海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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13.正しい温度で正しく燃える

 終点目指して爆走する列車を、無数の兵器たちが見つめている。

 レイジの傍らにはカナタが。フミオの傍には少女が。それぞれの女神のように付き添う彼女たちにできることは、戦いの行く末を見守ることだけだ。

 

「やるっきゃねーのかよ……フミオッ!」

 

 カナタがギリ……と歯を鳴らす。

 彼女が睨む先でフミオは顔を抑えて笑う。

 

「ハハハッ……あークソ。サイアクだな、これ。腹ン中に芝刈り機突っ込まれたみてェだ」

 

 そう言って天を仰ぐ彼の顔に、不快感はこれっぽちも見えない。

 

「……でもよ。悪ィ気分じゃねェ。これで、俺たちはキチンと決別できる」

 

 内臓を焼かれとろけながら、暮フミオはこれまでに無いほど高く飛んでいる。

 それは、命を燃やす死の飛翔だ。

 致死的な破壊を引き起こすナノマシン、Nullifire404が彼の肉体を駆け巡っている。その症状を治すための『中和剤』は彼の手にある。

 

 たった一本。

 

 助かるのはフミオとレイジ、そのうち一人。

 

 停戦も和解も、可能性は破却された。

 

「楽しかったぜ、この一ヶ月。俺とのオチがこんなんで、マジ申し訳ねーけどさ」

 

 燃える金髪をかくフミオの指先が、銀の火花を散らしている。

 見据えるレイジの瞳は黒い炎を宿していた。

 いまや地球上でもっとも死に近い二人は、もっとも偉大な破壊力を身に秘めている。

 

 レイジは反物質の槍を。フミオは不可思議な光を宿した右腕を――それぞれが武器を構える。

 カナタのスカーフが烈風に舞う。三人の周囲を反物質の嵐が吹き荒れていた。レイジの黒とフミオの銀。二色の炎は互いに食らい合い、空間に複雑なマーブルを描く。

 

 炎の勢いは、完全に拮抗している。

 ここから始まる本当の本当の最終決戦。残るものがレイジか、フミオか。結果は神にさえ予測不能だ。

 

「お前は俺と同じ『終結因子』を手に入れた――なら、分かるだろう」

 

 ゴウンッ――大きな唸りが牽引車から伝わり、それまで死んだようだった列車が徐々に加速を始める。

 

「『こんなモンか』ってカンジだな。予想通り。ただの力だ。ブッ壊して殺すための、純粋なパワーでしかねえ」

 

 指の吸盤を動かして、フミオはそれを面白そうに見つめる。

 

「……だからこそ、俺らの気持ちをそのまま乗せられる」

 

 彼の言葉もまた、銀の火花に彩られていた。

 その足元で列車は致死的な最終加速を開始する。戦闘の衝撃で速度制御に異常をきたしていた。歪んだ車輪はバチバチとスパークし、焦げ臭さとオイルの臭いが濃く漂う。

 荷台を襲う揺れの激しさは、立っていられるのが不思議なほどだ。

 

「まけんな……まけんなレイジ! オマエかフミオ、どっちかなら――アタシはレイジと進む。レイジと一緒に全部背負って全部乗り越えていく!」

 

 フミオの覚悟、少女が土壇場で彼の側についたこと…………まだまだ割り切れないことはある。それでもカナタは平手を飛ばして、バンとレイジのケツを打つ。

 

 彼女はレイジを選ぶ。最後まで彼と行く。向かうのは永遠に続く90年代という悪夢の終わり。

 その先で、本物の海が待っている。

 

「フミオ、お前の言うとおりだ」

 

 レイジの槍は、存在するだけで空間を引き裂く。気流も、温度も、なにもなくなる。反物質に破壊された物質の残滓は黒くたなびく煙となって、彼の背後に流れていく。その黒雲の中で、たまにチカ、チカと光が瞬く。それは何十、何百という槍の穂先だ。

 

「俺はこの力に何度も助けられた。だが、気持ちを乗せて振るったことは、ほとんどなかった」

 

