神奈川県海老名市立第三運動公園──その体育館こそ、怪獣『アクル』の浮上に際して政府が敷いた海老名防衛ラインの脳髄だった。
そこはまさしく生物の体内のように汗臭く、ぬめり、そして埃臭い空気が充満していた。
重苦しく垂れた暗幕は風を拾わず。いくつもの巨大な扇風機がオレンジ色のファンをフルパワーでブン回しているが、熱さは揺るがない。
海老名市は盆地だ。ここの夏は暑く、そして、ひどく蒸す。
プロジェクターが闇に投げかけた光の照り返しに、この場に集まった政府高官たちの顔が映し出される。金剛力士像のようにいかめしい顔をした内閣官房副長官を筆頭に、警察庁長官官房、神奈川県知事に至るまで──いずれも国家と官邸の中枢を成す者たちだった。
湿気と熱気で脂ぎった彼らは、滴る汗をぬぐうことも忘れ、スクリーンに見入っている。映像の画質が悪いのは、米国に貸与された試作
ノイズと白線の織り交じった低画質の空撮映像は、海上を席巻する巨大ウミウシ状怪獣──『アクル』の脊髄が次々と爆破され、赤黒い炎を噴きながら倒れゆく瞬間を映し出している。
無線を手にしていた自衛隊幹部が重々しく頷くと、振り返り、告げる。
「──アクルの生命活動停止を確認。『灯台作戦』、問題なく完了しました」
ぶはあ。
そんな音が、体育館に響き渡った。
いきなり浮いてきて海に居座る厄介者が片付いたことにより、無事の任期満了を確信したもの。妻子の住む国土を守れたと小さく頷くもの。領海ギリギリに米軍が持ち込んだ『土産』を使わず済んだと胸を撫でおろすもの──内心は様々だが、みな、安堵していた。
その安堵のため息が同時に漏れ、一塊となって、大きな音をなしたのだ。
「いやァ、お見事!」
そこにバチバチという弾けるような拍手が混じった瞬間、どこからか『ちっ』と舌打ちが聞こえてきた。
「さっすがニッポンの誇る自衛隊! あれほど困難な作戦を無事遂行するたあ。いやァ、精強、精強ォ!」
グレースーツに汗ジミをハッキリ浮かせた官僚たちが、拍手の出所に向けた目には不快感しかない。
そいつの席は、こともあろうに内閣総理大臣の真横。
「なにもかも、暮さんのおかげで……」
マスコミへのアピールで濃紺のツナギを身につけ、困った大型犬のような笑顔を浮かべた総理大臣──原田誠。その肩に、筋骨隆々の腕が、大蛇のように絡みついている。
そいつは
「なにをおっしゃいます。 スムーズな上位下達は総理のご威光あってこそのもの! 前任であられた徳島先生の下での秘書を勤め上げ、ハーバードで仕込んだリーダーシップ。この暮文他、感動いたしました!」
白いTシャツにバイカージャケットという、こうした場にはあまりにそぐわない恰好をした大男──暮ブンタは、プロジェクターの光に禿頭を反射させる。
彼は豪快な笑い声をあげながら、バンバンと音を立てて総理の背中を何度も叩いた。
気の弱いことで有名な原田総理はというと、ジャケット男のわざとらしいヨイショにまんざらでもない様子。
ブンタは、笑いながらふんぞり返った。ギシリとパイプ椅子を軋ませつつ、その指先がジャケットの中から
「おっと
誰かの放った控えめな咳払いが、ここが借りた体育館で、全面禁煙であることを彼に思い出させる。
悪びれる様子もなく、彼はライターを長机の上に放りだす。そしてまた、バカ笑いを始めるのだった。
「がははは! とにかくこれで、例の地下都市建造も白紙に戻せるでしょう。甘い汁ァ俺様大好きですが、吸い方を間違えるとやれ汚職だ公金泥棒だのと──」
時と場をはばからぬ豪快な笑い声は、まるでヤスリのように、場に集った政治家たちの精神を毛羽立たせていく。
彼の声にまぎれる形で、暗闇からいくつもの舌打ちが漏れた。
