「おわあッ……とととォ!」
対パワードスーツ戦闘に見事に黒星を上げはしたものの、見事に横転したバイクごと、二人はどこまでも滑って行った。
カナタの両足が、列車の外で泳いでいる。コンテナの作った微細なひっかき傷に指先ひっかけてブラ下がる彼女のもとに、レイジが這っていく。
彼のたくましい腕が差し出され、カナタの顔に安堵が浮かんだ。
「カナ──う、ぶおえっ」
だがそれも一瞬。
血が、カナタの頬にピピッと飛んだ。
レイジは、吐き出した血と千切れかけの舌端を噛みしめながら、苦しげに顔をゆがめる。
数時間に及ぶナノマシン攻撃とフミオとの激戦で、彼の体はグズグズだ。焼かれ、溶かされ、撃ち砕かれ、貫かれ……もう、限界に近い。
「カナタ……!」
「くっ……! レイジ……!」
バシュッ
徐々に弱まり、レイジの指から力が失われていく。
彼の体も列車の外に引っ張られ──共倒れになることを嫌がったカナタが手を離しかけた瞬間、サマナの指が持ち上がり、そこからワイヤーが車外に飛んだ。
《きこえ、か……これ、ワナじゃねえから。掴んで上がれよ…………》
床に槍で縫いとめられたパワードスーツの首が真横を向き、彼らを見つめている。
《ダチ、だろ……このくらい、……信じてくれ。今だけでもいい……》
「フミオ……」
カナタは迷い無く、ワイヤーを掴んだ。
■
死にかけのレイジを乗せて、死にかけの貨物車がいく。
車両の大半が脱落するほどの激戦の余波は、先頭の牽引車まで及んでいた。
特にトドメとなった一撃──レイジの反物質槍はフミオを貫いた後も衝撃を放ち、車両はオレンジ色の外装を大きく穿たれ、反対側まで見える穴があいている。
「はあ……はあ……サンキュな、フミオ……」
その甲板でレイジと共に大の字になったカナタは、激しく息を切らせていた。
《はっ……忘れんなよ。俺らさっきまで殺しあってたろうが?》
ウインチでカナタを引っ張りあげたあとも、パワードスーツは倒れたままだ。
疲れと痛みと嫌気が混じったフミオの声をスピーカーから迸らせるだけで、そこに反撃の様子は無い。
二人が見つめる前で、ガスの漏れる音とともにサマナの装甲からボルトが排出される。ひしゃげた胸部装甲がゆっくりと展開していった。
「うっ……が、あ……ッ!」
カナタとレイジの耳がはじめに拾ったフミオの肉声は、うめき声だった。
彼の右肩はレイジの投げた長槍によって、胸部ハッチごと車両に縫いとめられている。ハッチの動きで体を引き裂かれそうになったフミオを見た瞬間、死んだように倒れていたレイジが、パっと起き上がった。
彼はハッチに飛び移り、全体重をかける。それでハッチの動きは抑制される。
「フミオ……」
レイジが心配そうにコックピットを覗き込むと、血まみれの親指が伸びてきて、サムズアップした。
フミオは血で濡れた唇を動かす。
「あり、がとよ……」
「……ン、だよ、ひでえよ、それ……」
レイジを追ってきたカナタがコックピットを覗き込んで、口元を押さえた。
赤い風呂だった。熱気が立ち上り、鉄と薬品の匂いが鼻を刺す。
凄絶に笑うフミオの体の下に、赤い血が溜まっている。パワードスーツの生命維持装置が作動して、脊髄から輸液と薬剤を投与しているが──痛みまではどうしようもない。
「ま。こんくらいしなきゃ、お前らとは戦えなかった。だけだよ……」
上裸の彼の胸骨が丸見えだ。
切開された傷の中に、移植された脊髄が見える。それは肋骨を縫い、肉をえぐり、動脈に絡み付いている。肋骨の隙間の肉に赤黒い血と薬液がじわじわと滲んでいる。
不健康な、死のにおいがする。
ハッ、ハッ──荒い息をつきながら、フミオは笑っている。無邪気だった。全力尽くした運動会で僅差で負けて、「あーあやられちゃった」と言うような。
「こいよ……ルリコのカタキに復讐できるぞ……?」
ガクン。列車が大きく揺れた。
長い長い上昇劇は終わりに近づいているようだった。壊れかけの車両の下で地面が一気に傾斜し、パワードスーツが重力でズリ下がる。フミオの傷は重量でますますひどく引き裂かれ、彼は悲鳴を押し殺した。
