錆付いた蛇口から、次から次へと吐き出されていく目の大きな赤い魚。
その勢いはとめどない。
鏡の破片を埋め込んだレイジの腕から滴る血がシンクを伝い、魚の群れの中に垂れる。
赤い塊はその血を舐めて、喜ぶように大きくうねった。
『レイジぃ』
シンクに溜まった気色の悪い赤い魚群が、一斉に彼の名前を呼んできた。
アンモニアとタバコの煙の臭いが充満するトイレの中を、レイジの頭蓋の中を、その声がわんわんと反響する。
瞬間、レイジの拳が霞んだ。
ガッシャァ
割れた鏡が埋め込まれたままのレイジの拳が、陶器のシンクを粉々に打ち砕いた。
床に飛び散った白い破片の間で、無数の赤いものが跳ね回っている。
レイジは足を振りかぶり──無造作に振り下ろす。
打つ。
サカナめ。
打つ。何度も打つ。
サカナめ。サカナめ。サカナめ。
何度も何度も。
はねる赤を目掛け、踏みつける。
それだけの機械になったように、彼は顔色一つ変えず、淡々と魚を潰し続ける。
何度も何度も何度も足を打ち下ろすが、赤い魚は幽霊のように砕けたシンクと足の間をすり抜けていく。
蛇口から溢れる水は止まらず、気づけば水に膝まで浸かっていた。水位はなおも上がっていく。
水と一緒に体を這い上ってくるような感覚を抱かせる魚を睨みつけながら、レイジは後ろ手でドアノブを握る。が、彼の力をもってしてもそれはビクともしない。
『れいじ』
魚。
水。
破片。
鮮血。
グルグルと回るような視界。
ついに彼の腰をも飲み込んだ水面は、赤でいっぱいだ。
それは言うまでもなく魚の群れ。
ヒレを動かすことも、エラに水を送るでもなく、ただ死んだように漂う無数の赤い魚が作り出した一枚の巨大な赤。
『レイジ』
血走ったその眼だけがギョロリと動いて、一斉にレイジを見据えてくる。
赤い魚が織りなす死の群れは、既に彼の胸元。
一体、どこからこれだけの数の魚がやってきたのか。
狂おしいほどの赤の出所は壊れた蛇口だけではない。
タイルの隙間から、便器の中から、壁のひび割れの中から。そして──レイジは気づいてしまった。
「……あ?」
シャツの裾から、魚が次々と飛び出してくるのを目の当たりにする。
彼はすぐさまボタンを引きちぎって胸元をはだけた。とたんに、これまでとは比べ物にならないほどの深紅が、わっと水の中に広がった。
『レイジ、私を探して』
肉も皮も臓器も剥がれ落ち、骨だけが残った体が、無数の赤い魚の群れに包まれていた。
「な──」
驚いて叫ぼうとして、彼は大量の水を飲み込むことになった。もう、彼の首元まで水位が上がってきていた。そして、ただの水ではない。ひどく生臭く、塩辛い。
『私を海に連れて行って』
明瞭なささやきは耳元で。
それは、魚たちのしゃがれた声とは違う。
まるで脳裏に眠る過去の中からそっと話しかけてくるような、氷を打ち鳴らすような、ひんやりとした少女の声だった。
「誰なんだ、きみは……」
ドブンと音を立て、彼は頭まで水の中に沈んだ。
そこにもはや、床も壁も天井もない。体のほとんどが削げ落ちて、彼の体は頭と、背骨の残骸だけに成り果てていた。
無数の赤い魚の群れに包まれて、無限の闇へと沈んでいく。
『ねえ、レイジ』
暗闇に沈みゆく視界の端で、灰色の裾が揺れている。
『私はずっと一緒だよ。何があっても。どこへ行っても。だから──」
「レイジ?」
「……俺は、どうすれば……」
「おいレイジ……おい……おい、いい加減聞こえてんだろ!?」
どん、と思い切り個室の扉が叩かれた。
「あ……?」
尻の下に硬く冷たい便器の感触を覚えてレイジは目を覚ました。
いつの間にか、便器の上で膝を抱えていた。
彼は便所の中を見渡す。溢れかえっていた水も、赤い魚も、そして、群れとなって霧散していく体も──あの異常な光景は、最初からなかったかのように消えている。
