海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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7.歪んだピースをはめ込んで(2)

 

 そして、本当に荒唐無稽なダイジェストがレイジの口から語られていった。

 水の壁の中に入ってカナタを助け出したこと。

 

「本当に後先考えたほうがいいわよ、レイジ」

「カナタはエラあるのに溺れてたのかよ」

「けっ、悪いか」

 

 さらに謎の怪物に追われ、ようやく一息ついたと思えば、今度はパワードスーツ集団が現れ──

 

「今朝見たのはもう少し小さかったな……」

 

 フミオが好奇心満々で身を乗り出してくる。

 

「で、で、で──レイジが見たのはどんなんだった?」

「フミオ落ち着きなさい」

「俺、メカ好きなの知ってるだろ? 何駆動だった? 武装は?」

「フミオ、アンタ、ちょっと」

「色は? デザインはやっぱゴツいミリタリー系? それともスリムなやつ? やべー防御システムとか搭載してんのかな?」

「次口挟んだら話の代わりにアンタの腰折るわよッ!」

 

 そして、逃げおおせたと思った矢先にサイボーグの忍者が現れ──

 

「ちょ、ちょっと待って、サイボーグ忍者?」

 

 耐え切れずにツッコンでしまったルリコが、両のこめかみを指で押さえた。

 

「サイボーグと忍者、両方……えらく設定もりもりのが出てきたわね……」

 

 頭痛をこらえる様に、彼女はうなる。

 

「レイジと戦ってたやつな。ドクロのマスクでハイヒール履いてたぞ」

「これ以上情報を増やさないでちょうだい」

 

 そして空が光り、一時的に記憶を失っていたこと。

 

「んで、お前さんは七区のすぐ外で目を覚ました。と?」

 

 腕組みして話を聞いていたフミオに、レイジは頷いて見せた。

 

「そこからの話なら私も知ってる──けど待って。空全体が光ったってことは、私たちもそれ見てないとおかしいでしょ?」

 

 巨大な疑問符を頭の上に浮かべるルリコに向かって、フミオはバッグから転がり出たペンを握って、突き出した。

 

「当ったり前だ。覚えてるワケねえだろ」

 

 フミオが肩をすくめてにやりと笑った。

 

「だって、メン・イン・ブラックだぜ。ピカっと光るやつだよ」

 

 カチリ。

 

 ペンのノック音がいやに乾いて響き渡る。

 それからフミオは「なーんてな」とおどけながら、頭の横で握ったこぶしを、花火のようにパっと開いた。そこから揮発した記憶がゆっくり天井に立ち上っていくのを見送るように、ルリコとレイジが視線を上げていく。

 

「え? オマエら、何? さっきから言ってるメン・イン……なんて?」

 

 映画に疎いカナタだけが、困惑した様子で彼らの顔を順に見渡していた。

 

「ヤバくなったら、ヤツらいつでも、記憶を消せる。アトカタも無く」

「じゃアンタ、昨日は西町全員の記憶が消えたって言うのね?」

「そうでもなきゃ連中が俺を泳がせてる説明がつかねえ。町ごと──いや、国ごとかも。記憶を塗り替えられるなら、ネズミの一匹二匹、逃がしたところで痛くも痒くもねえからな」

 

 彼は薄っぺらい通学カバンから一冊の地図帳を取り出した。

 

「そんで。そんで、だ──」

 

 ページをめくるたびに雑に挟まれた授業プリントが床に散らばるが、夢中になった彼は気にも留めない。几帳面なルリコの眉間にしわが寄り、舌打ちをこぼすのもお構いなしだ。

 

「俺らの住む西町はだいたいこのへん」

 

 やがて、関東地方を大写しにしたページに辿り着く。関東平野の隅を指差しながらフミオはあごをさする。

 

「それが、昨日の一件とどう関係が?」

 

 レイジが聞き返すと、フミオは意味ありげな笑みを浮かべ、西町周辺の一帯を丸く囲った。全員の視線が、オイルで黒く染まった彼の爪に注がれる。

 

「見てのとおり、西町の近くにはデカい川なんざ一本もねえ。もう少し東にはS川があるにはあるが、山で隔てられてるし、きれいな湖も無い」

「だから私たちは地下水を引いてる。干上がらないように」

「そう! つまりバカみたいな量の水を引っ張ってくるなら、そこしかねえ!」

 

 絶妙なタイミングでルリコが飛ばしたパスに、フミオが指を鳴らして応えた。

 

