海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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7.歪んだピースをはめ込んで(1)

 

 シュボッ

 

 

 よく振ったコーラのボトルを開ける様な音と同時に、夜空を一条の流星が走る。

 

「俺はもう、大抵のことでは驚かないからな」

 

 オレンジ色の煙の尾を引いた対空ミサイルがヘリコプターの尻に噛み付いた。

 

 そして爆発。

 

 撃墜されたヘリが夜空にぐるぐると炎の螺旋を描いて墜落していくが、フミオは目もくれない。

 

「この数時間でへんてこなモン見せられすぎた。いい加減に麻痺してきたぜ」

 

 彼の視線は、食い入るようにそれを見つめているカナタに向けられていた。

 

「誰がヘンテコだあ?」

 

 ようやく”ミス・へんてこ”が自分のことであると気付いたカナタが、ドスの聞いた声を響かせて立ち上がった。ちょうど、彼女の背後でヘリがビルに突き刺さったところだった

 ヘリは轟音と共に大爆発し、スクリーンを背にして振り向いたカナタのシルエットを黒々と浮かび上がらせた。

 

「アタシだって、好きでこんなになったワケじゃあ──」

「ハイハイ。動かない動かない」

 

 犬のようにうなるカナタを、犬にでもするようにガシガシとタオルで拭きながら、ルリコがため息をついた。

 白い髪の上を、一滴の水が滑り落ちる。

 くまひとつない首筋に落ちた水が、スクリーンの反射で繊細な模様を描いた。それはウロコの輪郭だ。

 

「いくらなんでも、予想外すぎだっつの」

 

 カナタが鼻を鳴らす。

 その小さな鼻も、不愉快そうな目元も、唇に至るまで──ごくごく近くまで寄らなければ分からないほど細かな真珠色のウロコに覆われている。

 

 ■

 

 袋いっぱいの汚物を捨ててきたカナタが、同じくらい汚れた風呂場に消えていった直後のことだった。いろいろあった一日だったが、全て何とかうまい具合に収まった。

 

 はずだった。

 

『ぎえええええッ』

 

 緊張の連続の後、虚脱感のなかで三人が映画を見てまったりしていると、脱衣所からカナタの悲鳴が聞こえてきた。

 

『え、何、何よ──えっ、これ――──ひえええええっ!?』

 

 恐る恐る様子を見に行ったルリコも思わず悲鳴を上げることになった。

 ウロコで覆われていたのは、なにもカナタの皮膚だけではない。

 スニーカーの時点である程度予測すべきだったかもしれないが、カナタが身にまとう白いドレスは、彼女の体の一部だった。

 

 ■

 

 なので、丸洗いすることになった。

 

「いきなり水ぶっかけやがって……」

「仕方ないでしょ。脱げないんだもの」

 

 ドレスの裾を、カナタが摘む。一見布地だが──よく見ると、彼女のスニーカーと同じく、ヒレとウロコが無秩序に絡まった組織の塊だ。乾かすためにルリコが袖を捲り上げたことで、中の構造が露になる。ゆったりした袖のドレスは、肘の辺りで貝柱のようなもので皮膚と癒着していた。

 

「グロいわね」

「グロくない」

 

 皮膚とドレスの境を触られるのは、心地よいものではない。

 ルリコの指が触れるたびにカナタの首筋でウロコが逆立った。

 

「それ、形変えられないの? あのグロいやりかたで」

「グロくねえもん」

 

 ルリコのアドバイスを聞いたカナタが、軽く力んで「ふぬぬ」とうなってみる。だが、手足の先ほど簡単にはいかない。白いドレスの端のほうがヒクリと動いて、それだけだった。

 

「……くそ。頑張ったらズルって脱げねえかな」

「やめてよね。私、グロ耐性あんまりないのよ」

「だからアタシ、グロくねえって」

 

 ルリコは確かにカナタを風呂に突き落として石鹸の泡まみれにした。だが、決して雑には扱わなかった。丁寧に丁寧に、丹念に。カナタの手が届かない背中やドレスの裏地を洗っている間、彼女は自分の方に跳ねてくる水を気にも留めなかった。

 

「なんか……いろいろありがとな。ルリコ」

「なによ改まっちゃって」

「アタシのせいで汚れちゃったし」

 

 カナタの体は乾いていくが、ルリコのセーラー服は飛んできた水がマダラ模様を描いたままだ。くせっ毛頭を乾かしてもらいながら、カナタは少し、申し訳なさそうに体を縮めた。

 