 黒い反物質が触れた空間が変質する。

 次々と虚空に裂け目が現れ、黒い槍が突き出していた。振動し、微かに音を響かせる槍のすべてが、レイジが握るものと同質の力を秘めている。

 レイジの言葉を静かに聞き届けるフミオが、目の前の光景を恐れる様子は微塵もない。むしろ彼の気合はみなぎり、光の腕が秘めた輝きもまた、強さを増していく。アレは腕のカタチに凝縮された太陽なんだ――カナタは自然と、そう思った。

 視界に収めているだけで目の中で水分が沸騰して、ジリジリと音を立てているのが分かる。

 

「それじゃダメなんだ。俺たちはここから、力に想いを託して殺し合おう」

 

 レイジはキリエの横顔を胸に思い描く。

 あの夜。花火の輝きに象られた彼女の優美な輪郭、そして、その言葉を反芻する。

 

「ベクトルが……夢を推進する。俺は『にんげん』でありたい。夢を正しく見据えてロマンにできれば、俺たちは『かいぶつ』に堕ちたりしない」

「終結に導くもロマンで空飛ぶのも俺たち次第……か」

 

 フミオは、足下に目を落とす。

 名も無き幻影の少女が固い面持ちで、彼らの間で散る火花を見つめている。フミオはふっと笑い、輝く腕でその頭をなでる。

 

『ん……んん?』

 

 彼女が、くすぐったそうに身をよじる。真夏の芝生を撫でたような──心地よい香りがした。

 

「俺は飛びたい。お前はどうだ、フミオ」レイジが息を吸い、黒槍を低く構える。

「ああ。俺もロマンチストでありたい。何よりも高く飛ぶ、鳥のような」フミオも、燃える拳を突き出した。

 

 ドグッ──ン──目に見えぬ巨大な爆弾が破裂したようだ。

 拍動にも似た振動は、あまりに大きすぎる二つの力が干渉する余波だ。それはピークを迎えようとしている。

 衝撃波が、カナタの襟を揺らす。

 

「この力で、俺は海に行く。カナタを連れて」

「この力で、俺は俺が誇れる俺になる」

 

 両者が臨戦態勢に入ると、圧倒的な力の共振に空気が悲鳴を上げた。

 

「「じゃ、突き抜けるとしよう」」

 

 二人が地面を蹴った瞬間、即座にトップスピードに到達する。

 ゼロ距離で踏み込んだフミオは迷うことなく拳を振りかぶり、レイジは躊躇せず、そこに向かって槍を突き出す。

 素っ気のないストレートパンチと、圧倒的速度の槍。

 

 勝者は──

 

「なに」「ちっ」

 

 激突と同時に二人の間で大爆発が起こり、張り巡らされた反物質バリアが垂直に爆風を逸らし、円盤状の炎が吹き上がる。

 二人は弾かれ、ごろごろ転げていった。

 血しぶきが舞い散る。

 ささくれ立ったコンテナの破片に全身切り刻まれるのも構わず体制を先に立て直したのは──フミオだ。彼は床に散らばった積荷の中からショットガンを引っ張り出し、構える。彼の指がトリガーに触れた瞬間、銃身が激しく燃え上がった。

 

 ドパッ──銀の散弾が発射され、レイジは体を広げて仁王立ちした。彼の背後にはカナタがいる。

 彼に退却も回避も、ありえない。カナタもレイジを信じて、悲鳴ひとつあげない。

 ガラスが割れるような独特の風鳴りを携えて、無数の散弾が飛来する。

 

 彼の周囲で空間の揺らぎが顕在化する。

 それは薄膜のように張り巡らされた反物質が、光を捻じ曲げているからだ。フミオの使うショットガンの銃弾は、一発一発はせいぜい数ミリ。

 彼の防御膜で、問題なく消滅──

 

「ぐうっ!?」

 

 ──しなかった。

 銀色の火の粉が纏わりついた銃弾が膜に触れた瞬間、それらはこれまでの比ではないほど激しい爆発を引き起こした。

 爆発はすぐ散弾同士で連鎖を起こし、レイジの上半身が銀色の爆発に包まれる。

 彼のものだった肉片が、カナタの頬を掠めて飛んでいった。

 

「レイジ!」

「……なるほどおっかねえ。対消滅ってヤツか。でけー力同士を直接触れ合わせるのはキケン。っつーことだな」

 

