海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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6.豚の鳴かない町(3)

「お前ンち、なんかくせえぞ!」

 

 玄関潜って一言目にカナタが放った言葉のパンチが、岩男を粉砕した。

 

「ぶっ」

 

 ガラガラと音を立て、膝からレイジが崩れていく。思わず吹き出したフミオの横で、顔を背けたルリコも口元を押さえている。

 

「そんなにか……」

「よ、よかったじゃない。カナタがむしんけ……いいえ、親切で。大事よ、そういうこと教えてくれる相手」

「何もよかねえよ。ンだよコレ。アタシ、今日からここで寝泊りするんだぞ──」

 

 リビングまでの廊下に折り重なったゴミとチラシの山を蹴ってのかして、カナタがずんずん進んでいく。臭いの発生源が近い。それはどうやら洗面所だ。

 

「ウソだろ、お前……なんでこんな……うっぷ、おえ……」

 

 茶色い山が、洗濯機の隣に積みあがっている。

 鼻に指を突っ込んだカナタが、その中から汗でぐっちょり湿ったタオルを摘み上げる。その瞬間、悪夢のような臭気が解き放たれた。高校二年生。体からありとあらゆる汁が分泌される時期。迸るばかりの男の臭いがカナタの鼻を突き刺して、彼女の意識が一瞬遠のく。

 

「た──た、溜めすぎだろ。掃除と洗濯くらいしろよ。大変なことになるぞ」

 

 フラリと頭を振ってなんとか踏みとどまる。そして、傾いた視界に次に入ってきたのは台所のシンクだ。薄く張った水の底に地獄が広がっている。放置された食器や黒いカビの浮いたコップが、水死体のように折り重なっていた。

 

「つーか……もう大変なことになってっけど……」

 

 ここに来るバスの車中で、フミオとルリコから廃墟のことは聞かされていた。

 

『オイオイ、ハナシ盛りすぎだろ~』

 

 と、笑い飛ばして見せたときの、二人のなんとも言えない顔を、今になって思い出してきた。

 あれでも一応公衆の面前ということもあって、オブラートに包んでいてくれたのだ。ありがたいことに。

 

「これでも週末まとめて片付けるようにしてるんだが」

「じゃ、月曜のパンツを日曜に洗濯してるってことだろー、えんがちょー」

 

 なんでこんななるまで放っておいたんだよ、コイツ。という不満を顔に浮かべたカナタが背後の二人を睨み付ける。

 

「俺、こいつに散々言った」

「私も最初は片付けてあげてたから」

 

 つまりレイジは、その数少ない友人たちからでさえ、改善の余地ナシと見なされて放り捨てられた形だ。

 哀れんでいいような、当然といえば当然のような──ゲテモノ料理を無理やり食べさせられているような表情で、カナタはすぐ傍に立つレイジの巨体を見上げた。

 

「オマエ……なんかの限界に挑戦してんのか……?」

「すまん。先に行って、居間だけは片付けておく」

 

 廊下を独占するほど広い肩幅をゆすって、レイジが奥の部屋に消えていく。

 

 初対面からタダモノでないと思っていたが、どうやらカナタは、まだまだレイジを理解しきれていなかったようだ。

 悪臭、汚れ、ミルフィーユのように重ねられたゴミ山。そんな場所での共同生活──前途の多難っぷりのあまり、カナタは眉間を揉んで天を仰ぐ。

 

「――やっぱ野宿じゃダメ?」

 

 頭痛だ。きっとストレス性のやつだ。

 

「あれ。カナタ、どこでクツ脱いだ?」

 

 一方、ルリコはマイペースだ。

 廃材置き場のような玄関を振り返ってみるが、そこに脱ぎ散らかされたのは二足のスニーカーとローファーが一足。カナタが履いていたはずの、白い靴が見当たらない。

 

「おっ、アタシのヒミツ、知りたいかあ?」

 

 カナタが唇の端に桃色の舌を覗かせて、イタズラっぽく笑った。

 

「ほれ。これでいっぺん、レイジからも逃げられたんだぞ」

 

 彼女は、ルリコの前に足を突き出す。

 

「……?」

 

 次の瞬間、足の指がぐりっと内側へねじれた。

 関節が音を立てながら逆向きに折れ曲がり、皮膚が粘り気を帯びた液体を分泌し始める。

 

「えっ、えっ、ええええっ……?」

 

