.大きな大きな、ひとつのお別れ(1)

「そーいやテスト終わったな……」

「ああ……あっという間だった……」

 

 映画を見ているうちに雲は消え、青空が広がっていた。

 小雨上がりの西町は夏の日差しに焼かれ、肌にへばりつくような湿気に包まれている。

 ゴッ、と音を立てて一台のトラックが二人の前を走り去っていった。館内の静けさが嘘のような喧騒と蝉時雨に、彼らは囲まれる。

 息を吸うと湿った土埃と、煤煙が強く香った。

 

「アタシたち二人とも合格だ……」

 

 繋ぎっぱなしのレイジの手をいじりながら、カナタが呟く。

 

「そうみたいだな……留年の心配も無い……」

 

 ビルの谷間から、真っ白な雲がモコモコと湧き上がってくるのが見える。

 やわらかい雲。おっきな雲。ふわふわの──思わずカナタのおっぱいを思い出したレイジがスンと鼻を鳴らした瞬間、そのカナタが、思い切り肘を振り下ろした。

 

「うぐおっ」

 

 見事にレイジの脇腹に命中。

 

「アタシのおっぱいのこと考えてたろ、今」

 

 腹を押さえて前かがみなったレイジを、真横からジロリとカナタが睨んでくる。相変わらず傷と包帯が痛々しいが──そこに、頼りなさは微塵もない。

『イスルギカナタ』は、小脇にレイジの首を抱える。ヘッドロックの構えだ。

 

「いい気になるなよ。もう、おっぱいは当分かさねえからな。あれはトクベツだから。マジで。もうべたべたしないから」

「と、当分……うぐっ」

 

 うっかり言葉尻を捕らえたレイジの首を、カナタがギュギュギュと絞める。腕が取れかけてる病人とは思えないほどの力だ。

 

「言葉のアヤだよ! あーやー! 会ったばかりは石像みてーなヤツだったのに、すっかりヘンタイくさくなりやがって……」

 

 思い出したように、カナタはペチ、とレイジの額を打った。

 

「……ヘンタイは元からだったな。におい嗅ぎばか魔人」

「カ、カナタ離してくれ。俺が、俺が全部悪……うぐぐ」

 

 素人とは思えないほど的確に、カナタの腕がレイジの頚動脈にヒットしていた。

 遠のく意識の中でワリと本気で苦しむレイジを無視して、彼女は好奇の目をやってきた通行人を睨んで、野良犬のようにうなって見せる。

 

「こちとら仲良くケンカしてる最中だよ! 見てんじゃねえよ、田舎()っぺが! ぺっ、ぺっ!」

 

 がるるるる。

 カッペはお前もじゃい──と言われればそこでおしまいなのだが、そんなツッコミを許さないほどの気迫で唾を吐きかけてくる包帯女。

 誰もが足早に彼女たちの前を通り過ぎる。

 背後の映画館が閉館していなければ軽い営業妨害レベルでその場から人を遠ざけた後、彼女はふっと我に返った。

 

「さて──どうやって町を出るかだよな」

「それならルリコが。げほっ。ごほっ」

「あ、ルリコ? ……ドサクサに紛れておっぱい触ってんじゃねえよ!」

 

 カナタが突き飛ばし、レイジはよろめいて、電柱に頭からぶつかった。

 ズルズルと根元のほうにズリ下がりながら、彼はここ一ヶ月で一番の理不尽を味わっていた。小脇に抱えて胸を押し付けたのは、彼女だというのに。

 

「か、かってすぎる……」

 

 魂を取り戻した反動か、これまで以上に元気になったはいいが、彼女のフルパワーはレイジをも振り回すほどだ。

 アスファルトをジャリッと鋭く鳴らして、カナタがレイジのもとにやってくる。

 太陽を背負って黒々としたシルエットと化した彼女の顔で、瞳だけが燃えるような青で輝いている。

 

「教えろ、レイジ。ルリコが何か、知ってるのか?」

「げほっ……レールだ。出口は、町の外殻じゃない。中心街の──」

「あーっ! ほらね、ほらね、ウチが正しかったじゃないスか!」

 

 酸素を取り戻そうと咳き込むレイジの襟を、カナタが掴んだときだった。

 目の前の大交差点を行きかうトラックの音にも負けないほどの声が、二人の意識をそちらにやった。

 