 フミオの吹き上げる炎は、ショットガンを急速に劣化させる。

 しおれた花束のようになって煙を上げる銃を乱暴に投げ捨て、彼はスラックスのベルトに挟んだリボルバーを『抜刀』する。

 

「最後だから付き合ってくれよ、オヤジ」

 

 刃物のような輝きを秘めた長銃身を、銀の炎が舐める。フミオの言葉で、まるで生き物が目覚めたように銃身の煌きが、光の鋭さが増していく。

 

「今度は一緒に英雄(ヒーロー)になろう」

 

 

「……強ェな、アイツ」

 

 フミオの意思に圧倒されていたレイジを、背後のカナタの囁きが引き戻した。

 

「カナタ……ケガはないか?」

「ンなワケねーだろ」

 

 カナタは、レイジの背を覆う筋肉装甲を軽くノックする。

 

「オマエの後ろにいて、アタシが傷つくなんてありえねーって。頼りにしてんぞ、バカ筋肉」

 

 十数メートルの距離を保ち、フミオは微動だにせず銃口を向けている。一切の余力を自らそぎ落とし、最強の銃撃のために全神経と体力を装填。

 彼はもう、焦らない。

 選べないフミオは死んだ。

 音を立てて撃鉄を起こしながら、彼の目がカナタを捉える。

 

「おう、カナタぁ!」

「んだよバカフミオ。こんなときに元気に話しかけてんじゃねえよ……」

「わりィ、先謝っとくぜ! 巻き添え食っても知らねェぞ!」

 

 ライダースーツの女はほくそ笑む。

 フミオは何を見てるんだ──アタシの前にいるのは、西町最強のでくのぼうだぞ。

 

「レイジがそんなことさせねえよ」

「ああ。俺が許さない」

「ハ……」フミオは微かに笑った「いいな、お前ら」

 

 本当にいい。フミオはしみじみ思う。

 たった一ヶ月しかなかったが、彼らは最高の相棒で、カップルになった。できることなら旅に同行して、行く末を見守りたいが──

 フミオの目つきが変わり、彼の全身が一瞬で銀色の覚悟に燃え上がった。

 

「だがここで殺す」

 

 トリガー。

 

 銀の弾丸が、鋭い残光を残して射出される。

 レイジが槍を振るい、銃弾を切り払う。爆発で槍も弾も吹き飛び、レイジの腕が甲から裂け、白い骨が露出する。

 途方も無いダメージと引き換えに、最強の不死戦車が一歩前進する。

 

「やれるさ。だろう、俺」

 

 光を纏ったレイジの爪が空間を引き裂き、新たなる黒槍を引っぱり出す。

 彼の腕から途方も無く流れ落ちる血が、その表面に掘り込まれた悪夢じみた模様を赤黒く浮かび上がらせる。

 

「レイジ、いけっか?」

 

 最大の敵を前に、レイジに余裕はない。カナタの声だって、背中で聞いてやることが精一杯だ。

 彼はいつものように『大丈夫だ』と返しはしない。

 

「そうだな……正直、少し、怖い」

 

 フミオを見たままレイジは呟いた。強がりはしない。相手は、とんでもない強敵だ。

 

 ──俺の友人は、こんなに強い男だったのか。決断できる暮フミオは、そこまで高く飛べるのか。

 

「あと少しだけでいい。勢いが欲しい。高く飛ぶための、一押しが」

「なら……」

 

 レイジは背中に、暖かいものを感じた。

 カナタの手のひらに生えたウロコが、優しく皮膚をなでる。直接見えずとも、控えめに笑う彼女の顔が思い浮かぶ。

 

「押して、やろうカ?」

 

 そして、あの少女が──マリコが、彼女の隣で、白い歯を見せている気がする。彼女の頬に貼られた『ニッシーくん』と、スカスカ言う話し声が、妙に懐かしい。

 

「はっ」

 

 レイジは軽く仰いで笑った。

 

「じゃあ──頼む」

 

 トン──カナタの手が、レイジの背を押す。

 それで彼は弾みがついた。彼女の熱が炎となって彼を推進し、暮フミオというゴールに向けて発射する。

 しかし、足音はひとつだけじゃない。彼を、ライダーブーツの靴底が追従する。

 

「アタシも一緒だ。燃える星に落ちて消えるなんて、許さない」

「────ああ。それなら安心だ」

 