「いい加減開けやがれ。テメーの怒鳴り声が外まで聞こえてんだよ!」
騒々しいノックの音に急かされて、レイジは節々が痛む体で立ち上がった。
ドアに向かって歩いていく最中、じゃり、と靴底で割れたガラスの破片が音を立てた。
全てが幻だったわけではない。粉々のシンクと鏡の破片を踏みにじると、その音がさっきの出来事の残響のように、不気味に聞こえた。
「入るぞ。いいか、俺のコト、ガッカリさせんなよ!」
レイジがわずかにドアを開けた瞬間、その隙間からフミオが室内に体をねじ込んで、ドアを閉めた。フミオの目には荒れ果てたトイレの内装と、破片が埋まって血を流す拳を見つめるレイジの拳が飛び込んでくる。
「フミオ……」
「クソ、これまた派手にやったな……」
「違うんだ、いつもと違う。何かがおかしい……何かが……」
「おかしいのはお前のほうだ! なんだってそうメチャクチャにしちまうんだ」
「反省、する」
「うるせえ。いいか、このドア開けたら、ルリコ捕まえて走るからな!」
レイジが四の五の言う前に、フミオは蹴り飛ばすようにドアを開けた。
呆気に取られるオバちゃんを横目に、二人は一気に便所から駆け出す。
「は?」
目指す先はルリコ。
席に座ったまま、ノンキにコーラフロートをかき混ぜていた彼女のところまでやってきて、ロズウェル事件の宇宙人よろしく、両脇から担ぎ上げる。
「走るぞ。いいな。俺のせいじゃねえからな!」
「え、え、またなの、これ!?」
「そうだよ、コイツ、またやりやがった」
「はああ!? アンタ、大丈夫って言ったじゃない!」
「すまん」
「クソ、謝るくらいなら最初から我慢する努力をしやがれ!」
あわただしくしている三人にオババは、開け放たれたままのトイレの惨状を目にして、すべてを理解したらしい。
「あんたら! まちな! 逃げるんじゃないよ!」
ズトンと音を立てて、フミオの顔のすぐ横の壁に何かが突き立った。
牛刀だ。
「ぴええ!」
あと数ミリズレていたら確実に耳が飛んでいた。フミオが情けない声で鳴く。
オバちゃんが怒り狂ったように包丁を振り上げ、座席を蹴り倒しながら突進してくる。
「なななんで私まで!」
とルリコが嘆くが後の祭り。一緒に走り出してしまったなら、もう共犯だ。
煙の充満した薄暗い店内、その唯一の出口である階段を目指して、一目散に彼らは駆けていく。行く手にあるイスとテーブルにも構いなしだ。
「おいおい、俺は静かにメシを食ってんだが……」
近くの席の男が声を上げたのが聞こえた。ひっくり返った金網から生焼けのカルビが狙い済ましたように飛んできてフミオの額に張り付く。
「アヅヅ……」
ドアを蹴破る瞬間、「これ、修理代!」と叫んでフミオが財布の中身をバラ撒く。
老朽化したちょうつがいを吹き飛ばすようにして、三人はむわっとする雨上がりの熱気の中に飛び出した。
「お前はビョーキなんだよ、ビョーキ! さっさと入院しやがれよ。いつか、取り返しのつかないことになる前にな!」
中心街の喧騒を吹き飛ばすようなフミオの怒声を真横から浴びせられながら雑居ビルの階段を駆け下りたレイジは、ルリコを抱えてガードレールを飛び越える。
「がああ、覚えてなさいよねッ、この壊し魔!」
触られるのをひたすらに嫌がる彼女の肘が何度も何度も脇腹にヒットする。
ふと顔を上げると、雨雲の隙間から差し込むオレンジ色の光の帯が、向かいの映画館と水族館のガラスに反射して眩しい。とっさにレイジが目の前にかざした手のひらも、突き刺さった鏡の破片で同じ色にきらめいた。
「夏が、来るな……」
「うるせえ、バカ! ボンヤリしてんな!」
「がるる」
