海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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6.豚の鳴かない町(2)

 

「どしたの、キリちゃん」

「あーコラコラ。ここは教室なので」

 

 カナタの前に、キリエの指が突き出される。

 何もしてないのにちょっと震えている。その理由は明白だ。電柱のような長身の女教師は、こんな瞬間でも片手に銀のスキットルを握ったままだ。

 

「頼れるアナタの教師のことは、先生と呼ぶように。いいですね」

「へ?」

「カナタさん。あなた、苗字は?」

「え?」

「苗字ですよ、苗字、ファミリーネーム。みんな持ってるでしょ。田中? 佐藤? アビゲイル?」

「……ない。アタシ、思い出せないんだ。わりい」

「あーそうですかそうですか、ホンっと面倒なガキですね。じゃ、レイジ君。キミの使いましょう。イスルギで。彼の隣の席──水泳部のハルマサだったか。当分来ないんで使ってください。教科書も彼のを」

「はァ!?」

 

 いつものように何も分かっていないくせにボンヤリ頷くレイジの隣で、代わりとばかりに大声を上げたものがいる。ルリコだ。

 

「なに? なんですって! 先生、どういうこと!?」

「入学手続きはこれにておしマイケル牧場の決闘ってことです。イスルギカナタさん。今日から、気張って学業、よろしく」

 

 ルリコが絶句した。

 いつも馬鹿げた雑用を押し付けるのと同じ口調で、キリエの口から次々放たれる爆弾発言。クラス全体の注意が、すでにこの席に向けられている。

 

「マジか! ……いいねえ。あたいたち、カナちゃんと毎日遊べんだ」

 

 ボタ子の言葉が皮切りになって、夏休み直前に転入生がやってくる実感が、クラス全体に伝播していく。ざわめきの中、唇をわななかせるルリコの隣で、当のカナタ本人が、一番実感を得られていない。

 

「午後イチでこのクラスに突っ込まれるんで、それまでいい感じに馴れ合っといてくださいね。五限、社会の鎌田(カマタ)でしょ。自己紹介で授業邪魔すると、ガチで機嫌悪くなるんで」

「せ、先生! いくらなんでも──」

「え、ちょ、アタシが高校生やっていいの!?」

 

 ルリコのツッコミは最後まで言葉にならない。我に返ったカナタが目を輝かせて乗り出してくる。彼女の真っ白なおでこを手で押しのけながら、アル中教師はゆったり頷いて見せた。

 

「だって明日からも入り浸る気マンマンでしょ」

「うん!」

「じゃ、お互い面倒の少ない形にしませんと。イヤですか?」

「なワケないだろ! アタシが……ガッコーとか……! で、でも。学費? っつーの? 払えるようなカネ、持ってない……し……」

「問題なし」

「ありまくり」

 

 ルリコが頭をガリガリかいた。

 

「こいつ、タダで通わせるの? それって何て言うか……不公平でしょ」

「ある偉いさんが電話してきて『とりあえず楽しめ。落ち着いたら金返せ』とのことで。いやあ、まったく。つくづく理解に苦しむオジンですが、あいつが言ったら白でも黒です。納得しました?」

 

 返事がない。ほとんど答えになっていない。

 

「ヘイ、カナちゃーん」

 

 フミオが、カナタの耳元で指を鳴らす。無反応だ。レイジが心配そうに、彼女の顔を覗き込む。

 

「気を失っているのか?」

「いんや。お前のツレ──んでもって俺らの新しいクラスメートな、嬉しすぎて、どうしていいか分からないらしいぜ」

「おー! そっかあ、よろしくな、カナタちゃん!」

 

 教室の端から様子を見守っていたヨシが喜色満面で声を上げた。彼の対面で本を読んでいた、女と見まごうほど端正な顔つきの男子生徒も、控えめに微笑んで手を振ってくる。

 

「あっ、おう! よろしくな!」

「はい、喜びタイム終了ー」

 

 それに気づいてブンブンと手を振り返すカナタの頭の上から、気だるげな声が降り注いだ。

 

「んでね、昼休みが終わる前に、この模試の話をしとかなきゃなんですよ」

 