「はあ、はあっ……煮るなり焼く、なり……好きにしろや。俺ァもう、何もできん」
レイジはフミオを見下ろしていた。冷たいライトの光の下で、フミオの瞳と血だまりが、ギラギラと光っている。
「どうする、レイジ」
カナタはレイジをじっと見つめた。
いろんな感情が、ごっちゃになった視線だった。
──ここに、暮フミオの罪状を読み上げる。
彼に烙印を落とすならそれは『裏切り』の一言に尽きる。
ルリコの抱える痛みを見据えられず、背を向けた。
自分をトモダチと呼んでくれたカナタを踏みにじり、人格を壊した。
レイジの痛みを知りながら無視し続けた。そして、彼を最悪の暴走に駆り立てた。
ルリコの思いやりを──最後に浴びた。
「レイジ……」
カナタが、きゅっと拳を握り締める。
「どうもしない」
そこからレイジが漏らした答えは、全員のドギモを抜いた。
「あぁ!?」
それまで穏やかだったフミオが、すさまじい形相で凄んだ。
「とうとう脳までナノマシン回ったのか。ルリコは俺が殺したんだぞ!」
「それは結果だ……ルリコは命がけでフミオを助けた。俺がフミオを殺したら、それこそ、ルリコの頑張りがすべておじゃんになる」
「ッ、甘ェ……」
フミオはそっぽを向く。
「そりゃアマくもなるだろが!」
「あっ、おい、カナタ!?」
それまで力なくうなだれていたカナタが、パワードスーツの装甲に足をかけ、よじ登ろうとする。
あわてたレイジが止めようとするのも何のその。コックピットに両手を突っ込んで、血まみれのフミオをガクガク揺さぶる。
「フミオ……おい、スカしてねえで、こっち見ろ!」
「ってえな……あのまま気持ちよくブッ殺しときゃよかったのによ。中途半端なトコに槍刺しやがって……いづづ……」
「なんでだ!」
「あ?」
チャプ。
わずかに顔を向けたフミオが、茶髪の端から血を滴らせる。そしてカナタの瞳を覗き込んで、困惑した。
彼女は涙をのんで、敵であるはずのフミオを睨み付けている。
「なんで、フミオはそんなツラそうな顔してんだよ」
「そら、見てのとおりだからっしょ……」
フミオは視線で、串刺しになった己の体を示す。カナタの手にいっそう力がこもったのを見て、レイジが彼女を羽交い絞めにする。
フミオの返り血で、ライダースーツの腕は、肘から先が真っ赤だ。
「ちがう! 殺すつってホンキで殺しにきて! でもって今は殺せなんて抜かしやがって! すき放題してるくせして、オマエ、ぜんっぜん楽しそうじゃねえぞ!」
「フミオ。お前はどっちなんだ?」
カナタの言葉を継ぐように、レイジが落ち着いた声音を振るう。
「復讐しろなんて言いながら、今、こうして敵になった俺たちと話してくれてる」
薄暗いトンネルの中で、彼のシルエットをぼんやり見つめるうち、フミオはそこに、ルリコを重ねてしまう。
『は? この私と筋肉ダルマ見間違えたってコト?』
だってそう見えんだもん──フミオはかすれた笑いを漏らす。腕組みし、怒ってるんだか失望してるんだか読めない目で見下ろしてくるさまは、彼女そのものだった。
ルリコが、そこに宿っているようだった。
フミオは心が張り裂けそうなほど、懐かしくなる。
「あのなあ……人間、
フミオは再び、顔を背ける。
「な。お前ら、一応俺のダチだったろ……俺のそういうとこ、よく分かってんだろ」
そこからの沈黙は長かった。
レイジは岩のように口を塞ぎ、カナタはフミオの首根っこをつかんだまま、下唇を噛んでいる。
ぼんやりとした影が、その隣に立っていた。
まるで少女のような背丈のふわりとした輪郭だけの存在は、この場にいる誰より深刻に思い悩んでいるようだった。
もうとっくに愛想尽かしたと思っていた背骨子だった。フミオが何か声を掛けてやろうと口を開けたところで、それより先に、カナタが口火を切った。
「いつから?」
「いつ──?」
「いつからアタシたちはお前の敵になってたんだ?」
「……さあな。はじめっから。じゃねえの」