万華鏡のような乱反射を顔に落としてレイジがのんきにつぶやくと、フミオの叫びと、ルリコの唸りがせっついてくる。
レイジはダッシュの速度を上げる。
夕暮れの大通りには、レイジの拳から滴った血と、それを追うように点々と落ちた黒い泥の塊が残された。
■
「通報されたら終わるかな」
「すまん」
「フミオの有り金全部ぶちまけてきたから、オバちゃんの気分次第ね。機嫌よければ忘れてくれるかも」
「すまん」
ルリコとフミオは肩で息をしながら、大男を見上げた。町の中心部から、外れの廃バス停まではるばる数キロメートルの逃走劇。その原因となった男が平然と立ち尽くしている。
「すまん、本当に」
いつもの無表情のまま、レイジは大きな背中を丸めた。
「ま、いいんじゃない。誰かさんのおかげで、また出禁の店が増えただけだし。食後の運動もさせてもらったし、ね」
頭を下げっぱなしのレイジの横を通って、ルリコは停留所に入っていった。古びたベンチの上を軽く払うだけで、手が真っ黒になる。彼女の眉間にしわが寄る。
「ちょっとアンタたち、ジャケット貸して。さっさと」
「やだよ、絶対座布団代わりにするつもりだろ!」
「いいじゃん汚れたって。どうせすぐ衣替えでしょー」
輪郭を茜色に染め上げた雲が、フミオをあざ笑うようにゴロゴロ鳴った。
すでに学ランを脱ぎ始めていたレイジをちらりと見てから、彼もそうする。上着を投げ渡すと、風を、汗ばんだシャツでダイレクトに感じることが出来た。
「梅雨明け間近。ってカンジだなァ」
「ああ」
その風は、まだ
彼らは並んで、田植え後の風景を見渡す。遠くの山すそまで続く水田の列は、夕日に照らされ、鏡のように輝いていた。
「ん」
いつの間にかタバコを咥えたフミオが、レイジにライターを手渡してきた。
「なんだ」
「俺様のタバコに火をつけやがれ。名誉なことだぞ。光栄に思え」
「なぜ自分でやらない」
「お前に教えてやりたいんだよ、誰かのために明かりをつけることの素晴らしさを……って、ちょっと待て。勝手に筋トレはじめんな!」
フミオの胸ポケットにライターを押し込んで、レイジは停留所に向かっていた。大量の傷で古びた樹皮のようになった太い指を雨どいに引っ掛け、ぶら下がる。唐突に始まったのは
「フミオの哲学は、俺が理解するには難しすぎる」
「そもそもオマエに理解できることの方が少ないだろうが。バカ」
百キロをゆうに超える彼の体重を吊り下げて、その上腕が風船を膨らませるように大きく膨らむ。ギシギシと音を立て始めたトタン屋根の隙間から差し込む茜色がルリコの顔に射し、彼女は思わず目を反らした。
そうするとレイジの、じっとり汗の染みたタンクトップの胸元がイヤでも目に入る。
「あせくさいんですけどー……」
ルリコの眉間のしわは、深まるばかりだ。
「知ってるか。体が大きいと、代謝が良くなる」
「アンタに教わることなんて何もないわよ。くせーから風の通り道に立つなって言ってるのよ」
レイジの汗がしぶき、ルリコの舌打ちが停留所の軋みに混じる。交わされる会話はどことなく剣呑だが、慣れ親しんだ、彼らの『いつも』だった。
「くっだらねー」
その『いつも』が、なんとなくイヤになってきてしまうお年頃。フミオは夕日の中に紫煙をゆるりとなびかせる。
レイジとルリコは、どちらからともなく、彼の背中に視線を注いだ。
「タバコは体によくない」
筋トレの手を全く休めずにレイジが言う。
「それに、未成年はタバコを吸ってはダメだ」
バス停の中から、ルリコの「そうだぞ! そのあほに言ってやれ!」という合いの手が聞こえてくる。
「ハ。オトナだのコドモだの。俺は気合の上では既にオトナだっつーの」
「ルリコ、言っていることが分かるか」
「分かるワケないでしょ、あんな恥ずかしいヤツのことなんか」
