海の彼方で、カナタを想う   作:おぴゃん

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1.ガラスの大砲(4)

 

「不良だ! 不良みたいのがきた!」

 

 お前も不良じゃろがい──といういつものツッコミ担当の反撃を期待していたカナタを出迎えたのは、微妙な沈黙に支配された店内だった。

 

「どもー、不良娘でーッス」

 

 彼女について入ってきた女がニャハハと笑いながら小首を傾げる。無造作なショートヘアの合間からピアスにまみれた耳が現れる。窓から差し込む西日を受けて、無数の銀の輝きが魚の群れのように店内を漂った。

 

「案内ご苦労さんッス、ステキなメイドさん」

 

 目元にラメの光る瞳が、カナタを見据えたまま生温く細められた。

 

「あ?」

 

 なんとなくバカにされているような、下に見られているような気が神経を逆撫でする────思わず低い声を発したカナタに、女は去り際に白い歯を見せて笑いかけた。

 

「ああいたいた。やっぱりココだあ。探したっスよー」

 

 厚底のスニーカーの靴音がコンクリ打ちっぱなしの床に小気味よく響く。

 

「おねえさあ。もしかしてウチのこと、避けてました?」

 

 おねえ──ここまでやってくると、それが誰かなんて、いちいち聞く必要なかった。カナタの目は自然と、こちらに背を向けてカウンターに座ったルリコに向けられる。

 

「しつれーい」

「何を」

 

 それが、カウンターまでやってくると、レイジとルリコの間に無理やり体を突っ込んでくる。

 

「だから言ってんじゃないスか。失礼するって」

「────あら。誰かと思えばマリコじゃない」

 

 まさに今気づきましたよと言うように、ルリコが口を開いた。未だに彼女の視線はカウンターの奥の虚空に向けられたまま。焼けた小麦色の肌の”マリコ”の姿を捉えることはない。

 

「何の用?」

「カネ」

 

 ルリコの目の前にマリコの手のひらが突きつけられた。カナタは目と耳を疑った。

 

「昼間っから酒屋に入り浸ってんスか? ママのお気に入りが? へえ……」

「いくら欲しいの?」

「黙ってて欲しけりゃ全部。あるだけ」

「今、こいつ……」

 

 その場にいた者たちの反応はまちまちだ。

 相変わらず何を考えているのか分からないが、どこか不快そうなレイジ。

 呆れながらも口を出さないフミオ。

 カナタと目が合うと肩をすぼめるブンタ。

 血まみれで転がって気絶したままのキリエ。

 そして──ルリコは。あのルリコが、無神経で理不尽な要求に何も言い返さず、従順なまでの素直さで床からカバンを拾い上げた。

 

「お、おいルリコ。なんかおかしくねえか、それ!?」

 

 ついついカナタが口を挟んだ。

 

「オマエ、飯食う金もな──」

「うるさい」

 

 キリエの死んだフリに怒り狂っていたときの激しさも焦りもない声音だった。そこからカナタが聞き取れるのは、ただ拒絶だ。

 

 ──アンタが口出ししていいことじゃない。

 

 と、カバンの中を探るルリコの背中が語っている。

 ルリコが使い古されたノートや生徒会の資料の間からサイフを引っ張り出すのを、息がかかるほどに顔を寄せて、マリコが覗き見ていた。

 

「あの白い子、新しいトモダチっすか?」

「どうだろ。ただのうるさい店員じゃない」

「ふうん……ところで、おねえ、最近話せなかったけど、元気してたスか?」

「元気よ。おかげさまで。ありがとね」

「ねえ、見てよおねえ、こっち。ほらほら、新しいピアス開けたの。見て」

 

 そうやって二人の横顔が並ぶと、肌の色や体つきに多少の違いはあっても、一目で姉妹と分かるほどに二人は似ていた。カナタにとって、あまり嬉しくない発見だ。

 

「こっちのが前のカレシとの記念……だったかな。どうだっけ?」

「いいんじゃない。知らないけど」

 

 ルリコの反応は、事務処理だ。面白くなさそうにしなだれかかってくるマリコのことを、羽虫でも払うように手で追いやっている。決して、一切、妹の顔を見ようとはしない。

 