 キリエの指差した先には、もはや存在を忘れられていた数冊の書類が置かれていた。

 

「期末テスト、二週間後ですよね。ねえ、お前ら」

 

 キリエがゆっくり見渡す先で、2-Aの劣等児たちが顔を逸らしていく。

 もともと期待なんてしていないが、とことんまで自信なさげな彼らの様子を見て、彼女は肩を落としながら重々しいげっぷをカナタに吹きかけた。

 

「うげっ、くさ……」

「まっしろけちゃん。アナタにもテスト受けてもらいますよ。このクラスの一員として。あとヒマでしょ、どうせ」

 

 そんなことを言いながら、キリエはスキットルを取り出して酒を口に含む。一気にトロンとした目になった彼女は、その目で、何か質問はないかとカナタに促してきた。

 

「ん」

 

 おずおずと、カナタが手を挙げた。

 ゆるい教師の目つきが、ほんの少しだけ鋭くなる。

 

「『ん』じゃない。そういう時は、ハイって言うの」

 

 射すくめられたように、カナタの肩が少し震えた。それでも彼女は、すぐに頭をブルブル振って、我に返った。

 

「あ──は、はい。センセー」

「ん。ナイス挙手。それじゃ転入生、張り切ってどーぞ」

「アタシさ」

 

 そこでカナタは一瞬あたりの目を気にするように見渡してから、

 

「アタシ……あんま、頭よくないと思うよ……なんも、覚えてないし」

「なあに下らないこと気にしてんですか。クラスAにマトモな学力の生徒なんていませんよ。それに、ご友人たちの前でぶっちゃけるのはマジ申し訳ねえって感じですが──」

 

 珍しいことに、そこでキリエは声を潜めて、ルリコたちにだけ聞こえるように告げた。

 

「レイジくんの成績とか、本当の本当にギリッギリのスレッスレでレッドゾーン堂々突入って感じなんで。仲良く勉強したら?」

「突入したらギリギリもクソもないでしょ」

 

 ルリコが半目でキリエを見上げる。

 

「とにかく諸君には成績の改善を要求します。負け組がこれ以上負け込むと、学校に置いておくことも出来なくなりますからね」

 

 言いたい放題したキリエが「うんうんうむうむ」と自分で勝手に納得したように頷いて、酒をあおる。その瞬間、彼女の顔色が急変した。レッドからブルー、そして、ホワイトに。

 

「じゃ……みんな、がんばウゲー」

 

 見た目だけはすこぶるいい女教師が、グラウンドに面した窓を開け放ち、ついでに胃袋の中身を解き放った。げろげろという音と、階下から聞こえる甲高い絶叫。

 どことなく潮風に似た臭気を乗せた風が教室に吹き込んでくると、緊張に包まれていた教室の中に徐々に昼休みの活気が戻ってくるのであった。

 

「……どれどれ。生徒会長サマがアンタのダメっぷり見てあげようじゃない……」

 

 半ば冗談めかしながら、ルリコがレイジの模試結果に手を伸ばす。めくって、めくって、めくりまくるうちに、彼女の顔がどこまでも曇っていく。

 

「……もしかしてアンタ、絶望的に勉強できないの?」

 

 かすれた声で彼女が聞いた。その横からフミオが手を伸ばす。

 

「ちょい貸してみ生徒会長……おいおい、小学校のテストじゃねえんだぞ」

「そんなにひどいのか」

他人事(ヒトゴト)じゃないでしょ! 答案に『わかりません』って書いてんじゃないわよアンタ」

「まず字の汚さが終わってるぜ。こんなんガキの仕事だぞ……マジで留年してえのか」

 

 ものの深刻さを分かっていないのは、レイジと、そして彼の隣にいるカナタだけだ。

 

「リューネンってさ。どのくらいヤベえんだ?」

「おえっ……ヘソから内臓がぴゅるって全部出るくらいヤバいです」

 

 声が聞こえた。誰もそっちを見ようとしない。

 

「はい」

 

 少し見ない間にだいぶげっそりしたルリコが手を挙げている。

 