 レイジは槍を構えなおし、その足取りに、更に力強さを増して進んでいく。

 

「それなら俺たちは旅を続けられる!」

 

 フミオの銃弾をレイジが弾き落とし、その度に彼の肉体は傷つく。

 

「いくぞ、カナタ!」

「おう!」

 

 鉛弾の暴風の中を、前進する。

 二人に向かってフミオは淡々と弾を叩き込み続ける。

 

「流石だ、レイジ。だけどよ……」

 

 カチンッ

 

 ハンマーが空の薬莢を叩く音が響いた。

 当然の帰結としてフミオは弾を撃ちつくした。

 

「終わりか?」

 

 レイジが最後の一歩を踏み出せば、そこは槍の射程圏内だ。

 

「今なら、やめてやってもいいんだぞ」

「は」

 

 笑ったフミオが一瞬で鬼気迫る表情に変わる。

 

「今更何ヤメるってんだ──シッカリ来て、キッチリ殺せ、イスルギレイジ!」

 

 槍を振りかぶりながら、レイジはカナタが止めないことに気づく。

 彼も感じていた。これは決してトドメの一撃じゃない。フミオはダサく、生き汚く、どこまでも誠実にオトナになった。

 たとえ六発打ちつくした空の銃しか手になくとも──彼は最後まで。最期の最期まで、抵抗することをやめないはずだ。

 

 槍を振りかぶるレイジの肩が、ミシリと音を立てる。筋繊維が悲鳴を上げ、骨が軋む音が自分にも聞こえる。

 タイフーンのような筋肉のうねりをそのまま槍に添加し、フミオの顔面めがけ、まっすぐ投げつける。

 槍は彼の顔を砕き、背後に激しく血と脳漿と、金髪の破片をブチ撒ける。

 

 

 はず、だった──

 

 

「──いいぞ。ここからだ」

 

 フミオの眼前で空間が輝いていた。

 穂先はフミオの鼻先で不自然に『停滞して』いる。

 空間にピン留めされた黒槍は、徐々に輝きを失っていった。かわりに、フミオの腕が爆発するように燃えている。

 列車のフレームが、その熱量で赤く染まり始めている。

 

「我が決断はここからだ。レイジ!」

 

 彼の腕が解ける。

 タコの触手が翼のように展開し、支えを失ったリボルバーがふわりと宙に浮く。彼が背負ったポーチのフタがひとりでに開き、無数のナノマシン弾が浮遊する。

 彼が左手で銃を握ったとき、そのシリンダーには装填が済まされていた。

 

「頼むから、簡単に倒れてくれるなよ」

 

 レイジが虚空から新たに一本槍を引き抜き、目にも留まらぬ速さで投擲する。

 

「遅えッ!」

 

 空間を引き裂いて走った閃光がフミオの眼前で静止すると同時に、彼は迷わずトリガーを引いた。放たれた銃弾がレイジの胴体に深々と食い込む。

 

「ぐう……おおおォッ!」

 

 神経を引き裂くような鮮烈な痛みは、レイジを止めることができない。その手はすでに、次の槍を掴み取り、振りかぶっている。今度は彼の番だ。

 レイジが鋼のような筋肉をさらに振り絞り、槍を発射する。

 反物質をまとった槍は空中で黒い光の筋となり、フミオの心臓を一直線に穿つ──ことは、できない。

 フミオの因子の本質は『停滞』だ。

 先の槍と、今の一本。二つの槍を空中に固定しながら──

 

「ご、ぶおっ!」

 

 一握りほどの血を吐いて、フミオは体を折る。

 ぼだぼだぼだ、と落ちた血塊が、焼け付く鉄板の上で焼け焦げ、異臭を放つ。とんでもない匂いだ。フミオは、口の端にひきつった笑いを浮かべた。

 

『フミちゃん!』

 

 少女が差し伸べた手を、フミオはそっと払った。

 

「……まだだ……まだ終わっちゃいねえ……!」

 

 レイジの槍はあらゆる光を食い、空間を引き裂く消滅の力だ。

 対するフミオが『停滞』を行使するとき、直接槍に触れている。黒い光に触れるフミオの神経、肉体、精神──レイジの虚無の光に破壊されていく。

 加えて、ナノマシン。そして、パワードスーツとの接続負荷が脳に圧し掛かったままだ。

 傍目に見えるほど、彼はこの戦いを押し切れていない。

 鼻血を吹きながら、フミオはかろうじて踏みとどまる。

 目の前には三本目の槍を手にしたレイジ。残光を引きながら銃口を持ち上げ、無造作に撃つ。

 

「ぐうっ」

 

 揺れる。あの巨岩のような男が、ダメージを受け、よろめいている。

 青ざめた顔で、明らかに死の足音を聞いている。

 

 ────やれる。殺れる! 