「あれがルリコの妹なのか? あんなのが?」

 

 カナタがフミオに耳打ちする。

 

「そだよ……もう分かってると思うが、ちょっと結構、だいぶかなり問題アリって感じの──」

 

 ぼそりと彼が呟いた瞬間、マリコがくるりと振り返った。

 

「にへ」

 

 彼女はカナタたちに屈託のない笑みを浮かべて見せたが、『外野がゴチャゴチャうるさいスねえ』と、細められた双眸の奥に潜むものが語っている。

 

「ほら」

「ほい」

 

 ルリコが無造作に差し出した数枚の万札を掴み取って、マリコはスカートのポケットに捻じ込んだ。

 

「ムダ使いすんじゃないわよ」

「今の男がトンでもないプーでさ。ま、せいぜいハデにバラ撒いてやるッスよ」

 

 マリコが黒髪をかき上げると、その手首を彩る大量のブレスレットが金音を立てた。彼女が姉のことを軽く突き飛ばすようにして立ち上がるのを見ていると、カナタは胸の中がむかついてくる。

 腕組みを解いて、彼女は自分の手の平を見る。知らない間に、爪が深々と食い込んでいた。

 

「ここってコスプレ酒屋とかそういうのになったんスか?」

「おわっ」

 

 半月型の跡がついた腕を見つめている所にぬっとマリコの顔が目の前に現れたので、思わずカナタは後ずさった。

 彼女のスニーカーの踵が、積み上げられたビールケースを引っ掛ける。

 

「カナタ!」

 

 ガタガタガゴゴと、派手にケースの崩れる音に混じってレイジの鋭い声が飛んだ。

 中が空だったのが幸いしたが──カナタは大量のケースに埋もれて倒れたまま、マリコを見上げる醜態を晒すハメになった。かなりの屈辱だ。

 

「そんな驚かなくってもいいじゃないッスかあ。ほら」

 

 クスクスと笑いながらマリコが差し伸べた手から、カナタはフイと顔を背ける。

 

「およ」

「おいレイジ……ん。ありがとな」

 

 カナタが代わりに掴んだのはレイジの手だ。彼女の身を案じて傍にやってきていた彼の腕にすがって立ち上ると、メイド服のスカートについた汚れを軽く払う。

 

「信用できねえヤツの手は握らねえことにしてんだ、アタシ」

「おやおやぁ?」

 

 マリコは意味ありげな視線で酒屋の中の一同を見回した。彼女の登場によって、すっかり冷え切った空気が流れている。

 

「メイドさんだけじゃなくて、ゴリラもいるんスか、ここ。見世物小屋だったり?」

「俺はゴリラではなく、人間だ。少なくとも最近は、そういうつもりでやってる」

「あはっ、何言っちゃってんの?」

 

 レイジが真顔で言い放つと、マリコは傑作だとばかりに大声を上げて笑った。

 

「オマエ、バカにされてんだぞ」

「そうだったのか」

「あーあー……カネせびりに来たついでに、笑かしてもらったッス」

 

 マリコが前触れ無くゴツゴツと厚底の足音を鳴らして迫ってきた。姉に金をせびったときと同じくらい無遠慮な足取りが、カナタを僅かにすくませる。

 

「よせ。それ以上は」

 

 レイジの太い腕が、通行禁止のバーのように二人の間に下ろされる。

 マリコはその腕にもたれるように体を傾け、カナタを見てニヤリと笑った。制服越しに押し付けられる豊満な胸が、わずかに形を変えるのが目に入る。

 

(てめえこのクソ女)

 

 分かりやすく、効果的な挑発だ。思わずカッとなりかけたカナタは、ふと目に入ったレイジの顔を見て冷静になる。

 

「ヘェ……ゴリラのくせに、顔はまあ悪かないんスね」

「ほう」

 

 意地悪く笑って見上げてくるマリコを見返すレイジの顔は、ルリコとは別種の無表情だった。あっちが無関心なら、こっちは虚無だ。木のうろのような、底の見えない穴のような、そんな目だった。目の前に人間がいるなあ、程度の情動しか読み取れない。

 

「レイジ。それおっぱいだぞ」

 

