海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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『1999/07/31 Operation:Light house』
OL-1


 

──立ち止まる時間が 動き出そうとしている

 

 波が、白い泡を残す。

 そこで、美しい女が死んでいた。

 どこかから吹き飛んできたのだろう。彼女の体は濡れた浜辺に彗星の尾のような跡を描き、顔半分、体半分が砂の中に潜り込んでいる。

 新月の後の夜空を切り刻む、繊月のように鋭い瞳は瞬き一つせず、黒い戦闘用スーツの腰まで流れた黒髪が、打ち上げられた海藻のように、波と遊んでいる。

 

──忘れたくないことばかり

 

 顔の真横に墓標のように突き立った乳白のセラミック刀を雨が濡らして、まるで生き物の表皮が波打つような質感を与えている。

 あるいは、この浜そのものの墓か。彼女の周囲は、無数の死によって彩られていた。

 波に車体を半分浸けたまま、焼け焦げた装甲車。うつぶせになって波に洗われる兵士たちの迷彩服。隙間なく浜に敷き詰められた薬莢が真鍮に輝き、漏れ出たオイルが虹を添える。

 そして血と炎の赤、後に棘皮人間と呼ばれる黒いヒトガタ生物たちの黒が、それらの上からブチまけられていた。

 

──明日の今頃には 私はきっと泣いている

 

 女の傍で海水をかぶった壊れかけのラジオが、ひどいしわがれ声で歌っていた。

『宇多田ヒカル/First Love』。

 その声をつんざくように、沖合数百メートルで幾百という雷鳴が同時に打ち鳴らされた。灰色の海、灰色の空。色鮮やかな死の風景を、閃光と衝撃波が歪ませる。糸のように細い雨が一瞬途絶え、女のまつげが、わずかに動く。

 

──あなたを思っているんだろう

 

『それ』は巨体をのけぞらせ天を仰ぐと──粘土の塔が崩れるように、ゆっくりと倒れていく。

 その外見は全長2キロにも及ぶ巨大な黒いアオミノウミウシだ。脊髄の爆破によって一直線に吹き飛ばされた背中から、煙突のように黒煙を吹き上がっている。

 

──You will always be inside

 

 死ぬ。世紀末に突如として日本を襲った恐怖の大王が、ついに倒れる。

 

──My he『番組の途中ですが、速報です。相模湾に突如として出現した巨大怪獣、通称悪樓(アクル)の対応について連日お伝えしてきましたが──』

 

 決戦場に持ち込まれたラジオ、携帯、軍用無線──あらゆる通信機器が、歌うことをやめて語りかけてくる。

 

『──防衛庁の発表によりますと日本時間13:00ごろに、サイボーグ兵士による怪獣の直接爆破作戦、通称『灯台作戦』は無事成功し──』

 

 浜に、それを聞くものはいない。ここには死だけだ。

『アクル』の体から完全に力が抜け、巨大な氷山が崩れるような音を立てて海の中に沈む。ダプンと海面がうねり、兵器と、死体と、女の死骸が転がるビーチめがけて押し寄せてくる。

 

『──無人機を使用した観測によりアクルは完全に死亡したとの──』

 

 ザアッ── 一メートル近い高波で、浜が洗われる。

 ハゲタカのように上空を旋回する無人機は熱の篭らない瞳で、その様子を見つめた。大怪獣との激戦で死した兵士たちは波によって一度陸地に運ばれ……その大半は、返す波にさらわれて、海の奥底へと連れ去られていく。

 女の死体は変わらず同じ場所に残り続けた。

 理由を物語るのはその左腕。不釣合いなほど巨大な機械式義手が接続された彼女の体も大半がマシーンの集合体だ。その重さは200kgを余裕でオーバーする。

 

『──この後は放送プログラムを一部変更して、「激論! 恐怖の大王? 核武装国日本!』を、スタジオにお招きした専門──』

 

 バキッ

 

 女の体に引っかかって押し流されるのを免れたラジオに、鉄腕が振り下ろされた。

 SONY製のポータブルラジオは一撃で砕け散り、緑色の基盤が砂の上で鈍く端子を光らせる。

 しばらく、音らしい音は、波が打ち寄せるものだけだった。

 

「げほっ、げほげほっ──ごへえっ!!」

 

 急に、さっきまで身動きしなかった女が、激しくむせて海水を吐く。

 

「ンでだよ。聞かせろよ宇多田ヒカル、最後まで……ぺっ……」

 

 ガラス玉のようだった瞳は緑色の機械光と共に生気を取り戻し、彼女の体では残り少ない生身の右手が力強く浜砂を掴む。

 

「……やっぱり私が最強かあ」

 

 もうもうと煙を吹く『アクル』の死骸を遠くに見つめつつ、彼女はポツリと呟く。

 電柱のような長身でノッソリ立ち上がり、転がったブレードと、そこにケーブルで接続された箱型の大型燃料電池を背負いあげる。

 かくして女は歩き出した。

 

 バリッと音を立てて、その足元で浜が割れる。

 浜を縦横に引き裂く形で莫大な熱が通り過ぎた結果、表面がガラス化しているのだ。未だ赤く熾ったガラスの渓谷に波が流れ込み、しゅうしゅうと音を立てている。谷底から這い上がろうとした姿で、何体もの黒い怪物が焼け死んでいる。

 すべて、たった一人の人間と、一振りの刀によるものだ。

 それだけの死と破壊を引き起こした張本人は、まったく意に介さず、機械の体を引きずるように歩いていく。

 

 死体まみれの砂浜に、サイボーグ用ブーツの足跡がどこまでも伸びていく。

 

 

 

 樋口キリエ、二十一歳。

 恐怖の大王を退け、唯一生き残った最古にして最強の機械兵士(サイボーグソルジャー)

 身体の機械化率、50パーセント。

 

 独身。恋人ナシ。

 

 

 1999年

 

 

 

 7月31日

 

 

 

 神奈川県、旧相模湾(現・クレーター湾)

 

 

 

 

海の彼方で、カナタを想う

『1999/07/31 Operation:Light house』

 

 

 

 

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