 その変化はどんどん広がり、彼女の足全体がグネグネ蠕動(ゼンドウ)し始める。ウロコとヒレの塊が粘膜と混ざり合い、粘土のようにねじれて分かれ、あるいは融合していく。

 

 やがて──

 

 言葉を失ったルリコの前で、のっぺらぼうな肉の塊に筋が張り巡らされていく。それはキャンバス地にそっくりだ。

 仕上げに「キュッ」と音を立てて靴ヒモ──腱か何かだ──が生地──皮膚か何かだ──の間を橋渡しすると、それはどこからどう見ても、完璧な白いスニーカーになっていた。

 

「アタシの体、すげー便利なんだ。いいだろ?」

 

 少しだけ汁っぽいスニーカーの踵を打ち鳴らして、カナタは得意げだった。

 

「えええ、何それ!? どうなってんの、えっ、えっ、グロいんだけど!」

「グロって言うなよ!」

「だってグネグネだし。ビチャビチャだし! アンタ、エイリアンか何かなの」

「知るかよ。なんだよ、()()()()()って──」

「おーおー、相変わらずの汚部屋(ゴミ溜め)だなあ」

 

 なんだか面倒なことが起こってる気がしたので、フミオは玄関からの悲鳴を無視して、さっさとリビングに乗り込んだ。雑然とした部屋の中で、パンパンのゴミ袋を抱えたレイジが立ち尽くしている。

 

「どうだ。掃除、してみたんだが」

「ぜんぜんだぞ。なあ、お姫様お迎えするっつーのに、こりゃあちょっと……」

「うわ……なんだこれ……」

 

 ルリコとドツき合いながら、遅れて入ってきたカナタが顔をしかめた。

 もともと期待していなかったが、この男の部屋はまるで、筋肉至上主義国家の独房だった。

 全面に敷かれたトレーニングマットの上に、拷問器具と見紛うような大げさな器具が数々立ち並ぶ、鉄と鉛のジャングルと化した部屋のあちこちに、放置されたシャツやタオルやパンツがへばりついていた。

 

「ゲロ」

 

 カナタが舌を出す。

 部屋全体の空気がすっぱい。柱が、壁紙が、そして床に至るまで、レイジの汗を吸って異臭を放っているのだ。

 

「慣れろ。俺らは一年の頃からこの部屋に来てる」

「むしろ初々しいわ、アンタの反応」

 

 フミオはダンベルベンチの上に、ルリコはベッドに腰掛ける。おのおの、この狂ったレイアウトの中になんとか座り場所を見つけているようだが、新参者のカナタは力なく立ち尽くすしかない。

 

「慣れるとか、慣れないとかじゃなくってさあ……」

 

 何を好き好んで、こんな監獄のような部屋にレイジが根を下ろしているのか。カナタはまったく理解できない。

 

「カナタ。ここに」

 

 レイジが座布団を持ってきて、複雑に絡み合った器具の間に敷いてくれた。当然、落ち着くはずもない。カナタは「いやいい」と断って、部屋の中をうろつくのをやめなかった。

 

「オマエ、映画が好きなんだよな……」

 

 彼の自己紹介を思い出す。

 だが、この部屋に彼の趣味の片鱗はほとんど感じられない。

 あるのは筋肉と鉄と汗の匂いだけだ。

 だが、一つだけ目を引くモノがある。壁のど真ん中に貼られた大判のポスター。それは、どことなく古い絵柄のイラストで、異星の砂漠をバックに男と女と馬が描かれたものだった。

 

「やき、うし……?」

 

 そこに雄々しいほどの筆づかいで書かれた、赤字の邦題。とりあえず読み上げてみたが、しっくりこないので、カナタは首をひねる。

 

「レイジ。見せたげなさいよ、アンタの秘密基地」

 

 ルリコがあごをしゃくった。

 

「そうだな。カナタ、少しだけ、そこいいか」

「お? おお……」

 

 色あせたポスターに触れる時のレイジは、何か崇高なものに接するようだった。ゴツゴツした手で苦労するだろうに、彼は、神経質なほどに時間と集中力を費やして、それをはがしていった。

 

「そんなクソ映画のくそポスター、何が大事なんだかね」

「俺にとっては、かけがえのないものだ」

 

 フミオが憎まれ口を叩くのをレイジがやり過ごしているうちに”それ”カナタの前に現れた。

 