 胸元に半分沈み込んだ腕を指差して、カナタはあえて言ってみた。

 

「そスよ。なんなら揉んでみるスか?」

「いい。俺の興味はカナタにしかない」

「は?」

 

 カナタの眉が一瞬ピクリと動いた。

 

「おっと。流れ変わったぜ。なあ」

 

 近くで観戦に徹していたフミオが小さく噴き出した。その背後のルリコでさえ、微かに身じろぎした気配があった。

 

「あ……いや、今のはそういうことではない」

 

 ようやくマズいこと言ったと気づいたレイジの表情がトンチンカンに崩れた。

 

「カナタ。やめてくれ。後ろから無言で俺のふくらはぎを蹴るのは。やめてくれ。こないだ破られて買ったばかりのズボンなんだ。知ってるだろ」

「なんだ。つまんねえ男ッスね」

 

 彼の様子を見ていたマリコはこれ見よがしに肩をすくめ、ため息をつく。依然として彼女はレイジに体を預けたままだったが、完全に彼への興味は失われたようだった。

 代わりにもっともっと面白いもの──仏頂面でレイジを蹴りつけている白ずくめのメイドに視線を戻す。

 

「ところで……えと、カナタさん。スかね。普段からそういうカッコしてるんスか?」

 

 短く切り揃えた黒髪の先をいじりながら、マリコが聞いた。

 

「ワケねーだろ。これはバイトの制服だよ」

「ガイジンさん? 何人?」

「純日本人。だったと思う。自信ねーけど」

「じゃ、そういう色になる病気スか?」

「るせえ。気付いたらこうだったんだよ。アタシからしたらビョーキはオマエの方だっつの」

 

 ぶしつけな質問に次ぐ質問で、カナタは頭に血が昇り始めているのを自覚しつつあった。せっかくレイジのおかげでクールダウンしたのに、台無しだ。

 

「そこのデカい人との関係は──」

「なァ。アタシさ、仕事中なんだ。ジャマすんなら、出てってくれねーかな」

 

 ニヨニヨ笑って続けようとするマリコに対して、ヒビ割れだらけのダムのような理性で怒りをせきとめながら言い放つ。よくこらえたな、と、カナタは自分の頭を撫でてやりたい気分だ。

 

「ヒマそうスけどねえ」

 

 マリコは、ぐるりと店の中を見渡す。酒屋に不似合いな学生四名。床に転がっている大きな女は客かもしれないが、どう見てもカタギではないし機能不全を起こしている。

 彼女の視線の意味するところに気づいて、それまで興味深そうに見物していたブンタは、慌てて散らばったケースを拾いはじめた。

 

「うおお忙しいなあ! 目が回っちゃうなあ!」

「オッサン、ダサすぎだろ……」

 

 フミオが目を覆った。

 

「ま。なーんか雰囲気悪いし、後でまた来るっスよ」

「誰のせいだ! そして二度と来ンな! うがー!」

 

 カナタの叫びを無視して、マリコはポケットから携帯を取り出す。ジャラジャラとうるさい大量のストラップを意に介さず画面を開く。彼女の笑顔が、ほんの一瞬凍った。

 

「あー、おねえ。ケータイ見た方がいいスよ」

 

 ルリコが、ようやく顔半分だけマリコに向けた。

 

「帰ったらママがいつもの、だって」

「……そう」

 

 興味なさそうに言って、ルリコはカウンターの上に自分の両手を置いた。あかぎれと絆創膏だらけの肌を見つめる目には、驚くほど色がない。

 

「じゃ、じゃあウチ、そろそろ行くッス」

 

 ”ママ”からの伝言を果たしたマリコの額にもいつしか汗が浮いていた。それを乱暴に拭って、彼女はレイジの腕を押しのけた。

 

「邪魔なんスよ、スペースデブリ」

「あ?」

 

 今までマリコを見るのに何の感情も宿さなかったレイジの目が初めて動いた。そこに浮かぶものは、純粋な驚愕だ。

 

「でけー図体でウチの周りをフラフラしないでほしいッス」

「き、きみ、待────」

 