 

「ぐふっ」

 

 レイジのナノマシン症は重篤だ。

 彼の体内は内臓がほとんど溶解し、血袋同然だ。それでもカナタと共に前進を止めることはない。それはフミオも一緒だ。

 彼には過去も、未来も関係ない。銀に輝く現在があればいい。

 吐血するレイジの前で触手が動き、フミオの銃に新たな弾を込める。それも当然、ナノマシンコーティング済みだ。

 

「続けるぜ、デカブツ……」

「おう……来い!」

 

 ふらついていたレイジの全身が、にわかに力を取り戻す、槍を振りかぶり、ひねりを加えて放った。

 螺旋を纏った黒槍は、空間そのものをねじ切る竜巻のように、フミオへ一直線に疾駆した。

 

 フミオが止める。撃つ。

 レイジが受ける。投げる。

 

 撃つ。空間が震える。

 

 また槍が投げられる。

 

 止める。撃つ。

 

 激しい痛みが両者の肉体を貫き、それでも攻防は繰り返される。

 

 投げる。撃つ。

 

 投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。投げる。撃つ。そして────

 

 パキッ──イン……

 

 永遠に続く血と苦痛の応酬の中、一発の銃弾と槍が衝突し、宙で爆ぜた。

 

 反物質の破片が雪のように白くきらめいて降りしきり、すぐ風に乗って後方に流れていく。

 それまで二人の間に張り詰めていた戦気が、ぴたりと凪いだ。

 列車のスピードに音まで置いてきぼりにされたように、すべての雑音が遠ざかっていく。

 無数に突き立った槍と弾痕で病気のハリネズミのようになった車両には、ただ二人の荒い息遣いだけが響いている。

 

「俺たちは……結局普通の友人止まりってヤツだったな……」

 

 ごぼ、と込みあがってきた血の塊がフミオの口から迸った。

 

「それがなんで、ここまでバカやってんだか……」

「人付き合いってのは……分からないもんだな…………これだから……面白い……」

「面白い?」

 

 ついフミオは笑みを見せていた。

 穴という穴から血を流すレイジも、口の端を歪める。

 

「お前、面白いなんて言えるようになったんだな……」

「ああ……カナタと出会って、俺は変わったんだ」

 

 レイジは、ちらりと背後のカナタを見る。強い意志を秘めた青い瞳が見つめ返してくる。

 フミオはゆっくりと弾倉を開き、空薬莢を捨て、新しい弾を込めはじめる。

 あえて触手を使わず、一発、一発、父から受け継いだ銃に己の決意を装填する。フジツボに包まれた手が、彼の腕を握り締めていた。

 少女は、何も言わない。ただ、はじめて手に入れた手触りにすがるように、フミオの傍にいる。フミオは触手を一本伸ばし、その指に絡めてやる。

 

「……出会って、傷ついて、そんでお前は変わっていくんだな……俺ァバカモンだったぜ。成長して前に進もうとする誰かを止めるなんて、なんぴとにも許されねーってのによ」

「今の俺は……キモチ悪いだろうか……?」

 

 死の香りの中に、レイジは潮騒を嗅ぎ取る。

 カナタが彼の背を撫でている。彼はいつだって、一人じゃなかった。数え切れない手に後押しされて、この場に立っている。

 

「キモいってのは……別に、悪いコトじゃねえ」

 

 だろ? フミオは目で、カナタに問う。ひょっこり顔をのぞかせた彼女は、「おうよ」と視線で返してくる。

 

「キモチ悪くなれんのは、生きてる奴だけだ。お前がキモいキモい言われるのは、ちゃんと必死にあがいて生きてて、がんばってる『にんげん』だからだ」

 