「──あ」

 

 カナタが声を上げる。

 穴だった。壁にポッカリ開いた大穴。先に広がるのは隣の家だ。

 トレーニング中、熱が篭ったレイジが”うっかりコケて”ブチ開けてしまったものだった。

 

「これ、管理会社にどやされないのかしら」

「ここを誰かが管理してるなら、とっくに取り壊してるだろう」

「なるほど。アンタにしちゃあ、マトモな見解」

「さ、カナタ。足元に気をつけて」

 

 大きな手が、穴の向こうを指し示す。

 なんとなく、流れ込んでくる空気の質が違う。乾いたような、埃臭いような、干からびたカビのような──すでに日が暮れていたが、そこに広がるのは、夜の闇とは別物だ。

 暗幕によって世界から切り取られた、特別な闇だった。

 

「お、おじゃまー」

 

 いったい何が待ち受けているのか──少しだけ緊張した面持ちで、カナタが中に足を踏み入れる。

 隣室からの明かりに照らされ、パイプ椅子の背もたれが、闇に銀のアーチを描く。隣室の混沌がウソのように整然と並べられたイス。その間には巨大な装置が鎮座していた。

 

 そして──まっさらなスクリーンも。

 

「おお……おおお、すげえ……すっげええ!」

 

 この部屋の目的を一瞬で理解して、カナタが目をきらめかせた。

 そこは、レイジが拾い集めてきたガラクタで作り上げた秘密のホームシアターだった。

 

「う、うわーっ!」

 

 何か言おうとして振り返ったカナタが、口をパクパクさせた。驚きのあまり、一瞬言葉がつかえたようだ。

 

「これ……これマジで映画館じゃん! レイジ、やるなあ!」

 

 聖域、なのだろう。

 ここにはシャツも、タオルも、そして汚れたパンツも──地獄のような汚部屋を作り出した男の生活の延長上にある場所なのに、余計な汚れが一切持ち込まれていない。

 

「そうか。喜んでもらえてよかった」

 

 テンションが上がって子供のように飛び跳ねるカナタの背後で、レイジは少し、得意げだ。

 

「映画! 映画見よう! さっそく!」

「どんな映画が好きなんだ?」

「アタシ、こういうの初めてなんだ。だからレイジが選んでくれよ!」

「それじゃあ、うってつけのが────」

 

 暗闇に薄く、燐光を放つカナタの瞳が部屋の空気に青いラインを引く。わくわくという擬音が聞こえてきそうなほどに弾んだ足取りで、彼女はイスのひとつを引き寄せる。ほとんどあってないような、薄っぺらいクッションの上に尻を落ち着けようとした。

 

 その時、

 

「はいはい、浮かれんのは後!」

 

 腕をつかまれる。ルリコだった。その細い手からは想像もできない力のこめ具合に、有無を言わせない気迫を感じる。

 

「先にやることあるから。まったりするのはそれからね」

「ちょっ……やること、って?」

「アンタ、昨日から歩きっぱなしだったでしょ。フケツ」

「は? アタシ、汚くねえし!?」

「汗くさい」

「くさくねえし! ほら、嗅いでみろって!」

「くちゃい子はビョーキになりますからねー。レイジ、タオルと風呂借りるわよ」

「お、おい、やめろ、あ、え、アタシの映画がーッ!」

 

 ルリコに羽交い絞めにされて、カナタが引きずられていく。心配そうに見送るレイジの背後で、フミオが膨大なDVDとVHSカセットのコレクションをしげしげと眺めていた。

 

「なあ、館長さんよ。ラインナップの更新はまだかァ?」

「この町のビデオ屋を全部回って買い漁った。ここにあるのが全部だ」

 

 二人は並んで室内を見渡した。

 壁が、黒い。それは積み重ねられた映画のパッケージだ。ジェンガのような状態になっている山の中から、フミオは気まぐれに一本の映画を取り出す。それはビニールのカバーに薄く埃を纏った『インデペンデンス・デイ』だった。

 

「お。アメリカが爆発するやつじゃん」

 

 地球人類を根絶やしにしようとする宇宙人との激しい戦いを描いたSF作品だ。空全体を覆うほど巨大な円盤の放つビームに貫かれ、不気味な赤い光に包まれた大都市のアートワークが目を惹く。

 

「それは十年前の作品だな。そこそこ新顔だ……」

「やれやれだぜ。西町は世界から見放されてんのかねえ」

 