 バコバコと騒々しい足音を響かせてマリコが店の外に出て行く。

 その音に遮られ、レイジの制止は届かない。彼が彼女を追って店先に出て行くと、彼女はすでに大学生らしい男の腕に絡んで、商店街の外に出て行くところだった。

 

「な」

 

 そして店の中に残されたものは。

 

「なんなんだよ、ルリコの妹。本当に何なの!?」

 

 気まずい雰囲気と、カナタの怒りだけである。

 

「私の妹。としか言いようがないわね」

 

 起伏のない声で、ルリコが言った。

 

「やなヤツだなー……!」

 

 カナタの顔が真っ赤だ。肩から蒸気が立ち上るのが見えるほど怒り狂う彼女の隣で、レイジはマリコが去っていた方を見つめ、しきりに首をかしげていた。

 

「よ。ラッキースケベ、大丈夫だったか?」

 

 フミオが、彼の肩を叩いた。

 

「今のセリフ、偶然とは思えん」

「んあ? セリフ? 最後にちょこっとヘンな言い回ししてたけど……なんの?」

「…………了解(ラジャー)……はサービスで除去して……りなカウボーイ……」

「おいおいおいおい、だいぶキモいぞ、それ」

 

 そこに自分しかいないように、レイジは不気味な呟きを吐き続けていた。眉根を寄せたフミオがゆっくり後ずさっていく。

 

「あいつに押された拍子に脳みそ片寄っちまったのか?」

「ああーっ! 何を!?」

 

 走っていったカナタがキリエの前に供えられていたツマミの皿を取り上げた瞬間、寝ていたはずの泥酔教師が電源スイッチを入れたように跳ね起きた。

 

「塩で酒なんか飲んでんじゃねえよアル中! ヤクバライだ! 塩まくぞ、塩!」

 

 気合の入った自殺志願者ですら二の足を踏むような量の盛り塩を持ったまま、カナタはブンタの前を横切り、立ち尽くすフミオの横で塩皿を大きく振りかぶる。そして──

 

「ぐおっ」

 

 カナタのノーコンぶりは卓越したものがあった。

 皿ごとすっぽぬけた塩の塊は、通りへ出て行かずに、まずレイジのこめかみに直撃した。弾力に富んだ筋肉の塊でバウンドした皿は塩を店内に撒き散らしながら、UFOのようにクルクル回転して軒下の柱でツーバウンド、そして──

 

「ギャアーッ!」

 

 ある意味奇跡的なタイミングで通りかかった男子生徒の顔面に、吸い込まれるように皿が直撃した。白い粉が煙のように宙を舞い、西日にきらめく。

 

「うわあ、二人ともごめんなーッ!?」

 

 自分の引き起こした最悪の結果を見せ付けられて、カナタの怒りがサッと引く。

 

「うぎゃあー! イタイタイタタタ! 何なに何なの!? 毒!?」

 

 顔中の粘膜という粘膜に塩を刷り込まれ、彼はすぐに激しく咳き込んでうずくまった。じんじん痛むこめかみを押さえながら、レイジは彼の隣にひざまずく。顔を確認するとクラスメートだ。ボウズ頭がトレードマークの男。

 

「ヨシ……?」

「やばやばやば。アタシ、トモダチになんつーことを!?」

「カナタ。水を持ってきてくれないか」

「およ。レイジちゃんじゃないかい。イタタ……」

 

 ヨシと連れ立って歩いてきたらしいボタ子が、彼を覗き込んできた。かがむ拍子に軽く顔が引きつったのを、彼女はすぐに笑顔で取り繕う。

 

「あのキレイなメイドさん、カナちゃん? いいねえ」

 

 次にボタ子はヒョイと店内を覗き込み、そこに集った一同の姿を確認して手を振った。

 

「今日はみんなでカナちゃんの付き添いってカンジかい?」

「あ、ああ……そんな、ところだ」

「あたいらは図書館でテスト勉強した帰りでさあ。一日歴史漬けで、もう頭パンパン」

 

 偶然にクラスメートと会えたことが余程嬉しいのか、ボタ子は嬉しそうに笑って参考書の入ったバッグを掲げて見せてくる。それに適当に話を合わせるレイジだったが、彼の目はどうしても彼女の足元に吸い寄せられていった。

 