 レイジが槍を掴んで、構える。

 彼の周囲に現れた空間の断裂は消えることなく増え続ける。無数に開いた黒い穴の中から、無数の槍が穂先を光らせる。

 

「キモいぜ、お前、しっかりとな。バカで賑やかで、一度っきりのセーシュンを満喫してる──いい顔しやがって」

「は……ははは!」

 

 不思議なほどに穏やかだった。

 互いにボロボロの体を抱え、痛みを忘れたかのように二人は笑い合う。静かに列車が揺れるリズムに合わせ、どこか遠い世界で会話をしているようだった。

 しかし列車は終点に近づき、二人は限られた残りの時間を意識していた。

 もうすぐこの戦いは終わる。勝敗も、彼らの運命も、すべてがそこで決まる。二人は互いを見据え、覚悟を込めて槍と銃を構えた。

 

「────おう、ヘラヘラしてんじゃねえぞ、レイジッ!」

 

 フミオの笑みが消え、その声が鋭く響く。

 

「フミオ、お前の決断を打ち砕く!」

 

 次の瞬間、無数の槍と銃弾が空間で交錯し、

 雷鳴のような轟音と白熱の閃光が列車を丸ごと飲み込んだ。

 

 ビシッ──

 

 レイジが生み出す断裂が連鎖し、空間が引き裂けていく。

 そこに現れた『穴』は周囲の風景を歪ませながら、空間を何倍にも拡張していく。倉庫と、そこに立ち並ぶ兵器の姿が歪み、引き伸ばされる。

 列車の周囲を侵食する黒い虚無は、宇宙の深淵そのものだ。一時的に重力すら遮断され、二人の破壊者は空に解き放たれる。

 

 それが地上に現出する猶予は、時間にすればたった数秒。

 

 ありえない力を使って巻き起こしたありえないミラクルはすぐに収束し、修復されるが──ロマンを燃やし、星となって飛び回るには十分すぎるほどだ。

 

 

 槍。銃弾。

 

 

 数万本の槍と数万発の銃弾が流星群のように入り乱れる。

 音速の槍を光速で受け止め、神速の銃弾を叩き込む。その間も無限速で繰り出される槍が、虚速に達してフミオを狙う。

 二人はこの世界の異常値を叩き出す。そのスピードは留まるところを知らない。

 やがて、その速度はゼロをも追い越し、すべての行動が、思考が、因果を超越する。その矛盾すら、攻撃に内包される。

 レイジが槍を振りかぶるより早く次の槍がその手から放たれ、発射の瞬間、フミオの銃口は無限に分裂する。

 その弾薬が尽きることはない。触手がビッシリ根を張って目隠しされた彼のシリンダーは量子力学的状態に到達している。覗き込むまでからっぽと満タンが重なり合い、リロードを必要としないマジカルキャノンだ。

 

 過熱する速度が、過速する破壊が世界を燃やしていく。周囲の兵器群は交錯の爆熱で飴細工のように歪み、溶ける。

 

 黒い炎が、銀の銃弾が、お互いの命を抉り、穿ち、あるいは対消滅を繰り返す。

 爆ぜる閃光が、劈く衝撃波が空の果てまで連鎖する。

 その圧倒的な混沌によって作り出された破滅星雲の中に、いつしかレイジの姿を見失う────しかし、遠くに一際大きな星が輝いたのを、フミオは見逃さなかった。

 

 ────ここだ。今なんだな。

 

 極限まで伸張した彼の『輝きの腕』が、ついに概念にまで届いた。

 

 彼はこの一瞬、すべてを掌握する。

 

 

()まれ」

 

 

 

時間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

停滞

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この瞬間、那由他に折り重ねられた破壊の渦がピタリと静止する。すべてがフミオにとって単なる背景と化す。

 脅威はただひとつ。

 停止した数億の弾と数億の槍の隙間を縫ってくる、ひときわ眩い黒い星。

 それはレイジという滅びの星だ。

 光る槍を構えた破壊の権化が、フミオの心臓目掛けて突っ込んでくる。

 

「レイジいいいいいいいッ!!!」

「フミオおおおおおおおッ!!!」

 