「はい、生徒会長兼ツッコミ担当。先生は見てのとおり吐くほど忙しいのですが、答えましょう」

「生徒の苗字勝手に決めるの、どう考えてもヤバいでしょ」

「激ヤバの問題児二人並べておけばセットで動かせて便利なんですよ。それにイスルギカナタは合体怪獣みたいでかっこいいし」

「適当すぎでしょ! どうせ面倒な後始末は私たちに押し付けるくせに! ――カナタ、アンタもなんか文句いいなさいよ、キモ男といっしょくたなのよ!?」

「もしかして……キモ男とは、俺のことなのか」

「別にいいよ。こいつ気持ち悪いだけで、悪いヤツじゃないし」

「ああもう!」

 

 何がそこまで意外なのか、レイジが静かに落ち込んだ。ルリコはルリコで、思い切り天井を仰ぐ。フミオは話に混ざることを避けて、どこ吹く風を決め込んでいる。そんな三人の前で、白い腕がピンと伸びた。

 

「ハイ!」

「はいお元気。またもやカナタさん」

「テストダメだったら、アタシ、退学か?」

「んまあ、ちょっと違うけど留年は……そういう子はいろいろあって学校にいられなくなるんで。結果は一緒、あ、お、オ、オロロロロロロロ」

「下のクラスって、ピカピカの一年ボウズたちだったかねえ」

「マジで終わってますね、ウチの担任」

「なあ、キリちゃんセンセー」

 

 カナタは一度、背後のレイジ、フミオ、ルリコの三人を振り返る。

 

「そのテスト受けたら、アタシもこの三バカの仲間になれる?」

「私をチームバカに入れるな、私を」

 

 早速カナタがどんなやつか理解し始めたルリコが、彼女の背中を小突いた。ようやく出すもの出してスッキリして戻ってきたキリエが、迎え酒で口をゆすぎながら、薄く笑う。

 

「こんな愚連隊の仲間入りしたいんですか? 物好きですねぇ」

「おいおい、アンタ一応教師だろうが……」

 

 眉をひそめるフミオの前で、キリエが汚れたカーテンを口元から離した。そのまま机に戻っていって、書類の上にのたくった字を走らせ始めて──三馬鹿プラス1の周りに集まった2-Aの生徒たちに気づいたようだった。

 

「おやおや、皆さん興味津々といったご様子」

「はっ、はひっ!」

 

 上ずった声で手を挙げたのは、先ほどカナタに微笑みかけた長髪の美青年だ。

 鶏ガラのように細った腕はものの数秒でプルプル震えだす。今にも倒れそうなほどにダラダラ汗をかきはじめた彼を、ヨシが支えてやる。

 

「へへ、こいつ、体力なくてさ……」

 

 そう言って、ヨシは困ったように笑いかけてきた。

 

「ホラホラ、カナタさん」

 

 キリエが、カナタに向かって顎をしゃくる。

 

「え」

「ここからはアナタが勝手に仕切ってください。そして、さっさとトモダチ作って、青春したらいいじゃない」

 

 キリエはもう一度勢いよく酒をあおってから書類と向き合うことにした。血管を駆け巡るアルコールの力を借りてバリバリとペンを走らせていくが、それは本来、先週末に片付けなければいけない仕事だ。

 数秒の後に虚脱感が戻ってきて、それが彼女を、ひどく打ちのめす。

 

「あ……じゃあ、はい。そこの……ええと……」

 

 背後から聞こえてくるキリエの泣きべそを聞かないようにしてカナタが小首をかしげた。

 

「アイザワです。俺はアイザワレイ……」

 

 と、朗らかに笑っていた長髪の生徒は、一瞬レイジのほうを見やって表情を曇らせる。

 

「なんでもないです。俺はアイザワ。ただそれだけの、神社のせがれです」

「じゃ、ザワちんか!」

 

 カナタが口走った言葉が自分のあだ名であることに気づくと、アイザワの顔が、ぱっと輝いた。その頭を、いつも隣にいるヨシが乱暴に撫で回す。

 