「カナタせんぱいとレイジさん、すっかり元通りっス!」

 

 手を振ってぴょんぴょん跳ねる、マリコの姿がよく見えた。

 夏の暑さに負けるどころか、ギラつく太陽のもとで、彼女の元気はいっそう磨きがかかったように見える。

 

「あちゃあ。俺の読みが外れるなんて、これは参りましたね」

「俺も。レイジがヘマったら大手振ってカナタちゃんにプロポーズできたんだがね……」

「うひゃー、儲かっちゃったねえ」

 

 離れていても、二人にはよく見える。

 マリコと──彼女が引き連れたA組の問題児たちの大集団。彼女たちの手元から手元へと渡る硬貨が、銀の光を投げかけてくる。

 

「アイツら、もしかして……」

「俺たちの仲直りで金賭けて……た?」

 

 襟首を掴んだままのカナタと、電柱にもたれたままのレイジ。

 二人がポカンと見つめると、彼らはまたまた声を上げて大爆笑する。

 平日真ッ昼間のビルの谷間に彼らの声が響き渡る。決して、嫌味なものを感じない。爽やかで、親しみのある──親しみは、あるのだが──

 

「「ふ、ふざけんじゃねーっ!?」」

 

 カナタとレイジの叫びのデュエットで、彼らは更に爆発した。

 いまさら気づいたカナタがパっとレイジのシャツを離して彼らに向かっていくが、寸前で交差点の信号が赤になる。

 

「ぐあーっ、コノヤロー! 今からそっち行くから、動くんじゃねえぞ!」

「お、俺たちは必死だったんだ! それを……!」

 

 とおせんぼうを食らったカナタが、その場で激しく足を踏み下ろす。地団太の見本のような悔しがり方だ。

 一方のレイジはヨロヨロ立ち上がろうとして、まだ酸欠から回復していない。ツルっと滑って後頭部を強打。そしてまた電柱との仲良しに逆戻り。

 彼ら二人はとことん必死だが、もはやドタバタコメディだ。おまけに破局間近から回復したばかりとあっては──これほど後ろめたさを感じずに笑えるものも珍しい。

 笑うクラスメートたちの輪から出てきたマリコが、両手をメガホンの形にして口に当てた。

 

「ねーっ、やっぱりパイセンて、レイジさんとイイ仲なんスかー!」

「はァ!? ちげーし。オカシなこと大声で叫ぶんじゃねえ!」

「そんなこと言っちゃってェ、なんか耳赤くねースか!?」

「アタシ元が白いんだっつーの! 日焼けだ、ちょっぴり日焼け。今焼けたのー!」

 

 そうして『捨て猫』としばらくやりあった後、『野良犬』は勢ぞろいしたクラスメートたちの顔を見た。

 ヨシやザワちん、ボタ子……たぶん取り込み中のルリコの姿だけは見えないが、おそらく、打ち上げの真っ只中といったところだ。

 

「これからどこ行くんだー!?」

 

 青空を映すミラービルの町中に、カナタの声が反響する。

 それを受けて、ヨシが親指を立てて見せた。

 

「カラオケだぜ! いくだろ、ご両人!」

「分かった! 信号変わったら覚えてろよ!」

 

 どっ、とみんなの明るい笑い声がビルの谷間を満たす。

 しばらく肩をいからせていたカナタだったが──その肩から、ふっと力が抜けた。

 ペタリと座ったままのレイジを振り返って手を差し伸べるとき、彼女は困った顔で笑っていた。

 

「なあ、ありえない話だとおもうけど、アタシ、カラオケ行ったことなくて……」

「いいんじゃないか。少しくらい出発をズラしても」

 

 カナタの言いたいことを察してレイジは頷いた。

 夏は短い。だから足踏み厳禁。とはいえ、『オモトカナタ』には手に入れられなかった青春を取り戻すのだって、彼女の目指す『海』の旅路の一部だ。

 レイジは立ち上がって、交差点の向かいを見る。

 顔を見合わせて笑い合うクラスメートたちの顔が見える。彼の視線に気づいたマリコが、微笑みかけてきた。

 

「なーんスか。レイジさあん?」

 

 その穏やかな声は自動車の走行音にかき消されたが、レイジは微笑みで返す。

 

「イイ感じだ。ぜんぶ。たのしくなった」

 