『くそ。なぜあんな下品な男を防衛参与に……長官は何をしてるんだ』
『前防衛長官から「何卒ご検討を」との但し書きがあったそうだ。原田総理には断れん』
『はっ。OBのゴリ押しに弱いのは政治の世界でも一緒か』
『領海キワ(沖合21でキロ)で待機してる米国原潜も、あいつの独断で呼び込んだってウワサだ』
『早くあの男をなんとかせんと、本当に日本が沈没するぞ』
『ホントの恐怖の大王……か』
漂う影口は尽きることがない。その中のいくつかは当然ブンタの耳元に漂ってくるが──防衛参与は歯牙にもかけず、笑い声のトーンを一層強めるだけだった。
『ブタが』
笑っていたブンタの目が、初めて外野の列に向けられた。
彼のスキンヘッドの首元に寄ったひだと同じ種類の、柔らかく、ひょうきんな笑いじわが、彼の口元に浮かび上がる。
人のよさそうな顔に人畜無害な笑みを浮かべ、笑うとまぶたが垂れ下がるのは、たしかに豚に似ている──が、黒い真珠のような冷たい輝きを秘めた眼は、集った背広たちをかき分け、聞き捨てならない一言を吐いた人間の居所を探り当てていた。
(この暗闇で、この騒ぎだ。見えるはずがない)
この顔ぶれの中では若手の議員の額に、暑さとは別の汗が浮く。
しかし、ブタがオオカミの本性を顕したのは、ほんの一瞬のことだった。吊り上げた唇の端から鋭い犬歯をチラリと覗かせると、ブンタは総理に向き直った。
「さあ、さあさあ総理、何やってんですかい。こんなところでグチグチやってる時間は終わりですぞ!」
温厚なブタの仮面をていねいに被り直して整えるように、彼はもう一度声を上げて笑った。
「え──ええ。なんか、あったかなあ」
「慰問ですよォ。イ・モ・ン。支持者の心を掴むに大事なのはスピーディーなケアですからね。その前に総理は……外のグラウンド走りこんでもらって、くたびれた感出しましょうか」
「そ、それ必要あるのかい? 僕運動ニガテなんだよォ」
「大事なのはやってる感! 俺サマの方で原稿と……いい宿用意しておきますので。酒はもちろん例の銘柄も手配しております」
「いやァ、悪いねぇ。作戦立案と指揮どころか、こんな雑用までお願いしちゃって~」
「何おっしゃいますか! 必要なものがあれば、どんどんお申しつけください!」
ガハハ、ガハハハハ……悪徳代官じみたブンタの笑いと、原田総理の引きつったような乾いた笑いが、体育館の空気に混じった。
「んで……
ブンタの呼びかけで、それまで梟の置物のように微動だにせず座っていた学者が、ゆっくりと顔を向けた。
「どうなんですか、その、なんでしたっけ。怪獣学者としての意見は」
「特殊動物行動学。です」
「ああ、こりゃシツレー
「希少動物の観察と研究。今回はアクルの行動パターン、上陸時の移動経路の予測と、汚染水から生まれる『黒いヒトガタ』による生物学的被害対策のアドバイザーとして召集されました」
分厚い丸眼鏡を通してブンタに向けられた光に、感情の色は存在しない。存在感も希薄だ。体はどう見てもやせすぎ。白衣の上からでもわかるほどの痩身は、プロジェクターの光を受ければ骨のシルエットが浮かび上がりそうなほど薄い。
彼はユラっと立ち上がったまま、柳の幽霊のようにブンタを見つめている。何も言わず、ただ、じっと。
「水際で抑えられたんで……今回はラクな仕事でしたねえ」
プロジェクターが吐き出す温風を汗ばんだ腕で受けながら、ブンタは考える。名前を聞いたこともないような地方の大学から連れてこられたこの男は、何を考えているか、まったく掴めない。
「ああ、こりゃ失礼。で、どうですか。トクシュドーブツコードーガク? 的に、何か言っておきたいコトとか、ございます?」