「おお……やったじゃんアイザワ……念願の名前ってやつ、転校生に貰っちまったな!」

「ちょ、やめ──あ、ありがとうございます、カナタさん!」

「ちなみに俺は二ノ宮ヨシってーの。よろしく」

 

 質問スタイルを無視してグイグイとカナタとお近づきになろうとするヨシを邪険に押しのけながら、アイザワ、もといザワちんが質問を続ける。

 

「と、ところでカナタさんは好きな音楽とか────」

「うまく馴染めそうでよかった」

 

 ぽつり。何気なくこぼれたレイジの言葉を聞きながら、フミオが笑って肩をすくめる。

 

「てめえみたいな『孤高の男』がそれ気にすんのか。趣味のいい冗談だ」

「だからこそだ。カナタには、いつでも笑っていてほしい」

「アンタの口から誰かの幸せを願う言葉が出てくるなんて、ね。明日は雨かしら」

 

 天地がひっくり帰ってもルリコは認めないだろうが、気づくといつも、三馬鹿はひとつの場所に集まっている。彼らの視線の先には、カナタがいた。矢継ぎ早に浴びせられる質問に戸惑いながら、それでも楽しそうに答えている。

 

「そんな特別なの。あの子って」

「ああ……運命、なんだと思う」

「ふうん。あっそ」

 

 放った意味深な言葉の続きをレイジが語ることはなかった。ルリコは、醒めた目を隠そうともしない。

 

 ■

 

 もはや公然の秘密だが、2-Aは最終処分場(コンポスト)だ。

 複雑な事情にまみれた生徒を適当に放り込んで、腐敗するに任せる隔離施設。だから、全身白い碧眼の生徒が入ってきたところで、大して中身が乱れることは無い。真の問題は、別のところにあった。

 

 

「ダメに決まってんでしょ!」「バカかお前は!」

 

 放課後の教室に二人分の怒声が響いた。

 

「この季節はあったかいし、いけるって」

「そういう問題じゃないのよ。女の子の野宿なんて、絶対絶対ずぇーッたいに許さないから!」

 

 住所不定のカナタが「当面アタシは野宿でいいだろ」と言い出した瞬間、その場に居合わせた全員に正気を疑われた。

 ルリコがため息をつき、フミオは頭を抱え、特に深いことなど考えていなさそうなレイジがぬぼーっと立っている姿を、酔い潰れて机の上にビロビロ伸びたキリエが眺めている。

 

「なんでだよ、ちょっと外で寝るくらい。そんな言われたの初めてだぞ。たぶん」

「じゃあ……やはり、俺のところで」

「アタシはそれでもいいケドさあ」

「よくねえ。何もかもよくねえよ。おい、レイジ」

 

 フミオがレイジを教室の後ろまで引っ張っていった。

 

「女の子だぞ!」

「そうだ。俺の運命の相手だ」

「いきなり気持ち悪いなお前は……」

 

 二人は振り返る。カナタは、隙を見てやってきたクラスメートたちに囲まれ、談笑している。彼女の端正な美貌と、明るく屈託のない笑みは、既にみんなの心を掴んだようだった。

 

「どこ住み? 何区?」

「家なし!」

「おいおいヤベえな! ウチでもトップクラスの不幸属性だろ!」

「ご趣味は何ですか?」

「忘れた! なにかオススメとかあるか?」

「は、ハチャメチャすぎじゃないかい、カナちゃん!?」

 

 破天荒がすぎるやり取りを繰り広げていても、笑顔のカナタは見ているだけで人をひきつけるような不思議な魅力がある。

 

「ぐああ! 俺から全財産搾り取った女があんな美人であんな性格! 俺の心はめちゃくちゃになりそうだぜ!」

 

 朝の賭場でケツの毛までむしられたフミオは複雑な心境だ。彼に殴りつけられたロッカーが、情けない音を立てる。

 

「ああ。カナタはきれいな子だな」

「恥ずかしげもなく言うんじゃねえ。それがヤバいって言ってンの! いいか、断言してやる。あんなんといたら、誰だっていずれ過ちを起こす」

「起こらん。俺はカナタを絶対に傷つけないと約束した」

「起きる!」

「起きない」

「起こすんだって!」

「断じて起こさない」

「なあーフミオ、レイジと話ついたか!?」

 