「アタシの弁当うまいって言ってたの、うそか?」
「ありゃ本当にウマかった。肉団子が……生姜とダシが効いててさ……オヤジも気に入ってた……」
「アタシの顔がきれいでカワイくてサイコーって言ったのも、うそか」
「……けっこう本心だよ。つかドサクサ紛れで盛ってんじゃねえぞ」
「迷子になって、しゃがんでたアタシを……たすけてくれたの、は」
カナタは思い出す。
ワケの分からない町の中に放り出されて、一人で町を出て行くと気合入れたものの見事に方向音痴を発揮した。
『ヘイ、ナウでヤングなそこのガールちゃん』
目の前で停まったバイクから漂ってきたモーターの熱と、オイルのにおいを覚えている。近づいてくるライダーブーツのゴツさが、頼もしく感じたのも。
「みんなで賭けポーカーしたり」
「楽しかったなあ。俺ァボロ負けしたけどよ……」
あ……、カナタはぽろっと涙がこぼれたことに気付く。
喉が枯れて、言葉がうまく出ない。オトナの格好になって、オトナの髪型になって、泣くまいと決めたのに、早速その誓いを破ってしまった。
ぽつぽつと降り出した涙が、コックピットに溜まったフミオの血だまりに波紋を広げる。
「バイク、もっとたくさん、後ろに乗せてやりゃよかったな……」
フミオは呆れることも、せせら笑うこともしない。彼女を見上げながら、穏やかに呟いた。
「ひっでえモンだったぞ、さっきの運転」
カナタが勢いよくしゃくりあげた。
「うるっ。せえ……オマエがちゃんと、教えてくれないからジコリューなんだよ……」
「俺は、暮酒店の前でコーラを飲むのが好きだった」
それまで黙っていたレイジが口を開く。
「最近は、特に。旅行の計画は、俺もワクワクした」
「お前覚えてっか? ルリコの野郎、最初は『行きませんケド?』とか言ってたのが、どんどんノリ気になりやがったよなァ」
「あーそういえば青林一丁目さ、ルリコ、家出したらあそこ住むつもりだったって」
「マジかあ。だからアイツあんな詳しかったのかよ……」
いつしか教室にいるノリで会話を繰り広げていたフミオは、そこでふと口を閉ざした。
心地よかった。だからこそ、その中に身を置くわけにはいかない。
裏切り者の、友達殺し──フミオは自分をそう位置づけたいのに、それをカナタが許そうとしない。
ぐしぐしと勢いよく目元をこすってから、彼を見据えてくる。
「全部、演技だったのか?」
フミオは答えない。
「あんな楽そうに笑ってたのも。バイクに乗せてくれたのも。今だって──オマエ、アタシらといて、幸せじゃなかったか!?」
「分かったよ、いい加減にしろッ!」
カナタに必死の顔で詰め寄られて、とうとうフミオが観念した。
叫んだ勢いで肩をえぐった彼は、痛みを落ち着けるために深呼吸する。いつしか、トンネルを流れる風の質が変わっていることに気づく。
青臭く、湿っていて、そして暑い──遠くからセミの鳴く声がする。
「カナタ。でもってレイジ」
フミオが名前を呼んだので、彼の友人たちは勢いよくハッチを覗き込む。
「ぎゃ」「ぐお」
──そして、見事に衝突事故。ゴッチンコと鈍い音を額から響かせた二人は、それでも必死に、フミオの言葉にかじりついてくる。
ふっと笑って、フミオは心を軽くする。二人にとって、痛みなんかよりも彼の本心が大事なのだ。必死に言葉をつむぐフミオが、肩に突き刺さった槍の痛みを忘れているのと同じように。
「いくらなんでも、そこまで気の弱い男じゃねえって、俺。
嫌いなヤツと遊んだり、殺したいほど憎んでるヤツを後ろに乗せたりしねえ。俺、お前らが好きだよ。この世界で一番の友達だ」
「ああ、よかったあ……」
微笑みながら目を伏せたフミオの前で、カタナが微笑む。青い瞳を濡らす涙は零れ落ちるほどだったが、それを拭ったりはしない。
「アタシら、ちゃんとトモダチだったんだな」
「あ、でも言っとく。ダブル中指スペシャル。あれマジでムカついたからな」
フミオが冗談めかすと、カナタは何も言わず、白い歯を見せて笑う。