「言いたいこと……?」
「『できれば生け捕りが良かったんだが』とか。そういう、なんつーんですかね、マッドっぽいこと言ったらウケんじゃないすかね」
相手が相手なら激怒しそうな言い回しを、ブンタはあえてする。
彼が抱え込んだままの原田が『ちょ、ちょっと暮さん』と顔を引きつらせるのも、周りのスーツどもが居心地悪そうにヒソヒソ声を交わすのも、彼にとってはどうでもいい。
たった一滴でいい。この得体の知れない男の得体を目にしたいのだ。そうすれば、どんな人間か分かる。
──さあ、こい。ムナカタゼンイチロー
「……終わったんじゃないですか。殺せたんだ。死んだ生き物に次なんてありませんよ」
「それだけェ!?」
「それだけです」
ガッターン──大きな音を立てて、ブンタがイスごとズッコけて見せる。
それに引っ張られた形で原田総理が「わああ」と叫ぶのも、周りの官僚たちが疑念の目を向けてくるのも、ムナカタは気にかけない。
彼はただ、スクリーンを見つめていた。
ただでさえ感情が希薄な目は、光を受けて反射するメガネレンズの下に隠れてしまう。しかしブンタは初めて、明確な一つの感情を読み取れた。
失望。
楽しみにしていた映画を見に行ったら、まったく期待外れの別モノを見るハメになってしまったような「あーあ、なんだそりゃ。そんなもんか」という失望が──シミだらけの白衣を握りしめる指先から漂っている。
「死んだのか」
ぽつり。ムナカタが呟いた。
「殺せるということは違ったか? ではアクルとはなんだったんだ? ただの無関係な巨大生物……? あれがもし本物なら、運んできた『検体』を触れさせてみたかったが……」
スクリーンに映ったアクルの死体に、語り掛けるようだった。
「どうやら……外したか。ギャンブルは得意なつもりだったが」
彼の意識はおそらくもう、この部屋の中にはない。
(読めねえ男だな)
よほどの怪獣オタクなのか、科学者らしく人と関わりたがらない気質なのか──ブンタは笑顔を崩さないが、ムナカタという異物が不気味で仕方がない。
おまけに、彼が持ち込んだ『棺桶』が、どうも気がかりだ。
扇風機のファンの音に混じって、ごうんごうんと唸るような冷却装置の起動音が響いてくる。ブンタがチラリと目を向けると、壁際に置かれた移動式の鉄製容器が鈍い光を放っている。
厳重に閉ざされた蓋には覗き窓すらなく、ムナカタに同行する化学チームが周囲に集まり、なにやらデータ収集をしている様子だ。
一瞬目に入ったクリップボードに、CTの断面図が見えた。
ブンタの視線が呼び水となったように、周囲の高官たちも、
その中身を、ムナカタは説明しない。そして、薄々察してるからこそ誰もが恐れをなして尋ねないが、金属容器の中身は、明らかに人間──それも死体だ。
「暮、さん。そろそろ、離してもらっても……?」
いつの間にか、肩を抱いたまま固まっていたブンタに、原田総理が怪訝そうな顔を向ける。
(ま。いいさ。俺サマが気持ちよくなる邪魔しなきゃ、怪獣マニアだろうが死体愛好家だろうが、どっちでも……な)
□
「端っこにいたあのボケ、見えてたろ。あのとっちゃん坊やの身の周り洗っといてくれや。念入りにな」
体育館のロビーにブーツの靴底を響かせるブンタに、彼の秘書が足早についてくる。
「俺サマのことブタつったの許さねえかんな。バーベキューの薪にしてやる」
「ではいつも通り、マスコミに──?」
「いんや。いったん寝かせておこう」
ブンタは、秘書の顔など見ちゃいない。
体育館の汗臭さもホコリの臭いも、スーツから漂うデオドラントもウンザリだ。彼の瞳は真正面、出口の外に広がる、白く焼けた夏日だけを見据えている。