「昔は妹のことを洗ってやってたの。なんだか懐かしかったわ」

「いもうと? ルリコって、妹いるのか?」

「そうねえ。かろうじて血がつながってるだけって感じのが」

「どんなだ?」

「んー、子供の頃は姉さん姉さんって可愛かったんだけど……あ、ちょっと腕上げて」

 

 言われるがままにカナタが両腕を上げた。それが、子供が服を脱がしてもらう時の『ばんざい』そのもので、ルリコは軽く吹き出してしまった。白いドレスの脇腹の位置に、肋骨のラインに沿って、血の色をした筋がいくつも並んでいる。

 

「おいおい、エラだぜ……」

 

 手持ち無沙汰にもてあそんでいたライターを取り落として、フミオが中を覗き込む。中には細かいひだが見えた。カナタがイヤそうに身をよじった。

 

「さっき洗ってる最中に水入れてみたらむせたわよ、この子」

「すっげーヒリヒリした……」

 

 苦々しい顔をしながらカナタが抑えたのは、エラではなく、どういうわけか首筋だった。

 

「エラに指突っ込んでみていいか?」

「いいって言ってもらえると思ってんのか、オマエは」

 

 目を輝かせながら力強く頷いたフミオをひと睨みしてから、カナタは自分の体を改めて眺めてみる。

 

「こういうのシュミじゃねえのにな」

 

 一見シンプルなドレスに見える衣服だが、そのデザインはちぐはぐだ。

 絶望的に才能のないデザイナーがスケッチした衣装を、絶望的に目の悪い職人が適当に仕立てたようだ。袖も裾も左右非対称。布地にうっすら血管まで浮いている。まるで適当に剥がした何かの皮を、無理やりドレスの形に縫いつけたようだった。

 

「けっこう似合うぞ。カナタが黙ってる間はな」

「いっつも一言多いなフミオは」

「で、それがいつか脱げたとして──アンタはどんな服が着たい?」

「セーラー服! 西高の!」

 

 ぱっと顔を輝かせて答えたカナタだったが、今の彼女にあるのは言葉通りの一張羅。背後でドライヤーのコードを巻いていたルリコのことを、少しだけ恨めしげに見る。

 

「いいな。アタシも着てみたかった……」

 

 カナタの手が、ルリコの首元に伸びた。そこに巻かれた青いスカーフをやさしく引っ張って、指先でそっとなぞる。

 

「入学はうれしーけど。これじゃアタシだけ仲間はずれじゃん」

「そんなこと言ってないで胸張りなさいよ。制服着てなくたって、カナタはもう2-A(アホクラス)のメンバーなんだから」

「生徒会長的にはいいのかよ? ノー制服登校って」

 

 鼻をほじりながらその様子を眺めていたフミオが聞いた。

 

「愚問ね。制服着らんないだけで締め出すっつー学校に価値はない。西高(ウチ)がそんな下らないこと抜かし始めたら、私が廃校にしたげるわよ」

「おっかねえ女ァ」

 

 ……とかなんとか言いながら、フミオの好奇心は止められない。ソロリソロリとカナタのエラに手を伸ばす。さっきまで彼の鼻に突っ込まれていた指でもって。

 

「てやっ」

 

 とりあえずエラは内臓だ。そんなフケツな手がにじるように伸びてきたのに気付いたカナタは、近くに転がっていたリモコンを掴んで、素早く叩き落す。

 

「いで」

「きたねー手でアタシにさわんな」

「で────でさ、結局のところ、何があったん?」

 

 赤くなった手を押さえながら、フミオが部屋の一角に向かってあごをしゃくる。

 

「な。いい加減、昨日のことを話してくれよ、レイジ」

 

 ゴミ袋を掴んでカナタが出て行って、そして戻ってきて、シャワーを浴びるためにまた出て行って……その間、彼はずっと『考える人』のポーズでそこにいた。

 それまで話を聞いているのかいないのか分からない様子で、魅入られたようにカナタの瞳を見つめていた彼が、ゆっくりと頬杖をとく。

 岩戸のような唇がためらいがちに開いていくにつれ、今まで忘れ去られていた緊張が、ふと蘇って室内に立ち込めた。

 

「…………俺とカナタは七区にいた」

「んで?」

「それで、カナタと出会った」

「ほんで?」

「それだけ、だ」

 

 レイジが口ごもった出た瞬間、フミオがプロジェクターの電源に手を伸ばした。

 

「オマエ、本当に誤魔化すのがヘタな」

 

 カナタの「あ」という名残惜しげな呟きとともにヘリの残骸も、銃声も、燃える町並みもスクリーンの上から一掃される。

 カナタは完全に白けた顔で、フミオをジトリと睨み付けた。余韻もヘッタクレもなく室内を照らし始めた蛍光灯の光は無機質すぎて冷たすぎる。興ざめもいいところだ。

 