ふとパワードスーツから目を離したレイジがトンネルの先に目を馳せる。焼け付くような日差しが、ポッカリ口を開いた出口から差し込んで、コンクリートを白く焼いていた。
「カナタ、外──」
どこか夢の中にいるような気持ちでレイジが呟いた直後、あたりはすべて夏日の中に包み込まれ、白い幻惑にとらわれた視界の中、セミのジリジリという声が席巻した。
むわっとくる熱気。焼けた草のにおい。
肌を焦がす日差しの下、三人はついに自由の匂いを嗅いだ。
■
徐々に目が慣れてくると、青が彼らを出迎えた。
そして金。地平線まで、一面の麦畑だ。うねり、燃えるような黄金の海をカナタが見つめていると、その鼻先を、黒い円筒にビニールの羽が生えたものが掠めていった。小型の農業ドローンだ。
何十万というドローンがわんわん羽音を立てて飛び回る空の下を、走っているのが不思議なほどボロボロにやっつけられた貨物列車がいく。
故障のせいかプログラムか、明らかに速度が落ちている。
「ここが、外か……」
実感の沸かない声でレイジが言った。
ギラリと輝くレール。犬釘の錆びた茶色。敷き詰められた砂利はただの石ころなのに、カナタはその流れを追う目を止められなくなる。
西町にこんな風景はなかった。あそこは無限に続く水田の中に浮かぶ、離れ小島だ。
「薄皮一枚下。ってトコかな」
フミオがハッチから顔を出して、言った。
線路のすぐ傍を、巨大な支柱が過ぎ去っていく。麦畑の中から何本も顔を出し、天へと伸びていく鉄塔は、畑の上空に張り巡らされたガラスドームを支えるための構造物だ。
岩盤の中にある西町と違って、ここには『壁』がない。
今いる場所が地上なのだと、彼らはよりいっそう、強く感じる。
「地上はいつ潰れてもおかしくない。だから、予備の穀物や家畜、嗜好品──タバコや酒なんかがここで作られてる」
俺もハナシに聞いてただけですがねェ──とボヤいて、フミオは痛みに顔をしかめた。
彼は一番ラクな格好、真上を見上げる姿に戻る。
何を勘違いしたのか、どこからか飛んできたセミが、フミオを磔にする槍にとまってじっとしている。
黒々とした槍のコントラストが、その向こうに広がるディープ・ブルーを際立たせる。
彼がまだ電源が生きているサマナの目を使って見つめると、ガラスドームに張り巡らされた鉄骨が、網戸の目のようだった。
「なあ、知ってるか」
フミオの声は、誰にともなく語りかけるようだった。
それまで麦畑を眺めていたレイジとカナタは、パワードスーツに目を向ける。フミオは遥か遠い、メッシュの向こうの空へと左手を伸ばしていた。
「七年前までは中東っていう地域が本当にあって、そこでジャブジャブ油が沸いた。自動車なんかぜーんぶガソリンで走ってて、監視や記憶操作なんてされない。みんな、モノホンの空の下で、暮らせたんだとさ」
「んで、なんで記憶消して地下ぐらし選んだんだっけ?」
『海』
眉根を寄せたカナタのもとに、涼やかな声が届いた。
『海から、怪獣が現れたの』
「おお、よう──」
『よっ』
いつしかパワードスーツの右腕に、少女が腰掛けていた。
彼女が、フミオに向かって『ちっす』と親しげにチョップを掲げている。
『えと……ごめんね。もう、顔見せないつもりだったけど』
伏し目がちにそう呟いて、彼女はスーツの影に隠れようとする。
そこから、カナタの行動は素早かった。ライダーブーツのかかとをゴツっと鳴らして少女に歩み寄ると、彼女が体を引きつらせるより早く、隣に腰を下ろす。
「──んで? その怪獣が、なにしたんだ」
『お……怒って、ないの?』
カナタは、それに答えなかった。何のコト言ってんだオマエ、とばかりに肩をすくめて見せただけだった。
「防衛局の連中は『アクル』と呼んでいたっけな」
爪先をいじるばかりになった少女に代わって、フミオが口を開いた。
「
「アクル……」
レイジが、重々しく呟いた。
彼らと違って、頭を吹き飛ばされて臨死体験した間に、少女から詳しく聞かされている。
海には巨大な怪物がいる。それは祭りの『水神様』であり、『ニッシーくん』だ。津波で陸地の半分を人類から奪い、地下の穴倉に追いやった存在を、神と崇め、マスコットとして可愛がっている。