「リークはアイツがデケえ問題起こした時だな。我慢して我慢して、『ここぞ』でぶちまけるのが一番キモチいい」
「分かりました。お任せください」
「おう。総理のヘリが出るまで、俺はちょっとタバコ休憩行ってくる」
秘書をその場に残し、ブンタは体育館の外に出た。
タマゴを落とせばスクランブルエッグが出来上がりそうなほどチリチリに焼けたコンクリの上で、彼は一度立ち尽くし、空を見上げる。アクルとの決戦場になった相模湾は雨だが、こちらは殺意を感じるほどの快晴だ。
張り詰めた顔の自衛官と、行儀よく並んだ
どうしようもないほどの夏だった。
「さァて……」
館前のスロープに寄り添うように、一台の電動バイクが彼を待っていた。
フレームの銀に宿った陽光が、ブンタの網膜を焼く。目を細めながら歩いて行った彼は、熱せられたシートに内股を焼かれながら、始動スイッチを探す。
キースタートではない。スイッチスタートだ。カギはカード型で、ポケットだろうが胃袋の中だろうが、身に着けていれば機体が反応する。
バイク好きの彼に「まごころ」で贈ってくれたメーカーの人間は「軽量化ここに極まれり、ですわ」と笑っていたが、なくさないか不安なので、ハーレーのバイクを象った金属キーホルダーをつけている。
ブンタがアクセルを踏むと、バイクは低いモーターのうなりを立てて、荒れ果てた海老名市街に走り出していった。
そこにあるのは風切りの音だけだ。
バッテリーに充電して、モーターを回す。突き詰めると、電動バイクとは、ただそれを行う装置でしかない。
「死体に乗ってる気分だぜ」
ヘルメットの中でブンタはごちる。
猛烈なエンジンのうなりと振動。変速の瞬間に訪れるコンマ数秒の、息遣いのような静寂──そのすべてが欠落している。
彼に言わせれば、これは死体なのだ。荒れ狂う馬の死骸。バイクという、環境破壊と男のロマンの残骸。
ボコン。避難の騒ぎで路上に投げ出されたままだったバッグを、車輪が押し潰す。その音が妙に大きく、耳元で奏でられたように感じる。
「そもそも電気ってなんでだよ。どっかでガソリン燃やして発電してんだぜ。これじゃエコどころか二度手間三度手間だろうが……」
彼にグチグチ文句を言われつつ、電動バイクは忠実に走った。
住宅街に張り巡らされた細い路地を縫い、彼らは海老名市の中心地である駅前を目指していた。
グローブの中に汗を溜めながらハンドルを切り、水田のただなかに通された一本の道路に乗り入れる。
車道は乗り捨てられたクルマ埋まっていた。ブンタはため息をつき、歩道へと滑り込む。
「神奈川っつっても、はしっこの方は田舎なのねェ」
バイクが走り抜け、淀んだ用水路に波紋が広がる。死んだザリガニの甲羅が、白く乾いて砕けている。
そんな泥臭い風景をしばらく走っていくと、やがて、ぬっと頭をもたげるように高層ビル群が現れる。
水田の向こうに、無遠慮な直方体が空を塞ぎはじめる。
建物は水田の境目から徐々に密度と高度を増し、首都に直結する都市として最低限の体裁が整ってくる。
荒れ果てた無人の都市に、セミの声だけが賑やかに響く。
大交差点で横転したバスの影に差しかかると、一瞬ひやりとした。青空と、それをバックに黒々と走る電線を見上げつつ速度を落としていくと──ブンタは駅前ロータリーに辿り着いていた。
駅舎と、市内でも特に高いビル群が、ロータリーを睨みつけるように聳えている。典型的な地方都市っつーヤツだなァ、と苦笑いしながら、ブンタは遊歩道が作る日陰にバイクを停めた。
「ほんじゃま、留守番ヨロシク──もう避難終わってるし、誰もこねえと思うがね」