「アンタ、ずいぶん楽しそうじゃない」

 

 うまく使われたような気がして、ルリコはげんなりだ。

 

「な、なあ。なんで地下水の話が始まったんだ? アタシたち、七区ってトコの話をしてたんだろ?」

「水の壁があっただろう……」

 

 隣で困惑するカナタを見ながら、レイジは何かに気づいた様子で言葉を続けた。

 

「カナタ、西町は外に川がないから、地下の深い地層から水を汲み上げているんだ。無数のパイプを使って」

「当然七区の地下にも配管があんだよ。つーことは、だぜ……」

 

 そこでフミオは一呼吸して、意味深な間を作った。

 固唾を呑んで彼の次の言葉を待つレイジと、カナタの顔を見つめ、したり顔でこの話の核心を──

 

「アンタは例の水の壁の正体が、地下水だと考えてる」

 

 言う前に、呆れ顔のルリコが横からあっさり結論を出してしまった。

 

「おいおい、俺がいい感じにシメようとしてたんだぜ?」

 

 フミオが肩をすくめる。

 

「勘弁してよ。アンタの陰謀論に付き合う時間がもったいない。それに、もしも。もしもアンタらの言ってることが全て事実だとしたら」

 

 ルリコは口にしてしまってからしばらく間を置いた。フミオのマネをして、語りにアクセントを仕込もうだなんて色気はない。口に出したくないほど気味の悪い考えが思い浮かんだからだ。

 

「カナタや怪物が出てくるような……シャレになんないレベルで、この町の地下水が汚染されてるってコトになる」

「アタシはキタナくねえ。風呂だってさっき入った。つやっつやのピッカピカだぞ!」

 

 ムッとした顔でカナタが返した言葉を、ルリコがため息で迎撃した。

 

「そういう問題じゃないの。私たち、その水飲んでるのよ」

 

 ――――こいつらの与太を全て信じるわけじゃないけど。

 

 ルリコは考える。レイジとカナタの語ったことをくだらない夢想と斬って捨ててもいい──だが実際に交通封鎖が敷かれ、その奥にはクレーターと、軍隊と、怪物の死体が転がっている。そこから目を逸らすことはできない。

 

「この町の地下には何かがある。そしてどうやら、空もマトモじゃない。そんなバカのサンドイッチみたいな町で、私たちは暮らしてることになる」

 

 そこでルリコは静かに口を覆った。

 

 室内が重苦しく静まり返る。

 

「あのさあ」

 

 その中に、妙に間延びした声が響いた。

 当事者のくせに、あんまり状況を飲み込めていない様子のカナタだった。

 

「アタシ、海に行ければそれでいいんだけど」

 

 四人の目は、そこで再び地図帳の上に落とされる。

 

「確か、町のはずれから五十キロばかり、だったな」

 

 数日前のフミオの言葉をなぞるようにレイジが呟くと、本人が「そだよ」と軽く返した。

 

 五十キロ。

 

 途方もない距離ではない。カナタが――そしていまや、レイジが――目指すゴールは意外なほど近くにある。

 

「…………アンタがおかしな町の中で見たって地名。海沿いで、アオバヤシとかだったわね」

 

 フミオのカバンから転がり出ていたサインペンを、ルリコが拾い上げた。キュッと音を立てて、地図帳のとある場所に赤マルがつけられる。

 

 関東平野の南──相模湾だ。

 

「不気味なくらいアンタらに都合がいいけど、この町からバス一本で行けるわよ」

「俺の地図帳……」

「いいでしょ。どうせロクに使ってないんだし」

 

 不満をこぼすフミオとルリコのやりとりをよそに、レイジとカナタは、地図の上に残されたマークをじっと見つめた。小さな小さな赤丸の中に、吸い込まれていきそうになる錯覚を覚える。

 

「どうしてルリコはそんなこと知ってるんだ?」

 

 レイジが聞いた。ルリコの返事は、視線を逸らすことだけだった。

 

「……とにかく。あんたらの旅に目的地があるとするなら……ここ」

「うおおお! なんか盛り上がってきたんじゃねえか!?」

 

 それまでの不穏な雰囲気を吹き飛ばすように、天井に頭が着くほど高くフミオが飛び上がった。

 

「平和な町に突然現れた怪物の群れ! それを狩る謎の集団! そして忘れちゃいけない、物語のカギを握る、おかしなウロコの白女!」

「おかしくて悪かったな。ウロコで悪かったな。白くて悪かったな」

 