 もはや改めて語るまでもないことだが、レイジは日常の大半を自己破壊に費やしている。

 それでも奇跡的に心に余裕のある日は町の反対側まで足を伸ばすこともある。目的はもちろん、映画だ。

 こんな部屋を作ってしまうほどの熱意を秘めた自称()()()()()()()()()()()()()のレイジは、常に新作のうわさを聞き逃さないように耳をそばだててきた。それでも過去七年間において、この町で新しい映画が封切りされたという話を聞いたことは一度も無い。

 それ以前の時代の映画なら膨大にあるが、金銀珠玉の名作とはいえさすがに古臭さはぬぐえない。ゆえに、この町で映画を愛好するのは、レイジのようなごく一握りの変わり者だけだった。

 

「またレトロ映画? 男の子は単純でいいわね」

 

 脱衣所にカナタを放り込んで帰ってきたルリコが、百人一首のように床に映画のパッケージを並べていた二人を一瞥して、鼻で笑った。

 

「カビ臭い映画なんかよりも、私は都会のオシャレな映画が見たいんだけど?」

「ボロ出したなあ、田舎娘がよォ」

 

 ゆらりと立ち上がったフミオが、悪い笑みを浮かべてルリコに迫る。

 

「なんだ、都会の映画って。なんだオシャレって、具体性ねえなあ。そういうこと言っちゃうのが一番田舎っぺウーマンだぞ」

「し、し、仕方ないでしょっ、町の映画館って古い映画のリバイバル上映ばっかりなんだから!」

「古い映画も悪くない」

 

 壁際に積みあがったVHSとDVDのケース。遠巻きに見ると、ただの雑然とした山ではなく、何かの儀式のために築かれた (ヤシロ)のようにも見えた。

 レイジは大きな手で、その中から慎重に一本のVHSカセットを取り出し、静かに掲げる。それは、まるで神棚から宝物を下ろすかのようだった。

 

「ちょっ」

「うげ」

 

 掴み合いになりかけたフミオとルリコが凍りつく。

 黒いケースにはいかにも洋画らしい、悪く言えばバタ臭いことこの上ないタッチのイラストがレイアウトされていた。

 頭上に広がる漆黒の銀河に輝く星々を見上げる、オイルでテカったマッチョな男、無駄に胸元をあらわにしたレオタードの女、そして謎に堂々と立つ金色のロボット馬。

 

「この”焼失(しょうしつ)”は、まさに不朽の名作だ。二人だって、知ってるだろう……」

 

 ──それは要するに、あの巨大なポスターに描かれた映画の現物なのだった。

 

「宇宙を旅する賞金稼ぎの物語(ロマン)を。どんな悪党も、鍛え上げた肉体と猎户星跆拳道(ギャラクティックテコンドー)で一網打尽……!」

 

 フミオにはレイジの瞳の焦点が徐々にズレ込んでいくのが見て取れた。

 

「こんな俺も。いや、こんな俺だからこそ……心打たれたのかもな……」

 

 珍しく、そして奇妙な熱の篭り方をしたレイジの口調。

 

「今日はこれでいこう。カナタとの出会いを祝って、皆でジャックたちの旅を見届けよう」

 

 無限の宇宙をバックにBurn to Ashesの仰々しい文字が躍るテープが掲げられた。

 

「イヤだ」

 

 そこでとうとう耐え切れなくなったように、ルリコが口を開いた。

 

「イヤ──それだけはイヤだ! 絶対、絶対、絶対に見ないから!」

 

 もともとルリコはキレやすい性質(タチ)だが、それはいつも静かで瞬間的な、理性のある怒りだった。

 だが、これは違う。長年の蓄積だけがなせる、煮えたぎるようなブチキレ方だ。

 

「ショックだ…………ルリコはこの映画が嫌いか」

「これまで何度もそう伝えてきたわ! つーか私にトラウマ植え付けたはアンタなのよ!」

「俺にそんなつもりは無かった」

「ルリコ、悪気は無かったって。許してやれよ」

「知るか!」

 

 心外そうな顔でレイジが立ち尽くしているのが、余計にルリコの怒りを煽る。さらにボルテージを上げながら、じたんだを踏んで彼女は畳み掛ける。

 