 カナタが声を張る。

 

「うるせえ、タバコ返せ!」

 

 フミオが怒鳴り返す。

 未だによくわかっていないようなレイジの肩をつかんで、フミオはがくがく揺さぶった。が、レイジの体が安定しすぎていて小揺るぎもしない。

 

「クソ、岩盤かおめえは!」

「いいか、俺は何もしない。フミオは心配しすぎなんだ」

「甘いんだよ! お前ボーイミーツガールって言葉を知らんのか!!」

「聞いたことだけは」

 

 幻覚の口からだが。

 そういえば、あれから夢の少女が話しかけてこないな──と、天井を見つめてポカリと口を開いたレイジを見て、フミオは派手な身振りまで交えて、不安そうに畳み掛けてきた。

 

「男と女! 年頃でいきなりで、一つ屋根の下! それが揃っちまったら絶対に下半身のナニか(ウフンアハン)が起こるんだよ!」

「俺がナニをするほど人間味ある男に見えるのか」

 

 悲しいほどしっかりとした自己分析。

 

「お前、自分でそれ言っててむなしくねえのか……」

 

 驚くほどすんなり納得してしまうフミオ。

 開け放たれた教室のドアから吹き付ける風が、二人の間に漂う気まずい雰囲気をクラス全体に拡散させていく。

 

「フミオのとこはどうよ?」

 

 それまで黙って聞いていたヨシが口を開いた。

 その手には悪名高い、購買の化石パンが握られている。前歯が欠けるほどカピカピで、唾液を総動員してふやかさないと腹を壊す代物だ。

 

「家デカいし。いいオヤジさんもいる──A組で一番マトモだろ」

「俺ンところは……ダメだ。ただでさえ、こんなでけえネズミ飼ってんだぞ……」

 

 予想外のところから殴りつけられたように顔を歪めて首を振るフミオに、それ以上ヨシが何かを言って来ることはなかった。

 

「分かった分かった。じゃあこうしましょ」

 

 見るに見かねて、後ろにカナタを引き連れたルリコが二人の間にズズイと入ってきた。

 

「今日、私たちが一緒に行って様子を見る。それでこいつが何か問題起こしそうだったら……まあ、たぶん大丈夫でしょ。レイジだし」

「ルリコさあ」

 

 フミオが、困ったような顔でルリコを見ている。

 

「レイジんちで時間潰そうとしてね?」

「うっさいわね。私の家庭事情に首突っ込んでいい筋合いじゃないでしょ、アンタ」

「いや、そ、そうなんだけどよォ……」

「かまわない。俺の家は、誰でも歓迎だ」

「廃墟暮らしが何か言ってら。お前ンちに出入りしてるのはクモとゴキブリばっかじゃねえか」

「え……レイジの家って、そんなにひどいのか?」

「この後イヤってほど分かるわよ。なんせこいつの部屋ときたら壁に──」

 

「…………おやまあ。見てよ、ザワちゃん」

 

 それまで壁に寄りかかってやりとりを見ていたボタ子が、隣のアイザワ──ザワちんのシャツを引っ張った。

 

「あ? どったんですか?」

「アレさ、アレ」

 

 午後の柔らかな光を背負うようにして、いつもの三人と、新しくそこに加わった新入生がああだこうだと言い合っている。

 厳密には、レイジはそこに突っ立っているだけだが──

 

「笑ってるよ。レイジちゃん」

「へェ。イスルギのやつ、あんな顔できたんですねー」

 

 レイジのことになると、とたんにザワちんはつっけんどんになる。

 無関心をアピールするようにわざとらしい口笛を吹き始めたザワちんをよそに、ボタ子はレイジをじっと見つめる。天を衝くような筋肉の固まりがニコニコしていた。

 

 それは、見ようによっては不気味かもしれない。

 

 だが。

 

「気分が良くなるもん、見せてもらっちゃったねえ……」

 

 彼女自身知らないことだが、ボタ子の口元も緩んでいた。

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