 彼の笑顔を見上げて、カナタが呟いた。

 彼女も見る。友人たちと──その背後のミラービル。青空。電気自動車のモーターが焼けるにおい。

 水族館にもう一度行こう。カナタは心の中で呟く。

 ……駄菓子屋でコーラを買って、今度こそくじ引きで当たりを引いてやろう。体調がよくなったら、もう一度応募して、酒屋でバイトを始めよう。

 メイド服のミイラ女なんて、けっこう新しい『モエ』かもしれない。店長に提案して、またバイト代を上げてもらうんだ。

 おカネがたまったらそれでバイクを買って、レイジを後ろに乗せて走ろう。夕暮れの畑の中を、風を切ってまっすぐ走り続ける。

 それでフミオとも仲直りして──

 

「海を見た後、アタシ、ここに帰ってこられるかな」

 

 真横の歩行者信号が、点滅を始めたのが見えた。

 車道を行くクルマの列が途絶え、ギリギリで信号に滑り込めなかったトラックドライバーが、不機嫌にハンドルにもたれるのが見える。

 惜しかったな、という風にカナタが彼に笑いかけると、向こうも気づいて、困惑気味に笑って返してくれた。

 

「ヘンな話だけど……アタシ、ここが好きだ。ドームの中でも、作り物でも。初めて故郷……って感じられた。

 

 もうすぐ信号が変わる。

 彼女が望んでも望まなくても、そろそろ歩き出さなければならない。時は待たない。夏は短く、季節はうつろう。

 消え行く赤信号の真下で、レイジは肩をすぼめた。

 

「おやっさんが許してくれるかな」

「町の外に出たらサイジューヨーシメイテハイ。アタシら『ボニーとクライド』みたいになっちまうかも」

「マシンガンで撃たれても、俺がきっと守る」

「カナタせんぱーい!」

 

 飛んでくる冷やかしが聞こえないほど見詰め合っていたレイジとカナタは、マリコの甲高い声でようやく現実に引き戻された。

 相変わらず彼女は元気だ。

 

「なんだァー?」

 

 つられて笑顔を浮かべたカナタは手を振り返しながら、できるだけ大きな声で答えた。

 

「ウチら、最悪な出会い方しましたけどー!」

「そうかもなー!」

「でも、けっこういい感じの友達になれましたよねー!」

 

 その言葉に、カナタは隣にいるレイジの方を見て小さく笑った。

 

「そうだな……」

 

 レイジにしか聞こえないような声で、少し照れくさそうに呟く。

 カナタの目はどこか優しげで、懐かしさすら感じさせる表情を浮かべていた。そして、いたずらっぽく笑みを浮かべると、再び大きな声を張り上げる。

 

「悪ィー! もっかい頼むー!」

 

 マリコは交差点の向こう側で少し頬を膨らませるのが見えた。

 隣に立ったボタ子に半笑いで小突かれながら、彼女はけんめいに声を張る。

 

「だからウチ、カナタ先輩とー! 仲良しになれて良かったなってー!」

 

 カナタは笑いを堪えながら首をかしげ、手で耳をかたどる。

 聞こえない聞こえない。そういう嬉しいことは、もっと大きな声で言ってもらえなきゃあ。

 

「きっこえないんだけどー!」

 

 マリコはそのリアクションにあきれたように溜息をつき、少し恥ずかしそうに叫んだ。

 

「あんまチョーシ乗んないでほしいッスー!」

 

 カナタはそれを聞くと、思わず吹き出してしまった。

 街中に響く三人のやり取りに、周囲のクラスメートも思わず微笑んでいた。心地よい昼下がりの風が、彼らの楽しげな声を運んでいく。

 

「青春だねい」

 

 拳を振り回してカナタを威嚇するマリコを後方から見つめて、ヨシがしみじみしていた。

 彼の隣はザワちんの定位置だ。通学かばんをおなかの前で抱えるようにして立つ彼は、急にジジくさい言い回しを始めた親友に呆れて見せる。

 

「しないんですか。お前は。青春」

「どうかね。ほら、誰かと仲良くなると……俺らって、後々キツいっしょ」

「分かりませんよ」

 