 カナタがじっとり唇を尖らせるが、テンションが上がりきったフミオはそんなのお構いなしだ。

 

「海で待ち構える冒険と真実ッッ!! ────くぅ~~ッ! たまんねえ。俺が求めてた夏ってのはさ、こういうヤツだよ。十七歳でバカで夏ってのはァ!」

「一応言っとくけどアンタ、ミリも関与してない脇役なのよ」

「いいんだよ。俺サマは深入りしないポジションで、おいしいトコだけ楽しみたいの!」

 

 フミオの奇妙な盆踊りが始まった。おそらく彼はレイジの汗臭い部屋の中に、無数にひしめく棘皮人間とサイボーグスーツ軍団を思い描いているのだろう。そして、それらと勇ましく戦う自分の姿を。

 隣で出鱈目なシャドーを繰り出すフミオを見て、ルリコはやれやれと苦笑している。

 

「ぼうけん……冒険か!」

 

 カナタも、まんざらではないようだ。

 

 興奮で白い頬に赤みが差している。

 

「バスに乗って五十キロ……そうしたら、小さな町があって……」

 

 レイジの袖を引っ張りながら、彼女のもう片方の手は地図帳の上を滑る。

 西町を出発したバスは『青林一丁目』に到着。曲がり角の多い海沿いの町を駆け抜けて、たどり着く先は広大な地図帳の余白だ。

 

「海に行くんだ。アタシ、海を見られるんだ……」

 

 彼女はそこに、本物の海を見ている。教科書に印刷された寝ぼけたような青なんかより、ずっと深くてずっと広い、きらめく海を。

 

「レイジは、泳げる?」

「それなりだ」

 

 眩しそうに目を細めて笑うカナタを見て、レイジも自然と微笑みかけた。

 

「それなり!? お前、一度沈んだら浮いてこねえのを水泳って抜かすのか!?」

 

 フミオが叫んだ。

 

「お前を助けようとして俺も溺れたもんな! な、レイジ!」

「浮き輪持って行きなさいよ。アンタのせいで危うくクラス全員が入水自殺よ」

「ルリコ、てめえもだ! プールに蹴落としてくれた恨み、忘れてねえぞ!」

「何よこのミスター優柔不断。アンタが飛ぶか飛ばないかでウンウン悩んでるうちに、レイジがふやけて死ぬとこだったでしょ!」

 

 カナタは、とたんに騒がしくなる友人たちを見つめて笑っていた。時々、その頭が、カクン、カクン、と小刻みに揺れている。

 

「カナタ?」

 

 異変に気づいたレイジが声をかける。

 

「ん。大丈夫……だ……」

 

 そう答えて、カナタはまぶたをこすった。

 

「それじゃ話もまとまったし。私は冒険とやらの土産話を楽しみにしてるわ」

 

 イスの背もたれを軋ませて天井を仰いだルリコを、カナタは不思議そうに見つめた。

 

「なんか疲れちゃった。レイジ、飲み物とかない? プロテイン入ってないやつね」

「ルリコ」

 

 カナタが、ルリコをじっと見つめた。

 

「ん?」

「海、行くよな?」

 

 今度はルリコがきょとんとする番だった。

 

「行かないけど?」

「なんでだよ。みんなで行く流れだったじゃん。いいだろ、行くだろ?」

 

 ルリコは答えないで、ノールックでレイジからミネラルウォーターのボトルを受け取る。

 そこから口にボトルをくわえて一気だ。天井に向けられたボトルの中で水が渦巻いて、ルリコの体に吸い込まれていく。部屋の中には、徐々に気まずい空気が充満していく。

 

「ぷはっ……私ねえ。雰囲気に流されないオンナなの」

「フミオ、ヘルプ」

「いや俺じゃ逆立ちしてもルリコを説得できん」

 

 こわばった顔で、フミオがカナタから目を逸らした。

 

「こいつめっちゃ意固地だからな。説得頑張れ。応援してる」

「だれが意固地で石頭のケチケチ大魔王よ」

 

 ずっとそのまま背後に控えていたレイジに空のボトルを押し付けて、ルリコが立ち上がる。

 

「そ、そこまでは言ってねえよ、落ち着けってば……」

 

 ルリコは笑っているが、その気迫に圧されてフミオが後ずさった。

 

「アンタらバカ同士で盛り上がってるトコ悪いけど──私を巻き込まないでちょうだい」

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