「脳みそにこびりつくほど見せやがって。いい加減私はうんざりなの、ほんっとウンザリ!」

「もう一度。もう一度見てくれないか。そうすれば印象が変わるかもしれない」

「があああああ!!」

「おお、ついに生徒会長が壊れたぜ」

「ルリコには製作陣の熱意が伝わらないのか」

 

 ブンブンと、狂ったようにヘッドバンキングをしていたルリコの動きがピタリと止まった。

 

「理解できるはずがないでしょ、こんな見る生ゴミのことなんか……ッ!」

 

 というか、今の彼女には何ひとつ理解できない。

 なぜ、普段無口なレイジが”焼失”を語る時だけ人が変わったように饒舌になるのか。そしてなぜ、低予算ナンセンス映画の連打で苦しめられている被害者の自分が、まるで凶悪犯と交渉する時のような優しい口調でレイジに諭されているのか。

 

 ルリコは血走った目でフミオを睨む。

 

 

「やめて。そんな目で俺を見ないで」

 

 

 彼は既に諦め顔だ。

 

「映画史に残る名作だ。俺はルリコと、それを分かち合いたい」

「歴史にこびりつくクソの間違いでしょ! 例えば砂漠でサボテンが踊るシーン。ああいう意味不明なのほんっとに嫌いなのよ! 撮ったやつ全員喉に砂詰まらせて死になさい!」

「ここにはディレクターズカット版もある」

「こんなクソ映画、俺が良識あるディレクターなら全編カットだぞ」

「そう言うなフミオ。こいつはスゴい。なにせカットされていた二十分間のバトルシーンが追加収録。最新技術によって鮮明な映像で超高画質がリマスタリングでハイレゾだ。さらに特典映像には監督の『本当はこんな映画にしたくなかった』という暴露インタビュー付き」

「お前、言ってる意味自分で分かってないだろ」

「最後にジャックが宇宙牛の乳を搾る五分の長回しが収録。これは俺も理解できなかった」

「アンタですら擁護不能なゴミを押し付けないでよ!」

「ゴミじゃない!」

「ゴミだろ」

「はあ……はあ……い、いいかしら。アンタの映画熱はしっかり伝わったから。でも、古いモンに囚われてるやつは、いつまで経っても前進できねーのよ」

 

 ちょっと酸欠を起こしかけているらしい。ルリコはよろけながら続けた。

 

「真正面に目が付いてる人間ってのはねえ、昔じゃなくて今を見る生き物なのよ。過去を引きずってるうちは何も生み出せないのよ。というか――私は純粋にその映画がイヤ!」

「まあ、なんにせよ……カナタは喜ぶんじゃねえか」

 

 そこでためらいがちに口を開いたのは、フミオだった。

 

「喜ぶって何? クソ映画を延々見せられることを?」

「違う違う。けど、ひとまずここに連れてきて正解だったろ。俺の所はキャパオーバー。ルリコの所は……ありゃあ……」

 

 マズった。

 

 フミオの顔に、そう書いてある。

 救いを求めるように視線を彷徨わせるが、ルリコのほかに、この場にはレイジしかいない。彼はいつものように静かなまま。ただ、そんな彼ですら、床を見つめる目つきに苦々しげな色が浮かんでいた。

 

「…………ハッキリ言えばいいでしょ。野宿のほうが千倍マシって」

 

 ルリコが深々とため息をついた。

 

「ルリコ、その、俺、今」

「いいわよ。事実だし。ホントのこと言って、何が悪いの」

 

 男二人して何も言えなくっている姿を見ているうちに落ち着いてきたようで、ルリコは沈黙の間を持たせるように笑いかけて見せる。ひどく疲れた、力のない顔つきで。

 

「……まあ、そうねえ。とにかくこれで、あの子が毎日掃除機でもかけてくれたら、レイジもちょっとはマシな部屋で──」

「おいレイジ。これ、なんだ?」

 

 リビングに通じる壁の穴から、シャワーを浴びに行ったはずのカナタがヒョイと顔を出した。

 

「あ、やべ」

 

 彼女が片手にブラ下げているものを目にしたフミオが、真っ先に声を上げた。

 カナタが掲げるものは、赤黒い汚物を満載したビニール袋だった。

 大量のガーゼと包帯、そして千切れて乾いた皮膚の破片。黒ずんだ血にまみれて、そこに押し込められている。レイジの毎朝の”儀式”を知っているはずのルリコでさえ、それを目にして言葉を失った。

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