 ザワちんはリュックに、口元をうずめる。

 ホイルで包まれた例のパックが、クシャリと潰れる音がした。そのままいっそ、何かの間違いで中身ごと壊れてくれれば……と思うが、依然としてそこにあり続ける。

『ムナカタおじさん』は、彼らに期待している。

 子供にとって、親の期待に応えるのは無上の喜び──血の池で彼らを訓練してくれた男はそう言っていた。

 それはまやかしだと分かっている。だが、それ以外の神を、彼らは知らない。

 

「ヨシ──お前は人間です」

 

 マリコの頭をくしゃくしゃ撫でるボタ子を見つめながら、ザワちんは続ける。

 

「人間なんだから、任務なんて、放り出していいんです」

「俺が今こうして立っていられるのは、ザワちんと、ムナカタおじさんのおかげだ」

 

 彼の頭上で歩行者信号が切り替わる。

 ライトはレッドから、青信号(グリーンランプ)へ。

 手入れされたスキンヘッドをザリ……と撫でて鳴らして、ヨシは前進する(アドバンス)

 

「行こう、ザワちん。俺たちに許された自由は祈ることだけだ」

 

 焼けたアスファルトの上へと、彼はブーツの靴底を運ぶ。

 吐き捨てられ、路面にへばりついた真っ黒なガムは、文句のひとつ漏らさず彼によって踏みにじられる。

 夏の大気の中で、彼の足取りはとろけそうなほど重い。

 

 ■

 

「うえ……マジすか。どーいう神経してるんスか」

「うるさい子だねえ! いいんだよ。アイってのはねえ、そういう形もあるんだよ!」

 

 三途の川のように長い交差点を渡る間、ボタ子の周りをマリコが跳ね回った。

 この猫のような──それでいて本心では馬に憧れているという奇妙なギャル下級生は、最近のボタ子のお気に入りだ。

 

「ウチ、さっさと玉砕したほうがいいと思うス。ウチからのアドバイスっす」

「玉砕前提でハナシすんじゃないよ!」

「なんでパイセン、面倒くせー男のシュミばっかしてんスか」

「だって……好きなんだもの。しょうがないじゃないか」

 

「乙女ェ」と茶化しまくるマリコの頭に手を伸ばすボタ子だったが、相手はスっ……と避けてしまう。

 バコッ、バコッ。マリコの厚底スニーカが奏でる足音は、聞いていると本当に蹄のようだ。

 

 乗馬なんて、いつかしてみたいねえ──ビルの合間から差し込む日に手を翳しつつ、ボタ子は歩いていく。

 向こう側からレイジとカナタが手を振って歩いてくるのが見える。

 マリコが、そっと彼女の脇をつついた。

 

「でもウチ、応援するス。がんば」

「うっわ、無責任……」

「全力で後押ししちゃうと、ウチもちょっと困るんで。だって──」

 

 ボタ子の前にスキップで躍り出たマリコが、チョイチョイと手招きする。

 軽くかがんで耳を傾けてから、ボタ子は軽く目を剥いた。そんな彼女のリアクションを見て、マリコは「にゃはは」と照れ笑いする。

 

「まーったく。あたいの後輩も、そうとうイカれちゃってるじゃないかい」

 

 ボタ子もつられて声を上げて笑う。おやおやこりゃ大変だよと思いつつ、何故か悪い気はしない。

 マリコがそうなってしまった理由は、これから向かうカラオケでしっかり聞かせてもらうことにする。

 ボタ子が差し出した手をマリコが握り、レイジたちに向かって

 

 

 

        

 

 

バツン。

 

 

 

 

 

 空が暗転した。

 先程まで青々と映えた西町の空は一色の黒によって呑み込まれた。

 

「なに……?」

 

 マリコはあたりを見渡す。

 さっきまで焼きつくようだった太陽の熱さえ、今は感じない。

 信号の明かりが消え、闇の中で急ブレーキの音がいくつも連なった。遠くから混乱をきたした悲鳴が聞こえる。

 怒号も。おそらく町全体がこんな感じだ。シュミの悪いイタズラが起こって、町そのものを暗室に閉じ込めたようだった。

 ようやく、クルマのヘッドランプが点々と灯りだす。マリコはその中に、友人たちの姿を探す──

 

「ああ、そっか……今か。ズイブン、いじわるなタイミングだねえ……」

 

 握っていたボタ子の手がスルリと離れていった。

 

「ふえ」

 

 聞いたこともないほど優しく、そして寂しげなボタ子の声。彼女は指のテーピングの感触だけを残して、離れていってしまった。

 