軽くボディを叩いて、彼は遊歩道に続く階段を登っていく。夏日に焼かれた地べたには、ニット帽やら赤ちゃん用オシメ、ひどいと革ザイフがまるごとひっくり返って中身をブチ撒けていたりする。
遺されたものから感じる避難当時の混乱度合いが、ここは特にひどい。
避難時、駅から特別車両が出ていた。狭い搭乗口が壊れそうなほど詰めかけ、押し合いへし合いする人たちの姿を想像するだけで、ブンタは「おえっ」と舌を突き出したくなる。
「カイジューカイジューって。でけえナメクジ一匹で、大騒ぎしちゃって……さ」
遊歩道にかかったひさしの下でブンタはタバコを取り出し、咥える。ハンパに開いたパックのスキマに差し込んどいたハズのライターが見つからず、太い指をジャケットのポッケ深く突っ込んで────
「やべ……体育館に置いてきちまった」
禁煙を咎められて机に放りだして、そのままだ。
これだから分煙だの禁煙だのは面倒なんだ──そうボヤきながら、マッチの一本でもないかとジャケットをあちこち叩くが、ない。
じゃあ地面に投げ出された荷物の中に、一個くらい……と目を凝らすが、必要なものに限って、やはり、ない。
ただでさえ喫煙者への風当たりが強くなってきたご時世だ。ターミナルを見下ろし、空っぽの虫かごのような喫煙所を睨み、ブンタは改めて吐き捨てる。
「クソ。喫煙者に人権はねーのかよ」
「ハイ、どうぞ」
じゃあ妥協に妥協でウルトラ妥協だ。メガネでもみっけて太陽光で……と、半ばヤケを起こしたブンタが汗だくで地面に目を凝らしていると、火のついたオイルライターが差し出された。
「──あ?」
火のついたライターを視線で追う。
小さな手、白い指。
見上げると、いつの間にか、小柄な少年が傍に立っていた。
少し襟ぐりが伸びた縞模様のポロシャツ。短パンから伸びる白い足と、膝小僧の絆創膏。そして、年季の入ったオイルライター。
それらを身につけ、佇むのは、きれいな顔立ちの少年だ。
「ああ……こりゃあ。地獄にホトケだ」
ブンタは少年の目元に落ちた影の中に、子供らしくない疲れと、倦みを感じ取る。
「ところで坊や。おたく、どこの──」
「はやく火つけてよオジサン。俺みたいなガキにはオイルだって安くないんです」
「おっと、こりゃ悪ィ」
タバコを咥えた口元を、ライターの元に運ぶ。見知らぬ美少年が灯してくれた火の中でゆっくりと息を吸う。乾いた葉に混じって、かすかなオイルの香り。それも、悪くはない。
ブンタの鼻から白い煙が漏れたのを見て、少年がそっとライターを仕舞う。せっかく火を貸してくれた彼に無礼なこたできませんな、と、ブンタは青空を仰いで煙を昇らせた。
「あー、生きてる……」
「なにそれ」
「やっとマトモな空気吸えたってカンジなんですわ、今……」
ブンタは一本の煙突となって立ち尽くした。
彼にとってタバコはもうウマいから吸うとか、依存とか、そういうモノじゃない。酸素ばっかり吸っていても、生きていられなくなった。そういうことだ。
タバコのヤニ、そして、燃え滾るガソリンの香り。それはいつでも同じ自分にしてくれる。
暮文他という、防衛参与であり、闇のフィクサーである男をリセットして、原点に連れ戻してくれる。
そんな風に一本のタバコを、どこまでも惜しむように吸い続けた。
少年は近くの地べたに座り込んで、擦り切れたシューズの底から、小石をほじくり出していた。
「さァて、坊ちゃん──」
「ぼっちゃん、じゃない。俺はもう、十歳です」
タバコを落として靴底でもみ消すブンタを見上げて、少年は栗色の髪の毛を風にそよがせる。
生意気だが──不思議な雰囲気の少年だった。
「俺の名前は宗像ヤスヒコ。おじさんと一緒に仕事してる、ムナカタっていう人の息子……です。いちおう」
ムナカタ──そう聞いて、ブンタは目を丸くした。