畏敬、狂信ではない。報復心と──憎悪のためだ。
西町の商店街は『アクル』だらけだ。夏祭りの神輿、子どものリュックのキーホルダー、マリコの絆創膏。
忘れないためのマスコット。忘れられない怒りを、持続させるための檻。
西町はノスタルジーの皮を被った憎悪の循環濃縮装置だ。
レイジはめまいを覚える。憎悪の落とし子である彼ですら、そこまで強烈に何かを憎むという感情を持ったことが無い。
「オヤジは……防衛局局長、暮ブンタは、報復なんてバカバカしいってなスタンスだ。だが──」
ゴトン。
荷台が大きく揺れ、フミオは忘れていた痛みを取り戻す。
彼らは誰に言われたわけでもなく、麦畑の先を睨んでいた。黄金一色に染め上げられた畑の果てに、灰色の鉄壁が聳え立っている。
長く長く張り巡らされた壁の一点に、ゲートが据え付けられている。
麦畑を抜け、列車はその中に吸い込まれていく。
さっきまで真夏の太陽に照らされていた三人の視界は、ひんやりとした影に飲み込まれた。
「──けどな、オヤジはそう言っても、周りはもう止まらねえんだ。もう、『ヤらなきゃヤられる』ってトコまで、話が進んじまってる」
そこは西町を思わせる、冷たい照明に象られた空間だった。
列車をまず出迎えたのは、パワードスーツ。全身にカーキの迷彩を施された戦闘スーツは、町で見たものより、倒れているサマナより、遥かに大きく、そして、ものものしい。
全体的に丸みを帯び、カエルの顔を思わせる巨大なカメラが頭部に二つ──しかし、可愛げなどまったく感じられなかった。
その腕は胴体と同じほど大きく、たくましい五指はすべてが火炎放射器だ。背負った機関砲は口径が大きすぎ、銃口というよりはポッカリ開いた穴だった。
それが、見渡す限り何百体と整列している。
殺風景な倉庫には他にも無数の兵器が並べられ、人間サイズの作業ドローンがあちこちでトーチの火花を散らしていた。
レイジは振り返り、トンネルの中で脱落した車両に満載されていた兵器群を思い出す。
西町は平穏な90年代を続ける裏で、着々と戦争の準備を進めていたのだ。
『アクルは遠くない未来に星を食らい尽くす』
カナタの肩に頭をそっと預けながら、少女が言った。
『あの黒い水はアクルの体の一部。地球を真っ黒に染め上げて、すべてをドロドロの粘土みたいにしちゃうんだ──』
「なんのために?」
レイジが聞いた。
『理由なんかもうないよ。壊してこねて、作り直すだけ。何度も何度も。たぶん、あれも疲れてる』
そう言って返す少女は、鉄の梁が渡された天井を見つめていた。
海の怪物の話をしながら、彼女の目は天井をつき抜け、遥か蒼穹の彼方に渦巻く銀河に向けられている。
まるでそこからニヤニヤと、いやらしい目つきで見下ろす何者かに、睨みを利かせるようだった。
「……お前らが向かう海には、そういうバケモンがいる」
フミオが、静かに言い放った。
「ロクなモンじゃねえ。行って、バーベキューなんてムードじゃねえぞ」
「そっか、じゃ、一緒に見に行こう」
パン。カナタが手を打ち合わせた音が、倉庫に朗々と響き渡った。
ちょうどその時、近くで一機のドローンが激しく火花を上げたので、その光の加減で、パワードスーツたちの顔にぐるっと影が落ちる。
まるで一斉に「こいつマジか!?」と首をかしげたようだった。
「──は?」
彼らの拡声器となって、フミオが眉間にしわを寄せる。
「海にいるんだろ、ゴジラ。じゃ、見なきゃソンだろ。水族館、こざかなだけだったし」
「い、いやいやいや!? ちょっと待て、俺らのハナシ、聞いてたか!?」
「あーきいてたきいてた。つまりデッカイ怪物がいて、戦争が始まる。西町vsキングギドラ、真夏の大海大決戦! ずどーん! どがががが! ばりばりばりっ、どっかーん!」
指三本立てて見立てた怪獣と、もう片方の手を戦闘機に見立てて、カナタは戦わせる。取り残された三人が、顔を見合わせている。