「目がーっ! 目がしょっぱいよーッ! 鼻がカラいよォーッ!!」

 

 そこではこの瞬間も、ボウズ頭を塩でジョリジョリにして、巨大な甘納豆のようになったヨシが顔を抑えてのた打ち回っていた。

 

「うるさいボウズだねえ! あたいが楽しくおハナシしてんのが分からないのかい」

「ヨシ……なんというか、最近……色々すまない……」

「誰!? こんなにかわいそうな俺を励ますのは誰!? この優しくて生暖かい塊は誰なの!?」

「ホラ、ザワちん! メイドのカナちゃん、スゴくめんこいよ! もっと早くおしよ!」

 

 ボタ子がパンパン手を叩く音が、黄色い日に照らされた通りに響き渡った。

 周囲の通行人に明らかに避けられながら、ヘロヘロとした足取りでこちらに走ってくる人影が見える。ザワちんだ。

 

「はひい、はひい……メッ……メイド……そ、走馬灯……ゴホッ、ゲヘーッ!」

 

 まるで女性と見間違うほどの美青年が、凍てつくような美貌を汗と鼻水で台無しにして駆けてくる。

 

「ひい……ひい……あ?」

 

 そして、倒れるようにして暮酒店の前までやってきたザワちんが見たものは、ペットボトルの水でヨシの目を洗っている最中のレイジと、それをハラハラと見守るカナタの姿だった。

 

「……今日も素敵ですね、カナタさん。命を削って走ってきたかいが有ったってもんで……ああ、それとオマケのイスルギのあほんだら。ぺっ」

「ああ……うん、アリガト。ザワちん、汗やべーぞ。大丈夫か?」

「へ。へへ。カナタさんのメイド姿見たら、そんなんフッ飛びましたよ。ゴホッ、失礼」

 

 二面相を器用に使い分けながら、青ざめた顔のザワちんが器用に挨拶を済ませた。

 

「フウ……ところでその塩だんご、どうしてそんなことになってんですか?」

「これはアタシが悪いというか、レイジもちょっと悪いというか……」

「待たせたな! 俺サマも混ぜてくれよ!」

「離せえぇ」

 

 バタバタ暴れるフミオの首を脇の下にガッチリ固定して、ブンタが店の外に出てきた。もう片方の小脇には塩の大袋を抱えている。

 

「おやまあ。フミオちゃんのお父さんじゃないか。珍しいから拝んでおこうねえ」

 

 外に出るなり大柄な美人にナムナムと拝まれたブンタが気を良くしてガハハと笑う。彼のイカしたヘアスタイルに午後の日差しが差して後光のようになってるのが大方の原因だが、誰もそのことには触れない。

 

「おっと。ハイこれ」

 

 そして彼は袋の中から無造作に塩を掴み出すと、その場の全員の手に盛りはじめた。

 

「えっ、こ、これ何の塩ですかっ、手づかみ!? いきなり怖いんですけど!」

「俺サマさあ、いっぺんやってみたかったんだよね。『もう来んじゃねえ!』つって店の外に塩撒くやつ」

「さすがにこんな量は要らないんじゃないかい……」

「どうだヨシ、少しは楽になったらいいんだが……本当にすまない」

「ゴメンな。とりあえず塩まきしてくか?」

「わからない。何もわからない……顔と心のすべてが痛い……」

「マジで同情するぜ……」

「オラいくぞ若い衆ーッ!」

 

 問題児クラスでも指折りのお荷物たちが集まってワイワイ騒ぎ始めたのを店の奥から見つめながら、ルリコは乾いた笑い声をもらした。

 

「ばかばっかじゃん。マジで。ねえ先生?」

 

 床に寝そべったままのキリエは答えない。やはりそれは狸寝入りなのだろう。

 ムクリと起き上がって何か言ってくれたら少しは救われたろうか。

 それとも、無関心を決め込んでくれるからこそ、自分は紙一重で冷静さを保っていられるのだろうか──と、カウンターの上で小刻みに震える両手を見つめながら、考えた。

 ルリコは肩を抱え、スツールの上で丸くなる。

 

「どいつもこいつも、さっさとオトナになんなさいよね……私みたいに……」

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