「ぱ、ぱいせん!? ダメっす。傍にいて──」

 

 ガサガサ音が聞こえる。うっすらとヘッドランプが照らす中で、アルミに似たきらめきがマリコの網膜を刺す。

 ボタ子だ──と思った。この蒸し暑いのに、彼女はバッグから取り出した袋から、銀色のポンチョのようなものを身に着けていく。

 その背後の闇から、ぬっと二人の『銀合羽』が現れ、マリコの心臓を飛び跳ねさせた。

 ヨシとザワちんだ。背格好で、マリコには分かる。しかし、フードの中の暗がりから見据えてくる目の温度が、かつての彼らとは別モノだ。

 

「なんの、ジョーダンすか」

「ごめんよ、マリコちゃん。恨んでいいから。ホントにごめんね。ごめん」

 

 ジャコッ

 

 ほとんど同時に、三人が手に持ったものを広げた。

 黒塗りの──まるで箱のような形をしたSMG(サブマシンガン)だ。簡素な作りのもので、バナナ状のマガジンの中身が丸見えだ。

 

 黒い、テープで封印された弾が込められている。

 

 そのシルエットがマリコの心に不穏な残響を広げるより早く、三人が銃身にマウントされたフラッシュライトを向けてきた。

 目を眩ませながら、彼らが見据える先にあるものは、マリコにも察しがつく。

 

(だってさっきまで、ウチらあの人のハナシして、楽しく……)

 

「ぱいせ」

 

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 空が大量の赤文字で埋め尽くされた。

 

『ザッ──────コードXの発生を確認しました』

 

 平板で、恐れも焦りも感じない機会音声のアナウンス。

 

『繰り返します。コードX。コードX。大規模消去を実行します。市街全域の局員はただちに備えてください』

 

 すべてが不気味な赤色に染め上げられる。

 雨上がりの夕焼けよりも、ずっとずっと赤い。毒々しく、命の存在を拒絶するような、グロテスクな赤色だ。

 

『────フラッシュまで、残り六〇、じゅうじゅうじゅじゅじゅじゅじゅ────オーバライドを確認。フラッシュまで残り六〇〇秒に再設定。カウント、開始します』

 

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 ゆっくりと視力を回復したマリコの目に、困惑した様子で空を見上げる友人たちの姿が映る。

 

 そして、街角に何人も、何十人も佇む『銀合羽』の集団が。

 地上だけじゃない。ありとあらゆる建物、ありとあらゆる屋上にまで、ポンチョの軍団がひしめいている。

 とある雑居ビルの屋上に、マリコの目が吸い寄せられる。

 女がいる。

 真っ赤な風の中に、長い黒髪を躍らせている。

 

(あ、あれ……あの人、カナタ先輩に似て──)

 

 よく似ていた。

 カナタよりいくらか歳が上に見える。

 だがしかし、彼女の目鼻立ち、立ち姿に至るまで、カナタそのものだ。彼女はボタ子の視線に気づいて、ゆっくりと顔を向けてくる。

 

 ズドン。

 

 重く、腹の底に響くような音。

 

(銃の音だ……)

 

 切り裂かれた空気が焼けるにおいをかぎながら、マリコの背筋からぶわっと汗が噴く。

 彼女のヘビロテ映画『焼失』で聞いた、間の抜けたブラスターのSEとは何もかもが違う。無慈悲な大口径ライフルが、人の命を奪う音。

 これは映画じゃない。現実の世界にカットは存在しない。状況はまだ続く。

 

 鼻の粘膜が焼けるような鉄のにおいがマリコのもとに漂ってきていた。血の匂いだ。死のにおいだ。

 

 誰かが。何に──? どうして──スか? 

 

 ずしゃあっ

 

 近くで、重いものが地面に崩れる音がした。

 ぎこちなく振り返るマリコの横を、『銀合羽』を纏ったボタ子たちが通り過ぎていく。彼らのフラッシュライトは、見たくもない現実を洗いざらいに見せ付けてくる。

 呆然と佇むカナタの足元に、何かが倒れている。

 

 レイジだ。

 

 白い光の中、不死身のスーパーマンはピクリとも動かない。

 胸にポッカリ開いた大穴の周りをぐつぐつと煮えたぎらせながら、彼は仰向けに倒れたままだった。

 

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