「ばこーん! はいここ! ここでえあろすみすの……アレ流して!」
「隕石の」
「ああ、そう! ほらレイジ!」
戦闘機の自爆突撃、相打ちからのレイジ独唱という形で感動的にラストバトルを締めくくった後、カナタは小芝居のため持ち上げていた両手をふっと垂らした。
そしていつものように、少年のような顔で目を細めて笑う。
「…………で。アタシらがそんなセンソーと何の関係あるんだ?」
串刺しにされてしまったフミオから、見える範囲はそう広くない。
サマナもそろそろポンコツになりはじめている。カメラは動かず、燃料もわずか。その気になれば本体のブースターで数秒飛べるかもしれないが……もう、センサーは死んでる。
それでもカナタの輝く笑顔が視界の端ではじけ、レイジがふっと笑う声は聞こえた。
「──なあマジか。俺の聞き間違えじゃなきゃ、さっき」
「おうよ! アタシらと
「俺はルリコを殺したんだぞ」
吐き捨てるように返しながら、フミオにはもう薄々、次の展開が分かっている。
相手はカナタだ。海のようにおおらかで、真夏の太陽のようにカラっとした女。だから彼女のセリフは、おそらく、『それはもう──
「それはもう終わったハナシだ。オマエのせいじゃない。んで、もちろんクソガキ、そっちのせいでも。ありゃ、ルリコの決断だ」
『うん……』
「あきらめろフミオ。カナタは一度言ったら、きかないぞ」
「ンだとお。アタシはルリコと違ってガンコじゃねえ」
『あっ、あっ、ケンカ、しないで』
気付けばいつものような騒がしさの中に、フミオは取り残されていた。
少し見ないうちに自然に笑えるようになったレイジが軽口叩いて、カナタが牙を剥く。ワンピースの少女が慌ててそれを止めに入る。
カナタが乱暴に少女の肩を抱こうとして──もちろん彼女は幻影なので見事に空振り。ズッコケるカナタを見てレイジが、少女が笑って……
「そうか……お前たちは許すのか……」
憎悪の化身であるレイジまでが「こいよ」とフミオに手招きしている。
フミオは、許されるのだ。ここでうんと言って『中和剤』を取り出せば、その選択ができれば、彼は日向で道を歩める。
また、かつてのように……
「決断の時、か」
『フミ、ちゃ……ん?』
フミオの呟きに反応したのは、少女だけだった。
ほんのりと親しみが込められた呼び名を耳にして、彼は微笑む。約束は、忘れていない。ここで日和るなど──彼女が許しても、フミオは自分が許せなくなる。
フミオは救われるために、ここに来たのではない。
「俺はケジメをつけたいんだ」
彼が掴んだものは『中和剤』ではない。リボルバーのグリップだ。
父ブンタが彼に託してくれた、装弾数六発のカスタムメイド。彼の血にまみれた銀のロングバレルが、倉庫の照明を受けて刃物のように輝く。
カナタが身がまえ、レイジの素足が床をこする音がする。
「よせ。無駄だ」
相棒を背後に庇いつつ、レイジが静かに、冷静に事実を告げてくる。
「俺は死に掛けているが──その量のナノマシンでは、俺を殺しきれない」
「だろうな」
それ以前に、フミオの力ではどうあがいてもレイジには勝てない。パワードスーツを失った上、体は磔だ。
加えて相手は反物質の槍を扱うマッスル・ビースト。
だがフミオにとって、これは勝ち負けの問題じゃない。
「言ったろ。俺は自分の意地でここにいる。もう一度だけ、チャンスをくれ。ダチとして、最後の頼みだ」
『やる、の?』
「ああ。見ていてくれ。俺の、覚悟を」
天を指すように伸ばされたフミオのリボルバーは、レイジにも、カナタにも向けられることはない。
その手が、ゆっくりと彼の体に向く。
殺人ナノマシンを発射する銃を、彼は自らの右肩に押し当てた。槍に縫いとめられ、彼の自由を阻害する、その場所に。
実家の居間を、思い出す。
冷たいパイプとプレーティングに包まれた防衛局ではない。日に焼けた畳と傷だらけの卓袱台。そこで新聞を広げ、おもんなさそうにタバコをふかす、その広い背中を。
そうすると、トリガーを握る指に、勇気が篭る。
「父さん」