 限界の限界の限界の、その先に。

 フミオの神経はすでに焼け付きレイジの肉体は崩壊している。

 腕と槍、二人の武器が輝きを増し、最後の激突へ。全てを呑み込む破壊の光が炸裂した。

 

 ■

 

「は」

 

 フミオの額に瓦礫が跳ね飛んできた。

 たった一つの、小指の先ほどの石ころだった。

 

 フミオはそれをつまみ上げ、倉庫の照明にかざす。

 

「はは……は、ははは……ッ!」

 

 笑いとも泣き声ともつかぬ声が、血の混じった唾と一緒にこぼれる。

 フミオの周囲では数億本の槍が、静止画のように空間に凍り付いていた。

 もう、次の槍は飛んでこない。

 フミオは瓦礫を持ったまま、胸に数センチめり込み、ゆっくり血の染みを広げる穂先を見る。

 

「ははは……本物は、俺の力だったな」

 

 フミオの前で、見えない杭によってレイジが磔にされている。彼は必死の形相で槍を突き出したまま、空中固定されていた。

 

 小石ひとつ。

 

 たった小石ひとつ分。

 

 レイジの破壊とフミオの停滞がせめぎあい、数グラムの質量分だけ、フミオが競り勝った。

 フミオの『ロマン』は本物だ。

 あの無敵の最強怪物レイジを、止めてやった。停めてやった。留めてやった。滞めてやった。

 

「俺の決断がッ! お前を倒したぞッ!!」

 

 カチリ。

 

 フミオが拳銃を持ち上げ、レイジの額に向ける。

 

「そうだろ?」

「──だな。たいしたモンだよ、フミオは」

 

 ひび割れたレイジの唇が、そこで笑みの形に歪められた。

 すっかり存在を忘れていた。彼女の、涼やかな声が引き裂けたフミオの耳を冷やす。あのコークハイを思い出すほど涼やかで──絶対この場にあってはならない。

 ゆっくりフミオが顔を上げると、レイジの背後から伸びてきた白い腕が、その肩にかかるところだった。

 

「俺も、全身全霊で、守った……」

 

 レイジは笑っている。

 怒りからくる笑いではない。憎しみでも、悲しみでもない。イタズラでいっぱい食わせてやって「ほうら、どうだい」とでも言うような──

 そんな、得意げな──

 

「フミオ」

 

 カナタの顔は、そこまで清々しくなれない。

 唇を噛み締めた彼女は、必死に笑おうとしているようだった。

 この後訪れる別れの予感に胸を痛めながら――――彼女はフミオの目の前に手を伸ばす。その指先に、たった一本のピンで、何か黒く、恐ろしげなものが引っかかっている。

 フミオには見慣れたもの。二度と、忘れられないもの。

 

「アタシはレイジと一緒に背負う」

 

 あの女の子の死の、引き金となったもの。

 

「ルリコが、『キッチリ返せ』って」

 

 それは銀の銃弾よりはるかにちっぽけで、威力で言えば、レイジの槍には及ばない。

 しかし、小石ひとつを止める余力のない、今のフミオには。

 

「は────?」

 

 ピンが抜ける音が響いた。

 

「じゃあ……な」

 

 手榴弾から手を離し、カナタが、レイジの背後に引っ込む。

 

 落下。

 

 手榴弾が落ちていく。

 生物的本能があらゆる内分泌をフミオの脳みその中にブチ撒け、彼の時間感覚が、異様に引き伸ばされてスローモーションとなる。

 

 落下が僅かに和らいで──んで、どうする、俺。

 

 あれほど全身にみなぎっていた自信と覚悟が、死を前にグラグラ揺らいで崩れていく。

 

『フミちゃん』

 

 少女の声が聞こえる。

 初めて出会ったときのように、フミオは縮み上がった。彼女は求めている。覚悟と、決断を。

 どうしろと? フミオは自問し、他問する。

 フミオは、彼だけのために引き伸ばされた時間の中で、破滅の刻をゆっくり味わうことしかできない。

 自らの手でゆっくり絞め殺されていくように、膨れ上がる焦燥感がノドを圧迫していくのが分かる。

 

 ――走って逃げちゃえば?

 

 フミオは、チラリと腿を見る。スラックスを突き破った骨が、血に濡れたボルトの冷たい輝きを放っている。

 

 ──停滞、は、これ以上、余裕が無い。

 

 彼の限界だ。

 

 ──そうだ。槍を一本動かしてやればいい。レイジの全力で投げられた槍を、ほんの一本……どれを? 