「そしてタバコはオトナのたしなみよ。ま、たしなむだけで、味なんか、全然わかんねーんだけど」
白い煙と自嘲を同時に吐き出して、フミオは雨上がりの空を見上げる。
そこにもモクモクとした雨雲が浮かんでいるが、彼の浮かべた煙は、仲間として受け入れてもらえないようだ。
「じゃあ、なんで吸ってるんだ?」
薄れ、消えゆく煙をじっと見送っていたフミオに、レイジは聞いてみる。
「愛情確認装置なの。俺みてえな面倒くさいヤツにとってはな」
「なによ、それ」
したり顔で言ったフミオに、ルリコが呆れた声を飛ばす。
「こーいう悪いことをして、
そこまで口にして、彼は黙り込んで、細く長く煙を吐いた。
「……わり。クソ失言だったわ」
答える代わりにレイジは地平の夕日に目を細めた。
「今ので、焼肉屋でのお前のヘマはチャラ……ってことでどうだ?」
言いながらフミオが拳を突き出した。
「ほら、とりあえず筋トレやめて、こっちに来い」
その意味がわからず、半端に体を上げたまま固まっていたレイジが、静かに地面に降り立った。
フミオは自分の両拳を何度か打ち合わせて見せた後、もう一度レイジの方に拳を突き出す。
慣れない手つきで、レイジもそこに、自分のものを当てて応じた。
「これは?」
「深い意味とかはねえよ。仲直りのサイン的なやつだ」
「暑苦しいわねえ」
くしゃくしゃのジャケットを手に立ち上がって、ルリコがそこに混ざった。三人の拳で、小さな輪が出来る。
「ちょっとそのまま。記念に残しとこ」
二つ折りのケータイをパカリと開いてルリコが写メを撮り始めた。やや型落ちの、ガラケーだ。
男共はそろって肩をすくめる。
「こういう思い出、大事でしょ? 一応、私たち仲良し三人組ってことになってるし」
「俺たち、そこまで仲良かったかあ?」
「なによ。とりあえずトモダチではあるでしょ」
「ダチ同士で夏の思い出つったらさあ……」
そこで一度言葉を置いて、フミオがタバコをふかした。
ルリコは、撮った写メの画面を見つめていた。
夕日の中に並んだ三人の拳。
その写真を、保存する。
「……やっぱ海、行くしかなくね?」
「は? なんでいきなり海?」
突拍子も無い提案に、ルリコが頓狂な声を上げた。
「見ろ」
フミオが水田に走る一本道の向こうを顎でしゃくった。影絵のような山のシルエットの向こうに、夕陽が沈んでいこうというところだった。
「ここから五十キロばかし行くと、小さな町があって、その先に海がある」
その時ちょうど、近くの時報塔から”夕焼け小焼け”が流れ出し、点灯した街路灯が夕闇の中に沈み行く田園地帯に光の道を描いた。それが、フミオの言う、海へ至る道筋だ。
「知ってるわよそんなん、誰でも」
「梅雨明けでまだ人は少ねえはずだ。浜を広々使って、バーベキューやら、花火やら。なんだってできる。いくらだって楽しめる」
「ふーん……アンタにしてはずいぶん熱く語るわね?」
「あのね。俺はね、ただ泳ぎてえから、遊びてえから海行こうってんじゃないワケ」
山の向こうまで一直線に伸びる道を、もう一度フミオは指差した。
「俺たち高二だぞ? しかも夏! 一番元気で、一番バカ! ダラーっと生きてたら、気が付けばいつの間にか玉袋みたいにしわくちゃのジジイとババアだぜ!? こんな町で一生終わる気か? 俺はイヤだね。もっとバカなことして、もっと遠くまで行きてえんだよ」
一息に言い放って、フミオはゆっくり聴衆二人に向き直った。
「だからさ、海、行くだろ?」
彼にできる最高のキメ顔で、言う。
「パス。忙しいの」
フミオはずっこけた。
「なんでだー!? 行くって言っておけよそこは!」
「雰囲気に流されない女だから。ごめんね」