そして──
■
「──そうだな。話をしよう」
その
「よくある話だ。偉大な父親と、ダメな息子がいた」
誰もが固唾を呑んで見守る中、列車だけがガタゴト揺れる。スラックスに、痩せた筋肉質の裸体。激しく迸る血液が、その左脇腹の肉を染め上げている。
ぺたり。ぺた。
彼はゆっくりと降りてきて、その素足を血型で刻印する。
リボルバーを握るのは左手。その右腕は──ない。
「オヤジは言ったよ。『俺は英雄のなりそこない』だって。でも、そんなん、俺はどうでもよかった」
彼は上体を揺らめかせながら、一度だけパワードスーツの残骸を振り返る。
「……ありがとな」
そこに残してきた己の腕と、自分と魂を分かち合い、壊れる時まで一緒だったサマナに別れを告げる。
遥か遠いゲート。その先の麦畑から吹き込む風が、フミオの髪を揺らしていた。
色あせた彼の茶髪が、ふと舞い上がる。まるで麦の色を拾って色づくように輝きを取り戻し、彼の髪は、獅子のたてがみさながらに逆立っていく。
レイジはいつしか、少女が傍らにいないことに気付いた。
「……俺はオヤジが好きだ。初めて、『なりたい』と思うものができた」
『フミちゃん』
彼女はフミオのスラックスを握って、彼の隣にいる。
それに気付いているのかいないのか、彼は柔らかに笑って見せた。右腕を自分で千切り落としたとは思えないほど、爽やかで、清々しい顔だった。
「レイジ、俺はお前の敵になりたい。お前は西町の、そして、オヤジの敵だからだ」
その右肩で、拍動に合わせて噴出していた血が止まる。
ピタリと。まるで、
埋め込まれた少女の脊髄が、治癒効果を発揮している。
「そして、俺はなってみせる。オヤジが誇れる、息子に」
その肩口に、小さな銀の火が灯る。一拍の間をおいて、駆け出した火が、まるで雷の子供のように彼の周囲をはじけ回った。
「誇ってほしいワケじゃない。すごく難しいんだけど……」
光はフミオの肩口で再結集し、無数の触手を形作る。
光り輝く触手はタコのような吸盤を持ち、一つ一つが絡み合う。そして一本の腕を形作ると、彼はその手でリボルバーを握った。
彼の背中から反物質の炎が激しく立ち上り、空気を甘く焦がしていく。『終結因子』改め、『ロマンの力』の発現だ。
その色はレイジの黒とは違う──静謐で壮絶な、銀の輝きだ。
彼は選択し、決断した。
「オヤジが誇っても、恥ずかしくない男になりたいんだ。俺は」
彼の覚悟と決断も、また、
■
『レイジ……カナタちゃん。ごめん』
フミオの胸の傷が塞がり、むき出しになった少女の脊髄が、再び彼の体内に取り込まれる。体内を這い進んだ彼女の死体はフミオの心臓に絡みつき、鎧のように硬化する。
『私、やくそくを守りたい。フミオを通して、『にんげん』を見つめてみたい』
「オマエ……」
『ごめんなさい。きらいになっても、いい』
カナタが声を上げた。
怒っているわけではない。驚いていたのだ。七年成長のドン詰まりにいて、一ミリたりとも背が伸びなかった少女が、あれほど溺愛したレイジの敵に回ろうとしている。
驚きであり、小さな喜びだった。
まるで我が子が、その足で立つ瞬間を見つめるようだった。
『見届けたよ、フミオ』
少女がフミオに触れる。彼女は少し、驚いたように声を漏らした。彼女の細い指を握り返す彼の力を、しっかり感じることができる。
彼の『輝きの腕』は幻影にも、概念にも触れられる。
フミオが、彼女にはじめての温もりをもたらしてくれた。
「悪いな。辛いことをさせるぜ」
『はは。どっちが』
フミオの口元から一筋、血がこぼれる。
腕を切除するのに、ナノマシン弾を利用した。レイジと同じ症状が、いまや彼の全身を駆け巡っていく。
血が泡立ち、喉奥に鉄の匂いが広がる。全身が内側から腐敗していくのが分かる。
「レイジ、こいつを見ろ」
フミオはスラックスのポケットから、金属製の注射器を取り出す。中身は、このナノマシン症を唯一治めることができる『中和剤』の、最後の一本だ。
「分かるな。生き残れるのは俺かお前、二つに一つだ」