 

 彼は星の数ほど並んだ槍の群れを見つめた。すべてが完全にフミオへの直撃コース。手放した瞬間、彼は串刺しにされてハイオシマイ、だ。

 

 ──反物質膜で手榴弾を消す? 

 

 危険すぎる。彼の目の前にレイジがいる。

 対消滅でバリア自体が爆発するのを目にしたばかりだ。彼はそれでも平気で立ち上がってくるが、フミオの不死は付け焼刃の上、ナノマシンでプラマイゼロ寄りのマイナス気味。

 次に手足が吹っ飛んだら、もう。

 

 あ、これってさあ……もしかして詰── 

 

 ──ダメだ考えろ。まずい。まずいぞ。マズいマズいマズい。

 

 手榴弾は、運命は、気が狂うほどゆっくり落下を続けていた。確実に状況が動いていた。決められないフミオの、終わりが決定しつつあった。

 

 ──待ってくれ。まだ俺はどれにするか決めてないだけなんだ。

 

 

 もう少しだ。もう少しで決心がつくんだ。俺はきっと決断してきっと俺は決断するから決断した俺が決断した俺の早く早く早く早く早く早く早く

 

 

 

 

 は や く。

 

 

 

 

 手榴弾が床を打つ音がやけに大きく響いた。

 

 ■

 

「ああああああああああ!」

 

 衝撃と爆風、そして破片の雨がレイジとフミオを襲った。

 激戦の余波ですでにボロボロだった牽引車両が、爆発のショックでついに脱線する。

 バッテリーの爆発は周囲の兵器にも誘爆し、転げ落ちたレイジと、彼に抱きしめられたカナタが、炎の中に消える。

 フミオも同じく、車外に投げ出された。

 体を丸めたまま硬いレールにたたき付けられ、全身の骨を砕かれながら何度も何度も回転して、地面を転げていく。

 

 バリョッ

 

 文字通り、背骨を引っぺがされる痛みが彼を襲った。

 パワードスーツとの神経接続を行うコネクタが、粗雑な突貫工事とその後始末のせいでとうとう剥がれ落ちたのだ。

 脊髄がむき出しになったフミオは丸裸になって、うずくまる。

 

「はあっ……はあっ……」

 

 体のすぐ横を熱の塊が通り過ぎ、血まみれとなった彼の肌に、ぶわっと汗の珠が咲く。

 彼が顔を上げると、地を走る炎となった先頭車両が走り去っていくところだ。

 なんにせよ、これで轢死アンド爆死のコースだけは逃れることができた。

 

 ──終わった。

 

 ホッと胸を撫で下ろす彼の全身から、銀のきらめきが消失していく。最悪のタイミングで、『停滞』の力が停止した。

 

 同時に、それまで空間固定していた槍と、先延ばしにしていた因果がフミオに降り注ぐ。

 過たず、直撃100パーセントのルートで、いっせいに。

 鉄と反物質の雨が、フミオの全身を穿つ。

 

「がああああああああああああああああああ!!!!!」

『フミちゃん……』

 

 自分の悲鳴の中で、彼は少女の、涙が滲んだ声を聞く。

 

 床板がめくれ上がり、兵器の群れが消失していく。

 死の雨の中で、フミオの足を、腹を、目を、必殺の槍が貫く。槍同士が纏った反物質は対消滅を引き起こし、小爆発によって空中でお手玉されながら、フミオはレールの先に転がっていく。

 ボテボテとバウンドして、よろめきつつ顔を上げると────奇しくもそこは、炎上しながら横滑りしてくる牽引車の目の前だ。

 

「ま……そりゃ、そうだよな……」

 

 燃え上がり、炎をまとって迫りくる鉄の塊が、フミオの視界を埋め尽くした。

 

『ざんねん、だった。でも、カッコよかったよ』

 

 彼はわずかに手を動かし、停滞の力を繰り出そうとしたが、重い鉛のように体が言うことを聞かない。

 

「友情パワーだか愛情だか知らねえが……俺、ずっと一人で────」

 

 その姿は車両に押し潰され、見えなくなった。

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