「アタシ、楽しく映画見てたんだけど?」

「なんで? オマエらの話のほうが絶対オモシロいだろ」

「オモロいって感じるのはフミオだけだろ! こっちは死にそうだったんだぞ!?」

「だからさあ、それ、最高のエンターテイメントだろ──」

「ハイハイ、とにかく」 

 

 諦め切れずにぶうたれるカナタとフミオが騒ぎ始めたのを、レイジが困ったように見つめている。早くも脱線した話を元のレールに戻したのは、ルリコだった。

 

「朝にちょっと野次馬してきたけど、封鎖は続いてた。おまけに七区の出来事はニュースにすらなっていない。アンタら話してくれなきゃ、何が起きたのか分からないのよ」

「『何が起きたか』は俺にも皆目見当つかんが、『どうなってた』かは話せるよん」

 

 そこで再び口を挟んできたフミオに、ルリコは怪訝な顔を向ける。その場の全員の視線を浴びた彼は、それを心地よさそうに受け止めながらイスを後ろに傾けた。

 

「……アンタ、何言ってんの」

「ヤジウマ根性で俺と張り合えるもんかよ────七区、隕石が落ちたみたいになっててさ。ドでかいクレーターでほとんど潰れてた」

 

 そこで微かに声を潜めて、

 

「んで、得体のしれねえ連中がいた。そこらでな、気味の悪い、黒い死体を片付けてた」

 

 カナタが、控えめにレイジに視線を送る。黒い死体はおそらく棘皮人間のものだ。

 

「フミオ、アンタまさか──」

「その通りだよ。今朝、警備がションベン行ってる間にシートめくって入り込んだ」

「や……やってくれるわね、アンタ」

 

 かなり呆れた様子のルリコが放った言葉をどう受け取ったのか、更に得意げになったフミオは、胸を張り、鼻息を荒くして続ける。

 

「でも、俺が見たのはそれだけだ。クレーター。んでもって黒スーツの連中。おわり」

 

 とてつもなく大きく重いものが降り立ったように、陥没し、えぐれた町の中。

 そこに立って何かの調査をしていのは警察でも消防でも、ましてや自衛隊でもない。全身を機械式の強化服で覆い、ものものしく近未来的な武装を纏った黒ずくめの集団だったという。

 

「黒スーツ?」

「法事に行けない方のスーツな。どこのモンかは知らねえが、ありゃ、ちゃんとカネかけた軍隊だ。町がハデにブッ壊れてなきゃ、映画の撮影だと思うところだぜ」

「……じゃあ何よ。アンタ、本物の黒衣の男たち(メン・イン・ブラック)を見たって言うワケ?」

 

 言葉をフミオに投げながら、ルリコの視線はレイジたちに向いている。

 

「そういう人たちって……もし、仮に、万が一、アンタらの言うとおり実在したとして──プロなのよ。素人(シロウト)が隠れてるのなんて、すぐ見つかるでしょ」

「あいつらは、なんつーか見られることなんて屁とも思ってない感じだった」

「コソコソ隠れて動いてるくせに?」

「俺、そこらのガレキ倒したりバケツ踏んで転んだり、いろいろヘマしたけどさ」

「クソドジ、フミオ」

 

 カナタが呟いた。

 

「うるせえ。それでもやつら、ガン無視決め込んでやがった。なんか不都合なコトを見られても”後でいくらでも取り返しがきく”ってカンジ」

「……なにそれ、気持ち悪いんだけど」

「おかしな話だろ?」

 

 ルリコに返しながら、フミオもレイジたちを見ている。すでに、この場に答えを持っている人間がいることは分かりきっているのだ。

 

「フミオのハナシだけじゃ話が中途半端ねえ」

「そうだなあ。当事者ってのがここにいれば、話が早いんだがなあ」

 

 まだレイジは迷っていた。

 どこまで、何を話せばいいのか分からない。話したところで二人は信じてくれるだろうか。力になってくれるだろうか。彼らを――危険に晒しはしないだろうか。そんな風にひとり悩んでいると、彼の元にカナタが歩いてきた。

 

「思ったんだけど……さ。アタシ、こいつらと知り合ったばっかりだけど、さ」

 

 一瞬、彼女は視線を落とした。石鹸の香りがした。

 

「ルリコとフミオになら、全部話してもいいと思うぞ」

 

 少し考えて、レイジは小さく頷いた。

 

「とんでもない話だとは思うが──」

 

 それから語られたのは、本当に荒唐無稽なダイジェストだった。

 

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