二人が騒がしくやっている中で、レイジが何をしているかというと。すでに海行きなんて全く興味を失って、懸垂に夢中だ。
淡々と体を上げ下げしていると、バス停の内外に張られた何枚ものポスターが目に入る。
異様なまでに割のいい求人。手厚い子育て支援。やりすぎなくらいの住宅補助、いきすぎなくらいの生活支援、もろもろのイベント────
モデルの男女が、真っ白な歯を見せて、笑いかけている。
写真なのに、レイジを見据えて、無言のままに囁いてくるような気がした。
「ここにいるべきだ」と。
その生暖かい目から逃れるようにトタンの上を走ったレイジの視線が、一枚の真新しいポスターの上で止まる。群青に、白波をあしらったデザインの上に、でかでかと印刷された文字。
『西町涼水祭』
夏祭りのものだった。
「夏だなあ」
何度も何度も繰り返してきたことを、もう一度呟く。
フミオの言葉を借りれば高二で、夏で、一番元気で一番バカ。そして、一番どうしようもない季節。だが何をすればいいのだろうか。レイジには分からない。
「レイジは?」
急にフミオに水を向けられて、レイジの動きがピタリと止まった。
「何が?」
「聞いてなかったのかよ。海だよ、海。お前も行くだろ?」
「俺は……俺は……どうなんだろうな」
レイジは、汗まみれの首を夕日に光らせながら懸垂を再開する。返事にもなっていない返事だ。彼は、いつでもそうだった。
「あーそう。何考えてんのかわからねー奴が、何も考えてないって分かっただけでも良かったよ」
フミオが憎まれ口を叩くが、レイジの耳には、入ってこない。
一個の機械になったように、古びたバス停をギシギシ軋ませながら懸垂を続けるだけだ。彼にはもっと強靭な肉体が必要だった。余計なことを考えている場合ではない。
「明日地球が滅ぶかもしれねえ」
いつしか不気味な音を立てはじめたバス停を背に、フミオは握りこぶしを振りかざしながら力説する。
「滅ぶわけないでしょ」
与太話を聞かされ続けたルリコは呆れ顔だ。
「もう夏は来ないかもしれねえ」
「来年になったらまた来るわよ」
「大事なことを教えてやるぜ。来年の夏は、今年の夏とは……」
フミオの後ろで、バキバキと音を立てて雨どいが外れ、レイジが一緒に落ちた。筋肉の塊が濡れたアスファルトの上でバウンドして、鈍い音が響く。
「落ちてしまった」
「……見りゃわかるっつーの」
雨どいを握り締めて地面に転がったまま、レイジはぼんやりと呟き、広がる茜色の空をじっと見つめた。
「いい落ちっぷりじゃん。はい、ピースして」
ルリコに言われるがまま、レイジが無表情で律儀にピースサインを作ると、彼女がケータイのフラッシュを光らせる。
「俺はマジでお前らの夏を盛り上げてやろうと思ってんだぜ!?」
「一人でアツくなってんじゃねえわよ」
醒めた目でケータイをいじる、ルリコの言葉が、フミオの中で何かを弾けさせたようだった。
「あのなァ、一度も突き抜けない青春とか、クソもいいとこだぜ!」
急に大声を張り上げたフミオを、すでに海なんてどうでもよさそうな二人が見つめ返した。
「見てろよ! 俺だけで海に行ってやる! 行ってやるからな!」
「勝手に行けば」
「ああ分かったよ! 俺はオトナだ! なんだって、一人で出来るんだ。決められるんだ!」
踵を返したフミオが、拳を振り上げて、大股に去っていく。
「こんなクソだせえ町のクソだせえ店のせがれで一生終わるなんて絶対ごめんだぜ。じゃあな、くそイナカモン共が! ぺっ!」
レイジはまだ地面に転がったままで、ルリコはケータイを握り締めたまま。
「自分でオトナとか言うやつって……」
フミオは数十メートル離れたところで、二人が追いかけてくるのを待つように足を止めて振り返っている。ルリコの言葉は聞こえないようだった。